大判例

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仙台高等裁判所 平成5年(う)6号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人佐久間裕が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官梅村進が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反の主張)について

論旨は、要するに、刑事訴訟法三二六条一項によれば、検察官請求の書証は被告人が証拠とすることに同意した場合に限り証拠能力を有するものとされているのであるから、被告人が公訴事実を否定している場合には、いかに被告人の包括的代理権を有する弁護人といえども、被告人の意思に反する内容が記載されている書証について同意をしたとしても無効というべきであるところ、原審第一回公判期日において被告人は公訴事実全体を否認して恐喝未遂罪の成立を争っているのに、原裁判所が検察官請求の書証につき原審弁護人の同意を得たのみで被告人の真意を確認することなくこれを採用して取り調べたのは、判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反である、というのである。

そこで、記録を調査して検討すると、被告人に対する本件起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、暴力団住吉会西海家三代目吉田会本木組内○○組組長であるが、平成四年五月一〇日午後四時一〇分ころ、宮城県宮城郡〈番地略〉被告人方居宅において、K(当一九年)に対し、同人が被告人に無断で組抜けしたことに因縁をつけ、「どうやってけじめつけるのや。指つめっか。金でつめろ。五〇万円でいいから。それを払ったら破門にしてやる。」等と語気鋭く申し向けて金員の交付を要求し、右要求に応じなければ同人の身体等に危害を加えかねない気勢を示して脅迫したが、同人が警察に届け出たため、その目的を遂げなかったものである。」という恐喝未遂の事実であるが、被告人は原審第一回公判期日での被告事件に対する陳述において、被告人がその記載するような暴力団の組長であること、及び、Kが被告人に無断で組抜けしたことの各事実を認めたものの、その記載の日時、場所において、Kに因縁をつけて脅迫した事実は全て否認し、「金でつめろ。」と言ったのはKに対する立て替え分を払えとの趣旨で言ったに過ぎず、五〇万円の金額もKの方から言い出したものであって、これを要するに、被告人はKに対して脅迫を加えておらず、恐喝の意思もなかった旨全面的に恐喝行為を否認していること、これに続く弁護人の意見陳述において、原審弁護人は、「被告人と同様です。被告人は、Kからお金をもらった事実はありません。」と述べるにとどまり、検察官の証拠調べの請求については、Kの被害届や捜査官に対する各供述調書を含む検察官請求の各書証を全て同意し、これらが即日採用されて取り調べられ、原判決はこれらの証拠に基づいて被告人の原判示恐喝未遂の事実を認定して、被告人を有罪としていることが明らかである。

ところで、被告人が公訴事実を全面的に争っているような場合には、検察官請求の各書証について弁護人がこれを全部同意すると述べたとしても、これをもって直ちに被告人が書証を証拠とすることについて同意したことになるものではなく、裁判所としては弁護人とは別に被告人に対しても当該書証を証拠とすることについての同意の有無を確かめなければならないものと解すべきである。けだし、刑事訴訟法三二六条一項によれば、被告人が証拠とすることに同意した書面は、原則として証拠能力が付与され、有罪認定の資料となし得るのであるから、被告人が公訴事実を全面的に否認しているような場合には、弁護人がたとえこれを全部同意すると述べたとしてもそれが被告人の真意に反する場合には被告人の同意があったとはいえず、被告人の意思に反するものとして無効といわなければならないからである。もっとも、弁護人としては被告人の意を受けて検察官請求の各書証について同意したうえで反証を挙げ、公訴事実を争っている被告人の意思に沿った立証活動をすることはもとより許されるといわなければならないが、記録によると、本件においては、原審弁護人は、前記のとおり、「被告人と同様です。」と述べながら(原審弁護人が、これに続いて「被告人はKからお金をもらった事実はありません。」と述べているが、もともと本件公訴事実は恐喝未遂の事案であるから、被告人がKからお金をもらっていないことは当然のことである。)、検察官請求の各書証を全て同意してこれらが取り調べられ、原審第二回公判期日において弁護人から情状証人(被告人の妻)が申請されて取り調べられているほか、被告人質問が施行されているが、右の質問において、同弁護人は、被告人に対する恐喝未遂罪が成立することを前提として、被告人の心境や健康状態等について質問し、最終弁論においてもほとんど情状についての弁論がなされて審理が終結されていること、原審第三回公判期日においては、弁護人の請求に基づいて弁論が再開され、情状に関する証拠として被告人の病状についての診断書二通が取り調べられて再び審理が終結され、即日判決が宣告されていること、更には同弁護人は起訴後第一回公判期日までの間に被告人と数回接見し、被告人が本件公訴事実を全面否認していることを知りながら、「自分にまかせなさい。」というのみであり、同弁護人からなされた原審第一回公判期日前の保釈請求を含む三回にわたる保釈請求の請求書には、被告人は「公訴事実はすべてこれを認めているものであり、否認事件ではない」と記載されていることが認められる。

右の一連の経過に鑑みると、原審弁護人は、被告人との接見によって被告人が本件恐喝行為を全面的に否認していることを知り、かつ、原審第一回公判期日での意見陳述で「被告人と同様です。」と述べながらも、現実には公訴事実を認め、恐喝未遂罪の成立を敢えて争っていなかったものであって、被告人とはその主張を完全に異にしていたものということができるのであるから、かかる原審弁護人が検察官請求の各書証を同意したとしても、それは被告人の意思に反してなされたものというほかはなく、それをもって被告人が同意をしたものとは到底解することができない。そうであるとすれば、原裁判所としては、原審弁護人とは別に、被告人に対しても検察官の証拠調べ請求に対する意見を徴し、当該書証を証拠とすることについての同意の有無を確かめるべきであり、もし被告人の同意が得られない場合には証拠として取り調べることができないのに、原裁判所はその手続を執ることなく、原審弁護人から検察官請求の各書証について同意する旨の意見を徴しただけで直ちに右各書証を取り調べてこれを有罪認定の資料としたのは、刑事訴訟法三二六条一項の解釈適用を誤った結果、訴訟手続の法令違反を来たし、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄すべきところ、原審において検察官が請求した各書証について改めて被告人の意見を徴したうえ、所要の証拠調べをして更に審理を尽くす必要があると認められるので、刑事訴訟法四〇〇条本文により、本件を仙台地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官渡邊達夫 裁判官泉山禎治 裁判官堀田良一は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官渡邊達夫)

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