大判例

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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)1385号 判決

原告

柴田豊常

代理人

野尻力

被告

右代表者

植木庚子郎

代理人

吉田文彦

外四名

主文

別紙目録記載の土地につき、原告が所有権を有することを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

(一)  別紙目録記載の土地(以下本件土地という)はもと原告の先代柴田鍋次郎の所有であつたが昭和一八年八月一六日訴外柴田繁利が家督相続により、所有権を取得し、次いで同年一〇月五日、原告が右訴外人から贈与を受けて、所有権を取得した。

(二)  仮に右が理由なしとするも原告は昭和一八年一〇月五日訴外柴田繁利から本件土地を贈与されたものとして引渡を受け所有の意思をもつて、平穏かつ公然に占有を始め、占有の始善意無過失であつたから、一〇年の期間を経過した昭和二八年一〇月五日に取得時効が完成し、本件土地の所有権を取得した。そこで原告は、昭和四五年一〇月八日の本件口頭弁論期日において右時効を援用した。

(三)  しかるに被告は原告の本件土地所有権を争うので右所有権の確認を求める。

三、被告指定代理人は、答弁として次のとおり述べた。

(一)  請求原因(一)(二)の事実は否認する。

(二)  同(三)の事実中被告が原告の本件土地所有権を争つていることは認める。

(三)  本件土地は、地番がなく民有地としての地籍がないので、いわゆる脱落地(明治初年の地租改正の際官有地か民有地かの調査がなされたが、調査もれになつた土地)と称せられるものであり、このような土地は被告の所有に属するものなのである。

1  我が国においては、明治五年二月一五日太政官布告第五〇号「地所永代売買ヲ許ス」によつて封建領主の土地領有制を廃し、近代的私的土地所有権を制度上認めることとなつたのであるが、明治政府がかかる私的土地所有権制度を承認したのは、明治一三年二月一七日司法省内訓によるものであり、行政上の特別の配慮にもとづいていた。すなわち幕藩時代の検地帳体制下における貢租制度では原則として農民にのみ、貢租義務を課し、農民を土地に緊縛し検地帳に登録された土地の石高に応じて貢租を徴収するという制度であつたから、農民にとつて極めて苛酷かつ不公平な貢租制度であつた。したがつて、明治政府にとつてわが国が近代国家として躍進するためには、かかる貢租制度を改め、均一賦課の精神にもとづいて、全国の租税を統一し、歳入を確保することが最も緊急かつ重要な問題であつた。そこで明治四年九月大蔵卿大久保利通らは、かかる貢租制度の改正につき、田畑永代売買の解禁、地券の発行および地価賦税の原則を明らかにしたが要するに農民に対し幕藩制下において課された諸制度の撤廃を前提とし「一地一主」の土地の私有を基礎とした土地課税を骨子としこれに地券の技術的方法を利用し、地租改正の実施に便ずるということであつた。すなわち明治政府は、個人の土地所有権を設定した場合には、これが「地所持主タル確証」である地券(明治五年二月二四日大蔵省達第二五号第六参照)を交付して土地所有を公証すると共にこの地券には当該土地の反別、地価が記載されているところから土地所有者は、この地価を基準にして、租税義務を課されたのである。

そして明治政府は、幕藩時代から田畑、市街地について、今日の所有権概念に相当し、相当程度抽象化され、観念化されていた支配権(それは「何某持」という言葉で表現されていた。)をもつて原則として、私的土地所有権と認めることとした。しかし山林原野等については幕藩時代における農民の支配意識が稀薄であるのに反し、領主側の支配意識が極めて強く、農民の収益を恩恵的と考える傾向が強かつたため、民有地か否かの認定は極めて困難を伴つた。そこで明治政府は、明治八年三月大蔵内務両省間に地租改正事務局を設け「地租一切ノ事務ヲ管轄」せしめることによつて「土地ノ広狭ヲ丈量シ錯乱ヲ糺正シ、其名称ヲ区別シ、地価ヲ定メ地租ノ増減ヲ審按」せしめた。かくして地租改正事務局は山林原野等についての民有地か否かの区別をするための具体的基準として明治八年六月二二日同局達三号「山林原野池溝等官民有区別更正調方」同八年七月同局議定「地所処分仮規則」同八年一二月二四日同局達乙一一号「山林原野池沼等官有民有定方達以前改正済ノ分モ更ニ取調伺出テシム」および同九年一月二九日同局議定「昨八年当局乙第三号同一一号達ニ付山林原野等官民所有区別処分派出官心得書」等を制定公布すると共にかかる基準のみでは多種多様な利用関係にある土地に対する民有地か否かの認定には不充分であつたところから、明治八年五月二四日地租改正事務局達乙第一号にもとづく地方官からの伺いに対し無数の達指令等を制定公布したのである。

2  そこで地租担当官は、地租改正に関する諸規定を基準として個々の土地を調査し、個々的に民有地か否かの認定をし、民有地と認定した土地には地券を交付し、この地券に基づいて租税義務を課したのであるが、改租担当官が民有と認定さるべき土地を誤つて官有と認定した場合とかあるいは民有と認定さるべき土地が調査漏れのために民有地と認定されなかつた場合(脱落地)には、改租担当官の当該土地に対する民有たることの認定行為がないから当該土地については人民の所有権が認められないことになり、その故に地券も交付されず、また租税義務も課されなかつたのである。

3  ところで明治政府は、全国の土地の官民有等を区分するために、明治七年一一月七日太政官布告第一二〇号「地所名称区別改定」を制定公布した。その結果、改租処分の際に官有とされた土地はもちろん脱落地等もすべて官有に属することになつた。

そして明治政府は、かかる脱落地に対する人民の所有権を設定するために、民有地編入という処分をしたのである。このようにして、地租改正の過程において、明治政府によつて民有地と認定されない以上、人民は、当該土地に対する所有権を主張しえなかつたのである。そして、かかる改租担当官の過誤を是正するために明治三二年法律第九九号国有土地森林原野下戻法が制定されたのである。しかして同法の規定によれば、

裁判所の下戻判決等は法律的には改租処分の取消または無効宣言を内容とするものでは決してなく、誤つた改租処分により官有に編入された国有地についてはもちろん、脱落地についても同法を準用し、下戻権者に対し、新に所有権を設定する効力を有する旨規定するに至つたのであり、この趣旨は判例上も確立しているのである。

4  以上述べたごとく、本件土地は改租処分の際に調査されないまま放置されたものであり、したがつて改租担当官が本件土地を積極的に国有に編入した事実もなく、また民有地と認定した行為も存在しないのである。

そして本件土地は改租処分既済地方にあたることは公知の事実であるから、同法一条三項の脱落地であつて国有というべきである。

四、証拠関係〈略〉

理由

爾余の争点に対する判断はしばらくおき、原告が取得時効の完成により本件土地の所有権を取得したとの主張について審案する。

一検証の結果証人河本日出男の証言及び弁論の全趣旨を総合すると本件土地は、明治初年の地租改正の際、改租担当官の調査漏れのため民有地と認定されなかつた土地(いわゆる脱落地)であり、本件土地を表示する登記簿が存在していないことが認められ他に右認定に反する証拠はない。

二しかして、わが国においては、明治五年の「地所永代売買ヲ許ス」という太政官布告がなされるまでは、人民は土地について自由に使用収益処分できることを内容とする近代的所有権を有していなかつたのである。

そして明治政府は、地租改正の準備のため、租税を負担する土地の永代売買禁止を解いて土地の流通取引を許し、土地をして新租税制度における租税額決定の標準としての地価を有するものとし、地価及び租税義務者たる土地所有者(地価によつて表現されるところの交換価値の独占主体者)を確保する手段として「地券」の制度を創設したのである。

そして前記事実関係によれば、本件土地の所有者に対して「地券」が交付されなかつたことが明らかである。

三本件土地は、国有土地森林原野下戻法(明治三二年法律第九九号)第一条三項にいわゆる地租改正処分既済地方に属する土地であることは公知の事実であり、また同法に定める手続により、民有地とされたことを認めるに足る証拠はない。

そうすると本件土地のようないわゆる脱落地は被告の所有に属するものといわなければならない。

四しかし本件土地について被告において行政財産(いわゆる公物)とする旨の決定がなされたことを認めるに足る証拠はないから、本件土地は国有財産のうちの普通財産(国有財産法三条三項)であるということができる。

したがつて、本件土地は国有財産であつても法律上は私物と同一の性質を有する土地であり、私人において取得時効の元成により、所有権を取得することができる土地であるといわなければならない。そして〈証拠〉を総合すれば、原告は、昭和一八年一〇月頃、訴外柴田繁利から本件土地も同人の所有に属するものとして本件土地を含む同人の財産の贈与を受け、所有の意思をもつて平穏公然に占有を開始したこと、爾来、原告は本件土地を自己の所有土地として本件土地内に植樹し、更に本件土地内の雑木を伐採して、薪炭として、費消して管理していたこと、原告が本件土地を右のように使用収益するについて附近の土地所有者から原告に対して、何らの異議も述べられたことがないこと、また被告も昭和一八年一〇月頃から原告が本訴を提起するまでの間(本訴提起の日が昭和四五年五月二七日であることは、記録上明らかである)原告が本件土地を使用収益していたことについて異議を述べたことがないこと、以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

一方被告が本件土地を占有管理していたことを認めるに足る証拠はない。

しかし原告が本件土地を訴外柴田繁利から贈与された頃、原告において、本件土地の登記簿等を調べたり、固定資産税の納付手続をなしたりしたことを認めるに足る証拠はないから、原告は本件土地の占有を開始した際、本件土地が自己の所有となつたことを信ずるについて少なくとも過失があつたものと推認するのが相当である。

五しかして、原告は本件において民法一六二条二項の一〇年の取得時効を援用しているのみであるが、時効の援用とは、援用者が時効完成による利益を享受しようとすることを欲する表示に外ならないものであるから、取得時効を援用しようとするには、時効によつて取得すべき権利、援用の基礎となるべき事実を主張すれば十分であり、必ずしもその時効期間は明示することを要しないものである。何となれば、時効期間に関する当事者の主張は法律上の見解にすぎないものであるから、裁判所はこれに拘束されるものではないと考えられるからである。

本件において原告は、民法一六二条一項の時効の基礎となるべき事実をも主張していることは原告の主張に照して明らかである。

そして前記認定の事実関係によれば原告は本件土地を昭和一八年一〇月頃から二〇年以上所有の意思をもつて、平穏かつ公然と占有していたというべきであるから、昭和三八年一〇月末日の経過とともに原告は本件土地の所有権を取得したものということができる。

六してみれば、原告の本訴請求は理由があるから正当として認容するべく民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (高橋爽一郎)

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