大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)2475号 判決

原告

服部益男

被告

日本国有鉄道清算事業団

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金一四四八万三〇九二円及び内金一三一八万三〇九二円に対する昭和五七年一〇月四日から、内金一三〇万円に対する本判決言渡の日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し、金三一四四万〇四一九円及び内金二八五九万〇四一九円に対する昭和五七年一〇月四日から、内金二八五万円に対する本判決言渡の日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五七年一〇月四日午後五時五〇分ころ、名古屋市千種区東山通一丁目本山交差点において、被告日本国有鉄道清算事業団(当時は日本国有鉄道、以下、「被告国鉄」という)の従業員被告伊藤康司(以下「被告伊藤」という)が運転するハイウエイバス(以下「被告車」という)が、信号待ちのため停車中の原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車」という)に追突した(以下「本件事故」という)。

2  責任原因

(一) 被告国鉄は、被告車の保有者であり、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償補障法三条により損害賠償責任を負う。

(二) 被告伊藤は、前方不注視の過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

3  傷害及び治療経過

原告は、本件事故により、頸部挫傷の傷害を負い、事故当日から昭和五八年一二月七日まで聖霊病院、名古屋大学医学部附属病院等において通院治療を受け(通院実日数二三一日)、同日症状が固定し、後遺障害として、頸部回旋に圧痛、握力低下、右中指示指知覚鈍麻、耳鳴、聴力障害等が残つた(自賠責保険後遺障害等級第九級)。

4  損害

(一) 治療費等 一万三〇〇〇円

名古屋大学病院の治療費一万〇五〇〇円及び聖霊病院の診断書料二五〇〇円。なお、その余の治療費六六万八七八〇円は自賠責保険から支払済である。

(二) 通院交通費 四万三八五〇円

なお、その余の通院交通費一一万七六〇〇円は被告国鉄から支払済である。

(三) 休業損害 七〇三万七六三一円

原告は、宝石商を営み、本件事故当時一か月少なくとも四七万二二二二円の収入を得ていたが、本件事故のため事故当日から昭和五八年一二月末日まで就業することができず、七〇三万七六三一円の損害を被つた。

(四) 後遺障害による逸失利益 二四九九万五九三八円

原告は、本件事故がなければ一年間に少なくとも五六六万六六六六円以上の収入を得ることができたが、前記聴力障害のため顧客との応対が十分にできないなど、事故のために少なくとも収入の三五パーセントを喪失したので症状固定時(四九歳)から六七歳までの一八年間の逸失利益をホフマン方式により算定すると、二四九九万五九三八円となる。

(五) 慰謝料 六四六万円

原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料は六四六万円が相当である。

(六) 弁護士費用 二八五万円

(七) 損害のてん補 九九六万円

原告は、被告国鉄から休業補償として四七四万円、自賠責保険から後遺障害分として五二二万円を受領した。

(八) 合計 三一四四万〇四一九円

よつて、原告は、被告らに対し、各自、右金三一四四万〇四一九円及び内金二八五九万〇四一九円に対する本件事故日である昭和五七年一〇月四日から、内金二八五万円に対する本判決言渡の日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否、反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の責任は争う。

3  同3のうち、後遺障害として聴力障害が残つたとの点は否認する。その余の事実は不知。

本件事故は、時速二〇キロメートルで走行していた被告車が原告車との衝突を避けようとしてブレーキをかけ、衝突時の速度は時速六キロメートル程度で追突したものであり、その衝撃は軽微なものであるし、事故後の原告の言動をみても、一メートル以上の距離で話声を解することが困難であるほどの聴力障害が生じていたとはとうてい認められない。また、原告は、ハンターとして長期間にわたり散弾銃を使用しており、これにより聴力障害が生じたことも十分に考えられる。したがつて、本件事故と聴力障害との間に相当因果関係はない。

4  請求原因4について

(一) (一)は不知。なお、既払額は認める。

(二) (二)は不知。なお、既払額は認める。

(三) (三)は否認する。原告の営業は、宝石、貴金属等の出張販売が主であり、その収入額は不確実なものであるし、原告は、事故後すぐに代車を使うなどして働いていたものである。

(四) (四)は否認する。原告の収入額は不確実なものであるし、前記のとおり聴力障害は後遺障害とは認められない。

(五) (五)は不知。

(六) (六)は不知。

(七) (七)の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  原本の存在及び成立に争いのない乙第一七号証、第一八号証の一、二、第一九号証の一ないし二〇、被告伊藤本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、請求原因2(責任原因)の事実を認めることができ、他にこれに反する証拠はない。

三  請求原因3(傷害及び治療経過)について判断する。

1  成立に争いのない甲第一号証、第二号証、第四号証の一ないし四(三は原本の存在とも)、乙第二五号証の一、二、証人鈴木康之の証言及び原告本人尋問の結果によれば、以下の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は、本件事故により、頸部挫傷の傷害を負い、事故当日から昭和五八年一二月二七日まで加藤外科病院及び聖霊病院整形外科に通院して治療を受け(実通院日数計二一四日)、同日症状が固定した。

(二)  原告は、本件事故前には耳鳴や難聴を自覚することはなかつたが、事故後一か月位して自覚症状が出たため、昭和五七年一一月一二日から同五八年六月二一日まで感音難聴、耳鳴症という傷病名で聖霊病院耳鼻科に通院して治療を受け(実通院日数一七日)、他に名古屋大学医学部附属病院耳鼻科にも通院して治療を受け、同日症状が固定した。

(三)  聖霊病院の担当医師の作成した後遺障害診断書によれば、原告は、本件事故による後遺障害として、頸部痛、右中指示指知覚鈍麻、感音難聴、耳鳴等が残存したものとされ、また、右診断書等に基づく調査事務所の審査の結果、原告の後遺障害は、自賠法施行令第二条所定の九級七号(両耳の聴力が一メートル以上の距離では普通の話声を解することができない程度になつたもの)及び一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)の併合九級であるとの認定がなされた。

2  被告は、本件事故時の衝撃が軽微であることに加え、事故後の原告の言動やハンターとしての散弾銃の使用歴に照らして、本件事故と聴力障害との間に因果関係はない旨主張するので、この点について判断する。

(一)  事故時の衝撃の程度について

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第八号証、前掲乙第一九号証の一ないし二〇、原告及び被告伊藤各本人尋問の結果を総合すると、事故前に被告車が時速五キロメートルから二七キロメートルまで加速された時点で被告伊藤が急ブレーキをかけ、約一秒間に五メートル進行して原告車に衝突していること(なお、被害車のタコメーターの最終計時は時速六キロメートル程度となつていること)、原告車(コロナマークⅡ)は被告車(ハイウエイバス)に追突されたため五メートルないしそれ以上前方へ押し出されたこと、原告は、衝突直後は一時的に意識がなく、しばらくして被告伊藤が原告車のドアのガラスをドンドンたたくのに初めて気づいたこと、事故後原告車が修理を要する状態であつたため、被告国鉄は原告に対し代車を提供していることが認められ、右各事実に照らすと、衝突時の原告に対する衝撃は相当程度あつたものと推認できる。

なお、甲第七号証により認められる修理費が少額であつても、必ずしも原告に対する衝撃の程度に比例するものとは限らないから、直ちに原告の傷害との因果関係を否定することはできないし、乙第三二、三三号証も直接的に右推認を左右するものとはいえず、他に右推認を覆すに足りる証拠はない。

(二)  事故後の原告の言動について

成立に争いのない乙第一四号証の一、二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二〇号証、原告及び被告伊藤各本人尋問の結果によれば、原告は、事故後、被告伊藤が原告車のドアのガラスをたたくのに気づき、交通の妨げとならないよう原告車を運転して交差点の先まで移動したこと、しばらくして現場に到着した被告国鉄の職員猿渡の運転する車で、原告は加藤外科病院に運ばれ、三~四〇分待つた後に診察を受けたこと、右診察時には聴力障害の点は訴えていないこと、その後原告車及び被告車が加藤外科病院の前に到着し、被告車の中で話しあつた際には、原告は、大したことはない旨述べていたこと、そして、原告は、被告伊藤運転の原告車に乗せられて被告国鉄名古屋自動車営業所へ立寄つた後、自ら原告車を運転して帰宅したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、前掲甲第四号証の一ないし四によれば、「受傷時意識消失」及び「受傷直後一時間位全く聴力がなかつた」という原告による主訴があり、この点と聴力検査の結果とがあいまつて後遺障害の診断がなされていることが認められるが、右認定の事故後の原告の言動に照らすと、「受傷時意識消失」という点は肯認できるとしても、「受傷直後一時間位全く聴力がなかつた」という点は当時の状況を正確に表現したものとは認め難い。

もつとも、証人服部仁子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は加藤外科病院で診察を待つ間、気分が悪いためソフアーに横になつており、看護婦の呼ぶのにも気づかない位であつたこと、原告は事故当夜九時ころ帰宅した際、手や肩がしびれて感覚がなく、頭や首の痛みを訴えていたこと、翌日も痛みは続いていたが、加藤外科病院でもらつた薬を飲んで静養し、翌々日から被告国鉄の提供したレンタカーで聖霊病院へ通院を開始したことが認められる。

そして、証人鈴木康之の証言によれば、事故直後にろう状態があつたという原告の主訴も事故と聴力障害との因果関係の判断要素であるが、右ろう状態がなくとも外傷による感音難聴及び耳鳴症が生じる場合があること、また、原告の場合純音聴力検査において正確に答えているものと推定されること及び頸部に損傷がみられることも右判断要素とされたことが認められるので、事故後の原告の言動のみから直ちに事故と聴力障害との因果関係を否定することはできない。

なお、証人花井勝男は、昭和五八年七月ころから原告と賠償交渉をした際、テーブルをはさんで話をして通じた旨証言するが、前掲甲第一号証及び証人鈴木康之の証言と対比すると、証人花井勝男の証言のみから直ちに原告に聴力障害がなかつたものと判断することはできない。

(三)  ハンターとしての散弾銃の使用と難聴について

成立に争いのない乙第一二号証によれば、原告は、昭和四三年以来愛知県公安委員会から散弾銃二丁の所持を許可されていることが認められるが、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第九号証及び原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨にれば、原告は、昭和四三年から同五〇年ころまではハンターとして散弾銃をよく使用していたが、それ以後は年に数えるほどしか使用していないことが認められる。

また、証人鈴木康之の証言及び鑑定の結果によれば、射撃による騒音性難聴の場合は片側の耳の難聴が強くなるのが特徴であること、原告の場合は両側の耳が均等に難聴になつており、高音部の障害が著明であることが認められるので、このことからすれば、射撃による結果として騒音性難聴が生じた蓋然性は低いものと判断される。なお、射撃による軽度の騒音性難聴が素因として存在した可能性も否定できないが、これを明確に認めるに足りる証拠はない。

3  そして、前記のとおり、原告には本件事故前に耳鳴や難聴の自覚症状がなかつたことに加えて、前掲甲第一号証、成立に争いのない乙第七号証、証人鈴木康之の証言及び鑑定の結果によれば、聖霊病院耳鼻科の鈴木医師、名古屋大学医学部附属病院耳鼻科の丹羽医師及び鑑定人柳田則之のいずれもが本件事故と原告の感音難聴、耳鳴との因果関係を肯定していることが認められるので、他原因によるものとの証明がない以上、結局、本件事故と原告の聴力障害との相当因果関係を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はないといわざるを得ない。

四  そこで、損害について判断する。

1  治療費等

原告は、自賠責保険から受領した金額以外に一万三〇〇〇円を要した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

2  通院交通費

原告は、被告国鉄から受領した金額以外に四万三八五〇円を要した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

3  休業損害

成立に争いのない甲第三号証、乙第四号証、第一五号証の二及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、名古屋市中区において株式会社ハツトリ宝石店という商号で宝石、貴金属等の販売業を営み、昭和五七年一月から九月末までの間に四二五万円(ただし、同年四月から九月末までの間に二八五万円)、したがつて、一日あたり一万五五六七円(円未満切捨て、以下同じ)の収入を得ていたことが認められ、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

そして、前認定の原告の傷害及び治療経過、通院の頻度と、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一一号証、証人服部仁子の証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、本件事故による傷害のため、約四か月間は完全に休業したこと、続く約半年間は原告の妻仁子が店に出て営業を維持したものの収入は激減したこと、その後原告が通院のかたわら少しずつ店に出るようになつたことを認めることができ、右認定の事実に照らすと、原告は、事故当日から四か月間は一〇〇パーセント、続く半年間は八〇パーセント、その後症状固定日である昭和五八年一二月二七日までは五〇パーセントの減収を余儀なくされたものと認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

被告らは、事故後原告は代車を使用して働いていた旨主張するが、右各証拠と対比すると、原告が病院に通院するために代車を使用していたことはあつても、被告らの右主張事実を認めるに足りる証拠はないというべきである。

そうすると、原告の被つた休業損害は、次の計算式のとおり五二七万七二一三円となる。

15,567×(120+180×0.8+150×0.5)=5,277,213

4  後遺障害による逸失利益

証人服部仁子の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告の営業は接客業であり、難聴のため客の声(特に女性の声)が十分に聞き取れず、とんちんかんな受け答えをして客を失うなど、営業収入に相当の影響が生じていること、また、営業収入の減少のため昭和六一年七月当時五〇〇万円を超える負債が生じるなど生活に窮する事態が発生していることが認められる。

しかし、他方、右各証拠及び原本の存在並びに成立に争いのない乙第三六号証の一、二によれば、原告は、本件事故前には昼間は自動車を使用して外商(出張販売)に出かけ、夕方から店に出て営業していたこと、通院をやめた後も自動車の運転はできるが外商はやらなくなつたこと、現在も店は営業を断続しているが、気持がすさんで一日に酒を一升位飲んで働かない日もあることが認められ、症状固定後の減収については、原告の勤労意欲喪失による減収部分もあるものと判断できる。

右の各事実に前認定の原告の聴力障害の程度を合わせ考えると、本件事故による減収率は二〇パーセントと認めるのが相当である。

そして、弁論の全趣旨によれば、原告の将来長期間にわたる収入については、営業の性質上不確実な要素もあるが、当該年令の平均賃金程度の収入を得る蓋然性はあること、原告は、症状固定時四九才の男子であり、六七才まで就労可能であることが認められるので、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・四九才の男子労働者の平均賃金四九四万五六〇〇円を基礎とし、喪失率を二〇パーセントとし、ホフマン方式により中間利息を控除して逸失利益の現価を算定すると、次の計算式のとおり一二四六万五八七九円となる。

4,945,600×0.2×12,603=12,465,879

5  慰謝料

前認定の本件事故態様、傷害及び後遺障害の内容、程度、治療経過等諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、傷害分一二〇万円、後遺障害分四二〇万円と認めるのが相当である。

6  損害のてん補

原告が被告国鉄から休業補償として四七四万円、自賠責保険から後遺障害分として五二二万円、合計九九六万円(本訴請求外の治療費、通院交通費を除く)の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

7  合計

前記3ないし5の合計額から6の金額を控除すると、残額は一三一八万三〇九二円となる。

8  弁護士費用

本件事案の難易、審理の経過、認容額等に照らして本件事故と相当因果関係にある損害と認めうる弁護士費用は、一三〇万円が相当である。

五  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、前項7及び8の合計金一四四八万三〇九二円及び内金一三一八万三〇九二円に対する事故日である昭和五七年一〇月四日から、内金一三〇万円に対する本判決言渡の日から各支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com