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京都地方裁判所 昭和35年(ワ)73号 判決

理由

一、本訴事件について。

本訴被告(反訴原告)より、本訴原告(反訴被告)に対する債務名義として京都地方法務局所属公証人上原角三郎作成第九〇一一三号手形債務承認履行契約公正証書が存在し、右公正証書には本訴原告(反訴被告)は本訴被告(反訴原告)に対し本件手形(1)に基き金二〇万円の支払義務あることを認めこれを弁済期昭和三四年七月三日期限後の損害金日歩九銭八厘の約で履行することを約した旨及び不履行のときは直ちに強制執行を受けても異議がないことを認諾した旨の記載があることは、当事者間に争いがない。

そして右公正証書が、本訴原告(反訴被告)の常務取締役であつた訴外服部保夫が作成して本訴被告(反訴原告)に交付した本訴原告(反訴被告)代表取締役川本直水作成名義の委任状を使用して作成されたことも、当事者間に争いがない。

そこで右服部に右委任状を作成交付する権限があつたかどうかを考えてみる。証拠によると、右服部は昭和二八年二月頃から昭和三四年五月二五日まで本訴原告(反訴被告)の代表権をもたない常務取締役であつて、本訴原告(反訴被告)の代表取締役川本直水の印章を保管はしていたものの、これを使用して本訴原告(反訴被告)のために資金を調達しその方法として手形を振出し或いはそれらの債務不履行の場合の公正証書作成の委任をなす等の権限までは与えられておらず、ただ本訴原告(反訴被告)の営業経費の支払等に関し本訴原告反訴被告専務取締役川本保の決裁した個別的事項についてだけ右印章を使用して手形を振出したりすることが許されていたにすぎないこと、前記委任状を作成交付するについては本訴原告(反訴被告)代表取締役川本直水や同専務取締役川本保の決裁や承認は全く得ていないことが認められる。甲第四号証中本訴原告(反訴被告)代表取締役の印章は右服部ではなく訴外市場某が保管していた旨の供述記載部分は、前掲各証拠に照して措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。そうだとすると右委任状は右服部がこれを偽造したものというほかなく、従つて右公正証書は代理権のない代理人によつて作成されたものであるということになる。

そこで本訴被告(反訴原告)は右服部の所為について商法第二六二条の適用を主張するのであるが、執行認諾の意思表示は訴訟行為であるから、これについては商法第二六二条の適用はないものと解すべきであり、従つて右公正証書が右認定のように無権代理人によつて作成されたものである以上、少なくとも右公正証書記載の本訴原告(反訴被告)の執行認諾の意思表示は無効であるといわなくてはならない。

そうすると、そのほかの点について判断するまでもなく右公正証書に債務名義たる効力を認めることはできないから、右公正証書を債務名義とする強制執行は不当であり、その排除を求める本訴原告(反訴被告)の本訴請求は理由がある。

二、反訴事件について。

まず本訴原告(反訴被告)の本案前の抗弁について考えてみるのに、本訴請求が前記公正証書記載の執行認諾の意思表示の無効のほかに手形金債務の不存在をも請求原因とするに対し、反訴請求は右手形金債務の履行を求めるものであるから、明らかに両請求は牽連するものというべく、また反訴は一の訴であるから、単なる攻撃防禦方法の提出時期に関する民事訴訟法第一三九条はこれには適用なく、本訴の事実審口頭弁論終結までならいつでも提起し得るものと解すべきであつて、本訴原告(反訴被告)の右抗弁は理由なく、本件反訴は、その他の要件にも欠けるところはないから、適法なものといわなくてはならない。

それ故進んで本案について判断するのに、本件手形(1)は、本訴原告(反訴被告)の常務取締役であつた前記服部が本訴原告(反訴被告)代表取締役川本直水名義で作成し本訴被告(反訴原告)に対し交付したものであることは、当事者間に争いがない。

そこでまず右服部の所為がいわゆる署名の代理になるかそれとも偽造になるかを考えてみる。本訴事件についてすでに認定したとおり、右服部は本訴原告(反訴被告)の営業経費の支払等に関し本訴原告(反訴被告)専務取締役川本保の決裁した個別的事項についてだけ本訴原告(反訴被告)代表取締役川本直水名義で手形を振出す権限を与えられていたにすぎないわけであるが、証拠によると、更に次の事実が認められる。すなわち、右服部は本訴原告(反訴被告)常務取締役の傍ら昭和三一年三月一日から丹波一の宮出雲大神宮の権宮司をしていたものであるところ、同年頃右出雲大神宮に信者からその復興資金にあてるようにと飛駄高山の金山の鉱業権の奉納を受けたので右金山の開発に乗出したが、その資金調達のために本訴原告(反訴被告)専務取締役川本保の決裁を経ずに独断で本訴原告(反訴被告)代表取締役作成名義の手形を振出し、更にその手形の決済のための資金の融通を受けるために同様本訴原告(反訴被告)専務取締役川本保の決裁や同代表取締役川本直水の了解を得ずに独断で本件手形(1)を作成交付したこと、右服部としては右大神宮が保津川を御神体とする神社であるためその復興がひいては本訴原告(反訴被告)の発展をもたらすと考えていたとしても、右大神宮の復興とかそのための前記金山の開発とかは右服部の個人としての事業であつて本訴原告(反訴被告)の事業とは少なくとも直接の関係はなく、前記川本保や川本直水の関り知らぬ事柄であつたことが認められる。右認定を覆えすに足る証拠はない。そうだとすると、本件手形(1)は右服部が権限なくして自らの個人的利益のために本訴原告(反訴被告)代表取締役川本直水名義を冒用して作成した手形ということになるから、偽造手形であるといわざるを得ない。

そこで次に前記服部の所為について本訴原告(反訴被告)が商法第二六二条による責任を負うかどうかを考えてみる。そもそも商法第二六二条は、同条所定の名称を付した取締役(表見代表取締役)はその名称故に代表取締役と誤認され易いのでこれを信頼した善意の第三者を保護するために設けられた規定である。それ故商法第二六二条は、表見代表取締役が自らが会社の代表者であるかの如く行動した場合の相手方保護規定であつて、表見代表取締役が会社の代表者の代理人もしくは機関として行動した場合に関する規定ではない。後の場合の相手方保護の規定は民法の表見代理に関する規定や商法第三八条第四三条などがそれにあたる。ところで前記服部の所為は、同人自ら本訴原告(反訴被告)の代表者として行動したものとみることはできず、本訴原告(反訴被告)の代表者たる前記川本直水の機関として行動したものとみるほかはないから、これについては商法第二六二条はその適用はもとより類推適用の根拠をも欠くものといわなくてはならない。そして前記民法の表見代理に関する規定や商法第三八条第四三条などの類推適用は、本訴被告(反訴原告)の主張しないところである(本訴被告(反訴原告)は、本件訴訟の当初は表見代理の主張をしていたかの如くであつたが、第一九回口頭弁論において右主張を撤回した)。

そうすると、本件手形(1)は有効な振出がないことに帰するから、本訴被告(反訴原告)の反訴請求は、そのほかの点について判断するまでもなく理由がない。

三、併合事件について。

反訴事件の本案についての判断を、そのうち本件手形(1)とあるを本件手形(2)と、またその交付の相手方を訴外田中嘉雄と読み替えて、そのまま援用する。

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