大判例

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仙台高等裁判所 昭和31年(ナ)9号 判決

原告 木村武

被告 宮城県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は「昭和三十一年三月二十三日執行された大和町議会議員選挙の第二選挙区における当選の効力に関する原告の訴願につき、同年十月三十一日附をもつてこれを棄却した被告の裁決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

一、原告は昭和三十一年三月二十三日執行された大和町議会議員選挙の第二選挙区(宮床地区)に立候補したものであるが同選挙区における立候補者は原告のほか熊谷吉治、石塚駒之助、今村春吾、八巻迪雄、佐藤郁郎、斎和男、徳江政治、鴇田平八の八名で、開票の結果原告は右八巻迪雄(ヤマキミチオと音読し、立候補の届出書の氏名の振仮名はヤマキミチヲである)候補とともに得票数百五十二票の同点者となり、選挙長のくじにより原告が当選者(最下位)八巻候補は落選者と決定した。ところがこれに対し八巻候補より同町選挙管理委員会に異議の申立をした結果、同年四月八日同町選挙管理委員会は、さきに選挙会において決定した無効投票中「やアダミツ大」(甲第一号証)と記載した投票は八巻候補に対する有効投票と認められるから、八巻候補の得票数は原告のそれより一票多くなるとして、原告の当選を取り消す旨決定した。そこで原告は同月二十三日被告に対し訴願したところ、被告は同年十月三十一日これを理由なしとして棄却し、右裁決書は同年十一月三日原告に送達された。

二、しかしながら右裁決には次のような違法がある。

すなわち

(1)  八巻候補の有効投票とされた右「やアダミツ大」という投票は同様同候補の有効投票とされた「ワアキ」(甲第二号証)という投票とともに公職選挙法第六十八条第七号にいう「候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に該当するものとして無効と解すべきであるのに、右裁決はこれらを同候補の有効投票と認めた。

(2)  前記選挙区における無効投票総数十七票中に「木村やす」(甲第三乃至第六号証)(きむらやす)(甲第七号証)「木村ヤス」(甲第八号証)と記載した投票が合計六票あるが、これは原告に対する投票の誤記と解し、有効とすべきであるのに、右裁決はこれをいずれも原告「木村武」を指すものとは認められないとした。

それなら右裁決は当選の効力を誤つた違法のものであるから、その取消を求める。

三、仮に以上が理由ないとしても本件選挙には次のような違法がある。すなわち

(1)  右選挙の投票所は同選挙と同時に行われた大和町教育委員会委員選挙の投票所と同一建物内に設けられたのであるが、設備上両者の区分が明らかでなく、投票記載所のごときは事実上両者共用であり、また両選挙の投票箱を余りにも近く置いたため、選挙人はしばしばその投票箱を誤るなどの事実があり、総じて選挙人をして右両選挙を誤認せしめた。

(2)  右選挙の第二、第三各投票所において選挙人に代理投票をさせるに当り、投票立会人を同時に投票を補助すべき者の一人に指定したため、その間投票立会人の定数を欠いたまま投票が行われたこととなる。かような投票件数は第二投票所において十五件、第三投票所において十七件の多数に及んでいる。

そして右は選挙の規定に違反し且つそれが選挙の結果に異動を及ぼす虞れがある場合であるから、公職選挙法第二百九条により本件選挙の全部または一部の無効を宣言する判決を求める。

以上の次第で本訴に及ぶと述べ、被告の主張に対し、本件選挙と同時に施行された大和町教育委員会委員選挙に原告の妻木村やすが立候補したことは認めるが、木村やすは二重に本件選挙の候補者たり得ない者であることは当該選挙区周知の事実であり且つ右各選挙の投票用紙にはわざわざ候補者でない者の氏名は書かないことの注意書が印刷されていることから考え、本件選挙において投票者は木村やすに投票するはずがないのである。従つて前記「木村やす」「きむらやす」「木村ヤス」の各投票はいずれも原告に対してなされたもので、ただその名の記載を誤つたに過ぎないところの原告の有効投票と解すべきものであると述べた。

(証拠省略)

被告代理人は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張一の事実は認める。同二(1)の関係事実につき原告主張の「やアダミツ大」という投票はその「やアダ」の記載部分は記載自体から見ても拙劣で、ことさら「やアダ」と記載したものとは考えられないから、八巻候補の住所のある「山田を指したものと認めるべきである。若しそうでないとしても「ヤマキ」の誤記と認められる。また「ミツ大」と記載した部分の「大」は音で「おお」と続むところから「オ」と記載すべきものを誤つて「大」と記載したものと見るべきである。従つて右は八巻迪雄候補に対する投票の意思の明らかなものとして、同候補の有効投票と解すべきである。また八巻候補の得票とされた中に原告主張の「ワアキ」という投票(甲第二号証)の存することは認めるが、右投票もその書体が甚だ拙劣で、第三字は明らかに「キ」であるが、第二字は「マ」とも判読できる。そして第二、三字が「マキ」であるとすると八巻候補の「マキ」に通じるところ第一字は「ヤ」の誤記と認められるから、右投票も八巻候補に対する投票の意思の明らかなものとして同候補の有効投票と認めるべきである。同(2)の関係事実につき、無効投票とされた中に原告主張の六票(甲第三乃至第八号証)の存することは認める。しかし本件選挙は大和町教育委員会委員選挙と同時に行われたもので、右委員会選挙には原告の妻である木村やすが立候補している関係上本件選挙における一般選挙人の知識程度では両者の投票を問違つてする虞れが多分にある。従つて本件議員選挙投票用紙に右委員候補者木村やすの氏名を明確に記載した「木村やす」「きむらやす」「木村ヤス」の投票は本件選挙候補者である原告木村武を指称するのに特にその妻木村やすの名をもつてする別段の事情のない以上原告に対する有効投票と認めるべきではない。同三の事実につき、訴訟によつて選挙の効力を争うには必ず公職選挙法所定の選挙訴訟によることを要するもので、当選訴訟においてこれを争うことは許されるべきではない。同法第二百九条の規定は選挙に関する訴訟はいずれも公益に関するところ重大であり、選挙が無効であれば当選訴訟は存立の余地がないのであるから、裁判所がたまたま当選訴訟における全資料に基いて当該選挙自体が無効であることを認めたときは、例外的に特に当事者の主張を待たず、進んで選挙の無効を判決をもつて宣言すべきことを規定したものであつて、当選訴訟において選挙の無効事由を主張することを許した趣旨のものではない。以上のとおりで原告の主張は全て失当であると述べた。

(証拠省略)

理由

原告主張一の事実は当事者間に争がない。

よつて先ず本件裁決に原告主張のような違法があるかどうかについて以下順次検討する。

一、原告主張二(1)の違法事由について。

原告主張の「やアダミツ大」と記載した投票(甲第一号証)は本件選挙区における前示候補者中にこれに該当する氏名の者はないけれども、中で最も近似しているものを求めれば八巻迪雄の氏名であることが認められる。のみならずその書体の拙劣さからいつて「やアダ」の部分は「やマダ」と判読できないわけではなく、成立に争のない乙第二、三号証、当裁判所が真正に成立したものと認める同第一号証と証人井伊盛寿の証言によれば、八巻候補は大和町宮床字中原に居住しているが、字中原は同町宮床の連絡区山田のうちにあるため同連絡区内の他の小字と併せて一般に山田と呼称されていることが認められる。それなら右投票の書体から窺われる同投票者の低い知能程度から見れば「ヤマキ」の音が「ヤマダ」のそれに似ているところから八巻候補の氏「ヤマキ」をその住所地の呼称「ヤマダ」(山田)と混同し前記のように「やアダ」と誤記したものと推測される。また「ミツ大」の部分もその書体の拙劣さからいつて「大」の音が「オオ」であるところから「ミツオ」と記載するのをかく書き誤つたものと考えられる。なお「ミツオ」の「ツ」も「チ」の誤記であることは東北地方の方言において「ツ」と「チ」の発音が往々にして混同されるところからして容易に首肯できるところである。以上によれば右「やアダミツ大」と記載した投票は投票者が八巻迪雄候補に投票する意思をもつて記載したものと認めるのが相当である。また八巻候補者の得票中に原告主張の「ワアキ」と記載した投票(甲第二号証)の存することは当事者間に争のないところ、右投票も書体が極めて拙劣で第三字は明らかに「キ」と読めるが、第二字は「ア」とも「マ」とも読める。第一字は一応「ワ」と読めるが、その筆法からいつて「ヤ」にも近似している。かく見て本件選挙区における前示各候補者の氏名を通覧すると右「ワアキ」と記載した投票は他の候補者よりも八巻候補の氏「ヤマキ」に極めて近似していることが認められるから同候補に投票する意思で右のように拙劣に記載されたものと認めるのが相当である。そうすると右二票はいずれも八巻候補者の得票とすべきであるから原告のこの点の主張は失当である。

二、同二(2)の違法事由について。

無効投票とされたものゝ中に原告主張の六票(甲第三乃至第八号証)の存すること、本件選挙と同時に大和町教育委員会委員選挙が施行され、右委員選挙に原告の妻木村やすが立候補したことは当事者間に争がない。ところで二つの選挙が同時に行われる際今日の一般選挙民の知能程度から見て両選挙の候補者を混同して投票する虞れがないとはとうてい言い切れないことである、この混同の虞れは一の選挙の候補者が他の選挙の候補者となり得ないことが当然のことであるとしても、また投票用紙に候補者でない者の氏名は書かないことの注意書があつたとしても皆無にまで防げるものではない。それなら本件の場合原告主張「木村やす」「きむらやす」「木村ヤス」と各記載した投票(甲第三ないし第八号証)はいずれも右木村やす候補の氏名又は名が比較的明確に記載されている点からいつても特段の事情のない限り各投票者が前記両選挙の候補者を混同し本件選挙において同時に行われた右委員選挙の木村やす候補に投票する意思でその氏名を記載したものと見るのが相当で無効と解すべきものである。原告のこの点の主張も失当である。

次に原告の本件選挙無効の主張について案ずるに、本件弁論の全趣旨によれば、右主張は予備的に選挙訴訟を併合し選挙の無効を主張するものではなく、本件当選訴訟において、その請求の原因として選挙の無効を主張するものと解すべきところ(選挙訴訟として異議訴願を経由したことは主張立証がない)、当選訴訟はその性質上当該選挙の有効なことを前提とするものであるから、当選訴訟においてその請求原因として選挙無効を主張することはそれ自体矛盾するものであつて、許されないものと解すべきである。公職選挙法第二百九条は選挙に関する訴訟は公益に関するところ重大であり且つ選挙が無効であれば当選訴訟は存立の余地がないのであるから、裁判所がたまたま当選訴訟の審理の過程において当該選挙自体が無効であることを認めたときは、例外的に職権で選挙の無効を宣言する判決をしなければならないことを規定したに過ぎないのであつて、当選訴訟において選挙の無効を原因として主張することを許したものではないと解する(最高裁判所昭和二十三年(オ)第一五二号・同二十四年三月十九日言渡判決参照)。それなら原告の右主張はそれ自体失当で採用できないし、また本件の場合未だ本件選挙の全部または一部が無効であることを認めるに足る資料もないから、右第二百九条を適用する限りでもない。

以上の次第であつて本件裁決には結局原告主張のような当選の効力を誤つた違法の点はなく、相当であるから、その取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 上野正秋 兼築義春)

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