大判例

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千葉地方裁判所 昭和34年(わ)191号 判決

被告人 稲村季夫

昭八・五・二〇生 無職

小林俊美

昭九・二・二一生 無職

主文

被告人稲村季夫を無期懲役に、

同小林俊美を懲役拾五年に各処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人稲村季夫は昭和八年五月二十日当時の朝鮮京城で生まれ、ついで三才の頃両親に伴われて満州に行き同地の小学校に通学していたところ、間もなく終戦となり、戦後両親と共に内地に引き揚げて東京都内や埼玉県大宮市等に居住し、主として父の職業である印刻業の手伝等をしていたが、その家庭は貧困で次第に素行不良となり、昭和二十七年頃から次々と詐欺、窃盗、傷害、殺人未遂等の犯罪を犯してその都度処罰を受け、更に同三十三年十月二日には浦和地方裁判所で窃盗、詐欺、殺人等の罪により無期懲役に処せられ、同月二十二日、千葉刑務所に収容されて現に同刑務所で右刑の執行を受けている者であり、又被告人小林俊美は昭和九年二月二十一日肩書本籍地で出生し、ついで六才の頃祖父母に伴われて樺太に渡つたが、戦後右祖父母等と共に本籍地に引き揚げ、その後は岩手県や長野県等に山人夫等として働きに出ていたところ、昭和三十三年十一月八日長野地方裁判所で殺人罪により懲役八年に処せられ、同年十二月三日千葉刑務所に収容されて現に同刑務所で右刑の執行を受けている者であるが、右刑務所において、被告人稲村は昭和三十四年三月十二日からマットレス内張工として、又同小林は同年六月一日から製靴訓練生としていずれも同刑務所第三工場で就業していたところ、被告人両名等と共に同じく懲役刑の執行を受け、右第三工場において、被告人稲村の隣席でマットレス内張工として就業していた鈴木和男(当時二十八年)は平素口が悪く態度も横柄で、同年六月頃からは当初仲のよかつた被告人稲村から話しかけられても返事をしなかつたり或は同被告人を馬鹿にするような態度を示すようになつたため、被告人稲村は右鈴木に対し次第に反感を抱き始め、殊に同月下旬以降は同人の態度にひどく腹を立て、互いに不穏な関係となつたが、被告人小林も又右第三工場で働くようになつてから被告人稲村と急速に親しくなるにつれ、右鈴木からは却つて冷たい目で見られ且つ反感的な態度を示されたので同人に対し不快な感情を抱いていたところ、同年七月六日偶々被告人稲村が同じく右第三工場で就業していた受刑者神長延幸に自己の叔父の住所、氏名を記載した紙片を渡したことから右神長が係看守部長の取り調べを受け、このことで被告人稲村は右鈴木からその言動を強く非難され且つ軽蔑されたため、極度に憤慨し、之に平素からの右鈴木に対する反感も加わつて、かかる上はいつそのこと同人を殺害しようと決意し、翌七日昼食の休憩時間に被告人小林に此の旨打明けたところ、同被告人も偶々同日朝右鈴木から「秋田の人間を殺したからと言つて大きな顔をするな、」等と言われてひどく立腹していたところから、即座に右被告人稲村の計画に加担して同被告人と共に右鈴木を殺害しようと考え、茲に被告人両名は共謀の上、被告人小林が製靴作業に使用していた革切庖丁二丁(昭和三十四年押第七十八号の一、二)で右鈴木を殺害しようと企て、翌八日の昼食の休憩時間に更に右犯行につき具体的な打合わせをした上、同日午後一時頃右第三工場において作業を開始して間もなく被告人稲村の合図に基づき、同小林が自己の席から前記革切庖丁二丁を持つて同工場内東側のマットレス仕上げ場内に赴き、同所で右庖丁二丁のうちその一丁を被告人稲村に手渡し、残り一丁は自己が持つた上、被告人稲村が直ちに右小林から手渡された革切庖丁一丁を携えて自己の席に坐つて作業をしていた前記鈴木の背後に赴き、同所において、矢庭に左手で同人の左首筋附近を押えながら右手に握つた前記革切庖丁を同人の右側頸部めがけて前後二回に亘り力一杯突き刺し、よつて同人の右側頸部に第六頸椎骨を損傷する深さ約六糎の刺傷及び第七頸椎骨を損傷する長さ約四・二糎、深さ約六糎の刺傷を負わせ、更に之に驚いた同人が立ち上がつて同工場南側出入口より逃れんとするや、被告人小林がすかさずその後を追い右出入口より約二米外に出た地点において同人の背後より右手に持つた前記革切庖丁をその背部めがけて力一杯突き刺し、よつて同人の左肩胛間部に椎骨に達する長さ約三・八糎、深さ約五・五糎の刺創を負わせ、同人をして同日午後五時二十五分頃千葉刑務所医務部治療室において、前記右側頸部刺創による失血のため死亡するに至らしめ、以て殺害の目的を遂げたものである。

(証拠の標目)(略)

尚被告人小林俊美は昭和三十年九月二日盛岡地方裁判所二戸支部において詐欺罪により懲役六月、四年間執行猶予の判決を受け、ついで同年十月二十日三本木簡易裁判所において窃盗罪により懲役十月に処せられ、前記執行猶予を取消されて、その当時併せて右各刑の執行を受け終つたもので、このことは検察事務官竹内栄作成の前科調書及び被告人小林俊美の当公廷における供述により明らかである。

(法律の適用)

法律に照らすと被告人両名の判示所為は各刑法第百九十九条第六十条に該当するので、被告人稲村季夫に対しては所定刑中無期懲役刑を選択して同被告人を無期懲役に処し、被告人小林俊美に対しては所定刑中有期懲役刑を選択し、尚同被告人には前示前科があるので刑法第五十六条第一項第五十七条により同法第十四条の制限内で累犯加重をなした刑期範囲内で同被告人を懲役十五年に処し、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項但書を適用して被告人両名に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人江幡清は被告人稲村は極度に興奮し易い精神的欠陥者であつて本件犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張するけれども、同被告人の検察官に対する各供述調書(特に昭和三十四年七月十日付のもの)及び当公廷における供述によれば、同被告人は本件犯行前後の模様を詳細且つ明確に述べていてその供述自体に何等の矛盾はなく、又和田嘉雄、神長延幸、安達辰雄、及び被告人両名の各検察官に対する供述調書並びに被告人両名の当公廷における各供述によれば、被告人稲村は突嗟の原因による激情行為として本件犯行を犯したものではなく、判示認定の如き動機、原因に基づいて本件犯行の決意をなし、又その手段方法等についても予め事前に被告人小林と詳細且つ具体的に打合せをしているのであつて、その間における被告人稲村の行動に何等精神病的異常は認められず、又刑務所内における日常の生活行動においても特に通常人と異なる異常的傾向があつたとは認められない。よつて被告人稲村が本件犯行当時是非善悪を弁別する能力を著しく欠く所謂心神耗弱の状態にあつたとは到底認められないから右弁護人の主張は採用しない。

よつて主文の通り判決する。

(裁判官 石井謹吾 高瀬秀雄 後藤勇)

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