大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

千葉地方裁判所 昭和44年(ワ)424号 判決

原告 木村政勇

〈ほか四名〉

右原告五名訴訟代理人弁護士 小池義夫

同 佐伯仁

同 工藤勇治

同 平松暁子

被告 千葉県

右代表者知事 友納武人

右訴訟代理人弁護士 大橋弘利

右指定代理人千葉県技術吏員 鈴木高

〈ほか二名〉

主文

一、原告らの請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、申立て

(原告ら)

一、被告は原告木村政勇に対し、五五〇、〇〇〇円、同木村輝子に対し二〇〇、〇〇〇円、同木村猛、同木村義夫、同木村順子に対し各五〇、〇〇〇円および右各金員に対する訴状送達日の翌日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言

(被告)

主文同旨。

第二、請求の原因

一、被告が建築した県営住宅

被告は、千葉県船橋市薬円台町二丁目二〇六番地被告所有宅地六、三二五平方米に昭和四三年度RC四階建県営住宅を同地上既存の昭和四二年度県営住宅三棟に引続き建設することを企画し、右既存の三棟の北側に並列して鉄筋コンクリート造り陸屋根四階建建物三棟(以下被告建物という)を昭和四三年七月着工し昭和四四年四月完成した。

二、原告らの居住地とその環境

原告木村政勇(以下原告政勇という)は、昭和二五年以降、被告建物の敷地の北側、五メートルの公道を隔てて隣接する土地で、被告建物三棟のうち東端の一棟(以下これを本件アパートという)の真北にあたる宅地一六五・二八平方米(以下これを原告ら元居住地という)に、木造平家建家屋(七九・三三平方米、以下原告旧宅という)を所有し居住していた者であり、原告輝子は同政勇の妻で、同猛、同義夫、同順子は原告政勇、同輝子の子であって、いずれも当初から、または誕生以来、原告政勇の家族として同人と生活を共にしている者である。

原告ら元居住地は新京成電鉄習志野駅から約三〇〇メートルにあり附近一帯は広い敷地をもつ薬円台高等学校、大浜、めぐみ、二宮各幼稚園、恩寵園、防衛庁寮を中心に広大な田畑がとり囲む閑静な土地であり、最近二年ほどのうちに宅地造成が漸く進みつつあるが、未だきわめて部分的であって、田園の気風が満喫され、当地住民は充分な採光、通風のなかで生活してきた。

本件アパートを含む県営住宅の敷地はもと日本陸軍東部軍教育隊兵舎一棟が境界線から約二〇米離れて存在するのみで、戦後もそのまま放置されてきた。そのため、原告旧宅も採光、通風はきわめて良好であって、従来原告らは健康で快適な生活を享受してきたのである。

三、被告の加害行為

本件アパートの完成により次のような事態が発生する。

1  日照の遮断

本件アパートのため、従前百パーセントの日照を享けてきた原告旧宅は、冬至において午前一〇時四五分から午後二時までしか日光があたらず、一一月中旬から二月中頃まで日照は甚だしく妨害されることになる。

2  通風の障害

また夏は本件アパートが壁となって南風をさえぎる結果、一段と暑くなり、むし風呂に入っているような状態になることは必定であり、冬は本件アパートにぶつかった北風が下降し、転じて原告旧宅に南から吹きつけることになる。

3  原告旧宅に対する観望

本件アパートの二階ないし四階の窓から原告旧宅を観望すれば居室奥深くまでまる見えである。従って原告とその家族は常時他人の監視、盗み見の下で生活をしなければならない。

四、加害行為の違法性

1  日照権侵害

(一) 住居において直射日光および通風を享受することは、健康で文化的な生活を維持するために必要不可欠な、従って法的に保護されるべき生活利益であって、人格権の一種としてこれを日照権(および通風権)と呼ぶことができる。

(二) 都市の過密化に伴い日照の侵害が多発するに及び、昭和三〇年頃から日照問題が世論を動かすことになったが、日照権は昭和三五年以降法律専門雑誌等がこの語を用いはじめるや、マスコミもしばしば日照に関する生活侵害問題をとりあげて日照権侵害として論じ、次第に一般人にこれを法的権利として意識させるに至った。そしてさらに日照に関する数次の判決例が出現するに及んで一般の関心は更に高まり、今や日照に関する生活利益は権利として定着したといってよい。

(三) 日照権の具体的内容は冬至四時間の日照を確保することとみるのが相当である。

(1) 昭和一六年厚生省住宅規格協議会決議による「住宅及其ノ敷地設計基準」は標準冬時六時間、最少冬至四時間の日照を確保することとし、同二三年建設省住宅基準調査委員会の住宅基準にも冬至四時間完全日照の定めがあり、これは公的、私的建築設計の基本とされてきた。

(2) 公営住宅については昭和三三年住発第九三号、同三七年住発第六五号建設省住宅局長より都道府県知事宛公営住宅設計基準、公団住宅については公団住宅基準(昭和三八年七月二六日住宅公団達第一三号(イ))がいずれも冬至四時間の日照確保を定めている。

(3) 建築業界では古くから冬至における南側建物の影深を基準にして南北の隣棟間隔を定めており、東京(北緯三五度四一分)で冬至四時間日照を得るためには南北の隣棟間隔を南側建物の高さの一、九倍とする必要がある。そこでこの比率が公私を問わず一般に建築の基準とされている。

(4) 医学的にみても住宅の日照は最少限四時間であり、八時間が適切とされており、冬至四時間の日照確保は常識となっている。

(四) 以上のように日照権として冬至四時間の日照が確保されるべきであるところ、本件アパートにより原告らはこれを侵害されている。

2  生活侵害

日照権が未だ権利として確定した内容をもつに至っていないとしても、およそ住宅における日照、通風の確保は、快適で健康な生活の享受のために必要不可缺な生活利益であることは明らかであり、自然から与えられた万人共有の資源である。かかる生活利益としての日照、通風の確保は可能な限り法的保護を与えられなければならず、日照、通風の妨害が被害者の受忍すべき限度を超えるときは違法な生活侵害として不法行為を構成することは明らかである(昭和四一年一〇月一日東京地裁、四二年一〇月二六日東京高裁、判例時報四九七、四三年七月一六日福岡地裁同五二八、四三年九月一〇日東京地裁各判決判例タイムス二二七参照)。

原告ら元居住地周辺は前記のとおり日照通風がきわめて尊重されるべき土地環境であり、原告らの蒙る損害は後述のように重大であって受忍の程度を明らかに超えている。

3  建設基準違反

(一) 前記公営住宅設計基準第3章1通則(4)は「公営住宅と団地外の他の建物との距離は日照上支障のないものとすること」と規定しており、さらに①同第1章3には「住宅の建設は都市建設の一環として快適な住宅を集団的に建設し」、②同第3章1(3)には「各棟の配置にあっては通風方向、日照を考慮し、③同章2(2)には「各棟の南北隣棟間隔は平家建住宅にあっては6Mを標準とし、2階建にあっては別表第1により冬至4時間の日照が確保されるように定めること」と定めている。右①ないし③は公営住宅自体についての定めであるが、他の建物に対する関係では、なおさら右基準の趣旨が尊重されねばならない。従って、前記基準は公営住宅の建設にあたっては他の建物の日照に支障を与えてはならず、少くとも冬至四時間の日照を確保すべきことを定めていると解すべきである。また同様に右の別表第一により本件アパートと原告宅までの隣棟間隔は本件アパートの軒高までの高さの一・九三〇倍が確保されねばならないというべきである。従ってこれに反する本件アパートの建設は違法である。

(二) 前記公営住宅設計基準第3章1(3)は「各棟の配置にあたっては住宅のプライバシイを保ち……計画すること」と定めており、他の建物に対する関係では、より一層そのプライバシイの確保に努めるべきは当然であるから原告宅を易易と観望できるままに放置し何らの措置を施さないことは違法というべきである。

のみならず日常生活の隅隅まで他人に窺知されることから保護されるべきは当然の事理であって、私生活の非公然性は近時プライバシーとして確立された権利である。従ってこれを侵害する本件アパートの建設は違法である。

五、被告の違法行為による原告らの転居

(一)  昭和四三年末、被告建物が内外装を残して骨格を完成するに及んで、原告らは従来、日照と通風にめぐまれた快適な生活から一転して暗くじめじめした生活をしいられることになった。電燈の光を必要とする時間は従来の冬期に比してはるかに長くなり、寒さは厳しく暖房費用が増大し、洗濯物も乾きにくくなり、よけいに洗濯屋に委託することになって洗濯代もかさんだ。

(二)  こうして被告により原告らが強いられる不快な生活は精神的、肉体的、経済的に耐え難いものであり、それが将来に向って永続すること、さらに日照通風の遮断により原告旧宅が畳、家具と共に早く朽廃するに至るであろうことは明らかである。この耐え難い生活から逃れるには他所に移転する他はない。

(三)  そこで原告らは思い悩んだ末、移転することを決意し、原告政勇は、原告ら元居住地の所有者である国(関東財務局千葉財務部)と、折衝し、代替地の提供を懇願した。その結果、船橋市薬円台二丁目二七三番二六(現居住地)に代替地の提供を受けることになり昭和四四年三月三一日、国との間で原告ら元居住地に関する賃貸借契約を同年九月三〇日をもって解約する旨約し同日かぎり原告らはその元居住地から退去してこれを国に明渡し、右代替地に転居した。

六、精神的損害

(一)  かくして原告らは被告の違法行為によって強いられた不快な生活から脱したが、原告政勇、同輝子は原告ら元居住地に永住するつもりであったし、すでに二〇年をここに経ている。右両名としてはその意に反して住みなれた原告ら元居住地を離れざるを得ない次第となったのであって、その精神的打撃は甚大であり、後記(二)の損害と併せて、これを慰藉するには各二〇〇、〇〇〇円をもって相当とする。

(二)  また、原告らは昭和四三年秋から四四年九月末日までの間前記のとおり、冬期においては寒さと暗さに、夏季においてはむし暑さに耐え忍んできた。さらに被告建物に居住者が入った昭和四四年四月以降は他人の監視、盗み見の下での生活を余儀なくされた。

この精神的打撃も大であって、これを慰藉するには各五〇、〇〇〇円をもって相当とする。

七、物的損害

原告ら元居住地に関する前記土地賃貸借契約およびその解除においては、原告らがその権限にもとづいて地上に設置した建物その他の工作物について買取、有益費償還その他一切の請求ができないものとされていた。そのため原告旧宅の所有者である原告政勇は土地明渡にあたって原告旧宅に対する権利を対価なくして喪失した。原告旧宅(四六・二八平方米)の現価は少くとも七〇〇、〇〇〇円(三・三平方米当り五〇、〇〇〇円)であるから原告政勇は被告の前記違法行為の結果、同額の損害を蒙ったものである。

八、よって原告政勇は民法七〇九条にもとづき被告に対し、精神的損害として二〇〇、〇〇〇円、物的損害として前項の七〇〇、〇〇〇円のうち三五〇、〇〇〇円、合計五五〇、〇〇〇円、同輝子は同じく精神的損害として二〇〇、〇〇〇円、同猛、同義夫、同順子は同じく精神的損害として各五〇、〇〇〇円の各賠償と、右各金員に対する訴状送達日の翌日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三答弁

一、請求原因一の事実は、そのうち宅地面積の点を除き、これを認める。

宅地面積は、六、一九五・四五平方米である。

二、請求原因二の事実は、前段のうち原告らが被告建物の北側に公道を隔てて居住していたことを認め、居住の始期、宅地および家屋の面積、家屋の所有名義、家族の点は不知。公道の幅員を否認する。

中段のうち原告ら元居住地の位置および付近建物の名称を認め、その余を争う。

後段のうち原告らの住居の状況は不知、その余を認める。

三、請求原因三の(1)のうち従前の日照の点は不知、その余を否認する。

(2)および(3)の事実を否認する。

四、請求原因四の1(日照権侵害)のうち(一)の日照権および通風権の見解を争う。(二)の日照権および日照に関する生活利益が権利として定着したとの点を争い、その余を認める。(三)のうち冒頭の点を争い、(1)、(3)、(4)は不知、(2)を認める。(四)を争う。

2(生活侵害)のうち判例の存することを認め、その余を争う。

3(建設基準違反)のうち(一)および(二)の公営住宅設計基準に主張の如き記載のあることを認め、その余を争う。

五、請求原因五の事実(一)、(二)のうち昭和四三年末に被告建物が完成に近づいた点を認め、その余を否認する。(三)のうち原告政勇と国との土地貸付契約が解除されたことを認め、日時、解除の動機、理由等の点をすべて否認する。

六、請求原因六の(一)および(二)のうち原告らの居住期間は不知、その余を否認する。

七、請求原因七のうち原告政勇が損害を蒙ったとの点を否認し、その余は不知。

原告政勇がその所有建物の敷地に関する国との土地貸付契約を解除した経緯については、後に被告の主張において述べるとおりで、被告建物の建設がその原因となったものではない。原告らは原告政勇所有であった原告旧宅の権利を対価なくして喪失したというが、登記簿の記載によると、昭和四四年九月一九日売買を原因として訴外室井薫に所有権移転が行われており、右主張が誤りであることが明らかである。また国との土地貸付契約の解除に伴い原告ら主張のとおり家屋等の買取がなされないとしても、これは自から国と締結した契約の効果に基づくもので、被告がその原因を生ぜしめているものではない。従っていずれにしても原告らの主張は理由がない。

八、請求原因八の主張を争う。

第四被告の主張

一、1 被告は船橋市薬円台二丁目所在の国有地六、一九五・四五平方米を払下げ昭和四二年度に県営住宅として鉄筋コンクリート造陸屋根四階建物三棟を建設したのに引続き同四三年度分として同様の建物三棟(被告建物)を建設することとし同四三年八月二八日訴外株式会社石川組と請負契約をなし、同四四年三月末日完成し、同年四月二五日入居を開始した。被告建物の東側には昭和三八年度及び同三九年度分の改良住宅として鉄筋コンクリート造陸屋根三階建建物四棟が建設せられている(別紙図面参照)。本件土地は建築基準法(以下建基法と略称する)上の住居地域に属し専用地区又は空地地区の指定はない。

2 被告建物は公営住宅法に定められた第一種住宅一棟と第二種住宅二棟であるが何れも住宅に困窮する低額所得者に対し低廉なる家賃で賃貸することを目的としている。原告旧宅の南側にある被告建物は二種住宅であって賃料は一ヶ月金六、七〇〇円入居資格者の収入基準は月収金二四、〇〇〇円以下となっている。この建物は二四戸から成立ち一戸は六畳、四・五畳、ダイニングキッチン、浴室、便所、玄関から成立っている。北側には各戸とも浴室、台所が配置せられ共用部分としての階段が存在している。台所の部分には床から高さ約一・二二米の処に幅約一・五米高さ約〇・六米の窓があり厚型、型板ガラスがはめられ、更に浴室にも幅約〇・四米高さ約〇・六米の窓があるが不透明ガラスを使用し且開閉の角度を狭くして外部を展望し得ないようになっている。

3 被告建物を建設するに当っては、まず公営住宅建設基準(昭和二六年七月二一日建設省令第二〇号)によることとされこの基準に規定のない事項について建基法その他の法令によるものとされている。又この基準の解釈を示したものとして別に公営住宅設計基準(昭和三三年四月一日住発第九三号住宅局長通達)が存在している。被告建物はかような基準に適合するほか建基法等にも違反していない。原告らは右基準を以て被告建物と一般建物との間にも適用されるべきであるかの如く主張しているが右基準は公営住宅のみに適用されるものであり公営住宅と一般建物とを律するものではない。

二、1 原告旧宅は別紙図面のとおり被告建物の北側に道路をはさんで存在している。被告建物の北側から道路の南端迄九・七六米、道路の幅員が六米、道路の北端から原告旧宅の南端迄六・六四米合計二二・四〇米の間隔が存在している。被告建物の地上から屋上迄の高さは一一・八米あるがかような道路築地の状況から建基法等の法令に違反するものでないことは明らかである。殊に被告建物の北側から道路の南端迄前記の如き間隔をとったことは原告旧宅を含め道路北側に存在する建物に対する配慮を示したものである。

2 原告らはその住居に冬至で午前一〇時四五分から午后二時までしか日光があたらないと主張し人格権の一種としての日照権が侵害されていると主張している。そこでまず原告旧宅に対する日照が右主張のとおりであるかを検討してみるのに日本建築学会編建築設計資料集成に基き図上で測定したところによると午前一〇時一五分頃から四時間以上完全に日照が確保されていることが認められる。更に現地において実測すれば図面上で予定せられた被告建物以外の条件が綜合的に加わりこの日照時間の延長が期待されるのであって原告らの主張は既にこの点で事実に反すると言わねばならない。

3 次に原告らは日照権の具体的内容として冬至四時間の日照を確保することであると主張しているが、かような権利及び権利内容が一般的に容認せられていることを争うものである。

たしかに前記公営住宅設計基準によると「各棟の南北隣棟間隔は別表第1により冬至四時間の日照時間が確保されるよう定めること」とされ、別表によると千葉市の場合「平坦地では一階窓下端より軒高までの高さを1とし南北隣棟間隔はその一・九三〇」と算出されている。しかしこの基準は先に主張したとおり被告建物相互間の基準を定めたものであり更にかような間隔をとることが建築業界で一般化された権利として定着しているものではない。仮に原告らの主張が認められ右基準によるものとしても被告建物の一階窓下端から屋上迄は約一〇・八米でありこの一・九三倍は二〇・八四米であるから原告旧宅と被告建物の距離は前記間隔以内であると言わねばならない。

かような次第で日照の侵害を主張する原告らの主張は何れも理由がない。

三、次に原告らは被告建物により通風の障害が存在すると主張しているが、被告建物と原告旧宅との間には前記のとおりの間隔が存するばかりか別紙図面のとおり被告建物の東側にある改良住宅との間に一二米の空間がありその中心に幅四米の道路が南北に通じており更に原告旧宅のその他の周囲には道路空地が存在して通風には何の支障もない。従って、被告建物により通風上いくらかの影響があったとしても前記の如き現況から判断し、原告らの生活を破壊し住居に損害を及ぼすような障害は到底認められない。

四、更に原告らは被告建物より観望される結果プライバシーを侵害されるとしているが、前記のとおり原告旧宅との間に間隔が存在するばかりでなく、被告建物には被告の主張一の2で明かにしたような設計上の配慮を行い近隣家屋の観望の防止に努めている。この点に関する法令上の制限はただ民法二三五条にのみ存在するが被告建物には勿論この違反はない。建物が高層化されるにつれ低層家屋に対する観望の問題を生ずるが絶対に防止することは不可能のことであるから、原告らとしても可能な限り防禦方法を講ずるなど社会生活を円滑にすすめる方途を考えることが義務ですらあると思われる。従って、被告には殊更原告らのプライバシーを侵害しようとする意図は毛頭なく、且又現実に原告らのプライバシーを侵害していないものである。

五、原告らは本件係争地の状況からかような日照通風等の侵害に関する受忍の限度が都会に比し低いものであると主張している。しかし本件係争地は東京都と千葉市の中間に位置し通勤通学に便利なところから団地や住宅の建設がすすみ急速に都市化し市街化しつつある。従って土地建物の利用状況も都会における住居地区と同一であり日照等の問題を考えるに当って特別に相違点を見出すことは困難である。よって、原告らの受忍限度を判断するに当り、殊更本件係争地を目して農村又は農村に近似したものとして考えることは妥当でない。ところで、既に明かにしたとおり被告建物は法令に違反していないばかりでなく、日照通風等の侵害を排除するため十分な配慮がなされ、且公共性が高いものであること。土地取得の困難、入居者の家賃負担能力、交通事情等から判断し建物の高層化は止むを得ないものであること。被告建物の建築以前に改良住宅(三階建)裁判所宿舎(四階建)の高層建物が隣接しておりこれらは北側道路の南端に被告建物より近接して存在するのに容認された来たこと。本件係争地附近の前述の如き状況、原告旧宅は日照、通風、観望に関し改善が可能であること等を綜合的に判断し仮に日照等の侵害が原告ら主張のとおりであるとしても未だ原告らの受忍限度内にあるものと言うべきで原告らの主張は理由がない。

六、更に被告の調査によると原告旧宅の存在する土地は国の普通財産であるが、国自ら使用するため原告政勇に対し昭和三七年頃から明渡しを交渉し同四四年三月三一日付で土地貸付契約が解除せられ同年一〇月三一日限り明渡すことと定められて既に船橋市薬円台二丁目二七三番二六を代替地として貸付けられ建物の建設が終ったことが判明している。そうすると仮に被告建物の建設により日照、通風等の侵害があって原告らの受忍限度をこえる違法なものとしても原告らは国有地を不法占有していることとなるので適法に法の保護を受けられないものである。そうして既に代替地に住居を移し生活の本拠も原告旧宅にないとすれば、保護せられるべき生活利益が存在せず損害発生の余地がない。よって原告らの請求は失当として棄却せられるべきである。

七、仮に前記各主張が認められず、被告に損害賠償の義務があるとしても、原告らの請求は計算の基礎が間違っているか又は極めて曖昧であって到底承認し得ない。例えば原告旧宅は原告らの主張によると床面積が七九・三三平方米、現価が七〇万円となっているが登記簿によると木造亜鉛メッキ鋼板葺平家建居宅四六・二八平方米で昭和四四年の評価価格は三三四、五七五円にすぎない。従って被告としては原告らの請求金額を争うものである。

第五、被告の主張に対する反論等

≪以下事実省略≫

理由

一、日照、通風の支障について、

1  右支障の存在

請求原因一の事実中被告所有宅地の面積を除く部分および原告らが被告建物の北側に公道を隔てて居住していたことは、当事者間に争いがない。≪証拠省略≫によると、原告政勇は、昭和二三年から同二五年までの頃に国から貸付を受けた原告ら元居住地にバラックを建て、同三九年から同四一年までの頃に右バラックを建て直した木造平家建の原告旧宅に、妻の原告輝子、子の原告猛、同義夫、同順子とともに居住していたが、同四四年三月三一日国との間の原告ら元居住地の貸付契約を解約し、原告ら肩書の現居住地を国から借り受けて、右代替地に同四四年九月二五日頃移転したこと、原告旧宅の南約三〇米に木造二階建の兵舎が同四二年頃まで建っていたのみで、被告建物が建設される前には原告旧宅の日照通風に支障はなかったが、被告建物によってその日照通風に支障を生じたことが認められる。

原告政勇の供述中には、被告建物の大体の骨格と屋が出来上ったのは、同四四年二月頃であった旨の供述部分があるが、≪証拠省略≫によると、おそくとも同四三年一二月二二日には、被告建物の骨格が出来上っていたこと、従ってこれによる日照通風の支障は始まっていたことが認められる。

2  右支障の程度等

イ、原告らは、原告旧宅は被告建物のため冬至において午前一〇時四五分から午後二時までしか日光があたらない旨主張し、原告政勇、同輝子の各供述中には右主張に添う供述部分があるけれども、右各供述部分は、≪証拠省略≫によると原告旧宅と被告建物の距離が二三・六七四米であり(≪証拠判断省略≫)、被告建物の地上からの高さは一一・八米である(従って被告建物の一階窓下端から屋上までは約一〇・八米である)ことが認められる事実、≪証拠省略≫に照らして措信できない。他に原告らの右主張を認めるに足る証拠はなく却って≪証拠省略≫によると、同四五年一二月二七日に原告宅は午前一〇時三〇分頃から午後三時過ぎまで日光があたっていることが認められるのである。

ロ、被告建物が建設基準に違反することを認めるに足る証拠はない。

ハ、≪証拠省略≫によると、被告建物三棟のうち一棟二四戸は当時の月収三六、〇〇〇円以下、二棟四八戸は月収二〇、〇〇〇円以下のいずれも低所得者を対象とし、低い賃料で貸付け、住宅難を解消するという公共性の高い県営住宅であること、被告は原告旧宅をふくむ公道北側の住宅の日照確保のため、被告建物の南側にすでに同四二年度に建てられていた四階建の県営住宅三棟からの距離を当初の計画より一ないし一・五米短縮し南側に寄せて被告建物を建築させたこと、被告建物は、その建築以前に公道の南隣に存在した三階建の改良住宅、四階建の裁判所宿舎よりも公道から南へ離れていること、原告旧宅は物置を移動するなどの方法によって日照に関し改善が可能であること、以上の事実が認められる。

ニ、前認定の原告旧宅と被告建物との距離、≪証拠省略≫によって認められる被告建物の配置および被告建物と改良住宅との距離等に照らし、被告建物の建設による通風の支障は、原告政勇、同輝子の各供述中にあるように、夏は扇風機がなければ我慢できず、冬は冷たい北風が逆流してくるという程の被害をもたらし、社会的に受忍すべき程度を超えたものとは認めることはできない。

3  以上の事実から考えると、被告建物による原告旧宅の日照通風の支障は、未だもって原告らの受忍限度内にあるものといわざるを得ず、右限度を超えて違法なものという原告らの主張を採用することはできない。

二、プライバシーの侵害について

1  ≪証拠省略≫によると、昭和四四年四月二五日から被告建物への入居が始まったこと、原告政勇、同輝子の各供述の一部によると、原告旧宅においては、原告らが、被告建物の入居者らから、その台所の窓や階段踊り場から見られていたことがあったことがそれぞれ認められる。

2  しかし

イ、≪証拠省略≫によると、被告は被告建物の台所の窓に目隠しに代わるくもり硝子を採用し、窓の高さと相まって採光とのぞき見の防止との調和をはかったことが認められる。

ロ、原告旧宅についてカーテンを備えるなどのぞき見られることを防止する措置を講ずることが可能であることは、経験則上明らかである。

ハ、≪証拠省略≫によると、原告らの現住居は二階建で隣家に接近して建てられているが隣家を見下ろすことのできる二階の窓には目隠しの設備をしていないことが認められる。

ニ、高層住宅相互間において原告らの主張するような目隠しを備えたものがないことは公知の事実である。

3  右の各事実その他前認定の諸事情に照らすと、被告建物の構造が右1のような事実を可能ならしめるものであったことをもって、違法なプライバシーの侵害ということはできない。

三、そうだとすると、その余の点について判断するまでもなく、被告建物による日照権およびプライバシーの侵害を原因として、その損害の賠償を求める原告らの本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村輝武)

〈以下省略〉

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com