大判例

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仙台高等裁判所 昭和27年(ネ)318号 判決

控訴人 佐藤嘉明 外一名

被控訴人 菊地重正

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決並びに原審における請求の趣旨を拡張して「控訴人佐藤嘉明は被控訴人に対し金十四万五千三百五十二円(原審請求の金三万六千五百円を含む)を支払うべし」との判決及び本訴請求中金銭支払の部分に対する仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

被控訴代理人において、

(1)、請求原因中損害額として原判決事実摘示の部分に記載されている「昭和二十五年六月頃別紙目録〈省略〉(1) 山林地上杉約四十本の伐採による損害金一万三千円」を同地上杉五十五本の伐採による損害金四万千八百円と、「昭和二十六年十二月頃別紙目録(3) 山林地上杉立木約三十本、松立木八本の伐採による損害金一万三千五百円」をその頃別紙目録(2) 山林地上松七本、椹二本の伐採による損害金一万五千六十四円及びその頃別紙目録(3) 山林地上松六本、杉三十五本の伐採による損害金四万千九百七十六円と、「昭和二十七年四月別紙目録(3) 山林地上立木約三十本の伐採による損害金一万円」を同地上松四十本の伐採による損害金四万六千五百十二円とそれぞれ訂正する。控訴人佐藤嘉明が被控訴人所有に係る前記各立木を伐採するという不法行為によつて被控訴人に加えた以上の損害額は合計金十四万五千三百五十二円に及ぶのであるが、この価格の算出基準は控訴人佐藤嘉明によつて伐採された立木の伐採適齢期における価格であつて、これを現在請求するものとして算出し、この中には原審で請求した損害額金三万六千五百円を包含する。

(2)、原判決事実摘示には被控訴人が「控訴人佐藤嘉明は昭和二十七年四月頃別紙目録(3) 山林地上の立木全部を控訴人仁平忠次に売つた」と原審で主張した如く記載されているが、その「立木全部」とは松立木で、従つて「そのうち約三十本を伐採処分し」とあるのも松立木のことである。右「伐採処分し」とあるは他に処分したことではなく、伐採して地上に置かれてある意味で、その数量は四十本である。

(3)、被控訴人は別紙目録記載の本件山林を昭和二十四年二月二日訴外篠崎宗義から買受け、同月十四日その所有権移転登記手続を了したのであるが、被控訴人が右篠崎と右売買契約を締結する際に本件山林地上の生立木についてこれを売買から除外するというような特約は存在しなかつた。従つて右売渡証書(甲第二号証)及び登記申請書(乙第七号証)に「毛上なし」の記載があつてもこれは登録税の関係によるもので立木を除く趣旨ではない。

(4)、控訴人佐藤嘉明は本件山林地上の立木を伐採するについては右山林の所有者が何人であるかを登記簿上確認した上でこれを為すべきであるに拘らずかかる措置をとらず、又その主張のように控訴人佐藤がそもそも本件山林を訴外篠崎兼吉に売渡す際、その地上に生立する立木を特に売買から除外してこれが所有権を自己に留保したのであれば、その公示手段を施すべきであるに拘らず、かような手段も尽さずみだりに本件立木を伐採し又は他人をして伐採せしめたのであるから、控訴人佐藤のこの行為は不法行為の要件たる故意若しくは過失を具備するものと云い得る。控訴人佐藤が本件山林地上の立木中訴外小針末吉に売却伐採せしめたのは昭和二十二年三月から同年五月にかけてのことであると主張するのは誤りで、これは被控訴人が本件山林を買受けその所有権移転登記完了後たる昭和二十五年から同二十七年頃迄の間にしたものである。

(5)、控訴人の後記主張事実中(3) 、(4) の点は従前の自白を撤回するものであるが、被控訴人はこれに対して異議を主張し控訴人従前の自白を援用する。

と述べ、

控訴代理人において、

(1)、被控訴人が別紙目録記載の山林三筆を昭和二十四年二月二日訴外篠崎宗義から買受けたとして同年二月十四日その所有権移転登記手続を経由したことは認める。

(2)、控訴人佐藤嘉明が昭和二十七年四月頃別紙目録記載(3) 山林地上に生立する松立木全部を控訴人仁平忠次に売却し、同人がそのうち約三十本の伐採を始めたので被控訴人は昭和二十七年四月五日福島地方裁判所白河支部に対し伐採禁止仮処分申請をなし同庁昭和二十七年(ヨ)第三号仮処分事件として係属、同日仮処分が執行されたことは認めるが右伐倒立木は右仮処分執行の結果今日もなお現場に存在している。

(3)、控訴人佐藤嘉明が本件山林六番の一の杉生立木約四十本を伐採した事実は認めるが、その時期は昭和二十二年四月上旬で被控訴人が右山林の地盤を取得する以前のことである。

(4)、控訴人佐藤が本件山林七番の杉、松、檜等の立木若干を従前より伐採して来た事実は認めるが、その時期、数量及び価格等が被控訴人主張のようなものであることは争う。又さわら立木を伐つたことはない。

(5)、本件山林三筆(別紙目録記載(1) 乃至(3) )の地上に生立する(3) の雑立木を除く立木一切が被控訴人の所有に属することは否認する。従つて右山林地上の立木を控訴人佐藤が伐採したことは被控訴人の所有権を侵害する不法行為であるとの被控訴人の主張は、いわれのないものである。従つて又控訴人佐藤が右伐採行為により被控訴人に金十四万五千三百五十二円に相当する財産上の損害を加えたとの被控訴人の主張も否認する。

(6)、被控訴人が訴外篠崎宗義から買受けたと主張する物件のうち同人が真実その所有権を取得した物件は本件山林三筆のうち六番の一、六番の五の各地盤のみと七番の地盤及びその地上に生立する雑立木に限られるのであつて、右七番の地上に生立する杉、松の立木全部と六番の一及び六番の五の地上に生立する立木全部(雑立木を含め)は以下述べるような事情で被控訴人にその所有権は移転しなかつたものである。即ち元来右本件山林は控訴人佐藤嘉明の所有に係るものであつたところ訴外篠崎宗義の亡父兼吉の申込により同人にこれを売渡すこととなつたが当時その売却代金は控訴人佐藤が五万円と定めたところ右兼吉において買受資金が乏しかつたため地盤のみを(但し七番山林についてはその地上に生立する松、杉を除いた雑立木を含めて)二万円で買受けることとなり、控訴人佐藤において六番の一と六番の五の各地上に生立する立木全部及び七番地上に生立する松、杉の立木の所有権はこれを留保したのであつた。登記申請書(乙第七号証)並びに権利証(甲第二号証)に「毛上なし」と記載されているのは右契約の趣旨を示すものである。従つて右除外された立木の所有権を訴外篠崎兼吉の相続人たる宗義において取得する筈がないのである。

(7)、仮に訴外篠崎宗義が本件山林の杉、松立木を含めて被控訴人に売却したとしても(但し当時六番の一地上の杉立木約四十本は既に存在しなかつた)杉、松立木の所有権はもともと控訴人佐藤に留保されていたのであるから右篠崎の前記売買行為は第三者の所有物の売買であつて被控訴人には杉、松立木の所有権は移転しない。従つて被控訴人が本件山林全部に関する物権変動の対抗要件としてその所有権移転登記手続を経由したとしてもそもそも同人に所有権の移転しない立木については対抗問題は起り得ない。

(8)、仮に本件のように控訴人佐藤が右売買契約において立木の所有権を留保した場合にこれが物権変動の一態様としてその対抗要件たる公示方法を具備しなければならぬものとしても、控訴人佐藤は従前から本件山林の杉、松立木については被控訴人申請の仮処分の執行される迄伐採を継続して来たものであり、かような伐採の継続という事実も亦立木物権変動の対抗要件たる明認方法と同一の効力を有するものといわねばならない。そもそも本件山林は県道に接して存在し、絶えず往来のある県道から一望し得るところであつて、伐採行為により第三者にその所有権が明示される環境にあるばかりでなく、被控訴人が訴外篠崎宗義から本件山林を買受けた期日たる昭和二十四年二月一日以前において控訴人佐藤は右山林のうち六番の一地上の杉四十五、六本を同村小針末吉に売渡し同人は昭和二十二年三月から五月にかけてこれを伐採し自家用材に充当したことがあり、又控訴人佐藤は昭和二十四年二月頃辺見藤之助を通じて本件山林の立木を菊地経彦に売却方の交渉をしたこともあり、なお本件山林中六番の五地上の立木は昭和二十七年三月頃に伐採し同年十二月控訴人仁平忠次に売却する等常に控訴人佐藤において立木の所有権が自己に留保されていることを確信して伐採行為を継続して居り、かような伐採の継続という事実状態によつて第三者にはその所有権が明示され得る事情にあつたのであるから、立木物権変動の明認方法として立木の樹皮を削つて所有者の氏名を墨書するというようなが通常の手段はとられなかつたとしても、これと同一の効力を有するものである。

(9)、被控訴人の本訴請求は権利の不当行使であつて保護に値しないものである。即ち被控訴人は控訴人佐藤の右伐採継続の事実を同部落に居住する関係上常日頃知つて居り、従つて控訴人佐藤が本件山林地上に生立する立木の所有権を留保している事実を承知しているばかりでなく、元来控訴人佐藤と訴外亡篠崎兼吉の本件山林の売買が後者における戦時中の疎開に伴う住宅建築を目的とする地盤と雑立木の売買に過ぎず、又前者にあつては本件山林が祖先伝来の地理的に極めて有利な条件の山林で且つその地中に良質の石材を多量に埋蔵することから戦争終了次第目的物を買戻し旧の状態に復する意図の下に前記売買両当事者間には買戻の特約が存したが、このことも被控訴人は知悉しながら右篠崎兼吉が急逝してその相続人宗義が山の事情にうといことを奇貨とし高価な本件山林を不法に利得せんとして右宗義から無理に本件山林を買受けたものである。

(10)、仮に控訴人等の以上の主張が総て理由がないとしても、控訴人等の本件山林地上の杉、松立木の伐採は不法行為とはならない。何故なれば控訴人佐藤において前記の如くそもそも本件山林を篠崎兼吉に売渡す当初より立木のみは保留する特約を為したのであり、その後たとい篠崎宗義がその立木をも含めて被控訴人に売渡したものとしても、控訴人佐藤は本件山林地上に生立する立木の所有権が自己に帰属するものとの確信の下に常に行動し来つたものであるから右立木を伐採するに当つてもなんら被控訴人の所有権を侵害する故意はもとより過失さえ存しないのである。このことは被控訴人が昭和二十四年四月本件山林地上の立木を伐採搬出した際控訴人佐藤がこれを窃盗行為なりとして被控訴人を告訴した事実に徴しても明らかである。

控訴人佐藤が本件山林六番の一及び七番地上の杉、松立木等を若干伐採搬出したことはその数量、価格の点を除きこれを認めるが、これは右に述べたとおり不法行為ではないから、これにより被控訴人に財産上の損害を加えたとは云えないばかりでなく、本件伐倒立木は被控訴人申請に係る仮処分の執行により現場に保存してあるのだから被控訴人には財産上の損害を生ぜしめなかつたものである。

と述べたほかは原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

本件における事実関係、即ち福島県西白河郡西郷村大字熊倉字道場久保所在別紙目録記載の山林三筆がもと控訴人佐藤嘉明の所有物であつたこと、控訴人佐藤は右土地をその地上立木所有権を留保(但し同目録(3) の地上雑木を除く)して篠崎兼吉に売つたのであるが兼吉の相続人宗義は右土地を立木を含む一体として被控訴人に売渡したこと、被控訴人は右の土地所有権取得につき昭和二十四年二月十四日登記を経たのに対し控訴人佐藤はその立木所有権について公示方法を施していないこと、以上の事実の確定については当裁判所も原審とこれを同じくするから原判決理由中の記載をここに引用する。(控訴代理人は当審において前記(3) 地上の雑木についてはこれを篠崎兼吉に売却したものであることを認めたので原判決における事実の確定を右の趣旨に改めることとする。当審で新にあらわれた証拠を以ても叙上の認定を左右するに足らない。)

被控訴人が本件立木の所有権を取得しこれを控訴人等に対抗主張できるかとの点について以下に判断を加える。

元来山林の地盤の所有権はその地上に生立する立木に及ぶのを原則とし土地の所有者が立木について特別にこれを別個の所有権の対象として分離しない儘土地を処分した場合にはその土地の譲受人は当然地上の立木の所有権をも取得するに至るのが通常であるが、もともと地盤と立木を意思表示によつて分離し別個の所有権の客体とすることは少しも差支がないのであるから一度土地の所有者が立木を土地から分離して独立の所有権の対象とした後においてはその土地のみの譲受人が立木についての所有権を当然に取得することはあり得ない。即ち山林の所有者から土地のみを譲受けた者は譲渡人がその土地の所有権移転登記手続において特に立木を除外する旨の手続をせずに山林の所有権移転登記手続をしたからと云つてそのために元来譲受けなかつた立木の所有権をも取得することとなるというようなことはないのであつてこれは転得者についても全く同様である。

被控訴人は自己において本件山林の所有権移転登記手続を経ているから控訴人が仮令山林地上の立木の所有権を留保したとしても、その点につき登記若しくは明認方法等の公示手段を施さない以上、被控訴人に対抗し得ないと云うけれどもそもそも登記が対抗力をもつためにはその登記が実体的な権利の変動と符合するものでなければならない。即ち登記が物権変動の対抗要件だというのは実体的に生じた権利の変動を第三者に対抗するには登記を要するというのであつて、登記さえあればこれに示された権利関係を第三者に対して主張し得ると云うのではないのである。本件の場合訴外篠崎兼吉が本来立木の所有権を取得しなかつたのに山林の所有権移転登記をしたのは控訴人佐藤と右兼吉とがいわば登記手続上の過誤をおかしたものであり、右登記は実体上の権利関係を正しく反映したものではなかつたのである。従つて転得者たる被控訴人が右瑕疵ある登記手続を基礎にして対抗要件の問題とすることは正当ではない。

今対抗要件の問題を典型的な二重譲渡の場合を例にとつて考えるならば、甲から乙と丙とにそれぞれ不動産の所有権が二重に譲渡された場合にその譲受けた物権について乙と丙の何れが相手方に対抗し得るかが問題なのであり、ともかく実体的に変動した二個の所有権の対抗の問題であつて原所有者からそもそも移転しない所有権については対抗の問題など起り得る筈がないのである。原所有者が当初から手離さない所有権について他人がその原所有者に対抗できるかどうかを主張すると云うこと自体が極めて無意味なことと云わなければならない。即ち特定不動産の所有権を譲受けないのに譲受けたと称する者から転得したと称する者に対しては、たとえその登記の経由があつたとしても真正の権利者において何等登記その他の対抗要件の具備なくしてこれを主張し得るのであつて、かような場合はそもそも対抗要件の問題ではなく登記の公信力の問題なのである。しかも我国の登記には公信力がないのであるから登記簿上の記載を信じて買つた者でもその登記簿の記載が原因たる実体関係における権利の変動を正しく反映していない場合には、なんら保護されることはないのであつて、ただ善意の第三者は民法第九十四条第二項、第九十六条第三項に該当する場合に例外的に保護されるに過ぎない。本件の場合被控訴人がたとい篠崎宗義のした登記を信頼して買つたのだとしても(尤も本件では権利証に(1) (2) については「毛上なし」と記載されていることが明らかであり、控訴人の主張に依れば被控訴人は立木の所有権の留保されていることを知悉していたと云うのであるが仮に被控訴人が悪意でも同人が登記による対抗要件を主張する本件においてはこの点はどちらでもよいことである)右登記の原因たる実体関係において立木の所有権が控訴人佐藤から右篠崎に移転していないものである以上、被控訴人はその立木の上になんらの権利をも取得せず、従つて又その取得を以て控訴人佐藤に対抗するという問題は起り得ないものといわなければならない。

以上の次第であるから本件地上の立木の所有権をも取得したと做す被控訴人の本訴請求は、他の点についての判断をなす迄もなくすべて失当なものとしてこれを棄却すべきであり、これと異る趣旨に出た原判決は取消を免れない。

よつて民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣市太郎 檀崎喜作 沼尻芳孝)

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