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名古屋地方裁判所 昭和52年(ワ)2162号 判決

原告 浜田始 ほか一名

被告 国

代理人 山野井勇作 安井和重 ほか二名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

一  被告は、原告浜田に対し金一、〇〇〇万円およびこれに対する昭和五二年九月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告川合に対し金三〇〇万円およびこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

(被告)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  仮執行の免脱宣言

第二当事者の主張

(原告ら)

一  原告浜田は、(1)昭和五〇年一〇月二〇日ごろ、半田伸夫から別紙登記目録の記載内容(以下、本件登記という)のある別紙物件目録一、二の土地(以下、本件一、二土地という)の登記簿謄本を示され、同土地を譲渡担保として、金六〇〇万円を借受けたい旨の申出を受けて、これを承諾し、弁済期昭和五一年四月二〇日、遅延損害金日歩八銭二厘と定めて、同人に金六〇〇万円を貸付け、(2)昭和五〇年一二月一二日ごろ、同人から右同様同土地を譲渡担保として、金四〇〇万円を借受けたい旨の申出を受けて、これを承諾し、弁済昭和五一年一二月一二日、利息日歩四銭一厘、遅延損害金日歩八銭二厘と定めて、同人に金四〇〇万円を貸付けた。

二  原告川合は、昭和五〇年八月二日ごろ、半田伸夫から本件二土地の登記簿謄本を示され、同土地を担保として、金三〇〇万円を借受けたい旨の申出を受けて、これを承諾し、弁済期昭和五一年八月一日、利息 月四分と定めて、同人に金三〇〇万円を貸付けた。

三  しかし、本件一、二土地の登記簿に記載された本件登記は、半田伸夫によつて、名古屋法務局広路出張所管理にかかる同登記簿の閲覧に際し、不正に記入されたものであつて、その内容に符合する権利変動は存在せず、同人において同土地につき所有権を取得した事実はない。

四  本件一、二土地の登記簿に対する三項の不実記載は、同法務局広路出張所担当職員が閲覧者による登記簿原本への不正記入、汚損、抜取などを未然に防止すべき注意義務を怠つた過失によつて惹起されたものである。

五  同法務局広路出張所担当職員の四項の過失および登記簿謄本の作成交付にあたつてその記載内容を点検確認すべき注意義務を怠つた過失により、不実記載たる本件登記の記入された本件一、二土地の登記簿謄本が作成され、これら謄本の記載によつて半田伸夫が同土地の所有者であると信じた原告浜田において一項のとおり、同じく同人が本件二土地の所有者であると信じた原告川合において二項とおりそれぞれ同人に金員を貸付けたところ、同人無資力のため、右各貸付金の返済を受けることができず、いずれも、右各貸付金と同額の損害を被つた。

六  よつて、被告に対し、原告浜田において金一、〇〇〇万円とこれに対する訴状送達日の翌日である昭和五二年九月二〇日から、原告川合において金三〇〇万円とこれに対する右同様昭和五二年九月二〇日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

七  被告主張二ないし四項は争う。

(被告)

一  原告ら主張一、二項の事実中、原告ら各自が半田伸夫から金員借受けの申出を受けた際、原告浜田においては本件登記のある本件一、二土地の登記簿謄本を、原告川合においては本件登記のある本件二土地の登記簿謄本をそれぞれ示されたとの点は否認し、その余は知らない。

同三項の事実は認める。

同四項の事実は争う。

同五項の事実中、名古屋法務局広路出張所担当職員の過失に関する点は争い、その余は知らない。

原告ら各自がその主張のように半田伸夫に金員を貸付けるにいたつたのは、いずれも、同人に対する信頼によるものであつて、本件登記の記載された本件一、二土地登記簿謄本を示され、それによつて同土地が同人の所有であると信じたことによるものではない。すなわち、半田伸夫による本件一、二土地登記簿原本への不実記載と原告ら各自の同人に対する金員の貸付および損害の発生との間に因果関係は存しない。

因に、半田伸夫が本件二土地登記簿原本に不実記載たる本件登記の記入をなしたのは、昭和四九年六月四日ごろであるが、本件一土地登記簿原本に右不実記載をなしたのは、原告ら各自が同人に金員を貸付けたと主張する日の後である昭和五一年五月一〇日ごろである。

二  名古屋法務局広路出張所においては、登記簿の閲覧、謄本および抄本の認証交付事務は、専ら四名の担当職員が行なつているが、他の職員においても、その所掌事務を遂行するかたわら、右覧閲監視に従事している。そして、登記簿の閲覧申請にあたつては、担当職員において、提出された申請書の適否を調査し、適正な申請に対して、氏名を呼上げるなどして申請人本人であることの確認をなしたのち、申請にかかる物件の登記簿の編綴されている帳簿を手渡し、同出張所中央部に設けられた閲覧席において閲覧させ、その終了をまつて、担当職員が同帳簿の返還を受けてこれを点検するなど、公示制度としての登記簿の閲覧が支障なく実施されるように配慮し、かつ閲覧中の登記簿への不正記入、汚損、抜取などを防止するため、閲覧席を職員らの監視可能な位置に設け、喫煙、インクおよび墨汁などの使用を禁止する措置を講じている。

ところで、半田伸夫は、同出張所において偽名を用いて閲覧申請をなし、借受けた帳簿中から、閲覧申請にかかる物件と異なる本件二土地登記簿原本を抜取つて、これを同出張所外に持出し、不実記載たる本件登記を記入したのち、同登記簿原本を元の帳簿に綴り込むなど、担当職員の監視をくぐり、極めて巧妙かつ計画的な手段をもつて右不実記載をなしたもので、かかる場合においては、担当職員において同人の右不実記載を防止することは不可能であり、そこに過失の存在を肯認することに相当でない。

三  本件一土地登記簿に対し不実記載たる本件登記が記入されたのは、原告ら各自が半田伸夫に金員を貸付けた後である昭和五一年五月一〇日ごろであるから、同人による右不実記載と原告ら各自の金員貸付との間に因果関係のないこと前記のとおりであるが、本件二土地登記簿に対し不実記載たる本件登記が記入され、それによつて原告ら各自が同人に金員を貸付け、損害を被つたとしても同損害に対し被告において賠償すべき範囲は、原告ら各自が同人にそれぞれ貸付けた金員の全額とするのは相当ではない。

1 すなわち、原告ら各自は、いずれも、半田伸夫に対する各貸付金債権を被担保債権として、本件二土地につき担保権の設定登記手続を経由していなかつたのであるから、同債権の返済を受けられないときは、同土地を換価して得られる額より、同人に対する他の債権者と平等の立場で弁済を受け得るにすぎないものである。そして、同人は、昭和五〇年一〇月二〇日現在、菅沼隆幸に対し合計金三〇〇万円、株式会社東海銀行に対し金三〇〇万円、大山薫生に対し金二〇万円の債務を負担し、更に昭和五一年五月一二日大山薫生から金三五〇万円を借受けているものであるから、被告において原告ら各自の被つた損害に対し賠償すべき範囲は、そのころの同土地の価格金七八五万円を原告ら各自の債権を含む全債権額で按分し、原告ら各自において受領し得る額に限られるべきものである。

2 また半田伸夫による本件二土地登記簿に対する本件登記の記入によつて、原告浜田の被つた損害は、金六〇〇万円に止まるものである。

すなわち、原告浜田は、昭和五〇年一〇月二〇日ごろ同人に対し、同土地を担保として、金六〇〇万円を貸付けるにあたり、同土地の担保価値が右貸付金に充たないものと評価し、その旨同人に告げていたものであるから、同年一二月一二日ごろ同人に対し、更に金四〇〇万円を貸付ける際には、同土地に担保余力のないことを知つていたものというべきである。従つて、右金四〇〇万円の貸付は同土地と関係なくなされたものであり、本件登記の記入と関係のある原告浜田の損害は、同年一〇月二〇日ごろに貸付けた金六〇〇万円の範囲内に止まるものである。

仮にそうでないとしても、同土地を換価して得られる額、すなわち同土地の価格金七八五万円の範囲内に限られるべきである。

四  被告において原告らの主張する過失があり、原告ら各自に対し損害賠償をなすべき義務があるとしても、原告ら各自においても、その主張する損害を被つたことにつき過失があつた。

すなわち、金員を貸付けるにあたつては、登記に公信力はないのであるから、借主の資産、経歴、人的関係などを充分に調査し、かつ不動産を担保として提供された場合には、金員を交付する前に、担保権の設定登記手続を経由すべきである(同登記手続を経由するための申請をなせば、担当法務局において当該不動産の登記簿、登記申請の添付書類などの調査がなされ、当該登記簿になされた不実記載が判明し得たはずである。)しかるに、原告らは、半田伸夫の甘言に惑わされ、漫然と同人に金員を貸付け、損害を被つたものである。

従つて、原告ら各自の損害額算定にあたつては、原告らの右各過失を斟酌すべきである。

第三証拠<略>

理由

一  原告ら主張三項の事実(半田伸夫によつて本件一、二土地登記簿に不実記載たる本件登記が記入されたこと)は当事者間に争いがなく、成立に争いのない<証拠略>、公文書であるから真正に成立したものと推認される<証拠略>によれば、半田伸夫による本件二土地登記簿に対する本件登記の不正記入は、昭和四九年六月四日ごろなされたものであり、成立に争いのない<証拠略>、公文書であるから真正に成立したものと推認される<証拠略>によれば、同人による本件一土地登記簿に対する本件登記の不正記入は、昭和五一年五月一〇日になされたことが認められる。

二  そこで、原告ら各自が半田伸夫に対し金員を貸付けるにいたつた経緯について判断する。

(原告浜田につき)

成立に争いのない<証拠略>によれば、次の事実が認められる。

原告浜田は、神奈川県藤沢市辻堂において、食品販売業を営むものであるが、昭和五〇年春ごろ名古屋市に居住する実弟の柳田重信の紹介によつてサンワサービス株式会社に勤務する半田伸夫を知り、以来、店舗新築にあたつて冷凍庫、シヨーケースの購入、その取付工事などを同人に依頼するなど、同人に対する信頼の念を深めていたところ、同年一〇月初めごろ同人から、「親戚に融資する必要が生じたので、自己の所有となつている本件一、二土地を担保として金六〇〇万円を貸してほしい」との申出を受け、同人の案内により同土地を見分し、同土地が金一、〇〇〇万円以上の価値を有するものと判断したこともあつて、同人の申出に応ずることとし、同年一〇月二〇日同人との間で、同土地を譲渡担保として弁済期昭和五一年四月二〇日、利息日歩四銭一厘、遅延損害金日歩八銭二厘の約定で金六〇〇万円を貸付ける旨の金銭貸借契約公正証書を作成したうえ、同人に金六〇〇万円を交付し、更に昭和五〇年一二月初めごろ同人から、「前に担保として提供した同土地は金六〇〇万円以上の価値があるので、あと金四〇〇万円貸してほしい」との申出を受け、右のとおり同土地が金一、〇〇〇万円以上の価値を有するものと判断していたことから、この申出に応ずることとし、同年十二月一二日同人との間で、同土地を譲渡担保として弁済期昭和五一年一二月一二日、利息日歩四銭一厘、遅延損害金日歩八銭二厘の約定で金四〇〇万円を貸付ける旨の金銭貸借契約公正証書を作成したうえ、同人に金四〇〇万円を交付したものであるが、その後、他から同土地が同人の所有名義となつているか否かを確認すべきであるとの忠告を受けたため、昭和五一年五月初めごろにいたつて、同土地の登記簿謄本を取寄せ、かつ同人に対し、同土地に担保権の設定登記(停止条件付所有権移転仮登記)手続を経由すべきことを要求した。

以上の事実が認められ、この認定に反する原告浜田本人の供述部分は措信できない。

(原告川合につき)

成立に争いのない<証拠略>原告川合本人の供述(但し、後記措信しない部分を除く)によれば、次の事実が認められる。

原告川合は、名古屋市中村区に所在する三和電気土木工事株式会社名古屋支店に勤務しているところ、同会社の関連会社で同一建物内にあるサンワサービス株式会社に勤務する半田伸夫が他から借入れた金員をほかに貸付け、その利鞘を稼いでいることを知り、自らも手持ちの金員を同人に貸付けて利息を稼ごうと企図し、昭和五〇年七月末ごろ同人にその旨相談し、同人が名古屋市昭和区天白町大字八事に所有すると称する土地を担保として(但し、その旨の設定登記手続を経由することなく)、同人に対し弁済期昭和五一年八月一日、利息月四分の約定で金三〇〇万円を貸付けることとし、昭和五〇年八月二日妻芳子を介して同人に金三〇〇万円を交付したものであるが、右貸付の実行にあたつて、同人から担保として提供される土地の現地はもちろん、その登記簿なども調査することなく、専ら同人による事情説明を信頼して右貸付を実行したものであつて、同人に金三〇〇万円を交付したのち、右交付と引換に妻芳子が取得していた本件二土地登記簿謄本を確認した。

以上の事実が認められ、この認定に反する原告川合本人の供述部分は措信できない。

三  二項認定事実よりみると、原告らは各自は、いずれも、本件一、二土地登記簿の記載内容を斟酌することなく、専ら半田伸夫の言動を信頼して、同人に前記認定のとおりそれぞれ金員を貸付けたものというべきであるから、仮に一項認定のとおり同人によつて土地登記簿に不実記載がなされたことにつき法務局担当職員に過失があり、また同職員が不実記載のあることを看過して登記簿謄本を作成交付したことに過失があつたとしても、それら過失と原告ら各自の同人に対する金員の貸付およびそれによつて生じた損害との間に相当因果関係の存在を肯認することは困難である。

もつとも、成立に争いのない<証拠略>に照らすと、半田伸夫においては、本件二土地登記簿に本件登記がすでに記入されていることを契機として、原告浜田に対しては本件一、二土地を担保として、原告川合に対しては本件二土地を担保としてそれぞれ提供する旨述べて金員の借入れを申出たこと明らかであり、また<証拠略>には、同人において原告浜田に金員借入れを申出た際、不実記載たる本件登記の記入された本件二土地登記簿謄本を示したとの記載のあることが認められるものの、原告ら各自による同人に対する金員の貸付は、二項認定のとおり土地登記簿の記載内容を斟酌して実行されたものと認められないから、右の<証拠略>にある事実をもつて、直ちに、前記相当因果関係の存在を肯認することは相当ではない。

四  以上の次第で、原告ら各自の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 谷口伸夫)

別紙 物件目録

一 名古屋市昭和区天白町大字八事字富士見ヶ丘一二番四

山林 一八九平方メートル

二 同所一二番五

山林 一五七平方メートル

別紙 登記目録

所有権移転

昭和四八年拾壱月五日受付第四〇弐六八号

原因昭和四八年拾壱月壱日売買

所有者名古屋市千種区猪高町猪子石原字天神下九七七番地の弐 半田伸夫

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