大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

京都地方裁判所 昭和29年(行)4号 判決

原告 北小路昂 外二名

被告 京都市教育委員会

主文

被告が昭和二十九年五月五日付で、原告等に対してした懲戒免職処分を取消す。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を原告等の負担とし、その一を被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、主文第一項同旨、及び被告が昭和二十九年四月一日付で、原告北小路に対してした京都市立二条中学校(以下単に二条中学校と略称し、他の学校の場合も同様とする)への、原告寺島に対してした柳池中学校への、原告山本に対してした四条中学校への各転補処分を取消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、その請求原因として、原告等は、京都市公立学校教員で、旭丘中学校教諭として勤務していたところ、被告は、学校相互間の教育力の均衡、考課に基く適材適所主義、学校長の教育計画の実現に資するための教職員組織の刷新充実の三原則に基いて行つた定期的教員異動の一環として、同日付をもつて、原告北小路を二条中学校教諭に、原告寺島を柳池中学校教諭に、原告山本を四条中学校教諭に、それぞれ転補する旨の発令をし、原告北小路は同月三日に、原告寺島、同山本は同月五日に、それぞれその辞令の送達を受けた。然しながら、右各転補処分(以下単に本件転補処分と略称する)は、被告の委員会による議決を経ずに、京都市教育長訴外不破治(以下単に不破教育長と略称する)の専決によつてなされたものであるから違法である、すなわち、教育委員会法(以下単に法と略称する)第五十二条の二、京都市教育委員会通則(以下単に通則と略称する)第二十二条第一項によつて、通常の教員(校長以外の教員をいう、以下同じ)の人事異動に関する事務は、原則として教育長に委任されてはいるけれども、「異例に属するもの、又は規定の解釈上疑義があるもの、若しくは特に重要なもの」は、同項第十七号によつて除外されており、これらについては、法第四十九条第五号によつて教育委員会がその議決を経て行われなければならないものであるところ、本件転補処分は正にこの「異例に属するもの」であるからである、思うにこれが「異例に属する」理由は、通常の人事異動は、慣例として発令前に、本人の希望を尊重して学校長より教育長に対して内申がなされ、これに基いて教育長が人事異動を内定して、これを本人に内示し、本人に異議申立の機会が与えられているのであるが、本件転補処分は、原告等の意思に反して旭丘中学校の校長であつた訴外橋本栄治郎(以下単に橋本校長と略称する)より、「原告等を転勤させなければ、後任の校長になり手がない」旨の内申がなされ、これに基いて不破教育長より異動の内示がなされたものであり、又原告等は発令前に異議を申立てたし、橋本校長も内申を撤回したのにかゝわらず、不破教育長が自由党員である被告委員長福原達朗(以下単に福原委員長と略称する)の政治的圧力に屈して、原告等がいわゆる偏向教育をしたとの無根の事実を理由とする政治的左遷人事であつて、通常の定期的教員異動に名をかりた政党による教育の不当な支配によるものであるからである、従つて原告等としては、かゝる違法な転補処分に服することは、事実無根のいわゆる偏向教育を是認することゝなるのみならず、教育者としての良心にも反するので、これを拒否し、従来どおり旭丘中学校に勤務していたのである、ところが被告は、本件転補処分を強行しようとして、同月九日に原告等に職務命令を出したので、原告等がこれを拒否したところ、被告は不法にも、同年五月五日付をもつて、原告等を地方公務員法第二十九条第一項第一号及び第二号に該当するものとして、懲戒免職し、原告等は同日その辞令の送達を受けたのである、然しながら、右懲戒免職処分(以下単に本件懲戒処分と略称する)は、前記のとおり違法な本件転補処分を前提とするものであるから違法であることは多言を要しないのみならず、同日の被告の委員会に重大な瑕疵があるので違法である、すなわち、法第三十七条によれば、「教育委員会の会議はこれを公開する」と明記されているのにかゝわらず、本件懲戒処分を議決した同日の委員会は、秘密会に入る旨の特別決議がなされる以前から京都市役所の門を閉じて、傍聴人の立入を禁止し、委員会開催の告示も委員会開催の直前に、同市役所の裏口よりこつそり出て、表玄関前の掲示場に掲示されたのにすぎず、終始非公開のまゝでなされたものであつて、かゝる不明朗な、そして非民主的な委員会はその成立そのものが違法であるからである、なお被告は、原告北小路については、同原告が同年四月九日に事前に学校長の許可を受けずにみだりに任地を離れて、東京に赴いたとのことをも懲戒免職処分の理由としているが、同原告は、新任校である二条中学校の校長の許可は前記のとおり転補処分が違法なものであるから受けていないが、旭丘中学校の新任校長である訴外北畑の事前の許可をえており、又任地を離れたのは、参議院文部委員会より、育公務員特例法の一部を改正する法律案、及び義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法案(以下単に教育二法案と略称する)の審議資料として文部省が国会に提出した「偏向教育事例」の調査に関して、証人として出席するように案内を受けたゝめであるから、何等違法な点はないのである、以上のとおり、本件両処分は、違法なものであるから、原告等は本件懲戒処分の理由説明書の交付を受けた同年五月五日から三日を経過した同月八日に、被告に本件転補処分の理由説明書の交付を請求するとゝもに、訴外京都市人事委員会に対して、本件両処分の取消を求めるため審査の請求をしたのであるが、この判定を待つていては、原告等はもとより、その扶養家族の生活が危殆にひんするおそれがあるので、右判定を経ないで請求の趣旨のような判決を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の主張事実を否認し、本案前の抗弁に対して、被告は本件両処分には何等の違法もないのであるから、原告等に損害が生じたとしても、それは原告等が当然に負担すべきものであると主張するが、この主張には論理の矛盾がある。すなわち、違法であるか適法であるかは、本案の審理の結果によつて明らかになるのに、その審理前に違法でないということを前提として立論しているからである、給料生活者が免職されると、給料が杜絶し、それによつて被る損害が後日金銭によつて償うことのできないものであることは、公知の事実というべきである、訴外京都市人事委員会の第一回審査期日が、被告の主張するように指定されたことは争わないが、その判定が審査の請求をした日から三箇月以内になされるものとは考えられないし、又仮になされたとしても、それだけで本訴が不適法となるものではない。従つて被告の本案前の抗弁は、失当であるというの外はない、本案の主張に対して、被告は通常の教員の転補処分は、通則第二十二条第三項第一号によつて、教育長が代決するものであるというが、そうではない、けだし、法第四十九条第五号には、「任免その他の人事に関すること」を教育委員会の権限として定め、通則第二十二条第一項第七号によつて、その中の重要な人事に関することである「任免」を、教育委員会の権限として留保し、その他の人事に関することを教育長に委任しており、同条第三項は右に留保した事項について教育長に代決権を与えているものと解釈するのが正当であるからである、と述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、原告等の訴を却下するとの判決を求め、その理由として、原告等は、訴外京都市人事委員会の審査の判定を経ずに本訴を提起しているが、原告等に損害が生ずるおそれがあるとしても、その損害は、審査の判定を待てぬ程の著しい損害であるとは考えられないし、仮にそうではないとしても、原告等が主張する本件両処分には何等の違法もないのであるから、その損害は原告等が当然に負担すべき損害であり、しかも訴外京都市人事委員会は、既に同年六月五日を第一回審査期日として指定し、急速に審理を行う態勢を示しているのであるから、その審査の判定が三箇月以内に行われないものとは限らないのである、従つて、原告等の本訴は不適法であるというの外はない、と述べ、本案の答弁として、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする、との判決を求め、原告等主張の事実中、原告等が京都市公立学校教員で、旭丘中学校教諭として勤務していたこと、被告が原告等主張のとおりの定期的教員異動の一環として、その主張のとおりの転補処分をしたこと、原告等がその主張の日にその辞令の送達を受けたこと、本件転補処分が被告の委員会による議決を経ずに、不破教育長の専決によつてなされたものであること、通常の人事異動が原告等主張のような方法で行われていること、橋本校長より原告主張のとおりの内容の内申がなされ、これに基いて不破教育長が異動の内示をし、原告等がこれに対して発令前に異議を申立てたこと、原告等が本件転補処分を拒否して従来どおり旭丘中学校に勤務していたこと、被告が職務命令を出したのに原告等がこれを拒否したこと、被告が原告等主張の日に原告等をその主張のとおり懲戒免職したこと、原告等がその主張の日にその辞令の送達を受けたこと、及び原告北小路に対する懲戒免職の理由の中に、その主張のような事実があることは認めるが、橋本校長が内申を撤回したとのこと、不破教育長が福原委員長の政治的圧力に屈して、原告等がいわゆる偏向教育をしたとの無根の事実を理由とする政治的左遷人事である本件転補処分をしたとのこと、本件転補処分が通常の定期的教育異動に名をかりた政党による教育の不当な支配によるものであるとのこと、及び被告の同年五月五日の委員会が秘密会を開く旨の特別決議がなされる以前から終始非公開であつたとのことは否認する、その余の事実はすべて争うと述べ、主張として、本件転補処分は原告等主張の三原則に基いて、総数八百七十九名の教員の定期的人事異動の一環としてなされたものである、すなわち、橋本校長は、旭丘中学校の教員の中に校長の無力化を策謀する者があつて、平素から民主化の名をかりやゝもすれば、校長の存在を無視し、校長の権限を無力化する事実を見受けていたのであるが、原告山本が静岡市で開かれた第三回全国教育研究大会(以下単に教研大会と略称する)において、発表したいわゆる山本論文の中に、「職制上における校長の無力化を図る言々」という意味のことを書いていたこと、原告寺島が教研大会へ校長に無断で出張したこと、原告山本、同寺島が生徒会顧問として生徒を指導するに当たり、重要な教育上の問題ついても校長に何等の相談もせずに実施したこと、及び原告北小路が教頭として校長輔佐の要職にありながら、校長無力化の方へ一路推進してきたこと等によつて、その心証をえたので、その責任を痛感し、熟慮のうえ、自己の退職までも決意し、その退職願を提出するとゝもに、原告等を同中学校におくときは後任校長にも累を及ぼし、同中学校の教育運営に支障を来すに至ることを憂慮し、少くとも原告等を適材適所に転任させることが同中学校の教育運営にも、原告等にとつても最も適切かつ必要な措置であると考えて、転任の内申をしたので、被告の事務局では審議の結果、橋本校長の内申を至当と認めて、前記三原則に基き、同年三月二十四日に本件転補処分と同一内容の内示をしたのである、これに対して原告等はいずれも、転任は本人の意思に反するものであり、又原告等が転任することは、偏向教育をしていたことを認めたことになるとの理由で異議の申立をしたが、もとより転任は本人の意思に反しても行うことができるものであり、しかも偏向教育をしていたことを認めたことになるというようなことは、全く理由にならないものなので、前記のとおり同年四月一日付で内示のとおり転任の発令をしたのである、そしてその辞令は、慣例により原告等の新任された各中学校の校長から、それぞれ原告等に送達されたのである、而して、本件転補処分は、通則第二十二条第三項第一号本文に基いて、不破教育長が代決したものであり、この代決することを通常専決と呼んでいるのである、原告等は同条第一項により通常の教員の異動は、教育長に委任された事務であることを前提として、本件転補処分が同項第十七号にいわゆる異例なものであるといつているが、原告等の所論には賛成することができない、被告としては、通則制定以来、通常の教員の転補処分は、教育長が代決権に基いてすべきものであると信じて疑わず、この考えで事務を処理して来ているのである、もつとも同条第三項第一号但書にも「異例に属するものを除く」旨規定されているが、こゝにいわゆる異例に属するものとは、本人の意思に反する降任、免職、休職、又は降給のような不利益処分を指すのであつて、転補処分のようなものは本人の意思に反すると否とを問わず含まれていないのである、試みに教育長の代決により本人の意思に反する転補処分をした事例を挙げると、昭和二十六年三月には訴外清水革、昭和二十七年三月には訴外栃尾一二三、同城下嘉夫、昭和二十八年三月には訴外大須賀具美、昭和二十九年三月には訴外竹之下大厦子、同水谷清三、同古館三徳等があるのである、なお学校長よりなされる内申は被告事務局が参考のためにさせている単なる慣例であつて、法的根拠はなく、転補処分の効力発生要件ではないのである、然るに原告等は、辞令の受領を拒否し、更に同年四月八日には、新任中学校の各校長が辞を低くして同月九日の始業式には赴任するように勧告したのに、原告等は依然として赴任を拒否し、旭丘中学校に止り、不当にもその校務に携つたのである、そこで不破教育長はやむを得ず同月九日に内容証明郵便をもつて、原告等に対して速に赴任するように勧告し、かつ命じたのであるが、原告等はこの職務命令にも服さず、却つて翌十日にこれを返送し、依然として旭丘中学校の校務に携つたのである、しかも原告北小路は、事前に新任校である二条中学校の校長の許可を受けることなく、みだりに任地を離れて東京に赴いた事実があるのである、よつて被告は、原告等の右のような不法な行為によつて教育の運営上重大な支障を来すことを慮り、同年五月五日に前記のとおり原告等を懲戒免職し、即日その辞令を原告等に送達したのである、而して、同日の委員会には何等手続上の瑕疵は存在しないのである、すなわち、原告等が前記のとおり旭丘中学校に止り、その校務に携つていたので、被告は同年四月十四日に協議会(正式の委員会ではない、以下同じ)を開き、原告等の処置について協議したが、被告の委員である訴外神先幹子(以下単に神先委員と略称し、他の委員についても同様とする)は当時渡米中であり、福原委員長と北村委員は、行政処分をすべきであると主張し、吉川、市川両委員はこれに反対し、二対二の状態で結論を出すことができなかつた、その間京都市中学校長会、京都市P・T・A連絡協議会からも、原告等の急速な処置を要望し、ごうごうたる世論が起つたが、神先委員の帰朝を待たなければ如何ともすることができなかつたのである、然るところ、同委員は同月二十八日に帰朝はしたが、関係各方面の事情を聴取し、考想を練りたいから暫く猶予してほしいとの希望があつたので、委員会の開催を一時見合せたのである、ところが同年五月四日の夕刻に同委員から考えが決つたから、いつでも委員会を開いてもらつてよいとの申入が不破教育長を通じて福原委員長にあつたので、同委員長は、翌五日は休日であつたけれども急拠協議会を開くことにしたのである、ところが同日協議会を開くことが事前に新聞紙に報道されていたゝめ、同年三月末頃からの経験からして同日は旭丘中学校の父兄、教職員、原告等、生徒及び同窓生、京都教職員組合(以下単に京職組と略称する)の幹部等(以下単に旭丘関係者と略称する)が少くとも四、五十名は押しかけると思われたので、被告事務局では福原委員長と予め打合わせ、京都市秘書課長代理訴外某を通じ京都市守衛長訴外田島房之助(以下単に田島守衙長と略称する)に、五日には協議会を開くので旭丘関係者が市役所内に立入ることを禁止してもらいたいと依頼しておいたのである、そして同日午前十時から京都市役所内の被告の委員会室において全委員出席の下に協議会を開催したところ、協議会は非公開が慣例となつていたのに、新聞記者から傍聴させてくれとの申入があつたので、福原委員長がその可否をはかつたところ、市川、吉川両委員は、新聞記者を入れる位なら、旭丘関係者も入れなければ片手落であると発言し、福原委員長、神先、北村両委員は、同年三月末の経験から旭丘関係者は会議を妨害するおそれがあるから不適当である、新聞記者を入れることは差支えないと発言し、討議の結果結局全委員の一致をもつて、取材をしないという条件で新聞記者を傍聴させること、旭丘関係者は傍聴させないことゝ決定したのである、そして協議会においては、不破教育長のした原告等に対する本件転補処分を賛成三、反対二をもつて承認し、続いて京教組と団体交渉をもつか否かについて相談したが、結局その必要がないと決定したのである、そこで福原委員長は、原告等の転任拒否問題をこれ以上遷延することができない社会状勢に追い込まれている事情を説明し、直ちに緊急臨時委員会を開催し、教員の人事について審議したい旨全委員に相談したところ、全員これに賛成したので、同委員長は同日午後三時から委員会を開催する旨決定し、全委員を招集したのである、よつて被告事務局は法第三十四条第四項但書、通則第四十八条但書に基き、急施を要する場合として、京都市役所の掲示板に委員会招集の告示を掲示したのである、而して、右告示は後記の理由によつて、河原町通用門しか開いていなかつたので、同門を通つて掲示に行つたのであつて、原告等の主張するように裏口からこづそり出て掲示したのではない、そして被告秘書室長訴外畑富雄(以下単に畑室長と略称する)は、旭丘関係者の傍聴を許すかどうかを福原委員長に相談したところ、同委員長が旭丘関係者は会議を妨害するおそれがあるから傍聴させないと決定したので、守衛に対する依頼はそのまゝにしておいたのである、かくして午後三時から緊急臨時委員会を開催したのであるが、その時には委員会室には、不破教育長、畑室長その他の被告の職員と約十名の新聞記者がいたので、福原委員長は、開会後一、二分間で全委員の賛成をえて秘密会に入る旨宣したのである(人事に関する委員会は、秘密会が慣例である)、そしてその後市川、吉川両委員が退席したので、他の三委員の賛成により前記のとおり原告等を徴戒免職したのである、而して前記同年三月末の経験とは、同月二十九日の午前十時から午後三時までの間に、被告委員会室において、旭丘中学校のP・T・Aの会員である訴外吉田、同内牧、京教組の代表者である訴外神野、同寺前、京教組旭丘班長訴外高瀬、原告等の八名と不破教育長等が会見した際、人員を制限していたのにかゝわらず、旭丘中学校の教員であつた訴外関谷をはじめ十数名の者が制止をきかずに室内に乱入したゝめ混乱し、一時交渉を中断する場面もあり、不破教育長は激昂し、疲労のため目まいを生じたこと、同月三十日の午後十時から翌三十一日の午前二時三十分までの間に、被告委員会室において、旭丘中学校のP・T・Aの会員である訴外内牧、同西村、京教組の代表者である訴外神野、同寺前、京教組旭丘班長訴外高瀬、記録係訴外川瀬、原告等の九名と不破教育長等が会見した際、訴外神野以下席を蹴つて、もうこれ以上仕方なし、決裂だ、後はどうなつても知らぬと宣言したこと、同月三十一日の午前十一時頃から午後五時三十分までの間に、被告委員会室において、旭丘中学校の生徒及び卒業生である訴外西野(信)、同滝川、同西野(京)、同紫野、同坂口、同竹内、同伊藤、及び父兄代表等と福原委員長等が会見した際、旭丘中学校の生徒、卒業生等が四、五十名室内に乱入し、京都市会議員訴外平田某の紹介で傍聴と称して入つた同中学校の父兄等も入り混り、同委員長をとりまき、罵り雑言を浴せ、混乱の極に達し、同委員長が所用で室外に出ようとしたところ、これを生徒等がとりまき、或は体当りで妨害し、身体の危険をも感じる程であつたこと等をいうのである、なお、福原委員長が委員会にはからずに、旭丘関係者を傍聴させないことゝ決定したのは、前記のとおり協議会において傍聴させないことに決定されていたゝめ、委員会にはかつても同一結論になると判断したがためである、このことを京都市教育委員会傍聴人規則(以下単に規則と略称する)第八条第三号にいわゆる「委員会が不適当と認めた者」という規定に照らして考えると、有効でないようにも思われるが、この措置は、前記のような理由から客観的に妥当であつたのであるから有効である、なお右規則による傍聴禁止規定は、会議の妨害が現実に生じた時にのみ適用されるものではなく、会議が妨害される蓋然性が高度である場合には、予め適用することができるものと解すべきところ旭丘関係者は前記のような理由から会議妨害の蓋然性が高度であつたのであるから、予めこれを適用したことが違法となる筈はない、若し仮に旭丘関係者を市役所に入れていたならば、多数の者が協議会及び委員会の傍聴を強要し、協議会が先ず混乱に陥り、委員会は到底開催しえなかつたであろうことは疑を入れないところである、なお同年五月五日に市役所の正門が閉されていたのは、傍聴人の立入を禁ずるためではなくて、休日であつたためであり、その代りに河原町通用門を開けていたのである、そして正門のところには、外から見えるように、御用の方は、河原町通用門へお廻り下さい、と書いた立札が立てゝあつたのである、従つて、旭丘関係者以外は、河原町通用門を自由に出入しえたのであり、又現実に出入していたのであつて、旭丘関係者以外で出入を拒否されたり、傍聴を拒否されたものは、一人もいなかつたのである、以上のとおりであるから、同日の委員会の手続はすべて適法であり、原告等の主張するような違法はないのである、こゝで注意すべきは、委員会は公開が原則であり、告示が適法になされているのであるから、反対の事実、例えば旭丘関係者以外の一般市民が傍聴を拒否されたというような事実の存在しない本件においては、委員会は公開であつたと推定すべきであるということである、仮に一般市民が傍聴できなかつたということがいえるとしても、報道機関である新聞記者が十名位、秘密会になるまで委員会室において傍聴していたのであるから、公開の原則に違反しているということはできないのである、従つて仮に違法な点があるとしても、それは規則第八条第三号違反という軽微な瑕疵であつて、委員会が開会後一、二分で秘密会に入つたのであるから、これによつて治癒されているものというべきである、仮に未だ治癒されていなかつたとしても、その瑕疵は前記のとおり極めて、軽微であつて委員会の決議には何等影響がないのであるから、本件懲戒処分を取消す程のものとはいえない、仮にそうではないとしても、本件懲戒処分は原告等の違法行為に対する当然の制裁であるのにかゝわらず、軽微な瑕疵を理由として本件懲戒処分が取消されるとすれば、結果において、本件懲戒処分後の全国否世界の耳目をそばだゝしめた、日本教職員組合の指導下に行われた不法な学校管理斗争の目的を達せしめることとなると同時に、その取消判決の京都市教育界否全国教育界に及ぼす影響を考えると、真にりつ然たるものがあるのであつて、被告が相当強い反対があつたのにかゝわらず、忍び難きを忍び斡旋案を受諾して、漸く平穏に帰せしめた京都市教育界を再び混乱に陥入れることは必至であり、被告の人事権は一朝にして根底からくつがえらざるをえないこととなるのである、以上のとおりであるから、本件懲戒処分を取消すことは、公共の福祉を阻害することが明らかであるというべきであると述べた。(立証省略)

当裁判所は、東京都、大阪市、名古屋市、横浜市、神戸市、福岡市各教育委員会に、中、小学校の教員の転任に関する発令者は誰か、その発令の形式はどうかの二点についての調査を嘱託した。

理由

先ず被告の本案前の抗弁を取上げて、本訴の提起が適法であるか否かについて考えることゝする。原告等の本訴請求は、原告等は京都市公立学校教員であつたが、原告に対する本件両処分が違法なものであるから、これを取消されたいというのである。そうすると、原告等は行政事件訴訟特例法第二条、法第六十七条、第六十六条、地方公務員法第四十九条等に基いて、原則として裁判所に出訴する前に人事委員会の審査の判定をえなければならないものであるところ、原告等が昭和二十九年五月五日に本件懲戒処分の理由説明書の交付を受けたこと、同月八日に本件転補処分の理由説明書の交付を請求し、同日訴外京都市人事委員会に対して審査の請求をしたことは、被告が明らかに争わないからこれを自白したものと看做すべく、原告等がいずれも懲戒免職されたことは、後記のとおり当事者間に争がなく、一般に就職難の状態にあることは顕著な事実であるから、原告等が他に相当な資産をもつているとか、他に就職したとかについての反証のない本件においては、原告等はもとよりその扶養家族の生活が危殆にひんするおそれがあるものというべく、かゝる事情は、行政事件訴訟特例法第二条但書にいわゆる訴願の裁決を経ることにより著しい損害を生ずるおそれがある場合にあたるものと解するのが相当である。従つて、本訴は、適法なものというべきである。

よつて、次に本件転補処分の取消請求について、検討することゝする。原告等が京都市公立学校教員で、旭丘中学校教諭として勤務していたものであること、被告が学校相互間の教育力の均衡、考課に基く適材適所主義、学校長の教育計画の実現に資するための教職員組織の刷新充実の三原則に基いて行つた定期的教員異動の一環として、同年四月一日付をもつて、原告北小路を二条中学校教諭に、原告寺島を柳池中学校教諭に、原告山本を四条中学校教諭に、それぞれ転補する旨の発令をしたこと、原告北小路が同月三日に、原告寺島、同山本が同月五日に、それぞれその辞令の送達を受けたこと、及び本件転補処分が被告の委員会による議決を経ずに不破教育長の専決によつてなされたものであることは、当事者間に争がない。

そこで先ず、通常の教員の人事異動の権限が被告にあるのか、教育長にあるのかについて、考えることゝする。法第四十九条第五号によれば、教育委員会は学校その他の教育機関の職員の任免その他の人事に関する事務を行うことゝなつており、又法第五十二条の二第一項によれば、教育委員会は教育委員会規則の定めるところにより、その権限に属する事務の一部を教育長に委任することができることゝなつており、同条に基いて制定された通則第二十二条第一項第七号によれば、教育委員会は校長、職員その他の教育機関の職員の任免に関することを除き、その権限に属する事務を教育長に委任することゝなつているので、これらの規定だけをみれば、原告等の主張するように通常の教員の人事異動の権限は教育長に委任されており、従つて被告にはその権限がないようにもみえないことはないが、法第六十七条第二項、第六十六条第一項によれば、校長、教員その他の職員の任免、懲戒その他に関する事項については、法及び教育公務員特例法に別段の定めがあるものを除く外、地方公務員法が適用されることゝなつているところ、同法第十七条第一項によれば、職員の任命は採用、昇任、降任又は転任のいずれか一つの方法によるべき旨規定されており、法及び教育公務員特例法にはこの点について別段の定めがないのであるから、校長、教員その他の職員の任免に関する事項については、地方公務員法の右の規定がそのまゝ適用されるものといわなければならないのである、そうすると、法にいわゆる任免には、右の採用、昇任、降任、及び転任が含まれているものと解するのが相当であるから、通常の教員の人事異動の権限は、被告に留保されているものというべきである。

そこで進んで、被告の権限としてなすべき原告等に対する本件転補処分を教育長が専決したことが適法であるか否かについて、考えることゝする。通則第二十二条第三項第一号によれば、教育長は異例に属するものを除き、通常の教員の任免に関することを代決することができることゝなつており、こゝにいわゆる代決とは、本人以外のものが本人に代つて本人の名において行政処分をなし、その効果が本人に帰属する制度であり、かゝる制度は、法第五十二条の二第一項にいわゆる臨時代理の一種として適法なものと解すべきところ、本件転補処分が不破教育長の専決によつて被告の名においてなされたものであることは、前記のとおり当事者間に争がなく、証人不破治の証言によれば、不破教育長は本件転補処分を、前記通則第二十二条第三項第一号に基いてしたものであることが明らかであり、他にこれを左右するに足る証拠はないのであるから、本件転補処分はそれが異例に属するものでない限り適法なものということができるのである。

よつて次に、原告等に対する本件転補処分が、いわゆる異例に属するものであるか否かについて考えることゝする。そこで先ず、こゝにいわゆる異例に属するものとは如何なるものであるかについて考えるに、被告は、本人の意思に反する降任、免職、休職、又は降給のような不利益処分を指すものであつて、転補処分は含まれていないと主張するが、当裁判所としては、所論にはにわかに賛成できないのであつて、ある処分が本人に利益であると否とを問わず、又転補処分であると否とを問わず、その処分がその種類、又は方法において、その具体的な社会において普通のものと考えられていないものをいうものと考えるのである。

よつて、原告等が主張する第一の理由である、本件転補処分が原告等の意思に反する内申に基くものであるという点について考えるに、原告等の各本人訊問の結果によれば、本件転補処分が原告等の意思に反する内申に基くものであることが明らかであり、通常の人事異動にあたつては、慣例として発令前に本人の希望を尊重して学校長より教育長に内申がなされ、それに基いて教育長が転任の内定をして、これを本人に内示し、本人に異議申立の機会が与えられていることは、当事者間に争のないところであるから、学校長の内申が本人の希望を尊重してなされるのが通常であるという点のみに限定して考えると、本人の意思に反する内申に基く転補処分は、異例に属するものということができるようにも思われるが、本人に異議申立の機会が与えられていることをも考慮すると、本人の希望を尊重するということは、本人の意思に反してはならないということではないと解せられ、又成立に争のない乙第十四乃至第十六号証、証人水田修一郎の証言によれば、本人の意思に反する内申に基く転補処分も数は少いが通常行われていることが認められ、他にこれを左右するに足る証拠はないのであるから、この主張は理由がないものといわなければならない。

次に第二の理由である、橋本校長が内申を撤回したとの点について考えるに、本件に顕われた全証拠によつても、橋本校長が内申を撤回したとのことが認められないのであるから、この主張も亦理由がないものというべきである。

そこで次に第三の理由である、本件転補処分が、不破教育長が自由党員である福原委員長の政治的圧力に屈して原告等がいわゆる偏向教育をしたとの無根の事実を理由としてした、政治的左遷人事であるとの点について考えることとする。証人市川白弦は、昭和二十八年十一月二十三日に訴外高山京都市長の公舎で行われた二十日会において、その会員から被告に対して、旭丘中学校の先生をさして、あのような先生がいては子供を学校へやることができない、通学区域を変更して欲しい旨要望されたのに対して、福原委員長が、定期異動で考慮する、貴方々の団結の力に待つ、そのような先生は、懲戒免職にする、という趣旨のことを言つたと供述し、又福原委員長は、その帰り道の自動車の中で、その会員等二名に対しても、そのような先生は懲戒処分にする、と言つたと供述するのであるが、この供述は、同証人が他から伝聞したものであるうえに、同証人の意見も混つているので、これだけでは福原委員長がそのようなことを言つたということが確認できないのである、又同証人は、同年十二月十五日に、旭丘中学校の父兄である訴外水上某等が被告に、旭丘中学校で偏向教育が行われているということを述べて、その善処方を陳情した際、福原委員長が、憂慮にたえないから事実を具体的にあげてほしい、調査の結果によつては、断乎処分する、と言つたと供述するのであるが、この供述は、同証人の供述があいまいであること、及び証人不破治の証言に照らして、にわかに信用することができないのである、更に同証人は、福原委員長がその頃、公の席上でも右同様のことを言つたと供述するのであるが、この供述は同証人が他から伝聞したものであるうえに、単に右のように供述したゞけであるから、これだけでは福原委員長がそのようなことを言つたということが確認できないのである、なお同証人は、昭和二十九年三月三十日に銅駝校において、校長異動の協議会をした際、不破教育長が市川委員に対して、大将軍中学校の訴外池田教頭の転任問題に関して、福原委員長が、首にかけても池田を転任させる、旨言つているので、どおにもならない、と耳打ちしたと供述するのであるが、この供述は、証人不破治、同北村金三郎の各証言及び被告代表者本人訊問の結果に照らして、にわかに信用することができないのである、又証人浅野道雄は、本件転補処分は、昭和二十八年十二月に、旭丘中学校の父兄の訴外水上某等が被告に原告等が偏向教育をしている旨提訴したことに基因するものである旨供述し、原告北小路本人は、本件転補処分は、福原委員長と不破教育長の旭丘中学校の教育を弾圧する政治的工作であり、それには訴外大達文部大臣との連絡もあつたと供述するのであるが、いずれも単なる主観にすぎないものと解せられるから、これだけではそのようなことが真実であるとのことを確認することができないのである、そして他には本件転補処分が原告等の主張するようなものであるとのことを認めるに足る証拠はない、もつとも成立に争のない乙第十三号証に、証人橋本栄治郎、同水田修一郎、同豊島顕久、同不破治、同北村金三郎、同市川白弦(前記の部分を除く)の各証言、及び原告等各本人訊問の結果、並に弁論の全趣旨を綜合すれば、昭和二十八年十一月二十三日に行われた二十日会において、旭丘中学校における子供のしつけ方が不当であるとのことが問題となり、その席には福原委員長がいたこと、同年十二月十五日に訴外水上某等が被告に対して、旭丘中学校ではアカハタを教材に使つている、労働歌を生徒に歌わせている、水害は天災ではなく人災であるという趣旨のことを書いたビラを生徒に配らせた等八十一項目を挙げて、同中学校の教育が一方に偏し、子供のしつけができていないという陳情をしたこと、被告がこれを重大視して指導主事等をして事実の有無を調査させたこと、その結果昭和二十九年二月十一日に、不破教育長が被告にはかつて旭丘中学校長に対して、同中学校の教育の運営が適切でないからその改善進歩を図られたいという趣旨の勧告をしたこと、同年二月頃から国会において教育二法案の審議が行われ、旭丘中学校の問題が大きく取上げられていたこと、福原委員長が偏向教育事例の関係者として証人として喚問されたこと、橋本校長は旭丘中学校の教員異動の内申の中、原告等以外の者の分を、その期限であつた同月二十五日までにしておきながら、原告等の内申は同年三月二十二日に至つて、しかも被告の人事主事である訴外水田修一郎から、原告等の転補先が大体きまつたから会つてくれとの電話があつた直後にしていること、橋本校長が原告等の内申と同時に辞表を提出したこと、橋本校長が原告等の内申を撤回する旨言明したことがあること、橋本校長が原告等をその意思に反しても転任させなければならないと考えた理由が、いずれも薄弱であることが等認められ、これらを綜合して考えると不審な点があるようにも思われるが、これだけでは本件転補処分が原告等が第三の理由として主張するようなものであるとのことを認定することができないのである。

以上のとおりであるから、原告等の本件転補処分の取消請求は、その理由がないものというの外はないのである。

そこで進んで、本件懲戒処分の取消請求について、検討することとする。原告等が本件転補処分を拒否して、従来どおり旭丘中学校に勤務していたこと、被告が同年四月九日に原告等に対して、職務命令を出したのに原告等がこれを拒否したことは、当事者間に争がなく、成立に争のない乙第五号証の一、二に証人不破治の証言によれば、右職務命令は原告等にそれぞれ速に赴任するよう勧告し、かつ命じたものであつたこと、原告等が右命令書を返送して、依然として旭丘中学校に止り、その校務に携つたことが認められ、他にこれを左右するに足る証拠はない。そして被告が、同年五月五日付をもつて、原告等を地方公務員法第二十九条第一項第一号及び第二号に該当するものとして、懲戒免職し、原告等が同日その辞令の送達を受けたことは、当事者間に争がない。

原告等は、本件懲戒処分は、違法な本件転補処分を前提とするものであるから違法であると主張するが、本件転補処分が違法なものであつたとの点については、前記のとおりその証明がないのであるから、この主張は理由がないものというの外はないのである。

原告等は、本件懲戒処分を議決した同日の委員会が終始非公開のまゝでなされたものであるから、違法であると主張するので、この点について考えることゝする。法第三十七条第一項本文によれば、教育委員会の会議は、これを公開する、と規定されており、又規則第八条には、次の各号の一に該当する者は、傍聴席に入ることができない、一、危険なものを所持する者、二、異様な服装をし若しくは、容儀を乱し又は酩酊している者、三、その他委員会が不適当と認めた者、と規定されているのであるから、委員会が公開されたというためには、右規則に掲げられた事項の一に該当する者以外は、何人でも自由に委員会を傍聴することができるような客観的な状態において、会議をしたことを必要とするものといわなければならないのである。そこで検討するに、成立に争のない乙第十二号証に、証人田島房之助、同市川白弦(二回共の各一部)、同畑富雄(一部)、同宮島楳索、同北村金三郎、同城守昌二(一部)の各証言、及び被告代表者本人訊問の結果によれば、福原委員長は、同月四日の夕刻頃に、同月五日に被告委員会室において、協議会を開催することに決定し、畑室長に旭丘中学校の父兄等が協議会に多勢押し掛けてくるかもしれないことを理由に、旭丘関係者(その範囲は示していない)を市役所内に入れないようにせよ、と命令したこと、畑室長は、守衛をして一般人の市役所内への出入を看守させ、又傍聴要求者や陳情要求書を整理して市役所内に入れないようにするために、京都市秘書課長訴外某及び田島守衛長に対して、明日協議会をするから、旭丘関係者(その範囲は示していない)を市役所内に入れないようにしてくれ、と依頼したこと、田島守衛長は京都市秘書課員である訴外安田晋造から、明日は休日であるが、被告の協議会があるから全員午後七時半までに出勤して警備してくれ、旭丘関係者(その範囲は示していない)は勿論市役所内に入れてはならないが、一般市民で入門を求めるものでも疑義のある者は、被告事務局なり自分なりに申出て指示を受けること、門は河原町通用門の中の小門だけを開けること、と命令されたこと、田島守衛長は、平常の日曜又は休日には、平日に開放している、市役所の正門、寺町通りの出入口、河原町通りの出入口、消防署新館からの出入口、及び河原町通用門の中の河原町通用門だけは開放しているのに、同日は後記委員会の終了するまで同通用門の中の小門だけを開放させ、病気欠勤者以外の全員である長以下十名の守衛の中、訴外宮島楳索以下六名を右通用小門に配置し、他の三名を連絡係と消防新館からの出入口に配置し、それぞれ警備にあたらせたこと、宮島守衛等は平常の日曜、休日には何人でも自由に市役所内に出入させていたのに、同日は、後記委員会の終了するまで、新聞記者並に京都市役所及び被告の職員等は自由に出入させるが、旭丘中学校の先生、生徒、卒業生、父兄、及び京教組の人達(以下単に旭丘の先生等と略称する)は、絶対に入門させないことゝし、旭丘中学校の地区内の者は、その父兄でないことの証明をした者のみ一般市民と同様に取扱い、旭丘の先生等ではないと思われる者、その他一般市民については、氏名を聞き、都合によつては身分証明書を見せて貰うとか、用件を聞くとかしたうえ、被告事務局、市役所各部課に連絡し、その指示に従つて処置することゝして、警備したこと、同日午前九時頃からぼつぼつやつて来て、後記委員会の終了するまで待つていた傍聴希望者二、三十名を、その一部の者については、原告等の転勤問題で市役所へ来たことがあつて顔見知りであつたので、旭丘の先生等と判断し、その余の者については、それらの者が旭丘の先生等と挨拶を交したり、同一の行動をとつたり、同じところへまとまつていたりしたゝめ、一々身分等を聞かずに旭丘の先生等と判断し、一人も市役所内へ入れなかつたこと、被告は、同日午前十時頃から被告委員会室において協議会を開催したところ、協議会は慣例上非公開であつたのに、新聞記者が取材しないことを条件に傍聴させてくれと申出で、福原委員長、神先、北村両委員がこれに賛成したので、市川、吉川両委員は、新聞記者を傍聴させるのであれば、旭丘中学校の父兄や京教組の人達にも傍聴させたい旨発言したが、結局、新聞記者は個々の発言についての取材をしないことという条件で傍聴を許すことに決定し、旭丘中学校の父兄や京教組の人達(その範囲は問題になつていない)は、協議に圧力をかけ混乱させることゝなるから傍聴させないことゝ決定し、新聞記者約十名を入れて協議会を続行したこと、午後二時三十分頃に協議会が終了したので、福原委員長が全委員の賛成により、午後三時から被告委員会室において、臨時委員会を開催する旨決定したこと、そこで畑室長は、被告事務局の職員である訴外城守昌二等をして、臨時委員会の招集の告示をさせ、かつ被告事務局の職員である訴外藤村某をして、後で告示のことが問題になるかもしれないと思つて告示を貼付したところを写真にとらせたこと、告示は傍聴希望者等にわからないように、告示の用紙をハトロン紙の封筒に折り畳んで入れ、通用小門から出て河原町通りの東側の歩道を迂回して市役所前の市役所の掲示場に掲示させたこと、傍聴人の措置について畑室長が、福原委員長の席へ行き小声で、旭丘の傍聴はどおしますかと耳打ちしたところ、福原委員長が、勿論公開だが旭丘関係(その範囲は示していない)だけは前のとおりだ、といつたこと、及び守衛等に対しては、何等の通知もせず前記依頼をそのまゝにして、午後三時から被告委員会室において委員会を開催し、本件懲戒処分の議決をしたことが認められ、右認定に反する証人市川白弦(二回共)、同畑富雄、同城守昌二の各証言の一部は信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そうすると、同日は新聞記者並に京都市役所及び被告の職員以外の者は、何人も委員会室へは勿論、市役所内へも自由に出入しえなかつたのであるから、同日の委員会は終始非公開であつたものという外はないのである。

被告は、同日の委員会においては、旭丘関係者のみが規則第八条第三号によつて傍聴を禁止されていたのであつて、非公開ではないと主張するが、本件に顕われた全証拠によつても、旭丘関係者のみが所論のように傍聴を禁止されていたとのことが認められないのであるから、この主張は採用するわけにはいかないのである。

被告は、福原委員長が委員会にはからずに旭丘関係者を傍聴させないと決定したのは、協議会において旭丘関係者を傍聴させないことに決定されていたゝめ、委員会にはかつても同一結論になると判断したゝめであると主張するので考えるに、前記認定事実によれば、協議会において旭丘中学校の父兄や京教組の人達は、協議に圧力をかけ混乱させることゝなるからという理由で傍聴させないことゝ決定したこと、及び福原委員長が、勿論公開だが旭丘関係だけは前のとおりだ、といつたことが明らかであるが、協議会でした決定は、非公開が慣例となつている協議会を傍聴させないと決定したゞけであつて、委員会には何等の関係もないことであるから、協議会でした決定が委員会においても効力をもついわれはなく、又福原委員長が所論のような判断に基いて右のようなことをいつても、福原委員長には傍聴を禁止する権限がないのであるから、所論は全然問題にならないのである。

被告は、福原委員長が単独でした決定は、規則第八条第三号に照らして有効でないようにも思われるが、旭丘関係者を傍聴させないことゝしたことは、客観的に妥当であつたのであるから有効であると主張するが、所論は、権限がない者が傍聴を禁止しても、その結果が妥当であれば有効になるというのであつて、採用するに値しない。

被告は、規則第八条第三号は、会議の妨害が現実に生じなくても、その蓋然性が高度であれば、予め適用することができるところ、旭丘関係者はその蓋然性が高度であつたのであるから、予めて適用したことが違法となる筈はない、と主張するが、その理論はさておき、前記のとおり委員会が所論の規定によつて旭丘関係者の傍聴を禁止したことが認められないのであるから、所論も亦問題にならないのである。

被告は、若し旭丘関係者を市役所に入れていたならば、多数の者が協議会及び委員会の傍聴を強要し、協議会が先ず混乱に陥り、委員会は到底開催しえなかつたであろう、とも主張するが、協議会を傍聴させないことは被告の自由なのであるから、その時間中は入門を拒否しても委員会を開催することゝなつた以上は、自由に入門できるようにすべきであつて、若し所論のように大勢来るようであれば、規則第三条、第五条を活用して適当な数の傍聴券を発行し、それ以外の者の委員会室への入室を拒否すれば足るのであつて、所論のようにしなければ委員会が開催できなかつた訳ではないのであるから、採用するに足らない。

被告は、旭丘関係者以外の者は、河原町通用門を自由に出入しえたのであり、又現実に出入していたのであつて、旭丘関係者以外の者で出入を拒否されたり、傍聴を拒否されたりした者は、一人もいなかつたとも主張するが、新聞記者並に京都市役所及び被告の職員以外の者は、何人も自由に出入しえなかつたことは、前記のとおりであるから、その余の点が所論のとおりであつたとしても、前記認定を動かす理由とはならないのである。

被告は、委員会は公開が原則であり、告示が適法になされているのであるから、旭丘関係者以外の者が傍聴を拒否されたというような反対の事実の存在しない本件においては、委員会は公開であつたと推定すべきものであるとも主張するが、前段記載のとおり反対の事実があるのであるから、仮に旭丘関係者以外の者で現実に傍聴を拒否された者がなかつたとしても、所論のような推定をすることはできないのである。

被告は更に、報道機関である新聞記者が十名位傍聴していたのであるから、公開の原則に違反していないと主張するが、委員会の公開とは、特定の人の傍聴が自由であることをいうのではなく、不特定の人、換言すれば何人でも自由に傍聴することができることをいうものであることは、前記説示のとおりであるから、新聞記者が傍聴したとしても委員会が公開であつたとはいえないのである。

被告は、委員会開会後一、二分で秘密会に入つたのであるから、これによつて瑕疵は治癒されていると主張するので考えるに、成立に争のない乙第七号証、同第十五号証に被告代表者本人訊問の結果を綜合すれば、委員会開会後間もなく秘密会に入つたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないが、秘密会に入つたとしてもその前から非公開であつた委員会が、公開となるわけではないし、委員会の公開ということは、公開すること自体によつて会議の公正を保持するために設けられている制度であつて、現実に傍聴人がいると否とを問わないのであるから、仮に傍聴人も傍聴希望者もいなかつたとしても、非公開であればそのこと自体によつて瑕疵ができるのである、従つて秘密会に入つたということによつては、非公開であつた瑕疵を治癒することができないのである、所論は採用の限りでない。

被告は更に、仮に非公開であつたとしても、委員会の決議には何等影響がないのであるから、本件懲戒処分を取消す程のものとはいえないと主張するが、委員会が非公開であつたということは、法の目的に照らして極めて重大な瑕疵であり、しかもこの瑕疵は、委員会の決議に影響があつたか否かによつて左右されるべき性質のものではないのであるから、所論には到底賛成することができないのである。民事訴訟法第三百九十五条第一項第五号、刑事訴訟法第三百七十七条第三号、及び第四百五条第一号が、それぞれ公開の原則違反を絶対的上訴理由としていることを参照されたい。

よつて進んで、本件懲戒処分を取消すことが公共の福祉に適合しないとの被告の主張について、検討することとする。

思うに、行政処分が違法として取消、又は変更されるときは、その取消、又は変更以前に当該行政処分に基いて発生した法律関係、社会関係等に影響を及ぼすことがあるのは法律の当然に予測するところである。したがつて、その例外である行政事件訴訟法特例法第十一条の規定するところは、違法な行政処分によつて不利益を受けた個人を救済することが、社会全体の利益を阻害し、後者の利益を保護するためには、前者の救済を犠牲にすることが必要欠くべからざる場合であつて、前者の受けた不利益が、その救済の結果後者に与える不利益より僅少であるため、前者にその不利益を受忍させることが相当であると認められる場合をいうものと解すべきである。

そこで先ず、被告の本件懲戒処分が取消されると、結果において本件懲戒処分後の全国否世界の耳目をそばだたしめた、日本教職員組合の指導下に行われた不法な学校管理闘争の目的を達せしめることゝなるとの主張について考えるに、本件懲戒処分を取消すことによつて仮に所論のような結果となつても、それは単に反射的にそのような結果が生じるということがいえるだけのことであつて、本件懲戒処分の取消は所論のような学校管理闘争の目的を達成させることを意図するものではないのであるから、そのような結果が発生したとしても、それは別個に考慮すべき問題であつて、そのような結果を発生させないために原告等の救済を拒否すべきものとは到底いえないのである、従つてこの点の主張は、理由がないのである。

次に被告は、本件懲戒処分の取消判決の京都市教育界否全国教育界に及ぼす影響を考えると、真にりつ然たるものがあるのであつて、被告が漸く平穏に帰せしめた京都市教育界を再び混乱に陥入れることは必至であると主張するが、所論のように教育界に及ぼす影響がりつ然たるものであるとのことについては、何等の立証もなく、却つて、一般に教育界の教育委員会に対する信頼関係の一端は、教育委員会による人事行政が適法に行われていることを前提とするものというべきであるから、違法な懲戒処分を取消さないことが、これを取消すより以上に教育界に好影響を与えるものとは即断できないのであり、又本件懲戒処分を取消すことによつて京都市教育界が混乱に陥入れられるとのことについては、何等の立証もないのみならず、本件懲戒処分の取消によつて生ずべき事務処理が、本件懲戒処分の取消を拒否しなければならない程に重大な社会全体の不利益とは到底考えられないのであるから、この点の主張も亦理由がないのである。

更に被告は、本件懲戒処分を取消すことによつて、被告の人事権が一朝にして根底からくつがえらざるをえないことゝなると主張するが、制度としての京都市教育委員会の人事権が根底からくつがえるものとは到底いえないし、又本件懲戒処分を取消すことによつて、被告の責任が問題とされることになつたとしても、それは被告の責任の問題であつて、被告の人事権自体の問題ではないのみならず、違法な行政処分をした行政庁の負うべき当然の責任であるのであるから、これを公共の福祉に転嫁して個人の不利益の救済を拒否することは、許されないものといわなければならないのである、従つてこの点の主張も亦、理由がないのである。

そして、本件に顕われた全証拠を詳細に検討しても、本件懲戒処分を取消すことが公共の福祉に適合しないことゝなるものと認めるに足るものはないのである。

以上のとおりであるから、その余の点についての判断をするまでもなく、本件懲戒処分の取消を求める原告等の請求は、その理由があるものといわなければならないのである。

よつて原告等の本訴請求の中、本件懲戒処分の取消を求める部分を認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 青木英五郎 石崎甚八 坂本武志)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com