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京都地方裁判所 昭和60年(わ)716号 判決

本籍

滋賀県大津市月輪二丁目一六二番地

住居

同市月輪二丁目一七番一二号

農業

木村喜久治

大正一四年七月二三日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官山根英嗣出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一〇月及び罰金一、五〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二万五、〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は木村喜平治の長男であるが、全日本同和会京都府・市連合会会長鈴木元動丸、同会副会長村井英雄、同会事務局長長谷部純夫及び同会事務局次長渡守秀治らと共謀のうえ、右実父木村喜平治が昭和五九年四月二六日死亡したことに基づく被告人の相続財産にかかる相続税を免れることを企て、実際の課税価格が三億一八九万二、四二九円で、これに対する相続税額は九、一八〇万七、〇〇〇円であるにもかかわらず、被相続人の右木村喜平治が有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から二億一、〇〇〇万円の債務を負担しており、被告人において右債務を全額支払ったと仮装するなどした上、同年一〇月二五日、大津市中央四丁目六番五五号所在所轄大津税務署において、同署長に対し、相続財産の課税価格が八、七八八万五、二三二円で、これに対する相続税額は九〇六万七、七〇〇円である旨の虚偽の相続税の申告書を提出し、もって不正の行為により右相続にかかる正規の相続税額九、一八〇万七〇〇円との差額八、二七三万三、〇〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

一  被告人の検察官に対する各供述調書

一  証人松本善雄、同惣司定次郎の当公判廷における各供述

一  松本善雄(五通、検九号、一〇号、一一号、一三号、一四号)、惣司定次郎(五通)、長谷部純夫の検察官に対する各供述調書謄本(いずれも提出された抄本部分に限る)

一  松本善雄の検察官に対する供述調書謄本二通(検一二号、三〇号)

一  村井英雄(二通)、鈴木元動丸、渡守秀治の検察官に対する各供述調書謄本

一  木村十重、谷澤喜子、久保愛子、片岡由紀子、船橋克典の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書

一  大津税務署長作成の証明書

一  大津市長作成の戸籍謄本

一  大蔵事務官作成の報告書(検二九号)

(事実認定について)

一  被告人は、本件公訴事実に関し、そのほ脱の犯意を否認し、本件相続税の申告は司法書士松本善雄を信用して任せていたもので、共犯とされる鈴木元動丸、渡守秀治とはまるで面識がなく、村井英雄、長谷部純夫とは会ったことはあったが同人らと脱税の共謀をしたことはなく、巨額の架空債務をでっち上げた申告書を提出して脱税するということは全く知らなかったものであると供述し、弁護人らは、同旨の事実関係を基に、本件は、被告人が全日本同和会関係者らに欺罔されて税金支払名下に金員を騙取された事案とみるべきもので、被告人は無罪である旨主張するのである。

二  事実関係(本件の背景、経緯及び税申告の方法、態様等)

よって案ずるに、取調べ済みの関係各証拠を総合すれば、本件公訴事実に関連する諸状況としておおむね次のような事実が認められる。

すなわち、

被告人は、地元では素封家とみられている農家の長男であるが、昭和五九年四月二六日父喜平治が死亡したため、農地を主体とする高額の遺産を、遺言にも従い実質的に単独で相続することとなり、通常普通の相続方法では税金が多額に及ぶことから、その相続税対策を案じていた。

同年六月初旬ころ、以前から出入りがあり相続登記手続きの依頼もしていた顔見知りの司法書士松本善雄及び不動産業惣司定次郎が被告人方を来訪した際、かねて相続税の申告に関し有利な節税方法があることを仄めかせていた右松本にそれを確かめたところ、同人より「私が知っているある組織を通じて申告すれば、税金の半額分をカンパとして出すだけで、その中から税金を払い申告手続一切を責任をもってやり迷惑がかかることは全くない。」旨の説明を受け、同席していた惣司からも勧められてその気になり、その組織の者を紹介してくれるように頼んだ。

右組織というのは全日本同和会京都府・市連合会(会長鈴木元動丸)(以下同和会と略称する)のことであるが、同会ではかねて、税務当局が同和会の名を使ってする税申告に対するチェックが甘いことに乗じ、相続税の納税義務者の納税申告手続を代行し、その際正規の納税額をその五パーセントから一〇パーセント程度に圧縮するため、被相続人が有限会社同和産業に巨額の債務を負担しており、相続人がこれを返済したかのように装って虚偽過少の申告書を提出する方法で脱税を行ない、納税者に対しては本来の税額の半額位を同和会に対するカンパ金として出させたうえ、一部納税した残額を同和会の運営費や納税義務者の紹介者もしくは申告手続に関与した同和会関係者らで分配取得することを会の税務対策の一環と称して行なっており、右の方法は、同和会会長鈴木元動丸が発案指導する方針に従ったものであり、同和会事務局次長渡守秀治は右虚偽内容の申告書の作成を特定税理士に依頼する等の役を担当していた。同和会副会長村井英雄、同会事務局長長谷部純夫はまた右申告手続を現実に代行する役を受持っていたが、前記松本及び惣司は予め右同和会の不正な仕組みを承知したうえで、右両名などから前記方法で納税申告手続を行なうことを希望する相続税等の納税義務者の紹介を頼まれていた。

右松本は、被告人の意向を前記村井及び長谷部に伝えた結果、同年七月初旬ころ、右両名と松本、惣司も加わった四人が揃って被告人方を訪れ、同家中の間の座敷で、まず、松本が右村井、長谷部の両名を被告人に紹介し、両名は全日本同和会の肩書の入った名刺を被告人に渡して挨拶を交わしたのち、先に村井において全日本同和会の基本的な運動方針等の概略を延べ、次いで長谷部において「私らの同和会は、自民党直轄の政治団体で、同和会を通じて税金の申告をすれば、正規の税額の五〇パーセントを同和会に出すだけでその中から税金を納め申告手続はすべて責任をもってやり、残りの金は同和会の活動の資金等に利用させて貰う。」旨を説明し、更に被告人から何故そんなに税金が安くなるのかと聞かれたのに対しても、「こちらに任せて貰ったらちゃんとやるし、これまでも税務署からクレームがつくようなこともなかったので心配はいらない。」と保証した。

その際被告人は、他に考えられる節税方法として、農地の相続の場合に永久農地として今後耕作を続ける条件を受け入れるならば、納税猶予の特例が適用されて税額が半分位に軽減されることを知っていたため、長谷部に農地の一部について同制度を活用することの当否を質したところ、同人よりそれでは二〇年間田んぼが売れなくなるし、売ったときには改めての税金と利息まで払わなければならなくなるので得にはならない。それより同和会の方で申告したら税金の半分でいっぺんに済んでしまうから任せなさい。」と勧められ、同席していた松本からも「この方たちに任せて申告した分で今まで問題になったことは一件もない。」と口添えもされて安心するとともに、永久農地にしたのでは農業を継いでくれないかも知れない子供らが土地を処分しようとする場合に不自由することもおもんばかり、結局その場で、右同和会を通じて相続税申告を全部行なうことに決め右長谷部らにその申告手続を委任した。

被告人は、同年八月中旬ころ、知人の農協職員に頼んで相続税額を概算して貰い、それが通常の場合約一億円になり、前記納税猶予の特例を受ければ税額は約五、〇〇〇万円で済むことを教えられると同時に、相続税登記や相続税申告手続を農協に任せるよう勧められたが、既に他の税理士に頼んでいることを理由にそれを断った。

その後被告人は、同年九月二〇日、松本に頼んで相続登記を完了したが、改めて同人を介して同和会側に通常の相続税額を計算して貰い、結局それが九、五六八万六、九五〇円になることを知ったが、そのやりとりの機会に、松本に対し、「同和会に頼んであとでクレームがついたりしないように何か書いたものが貰えないだろうか。」と要求し、同人は善処方を約束したうえ村井らにその旨伝えて念書作成の了解を取りつけた。

前記村井及び長谷部は、被告人の相続税の申告税額を従来から同和会が行っているやり方で正規の分の一割位に圧縮すべく、判示事実記載のとおり、右相続に関し、被相続人が有限会社同和産業(代表取締役鈴木元動丸)から二億一、〇〇〇万円もの債務を負担していて、被告人がこれを全額支払ったと仮装した結果その相続税額が九〇六万七、七〇〇円になる内容虚偽の相続税申告書を作成用意し、その申告期限の前日である同年一〇月二五日、松本、惣司共々四人で被告人方に赴いた。

被告人方においては、同家中の間の座敷机を囲み、被告人夫婦と四人が応対したが、まず、松本が被告人に対し、紙に書いた数字メモを示しながら、申告税金分を含めた同和会に支払うべきいわゆるカンパ金は通常の相続税額の半分に相当する四、七八四万円であり、これに申告書作成費用一三〇万円を加算した合計四、九一四万円が今度被告人が負担すべき金額であることを説明し、被告人もこれを納得して予め準備していた同額の現金を右村井らに手交した。

その際、同和会を通じて行なう被告人の相続税申告税額がいかほどであるかについて明示的な説明はなされなかったが、これを記載した申告書は被告人の目前の卓上に置かれ、目をやれば容易に右金額を知ることができる状態にあった。

右松本は、かねて被告人から要求されていた村井、長谷部及び松本三名の連署による念書を携行し、その場で被告人に手渡したが、その記載内容は、「被告人の相続税対策を善日本同和会で全面処理するが、後日その納税金問題で所轄税務署等よりクレーム等をつけられた場合、総て同会で処理解決し、被告人には金銭的にも一切迷惑をかけない。」旨のものであった。

被告人は、右現金交付後領収書の交付方を要求し、その用意がなかった長谷部が、同人の名刺の裏に手渡された金額を記入して署名した預り証を受取ったが、松本から税務署へ申告手続にいくのに同行するかどうかを尋ねられたのに対しては「先生を信用しているから結構です。」と言って断った。

右村井ら四名は、その後直ちに所轄大津税務署に出向いて、前記虚偽内容の相続税の申告書を提出して過少の申告税額九〇六万七、七〇〇円を納付したのち、被告人方に引き返し、その納付書兼領収証書及び相続税の申告書控を被告人に渡したが、被告人はこれらを見て別段驚く風もなく、右税金支払分を除いた残額について正規の領収書を交付してくれるよう要求し、その数日後同和会に対する実質上のカンパ金と申告書作成費用の合計である四、〇〇七万二、三〇〇円の同和会名義の領収書を受領した。

その後右カンパ金分の四、〇〇〇万円は、右村井、長谷部、松本及び惣司においてほぼ按分に分配された。

三  被告人の供述内容とその信用性

ところで、本件に関する事実関係につき、被告人の捜査段階及び公判廷における各供述の内容は前項認定事実とは大きく食い違うものであり、その信用性が検討されなければならない。

そこで、被告人の各供述内容を摘記してみるのに、まず検察官に対する各供述調書における供述(以下検面供述という)では、昭和五九年六月初めころ松本司法書士が被告人方にきたときには、相続登記の件は依頼したが、税金については良い税理士を知っていたら紹介してくれということを頼んだだけでその際税金が安くなるといった話はなかった。同年七月初めころ長谷部、村井が右松本と一緒に被告人方を訪ねてきて、松本の紹介で長谷部から名刺を受取ったが、そのとき老眼鏡が手許になかったため名前を確認しただけで同人が同和会の人であることまでは分らなかった。同人らとは三〇分位話しその話の内容は全く覚えていないが、結局同人らに税金の申告をお願いすることにした。あとになって右名刺を確認したら右長谷部は全日本同和会京都府・市連合会事務局長であることが分り、税理士の肩書はついてなかったが、税金の計算ができる人と思った。同年九月初めころ松本が電話で相続税額を教えてくれるとともに、同和会の方から税金の申告をすれば特別の法律が適用されて、税金の半分の金でそのうち二、三割を同和会にカンパして貰うことで税務署が認めてくれるとのことを言ってきたが、直ぐには納得できる話ではなかったものの、その後何回か家に来た松本の話を聞くうち、それは、「同和の人達を優遇する内緒の法律があって、これによると同和の団体にカンパする人はカンパ金と税金の合計で本当の税額の半分の金を支払えば済むようになっている、税金とカンパ金の割合は七、三で、そのようにして同和会から申告書を出せば税務署の調査はなくてストレートに通る。」ということであるのが分った。しかし被告人としては、適法に税金が半分になるような法律があれば誰だってその適用を受けたいし、そういう人があちこちにいる筈なのに初耳の話だし、そうなればまともに税金を納める人がなくなって国が困ることになるのにそんな法律を国が作るとも思えないといった疑問がある一方で、松本は税務署が認めてくれていて調査がないという風にもいったりすることからして、松本がそのような法律があると言うのは、脱税にならないと安心させるための便法としての嘘であり、その意味は、結局のところ、同和会から税金の申告をすれば正しい額の半分より安い金額の申告でも税務署の調査がなくてそのまま通るということだと理解し、本当の税額よりずっと安い嘘の申告をするのだと分ったが段々言うとおりにして貰おうという気持ちになった。同年一〇月上旬ころ、松本より通常の税額が先の計算による約一億七〇〇万円より安い約九、五〇〇万円になることを知らされたが、更に税額を少なくする方法として、農地特例も受け、遺産のうち三、〇〇〇万円の預金を母に相談させる方法も検討することを頼んだ。その後まもなく松本が最終的に計算した正規の税額が九、五六八万六、九六〇円になることを知らせてくれたが、その際預金の件は税額に変りがないということとともに、農地特例の適用は得策でなく心配しないで同和会に一切任せた方がよいと言われ、結局松本の言に従うことにした。しかし、松本は絶対大丈夫だとはいうが、本当の税額よりずっと安い税額の嘘の申告をするので、もし税務署に調査でもされたら大変という不安かあったのでそのときは同和会の人や松本に責任を持って貰おうと一筆書いてくれるよう要求した。同月二五日、長谷部、村井、松本及び惣司の四人が被告人方に来、まず松本から要求していた念書を受取ったあと遺産分割協議書等所定の手続書類を整えたうえ長谷部が何かメモを見ながら要求した現金四、九一四万円を同人らに手交した。その際長谷部がもう七、七〇〇円いるといい、同人が持っていたメモにはその端数が書かれているのが見えたが上の数字は分からなかった。長谷部らはその席に被告人の相続税の申告書を持参してきており、被告人もそのことを知っていたのでそれを見なければならない筋合だが、約五、〇〇〇万円もの大金を渡すことでぼーとしていて見せてくれとは言わず、申告書は見ていない。そのあと長谷部ら四人は税務署に申告に出かけたが、自分は行かなくてもいいと思って一緒に行くとは言ってない。その後納税を済ませて引き返してきた松本が納付書及び相続税の申告書控を渡してくれたので、そのうちの納付書、領収証書を見て被告人の申告相続税額が九〇六万七、七〇〇円であったことを知り、予想よりも随分少なくなったなと思った。しかし申告書写の方は、税金の申告が済んでやれやれという気持ちと松本がこれで心配ないと言っていたので見なかった。申告書を今見せて貰うと、父が有限会社同和産業から二億一、〇〇〇万円もの借金があったように申告していることが分かったが、申告に何か細工があるだろうとは思っていたが、そんなでたらめなことをしているとは知らなかった。というものであり、

これが公判廷における供述(以下公判供述という)になると、昭和五九年六月初めころ松本、惣司が自宅に来たが、話は相続登記の件が主で税理士は頼んだかどうかはっきりしないし、同和とか税金が安くなるうまい方法があるとかの話は全然なかった。次いで七月上旬ころ、松本、惣司が長谷部、村井を伴って被告人方を来訪し、松本の紹介で長谷部から名刺も受取ったが、帰ったあとで確かめて始めて同和の人ということを知り、肩書は書いてなかったがその後逮捕されるまで同人を税理士だと思い込んでいた。その日の話は主としてカネボウ不動産による土地の開発、売買のことに終始し、そのときにはまだ税金のことまで気を回す心境になかったので、相続税の申告を同和会に頼むとか税額が安くなるという話は全くしていない。九月上旬ころ松本から電話で相続税の申告を同和会を通じて行うことを勧められたが、その際同人から内緒の法律かあるとか税務署の調査がないから大丈夫と言ったことは聞いておらず、同和に対する優遇措置で税金が約五、〇〇〇万円と安くなると教えられたが、それは全額がいったん国に納まってそのうちの何割かが補助金として同和の方に下るものと思った。その際補助金という説明は聞いたが、カバン金とは聞いておらず、正規の税額の半分で済むということも最後まで知らずいくらか税金が安くなるのかと思っていた。一〇月二五日前もって松本に頼んでおいた念書を受取ったが、これは先にカネボウ不動産に土地を売却したとき税金のことでトラブルがあったことから用心のために一筆書いて貰ったまでで具体的な不安があったわけではない。当日申告書らしきものを長谷部が手に持っていたが見せて貰っていないし、署名押印したこともない。申告には被告人も同行を申し出たが断られた。申告修了後松本から相続税の申告書控と納付書兼領収証書を渡され、申告納税額が僅か九〇六万七、七〇〇円と少ないのでおかしいと思ったが、松本がそれでいいと言っていた。本件を通じて松本司法書士はえらい人だと思って全面的に信用していたのにまんまと騙されて残念である。渡した金のうち、松本、惣司に分配された分は返却の申出があったので騙された金だからということで返して貰った。先の検面供述は右公判供述と相違するが、それは検察官が被告人の言い分を聞いてくれず他の者の供述内容を一方的に押しつけたものである。というものである。

さて、右被告人供述の信用性を案ずるに、まずその検面供述について、その供述内容自体にいくつかの不審点が挙げられるうえに前項認定の基礎となる証人松本、同惣司の公判廷における各供述や右両名や長谷部、村井らの各検面調書等の各証拠と対比した場合不自然、不合理というほかない多くの矛盾を指摘しないわけにはいかない。

右各証拠によれば、司法書士である松本は、かねて全日本同和会の手による脱税の手口は承知したうえで過去の実績からこれが税務署もしくは司直の調査や追求を受けることはないと予測し、税負担の軽減を希望する納税義務者を勧誘紹介して右同和会に納税の申告手続を代行させていたものとみられるところ、被告人はその松本に対し昭和五七年六月初めころ自宅で逢って単に税理士の紹介を頼んだだけというのであるが、仮に被告人の方から話を切り出さなかったとしても、多額の相続税の申告問題を抱えている被告人と相続登記に関するやりとりまで行なったとする松本が、前記のような立場にあって相続税の申告手続に言及さえしなかったとは考えにくく、まして、後日の七月初めころ、松本は、被告人の依頼に応じた形で全日本同和会京都府・市連合会の事務局長や副会長である長谷部や村井を連れて被告人方へ赴いて紹介し、同人らは同和会役員の肩書はあるが税理士の表示などはない名刺をその場で被告人に差し出している事実から推せば、右松本が被告人からは単に税理士の紹介を頼まれたに過ぎないのに、その機会を利用しあるいは被告人を欺すつまりで同和会筋の者を同行したとは到底思えない。というのも、松本としては税理士をと断って頼まれたというのならその資格のない同和会の者を連れていくのは大体においてお門違いだし、同人らを税理士と偽るのならそのような欺瞞的言辞が吐かれて当然であるのにそのような形跡は全くなかったばかりか、同人らが同和会の者で税理士でないことは堂々と名刺を被告人に手渡すことで何の隠し立てをすることなく明らかにしているうえに、同和会の有力役員が二人まで揃って被告人方を訪ねたのは、単なる雑談のためでなければ多額の遺産を相続した被告人にその相続税の申告を自分ら同和会を通じて行うよう勧誘する目的があってのこととしか考えられず、そのときには逆に同和会の者であることを明らかにしてこそ説得が可能であるのに、その身分を隠す必要はさらさらないといわなければならない。被告人はその場でその名刺をよく見なかったといい、のちのちまで長谷部らを税理士であると思い続けていたと述べるのであるが、状況的にみて容易に信じ難いことであるし、ことさらに同人らが同和会の者であることをその際には認識していなかったことにするための詭弁の疑いが極めて濃い。更に被告人は、七月初めのその席では約三〇分間も話し合ったとしながらその話の内容を覚えてないというのであるが、そのこと自体が奇異であるところ、最終的には長谷部らに税金の件を依頼したということになると、その前提となる双方のやりとりを抜きに考えられないことであり、その間の被告人の記憶が欠落しているとは信じ難い。被告人は、同和会の方へ本来の税額の半分の金を渡して相続税の申告を任せれば特別の法律が適用され一部を同和会へのカンパ金とすることで一切の手続を代行してくれてあとの心配もない旨を後日松本から電話で説明されたようにいうのであるが、右の方法による納税申告を行なうよう説得するのであれば、折角同和会の長谷部らが出向いていった七月初めの被告人方での集まりの機会を逃して後日の電話に譲るというのも解せないやり方であり、同月二五日いよいよ相続税の申告を行なうため長谷部や松本らが被告人方を尋ねたとき、被告人は同人らが被告人の相続税の申告書を持参してきていたことを知っており見て当然の場合であるのに大金を渡すことでぼーとしていて見なかったというのも、他の場合における被告人が、税額の当初の算定に異議を差し挟んだり、更に税額の軽減を図るため農地特例の適用や預金を母に相続させることを提案したり、また、後顧の憂いがないように念書の差入れを求めたりなどこと相続税の申告に関してなかなかに抜目がないともいえる対応振りを示していることからするといかにも不自然な説明で、被告人が右申告書を手にとって眺めることはなかったにしても、その場にあった申告書に記載されている申告税額の数字をべつ見したか、あるいは既に申告税額の具体的な数字を知ることに関心を示す必要がない状況が存在していたものと推量せざるを得ない。更に被告人は、税申告修了後松本が持ち帰った納付書兼領収証書をみて申告相続税額が僅か九〇六万余円であることを知って随分少なくなったと思ったが申告書控は見なかったと述べるのであるが、本来の税額のたった一〇分の一以下で済まされた申告納税額をやはり予想外に少ないと感ずる当人が、何故そんな非常識な納税申告が通用するのか自分の手許にある申告書控の簡単な項目と数額の確認をしないということは、普通にはおよそ想像できない態度であり、これは、右申告書控を見たといえば、その中に明瞭に記載されている二億一、〇〇〇万円の架空の相続債務の存在を申告直後にしろ認識したことを否定し難くなる筋合から、経験則に反する言い分と知りながらことさらにその事実を否定したものとみるほかはなく、このことはまた、被告人が本件相続税の申告に関して違法の認識があったとみられるような状況をできるだけ秘匿しようとする傾向とみて、検面調書の供述全体の信用性に影響するものといわざるを得ない。

しかるに、これが公判供述では、右検面供述の内容からかなり変化し、六月初めころ松本に税理士の紹介を依頼したかどうかはっきり覚えないといいながら、七月初めころ長谷部、村井、松本らが被告人方に来たときは、ほとんどカネボウ不動産による土地開発の件の話に終始し、右長谷部を自分が逮捕されるまで税理士と思い込んでいた旨述べるのであるが、供述自体に前後矛盾があるのみならず、先には同人らとの話合いの内容を知らないといってたものが、今度はわざわざ同和会の役員である長谷部らが松本らと揃って足を運んで話す程とも思えない雑談で時を過ごしたというのは、いかにも不自然であり信用することは難しい。そのうえ、松本から同和会を通じて相続税の申告をするよう勧められたが、その説明の内容は、内緒の法律があるとか税務署の調査がないとかいうことは聞いておらず、また同和会に対するカンパ金ということでなく、税金はいくらか安くはなるがいったん全額を税金として納めたらそのうちの何割かが補助金として同和の方に交付されると教えられたというものであり、これまた検面調書の供述内容とは著しく相違するのであるが、一方で税金は約五、〇〇〇万円で済むと教えられたとも述べるところもあって首尾一貫せず、農地特例の適用を受けて大巾な節税をしようかとも考えたという被告人が、いうような多少の税額の軽減しか示唆しない同和会筋からの税申告を得策としてその話に乗ったということは疑わしく、右事実を公判廷ではじめて供述することも尋常でない。次に、念書の作成については、後日における税務署等の調査などに不安があったわけでなく、過去土地の譲渡に関して税金のトラブルがあったことから一応の用心をしたに過ぎないと説明するのであるが、前例のように売買の当事者でもない同和会側に、その税申告の方法に不安も覚えなかったとする被告人が念書の差入れまで要求するのはやはり異例であり、その記載内容が被告人の説明とは符号しないことからみても、右被告人の供述の説得力は乏しい。被告人は、右検面供述は検察官に押しつけられたものと主張するけれども、既に説示したとおり、同供述は、他の関係証拠の内容に反して被告人に有利な内容がいくつもそのままに録取されており、むしろその部分の信用性が疑問視される位のもので、これが検察官の押しつけによる供述だとは到底考えられない。

以上検討のとおり、被告人の供述は、その内容自体に経験則に照らして不自然、不合理な諸点が指摘されるばかりでなく、前後において理由もなく供述が変遷して一貫せず、それも検面供述から公判供述に至るにつれ矛盾撞着は著しく、全体的にみて、被告人が同和会を通じて不当に安い相続税額での納税申告をすることの認識がなかったことを強調しようとするあまり事実を歪曲して述べようとする傾向が推察されて信用性に乏しく、これを前記認定事実と対比した場合、それに抵触する限りで虚構のものとみるほかはなく、被告人の供述が右認定を左右するに由ないものというべきである。

四  ほ脱の犯意及び共謀の有無

さて、前記二において認定した事実関係によれば、長谷部らが行った相続税の申告は、多額の相続債務を被告人が支払ったように仮装することで正規の相続税額九、一八〇万七〇〇円を僅か九〇六万七、七〇〇円に圧縮した虚偽過少のもので、その結果差額相当の税を免れると同時に、これは、かねて全日本同和会京都府・市連合会が税務対策の一環と称して行なっていた常套的な脱税工作の線に従ったものであって、松本や惣司において、高額遺産を相続することになった被告人に働きかけ、同和会の長谷部や村井においても被告人を勧誘説得した結果、その相続税の申告手続を同和会筋に任せるようにしたものであることが明らかであるところ、被告人自身も、松本や長谷部らとその相続税の申告問題で接触し説明を聞くうちに、同和会を通じて行なう自分の相続税の申告につき、それが前記のごとく架空の相続債務をでっち上げるといった不正手段を用いることまでの具体的認識はなかったにしても、少なくとも、長谷部や松本らが本件相続税の申告手続をしに出かける時点までには、その申告が、何らかの違法不正な手段を講じて正規の申告相続税額をはるかに下廻る過少の申告を行なって税を免れようとするものであることは十分承知したうえで同人らにそれを委ねたものと推認することができる。

すなわち、松本や長谷部らにおいては、他人の納税に関し、前記のような不正手段を講じて虚偽過少の申告をなし、それによって浮いた差額分を利得することを図っていたものであるが、そのためのいわば顧客といってもよい納税義務者に対しては、それが不正手段による脱税行為であることをあからさまにして拒絶反応を起こさせないため、申告方法の具体的内容を知らせないまま税申告の委任を取りつけようとすることが予想される一方、その説得に当っては、納税額を少しでも軽減したいと望む納税義務者の功利心を満足させると同時にいかがわしさに対する不安感も取り除かねばならないという相反する二面の要請があり、そこに自ずから生ずる矛盾から前記税申告の不正が察知されることも十分にあり得るところ、それが本件にあっては、納税義務者である被告人が同和会を通じて税申告を行えば、正規の税額の半分の負担で、税金は更にその中の一部で済ますことができるという持ちかけであったことから、それがいくら同和対策上の特別措置であると強調されても、ごく通常の社会常識の持主でさえあれば、自らはもともと同和会とは無関係の身でありながら、ただ同和会を介するだけのことで莫大な税金が合法的に減免されるという話には、特別の税実務の知識を持たなくとも、不審と懸念を覚えて当然であろうし、松本や長谷部が、ことさら「今まで税務署からクレームがついたことはない。問題になったことは一件もない。」と保証したことも、そのよう被告人の不安に応じたものと考えられ、これをもって「そんな結構な仕組みがあるんですか。」とした被告人の理解は、その申告が適法であることを信じたものではなく、たとえそれが違法不正なものであれ何らかの理由で官側に発覚せず、あるいは黙認等されることで事実上その違法不正な行為が咎めを受けることがないだろうと思ったに過ぎないものと解するのが自然である。

被告人はその後、その相続税の申告を同和会に委ねるにつき、税務署等よりクレームなどつけられても同和会の方で一切処理解決する旨を約束させた念書を、同和会の長谷部、村井のほか仲介役の松本にも連署させて徴しているが、これは、松本や長谷部の説明にもかかわらず相続税の申告を格安の税額で行なうことに対して拭い切れない万一の不安に対処する被告人の慎重な方策と目されるものであって、被告人が公判廷で供述するようにかつて土地譲渡に関して生じたトラブルと同様の場合に備えた措置とみがたいことは先に説示したとおりである。

被告人はまた、相続税の申告当日である一〇月二五日、長谷部らが自宅に納税の申告書等一件書類を携えてきた際、申告納税額及びその計算次第が記載されている筈の申告書を見なかったといい、その理由を大金を手離すので頭がボーとしていたなどと特異な弁明を行なうのであるが、長谷部らにおいて進んでその申告書を被告人に見せその明細を開示するまでのつもりがなかったにしても、その場で正規税額の半額とはいえ五、〇〇〇万円近くの納税に関する現金を手交した被告人としては、その申告納税額には強い関心がある筈で、そこに持参されてきている申告書を見せてくれと要求すれば相手方もそれを拒むことができようとも思えない状況の下でその要求をしなかったというのは尋常でなく、まして本件の場合、その申告書は被告人が座っている目前の卓上に置かれていて見ようとすれば見えた筈というのであって、これをあえて見なかったとすることは益々不自然なものになる。

被告人は一方で、相続税の申告直前に正規の税額の半分相当の金額に申告書作成費用を加算した合計四九一四万円を長谷部に手交したうえで自分から求めて同人に右金員の預り証を書いて貰い、申告後には、松本を通じて同和会に先に手交した金額から税金支払分九〇六万七、七〇〇円を控除した金額、つまり同和会に対するカンパ金と申告書作成費用の合計四、〇〇七万二、三〇〇円についての領収書を要求して受領しているのであるが、そこにみられる手抜かりのなさは前記申告書ないし申告税額に対する余りの無関心振りとまるでうらはらのものであって、不可解というほかはない。

結局被告人は、長谷部らと会合した席上目の前にあった申告書の申告納税額を見て知ったか、さもなくばその数額を改めて知る必要もない程に長谷部らが行おうとする申告手続の不正な内容に通じていたものとみなければ前後の状況が合理的に符号しない。

ところで、被告人は、その検面調書中で、本件のほ脱の犯意にかかわる供述として、松本から同和会を通じて税申告を行えば特別の法律が適用されて税金は半分以下で済むかのような説明を聞いたが、そんな都合のよい法律がある筈はなく、それは脱税になるような税の申告でも同和会を通じてやれば税務署が調査もしないでそのまま通してくれるという意味に理解し、念書は、松本は絶対大丈夫だというがもし税務署に調査されては大変という不安があったので書いて貰った旨を自白しているが、前提とする事実関係について前記認定と多少のそごはあるものの、同和会を通じての被告人の相続税の申告が不正手段を講じて過少に行うことの認識に関しては、前記認定事実に基いての推認の結果と合致するところであり、被告人の右自白供述は真意に基いたものと認めることができる。

被告人は、右自白は、検察官から供述を押し付けられたものと弁明するが、既に検討したとおり、被告人の検面供述は、その相当部分において前記認定事実に反して不自然、不合理な内容であっても被告人に有利な形で供述録取が行なわれているのであって、その中にあっての右のような自白であってみれば、あるいは検察官の理詰めの追求にもあって自ら進んでは認めたくはなかった事実を是認せざるを得なかった場合であったかも知れないが、その取調方法に任意性に疑いを持たせるような不当のかども窺えない本件の場合に、それは条理に反する弁解を維持し切れなくなってやむなく真実を述べたものと考えられ、右自白の信用性は逆に高いものとみないわけにいかない。

結局、前記認定の事実関係を基に被告人の右自白も併せ判断すれば、被告人は、松本や長谷部らが計画し、かつ実行した前記のような内容の不正手段による被告人の相続税の虚偽過少の申告につき、具体的にその遂一を了知していたとはいえないにしても、その申告以前において、それが何らかの違法不正手段を講じて正規の税額よりかなり過少の申告を行なって税を免れるものであることを知ったうえで同和会の長谷部らに委任して自己の相続税の申告をさせたものと認められ、その限りで被告には概括的ながらほ脱の犯意を有していたものというべきである。

そして、前記認定の事実関係によれば、右相続税ほ脱の犯行は、松本、惣司から既に鈴木、渡守と意を通じ合っている長谷部、村井そして被告人と順次共謀し、最終的には同和会名を用いて長谷部、村井の手で税の虚偽過少の申告が実行されたものとと認定され、この場合、被告人の共謀内容は、他の共犯者らのそれとは違って犯行の手段方法の認識については概括的なものにとどまるが、このことが共同加功の正否にかかわるものでないことはいうまでもない。

(法令の適用)

判示所為 刑法六〇条、相続税法六八条

換刑処分 刑法一八条

懲役刑の執行猶予 刑法二五条一項

(裁判官 濱田武律)

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