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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)1921号 判決

原告

伊藤きさ子

金沢光子

野呂美春

原告ら訴訟代理人弁護士

西尾弘美

安藤巌

被告

株式会社中部ロワイヤル

右代表者代表取締役

奥田明二

右訴訟代理人弁護士

津田繁治

主文

一  被告は、原告伊藤きさ子に対し、金六九万〇七三四円及びうち金二一万六七六三円に対する平成二年一〇月二九日から、うち金四七万三九七一円に対する平成三年四月二一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告金沢光子に対し、金五六万〇二二五円及びうち金一三万二七三三円に対する平成二年一〇月二九日から、うち金四二万七四九二円に対する平成三年四月一一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告野呂美春に対し、金二三万五六九三円及びこれに対する平成二年八月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、外交員として被告の商品であるパン類の販売業務に従事し、売上高による歩合手数料を得ていた原告らが、被告との間には労働契約が成立していたとして、賃金としての歩合給及び退職(慰労)金請求を、また、被告に対し積み立てた旅行積立金の返還請求をしたのに対し、被告は、原告らと被告との間には原告らを外交員とする販売委託契約が成立したにすぎないから、手数料その他の支払いは全て同契約によって律せられるべきであるとして、労働関係の存在を前提とする歩合給及び退職金の支払い義務の存在を否定し、仮に労働関係が認められるとしても、右外交員に関する契約中には歩合手数料及び退職に伴う慰労金の不支給条項が存するところ、原告らにはこれら不支給条項に該当する事由があるとして、その支払い義務を争い、また、旅行積立金については被告とは何ら関係がないとしてその返還義務を争った事件である。

一  争いのない事実等

1  被告は肩書地に本店を、愛知県知多郡阿久比町福住町字郷和池〈番地略〉その他の地に半田営業所その他の営業所を有し、主としてパン、洋菓子の製造販売を営む株式会社である。

2  原告らは、いずれも被告との間で、次のとおり外交員として被告の商品であるパン類の販売をし、販売実績に応じて販売手数料の支払を受ける旨の契約(以下「本件外交員契約」という。)を締結し、同販売業務に従事していた者である(乙第一号証中の外交員歩合手数料表の存在、被告代表者、原告ら各本人尋問の結果)。

(一) 契約の締結と解約

(1) 原告伊藤きさ子(以下「原告伊藤」いう。)は、昭和六〇年一月一〇日、被告との間で本件外交員契約を締結し、平成二年一〇月二〇日に右契約を合意解約した。

(2) 原告金沢光子(以下「原告金沢」という。)は、昭和六一年九月二日、被告との間で本件外交員契約を締結し、平成二年一〇月一〇日に右契約を合意解約した。

(3) 原告野呂美春(以下「原告野呂」という。)は、昭和六一年一一月一一日、被告との間で本件外交員契約を締結し、平成二年一月三〇日に右契約を合意解約した。

(二) 販売手数料等に関する約定(原告ら共通)

昭和六一年一一月二一日、当初の販売手数料の額と支払の時期、方法等に関する合意の内容が変更され、要旨次のとおり定められた。

(1) 歩合手数料

外交員が販売したパン一袋を一点として販売数量に応じて実績点数を計算し、実績点数が一〇〇〇点以上1499.9点までは一点毎に一〇五円、一五〇〇点以上1799.9点までは同じく一一五円、一八〇〇点以上は同じく一二五円とされ、これに車両手数料として一点毎に一〇円、さらに無欠勤の場合には実働日手当として一点毎に一五円をそれぞれ加算した総額が外交員の受け取るべき手数料となる。

(2) 被告は外交員に対する右歩合手数料を毎月二〇日に締め切り、同月二八日に支払う。

(3) 半期手数料

被告は、外交員が毎年五月二一日から一一月二〇日の間に売り上げた実績点数一点毎に一〇円の割合で計算された金額を一二月に、同じく一一月二一日から翌五月二〇日の間に売り上げた実績点数一点毎に一〇円の割合で計算された金額を七月に、それぞれ一括して支払う。

(4) 慰労金

被告は、一日の実績点数が三〇点以上あった場合を実働一日とし、右実働を七九二日以上行った外交員に対して、右外交員が販売業務に従事していた期間中に売り上げた実績点数一点毎に五円の割合で計算された額を外交員の退職後六か月を経過したときに支払う。

3  原告らが毎月支払を受けるべき歩合手数料から毎月二〇〇〇円宛が旅行積立金として控除され、これが年一回行われる懇親旅行会の費用に当てられていた。

二  争点

1  本件外交員契約の法的性質、並びに原告らの歩合給及び退職金請求権の有無(請求原因)

(一) 原告らと被告間には労働契約が成立したのかそれとも販売委託契約が成立したにすぎないのか。

(二) 本件外交員契約により原告らに支払うべきものとされていた手数料及び退職慰労金は労働基準法上の賃金か、それとも販売委託手数料及び恩恵としての慰労金か。

2  右手数料及び退職慰労金不支給に関する合意の有無と効力、並びに右不支給条項に該当する事由の有無(抗弁)

3  原告らの受けるべき歩合給及び退職金の額

4  原告らの旅行積立金返還請求権の存否とその額(請求原因)

5  当事者の主張の要旨

(一) 原告らの主張

本件外交員契約は、原告らの勤務条件、勤務実態等に照して、労働契約に外ならず、したがって、原告らが外交員として被告から支払うべきものとされていた手数料及び退職慰労金は労働基準法上の賃金というべきである。

(1) 原告伊藤

① 平成二年一〇月分歩合給

金二一万六七六三円

② 退職金(慰労金)

金四五万〇四七一円

原告伊藤が、前記のとおり被告に就職して退職するまでの間の実績点数は9万0094.3点を下回ることはない。したがって、同原告が支給を受けるべき退職金額は、これに五円を乗じた四五万〇四七一円となる。

③ 旅行積立金 金二万三五〇〇円

④ よって、原告伊藤は被告に対し、右①ないし③記載の合計六九万〇七三四円、及び①記載の歩合給二一万六七六三円に対する支払日の翌日である平成二年一〇月二九日から支払済みまで、右②記載の退職金と③記載の旅行積立金合計四七万三九七一円に対する支払日の翌日であることが明らかな平成三年四月二一日から支払済みまで、それぞれ商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(2) 原告金沢

① 平成二年一〇月分歩合給

金一三万二七三三円

② 退職金(慰労金)

金四〇万三九九二円

原告金沢が、前記のとおり被告に就職して退職するまでの間の実績点数は8万0798.4点を下回ることはない。したがって、同原告が支給を受けるべき退職金額は、これに五円を乗じた四〇万三九九二円となる。

③ 旅行積立金 金二万三五〇〇円

④ よって、原告金沢は被告に対し、右①ないし③記載の合計五六万〇二二五円、及び①記載の歩合給一三万二七三三円に対する支払日の翌日である平成二年一〇月二九日から支払済みまで、右②記載の退職金と③記載の旅行積立金合計四二万七四九二円に対する支払日の翌日であることが明らかな平成三年四月一一日から支払済みまで、それぞれ商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(3) 原告野呂

① 退職金(慰労金)

金二二万九六九三円

原告野呂が、前記のとおり被告に就職して退職するまでの間の実績点数は4万5938.6点を下回ることはない。したがって、同原告が支給を受けるべき退職金額は、これに五円を乗じた二二万九六九三円となる。

② 旅行積立金 金六〇〇〇円

③ よって、原告野呂は被告に対し、右①②記載の合計二三万五六九三円及びこれに対する支払日の翌日であることが明らかな平成二年八月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(二) 被告の主張

(1) 被告は原告らと本件外交員契約を締結する際、被告の外交員及び販売店規約(以下「外交員規約」という。)並びに退社規定、慰労金規定を遵守して就業することを合意した。

(2) 退社規定には、退社届を退社一か月前に提出すること、外交員規約一一条、一三条に違反しないこと等が定められ、外交員規約一一条一号には、外交員は被告以外からの製品及びこれに類似するパン類等の商品を取り扱ってはならない旨、同条二号には、外交員は被告の営業に不利益になる又はその虞のある行為をしてはならない旨、同条三号には、外交員は本契約に基づく取引によって知った、被告の販売システム及び製造ノウハウ、その他被告の企業秘密を自ら利用又は他に漏らすことをしてはならない旨、同一三条一号には、本契約の解約に際して外交員は解約の時点から三か月以前の平均の一か月実績点数を被告に確実に引き継がなければならない旨、同条三号には、外交員は、本契約の解除後一年間は本契約により知ったシステムを利用したパンの販売をしてはならず、また第三者に利用させてもならない旨、同五条三号には、外交員が一一条、一三条に違反した場合、被告は全ての手数料を支払わない旨の規定がそれぞれ置かれている。

(3) 慰労金規定五条には、外交員規約一一条と一三条の違反者に退職慰労金は支払われない旨の規定が置かれている。

(4) 原告らには、次のとおり被告の退社規定、外交員規約に違反する行為があり、これら行為はいずれも外交員規約及び慰労金規定による歩合手数料及び退職慰労金の不支給事由に該当するから、原告らの歩合手数料及び退職慰労金の請求は失当である。

① 歩合手数料の不支給について

原告伊藤及び同金沢は被告半田営業所に外交員として勤務していたが、右両名は在職中の平成二年九月中旬から訴外田中紀美代(以下「訴外田中」という。)を代表者とし、愛知県半田市住吉町〈番地略〉に有限会社キャロットを設立し、右田中及び原告野呂とともに、被告のノウハウを利用した商法で被告以外のパン製造会社からパン類を購入して被告の顧客を主力にパン類を販売し、また被告との外交員契約解約時から三か月前以前の平均一か月の実績点数を被告に確実に引継ぎしなかった。

原告伊藤及び同金沢の右行為は、外交員規約一一条各号並びに一三条一及び三号に違反するので、同規約五条三号により、手数料(歩合給)の支払はなされない。

② 退職慰労金の不支給について

外交員契約を解約した場合には解約者に対し慰労金の支払がなされるが、原告伊藤及び同金沢には右のとおり外交員規約に違反する行為をしたため被告の慰労金規定五条により退職慰労金の支払はなされない。

また原告野呂についても、解約後一年を経過しない平成二年九月中ごろより、原告伊藤及び同金沢らとともに、右のとおりの行為をなしたものであり、原告野呂の右行為は外交員規約一三条三号に違反するので、慰労金規定五条により退職慰労金の支払はなされない。

(5) 旅行積立金について

旅行積立金は被告の社外で従業員、外交員が慰安旅行等をするため担当責任者に対して任意で積み立てていたものであって被告とは無関係であり、被告に返還義務はない。

(三) 被告の主張に対する原告らの反論

(1) 被告主張の外交員規約、慰労金規定等は、原告らが外交員契約を締結した当時存在しなかったものであり、被告が右外交員規約、慰労金規定等を根拠に手数料及び退職慰労金の支払を拒否することは許されない。

(2) 外交員規約一三条一号及び三号、慰労金規定五条は労働基準法二四条の賃金全額払いの原則に違反する内容を規定するものであって無効である。

(3) 仮に有効なところがあるとしても、原告らには右各条項に違反する事実は存しない。

第三  争点に対する判断

一  争点1(本件外交員契約の法的性質並びに歩合手数料及び退職慰労金の賃金性)について。

1  原告伊藤きさ子本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第三、四号証、原告金沢光子本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第五、六号証、原告野呂美春本人尋問の結果真正に成立したと認められる甲第七、八号証、いずれも成立に争いのない乙第二ないし第四号証の各二、被告代表者本人尋問の結果原本の存在と真正に成立したことが認められる乙第一号証、原告伊藤きさ子、同金沢光子、同野呂美春、被告代表者の各本人尋問の結果(但し被告代表者について後記措信し難い部分を除く。)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告らは、いずれも新聞などの求人募集に応じて被告との間に本件外交員契約を締結するに至ったものであるが、求人広告には外交員の仕事としてパン類のいわゆる宅配業務を行うものである趣旨の記載がなされていたことから、これに応募する際、原告らは、自ら独立の営業主として被告のパン類の販売業務を行う意思は毛頭なく、単に被告の販売員になるといった程度の認識しか持っていなかった。その後の昭和六一年一一月二一日、原告らと被告の間で取り交わされた外交員契約書においても、原告らを独立の営業主として扱う趣旨の規定は見当たらず、むしろ「入社一か月間を研修見習い期間とする」、「賃金(袋数によって異なる)」、「就業時間、朝礼、ミーテング、10時必ず出席のこと、その後の時間は個人の自由とし……直接自宅に帰宅も可能」などと、原告らを被告半田営業所の従業員として雇用するものであることを前提とする規定、文言が用いられている。しかも被告は、原告らを正規の職員ないし事務員とは区別していたものの、営業所を構成する従業員と考えていた節があり、被告の管理職に原告ら外交員の働きぶりや前記規定の遵守の状況を管理させ、外交員のうち成績その他適性の優れる者を班長に選任し、その者に一定の職務権限を与えるなどしていた。さらに原告らに対し、毎月決まった日時に歩合手数料を支払い、その際、市販の「給料支払い明細書」を用い、同書中の、「歩合給」欄の記載を「袋数歩合手当」と、「配車手当」欄の記載を「車両手当」と訂正するほかはそのまま支給額及び控除の内訳を記載して原告らに交付していた。これが源泉徴収税か否かは明らかでないが、右控除項目中には「所得税」の名目で一定割合額が控除されている記載もある。

(二)  原告ら外交員の販売業務の形態は、基本的には、被告がこれまで本社職員等において開拓し確保していた顧客名簿により、訪問すべき顧客と販売区域とを外交員に指示し、外交員が月曜日から金曜日までの間、週一回の割合で、自家用車を用いて顧客先を回りパン類の注文を受け、注文個数を纏めて被告に発注する。外交員は発注したパンを被告から買い取ったうえ、翌週これを顧客に配達するとともに次週の注文を受け、以後これを繰り返すというものであった。しかし実際には、原告らは、歩合手数料等の計算の基準となる実績点数を上げ、あるいは被告から買い取ったパンの売れ残りによる危険を回避する等のために、自ら顧客の開拓をしたり、顧客にパンの現物を見せて購入を勧めるなどしており、こうした仕事も原告らの外交員としての重要な業務となっていた。もっとも、原告らが被告から買い取るパンの値段及び顧客に対する販売価格は、被告から一定額に定められており、原告らに被告と交渉する余地はなかった。また、原告らが新規に開拓した顧客についても、あくまで被告の顧客として顧客名簿に登載され、原告らが本件外交員契約を解約したときはこれを被告に引き継ぐべきものとされていた。原告らは外交員としてパン類の販売の業務に従事している間、店舗を構えて営業を行ったり一括してこれを他人に委託するなどしたことはなかった。

2 以上認定の事実に前記当事者間に争いがない歩合手数料、半期手数料及び退職慰労金額の決定と支払に関する実情を総合すれば、次のとおり認めることができる。

原告らは、いずれも独立の営業主としてではなく、被告のパン類の販売業務の一端を担う外交員として、被告に従属してパン類の販売という比較的単純な作業に従事し、これに対し被告から歩合手数料、半期手数料及び退職慰労金の給付を受けていたものであること、しかもこれら手数料及び慰労金はその名目の如何にかかわらず、原告らが販売したパン一袋を一点とし、その販売数量に応じて統一的かつ形式的に算出される実績点数に対して一定の金額を乗じて支払われる金銭給付であること、すなわち、歩合手数料と半期手数料との間には前者が毎月支払われるのに対して後者が半期毎に集計して支払われるものであるといった違いがあり、また歩合手数料と慰労金との間には、前者が実績点数の上昇に従ってこれに乗ずる単価も上昇するのに対し、後者は単価が一定に定められ、しかも外交員が外交員契約を解約して退職する際にそれまでの実績点数を合計して、これが基準となる実績点数(ノルマ)を超過したときに初めて支給されることとされている点において違いはあるけれども、被告の裁量により実績点数及び単価に変化を設けることはできない仕組となっており、外交員の労働の結果としての販売実績、言い換えればその出来高に応じて給付額が確定するといった基本的性質の点においては何ら差異のないものであることが認められ、こうした事情を考慮すると、本件外交員契約により、原告らと被告間には労働契約が成立したものというべく、したがって原告に支払うべきものとされていた手数料及び慰労金等はいずれも労働の対償として、労働基準法上の賃金に該当するというべきである。

なお、外交員が販売するパン類が外交員の買取り制になっていたといった事実は、前記のとおりその価格決定について原告らに交渉の余地がなく、したがって、このことにより原告らが利益をうける可能性がないばかりか、むしろ原告らにとって負担となっていたことに照らすと、これをもって本件外交員契約が労働契約であることの認定の妨げになるものではない。また、前記外交員規約中には、「見習い期間終了後は雇用期間ではないため、就業時間を束縛することができないこととする。」(一四条三号)と、敢えて本件外交員契約が労働契約でない旨を明記する文言も存在するけれども、前認定の本件外交員契約の内容及び原告ら外交員の勤務の実態に照らすと、本件外交員契約が労働契約であるとの認定を左右するには足りないというべきである。

二  争点2(手数料及び退職慰労金不支給に関する合意の有無と効力)について

1  前掲乙第一号証によれば、前記第二の二の4の(二)記載のとおりの外交員規約、慰労金規定等が存在し、同規約中には手数料及び退職慰労金等の不支給に関する条項が規定されていることが認められる。しかし、これら規約及び手数料及び退職慰労金等の不支給に関する条項が本件外交員契約締結の際に、具体的に原告らに示され、これが合意の内容となったことについては、被告代表者本人はこれに沿う供述をするけれども、前掲各証拠に対比してにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

2 この点を措くとしても、右手数料及び退職慰労金などが労働基準法上の賃金と認められることからすると、被告は、特段の合理的理由のない限り、労働基準法二四条によりその全額支払いの義務を免れることはできず、仮に被告において支払義務を免れる旨を規定し、当事者間においてこれに従う旨の合意をしたとしても、そのような規定及び合意は公序良俗に反し無効と解するほかないところである。

ただ、退職金については、なかには報償ないし恩恵的なものが含まれている場合があり、その合理的範囲内においてこれを減額する規定ないし合意も有効と解される余地があるけれども、本件退職慰労金については、前認定の支給要件、支給額決定の実情に照らしてみると、外交員の永年の貢献に対する報償ないし恩恵的な要素は認められず、したがって、退職慰労金についてもこれを不支給とする右規定及び合意を有効と解することは困難といわざるを得ない。

3  そうするとその余につき判断を加えるまでもなく、歩合手数料及び退職慰労金に関する被告の主張は採用できない。

三  争点3(原告らの受けるべき歩合給及び退職金の額)について

1  原告伊藤の平成二年一〇月分歩合手数料について

前掲甲第一号証によれば、原告伊藤が被告を退職するに当たり手渡された平成二年一〇月分の給料支払明細書には、原告伊藤が支払を受けるべき平成二年一〇月分の歩合手数料が二一万六七六三円である旨記載されていることが認められ、右事実によれば、原告伊藤が支払を受けるべき平成二年一〇月分の歩合手数料は二一万六七六三円であると認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

2  原告らのその余の歩合手数料及び退職慰労金について

(一) 前記認定の原告伊藤の平成二年一〇月分手数料を除く原告ら請求の手数料及び退職慰労金については、直接これを確知できる証拠はない。

しかしながら、手数料及び退職慰労金は、いずれも前記認定のとおり実績点数一点毎に一定の金額を乗じて得られる額であるから、右手数料及び退職慰労金の支給対象期間中の原告らの実績点数が判明すれば、原告らが支給を求める歩合手数料及び退職慰労金の額を推認することができる。

そして、前記のとおり、昭和六一年一一月二一日から被告において半期手数料及び退職慰労金の制度が導入され、右半期手数料は外交員が毎年五月二一日から一一月二〇日を支給対象期間としてその間に売り上げた実績点数一点毎に一〇円の割合で計算された金額が一二月に、同じく一一月二一日から翌年五月二〇日を支給対象期間としてその間に売り上げた実績点数一点毎に一〇円の割合で計算された金額が七月に、それぞれ支給されるものであることからすれば、原告らが受領した半期手数料の合計額を一〇で除すと、右半期手数料の支給対象期間中の原告らの実績点数を推計することができる。

また、右のようにして求めた実績点数を右半期手数料の支給対象期間の合計月数で除すると、原告らの一か月当たりの平均実績点数を求めることができるが、半期手数料の支給対象期間以外の期間(後記認定のとおり原告伊藤及び同金沢について平成二年五月二一日以降、同野呂について平成元年一一月二一日以降それぞれの退職日まで)の一か月当たりの実績点数が右平均実績点数を下らないと推認することは、被告が原告らの実績点数を明らかにしない本件においては、充分な合理性を有するというべきである。

以上説示したところに従って、原告らの実績点数を具体的に求めると以下のとおりとなる。

(二) 原告伊藤の退職慰労金について

前掲甲第三及び第四号証、原告伊藤本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告伊藤は、昭和六一年一一月二一日以降、別表一の支給日欄記載の日時に、同表支給対象期間欄記載の期間(昭和六一年一一月二一日から平成二年五月二〇日までの合計四二か月)の半期手数料として、同表金額欄記載の金額をそれぞれ受領したこと、平成二年五月二一日以降は半期手数料の支給対象期間となっていないこと等の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実を前提に、前記説示のとおり、右半期手数料の受領額合計八〇万五〇九八円を一〇円で除せば、右認定の期間中の原告伊藤の実績点数は80509.8点と推計することができ、また一か月当たりの平均実績点数は、右実績点数合計80509.8点を四二で除した1916.9点となる。

そして、前記のとおり原告伊藤は平成二年一〇月二〇日に本件外交員契約を合意解約して退職しているから、平成二年五月二一日以降平成二年一〇月二〇日までの五か月の実績点数を、前記説示のとおり右平均実績点数1916.9点を元に計算すると、次の計算式のとおり9584.5点となり、右五か月間の原告伊藤の実績点数は9584.5点を下らないと推計することができる。

(式) 1916.9(点)×5(月)

=9584.5(点)

右80509.8点と右9584.5点を合計すれば、90094.3点となり、これが原告伊藤の慰労金額の基礎となる実績点数となるから、原告伊藤が支給を受けるべき慰労金額は、これに五円を乗じた四五万〇四七一円を下らないと認めることができる。

(三) 原告金沢の平成二年一〇月分歩合手数料及び退職慰労金について

前掲甲第五及び第六号証、原告金沢本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告金沢は、昭和六一年一一月二一日以降、別表二の支給日欄記載の日時に、同表支給対象期間欄記載の期間(昭和六一年一一月二一日から平成二年五月二〇日までの合計四二か月)の半期手数料として、同表金額欄記載の金額をそれぞれ受領したこと、平成二年五月二一日以降は半期手数料の支給対象期間となっていないこと等の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実を前提に、原告伊藤について説示したところと同じく、右半期手数料の受領額合計七二万七一八六円を一〇円で除せば、右認定の期間中の原告金沢の実績点数は72718.6点と推計することができ、また一か月当たりの平均実績点数は、右実績点数合計72718.6点を四二で除した1731.4点となる。

そして、前記のとおり原告金沢は平成二年一〇月二〇日に本件外交員契約を合意解約して退職しているから、平成二年五月二一日以降平成二年一〇月一〇日までの四か月と二〇日の実績点数を、前記説示のとおり右平均実績点数1731.4点を元に計算すると、次の計算式のとおり8079.8点となり、右四か月と二〇日間の原告金沢の実績点数は8079.8点を下らないと推計することができる。

(式) 1731.4(点)×(4+20/30)

=8079.8(点)

また、平成二年一〇月分の手数料の支給対象期間である平成二年九月二一日から同年一〇月一〇日まで二〇日間の実績点数を、同じく右平均実績点数1731.4点を元に計算すると、次の計算式のとおり1154.2点となり、右二〇日間の原告金沢の実績点数は、1154.2点を下らないと推計することができる。

(式) 1731.4(点)×20/30

=1154.2(点)

そうすると、原告金沢が支給を受けるべき平成二年一〇月分の手数料は、右1154.2点に一一五円(歩合手数料一〇五円+車両手数料一〇円)を乗じた、一三万二七三三円を下らないと認めることができる。

また、前記昭和六一年一一月二一日から平成二年五月二〇日までの間の実績点数72718.6点と前記平成二年五月二一日から同年一〇月一〇日までの実績点数8079.8点を合計すれば、80798.4点となり、これが原告金沢の退職慰労金額の基礎となる実績点数となるから、原告金沢が支給を受けるべき退職慰労金額は、これに五円を乗じた四〇万三九九二円を下らないと認めることができる。

(四) 原告野呂の退職慰労金について

前掲甲第七及び第八号証、原告野呂本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告野呂は、昭和六一年一一月二一日以降、別表三の支給日欄記載の日時に、同表支給対象期間欄記載の期間(昭和六一年一一月二一日から平成元年一一月二〇日までの合計三六か月)の半期手数料として、同表金額欄記載の金額をそれぞれ受領したこと、平成元年一一月二一日以降は半期手数料の支給対象期間となっていないこと等の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実を前提に、原告伊藤について説示したところと同じく、右半期手数料の受領額合計四三万一四二四円を一〇円で除せば、右認定の期間中の原告野呂の実績点数は43142.4点と推計することができ、また一か月当たりの平均実績点数は、右実績点数合計43142.4点を三六で除した1198.4点となる。

そして、前記のとおり原告野呂は平成二年一月三〇日に本件外交員契約を合意解約して退職しているから、平成元年一一月二一日以降平成二年一月三〇日までの二か月と一〇日間の実績点数を、前記説示のとおり右平均実績点数1198.4点を元に計算すると、次の計算式のとおり2796.2点となり、右二か月と一〇日間の原告野呂の実績点数は2796.2点(小数点二桁以下切捨)を下らないと推計することができる。

(式) 1198.4(点)×(2+10/30)(月)=2796.2(点)

前記43142.4点と右2796.2点を合計すれば、45938.6点となり、これが原告野呂の退職慰労金額の基礎となる実績点数となるから、原告野呂が支給を受けるべき退職慰労金額は、これに五円を乗じた二二万九六九三円を下らないと認めることができる。

四  争点4(旅行積立金返還請求の可否)について

1  前記当事者間に争いがない事実、前掲甲第一号証、第二号証の一ないし六、第四、第六及び第八号証、証人佐藤英子の証言、原告ら及び被告代表者(但し後記措信し難い部分を除く。)各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 原告らは、被告から支給を受ける毎月の手数料の支給額から、金二〇〇〇円ずつを旅行積立金として天引きされていた。右積立金は、毎年秋に実施される被告従業員の懇親のための旅行の費用に当てられていたが、費用の不足分は被告が負担していた。

(二) 原告らはもとより被告半田営業所所長の右佐藤も、右積立金は旅行に行かなかった場合には返還されるものであると思っていた。

(三) 被告が発行した平成二年一〇月分の原告伊藤に対する給料支払明細書には、積立金欄に「返二三五〇〇円」との記載があり、また、右明細書の「支給額」欄の合計額と「控除」欄の合計額とを対比すれば、被告は、原告伊藤が本件外交員契約を合意解約して退職するに当たり、右平成二年一〇月分の歩合手数料の支給に際して原告伊藤に対して、旅行積立金の返戻分二万三五〇〇円を支払う予定であった。

原告野呂も、被告を退職する際、被告の事務員から旅行積立金として六〇〇〇円を返還すると説明された。

2  右認定の事実によれば、旅行積立金は被告における懇親旅行の原資に当てるため、本来原告ら外交員が受領すべき毎月の賃金から天引されていたものであるから、積立金を天引されていた外交員が、積み立ての目的である懇親旅行に参加せずに退職するに至った場合には、これが正当化される特段の事情のない限り、当該外交員に対して返還されるべきものであるところ、本件全証拠によってもそのような特段の事情を認めるには足りない。

そして、旅行積立金が、前記認定のとおり原告らの賃金から天引されていたこと、原告伊藤が被告を退職する際、被告は原告伊藤に対し、積立金の返戻分として金二万三五〇〇円を支払う予定であったこと等の事実を総合すれば、旅行積立金を管理していたのは被告であって、同積立金の返還義務を負うのも被告であると認められる。

この点、被告代表者は、その本人尋問において、旅行積立金は被告と無関係であり、被告の従業員有志によって構成される「互助会」の依頼で天引きしているものである旨供述するが、右「互助会」と被告との委託関係その他右「互助会」に関する具体的な供述が全くないことに加え、前記認定の各事実に照らせば、被告代表者の右供述部分は容易に措信できない。

3  以上認定の事実からすれば、原告伊藤及び原告金沢が返還を受けるべき旅行積立金の額はいずれも二万三五〇〇円であり、原告野呂が返還を受けるべき旅行積立金は六〇〇〇円を下らないと認めることができる。

第四  結論

以上によれば、原告らの本訴請求はすべて理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福田晧一 裁判官潮見直之 裁判官黒田豊)

別表一〜三〈省略〉

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