大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

京都地方裁判所 昭和58年(ワ)721号 判決

原告

福本俊行

被告

日本専売公社

主文

一  被告は原告に対し金八一万六二二二円及び昭和五七年六月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一四分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。但し被告が金四〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一一五六万〇〇九〇円及びこれに対する昭和五七年六月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

昭和五〇年四月二六日午前一一時三〇分頃京都市中京区松原通東新道東入ル路上において、松原通を南から北へ横断しようとした原告(当時小学校一年生)と松原通を西から東へ進行してきた被告の社員上坂秀雄運転の軽自動車(以下被告車という。)とが衝突した。

2  原告の負傷と後遺症の発生

原告は本件事故により左脛骨、腓骨々折の傷害を負い、即日京都回生病院に入院し、昭和五〇年四月二六日から同年八月一日まで、同年九月三日から同月一六日まで、同月二〇日から同年一一月八日まで三度入退院を繰り返し、二度の手術を重ね、同五一年七月まで通院加療を継続した結果、一応治癒したかにみえた。ところが昭和五七年に至つて在学中の中学校の朝礼の際に比較的長時間立つていたり、通学時に鞄を持つて歩く時、あるいは階段を上下する時などに異常に疲労感がひどく、また腰痛が激しいので医師の診察、検査を受けたところ、本件事故によつて左脛骨、腓骨が異常発育した結果、左右両下肢に三センチメートル(レントゲン実測二・八センチメートル)の長差が生じていると診断された。原告は現在右後遺症のため靴底に補助具を装着して歩行している状態であり、また常に疲労感や腰痛に悩まされている。なお右後遺症の症状固定日は昭和五七年六月八日である。

3  被告の責任

(一) 被告は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づく損害賠償責任がある。

(二)(1) 本件事故の際、上坂秀雄は車両を運転するについて前方注視の義務を怠つた過失がある。

(2) 被告は上坂秀雄を使用し、同人が被告車を運転して被告の業務を執行中本件事故を惹起したものであるから、被告には民法七一五条に基づく損害賠償責任がある。

4  原告の損害

原告は本件事故に基づく右後遺症によつて次の損害を蒙つた。

(一) 逸失利益 金七六八万七五七四円

〈1〉 後遺症発生時における原告の年齢 一四歳

〈2〉 昭和五七年度男子労働者平均年収 金三八八万七七三八円

三六三万三四〇〇円(昭和五六年度男子労働者平均年収)×一・〇七

〈3〉 就労可能年数(後遺症残存期間) 四九年(一八歳~六七歳)

〈4〉 右期間内に対応するホフマン係数 二一・九七一

〈5〉 後遺症等級 一三級 労働能力喪失率 九パーセント三八八万七七三八×二一・九七一×〇・〇九=七六八万七五七四

(二) 慰謝料

原告は右後遺症によつて運動機能に多大な障害を蒙り(身体障害者等級六級と認定されている)、日々腰痛等にも悩まされているうえ、将来職業選択についても大幅な制約を受けるに至つた。このことによる肉体的精神的苦痛は甚大でありこれを金銭に換算することは困難であるが、少なくとも金四〇〇万円は下らない。

(三) 治療費 金三万六〇一六円

原告は、右後遺症のため、京都回生病院及び安立病院において診療、検査を受け、そのため次の支出を余儀なくされた。

京都回生病院 金一万五三七〇円

安立病院 金二万〇六四六円

(四) 補助具装着費 金六五〇〇円

原告は右後遺症のため医師の指示に従い靴底に補助具を装着して歩行している。

(五) 損益相殺

原告は、右後遺症の発生により自賠責保険から金六七万円を受領した。

(六) 弁護士費用

原告は本訴の提起追行のため原告訴訟代理人に委任し、弁護士費用として金五〇万円を支払うことを約した。

5  よつて、原告は被告に対し、金一一五六万〇〇九〇円及びこれに対する右後遺症発生の日である昭和五七年六月八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。

同2の事実のうち原告が本件事故により左脛骨、腓骨々折の傷害を負い、即日京都回生病院に入院したこと、原告がその主張のように三度入退院を繰り返し二度手術をしたことは認めるが、その余は不知。なお三度目の入院は、原告が下校途中に自ら転倒骨折したもので自損行為というほかなく、本件事故と因果関係がない。

同3(一)の事実は否認する。

同3(二)の事実のうち被告が上坂秀雄を使用し、同人が被告車を運転していたことは認めるが、その余は否認する。

本件事故は抗弁2記載のとおり原告の一方的過失により発生したもので上坂秀雄には過失はない。

同4のうち(五)の事実は認め、(七)の事実は不知、その余は争う。

三  抗弁

1  示談の成立

原告と被告間において昭和五一年二月一〇日本件事故について(1)被告は原告に対し治療費(付添看護人料五三万九九八〇円を含む)二三〇万七八七〇円、入院諸雑費七万三二〇〇円、慰謝料二七万六八〇〇円を支払う、(2)後遺障害については原告が保険会社に請求し金額は保険会社の査定による金額とする、(3)今後本件に関し原被告は相手方に何らの異議請求は一切しない旨の示談契約が成立し、これに基づき被告は原告に右(1)記載の金員を支払い、また原告は右(2)記載の約定に基づき後遺障害の保険金請求をなし、保険会社の査定による金六七万円を受領している。

2  免責の主張

本件事故現場の西方約二〇メートルの地点にある十字路交差点には朱雀第三小学校の東北角から松原通を南北に横切る横断歩道があるが、上坂秀雄は本件事故当時被告車を運転して松原通を西方から東方に向かつて進行していたところ、右横断歩道を小学生数名が横断しようとしていたため右横断歩道の手前で被告車を一旦停止した。そして上坂秀雄は小学生らが横断を終えたのを確認した後被告車を発進させ東方へ約二〇メートル進行したところ、松原通の南側の二台の駐車車両の間から原告が突然南から北へ向かつて被告車の直前に飛び出して横断しようとしたため、咄嗟に急制動の措置をとつつたものの原告が被告車の右側前部付近に衝突して路上に転倒したものである。従つて右状況下における原告の発見は予見不可能であり、上坂秀雄には過失はない。

一方原告は当時小学一年生(七歳)で飛び出し行為が如何に危険なものであるかを知り得る事理弁識能力を有しながら、近くの横断歩道を渡らずに危険な飛び出し行為に出た重大な過失がある。

3  過失相殺

本件事故発生については右のとおり原告にも過失があり、損害額の算定に当つて斟酌すべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実は認める。

同2の事実のうち本件事故現場が未雀第三小学校から東方へ約二〇メートルの地点であること、上坂秀雄が被告車を運転して西から東へ向け松原通を進行していたことは認めるが、その余は否認する。

同3の事実は否認する。

五  再抗弁

1  右示談契約の後遺症条項については、その締結の際原告及びその親権者である父母は医師から完治したと言われていたので、受傷した左足が異常発育により通常より長くなり、左右下肢の長差が生じるとは予想していなかつたものであり、またこの点は被告も予想していなかつたものであるから、このような後遺症に基づく損害については右条項による合意に含まれていなかつたものである。

2  仮にしからざるとするも、原告及びその親権者である父母は医師の判断に従つて完治したものと考え、右後遺症の発生はないものと誤信し合意をなしたものであり、契約の要素に錯誤があつたから示談契約は無効である。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証及び証人等各目録記載のとおりである。

理由

一  本件事故の発生及び責任について

請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、この事実と原本の存在と成立に争いのない乙第三号証(但しカラー部分の作成を除く)、証人上坂秀雄の証言により被告主張の写真であることが認められる検乙第一号証、証人上坂秀雄の証言及び原告本人尋問の結果によると、本件事故現場付近は人家が建ち並び、商店も多い東西に通じる幅員約六メートルの松原通路上で、本件事故現場地点の西方約二〇メートルの位置に十字路交差点が、同交差点の西方には松原通の南側に京都市立朱雀第三小学校があり、同小学校の東北角及び南北角にはそれぞれ松原通を南北にわたる横断歩道が設けられていること、上坂秀雄は、本件事故当時被告車を運転して松原通を東進していたところ、同小学校の東北角の横断歩道を下校中の小学生数名が渡りかけていたため、右横断歩道の手前で一旦停車したこと、右小学生らが渡り終えた後、上坂秀雄は被告車を発進させ時速約二〇キロメートルに加速進行したところ、右横断歩道の東方約二〇メートルの松原通の南側に駐車していた二台の自動車の間から当時下校中の小学一年生であつた原告が急に南から北へ向かつて飛び出して横断して来たため、急制動の措置をとつたものの間に合わず、原告を被告車右前部に衝突させ、路上に転倒させたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、上坂秀雄は、本件事故現場付近は道路の幅員が僅か約六メートルで、商店が多い場所で駐車車両もあり、しかも当時小学校の下校時であつたので、児童が右道路を横断しようとして駐車車両の陰等から被告車の進路前面に出て来るおそれが多分にあつたから、これに対処するためいつでも停車避譲できるように減速徐行し事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と発進進行した過失により本件事故を発生させたものというべきである。

そして被告が上坂秀雄を使用し、同人が被告車を運転していたことは当事者間に争いがないところ、証人上坂秀雄の証言によると同人は当時被告の業務執行中であつたことが認められるから被告は民法七一五条に基づき本件事故により原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。

一方前記認定事実によると原告にも横断歩道が付近にあるのにこれを横断せず、また左右道路の安全を十分確認することなく道路に急に飛び出して横断しようとした過失があつたものというべきである。

そして本件事故発生についての原告と上坂秀雄の過失割合は原告七割、上坂秀雄三割とするのが相当である。

二  傷害、後遺症について

原告が本件事故により左脛骨、腓骨々折の傷害を負い、即日京都回生病院に入院し、昭和五〇年四月二六日から同年八月一日まで、同年九月三日から同月一六日まで、同月二〇日から同年一一月八日まで三度入退院を繰り返し二度の手術を受けたことは当事者間に争いがない。

被告は三度目の入院の本件事故との因果関係を争うが、原告本人及び原告法定代理人福本進各尋問の結果によると三度目の入院は原告が二度目の退院後間もない頃転倒して骨折したことが直接の発端となつたことが認められるが、本件事故による傷害の内容程度、二度目の退院との期間等に鑑みると、右転倒骨折は未だ原告の左下肢の回復が完全でなかつたことによるものと推認されるから、本件事故と因果関係はあるものということができる。

次にいずれも成立に争いのない甲第一三、第一四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第三、第四号証、原告本人及び原告法定代理人福本進各尋問の結果によると、原告は三度目の退院後格別身体に異常はなかつたが、昭和五七年六月頃(当時中学二年生)に至り腰痛、股関節痛、疲労感等を訴えるようになり、同年六月八日京都回生病院を再び受診し診察を受けたところ、本件事故による骨折のため手術後左頸骨、腓骨が異常発育した結果左下肢が伸び左右両下肢に三センチメートルの脚長差が生じている(右下肢長八四センチメートル、左下肢長八七センチメートル、レントゲン実測で頸骨長右三六・四センチメートル、左三九・二センチメートル)と診断されたこと、そのため原告には跛行、腰痛、右股関節痛が伴つているが、底の高い靴(足底装具補高)を装着して歩行することにより多少右症状は軽減すること、なお右後遺症は同年六月八日に固定していることが認められる。

右認定の事実によると本件事故と原告の左右両下肢の三センチメートルの脚長差の後遺障害とは因果関係があるということができる。

三  損害について

1  逸失利益

原告本人尋問の結果によると原告は昭和四三年四月二一日生れの本件事故当時七歳の健康な男子であつたことが認められるところ、本件事故に遭わなければ一八歳から稼働可能な六七歳まで四九年間稼働でき、この間昭和五七年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、男子労働者学歴計一八~一九歳の平均月間給与額一二万八五〇〇円、年間賞与その他特別給与額一一万六七〇〇円の収入を得ることができたものと推認されるところ、前記認定の後遺症の内容程度等に鑑みると、原告はその間労働能力の〇・〇九パーセントを喪失したものと認められるので、右金額を基礎に労働能力喪失割合を乗じ新ホフマン式計算法により原告の本件事故当時の逸失利益の現価を求めると、金三六四万四八九三円となる。

(算式)

(12万8500×12+11万6700)×0.09×24.416=364万4893

(一円未満切捨、以下同じ)

2  慰謝料

前記認定の後遺症の内容程度によると原告が本件事故の後遺症により受けた精神的苦痛による慰謝料は金一〇〇万円と認めるのが相当である。

3  治療費

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証、同第七号証の一、二及び原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故の後遺症のため治療費として京都回生病院に一万五三七〇円、安立病院に二万〇六四六円の支払を余儀なくされたことが認められる。

4  装具費

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第八号証の一、二及び原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故の後遺症のため足底装具補高の装着を必要としその代金六五〇〇円の支出を余儀なくされたことが認められる。

5  過失相殺

前記認定の割合の原告の過失(七割)を損害額の算定に当つて斟酌するのが相当であるから、過失相殺するときは、損害額は金一四〇万六二二二円となる。

6  損益相殺

原告が自賠責保険から本件事故の後遺症につき金六七万円を受領していることは当事者間に争いがないから、前記損害額からこれを控除するとその残額は金七三万六二二二円となる。

7  弁護士費用

弁論の全趣旨によると原告の親権者である両親は原告訴訟代理人に本件訴訟の提起追行を委任し、相当額の報酬の支払を約していることが認められるところ、本件事案の内容、認容額等に鑑みると、原告の求めうる弁護士費用は金八万円と認めるのが相当である。

四  示談の成立及び効力について

抗弁1の事実(示談契約の成立、以下本件示談契約という。)は当事者間に争いがないところ、いずれも成立に争いのない甲第一〇号証、乙第一号証、証人下坂孝行の証言及び原告法定代理人福本進尋問の結果によると、被告の社員下坂孝行は原告の三度目の退院後の昭和五〇年一二月頃より原告の両親と数回本件事故につき示談の交渉を持つたが、その際原告の父福本進より原告の後遺症についての話が持ち出されたこと、右下坂は、原告の担当医師の話によると、原告においては将来左下肢の発育の遅れのため跛行が生じる可能性もあり得るとのことであつたため、原告の父福本進と概略その旨の話合もなしたうえ、昭和五一年一月二二日右下坂と原告の父福本進との間に「後遺障害については原告が保険会社に請求し金額は保険会社の査定による金額とする。」旨の条項を折り込み、他の内容は本件示談契約と同趣旨の仮示談書が作成されたこと、その後同年二月一〇日原被告間に正式に右同様の内容の本件示談契約が締結されたこと、なお示談締結に際しては右下坂は原告の左下肢の発育の遅れは下肢が若干短縮する程度のものと考え、一方原告の両親らも下肢に然程重い後遺症が発現するとは考えていず、これを暗黙の前提として後遺症の示談交渉がなされたことが認められ、原告法定代理人福本進尋問の結果中右認定に反する部分は直ちに措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実によると本件示談契約中の「後遺障害については原告が保険会社に請求し、金額は保険会社の査定による金額とする。」との条項は、原被告間において、原告の左下肢の若干の発育の遅れを前提として約定されたものと認められ、原告側において本件事故に基づくいかなる後遺症による損害も保険会社の査定に全てを委ね被告に対しては一切損害賠償を請求しない趣旨で締結したものと認めるのは相当でない。そして前記認定の如く示談成立後約六年経過して生じた原告の左下肢の発育異常に基づく脚長差による後遺障害は、示談成立当時の症状と比較し著明な差異があるうえ、その発現時期、内容程度、継続期間等に照らし示談成立当時予測し得なかつたものといえるから、本件示談契約の効力の及ばない損害であつて原告においてその賠償義務まで免除したものと認めることはできない。

五  結論

よつて原告の本訴請求は金八一万六二二二円及びこれに対する昭和五七年六月八日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言及びその免脱宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小山邦和)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com