大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

仙台地方裁判所 昭和27年(ワ)368号 判決

原告

相沢孝一 外一名

被告

三浦つね子 外五名

主文

被告三浦つね子は原告等各自に対し金四万八千八百四十一円、被告三浦静子、三浦哲郎、三浦美恵子、三浦幸子、三浦勝美はそれぞれ原告等各自に対し金一万九千五百三十六円、および各これに対する昭和二十六年五月十八日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払わなければならない。

原告等その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告等勝訴の部分に限り、原告等において被告等に対し金十万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

一、不法行為の成否

よつてまず不法行為の成否について按ずるに、原告等主張のように、訴外亡三浦幸次郎が諸機械の製作修理工場を経営し、その業務のため同工場内にアセチレン溶接装置を設けて自ら溶接主任者となり、原告等の長男訴外亡相沢秀世を雇入れ、同訴外人をしてアセチレン溶接作業に従事させていたこと、秀世が原告等主張の日時場所で、その主張のように移動式アセチレン発生器の爆発事故のため負傷し死亡するにいたつたこと、使用者ないし溶接主任者たる者は、移動式アセチレン発生器を使用しないときは、常にこれを専門の格納室に収容するか、又は気鐘を分離し発生器を洗滌の上保管するかいずれか一方の措置を講じ、もつて危険を未然に防ぐべき業務上の注意義務があること、然るに幸次郎は、原告等主張の日時に、使用済の本件アセチレン発生器が専門の格納室でない同工場内に、しかも気鐘を充填したまゝ放置されてあることを認めながら右の措置に出なかつたことは当事者間に争がない。そして成立に争のない甲第二、三号証の名一、二、同第五、七号証、乙第四、五号証、証人西条清、三浦憲之亟の各供述、検証の結果を綜合すれば、前記事故は幸次郎が前掲注意義務を怠り、前述の発生器を格納室に収納せず、かつ、発生器から気鐘を分離保存しなかつたため発生したことを認めるに十分で、右認定を左右するに足りる証拠は更に存しない。

被告等は、秀世の死亡は専ら秀世自身の過失に基因し、毫も幸次郎の過誤に基かない旨抗弁するので考えるに、前掲各証に、成立に争のない甲第四号証、乙第二、三および六号証、証人菊田貴種、伏見久の各供述を綜合すれば、秀世は本件事故発生当時溶接士の試験に合格することのできる素養を有つていたから、アセチレン発生器に点火した吹管を近づけるときは、発生器が引火爆発する危険のあることを知悉していたことを認めるに足り原告の全立証を以てしても右認定を覆えすに足りない。さすれば秀世が溶接作業に着手するに当たり咫尺の箇所に移動式アセチレン発生器が放置されていることを認めた場合には、幸次郎の注意をまつまでもなく、自ら所定の格納室にこれを収容し、又は気鐘を発生器から分離して適当な位置におくなど、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負担していたものといわざるを得ない。然るに秀世もこの義務を怠り、本件発生器が気鐘を充填したまゝかたわらに放置されていることを認めながら、これを所定の格納室に収納せず、かつ発生器から気鐘を分離保管する等の措置に出ず漫然溶接を実施し、無謀にも点火使用中の吹管を同発生器上においたため、果然気鐘に引火、大爆発ともに本件の災過を招くにいたつたことは前掲証拠によつてこれを認めるに足り、右認定を動揺させるに足る証拠は一も存しない。然らば本件事故は秀世自身の過責にも起因するものと観る他はない。しかしながら、秀世の右過失は、幸次郎の前示過失と競合して本件事故を惹起させたわけで固よりこれによつて幸次郎の過失と右事故との間の因果関係が中断され本件事故が同訴外人の過責に基因しないものと観ることができないから、被告等の右抗弁は理由がない。

されば幸次郎は、民法第七百九条、第七百十一条に基き、秀世自身の被つた財産上の損害および秀世の両親の被つた精神上の損害を賠償する義務を負担していたものといわなければならない。

二、損害賠償額

よつて進んで損害額如何について考察する。

(一)  消極的損害

秀世が死亡当時満十八歳(昭和七年十一月二十一日生)であつたことは当事者間に争がない。そして成立に争がない甲第一号証の三、第六、七号証、証人木村正四の供述、同供述によつて真正に成立したものと認める乙第一号証の五、証人西条清、菊田貴種、三浦憲之亟、舘内安夫の各供述を綜合すれば、秀世は死亡当時健康体で、一日平均百六十円、稼働日数月二十五日、一箇年金四万八千円の賃金を取得し、原告等および弟妹と同居し、右収入が家計の一助となつていたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠は更に存しない。そして以上のように塩釜市において、満十八歳の男子が親族と同居し、住居費の支出を要せず、如上の収入を家計の一助とする場合の如きにおいては、その生活費(食費、衣服費その他の雑費)は一箇年金二万六千四百円(一ケ月金二千二百円)を要しかつこれをもつて相当とすることは、証人木村正四の供述に本件口頭弁論の全趣旨を参酌綜合するによつて必しもこれを認められないわけではない。原告等は秀世の一箇年の生活費は金一万九千三百六十二円三十銭に過ぎない旨主張するけれども、これを認めるに足りる証左は一も存しないからこれを採用する由もない。さすれば秀世は本件事故がなかつたならば、一年間に前記一箇年の収入金四万八千円から生活費二万六千四百円を控除した残額金二万一千六百円を取得することができたものといわなければならない。ところで、満十八才の健康体の男子の平均余命が四十二年であることは当裁判所に顕著な事実であるから、右金二万一千六百円に四十二を乗じた金九十万七千二百円が秀世の被つた消極的損害に他ならず、この金額から、ホフマン式計算法により、民法所定の年五分の割合による中間利息を控除すれば、秀世がその落命の直前幸次郎に対し一時に支払を請求することができた消極的損害賠償額は金二十九万二千六百四十五円(円未満切捨)であつたことは計数上明らかである。しかしながら本件事故は秀世自身の過失にも基因することは、前示のとおりであるから今これを斟酌するときは、結局幸次郎の秀世に賠償すべき消極的損害額を、金二十五万円と定めるを相当とする。

ところで原告相沢孝一は秀世の父、同相沢リヨは秀世の母で、昭和二十六年五月十七日秀世の死亡により各自同人の遣産を平分相続したことは当事者間に争のないところであるから、右日時に原告等は各自秀世の右損害賠償請求権の二分の一ずつを承継取得したものといわなければならない。しかし原告等は秀世の死亡後昭和二十六年十二月三十一日までの間に政府および幸次郎から労働者災害補償保険法による補償費として、金十五万六千九百五十二円二十四銭を受領したことは当事者間に争がないところ、原告等は、秀世の被つた消極的損害から右金額を控除した金額につき本訴請求をしているから、幸次郎が原告等に賠償すべき損害額は前示二十五万円の損害額からこれを控除した残金九万三千四十七円(円未満切捨)であつて、原告等はその余の権利を有しないものといわなければならない。

(二)  無形の損害

最後に慰藉料額如何について一言するに、原告等は、如上のように生活能力を有しかつ春秋に富むその長男の非業の最後によつて到底筆舌に尽しがたい精神的打撃を受けたことは経験則に照らし明白で、又成立に争がない甲第二号証の一、二、乙第四号証、証人木村正四、舘内安夫の各供述を綜合すれば、幸次郎は本件事故発生当時、時価約百五十万円の資産を有し、その工場経営も亦順調で、塩釜市内において中流の生活を営んでいたこと及び幸次郎は秀世の死亡直後原告等に対し、見舞金として金一万五千円を贈呈し、さらにそのころ秀世の弟を秀世の給料と同額の給料をもつて約一ケ月雇入れるなど、原告等のため相当誠意を以て慰安の方法を講じたことを認めることができ、右認定を覆すに足る証拠は一も存しない。そこでこれ等の事情に、既に認定した本件事故発生の状況その他諸般の事情を斟酌勘案するときは、幸次郎が原告等各自に対し、支払うべきであつた慰藉料額を金十万円ずつと査定するを相当とする。

(三)  葬祭料控除の抗弁

尚被告等は、「原告等が労働者災害補償保険法に基き、国から亡秀世の葬祭料として同人の平均賃金一日金百六十円の六十日分計金九千六百円を受領しているから、この事情も本件損害額の算定につき当然斟酌さるべきである」と抗争し、本件事故についても類推適用するを相当と認める労働基準法第八十四条第二項は、「使用者はこの法律による補償を行つた場合においては、同一の事由については、その価額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。」と規定しているけれども労働者災害補償保険法第十二条第一項第五号にいわゆる葬祭料の支払は特別の事情がない限り死亡した労働者の遺族自身の被つた積極的財産上の損害の填補を目的とし、労働者自身の被つた消極的損害の填補若しくはその遺族の受けた精神的苦痛に対する遺藉を目的とするものではないものと解すべきところ、原告等が本訴において右葬祭料支払の填補を請求しているものでないことは原告等の主張自体に徴し極めて明白であるから、被告等の抗弁は採用に値しない。

三、結語

よつて原告等は結局幸次郎に対し、合計金二十九万三千四十七円の損害賠償債権を有していたところ、昭和二十七年三月二日同人が死亡し、その妻被告三浦つね子および子その余の被告五名が各自の相続分(被告つね子が三分の一、その余の被告らは各三分の二の五分の一)に応じて幸次郎の遺産を共同相続したことは当事者間に争がないから、妻被告つね子は幸次郎の右債務の三分の一即ち金九万七千六百八十二円(円未満切捨)、子その余の被告五名はそれぞれ同債務の三分の二の五分の一即ち金三万九千七十三円を承継負担するにいたつたものといわなければならない。

果してしからば、原告等各自に対し、被告三浦つね子は金四万八千八百四十一円ずつ、その余の被告等各自は金一万九千五百三十六円(円未満切捨)ずつ、および各これに対する前記事故発生の日の翌日たる昭和二十六年五月十八日以降完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うが、その余の責に任じないものといわざるを得ない。

よつて原告等の本訴請求は以上の限度においてその理由があり、その余の部分は失当と認め、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を各適用し、主文のように判決する。

(裁判官 中川毅)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com