大判例

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京都地方裁判所 昭和49年(ワ)497号 判決

原告

宗斗会

被告

株式会社毎日新聞社

右代表者

田中香苗

被告

早乙女貢こと

鐘ケ江秀吉

右被告両名訴訟代理人

河村貢

主文

一  原告の請求はいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、朝日・毎日・読売・日本経済・サンケイ・東京・中部日本・京都・神戸等の各新聞紙上記事欄下に、被告ら連名による別紙記載内容の謝罪広告を、一五センチメートル三段以上の大きさで掲載せよ。

2  被告株式会社毎日新聞社(以下「被告会社」という)は、原告に対し、原告と協議のうえ、数名あるいは十数名の歴史家、言語学者、評論家、日朝関係に関心を有する知識人、各界朝鮮人等による前項謝罪広告と同内容のコメントを六ページ以上にわたり特集せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

被告両名

主文同旨

第二  当事者の主張

一、原告の請求原因

1  被告会社は週刊誌「サンデー毎日」等を発行しているものなるところ、作家である被告早乙女は、右週刊誌「サンデー毎日」昭和四九年一月二七日号誌上に発表した「血槍三代」と題する連載小説の中で関ケ原合戦前夜であるその時代を表わす言葉として「朝鮮征伐」なる語句を使用し(同号七四頁)被告会社はこれをこのまゝ掲載発行した。

2  朝鮮征伐なる語句は朝鮮と朝鮮人に対する侮辱的言葉であつて、朝鮮人一人一人の心を傷つけ日本と朝鮮の友好を阻害するものである。この語句は歴史的呼称として用いられ、不用意、無反省に使用されてきたものであるが、征伐なる語は、悪者、罪ある者、反逆者、服従しない者を武力をもつて攻め、正しい者、上級者に従わせることを意味するから、右語句は全体として朝鮮、朝鮮人を軽侮する意味をもち、歴史的呼称であることの故を以てその侮辱的意味あいが失われるものではない。右語句の使用は、日本は朝鮮に対して優越者であるとの意識に基づいており、朝鮮人に対する露骨な侮辱を意味し、日本人と朝鮮人が対等であるべき現在の社会では許さるべきでない。この語句が使用された小説が前記週刊誌に掲載されたことによりすべての朝鮮人が侮辱され、その一人である原告も侮辱を受けた。

3  被告早乙女は文筆業者として、被告会社は週刊誌という公器を編集、発行するものとして、朝鮮征伐なる語句のもつ、右のような意味を理解しそれを使用することで他人を侮辱することのないようにする注意義務があるのにこれを怠り無雑作にこれを使用し週刊誌に掲載したものであるから、その名誉を回復するため請求の趣旨記載の判決を求める。

二、被告らの答弁と主張

1  原告の請求原因1は認めるが他は認めない。

2  朝鮮征伐なる語句は小説「血槍三代」において当時の歴史的呼称として時代小説の舞台の説明に用いたに過ぎない。即ちこの語は豊臣秀吉が紀伊征伐、九州征伐などと同じく用いた呼称であり、この歴史的呼称から当時の権力者の野望が察知されるものとして、そのまゝ小説に使用したものであつて原告の主張するような意図から用いたものではなく、このことは前後の関係内容を見れば明白である。

3  不法行為として名誉毀損が成立するためには、ある特定の人即ち被害者が特定していることを要し漠然と集団を示す表現を用いた場合にはその集団に所属する特定人に対する名誉毀損は成立しないのであるから、朝鮮征伐なる語句が直に原告個人の名誉を毀損するものではない。

4  名誉とは人が社会より受ける評価をいい、その者の内心的意識内容としての感情、自尊心をさすものでないことは学説上争いなく、従つて毀損とは現実にその事実がその者の社会的評価に影響を及ぼしたことを必要とするが、原告は朝鮮征伐なる語句の使用により単に朝鮮人の感情を害したことを主張しているのみで原告の社会的評価にいかなる影響を及ぼしたか何ら主張するところがない。

5  原告は被告会社に名誉回復の処分として、記事の集収、編集、印刷、発行を求めているが、これは請求として特定を欠き被告会社の経営、権限に属する編集の一部に原告を介入させよというものであり、民法七二三条の予定する適当なる処分の限度をこえ、名誉回復の方法として失当である。

第三  証拠〈略〉

理由

被告会社発行の週刊誌「サンデー毎日」昭和四九年一月二七日号誌上の被告早乙女の執筆にかかる「血槍三代」と題する連載小説中に、「朝鮮征伐」なる語句が使用され(同号七四ページ、なお成立に争いない同号「血槍三代」の抜すいである乙第一号証によれば、右語句の使用されている個所は次のとおりである。(……風説が多い。戦さがはじまるらしいという噂が高い。世間はいつの時代でも変革を嫌う。変革は生活を破壊し、生存を不安にする。嫌いなものの匂いは一丁先からでも臭うというが、それも弱い者の自衛本能からであろう。朝鮮征伐の後遺症ともいうべき、加藤清正、黒田長政らと小西行長、石田三成らの葛藤がそれであり、秀吉死後の天下を望む野心の衝突は必然的に大乱を惹起するに違いなかつた。秀吉の臨終に何度も差出した秀頼奉戴の誓文を反古にする家康は暗殺されるか、伏見屋敷は襲撃されるに違いない、という噂が巷に広まつている。……)、これが広く一般読者の閲読に供されたことは当事者間に争いがない。

そこで、右「朝鮮征伐」という語句の使用が、原告の名誉を毀損するものであるかどうかについて検討する(原告が本訴において、朝鮮あるいは総体としての朝鮮人の名誉毀損を問題とし、その名誉回復のため謝罪広告等の処分を求めているものとすれば、原告がなぜそういうことを請求しうる地位にあるのかという当事者適格を問題とせねばならない。本訴は右のような請求ではないと考えられるので、右問題は審理の対象外とし、その判断を示さない)。

ところで、原告の本訴請求は民法七二三条を根拠とするものと解されるが、同条が、名誉を毀損された被害者の救済処分として、損害賠償のほかに原状回復処分を命じうることを規定している趣旨は、加害者に対する制裁や被害者の主観的満足をはかるためではなく、金銭賠償のみをもつてしては填補され得ない、毀損された特定の被害者の人格的価値に対する社会的、客観的な評価自体の回復をはかることにあると解すべきであるから、同条にいう名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価、即ち社会的名誉を指するものであつて、人が自己自身の人格的価値について有する主観的評価、すなわち名誉感情を含まないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四五年一二月一八日判決民集二四巻一三号二一五二ページ参照)。

しかるところ、原告の主張は、要するに「朝鮮征伐」という語句は、その「征伐」の意味内容よりして朝鮮あるいは朝鮮人を侮辱する意味内容を有するものであるから、右語句を使用することは朝鮮人の一人である原告を侮辱し、その名誉を毀損するものであるということに帰するが、仮に右語句がその主張のような侮辱的意味内容を有するとしても、これによつて毀損されると考えられるものは、原告の前記社会的名誉ではなく、原告が朝鮮人として有する誇り、すなわち名誉感情であるといわねばならない。

けだし、右語句は、その当否はともかく、本来過去の歴史的事実を当時の為政者の言葉をもつて表現したいわゆる歴史的呼称というべきものであつて(この点は公知の事実であり原告も争わないところである)、原告が単に朝鮮人の一人であるというだけでは原告の社会的評価に関連をもち、これに影響を及ぼすものとはいえないからである。従つて謝罪広告等の名誉回復処分を求める原告の本訴請求は爾余の判断を俟つまでもなく理由がない。

よつて原告の本訴請求を棄却することとし訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(菊地博 小北陽三 佐々木寅男)

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