大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

千葉地方裁判所 昭和61年(行ウ)20号 判決

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、市川市に対し、金六四万二五〇〇円及びこれに対する昭和六一年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の答弁

1  原告らの訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  本案に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは、普通地方公共団体市川市の住民であり、被告は、市川市の市長である。

2  被告は、昭和六一年七月一八日、「市川市特別職の職員の給与、旅費及び費用弁償に関する条例」(以下「本件条例」という。)五条の三に基づき、同年六月の市議会定例会本会議及び常任委員会に出席した議員のうち、三七人に対し、費用弁償として、総額七七万一〇〇〇円を支出した。

右費用弁償としての支出は、日額一人三〇〇〇円であるが、その内訳は交通費が五〇〇円、残余の二五〇〇円が昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費であり、右支出総額のうち六四万二五〇〇円がこの残余相当部分の支出(以下「本件支出」という。)である。

3  市川市議会の議長は月額五四万二〇〇〇円、副議長は四八万七〇〇〇円、議員は四五万二〇〇〇円の報酬と、年間四・九か月分の期末手当を支給されている。

右報酬及び期末手当は、所得税法上「給与」として扱われ、必要経費の概算的控除としての給与所得控除を受けている。

ところで、所得税法上、給与所得者に対しては、その職種が何であれ、勤務する場所を離れてのその職務を遂行するための旅行の費用、交通機関の利用、交通用具の使用のための通勤手当、職務の性質上欠くことのできない金銭以外の物の給付等につき、非課税所得の扱いで給与とは別に支給できるとされている(所得税法九条一項四ないし六号)ことを除いて、職種に応じた固有の職業費を必要経費として認める考え方は採られておらず、一般的・概括的に必要経費分として給与所得控除がなされている。

したがって、地方自治法二〇三条三項が、地方議会の議員に対し費用弁償として認めている給付も、給与所得者一般に認められている右非課税の給付に限定されるべきであり、それ以外の支給は、報酬に含まれるはずである。

ところが、前記2の費用弁償としての支出には交通費の外、本来、報酬に含まれているはずの「昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費」が含まれていた。

とくに、昼食代については所得税法三六条一項の収入金額との関連で、国税庁は、食事代については左記〈1〉ないし〈3〉の場合のみを非課税としているが、本件支出にかかる昼食代はそのいずれにも該当しない。

〈1〉 現物支給で、その価格の二分の一以上を本人が負担し、使用者負担の月額残額が三五〇〇円以下の場合

〈2〉 勤務時間外の残業に対する支給の場合

〈3〉 深夜勤務者に対する現金給付で、一回三〇〇円までの場合

そうすると、被告のした本件支出は、所得税法上課税対象となる所得に算入されるべきものを非課税で支給したことになる点で、所得税法九条一項四ないし六号、三六条一項に違反し、また、本件条例別表第一に掲げる報酬以外の報酬を支給したことになる点で本件条例に違反する支出となる。

4  ただし、本件支出の違法性は、支出負担行為ないし支出命令の段階で発生したのではなく、被告の左記〈1〉ないし〈4〉の支出の原因となる各行為(以下「本件行為〈1〉ないし〈4〉」という。)が違法であることにより本件支出もまた違法となるものである。

〈1〉 地方自治法二〇三条三項の費用弁償の規定の理解を誤り、本来費用弁償に当たらない昼食代、茶菓子代、筆記用具等の諸雑費を費用弁償の内容とした予算案を議会に提出した。

〈2〉 同様にして同内容の条例案を議会に提出した。

〈3〉 右条例案が本件条例五条の三として可決後付再議権を行使しなかった。

〈4〉 本件条例五条の三の公布は、昭和六一年三月二七日であり、それに基づく最初の費用弁償の支出は同年七月一八日であるから、その間に被告は、市長としての担当事務である地方自治法一四九条五号の「会計を監督する」権限を行使して違法支出にならぬよう是正措置を講ずることができたにもかかわらず、それを行使しなかった。

5  右〈1〉ないし〈4〉の被告の各行為はいずれも民法七〇九条の不法行為であり、これにより市川市は本件支出六四万二五〇〇円相当の損害を被った。

6  原告らは、昭和六一年七月二一日、市川市監査委員に対し、被告のした本件支出のため市川市が被った損害を補填するため、被告に損害賠償すべき措置を講ずるよう求める旨の監査請求をしたが、同委員は、原告らの請求を棄却する旨の監査結果を出し、同年九月一九日、これを原告らに通知した。

7  よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、市川市に代位して、被告に対し、金六四万二五〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年一〇月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を市川市に支払うことを求める。

二  被告の本案前の主張

1  被告が地方自治法二四二条の二が規定する住民訴訟において被告とされる「当該職員」に該当すること(被告の本案前の主張に対する原告らの反論1)は認める。

しかし、損害填補を求める住民訴訟は、不法行為責任等の具体的な損害賠償責任を追求するものであって、地方公共団体の内部関係に属する事柄を対象とするものであるから、権限が内部委任されている場合には具体的に支出負担行為をなし、または、支出命令を発する受任専決者が損害賠償義務者となる。

ところで、市川市では、本件条例に基づく市議会議員に対する費用弁償に関する支出負担行為(地方自治法二三二条の三)及び支出命令(同法二三二条の四・一項)は、市川市財務規則(昭和六〇年三月一五日規則第四号)五四条、別表第一の9、五九条一項、ならびに市川市議会事務局設置条例(昭和二九年一〇月六日条例第二三号)及びこれに基づく市川市議会事務局処務規程(昭和四九年一二月二日議会規程第一号)二条、四条により市川市議会事務局庶務課長の職にある者に専決委任されており、右の費用弁償の支出負担行為をなし、また、支出命令を発したのは受任専決者たる右庶務課長の職にある者であって、市川市長である被告ではない。

また、右庶務課長の職にある者に対する指揮監督権が、議長に属し市川市長である被告に属しないこと(市川市議会事務局処務規程二条二項、地方自治法一三八条八項、地方公務員法六条一項)から、被告が本件支出に関し、右庶務課長の職にある者に対し何らの指揮監督もしていないことは明らかである。

したがって、原告が違法であると主張する本件支出行為を行っているのは市川市長である被告ではなく、本件訴えは不適法である。

2  原告らの監査請求の対象は、被告が本件支出をしたことが違法であるというものであり、これに対する監査委員の監査の結果も被告の本件支出の適否を対象にして判断が示されている。

しかるに、原告らは、本訴請求においてはその対象である違法行為は本件行為〈1〉ないし〈4〉(原告らの請求原因4記載の被告の行為)である旨主張している。

しかし、本件行為〈1〉及び〈2〉については、支出(地方自治法二三二条の四第二項)に支出負担行為と支出命令を含ませて理解するにしても、これらについての事務と地方公共団体の長の担当事務とされる条例案・予算案の提出(同法一四九条一号、二一一条一項)とは、その趣旨、性格等において全く別異のものであるから監査請求の対象とした被告の行為との間に同一性を欠き、本件行為〈3〉及び〈4〉についても、これらが被告の不作為を主張しているところからも監査請求の対象とした被告の行為との間に同一性を欠く。

したがって、本件訴えは監査請求を前置していない不適法なものである。

3  原告らが被告の違法行為として主張する本件行為〈1〉ないし〈4〉は、いずれも地方自治法二四二条一項の財務会計上の行為に当たらず、したがって本件訴えは不適法である。

すなわち、本件行為〈1〉及び〈2〉が同法二四二条一項の「公金の支出」、「財産の取得、管理若しくは処分」、「契約の締結若しくは履行」、「債務その他の義務の負担」、「公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」のいずれにも当たらないことは文理上明らかであり、本件行為〈3〉及び〈4〉については「公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」に該当するか否か問題となりうるが、「公金の賦課若しくは徴収」に当たらないことは文理上明らかであり、ここでいう財産とは、同法二三七条一項に規定する財産のことであり、公有財産のほか、物品、債権及び基金を含むものであるが、議会に対する予算の再議権の行使はここでいう財産の管理とは関連がなく、また、被告の会計監督権限の不行使についても右の財産の管理そのものに当たる行為ではない。

三  被告の本案前の主張に対する原告らの反論

1  被告には、本訴の被告適格がある。

地方自治法二四二条の二が規定する住民訴訟において被告とされる「当該職員」とは、住民訴訟制度が同法二四一条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正し、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものと解されることからすると、当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を広く意味する。

同法一四九条二号は「予算を調整し、及びこれを執行すること」を、同条五号は「会計を監督すること」を普通地方公共団体の長の担当事務としており、これらはいずれも長としての財務会計に関する法律上の本来の担当事務である。

したがって、本件条例に基づく市議会議員に対する費用弁償に関する支出負担行為及び支出命令が市川市長から市川市議会事務局庶務課長の職にある者に専決委任されている本件においても、財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者である被告が「当該職員」に含まれ、被告適格を有することは明らかである。

2  本件訴えは監査請求を前置している。

住民訴訟は監査請求の対象とした違法な行為又は怠る事実についてこれを提起すべきものとされているのであって、当該行為又は当該怠る事実について監査請求を経た以上、訴訟において監査請求の理由として主張した事由以外の違法事由を主張することは何ら禁止されていない。

原告らは、本件支出を違法として監査請求の対象としたものであるが、右支出をもって本件住民訴訟の対象とする点では両者は同一である。原告が主張する被告のした本件行為〈1〉ないし〈4〉は本件支出が違法たる瑕疵をおびた原因でありこれらは違法事由の主張である。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2前段のうち、昭和六一年七月一八日、本件条例五条の三に基づき、同年六月の市議会定例本会議及び常任委員会に出席した議員のうち、三七人に対し、費用弁償として、総額七七万一〇〇〇円が支出された事実は認めるが、右支出を被告がしたとの点は否認する。

同後段の費用弁償の内訳に関する事実は否認する。

3  請求原因3のうち、第一段の事実は認めるが、その余の所得税法及び地方自治法の解釈に関する主張は争う。

4  請求原因4の本件支出の違法性に関する主張は争う。

5  請求原因5の主張は争う。

6  請求原因6の事実は認める。

五  被告の本案に対する主張

1  地方自治法二〇三条三項の規定による費用の弁償は、同条一項の議会の議員等の非常勤職員がその職務を行うために要する経費を償うため支給される金銭であり、一定の役務の提供に対する反対給付として与えられる報酬とは趣旨を異にするものである。これを議会の議員の本会議等への会議出席についてみると、議員は平素は自宅にあって議員活動をしているが、地方公共団体の長の招集があった場合には、指定された日時、場所に参集して議会活動を中心とした議員活動を行うものである。これらの活動としては、〈1〉同法一〇一条に基づく地方公共団体の議会の定例会及び臨時会へ出席すること、〈2〉同法一〇九条に基づく常任委員会又は閉会中の常任委員会へ出席すること、〈3〉同法一一〇条に基づく特別委員会又は閉会中の特別委員会へ出席することなどが考えられるが、このような議員の会議出席に伴う職務の執行に要した経費につき法二〇三条三項を根拠として弁償することができるとされているのであり、その額及び支給方法については、同条五項により条例で定めることとされている。すなわち、この会議出席に伴う費用弁償をするとした場合のその額の決定、額の算定基準、支給の方法等については、憲法九四条、地方自治法一四条一項等により法令の範囲内で当該地方公共団体の裁量に委ねられている。

被告は、昭和六一年二月二六日、市川市議会に対し、議案第四九号「市川市特別職の職員の給与、旅費及び費用弁償に関する条例の一部改正について」を提出し、かつ、同日、この予算措置として昭和六一年度に支出が見込まれる「会議出席費用弁償六二五万八〇〇〇円」を歳出予算の「細節」に計上した議案第七〇号「昭和六一年度市川市一般会計予算」を提出し、いずれも同年三月二四日に議決、同月二七日に公布・告示された。

被告が右条例案及び予算案を提出したのは議会側の要望を踏まえた上でのことであるが、これらを議会に提出するにあたり、市川市職員において一応の積算をしたところ、市川市役所との間の交通費、食事代(自宅の食事代と外食経費との差額)、陳情、請願等を受ける際の経費、筆記用具代、通信費、議案調査費等の諸経費を合計して、その費用の額は議員一人平均三〇〇〇円をかなり上回るものと見積もられた。他方、本件条例五条による議員に対する費用弁償の日当の額が二五〇〇円と定められていること及び近隣地方公共団体の会議出席に伴う費用弁償の支給状況等をそれぞれ勘案すると、一律日額三〇〇〇円程度が妥当なものと判断され、そこでこれによって条例案、予算案を提出したものであり、市川市議会はこれらを本会議及び委員会で慎重審議のうえ可決し、本件条例五条の三等となった。なお、議会での説明に当たっては、本件条例五条の費用弁償の日当の額が二五〇〇円であること及び自宅からの交通費のうちの五〇〇円程度をそれぞれ勘案して三〇〇〇円としたものである旨説明しているが、これらはあくまで費用弁償の額を日額三〇〇〇円とするに際し勘案された事情でありここから単純に費用弁償日額三〇〇〇円につき、五〇〇円が交通費、二五〇〇円が食事代等というように区別できるような性質のものではない。

右のとおり、議員の会議出席に伴う費用弁償の額の決定、算定基準、支給の方法等が地方公共団体の裁量に基づく以上本件条例五条の三の規定について適法違法の問題の生ずる余地はなく、原告ら主張の被告の本件行為〈1〉ないし〈4〉についても違法性はない。

2  被告の本案前の主張1のとおり、本件条例五条の三に基づく議員の会議出席に伴う費用弁償に関する支出自体の権限は、地方公共団体の長に属せず、支出負担行為及び支出命令も他に専決委任されており、被告個人の行為に属せず、また、被告はこれらの行為をしていない。したがって支出行為者を相手として住民訴訟の提起をしていない本件においては、被告の本件行為〈1〉ないし〈4〉を原因行為とする違法性の承継というような主張はおよそ成立しえない。

第三  証拠関係(省略)

理由

一  被告の本案前の主張について判断する。

1  被告適格の有無について

(一)  地方自治法(以下「法」という。)によれば、地方公共団体の長は、予算の執行、財産の管理処分事務等を担任し(一四九条二号、六号、二二〇条一項)、支出命令権限を有するが(二三二条の四第一項)、その権限を補助機関たる職員に委任することも可能であり(一五三条一項)、成立に争いのない乙第二ないし四号証によれば、市川市においては、本件条例に基づく市議会議員に対する費用弁償に関する支出負担行為及び支出命令は、市川市財務規則(昭和六〇年三月一五日規則第四号)五四条、別表第一の9、五九条一項、市川市議会事務局設置条例(昭和二九年一〇月六日条例第二三号)及び市川市議会事務局処務規程(昭和四九年一二月二日議会規程第一号)二条、四条により、市川市議会事務局庶務課長の職にある者に専決委任されていることが認められる。

したがって、被告の主張するとおり、本件条例に基づく市会議員に対する費用弁償に関する支出負担行為をなし、支出命令を発するのは、被告(被告が市川市の市長であることは当事者間に争いがない。)ではなく、専決受任者である右庶務課長の職にある者である。

(二)  しかしながら、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に法二四二条一項の「地方公共団体の長」が含まれることは、文理上明白であるし、また、住民訴訟制度が法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実を予防又は是正し、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものであることに鑑みると、当該訴訟において、その適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限の委任がなされていた場合に、そのことを理由に、右権限を法令上本来的に有するとされている者が、一般に「当該職員」から除外されると解することは相当でない。したがって、本訴において、被告は、法二四二条の二第一項四号の「当該職員」に該当し、被告が被告適格を欠くとする被告の主張は採用しえない。

2  監査請求前置について

(一)  原告らが昭和六一年七月二一日、市川市監査委員に対し、被告のした本件支出のため市川市が被った損害を補填するため、被告に損害賠償をすべき措置を講ずるよう求める旨の監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたこと、これに対し、同委員は、原告らの請求を棄却する旨の監査結果を出し、同年九月一九日、これを原告らに通知したことは当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第四、五号証によれば、本件監査請求は、本件支出をその対象としていること、しかし、本件行為〈1〉ないし〈4〉はその対象としていないことが認められる。

そこで、被告は、本件行為〈1〉ないし〈4〉と本件監査請求の対象となっている本件支出との間には同一性が認められないので、本件訴えは監査請求を前置していないと主張する。

(三)  しかし、原告らが、本件行為〈1〉ないし〈4〉を、本件住民訴訟の対象である本件支出が違法たる瑕疵をおびる原因たる違法事由として主張するものであることは、原告らの主張(被告の本案前の主張に対する原告らの反論2)から明らかであり、違法事由としての主張であれば、住民訴訟は、監査請求の対象とした違法な行為又は怠る事実についてこれを提起すべきものとされていることから(法二四二条の二第一項)、当該行為又は当該怠る事実について監査請求を経た以上、訴訟において、監査請求の理由として主張した事由以外の違法事由であっても、これを主張することが許されると解される(昭和五七年(行ツ)第一六四号・同六二年二月二〇日第二小法廷判決・民集第四一巻一号一二二頁参照)。

したがって、本件訴えは、監査請求を前置していないとする被告の主張は採用しえない。

3  訴の対象性の存否について

(一)  住民訴訟は、地方公共団体の執行機関又は職員による、法二四二条一項所定の違法な財務会計上の行為又は怠る事実が、究極的には、当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止又は是正し、もって地方財務行政の適正な運営を確保する目的を達成するため、個々の住民に対し、法律が特に裁判所に出訴する権利を与えたもので、民衆訴訟の一種である。

したがって、住民訴訟は、その根拠法規たる法二四二条の二に定める場合、すなわち、地方公共団体の執行機関又は職員について、法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は違法に怠る事実の各類型のいずれかが存在する場合に限り提起することが可能であり、右の類型に該当しないようなものは、不適法というべきである。

(二)  ところで、被告は、原告らが被告の違法行為として主張する本件行為〈1〉ないし〈4〉は、いずれも法二四二条一項の財務会計上の行為に当たらず、したがって、本件訴えは、不適法である旨主張する。

しかし、原告らは、本件行為〈1〉ないし〈4〉については、これらを本件支出に違法たる瑕疵をもたらす原因たる行為として主張するものであるところ、一般に、住民訴訟の対象行為が違法となるのは、単に右対象行為自体が直接法令に違反する場合だけでなく、その原因たる行為が法令に違反し許されない場合もまた違法となりうると解され、この場合、対象行為が財務会計上の行為であることを要することは、右(一)のとおりの住民訴訟の性質から当然であるが、先行する原因行為までもが財務会計上の行為であることは要件ではないというべきである。したがって、本件行為〈1〉ないし〈4〉が財務会計上の行為であるか否かは、原告らの主張を前提とする限り、本件訴えの適否に直接影響を及ぼさない。

それ故本件においては、原告らが訴えの対象とする本件支出が財務会計上の行為であれば、住民訴訟の訴えの対象としての適法要件を充足するものといえる。

ところで、法二四二条一項にいう「公金の支出」とは、現金等による支出行為、支出命令及び支出負担行為を含むものと解されるが、これらはいずれも財務会計上の行為に該当することもちろんであるところ、本件支出も右「公金の支出」に当たることは明らかであるから、本訴においては、訴えの対象は存在する。

したがって、本訴は訴えの対象を欠き不適法である旨の被告の主張は、採用しえない。

二  被告の責任について

1  昭和六一年七月一八日、本件条例五条の三に基づき、同年六月の市議会定例本会議及び常任委員会に出席した議員のうち、三七人に対し、費用弁償として、総額七七万一〇〇〇円が支出された事実は、当事者間に争いがない。

2  ところで原告らは、右支出に関し、本件支出の原因となった被告の本件行為〈1〉ないし〈4〉が違法であることにより、被告がしたとする本件支出が違法となると主張するので、まず被告の右原因行為について判断する。ところで原告らは、被告が法二〇三条三項の費用弁償の規定の理解を誤り、〈1〉本来費用弁償に当たらない昼食代、茶菓子代、筆記用具代等の諸雑費を費用弁償の内容とした予算案を議会に提出したこと、〈2〉右内容の条例案を議会に提出したこと、〈3〉右条例案が本件条例五条の三として可決後に付再議権を行使しなかったこと、〈4〉右条例の公布後に被告は、市長として、会計監督権限を行使して是正措置を講じなかったことは違法であると主張する。

3  そこで案ずるに

(一)  法二〇三条三項の費用弁償は、同法二〇七条の実費の弁償とほぼ同意語であって、地方公共団体の議員が職務を行うために要した費用を償うために支給される金銭を意味する。

(二)  地方公共団体の議員は、一般職員と異なり一定の勤務場所に出勤して職務を行うことを前提として選任されたものでなく、地方公共団体の長の招集により、指定された日時、場所に参集して議員活動を行うものであるから、非常勤の職員であり、従ってその職務の対価としては常勤の職員に支給する給与と異なる報酬を受けるほか、職務を遂行するために要した費用についてはその弁償を受けることができる。

(三)  しかしながら右の出費は、各議員毎に異なるので、その弁償を厳密に実行することは実際上煩瑣であるばかりでなく、金額に差等を生ずる場合には不合理な結果にもなり兼ねないのであるから、あらかじめ費用弁償の事由を定め、それに該当するときには、一定の額(標準的な実費)を費用弁償として支給することを条例に規定して、実際に費消した額の多寡に拘らず、右規定による一定額を支給する取扱をすることは許される。

(四)  以上のとおり法二〇三条三項の費用弁償は、地方公共団体の議員がその職務とする議員活動そのものに対して支給される報酬とは区別され、これとは別途に支給されるものであり、かつその実費弁償たる本来の性質から所得税法上は当然に非課税の取扱を受けるべきものである。以上のように解するのが相当である。

そこでこれを本件についてみると、原本の存在及び成立について争いのない甲第二、三号証、成立について争いのない乙第一号証、第六号証、弁論の全趣旨によって成立を認める同第一〇号証によれば、市川市議会の事務局は、同市会議員の要望により、議員が本会議、常任委員会又は特別委員会に出席した時は、交通費、昼食代、その他の雑費(市民から陳情、請願等の相談を受ける際の茶菓子代、筆記用具代、電話代、切手等の通信費、調査・資料収集費、以下たんに「諸雑費」という)の実費弁償として、一律に一日につき三〇〇〇円を支給する条例案をまとめ、これを市長たる被告が昭和六一年二月二六日市川市議会に対し、議案第四九号「市川市特別職の職員の給与、旅費及び費用弁償に関する条例の一部改正について」を提出し、併せて同日、この予算措置として昭和六一年度に支出が見込まれる「会議出席費用弁償六二五万八〇〇〇円」を歳出予算の「細節」に計上した議案第七〇号「昭和六一年度市川市一般会計予算」を提出し、いずれも同年二四日に可決、右改正条例が同月二七日に公布・告示された。右三〇〇〇円の金額は、千葉県内の他市の費用弁償に関する条例で定められた金額(例えば、千葉市は五〇〇〇円、市原市は四〇〇〇円、船橋市は三〇〇〇円、我孫子市は二五〇〇円、浦安市は一二五〇円)を参考にして、本件条例別表第六で市川市会議員が調査等のため市川市外に出張した場合の日当が二五〇〇円であるので、これに交通費の標準的な額を五〇〇円と試算したものを加算してきめたものであることが認められる。

ところで原告らは、昼食代等相当の費用弁償を含む本件支出は、所得税上課税対象となるべき報酬に含まれるものを非課税で支給することになり、所得税法九条一項四ないし六号、三六条一項に違反することになるし、また本件条例別表第一に掲げる報酬以外の報酬を事実上支給することになり許されないと主張するが、前者については、法二〇三条三項で定める費用弁償は本来実費弁償すべきものを条例によって定額支給することにしたものであるから、要は本件支出が法二〇三条三項に定める「職務を行うために要する費用」と認められるかの観点に立って考えるべき事柄であり、課税対象となる所得の範囲を定める所得税法とは明らかに制度の趣旨を異にするものであるし(所得税法で課税の対象となる所得を非課税の費用弁償の名目で支給することになるような脱法行為の許されないことは勿論である)、後者については、費用弁償と報酬とは区別されるものであって、費用弁償は報酬の支給に該当しないので、いずれにしても原告らの右の各主張は当を得ていないと考える。

そこで前記認定に基づき考察するならば、本件条例五条の三をもって費用弁償の対象とした費目は、いずれも市川市議会議員が本会議、常任委員会又は特別委員会に出席した際の通常出費が予想される交通費、昼食代、諸雑費であるが、そのうち昼食代は議員の職務遂行とは直接関係のない支出であり、諸雑費のうち市民から陳情、請願等の相談を受ける際の茶菓子代は、社会生活上の儀礼に基づくものではあるが、右職務と密接に関連しているので、職務の遂行のために必要な支出ということができるし、交通費、その他の諸雑費は、いずれも職務を行うために必要な支出であるということができる。そうすると本件条例五条の三の費用弁償は、本来支出すべきでない費目(昼食代)を含むことになるので、右の点に関する限り、右条例は法二〇三条三項の解釈を誤ったものといわねばならない。ところで本件支出のうち右の昼食代の額を認めるに足りる証拠はない。前掲乙第一〇号証によれば、市川市議会の事務局は、本件の費用弁償の費目について、議員一人一日につき、交通費(タクシー代) 一六七〇円、食事代(外食代と自宅食代との差額)七〇〇円、茶菓子代一〇五〇円、筆記用具代一〇〇円、通信費二〇〇円、調査費二二〇円、資料収集費三〇〇円と一応の試算をしていることが認められるが、右の合計は四二四〇円となり、これから昼食代の七〇〇円を差引いても三五四〇円となるので、右条例による日額一人三〇〇〇円は右の範囲内にあることになる。

結局本件条例五条の三の適法性には疑いがあるものの、原告らにおいて本件支出のうちその費用弁償を違法とする昼食代についてその標準額及びこれが本件支出のうちに占める割合を明らかにしないと、被告が市川市の市長として本件条例五条の三(議案第四九号)及びその予算措置(議案第七〇号)を議会に提出して条例化及び予算化したことをもって直ちに違法と判断することはできないし、その余の原告らが市川市長たる被告に付再議権(法一七六条四項、一七七条一項)の不行使及び会計監督権(法一四九条五号、一五四条)の不行使の違法があるとする点についても、違法の判断を加えることはできない。

してみると、被告がした本件支出はその先行行為である被告の本件行為〈1〉ないし〈4〉が違法になることによって違法になるとの原告らの主張は採用することができない。

4  なお付言するに、法二四二条の二第一項四号の代位損害賠償の住民訴訟では、職員の地方公共団体に対する損害賠償義務の有無が審理の対象であるから、職員個人の責任を認めるには、民法七〇九条の要件に従い、その故意、過失が認められなければならないが、前示のとおり本件条例五条の三が法二〇三条三項の解釈に一部誤りがあり、従ってその適法性に疑いがあるとしても、前記のとおり市川市長たる被告がした本件条例五条の三の条例化、その予算化、又は付再議権の不行使或いは会計監督権の不行使が違法であり、その結果本件支出について、被告がこれを違法なものと認識し又は認識しなかったことに過失があったことについて、原告らは、主張も立証もしていないので、右の点からも被告の責任は認め難いといわねばならない。

三  よって、原告らの本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com