大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

千葉地方裁判所 昭和56年(ワ)231号 判決

原告

巴山由美子こと洪日順

被告

積田一郎

被告(亡積田和夫訴訟承継人)

積田きみ予

ほか三名

主文

一  被告積田一郎は、原告に対し、金八四八万七二二〇円及びこれに対する昭和五三年三月一六日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告に対し、いずれも前項の被告積田一郎と連帯して、被告積田きみ子は金四二四万三六一〇円、被告積田光雄、同積田和恵、同積田次郎は各金一〇六万〇九〇二円、並びに右各金員に対する昭和五三年三月一六日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告積田一郎は、原告に対し、金二〇〇八万七六四一円及びこれに対する昭和五三年三月一六日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告に対し、いずれも右1項の被告積田一郎と連帯して、被告積田きみ子は金一〇〇四万三八二〇円、被告積田次郎、同積田光雄、同積田和恵は各金二五一万〇九五五円、並びに右各金員に対する昭和五三年三月一六日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五三年三月一六日午後八時一〇分頃

(二) 場所 千葉県船橋市宮本一丁目一〇番六号被告積田一郎方前市道(以下「本件道路」という)上

(三) 加害車 軽四輪貨物自動車(習志野四〇あ五二〇五号)

(四) 右運転者 被告積田一郎(以下「被告一郎」という)

(五) 被害者 原告(自転車で走行中)

(六) 態様 原告が、本件道路を自転車に乗り、南から北に向けて走行中、加害車が被告一郎方敷地内から本件道路に進出してきて衝突した。

2  被告らの責任

(一) 本件事故は、被告一郎が加害車を運転し、自己の敷地内から本件道路上に進出するに際し、道路上の安全を十分確認しないまま進行したために生じたものであり、被告一郎は民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務を負う。

(二)(1) 訴訟承継前被告積田和夫は、加害車を所有し、これを自己の運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき義務を負つていた。

(2) 積田和夫は、昭和五七年三月一九日死亡し、その妻である被告積田きみ子が右賠償義務の二分の一を、その子である被告積田光雄、同積田和恵及び同積田次郎が、右賠償義務の各八分の一をそれぞれ相続し、各自その承継した範囲内において、被告一郎とともに原告に対する賠償義務について連帯してその責に任ずべきである。

3  原告の受傷及び入通院状況

(一) 受傷 本件事故により、原告は頸椎捻挫、両上肢不全麻痺、左肩肘打撲傷、腰背部筋々痛症、両眼窩神経痛等の傷害を受けた。

(二) 入院 長沼医院に昭和五三年三月一六日から同年四月一〇日まで二六日間、渡辺整形外科病院に同年四月一一日から同年一〇月一〇日まで一八二日間、合計二〇八日間入院した。

(三) 通院 渡辺整形外科病院に昭和五三年一〇月一一日から昭和五九年二月二二日まで通院(実通院日数九三六日)し、その後も現在に至るまで通院中である。

4  後遺症及び後遺障害等級

(一) 症状等 後頭部及び頸部に激痛、両肩に緊張感、両上肢及び腰部にしびれ感があり、顔面、手指、足部等に浮腫が顕著で、両手の筋力低下も来している。

(二) 原告の症状は回復不可能であり、固定時期は判定不能であるが、敢えて固定時期を定めるとすれば、鑑定人医師冨永格が鑑定書を作成した日である昭和五九年五月二九日である。

(三) 原告の右症状は、自賠法施行令二条別表の第一二級一二号に該当する。

5  原告の損害

(一) 治療費残額 金四〇万七八四〇円

昭和五六年三月一日から昭和五八年一二月三一日までの渡辺整形外科病院に対する支払分である。なお、昭和五三年三月一六日から同年四月一〇日までの長沼医院に対する治療費金五一万九三〇〇円及び昭和五三年四月一一日から昭和五六年二月二八日までの渡辺整形外科病院に対する治療費金七二五万九六〇〇円の合計金七七七万八九〇〇円並びに入院付添費金一〇万八三〇六円は保険会社から支払われた。

(二) 休業損害残額 金八七五万四〇〇〇円

昭和五三年三月一六日から昭和五九年五月二九日までの二二六七日分の休業損害(一日当り金六〇〇〇円)金一三六〇万二〇〇〇円から既に原告が保険会社から受領した金四八四万八〇〇〇円を差引いた残額である。

(三) 入院雑費 金一〇万四〇〇〇円

入院一日につき金五〇〇円として二〇八日間分の合計額である。

(四) 通院交通費 金五〇万円

原告は夫の運転する自家用自動車で通院していた。右通院に要した交通費は一日金六〇〇円を下らず、九三六日間の合計額は金五六万一六〇〇円となるが、そのうち金五〇万円の支払を求める。

(五) 通院付添費等 金三〇万円

原告は自力では通院できず、夫の付添を要した。

右付添費用は一日金七〇〇円を下らず、九三六日間の合計額は金六五万五二〇〇円となるが、そのうち金三〇万円の支払を求める。

(六) 入通院慰謝料 金三〇〇万円

入院二〇八日、通院九三六円に及ぶ原告の入通院による精神的苦痛を慰謝するには右金額が相当である。

(七) 後遺症に基く逸失利益 金五〇二万一八〇一円

原告は本件事故当時、夫の仕事を手伝つて一日当り金六〇〇〇円(年間金二一九万円)の収入を得ていたが、前記後遺症のため右労務に服することができなくなつた。原告は右後遺症固定当時、満四一歳であつたから就労可能年数は二六年であり、将来における労働能力の喪失率は一四パーセントである。また、右後遺症は今後回復する見込みがないため、労働能力喪失期間は全就労期間に及ぶ。

したがつて、原告の逸失利益は、一年間の収入金二一九万円に労働能力喪失率一四パーセント、後遺症存続期間二六年の新ホフマン係数一六・三七九を乗じて算定すると次のとおりとなる。

2,190,000×0.14×16.379=5,021,801

(八) 後遺症慰謝料 金二五〇万円

原告の前記後遺症による精神的苦痛を慰謝するには右金額が相当である。

(九) 損害の填補 金五〇万円

原告は被告らから金五〇万円の支払を受けた。

(一〇) 以上によると、未だ填補されていない損害額の合計は、金二〇〇八万七六四一円となる。

6  よつて、原告は、被告積田一郎においては金二〇〇八万七六四一円、いずれも右一郎と連帯して、被告積田きみ子においては金一〇〇四万三八二〇円、被告積田光雄、同積田和恵、同積田次郎においては各金二五一万〇九五五円、並びに右各金員に対する本件事故発生日である昭和五三年三月一六日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。

2  同3のうち、(二)は認め、(一)及び(三)は不知。

3  同4のうち、(一)は不知、(二)及び(三)は否認する。

原告の症状は、昭和五五年一一月七日に固定した。また原告の後遺症の程度は、自賠法施行令二条別表の第一四級一〇号に該当するものにすぎない。

4  同5の(一)は不知。但し、その主張の金員が保険会社から支払われたことは認める。

5  同5の(二)は争う。但し、その主張の金員が保険会社から支払われたことは認める。

原告が一日当り金六〇〇〇円の収入を得ていたか否かは明らかでなく、仮にその程度の収入を得ていたとしても、日曜祭日等の休日を考慮すれば、一か月平均二四日程度しか稼働し得ず、原告の年収は金一七二万円程度である。

6  同5の(三)ないし(六)は不知。

7  同5の(七)及び(八)は否認する。

原告の後遺障害の程度、症状固定時期並びに年収については、前記二の3及び5で述べたとおりであり、また、原告の後遺症は神経症状であるから、右症状固定時から三年程度の期間、五パーセントの喪失率による逸失利益が認められるにすぎない。

8  同5の(九)は否認する。

被告らが原告に支払つたのは金七〇万円である。

三  抗弁(過失相殺)

原告は、ブレーキの故障した変速五段式の自転車に乗り、前方不注視のまま、高速度で走行した。そのため、前照灯を点灯して、一たん停止した後、時速一〇キロメートル程度で徐行して本件道路に進入した加害車に気づくのが遅れ、同車に衝突したものであり、大幅に過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

原告が変速五段式の自転車に乗つていたことは認めるが、その余は否認する。なお、原告の自転車も前照灯を点灯していたので、被告一郎が本件道路に進入するに当り注意すれば容易に確認できたものである。被告一郎は、一たん停止せず、安全を確認しないまま、突然本件道路に飛出したため本件事故が発生したもので、被告一郎の一方的過失である。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1(本件事故の発生)及び2(被告らの責任)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、まず、本件事故により原告が受けた傷害の内容、入通院の経過、後遺障害の有無とその程度、症状固定の時期等について判断する。

1  いずれも成立に争いのない甲第四号証、乙第六号証、同第七号証の一ないし二二、同第一〇号証(同第一二号証の四と同じ)、同第一二号証の六ないし八(同第一二号証の八は甲第六号証と同じ)、いずれも弁論の全趣旨により成立を認め得る甲第五号証、同第七号証、乙第一二号証の五、鑑定の結果、証人冨永格、同松本秀夫の各証言、原告本人尋問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。

すなわち、原告は、本件事故により、頭部、頸部、胸部、右臀部、大腿部、左肩、肘部の各打撲、頸椎捻挫の傷害を受け、昭和五三年三月一六日から同年四月一〇日まで二六日間長沼医院に、同年同月一一日から同年一〇月一〇日まで一八二日間渡辺整形外科病院にそれぞれ入院し(入院の経過については当事者間に争いがない)、通院の翌日である同年四月一一日から昭和五九年二月二二日まで渡辺整形外科病院に通院し(この間の通院実日数は、九三六日。但し、昭和五六年三月一日から昭和五七年二月二八日までの間は、資料が欠落しているが、その前後の通院状況に鑑み、少なくともほぼ二日に一日の割合での合計一八〇日通院しているものとして計算した)、その後は、ほぼ一か月に一、二回の割合で現在に至るまで国立千葉病院に通院している。

ところで、渡辺整形外科病院の渡辺康医師は、昭和五五年七月二四日、原告の症状がほぼ固定したものと判断し、自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成した。それによると、傷病名は、頸椎捻挫、両上肢不全麻痺、左肩左肘部打撲、腰背部筋々痛症とされ、原告の自覚症状は、〈1〉頭痛(特に後頭部痛)及び頸部前屈時に後頭部痛が著明〈2〉両肩に緊張感が常時あり、両肘伸展ができず両手に力が入らぬ〈3〉夫婦生活ができない(頭痛が激しくなるため)等であり、両上肢(殊に左上肢)知覚鈍麻が認められ、就労能力もないものと思われるが、これらの症状を他覚的検査で証明することは同医師としては困難である旨の記載がなされている。また、原告代理人田代和則弁護士が同年六月二四日作成した生活状況報告書によると、原告は、同弁護士に対し、全身が痛みかつしびれる、殊に頭痛が激しい、入浴も一人ではできない、家事労働は一切できない、自己の身のまわりの生活をするのも極めて不自由である旨訴えている。右診断書等の資料に基づき、原告は同年一一月七日自動車保険料率算定会千葉調査事務所より、後遺障害第一四級一〇号の認定を受けた。

しかし、原告は、その後も前記のとおり渡辺整形外科病院に通院し続けた(昭和五七年一二月末までは通院頻度も極めて高い)が、症状は好転せず、当裁判所の採用した鑑定のため、昭和五八年六月二五日から昭和五九年一月二三日まで(退院実日数六日間)国立千葉病院において診断・検査を受けた。その結果得られた鑑定結果によると、原告の症状は、「頭痛がする、手足がしびれる、腰が痛い、嘔気がある、タナルをしぼるのが困難、正座不能、階段昇降に時間がかかる、記憶力低下(但し、日常生活に支障はない)、めまいが時々ある」等の不定愁訴であるが、脳波検査を除いては他覚的に特記すべき所見はなく、右脳波検査の結果も右不定愁訴と関連があると認められるわけではなく、結局、右不定愁訴は、本件事故後に生じた神経症性のものであつて、症状はすでに固定しているが、その固定時期、改善の見込み等は不明である、後遺障害等級は第一二級一二号が相当である、とされる。

原告は、鑑定後も、前記のとおり月に一、二回の割合で現在に至るまで国立千葉病院に通院しているが、症状に特段の変化は見られない。

原告は、本件事故前、家事労働をこなすのはもとより、夫の仕事を手伝つていたが、本件事故後は、現在に至るまでこれらの労働に一切従事し得ていない。

2  以上認定の事実によれば、原告の症状は、広範な不定愁訴を内容とするが、長期にわたる通院・治療にもかかわらず、殆ど好転が見られず、本件事故後に生じた神経症性のものであつて、すでにその症状は固定しているものというべきである。その固定時期の判断は、困難を伴うが、通院の頻度が昭和五八年一月より次第に緩やかになつたことその他本件に現れた一切の事情に鑑み、昭和五七年一二月末日と認めるのが相当である。

そして、原告の後遺障害の程度は、極めて頑固な神経症状を残存するものとして第一二級第一二号に該当するものというべく、かつ、この後遺症は、右症状固定時から七年間残存するものというべきである。

三  進んで、原告の被つた損害について判断する。

1  治療関係費 金八二九万五一〇〇円

治療費及び入院付添費として保険会社から金七八八万七二六〇円が支払われたことは当事者間に争いがない。いずれも成立に争いのない甲第一号証の一ないし四によれば、昭和五六年三月一日から昭和五九年二月二二日までの治療費として金四〇万七八四〇円を原告が渡辺整形外科病院に支払つたことが認められる。

2  休業損害 金八九七万二五一六円

原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨及びこれにより成立を認め得る甲第三号証によれば、原告は、本件事故前、夫の仕事を手伝い、一日当り金六〇〇〇円の収入を得ていたこと及び一か月平均二六日は稼働し得ていたものと認められるので、原告の年収は、金一八七万二〇〇〇円となる。よつて、本件事故日たる昭和五三年三月一六日から症状固定日たる昭和五七年一二月末日までの休業損害は、金八九七万二五一六円となる。

3  入院雑費 金一〇万四〇〇〇円

一日当り金五〇〇円として二〇八日間の合計金一〇万四〇〇〇円である。

4  通院交通費 金四六万八〇〇〇円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は夫の運転する自家用自動車で通院したこと及びその必要性があつたことが認められ、右通院に要した交通費は、一日当り金五〇〇円を下らないものと認められる。よつて九三六日間の合計は、金四六万八〇〇〇円となる。

5  通院付添費 金二八万円

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告の通院に夫が付添つたこと及びその必要性のあつたことが認められる。右付添に要した費用は、一日当り金三〇〇円を下らないものと認められるから、九三六日間の合計は金二八万円となる。

6  逸失利益 金一五一万六四七三円

いずれも前認定の、原告の年収金一八七万二〇〇〇円、後遺症の程度第一二級一二号、それによる労働能力の喪失割合一四パーセント、その存続期間七年を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除して計算すると、原告の逸失利益は、次のとおり金一五一万六四七三円となる。

1,872,000×0.14×5.7863=1,516,473

7 慰謝料 金四五〇万円

傷害の部位・程度、入通院の経過、後遺症の内容と程度、その他本件に現れた諸般の事情を考慮すると、慰謝料は金四五〇万円をもつて相当とする。

8 損害の合計 金二四一三万六〇八九円

以上1ないし7の損害の合計は、金二四一三万六〇八九円となる。

四  過失相殺の抗弁について

いずれも成立に争いのない乙第一ないし第四号証、現場の写真であることに争いのない乙第一一号証の一、二、原告本人尋問の結果と被告一郎本人尋問の結果(但し、いずれも措信しない部分を除く)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、この認定に反する原告本人と被告一郎の各供述部分は措信できない。

すなわち、被告一郎は、昭和五三年三月一六日午後八時一〇分頃、集金のため自宅敷地内に駐車してあつた加害車に乗り、自宅前の歩道(幅員三・〇メートル)を経て本件道路(幅員一〇・一メートル、片側一車線)に進入したが、その際同人は、進入前に左右の安全が十分に確認できるまで停止してこれを確認したうえで進入すべき注意義務があるのにこれを怠り、自動車が進行してくるか否かということにのみ気を奪われ、自動車が進行してこないことのみ確認するや、素早く向こう側の車線に進入すべく時速約一五キロメートルの速度で右斜め前方に直進したところ、右側より進行してきた原告の自転車に衝突して本件事故が発生した。原告の自転車は前照灯を点灯していたが、被告一郎は衝突するまで右自転車の存在に全く気がつかなかつた。

右認定事実によれば、被告一郎の過失が圧倒的に大きいことは明らかであるが、一方原告も、変速五段式の自転車のギアーをトツプギアーの状態にしてある程度のスピードは出ていたものと推測されるところ、十分なる前方注視義務を怠り、前照灯を点灯して本件道路に進入しようとしている加害車の存在を見落し、加害車に衝突するまで加害車の存在に全く気がつかなかつた過失がある。

右の、被告一郎と原告との過失割合は、被告一郎の過失が九、原告のそれが一というべきである。

なお、被告らは、原告の自転車のブレーキが故障していたと主張し、被告一郎は右主張に副う供述をするが、右が事実とすれば、実況見分調書(乙第一号証)にその旨の記載がなされて然るべきはずであるし、また、被告一郎は右事実を事故の翌日発見したというのに捜査段階において右事実を何ら話しておらず、原告本人尋問の結果により自転車は購入後七か月位しか経過していないものであること及び本件事故直前まで故障していなかつたものであることが認められることに照しても、被告一郎の右供述部分は措信できず(このような虚偽の事実を法廷で平然と供述する被告一郎の態度は、むしろ、本件事故における同被告の過失割合の圧倒的大きさを何よりもよく示すものともいえよう)、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

よつて、過失相殺後の原告の損害額は、次のとおり金二一七二万二四八〇円となる。

24,136,089×0.9=21,722,480

五  損害の填補 金一三二三万五二六〇円

原告が保険会社から合計金一二七三万五二六〇円(治療費として金七七七万八九〇〇円、入院付添費として金一〇万八三六〇円、休業損害として金四八四万八〇〇〇円)の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

被告らは、さらに原告に対し、金七〇万円を支払つたと主張し、うち金五〇万円については原告の認めるところであるが、残金二〇万円の支払については、被告一郎本人はこれを肯定する供述をするが、同供述のみではこれを認めるに足りない。

よつて、損害填補額の合計は、金一三二三万五二六〇円であるから、損害の残額は、次のとおり金八四八万七二二〇円となる。

21,722,480-13,235,260=8,487,220

六  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告積田一郎において金八四八万七二二〇円、いずれも右一郎と連帯して、被告積田きみ子においてその二分の一たる金四二四万三六一〇円、被告積田光雄、同積田和恵、同積田次郎において各八分の一たる各金一〇六万〇九〇二円、並びに右各金員に対する本件事故日である昭和五三年三月一六日より完済まで民法所定年五分の割合による金員の支払をそれぞれ求める限度において理由があるからその限りでこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととして主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com