大判例

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仙台高等裁判所 平成8年(ラ)146号 決定

抗告人 川辺光子 外2名

主文

原審判を取り消す。

本件を青森家庭裁判所八戸支部に差し戻す。

理由

抗告人らの抗告の趣旨及び理由は、別紙各「即時抗告申立書」に記載のとおりである。

一件記録によれば、次の事実を認めることができる。

1  抗告人らの被相続人川辺正造(以下「被相続人」という。)は、平成7年11月14日に死亡した。被相続人の死亡当時、抗告人光子と同朱美は、被相続人と同居し、抗告人礼子は、同じ敷地内の別棟で生活していた。

被相続人には、相続の対象となる資産が無かった。

2  被相続人は、生前、中型いか釣り漁の船主をしていたが、平成2年に経営が苦しくなって廃業することになり、平成4年に正式の廃業手続をした。被相続人の負債を整理するため、債権者の○○信用金庫の申立てにより、被相続人の土地や建物(抗告人らの自宅)が競売になったため、同信用金庫と話し合い、抗告人朱美ら子供たちが資金を拠出し、これを買い取ったことがあった。

3  抗告人朱美の夫である川辺俊也(以下「俊也」という。)所有の不動産のうち、原審判別紙物件目録1記載の宅地(以下「1の宅地」という。)には、根抵当権者を○○信用基金協会及び○○漁業協同組合(以下「漁協」という。)、債務者を被相続人として、昭和55年8月29日受付で、同月26日設定を原因とする極度額1000万円の根抵当権設定登記がされ、同目録2記載の宅地には、根抵当権者を漁協、債務者を被相続人として、昭和56年1月20日受付で、昭和55年3月1日設定を原因とする極度額2000万円の根抵当権設定登記がされた後、昭和56年4月16日受付で、同年3月31日一部譲渡を原因として、○○信用基金協会への根抵当権一部移転の登記がされている。

1の宅地には、平成6年8月3日受付で、同日売買を原因として第三者名義に所有権移転登記がされ、同日受付で、同年6月30日解除を原因として、極度額1000万円の漁協等の根抵当権設定登記が抹消されている。

4  抗告人らは、○○銀行から抗告人光子あての平成8年3月19日付け書面により、被相続人が同銀行に対して債務を負っていることを知らされ、被相続人あての書面を調べてみたところ、被相続人には、同銀行に約1億円の債務、漁協に借入金約9000万円、資材や消耗品等の残債務約4500万円があることを知った。

5  ○○銀行に対する債務について、抗告人光子は、被相続人が債務を負担していたことは知っていたが、被相続人から、その債務額を聞いておらず、むしろその債務を返済する必要がない旨聞いていたため、同銀行からの連絡により、前述した調査をするまで、被相続人の債務が残っているものとは考えていなかった。また、抗告人朱美と同礼子は、前述した調査をするまで、被相続人が○○銀行に約1億円の債務を負担していたことを全く知らなかった。

6  漁協に対する債務について、抗告人礼子は、離婚して戻ってから別棟に住み、被相続人と生活を別にしてきたため、被相続人の債務の内容を知らされたことがなく、その債務の存在を知らなかった。また、抗告人光子と同朱美は、被相続人が漁協に債務を負担していたことは知っていたが、被相続人の廃業時の減船の補償金が返済に充てられたと聞いていたほか、残債務は抗告人朱美の夫俊也が不動産を担保に提供して負担することになったものと理解し、前述のとおり、同人の不動産が一部処分されて返済に充てられたことや、被相続人の死亡後、漁協からの請求が無かったこともあり、被相続人の債務が残っているものとは考えていなかった。

前記認定の事実によれば、抗告人礼子については、少なくとも、○○銀行から連絡を受けて調査をするまで、被相続人の同銀行に対する債務や漁協に対する債務があったことを知らなかったものと言うべきである。また、抗告人光子と同朱美については、少なくとも、被相続人の漁協に対する債務が完済されたものとは理解しておらず、その点からみれば、同抗告人らについて、既に相続放棄の申述をするための熟慮期間を経過しているものと解する余地もあるが、同抗告人らは、その残債務については、抗告人朱美の夫俊也が一切を負担することになったものと理解していたため、被相続人の死亡当時、これが被相続人の債務として残っているものとは考えていなかったものである。

ところで、家庭裁判所が相続放棄の申述を不受理とした場合の不服申立ての方法としては、高等裁判所への即時抗告だけが認められているにすぎず、その不受理の効果に比べて、救済方法が必ずしも十分であるとは言えないから、家庭裁判所において、その申述が熟慮期間内のものであるか否かを判断する場合には、その要件の欠缺が明らかであるときに、これを却下すべきであるとしても、その欠缺が明らかと言えないようなときには、その申述を受理すべきものと解するのが相当である。そして、このように解しても、被相続人の債権者は、後日、訴訟手続で相続放棄の効果を争うことができるのであるから、債権者に対して不測の損害を生じさせることにはならない。

そうすると、抗告人礼子についてのみならず、抗告人光子や同朱美についても、前述した事実関係によれば、その申述を却下すべき明らかな要件の欠缺がある場合に当たるものということはできないから、本件各相続放棄の申述は、その熟慮期間内のものとして、これを受理するのが相当である。

よって、本件抗告は理由があるから、家事審判規則19条1項により原審判を取り消し、本件申述の受理手続のため、本件を原裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 安達敬 裁判官 栗栖勲 若林辰繁)

別紙 即時抗告申立書〈省略〉

別紙 物件目録〈省略〉

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