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千葉地方裁判所 昭和37年(行)6号 判決

原告

渡部浩

代理人

芦田浩志

外一名

第六号事件被告

千葉県教育委員会

右代表者

磯貝豊

代理人

三橋三郎

外一名

第一七号事件被告

千葉県

右代表者

友納武人

代理人

三橋三郎

外三名

主文

被告千葉県教育委員会が原告に対し昭和三七年九月二九日付でなした解職処分はこれを取消す。

被告千葉県は原告に対し、九四、八〇〇円及び昭和三八年四月一日以降この裁判確定に至るまで一ケ月九、四八〇円の割合による金員を支払え。

原告の被告千葉県に対するその余の請求を棄却する。訴訟費用は、原告と被告千葉県教育委員会との間に生じた分は同被告の負担とし、原告と被告千葉県との間に生じた分はこれを二分し、その一を原告、その余を同被告の各負担とする。

事実《省略》

理由

第一被告委員会に対する請求について

一原告が昭和三七年三月東京教育大学を卒業し、同年四月一日被告委員会から千葉県公立学校教員として条件付で採用され、以来同県我孫子町立我孫子中学校に勤務していたこと、被告委員会が同年九月二九日原告を解職処分に付したことは当事者間に争いがない。

二原告は、本件解職処分は正当な処分事由がないのになされたものであると主張するので、以下処分事由の有無について判断することとするが、条件付職員の身分保障について争いがあるから、まずこの点について検討する。

(一) 地方公務員の採用について、地公法は成績主義の原則を掲げ(地公法一五条)、職員の採用は競争試験又は選考の方法によるべき旨規定している(同法一七条三年、四項)。しかし、競争試験又は選考の方法によつたからといつて、採用された者がその職における職務遂行能力を有し、職員として必要な適格性を保持するものであることを必ずしも保障するものではない。そこで、地公法二二条一項は「……職員の採用は、すべて条件付のものとし、その職員がその職において六月を勤務し、その間その職務を良好な成績で遂行したときに正式採用になるものとする。」と定めているのである。すなわち、条件付採用制度は、右の方法によつて採用された職員がその職における職務遂行能力を有する適格者であるかどうかを条件付採用期間中の勤務成績などから判定して、職員として正式採用するか否かを決定する職員の選択手続の最終段階の選択方法として採られている制度である。この意味で、条件付職員は条件付職員として正式採用されるまでの選択過程の途上にあり、条件付採用期間中その職務を良好な成績で遂行することを正式採用の条件とする特殊暫定的な地位にあるものということができる。

ところで、条件付職員に対する解職処分について、被告らは任命権者の広範囲な自由裁量に属すると主張し、原告は覊束裁量に属すると争うので、この点について考察する。

条件付職員は、地公法二九条の二により、正式職員の分限上の身分保障に関する同法二七条二項、二八条一ないし三項並びに不利益処分に関する不服申立てを認めた規定の適用がいずれも排除され、その分限については、条例で必要な事項を定めることができるとされている。同法が条件付職員と正式職員について右のような区別を設けたのは、条件職員はその職に必要な適格性を有するかどうかを検討すべき選択過程の途上にある職員であるから、その身分を他の正式職員の場合と同様に保障することは、条件付採用制度の趣旨に反するからである。しかし、条件付職員は競争試験又は選考の段階を経て次の選択過程に進んでおり、また、条件付採用制度は職員としての不適格者を排除して地公法の成績主義の原則の完壁を期するためのものであるから、条件付職員の分限はその目的を達するために必要な限度を超えない合理的な範囲にとどめなければならないとの制度上の制約が存するものと考えられる。千葉県に条件付職員の分限に関する条例(地公法二九条の二第二項)が制定されていないことは弁論の全趣旨により明らかであるが、前述の条件付採用制度の意義、目的に徴すると、条件付職員に対する分限処分は、地公法二八条一項四号に掲げる事由に該当する場合又は勤務成績の不良なこと、心身に故障があることその他の事由があつて、その職に引き続き任用しておくことが適当でないと認められる場合に限り許されるものというべきである(地公法と同趣旨の条件付採用制度を採る国家公務員法に基づく人事院規則一一―四第九条参照)。そして、条件付職員が正式採用されることに対する期待権を有するとともに、現に一定の給与を受けていることを考えると、その者の権利を剥奪する解職処分は覊束裁量に属するものと解すべきである。ただ、条件付職員は前述のように選択過程の途上にあり、正式職員と同様に身分を保障されているものではないから、前者に対する分限処分の場合は、後者に対する地公法二八条一項に基づく分限処分の場合に比べ、不適格事由の裁量についてより弾力性が認められるものといわなければならない。

次に、原告は、条件付職員の正式採用の拒否は勤務成績の不良を理由とするものでなくてはならず、しかも、教員である原告の場合には、東京教育大学において厳重な資格審査を経て、理科の中学校一級免許状を授与されているのであるから、条件付採用期間中の成績評価を特に過大視しなければならない必要性はなく、教員については正式採用を拒否し得る範囲が一般職員の場合に比較して極めて限定されていると主張する。しかしながら、条件付採用制度は不適格者の排除を目的とするものであり、その職に必要な適格性の有無は勤務成績だけではなく、その者の適性、性格、能力など種々の要素を総合して判断すべき事柄である。また、原告がその主張のような免許状を授与されていることは、原告がその免許状相当の教員となる資格を有することを意味するにとどまり、条件付採用期間中の原告の勤務成績の良否とは必ずしも関係がなく、まして、原告の教員としての適格性を裏付けるものではない。教員も他の一般職員と等しく公務員であり条件付採用制度の適用において両者を別異に取扱うべき合理的理由はないから、原告主張のように、教員については正式採用を拒否し得る範囲が一般職員の場合に比較して極めて限定されているものと一概にいうことはできない。原告が教員であり、その主張のような免許状を授与されていることは、処分事由の有無を検討するにあたつて考慮すれば足りるものと解すべきである。したがつて、原告の右主張は採用できない。

(二)  そこで、右見解に立つて、被告らの主張する本件解職処分事由の有無について順次検討する(以下、とくに年を示さない限り昭和三七年を指す。)。

1、〈証拠〉によると、我孫子中学校校長田口弥一郎は、五月下旬頃校内巡視をした際、仮校舎二階にある原告担任の一年D組の教室の廊下側の壁のテックスが他の教室の廊下に比べて破損個所が多かつたので、その頃職員室において原告に対し、右巡視結果を報告するとともに原告の教室の廊下側の壁のテックスに穴があいているのは、教育上、環境整備上生徒に影響を与えるから良く管理するよう注意をしたこと(原告が同校長から右壁を良くするよう注意されたことは当事者間に争いがない。)が認められる。

被告らは、原告は、「学校の管理は教育委員会ではないか、私の学級の生徒が右テックスを破損した証拠があるか。」などと反問して反抗的態度を示し、上司の命令に服しなかつたと主張する。証人田口弥一郎は、昭和三八年一〇月二五日の尋問においては、原告が田口校長の右注意に対し「学校の管理ということは教育委員会ではないですか。」と質問したので、同校長が基本的には教育委員会であるが直接の管理は同校長が一部委譲されている、原告担任の学級の教室の廊下のテックスの破損が激しいので申したのであると答えたところ、原告は「それでは私の学級の生徒があの廊下のテックスをこわしたという確信を校長は持つているか。」と反問したと供述し、昭和三九年二月二〇日の尋問においては、原告が同校長の右注意に対し「こうした建物のことについては管理は教育委員会ではないか。」と質問し、さらに、その廊下は原告の学級だけではなく、二階にある三つの学級の遊び場所であり、通路であると述べたので、同校長が原告の学級の生徒の出入りが一番多いからと答えたところ、原告「それでは私のクラスでやつたというう確証がありますか。」と反問したと供述している。しかしながら、「教育委員会ではないか。」「確信を校長は持つているか。」という言葉と、「教育委員会ではないですか。」「確証がありますか」という言葉とは、そのニュアンスが大いに異なる。すなわち、後者は相手に挑みかかるような反抗的態度を伴つて発せられることはないのを通常とする。そこで、原告が両者のうちいずれの言葉を用いたかを考察する。証人田口弥一郎、同太田裕子の各証言によると、田口校長の右注意を契機として同校長と原告との間になされた応答は特別異常な雰囲気の中で行われたものではないこと、同校長の右注意の真意は、原告にテックスの破損の修理を指示したものではなく、生徒がテックスを破損しないよう良く注意することを促したものであるのに、原告は右注意を受けてから五日位後にテックスの破損個所に画用紙を張つてその修理をしていることが認められ、これらの事実に原告が当時教員になつて二ケ月を経ない新任教諭であつたことをあわせ考えると、原告は後者の言葉を用いたものと推認される。そうすると、原告は、同校長と応答を交わすなかで、話の進展に応じて「学校の管理ということは教育委員会ではないですか。」「それでは私のクラスでやつたという確証がありますか。」という質問形式の発言をしたものと認められる。原告の右発言が相手方たる田口校長にとつて多少反抗的響きをもつて聞えたことは否定できないとしても、右発言が格別上司に反抗する態度から出たものと認めるに足りる証拠はない。また、前記認定のとおり、原告は同校長の注意を受けてから五日位後に自ら応急的な修理をしているのである。してみると、同校長の右注意をめぐる原告の態度にはなんら責められるべき点はないものというべきである。

2、〈証拠〉によれば、原告は、六月一三日その担任の一年D組の生徒にホームルーム指導をする際、生徒が用便に無断で出るのを見逃していたこと、乱雑な板書をしていたことが認められ、〈証拠判断省略〉。

3、原告が六月二五日開催された第二小学校学区のPTA懇談会において、校長の許可を得ないで発言をしたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右懇談会は第二小学校講堂において職員と父兄が少し離れて対座しながら行われたこと、その席上父兄から、ある学年のある学級で生徒の喧嘩を一人の先生は見ており、他の先生は止めたという事実があるが、我孫子中学校の職員の間には教育指導上の意思統一ができていないのではないかという趣旨の質問があつたこと、原告は、この質問を後記8認定の原告担任の学級の生徒の喧嘩のことであると思い、父兄席の後方から手を上げて立ちあがり、右喧嘩の経緯について発言をしたことが認められる。被告らは、原告が対外的に独自の発言をしたと主張し、前記田口証人の証言中には原告が「確かにそういう事実がありました。我孫子中学校では職員の意思統一が一つになつておりません。」という発言をした旨の供述部分がある。しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告は自己担任の学級の生徒の指導上の問題で学校の評判が悪くなつてはいけないと考えて責任を感じ、右喧嘩の経緯を説明し、原告と喧嘩を止めた菅谷教諭との間に指導上の意見が食い違つているのではないことを明らかにする意図のもとに発言をしたことが認められ、この事実に照すと、田口証人の右供述部分はたやすく信用できない。他に原告が同中学校の指導方針に反る独自の発言をしたことを認めるに足りる証拠はない。そこで、原告が父兄席の後方から校長の許可を得ないで発言したことの当否について考えるに原告が右懇談会において終始父兄席にいたのか、あるいは父兄が右質問をした際なんらかの理由でたまたま父兄席にいたためその場で発言するに至つたものかは、本件全証拠によるも明らかでない。また、〈証拠〉によると、父兄の右質問は学校側に対する質問であつて、特定の者の答弁を求めたものではなかつたこと、我孫子中学校においては、PTAなどの会合では主任以上の者が発言する機会が実際上多かつたが、発言の順序、方法(校長の許可の要否を含む。)についてこれといつた慣例はなかつたこと、父兄の右質問に対しては、原告の発言に続いて田口校長が発言し、父兄から異論が出ることもなく懇談会は円満に終了したことが認められ、〈証拠判図省略〉右の認定の事実に前記認定の原告の右発言の意図をあわせ考えると、原告に多少軽率な点はあつたにせよ、原告が父兄席の後方から校長の許可を得ないで発言したことをもつて処分事由となすことは相当でない。

4、我孫子中学校では、掃除は朝と放課後に実施するよう定められていたこと、原告が担任の一年D組の生徒に昼休みに掃除をさせたことは当事者間に争いがない。被告らは、原告はその担任の学級の生徒に昼休みに掃除すべきであると決議させたうえ、学年会でその旨主張し、これを実施したと主張する。〈証拠〉によれば、原告担任の一年D組においても教室の掃除を朝と放課後の二回行つてきたが、五月頃になつて生徒の間に教室内に塵を散らさないようにし、かつ掃除の仕方を良くすれば一回で足りるのではないかという声が起り、教室の掃除は昼休みに一回しようというてとに生徒の意見がまとまつたので、原告も生徒の自主的な意見を尊重すべきだと考え、一年の学年会にその旨諮問したところ、どの方法がより効果的であるか試験的に実施してよいとの承認を得たので、原告はこれを実施したこと、一年の学年主任菅谷五郎がその頃田口校長に右学年会の結果を報告したところ、同校長も一年D組が教室の掃除を試験的に昼休み一回実施することを了承したことが認められ、〈証拠判断省略〉。してみると、原告が一年D組の生徒に教室の掃除を昼休みに実施させたことをもつて、生徒指導及び学級経営の上で非難すべき点があるとはいえないから、この点を処分事由とするのは失当である。

5、被告らは、原告は六月四日子供達が認めないものは学校規則ではないと学年会で言い張り、さらに自己の意見が通らないと会議中にオルガンを弾くなどの行動に出たと主張し、証人田口弥一郎、同庄司孝一の各証言中には右主張にそう供述部分があるが、いずれも伝聞にすぎず(ことに、庄司証人の証言は菅谷五郎の報告に基づくとしてなされているところ、証人菅谷五郎の証言によれば、菅谷五郎が我孫子中学校に在職したのは五月三一日までであつて、六月四日にはすでに他校に転じていたことが明らかである。)右供述部分のみによつては被告らの右主張事実を認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

6、〈証拠〉によれば田口校長は、原告担任の一年D組が昼休みに掃除を実施しはじめてから約一週間後、一年の学年主任菅谷五郎に対し、昼休みの掃除は日課表を歪めるので原告にこれを止めさせるよう命令したが、右菅谷は同校長の右命令を原告に伝達しなかつたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によると、被告ら主張のように、同校長の右命令に直ちに従わなかつたとして原告を問責することは許されないものというべきである。

7、被告らは、原告の教育課程の進度は、自己の専門のコースのみ進め他は遅れていたと主張する。〈証拠〉中には右主張を肯定する趣旨の記載並びに供述部分があるが、〈証拠〉に照すときはいずれもこれを信用できないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

8、〈証拠〉を総合すると、五月一四日午後、一年生の健康診断がA組から順々に実施されることになつていたので、原告は仮校舎二階の一年D組の教室において、生徒の掃除を手伝いながら順番の来るのを生徒と共に待つていたところ、篠原正と鎌形某の二人が些細なことで喧嘩を始めたこと、その喧嘩はこづき合いから取つ組み合いを経て、床に転んでのもみ合いとなつたが、原告はその模様を二、三メートル離れた位置から見守つていたこと、喧嘩が始つて二、三分後に健康診断の開始を知らせるため同教室にやつて来た菅谷五郎教諭が右喧嘩を目撃し、直ちに、転んでもみ合つている二人を切り離してその場に立たせ、いきなり二人に往復びんたを加えたこと、その後、一年D組の生徒は健康診断を受けたことが認められ、〈証拠判断省略〉。

被告らは、原告は生徒を健康診断に出さないで、生徒四人を二組に分けて喧嘩をさせていたと主張し、〈証拠〉中にはこれにそう供述部分があるが、右認定の事実に照し到底信用できない。被告らは、さらに、原告は喧嘩を傍観していたと主張するので、この点について検討するに、原告本人尋問の結果によれば、原告は、かねて一年D組の生徒に先生も生徒も暴力は絶対いけないと教えていたうえ、生徒の喧嘩は怪我などの事故が発生しないよう留意しなければならないと同時に、その方法いかんによつて教育的に意味のある制止の仕方もあると考えていたこと、篠原と鎌形の喧嘩には、教室内の机が片方に寄せられていたこともあつてそれほど大きな危険が感じられなかつたので、原告は、喧嘩の程度や囲りにいる生徒達の態度を観察しつつ、また、この喧嘩のことをホームルーム指導の課題にしようと考えながら、喧嘩を止める適当な時機を窺つていた矢先に、菅谷教諭がはいつて来て、原告が同教諭に声をかける間もなくその喧嘩を止めたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によると、原告が喧嘩を直ちに止めなかつたという意味では傍観していたといえる反面、それが単なる傍観にとどまらないこともまた明らかである。学校の教員が校内における生徒の健康、安全について十分の配慮をなすべきことはいうまでもない。したがつて、生徒が喧嘩をしている場合には、事態を適確に判断して、生徒が暴力行為に及んだり又はこれを継続したりしてその生命、身体に危害が生ずることのないよう適切かつ迅速な措置を講ずべきは当然である。この際、教育的な配慮が必要なことはもちろんであるが、そのために生徒の安全が損われるようなことがあつてはならない。この見地から原告のとつた措置の当否を考えてみるに、教室内の机が片方に寄せられていたとはいえ、原告が喧嘩を目撃した時には、篠原と鎌形の二人はすでに互に暴力に訴え、こづき合いをしていたのであるから、原告としてはその段階において直ちに二人の喧嘩を制止し、それ以上無用の暴力行為を続けないようにすべきであつたと思われる。原告が教育的配慮から適当な制止の時機を窺つていたことは理解し得ないではないが、右の段階においてまず制止し、しかる後に、喧嘩の当事者をはじめ学級の生徒に適切な指導と助言をすることによつても教育的目的は十分果すことができたと考えられるからこの点において、原告のとつた措置は生徒の生活指導上適切を欠いたとの非難を免れない。

9、〈証拠〉によれば、原告は放課後教室内でグループ活動(特別教育活動)のリーダーを指導する際、たばこを吸つてその灰を牛乳瓶の中に入れ、机に白墨で書きながら指導していたことがあることが認められる。

被告らは、さらに、原告は一部の生徒の発言のみを取りあげ、教卓に坐つて指導していたと主張するが、本件を通じ右主張事実を認むべき証拠はない。

10、被告らは、原告は家庭訪問を一部の生徒のところのみ行つたと主張する。しかし、〈証拠〉によつても原告が家庭訪問そのものを一部の生徒のところのみ行つたという事実を認めることはできないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

11、〈証拠〉によれば、原告が作成した一年D組の出席簿には、学年、学級、生徒、番号などの記載漏れをはじめ、日々の欄に事故欠席と記載しながら月の整理欄には病気欠席と記載したり、休日欄の朱線を定規を用いずに手で引いたり、日々平均出欠席人員及び出席歩合を間違つて記載したり、あるいは整理欄の一部に記載を欠いたりなどの個所があつて、誤りの多い粗雑な出席簿であること、原告は六月一三日現在同月分の出席簿に生徒の氏名を記入していなかつたことが認められる。

12、〈証拠〉によれば、原告は、五月一日から九月二五日までの間に日直を二回、宿直を一六回それぞれ行い、その都度学校日誌、宿直日誌を付けているが、宿直日誌のなかには巡視時間及び異状の有無についての記載を欠くものが二回(五月の二四日と三〇日の分)、巡視時間の記載を欠くものが二回(六月の一七日と二二日の分)あることが認められる。被告らは、原告は学校日誌にも所定の事項を記載しなかつたと主張するが、〈証拠〉によれば、原告が付けた二回の学校日誌の各欄には他の職員のそれと同程度の内容がそれぞれ記載されていることが認められるので、右主張は失当である。

13、我孫子町公立学校職員服務規程第五条により、職員は着任したときは、履歴書その他の書類を校長に提出しなければならないことになつているところ、〈証拠〉によれば、原告は、四月二二日頃田口校長から辞令の交付を受けた際、履歴書の提出を求められていながらなかなか提出せず、数回の督促の結果七月上旬ようやくこれを提出したことが認められる。

14、原告の付けた宿直日誌に巡視時間の記載のないものが五、六月に前後四回あることは先に認定したとおりであるが、このことから直ちに原告が巡視を怠つた事実を認めることはできないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。〈証拠〉によれば、原告は、当時独身者で食事の用意がなかつたので、宿直勤務中何回かにわたり、我孫子中学校から約五〇〇メートル離れたところにあるそば屋に夕食のため出かけ、その間学校を空けたことがあることが認められ、〈証拠判断省略〉。

ところで、被告らは、原告は宿直勤務を指導されたとおりにやらなかつたと主張する。〈証拠〉中には庄司孝一教頭が四月原告に対し宿直日誌の記載方法を指導したとの供述部分があるが、右供述部分はたやすく信用できないし、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。〈証拠〉によると、田口校長は原告に対し、四月、五月は巡視の時間は書いてあるが、その後は書いてないと言つて巡視時間を記載するよう指導したことが認められるが、右指導の時期を明らかにすべき証拠はない。また、〈証拠〉によると、庄司教頭は、七月頃用務員の島田寛二から原告が宿直勤務中学校を空けると伝え聞き、職員の朝の打合せ会において原告を含む職員に対し、宿直のとき学校を空けないよう注意したことが認められるが、その後において原告が宿直勤務中学校を空けた事実を認むべき証拠はない。そうすると、田口校長や庄司教頭の右指導又は注意にもかかわらず、原告が宿直日誌の記載を怠り、あるいは宿直のときに学校を空けたとはにわかに断定できないから、被告らの右主張は失当である。

15、原告は、会議中でも、自己の意見が入れられないとオルガンを弾くなどの行動に出るとの被告ら主張事実は、5において述べたとおり、これを認むべき証拠がない。

16、〈証拠〉によれば、原告は、我孫子中学校の運営機構上教務部庶務係に属していたが、同部会に出席しないことがあつたことが認められる。

17、被告らは、原告は上司の指導にいつも従わないと主張するが、そのように断定できないことは、1において認定した事実及び後記認定の原告が庄司教頭の指導に従つて出席簿の休日欄の朱線を定規を用いて引いた事実に照し、明らかである。

18、〈証拠〉によれば、原告は六、七月頃職員の朝の打合せ会に出席せず、原告と同じように出席を怠つた他の職員とともに田口校長から注意を受けたことが認められる。

19、〈証拠〉を総合すると、原告は、七、八月頃校庭において女子生徒の赤色のネクタイを巻いた麦わら帽子を被り、また、下駄履きで出勤したことがあること、八月一日の朝礼の際麦わら帽子を被つていて田口校長から注意されたが原告はこれを脱がなかつたことが認められる。被告らは、原告は八月頃職員室で右帽子を被つていて注意を受けた際もこれを脱がなかつたと主張するが、本件全証拠によるも右主張事実を認めることはできない。

(三)  〈証拠〉によれば、我孫子中学校長田口弥一郎は八月一日原告の勤務評定を行い、その結果、原告は、職務の状況として「(1)学級経営は、一貫性なく適切でない。(2)学習指導は、粗雑で指導性が足りない。(3)校務の処理は、極めてまずい。」服務の状況として、「(1)責任感、(2)協力、(3)公正、(4)規律は、いずれも十分とはいえない。」適正・能力(指導力)として「常規を逸した言動が指導にも現われている。」概評として「無軌道なものの考え方や自由人としての生活態度をもつて事を律し、教育を実施している。との評価を受け、公立学校の教員としては適格性を欠いていると評定されたこと、我孫子町教育委員会教育長吉植三郎は、同月二〇日原告に対する勤務評定の調整をした結果、原告は公立学校の教員としては不適格であり、解雇が妥当であると評定したこと、同町教育委員会が九月二五日被告委員会に対し原告の解職を内申したので、被告委員会は、原告は勤務成績が不良で、公立学校の教員としての適格性を欠き、引続き任用しておくことは適当でないと認めて、原告を本件解職処分に付したことが認められる。

右評定及び本件解職処分は、前記(二)において認定した事実を総合してなされたものであるところ、右認定によれば、そのうち1、3ないし7、10、15、17の事実はいずれも処分事由に当らないから、処分事由として原告の責任を問い得るのは2、8、9、11ないし14、16、19の事実だけである。そうすると、本件解職処分には処分事由とされた相当重要な部分が欠けていることとなり、また、処分事由となり得る事実の中でも8、9、12、14、19の事実については、かなりの事実誤認があることが明らかである。

そこで、処分事由となり得る事実をもつて、原告が教員としての適格性を欠いていたといえるかどうかを検討する。

右事実中、2の事実は、原告に生徒の掌握及び指導上の技術の面で不十分な点があつたことを示すものであるが、〈証拠〉によれば、原告は若さに満ちて熱心にホームルーム指導をしていたことが認められる。8の事実については、〈証拠〉によると、吉植三郎教育長が原告を教員として不適格であり、解職が妥当と評定した主要な理由となつているところ、先に認定したとおり、原告は、被告ら主張のように生徒に喧嘩をさせて単に傍観していたのではなく、篠原と鎌形が始めた喧嘩を制止すべく適当な時機を窺つているうち、偶然その場に来合せた菅谷教諭が右喧嘩を止めたものであること及び右二人はいずれも右喧嘩によつてその身体に被害を蒙らなかつたこと(この事実は〈証拠〉により認める。)を考慮すれば、処分事由としてそれほど重要視すべきではない。9の事実は、正規の授業ではなくて放課後の特別教育活動であつたために、たまたまそのような行為に及んだものと推認される。11ないし13の事実によると、原告の校務処理は極めてまずいといわなければならない。特に、出席簿は生徒の出席状況を明らかにするため作成される公簿であるから、その記載の誤り、粗雑、遺漏は重大な事実である。この点に関し、原告は、出席簿、宿直日誌の記載は、教育の中でも事務処理の技術であり、一般的にいつて、教諭になつて二、三ケ月は必ずしも十分な処理ができないのが常識である、また、校務処理の杜撰さは上司の指導により是正されるものであるのに、校長や教頭が原告を指導した形跡はないと主張する。出席簿、宿直日誌の記載が校務処理の技術であることは原告主張のとおりであるが、〈証拠〉によれば、右両表簿の記載が新任教諭にとつて必ずしも十分な処理ができないほど困難であるとは認められない。〈証拠〉によれば、庄司教頭が四月末頃出席簿の休日欄の朱線は定規を用いて引くよう原告を指導し、田口校長が六月一三日原告に対し、同月分の出席簿に生徒の氏名を記入するよう注意をしたところ、原告は右指導や注意に従い、朱線は五月分以降定規を用いて引くよう改め、六月分の出席簿には生徒の氏名を記入したことが認められるから、事務処理の杜撰さが上司の指導により是正されることは確かであるが、もともと、出席簿や宿直日誌の記載のごとき事務処理は、前認定のとおりそれほど困難な事務ではないのであるから、上司の指導の有無にかかわらず適正な処理がなされるべきものである。したがつて、校長や教頭の原告に対する右両表簿の記載方法についての指導に欠けるところがあつたとしても、そのことの故に原告の責任が軽減されることにはならない。〈証拠〉によれば、原告の右両表簿の記載に前記の欠陥があるのは、原告が右両表簿の重要性を認識せず、その記載に十分意を用いなかつたからであることが認められる。しかし右欠陥のうち、休日欄の朱線は五月分以降定規を用いて引いたこと、六月分の出席簿に生徒の氏名を記入したことは前認定のとおりであり、〈証拠〉によれば、日々平均出欠席人員、出席歩合の計算方法は二通りあり、どの方法によるかによつて若干誤差が生じ、現に右の点についての四月分の記載は、一年の学年主任菅谷五郎が原告の指導のために自ら計算して記載したものであるのに、なお誤りと指摘されていること、被告委員会が乙第五号証に誤りと指摘しているもののなかには、「日曜日」を「日曜」、「子どもの日」を「子供の日」と記載したため誤りとされたものなどとりたてて誤つているといえないものもあることが認められる。14の事実については、原告が学校を空けたのは夕食のため外出したからであり、また、〈証拠〉によれば、宿直の際夕食のため間外出するのは原告のみに限らないことが認められるから、宿直勤務中の外出を処分事由として重要視するのは当を得ない。16の事実については、当該部会の時期、目的、原告の欠席回数とその原因が本件全証拠によるも明らかでないから、これを重要な処分事由と断ずることはできない。18の事実については16の事実と同様のことがいえるのみならず、朝の打合せ会に欠席したのはひとり原告のみに限らないこともあわせ考えるべきである。19の事実については、教員にふさわしい態度服装とは認められず、とりわけ朝礼の際田口校長から注意されたのに麦わら帽子を脱がなかつた点は相応の非難を受けてもやむを得ないというべきである。

他方〈証拠〉を総合すると、原告は、東京教育大学農学部林学科を卒業後進んで教員の道を選択し、我孫子中学校の理科担当の教諭となつたもので、積極性、研究心もあり、授業及び生徒指導は技術的に未熟な点はあるものの熱心に行い、生徒にも親しみを持たれていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実を総合して判断すると、前記処分事由となり得る事実は、いずれも、原告がそれらの点を深く反省して努力し、教員としての経験を重ねることによつて容易に矯正することができる程度のものであり、かつ原告はその能力を有しているものと認めるのが相当である。

田口校長の原告に対する前記勤務評定は、一部妥当なところもあるが、全体としてこれを考察すると、前述のようにその前提とした事実に誤認があるうえ、原告の責任を問い得る事実についても、かなり酷な採点をし寛容さに欠けている面があつて、右評定結果をそのまま信用することはできない。そうすると、原告については、原告が条件付職員であることを考慮してもなお、教員としての適格性を欠いているものとにわかに断定することはできない。

三原告が教員としての適格性を欠いているとの判断からなされた本件解職処分は、結局、前述の裁量基準を逸脱するものであると解せざるを得ないから、違法な処分として取消をれない。

第二被告千葉県に対する請求について

一以上判断したとおり、本件解職処分は違法なものとして取消を免れないから、原告は民法五三六条二項により右解職処分後も被告千葉県に対し給料請求権を有するものといわなければならない。しかして、原告が右解職処分当時被告千葉県から一ケ月一五、八〇〇円の給料を支給されていたことは右当事者間に争いがないので、原告は右解職処分後の昭和三七年一〇月一日以降毎月右金額の給料請求権を被告千葉県に対して有することとなる。

二そこで、被告千葉県主張の中間収入控除の抗弁について検討する。

原告が昭和三八年四月一日から昭和四一年三月三一日まで学校法人和光学園に中学校教諭として勤務し、同年四月一日から現在に至るまで学校法人中央学院に高等学校教諭として勤務し、その間一ケ月二〇、〇〇〇円ないし四〇、〇〇〇円の給与収入を得てきたことは右当事者間に争いがなく、右事実によれば、原告は今後も右中央学院に勤務し右程度の給与収入を継続して得て行くものと推認することができる。

原告のような被解職者が解職期間中に他の職に就いて収入を得た場合、右収入をその者の受くべき給料額から控除することの可否及びその限度については見解の分れるところであるが、当裁判所は右収入が副業的なものであつて解職がなくても当然取得し得るなど特段の事情がない限り、右収入を給料額から控除することができ、その限度は給料額の四割の範囲内にとどめるべきものと解するを相当とする。そして、前記認定の事実によると、原告の右収入について右特段の事情を認めることはできないので、被告千葉県の抗弁は右の限度において理由があるものというべきである。

そうすると、原告が本件解職処分後の昭和三七年一〇月一日から昭和三八年三月三一日までに受くべかりし給料総額は九四、八〇〇円となり、同年四月一日以降の一ケ月の給料額は一五、八〇〇円からその四割の六、三二〇円を控除した残額九、四八〇円となる。

三してみると、原告の被告千葉県に対する給料請求は、昭和三七年一〇月一日から昭和三八年三月三一日までの給料総額九四、八〇〇円、同年四月一日以降この裁判確定に至るまで一ケ月九、四八〇円の給料の支払を求める限度においては理由があるが、その余は失当である。

第三よつて原告の本訴請求のうち、被告委員会に対する請求は正当としてこれを認容し、被告千葉県に対する請求は右認定の限度において正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条を適用し、なお、給料支払の部分についての仮執行宣言の申立は相当でないから、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(渡辺桂二 川口春利 勝又護郎)

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