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函館地方裁判所 昭和33年(わ)24号 判決

被告人 小武方孝吉 外二名

主文

被告人小武方孝吉を判示第一の事実につき無期懲役に、判示第二、第三の事実につき死刑に各処する。

被告人笹谷泰正、同橋川一雄を各無期懲役に処する。

押収してある匕首一本(昭和三三年領第一六号の検一九号)は、これを被告人笹谷泰正から没収する。

押収してある女物皮短靴、サンダル各一足(昭和三三年領第六九号の検六、七号)、クレゾール瓶一本、ビニール製財布一個、十円硬貨二枚、印鑑二個及び婦人用靴下一足(同上の検一一ないし一六号)はこれを被害者Aの相続人に、同ズック製財布一個及び腕時計二個(昭和三三年領第一六号の検五ないし七号)はこれを被害者金谷繁一に、同トランク一個(同上の検二〇号)はこれを被害者Bにそれぞれ還付する。

理由

(被告人等の生立、経歴等)

被告人小武方孝吉は当時土工夫をしていた父末吉(昭和三十四年二月死亡)と母イヨノの間に同胞八人の四男として北海道山越郡八雲町字鷲の巣に生れ、本籍地の尋常高等小学校高等科一年中退後、函館市所在の海員養成所を卒えて、神戸市の汽船会社に就職し、その後軍属として徴用船に乗り組み南洋航路等の輸送に従事していた。ところが、昭和二十年初頃その輸送船が遭難したため、前記八雲町字ブイタウシの両親の許に引き揚げ、その農業を手伝つたり闇商売等をしたりしているうち昭和二十四年頃までの間に窃盗四犯を重ねたが、昭和二十六年末頃から北海道空知郡歌志内町字神威所在の炭礦に坑夫として働きに出ていた際、世話する人があつて昭和二十七年五月同郡滝川町新町農業西出玲子と結婚して同家に入り長女真理子を儲けたが、玲子の祖父が死亡し、その遺産争い等から翌二十八年三月下旬同女と離婚するに至つた。そこで、同年四月初から同滝川町字北滝の川西五丁目農業吉田敏男方に住み込み、作男として働いているうち、後記前科となつた罪を犯したが、同年九月四日、当時八雲町の実家に預けてあつた前記真理子に会いに行つて帰つて来たところを吉田から右事件について警察官が来た旨告げられ、直ちに同家から逃げ出し、その途中翌五日判示第一の犯行をなし、北海道千歳郡恵庭町恵庭第十一区の知人牧田義雄を頼つて行つたが、生れて初めての家庭生活に破れ、愛児は兄の子として養われることとなつて自己の手許を離れ、更に罪を犯して追われる身となつたうえ、その逃走途中、再び思わざる大罪を犯すに至つたため遂に生きる希望を失い、総てを死に依つて清算しようとその頃自殺を図つたが未遂に終つた。かくして後記前科の罪について刑の執行を受け、昭和三十二年五月上旬仮出獄を許されて本籍地の実家に帰り、しばらく痔疾の療養をし、同年七月中旬頃から同年十月下旬頃まで北海道山越郡長万部町の土建業山本惣太郎に雇われて同町字平里所在の工事現場附近の飯場に住み込み土工夫として働き、その後は肩書住居の造材業清水松次郎に雇われて造材人夫として働いていたが、前示受刑中基督数を信仰するに至つたものの、これに徹するには至らず、その後自棄的気分に陥ること多く聖福音書を携行しながら、又一方においては、その背表紙の部分に細工して空洞を作り、その中にダイナマイトを隠し持つなどしていたもの、

被告人笹谷泰正は当時居村の組合書記をしていた父忠義と母ミドリの間に同胞七人の三男として山越郡長万部村字長万部に生れ、小学校に入学する頃、愛知県の中島製作所の下請工場に働いていた父の許に移つたが、四年生の頃一家が前記長万部に引き揚げ、その後住居地の新制中学校に進んだが、生活苦のため二年で中退し、その頃窃盗罪を犯し函館家庭裁判所で保護観察処分を受けたが、その後近在の農家に働きに出たりしているうち、昭和二十九年十月頃から昭和三十二年十月十日頃まで前記土建業山本惣太郎に土工夫として雇われ、昭和三十二年春頃からはその飯場に住み込み、同年七月下旬頃からは前記被告人小武方と同じ現場で働いており、その後前記造材業清水松次郎方で働いていたもの、

被告人橋川一雄は農業を営む父繁雄と母サトシの間に同胞七人の長男として山越郡長万部村字栗ノ木岱に生れ、居村の新制中学校を卒業後、家業の手伝や保線区の人夫をしていたが、昭和三十年二月頃から前記山本惣太郎に馬車追として雇われ、昭和三十二年七月頃からは同人方馬小屋部屋に住み込んで働いていたもので、被告人三名は右山本方で働くうち相知るようになつたのであるが、

(罪となるべき事実)

第一、被告人小武方孝吉は昭和二十八年九月四日午後十一時頃、前示のようにして、前記北海道空知郡滝川町字北滝の川西五丁目の吉田敏男方を同人から自転車を借りたうえ、自己所有の注射器具(昭和三三年領第六九号の検八ないし一〇号)等を持つて逃げ出し、滝川町市街を経て同郡砂川市に到り、同夜は国鉄砂川駅待合室で過す積りであつたが、警察官の目を恐れ、更に知人を頼つて同郡歌志内町に向い、同町字神威にさしかかつた際、ふとかつて働いたことのある附近山中の炭坑跡で夜を過そうと思いつき、通称新歌街道を登り、その神威登り口から約千五百米先の山中において右街道から右(西)側に折れる幅員二米余の小道を僅に入つた辺りに身を隠して野宿したのであるが、翌九月五日午前五時頃眼をさまし、右街道を更に約四、五十米登つた辺りで日光に当つていたところ、まもなく、前方から当時同街道の奥にあつた新歌志内炭礦の配給所に勤めていたA(当時十九年)が風呂敷包みを持つて降つて来るのを認め、同女から何か食物を得ようと思い、同女を待ち受けて声をかけると、同女が恐れて逃げ出そうとしたため、右風呂敷包みを強取しようと素早く同女を捉え、前記野宿した小道に引きずり込んだところ、同女から被告人の指先に噛みつく等の激しい抵抗を受けもみ合ううち取組んだまま同小道から斜面笹籔を約十四米位滑り落ち、そのため同女のスカートが脱げたのを見て俄に劣情を催し、その場で同女に馬乗りとなつてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫したが、折柄通行人の気配に同女が救いを求めて声を上げたため発見されることを虞れ、同女の口を塞ごうとした手が同女の咽喉に当つたためその儘強く締めたうえ、咄嗟に同女を殺害しようと決意し、やにわに所携のタオル(同上の検二四号)で同女の頸部を絞扼し、その場で窒息死させて同女を殺害したうえ、同女所有の右風呂敷包み一個(現金約六千円、女物皮短靴、サンダル各一足(同上の検六、七号)クレゾール瓶一本、ビニール製財布一個、印鑑二個、婦人用靴下一足(同上の検一一、一二、一四ないし一六号)箱入キャラメル若干、運賃割引証一枚(同上の検二〇、二一号)在中)を強取し、

第二、被告人小武方孝吉は小遣銭に窮して強盗を思い立ち、昭和三十二年十月十日、その言動等から仲間に入れようと目をつけていた被告人笹谷泰正、同橋川一雄に右橋川の住んでいた前記山本惣太郎方馬小屋部屋でこれを相談したところ、同人等も小遣銭に窮していたので直ちに同意し、ここに被告人三名は共謀のうえ、かねて山越郡八雲町字鉛川三十二番地雑貨商金谷繁一(当六十四年)方が淋しい一軒家で親娘三人暮しであることを知つていたところから、同家を襲つて金品を強取しようと企て、同日夜被告人小武方は金切り鋸を砥いで作つた刃物を、被告人笹谷は匕首(昭和三三年領第一六号の検一九号)を、被告人橋川は鑢を砥いで作つた刃物をそれぞれ携え、相共に右金谷繁一方に赴き、しばらく家人の就寝するのを待つて、同日午後十一時三十分頃、各自覆面した上右兇器を抜き放ち、相次いで同家裏出入口から西側六畳の寝室に侵入し、その物音に眼をさました右金谷繁一に対し被告人笹谷において前記匕首を突きつけ、「騒ぐな、金を出せ」等と申し向けて脅迫したうえ、その場にあつた腰紐等でその両手足を縛り上げ、かつ、被告人橋川において同人の妻クニヱ(当時六十一年)を、被告人小武方において同人の四女京子(当時二十一年)をそれぞれ前同様に脅迫して縛り上げ、更にいずれも布片様のもので猿轡をはめたうえ、蒲団を被せてその反抗を抑圧し、翌十一日午前一時頃まで屋内を物色し、右繁一等所有の現金約二万八千円及び腕時計二個(同上の検六、七号)郵便葉書約八十枚、各種郵便切手約三十枚、煙草約二十五個他数点(時価合計約六千五百円相当)を強取し、

第三、被告人小武方孝吉は昭和三十二年十一月父が脳溢血で倒れたためその入院費等に苦慮し、雇主清水松次郎から四千円位前借したうえ更に二万円の借用方を頼んでいたが、翌三十三年一月二日それを拒わられ単に見舞金として千円貰い受けて同日夜は山越郡富士見町の実兄小武方正春方に赴き一泊したが、金円に窮した結果、重ねて被告人等三名による強盗を思い立ち、翌一月三日先づ被告人笹谷を帰省先の同郡長万部町三町内笹谷智方に訪ねてこれを相談し、同人も正月の小遣銭にも窮していたためこれに応じたので、次いで右被告人両名は被告人橋川を同人が住んでいた前記山本惣太郎方馬小屋部屋に訪ねてこれを相談したところ同人が躊躇したので、被告人小武方は他の被告人等に対し前記ダイナマイトを示し、「家人が騒ぎ立てるなど、時と場合によつては自分が家人をばらしてしまう、そうすれば死人に口なしだ。盗るものを盗つたら先に出て行け、跡始末は自分がする。総て自分に委せておけ。それに若し失敗しても自分だけが責任をとり、これで自爆し君等に迷惑をかけない」旨色々と申し向けて勧誘し、遂に同人をも同意させ、ここに被告人三名は相共にかつて同人等で強盗に押し入ろうとしたが家人に覚られたと感じこれを中止したことのある、同郡八雲町字立岩七十番地雑貨商B(当時七十七年)方を同様の目的で襲うが、その際時と場合によつては、被告人小武方において家人を殺害するもやむを得ないとして共謀を遂げ、被告人笹谷は匕首一本(昭和三三年領第一六号の検一号)を携え、被告人三名連れ立つて同日午後八時三十分頃、前記B方前に赴いたところ、その表戸は閉つていたが台所に灯が洩れているのを認め、被告人小武方はかねて家人を知つていたところから酒を売つてくれと声をかけ、右Bの二女C(当時四十五年)をして表のくぐり戸を開けさせ、被告人等は相次いで同家店舗の土間に入り、被告人小武方が同女に「ここで酒を飲ましてくれ」と言つたところ、同女がこれを拒絶したうえ更に被告人笹谷を押し出そうとしたので、被告人小武方は咄嗟に他の被告人に「やつてしまえ」と声をかけて同女を捉え、他の被告人もこれに応じ、被告人笹谷は所携の前記匕首を同女に突きつけ、同女が店舗続きのBの六畳寝室に逃げ込むと、被告人等はこれを追つて相次いで同家居室に侵入し、被告人笹谷において右匕首を擬して同女等を脅迫したうえ被告人橋川において同女及びBの両手足を順次あり合せのタオル風呂敷等で縛り上げ、次いで被告人笹谷において中六畳間に就寝していたBの妻D(当時七十二年)に対し前同様脅迫したうえその両手足を縛り上げ、更にいずれも蒲団を被せてその反抗を抑圧し、同日午後十一時頃まで各自その屋内を物色していたが、その間に被告人橋川は俄に劣情を催し右Cを強姦しようと考え、同女の足のタオルを解きその両手は縛つたままにして乗りかかりその反抗を抑圧して強いて姦淫し、やがて被告人笹谷はB等所有の現金約二万八千余円及び腕時計、ハンドバッグ各一個、煙草等を奪い、被告人橋川はB等所有の現金約二万三千余円及びトランク一個(昭和三三年領第一六号の検二〇号)敷布一枚等を奪つて打合せ通り一足先に逃げ出したが、その後被告人小武方は前記Dが騒ぎ出したのを見てその声が戸外に洩れ犯行の発覚するのを虞れ、前記中六畳間において同女の頸部を帯(同上の検一三号)で絞扼してその場で同女を窒息死させて殺害し、なおも物色中前記Cも騒ぎ出したためこれを奥六畳間に連れ込んだ際同女の衣類が乱れているのを見て俄かに劣情を催し、その場で同女に馬乗りとなつてその反抗を抑圧し強いて姦淫したが、なおも同女が騒ぐため前同様ここに至つては同女をも殺害しようと決意し、細紐(同上の検一〇号)でその頸部を絞扼し、その場で同女を窒息させて殺害し、B等所有の現金一万八千余円及び帯止め、郵便切手等を奪つて逃走し、結局被告人三名において合計現金約七万円及び腕時計、トランク等数十点(時価合計約二万円相当)を強取し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(前科)

被告人小武方孝吉は札幌地方裁判所岩見沢支部において住居侵入強姦罪により昭和二十九年二月五日懲役四年の言渡を受け、同判決は同年三月二十二日に確定したもので、右事実は同被告人に対する前科調書及び同判決謄本によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人小武方孝吉の判示第一の所為中強盗強姦の点は刑法第二百四十一条前段に、強盗殺人の点は同法第二百四十条後段に、判示第二の所為中住居侵入の点は同法第百三十条罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条に、強盗の点は同法第二百三十六条第一項第六十条に、判示第三の所為中住居侵入の点は同法第百三十条罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条に、強盗強姦の点は同法第二百四十一条前段に、強盗殺人の点は同法第二百四十条後段第六十条に各該当し、

被告人笹谷泰正の判示第二の所為中住居侵入の点は刑法第百三十条罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条に、強盗の点は同法第二百三十六条第一項第六十条に、判示第三の所為中住居侵入の点は刑法第百三十条罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条に、強盗殺人の点は同法第二百四十条後段第六十条に各該当し、

被告人橋川一雄の判示第二の所為中住居侵入の点は刑法第百三十条罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条に、強盗の点は同法第二百三十六条第一項第六十条に、判示第三の所為中住居侵入の点は同法第百三十条罰金等臨時措置法第二条第三条刑法第六十条に、強盗強姦の点は同法第二百四十一条前段に、強盗殺人の点は同法第二百四十条後段第六十条に各該当する。

そこで、被告人小武方孝吉については、前示前科となつた確定裁判があるので、判示第一の罪は右確定裁判を受けた罪と刑法第四十五条後段の併合罪となるから、同法第五十条により更に判示第一の所為につき処断することとなるが、強盗強姦と強盗殺人は同一の強盗の機会になされたものであるから同法第五十四条第一項前段に従い同法第十条により重い強盗殺人罪の刑に従い、その所定刑中無期懲役を選択し同被告人を無期懲役に処し、判示第二の住居侵入と強盗は刑法第五十四条第一項後段の関係にあるから同法第十条により重い強盗罪の刑に従い、判示第三の住居侵入と強盗強姦、住居侵入と二個の強盗殺人はそれぞれ同法第五十四条第一項後段の関係にあり、強盗強姦と二個の強盗殺人は同一の強盗の機会になされたものであるから同条第一項前段に従い結局一罪として処断すべく同法第十条により最も重いと認めるCに対する強盗殺人罪の刑に従いその所定刑中死刑を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるが、右強盗殺人罪につき死刑を選択処断すべきをもつて、同法第四十六条第一項本文により他の刑を科さずに同被告人を死刑に処する。

被告人笹谷泰正については、判示第二の住居侵入と強盗は刑法第五十四条第一項後段の関係にあるから同法第十条により重い強盗罪の刑に従い、判示第三の住居侵入と二個の強盗殺人はそれぞれ同法第五十四条第一項後段の関係にあるから一罪として処断すべく同法第十条により最も重いと認めるCに対する強盗殺人罪の刑に従い、その所定刑中無期懲役を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるが、右強盗殺人罪につき無期懲役を選択処断すべきをもつて、同法第四十六条第二項本文により他の刑を科さずに同被告人を無期懲役に処することとし、押収してある匕首一本(昭和三三年領第一六号の検一九号)は判示第二、第三の犯行の用に供したものであつて同被告人以外の者の所有に属さないから同法第十九条第一項第二号第二項本文第四十六条第二項但書によりこれを同被告人から没収する。

被告人橋川一雄については、判示第二の住居侵入と強盗は刑法第五十四条第一項後段の関係にあるから同法第十条により重い強盗罪の刑に従い、判示第三の住居侵入と強盗強姦、住居侵入と二個の強盗殺人はそれぞれ同法第五十四条第一項後段の関係にあり、強盗強姦と二個の強盗殺人とは同一の強盗の機会になされたものであるから、同条第一項前段に従い結局一罪として処断すべく同法第十条により最も重いと認めるCに対する強盗殺人罪の刑に従いその所定刑中無期懲役を選択し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるが、右強盗殺人罪につき無期懲役を選択処断すべきをもつて、同法第四十六条第二項により他の刑を科さずに同被告人を無期懲役に処する。

なお、押収してある女物皮短靴、サンダル各一足(昭和三三年領第六九号の検六、七号)クレゾール瓶一本、ビニール製財布一個、十円硬貨二枚、印鑑二個及び婦人用靴下一足(同上の検一一ないし一六号)は判示第一の犯行による賍物であり、同ズック製財布一個及び腕時計二個(昭和三三年領第一六号の検五ないし七号)は判示第二の犯行による賍物であり、同トランク一個(同上の検二〇号)は判示第三の犯行による賍物であり、以上はいずれも各被害者に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法第三百四十七条第一項により、これらを各被害者(判示第一の賍物については被害者の相続人)に還付することとし、訴訟費用は各被告人に対しいずれも同法第百八十一条第一項但書に則りこれを負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 永淵芳夫 千葉和郎 新居康志)

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