大判例

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名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)147号 判決

原告

日本生命保険相互会社

右代表者

川瀬源太郎

右訴訟代理人

三宅一夫

坂本秀文

山下孝之

杉山義丈

長谷川宅司

被告

井上光志

被告

北地博

主文

一  被告らは原告に対し、各自金三八〇二万八六四九円及びこれに対する昭和五五年一一月六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、生命保険事業を行なうことを目的とする相互会社である。

2  原告は、昭和五四年四月四日、訴外株式会社ミサ(以下「ミサ」という。)との間で左記の二件の生命保険契約を締結した。

(一) 第一契約

(1) 保険証券番号 〔八六〇〕第一六三八一三号

(2) 保険の種類 キーマン定期保険

(3) 被保険者 石黒照夫

(4) 死亡保険金受取人 株式会社ミサ

(5) 死亡保険金 八〇〇〇万円

(二) 第二契約

(1) 保険証券番号 〔二二〇〕第八三二四一三号

(2) 保険の種類 キーマン養老保険

(3) 被保険者 石黒照夫

(4) 死亡保険金受取人 堤美佐子

(5) 死亡保険金 二〇〇〇万円

3  右当時、ミサの代表取締役は右各契約の被保険者たる訴外石黒照夫(以下「石黒」という。)であつたが、同年九月二九日、訴外山田和廣(以下「山田」という。)が石黒に代わりミサの代表取締役に就任した。

また、右当時、第二契約の死亡保険金受取人である訴外堤美佐子(以下「美佐子」という。)は石黒の妻で石黒姓を名乗つていたが、昭和五五年六月一七日、石黒と協議離婚をして旧姓の堤姓に復した。

4  前記各契約の死亡保険金受取人であるミサ及び美佐子は原告に対し、昭和五五年一〇月一三日、被保険者石黒が同年九月三〇日に縊死自殺したとしてその死亡保険金の支払を請求してきた。

そこで、原告は同年一一月五日、第一契約の死亡保険金受取人であるミサに対し八〇一八万〇一一一円(その内訳は、死亡保険金八〇〇〇万円と当年度配当金四万九三二〇円の合計額から未収保険料七万九五四〇円を差し引いた七九九六万九七八〇円とこれに対する遅延利息二一万〇三三一円である。)を同社の北海道拓殖銀行名古屋駅前支店普通預金口座に振り込み、また、第二契約の死亡保険金受取人である美佐子に対し二〇〇二万八五三九円(その内訳は、死亡保険金二〇〇〇万円と当年度配当金二万六四〇〇円の合計額から未収保険料五万〇四〇〇円を差し引いた一九九七万六〇〇〇円とこれに対する遅延利息五万二五三九円である。)を同人の三菱信託銀行名古屋支店普通預金口座に振り込み、それぞれ支払をなした。

5  ところが、右支払後、被保険者石黒は自殺したのではなく、ミサの代表取締役である山田、同専務取締役である訴外近藤幸雄(以下「近藤」という。)、同取締役部長である被告井上光志(以下「被告井上」という。)及び被告北地博(以下「被告北地」という。)の四名によつて殺害されたことが判明した。

すなわち、山田、近藤及び被告らは、石黒が前記生命保険契約に加入しているのに目をつけ、石黒を殺害して保険金を騙し取ろうと共謀し、被告らにおいて、昭和五五年九月三〇日夜「不動産取引のことで話をしたい」旨申し入れて石黒を誘い出し、被告井上の運転する自動車内においてヒモを使つて石黒を絞殺し、さらに、犯行を隠すため石黒の首にヒモをかけて立木につるし自殺にみせかけたものである。

6  本件生命保険契約の普通保険約款には、保険契約者または保険金受取人が被保険者を故殺した場合は保険者は保険金の支払義務を免れる旨の定めがある(約款第一条の免責事由がこれに当たる。商法六八〇条一項二号、三号)。

右5で述べたとおり、本件殺人事件は、ミサの代表取締役である山田が近藤及び被告らと共謀して被保険者石黒を殺害したというものであるから、第一契約については保険契約者兼保険金受取人による被保険者故殺に、第二契約については保険契約者による被保険者故殺にそれぞれ該当するというべく、いずれも保険金支払の免責事由となる。

従つて、原告は保険金支払義務がないにもかかわらず、右4で述べたとおり、本件生命保険契約の保険金受取人であるミサ及び美佐子に対しそれぞれ保険金を支払つたことになる。

よつて、原告は被告ら各自に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記各支払金の合計一億〇〇二〇万八六五〇円の内金三八〇二万八六四九円及びこれに対する前期各支払の日の翌日である昭和五五年一一月六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否(被告井上)

請求原因1及び2の各事実はいずれも認める。同3の事実は知らない。同4の事実のうち、原告がミサ及び美佐子に対し保険金の支払をなしたことは認め、その日時、金額等の詳細は知らない。同5の事実は認める。同6の事実は知らない。

(被告北地)

請求原因1の事実は認める。同2ないし4の各事実はいずれも知らない。同5の事実は否認する。同6の事実のうち、第一段は知らない。その余は否認する。

第三 証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二請求原因2の事実は、被告井上との関係では当事者間に争いがなく、被告北地との関係では、〈証拠〉によればこれを認めることができ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

三〈証拠〉によれば請求原因3の事実を認めることができ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

四請求原因4の事実のうち、原告がミサ及び美佐子に対し保険金の支払をなしたことは被告井上との関係では当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、請求原因2の各契約の死亡保険金受取人であるミサ及び美佐子から原告に対し、昭和五五年一〇月一三日、その死亡保険金の支払請求がなされたこと、原告は同年一一月五日、ミサに対し八〇一八万〇一一一円(なお、その内訳のうち、当年度配当金及び遅延利息の金額についてはこれを認めるに足る証拠はない。)を同社の北海道拓殖銀行名古屋駅前支店普通預金口座に振り込んで支払い、また、美佐子に対し少なくとも一九九七万六〇〇〇円(その内訳のうち、遅延利息五万二五三九円についてはこれを認めるに足る証拠はない。)を同人の三菱信託銀行名古屋支店普通預金口座に振り込んで支払つたことを認めることができ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

五請求原因5の事実は、被告井上との関係では当事者間に争いがなく、被告北地との関係では、〈証拠〉によればこれを認めることができ、他にこれを覆すに足る証拠はない。

なお、〈証拠〉によれば、山田、近藤及び被告らは、殺人・保険金詐欺等で名古屋地方裁判所において有罪判決を受け、それぞれ刑に服していることを認めることができる。

六〈証拠〉によれば、本件生命保険契約の普通保険約款は、保険契約者又は保険金受取人の故意により被保険者が死亡したときは、保険者は死亡保険金の支払をしない旨規定していることを認めることができる。

そして、右約款が保険契約者又は保険金受取人による被保険者故殺をもつて免責事由としている趣旨は、かかる行為は社会的に容認されない行為で保険事故の偶然性の要求に反し、かつ、この場合にも保険者が保険金の支払義務を負うとすることは公序良俗違反であり、保険契約の射倖的性質に照らし保険契約の関係者に要求される信義則の原則に反するという点にあると解される。

ところで、〈証拠〉によれば、本件生命保険契約はいずれも、事業繁栄の鍵を握る経営者、経営幹部を守るための法人専用のニッセイキーマンプランで、原則として法人を保険契約者兼保険金受取人とし、会社役員、幹部社員又は従業員を被保険者として契約を締結することになつていたことを認めることができ、それによれば、本件生命保険契約は原則的に法人だけを保険契約者兼保険金受取人として予定している特殊な契約であるということができ、また、前記二で認定した事実によれば、法人たるミサは第一契約の保険契約者兼保険金受取人であり、かつ、第二契約の保険契約者であるから、結局、本件は法人たるミサによる被保険者故殺をもつて免責事由としているということができる。

しかし、法人は本来その目的の範囲内においてのみ行為をなしうるものであつて、被保険者故殺というが如き社会的に容認されない行為はその目的の範囲内にあるということはできず、従つて前記約款の適用の余地は考えられないから、前記約款をその文言どおりに解することは無意味という他ないこと、また、保険者が本件生命保険契約を締結するに際し右のような不利益を前向きに容認していたものと解することは、保険者の合理的意思の解釈として妥当性あるものということはできないこと、以上を総合して考えると、本件は前記免責の趣旨に照らし、法人の機関である取締役等の地位にある者の被保険者故殺で法人による被保険者故殺と評価できるものをもつて免責事由としていると解するのが相当である。

本件殺人事件は、前記認定のとおり、保険契約者であるミサの代表取締役である山田が、同専務取締役である近藤及び被告らと共謀して、被保険者石黒を殺害して保険金を騙し取ろうと企て、石黒を殺害したという保険金詐取目的による被保険者殺害の事案であり、右事案の実体に照らせば、この場合にも保険者が保険金の支払義務を負うとすることは明らかに公序良俗違反であり、信義誠実の原則に反するといわなければならないから、本件においては、山田の被保険者故殺をもつてミサの被保険者故殺と評価し、保険者に対し保険金支払義務を免責させるのが相当である。そして、被告らは、ミサが石黒を被保険者として原告との間で二件の生命保険契約を締結していたこと、従つて、石黒が死亡すれば原告から死亡保険金の支払がなされることを十分に認識認容し、ミサの代表取締役である山田及び同専務取締役である近藤と共謀して被保険者石黒を殺害して保険金を騙し取ろうと企て、これを実行し、保険金支払義務なき原告をして一億〇〇一五万六一一一円の支出をなさしめたものであるから、原告に対し右支出金額に相当する損害を与えたものとして不法行為責任あるものといわなければならない。

七よつて、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(浅野達男 太田豊 田島清茂)

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