大判例

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仙台高等裁判所 昭和25年(う)412号 判決

被告人

大下内安喜

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人木村美根三の控訴趣意第一点について、

(イ)  本件公訴事実の要旨は、被告人と原審相被告人佐藤善之助とは共謀の上、昭和二四年一月一五日頃青森県上北郡七戸町十和田鉄道株式会社七戸営業所乗合自動車切符販売所附近で、望月忠弘所有の現金その他在中のボストンバツク一個を窃取したものであるというものであるところ、記録によれば、原審公判手続の冒頭において、被告人等は被告事件についての陳述として、佐藤善之助は事実その通り相違なく、別に述べることはないと述べ、被告人(大下内安喜)は私は佐藤と共謀の上盜つたのではなく、佐藤の窃取行為に協力したものである旨陳述し、次いで裁判官及び弁護人内野房吉(佐藤善之助の弁護人)及び木村美根三(被告人の弁護人)がそれぞれ犯罪事実につき右被告人等の陳述を釋明する程度の質問をしたのであるがその中で、被告人は弁護人木村美根三の質問に対し、自分は佐藤に対しボストンバツクを盗つてどこそこに置けと命じたことはないが佐藤が盜るであろうことは予期したとの答をした。検察官が被告人に対して質問をしたのは以上のような問答があつた後で、その問は先づ「被告人は佐藤の犯行に協力したというが、どの程度に協力したのか」というのと、「被告人は佐藤が盜るであろうことを予期していたというがどうして予期できたのか」というのと、「被告人はボストンバツクから取つた九万六千円位のうち佐藤にはいくらやつたか」というのと三つに止まり、論旨にいうところの弁護人の異議申立があつたのは右の内二番目の質問をしたときであつたのである。ところで、以上の陳述からも明らかであるように、検察官の質問は、その直前になされた被告人の冒頭陳述及び弁護人の質問に対する答に関し、一通りの釋明的質問を試みたもので、事件についての争点を明らかにするに必要な限度を逸脱するものではなく、之に対する被告人の答えも精々調書に書いて一、三行から十二、三行程度のものに過ぎないのであつて、その間の検察官と被告人との問答を以て、所論の如く、「検察官が被告人に対し、相被告人佐藤善之助との犯行協力の程度について長時間に亙つて質問したもの」とは認められないし、又記録を通読してもこのことによつて、裁判所をして事件につき予断を抱かしめる結果を招来したとか、被告人と佐藤善之助との関係について裁判所に対し、証拠調に入る以前において、被告人が主犯者たるの印象を与えたものとは認められない。新刑事訴訟の下において、第一審公判手続の構造として、証拠調に入る前の段階において、裁判所に対し事件についての予断を抱かせるような訴訟行為は極力避けるべきであることはもとよりその所であるが、被告人がその默秘権を行使することなく供述を肯んずる限りにおいては、被告人に対し、前記原審検察官が試みた程度の質問を試みることは、刑事訴訟法及び刑事訴訟規則中の所論各法条の規定に牴触するものでなく、その他之を以て違法視することはできないものと解するのを相当とする。

(ロ)  次に原審が所論内野弁護人の提出した上北新報の取調を許容したことについて考察して見る。記録によれば、内野弁護人が右新聞の証拠調を請求したのは、既に証拠調の段階に入つて、被告人の供述調書その他多くの書証の取調をした後であつて、所論の如く証拠調の初においてなされたものではない。又右新聞における被告人に関する記事は、その執筆者の表示もなく、事実の発表者(例えば捜査官憲)等の報道源も表示されておらず、要するに、その記事が単なる風評又は記事作成者の意見を記述したに止まるものと見るの外なく、訴訟法上証拠能力を認め得ないものであるから、之を証拠調したことは違法といわざるを得ないが、原審は之を判決に援用せず、又記録を精査しても、これによつて、原審が本件犯罪事実又は情状についての判断を左右されたものと認めることもできない。従つて原審が右上北新報の証拠調をしたことは、違法には相違ないが、それが判決に影響を及ぼしたことが明らかであるとは認められない。以上の次第で論旨はすべて理由がない。

(弁護人木村美根三の控訴趣意)

第一点 原判決は刑事訴訟法第二百五十六条の趣旨並びに同法第二百九十六条及び同法第二百九十九条に違反している。

(イ)  新刑事訴訟法は所謂起訴状一本主義で苟も「事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない」旨を規定し、同法第二百九十六条も亦、検察官が脱法的に裁判所をして事件につき偏見又は予断を生ぜしめる虞ある事項の陳述を禁止している。

然るに本件公判に於て、検察官はその起訴状朗読後裁判長が未だ証拠調に入る旨を宣告しない前に、被告人大下内安喜に対し相被告人佐藤善之助との犯行協力の程度につき長時間に亙り質したので、本弁護人が裁判長に対しそれは被告大下内の犯行につき「予断を生ぜしめるとは思はれるから被告人に対する質問は訴状認否の点だけにとゞめられたいと異議の申立をした」が原審裁判所はこれを却け敢えてこれが質問を継続せしめ、遂に本件内容につき証拠調以前に被告人をして陳述せしめ、裁判所をして事件につき予断をいだかしめる結果を招来した(原審訴訟記録第十四丁及び第十六丁参照)而して本件は相被告人佐藤善之助との間の共犯関係が、甚だ微妙であつてその利害相反し、相被告人はその犯行は専ら被告人大下内安喜の教唆指導によるものというに反し、本被告人は相被告人の計画犯行を幇助したに過ぎないものであると主張して来た関係にあるため、前記検察官の質問継続は、既にその冒頭に於て原審裁判所に対し、被告人を主犯人であるかの如き印象を与えたものと云はなければならない。刑事訴訟法第二百九十一条によれば検察官が起訴状朗読後「被告人及び弁護人に対し被告事件につき陳述をする機会を与えなければならない旨の規定はあるが、検察官に対し起訴状朗読後、事件につき被告人を質することを認める規定はない。刑事訴訟法第二百九十六条には「検察官は証拠により証明すべき事実を明らかにしなければならない」旨の規定はあるが、これは証拠調に入つて後であり、而しこれとて裁判所に偏見又は予断を生ぜしめないよう条件を附しているし、又刑事訴訟規則第百九十六条の「人定質問」の趣旨から考えても証拠調以前の被告人の陳述は極力僅少ならしめる趣旨がうかゞはれる。前記検察官の被告人に対する質問は明らかに法律に反していると思う。

(ロ)  而して証拠調の始めに当つて、相被告人佐藤善之助の弁護人内野房吉は「被告人大下内安喜の当公廷における供述の証明力を争うため」と称して刑事訴訟法第三百二十八条により、証拠物として昭和二十四年十一月二十一日附上北新報一枚の取調を請求した(原審訴訟記録二十一丁参照)が右上北新報には「下町一流の大下内店主私文書変造と十四万六千円窃盜、メリヤス製品二十一万円代編取未遂」「貸金の棒引条件で佐藤を教唆的窃盗」の標題で、全面殆んど本件は専ら大下内被告の犯行であるかの如き記事で充満している。

(原審訴訟記録中編綴されてある同新聞紙参照)本弁護人は「内野弁護人請求の上北新報の記事は、故意に佐藤被告を庇い大下内被告を誹謗したものである」から証拠として採用すべきでない旨意見を述べたのであるが、裁判官はこれを却け、証拠調する旨決定した。然しながら、刑事訴訟法第二百九十九条によれば、「証拠書類又は証拠物の取調を請求するについては、予め相手方にこれを閲覽する機会を与えなければならない。但し相手方に異議のないときは、この限りでない」旨規定し、これは本件の如き利害相反する被告人及び相被告人の間にも類推準用せらるべきであつて、前記の如く相被告人弁護人が異議を申立てたのに拘らず、何等事前に閲覽する機会を与えない文書を証拠物として取調を認めることは違法であると思う。

而も右文書は前記の如く、大下内被告にとつて甚だ不利益な文書であるから、これが取調べに当つては、大下内被告人乃至は、本弁護人に対し充分の弁明の機会を与えるのでなければ、その判決に及ぼす影響の甚大なるものなること贅言を要しない。然るに何等弁明の機会を与えず何等の取調べを為しておらない。

尤も本件文書は、その判決に於て、証拠の標目として掲げられてないけれども、前記検察官の起訴状朗読に続く長時間の質問と相俟つて、裁判所に事件につき予断、若しくは偏見をいだかしめるに充分であり、明らかに判決に影響を及ぼす法令の違反があると云はなければならない。原判決は先づこの点に於て破棄を免れないと信ずる。

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