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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)789号 判決

原告 株式会社 丸市青果

右代表者代表取締役 石原忠彦

右訴訟代理人弁護士 長谷川弘

右同 早川忠宏

被告 名古屋市

右代表者市長 西尾武喜

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

右同 大場民男

右訴訟復代理人弁護士 鈴木順二

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して金一億円及びこれに対する昭和五九年三月二九日より支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の地位

原告は中央卸売市場法に従って、昭和二九年七月二一日に設立され、昭和三〇年九月一三日に愛知県知事より卸売業者としての許可をうけ、同年被告が名古屋市中央卸売市場枇杷島市場(以下「枇杷島市場」という)を開設してから昭和五八年三月二九日にこれを閉場するに至るまで、被告代表者市長(以下単に市長という)の同市場施設の使用指定を受けて同施設を使用してきた者である。

2  卸売市場法の趣旨目的と市場施設の使用指定

(一) 市長は、卸売業者が使用する市場施設の位置、面積、使用期間その他の使用条件を指定する(名古屋市中央卸売市場業務条例六二条一項)が、競合する複数の卸売業者に対する指定基準について法は具体的基準を定めていない。しかし、このように法が具体的基準を定めていない場合でも、行政庁は行政目的達成のための行政行為に対する判断決定を規律すべき具体的な裁量基準を定立すべきであり、理由がないのに特定の個人を差別的に取扱うことはできない。

(二) ところで、卸売市場法三五、三六条は、卸売業者に対して、卸売市場開設区域内においては許可にかかる卸売以外の販売を禁止し、あるいは市場内において差別的な取扱や販売委託の申込みの拒否を行うことを禁止し、卸売業者に対して重大な公益的任務を課すことによって、生鮮食料品等の取引の適正化とその流通の円滑化を図り、もって国民生活の安定に資することを目的としている。

(三) 従って、市長は卸売業者の右任務役割等に鑑み競合する卸売業者を公平に扱い、もって販売委託する出荷者等に差別的取扱をしないように市場施設の使用指定をすべき法的義務を負っているというべきであるから、市長の使用指定した市場施設の面積及び位置などが裁量権を濫用した不公平なものであれば違法な行為となる。

3  枇杷島市場における市場施設の配分基準

(一) 昭和三〇年の枇杷島市場開設当初、これに入場していた卸売業者は、訴外株式会社名果、訴外名古屋中央青果株式会社、原告、訴外名古屋大一青果株式会社(以下「訴外大一」という)の四社であり、四社は市長から平等割の方法で市場施設の使用指定を受けていた。

(二) その後、訴外株式会社名果は、昭和三一年一二月六日訴外名古屋中央青果株式会社に吸収合併され、その後枇杷島市場の入場者は新会社訴外名古屋中央青果株式会社(以下「訴外名果」という)、原告及び訴外大一の三社となった。

(三) ところが、その際その市場施設中卸売業者売場(以下「卸売場」という)の配分について紛争が生じたので、昭和三三年四月一九日近藤名古屋市議会経済教育常任委員長の斡旋によって別紙(一)の協定が成立した。その後、昭和三三年九月二日右三社は協議のうえ別紙(二)の協定を成立させたが、昭和三四年九月一二日、右三社は改めて市場長立会の下に別紙(三)の協定を成立させた。

(四) 右別紙(三)の協定の有効期限は、昭和三五年九月の第二公休日の前日までとされていたが、右協定内容に異議を唱える者がいなかったため、昭和三五年一〇月一七日市場長立会の下に、別紙(五)のとおり右別紙(三)の協定を卸売場配分基準とするとの再確認を行い、右の有効期限の経過後も右の別紙(三)の協定は枇杷島市場の卸売場配分基準となった。

(五) 昭和四一年、右三社が卸売場の配分を巡って紛糾した際にも、市長は同年五月二四日に右別紙(三)の協定に従った使用指定を実施し、以後別紙(三)の協定は枇杷島市場の市場施設の使用指定の唯一の基準として機能し慣例化したのである。

4  市長の使用指定における違法性

(一) 指定面積についての不公平

(1) 昭和四四年九月二四日訴外大一は訴外名果に吸収合併され、枇杷島市場に入場している卸売業者は原告と訴外名果の二社となった。卸売業者にとっては「せり台」や「搬入搬出のための通路」等は業務執行に不可欠な固定部分であり、従来の実績割七五パーセント、平等割二五パーセントの配分基準が定着したのは右の固定部分を考慮したためであるが、右の合併の結果三社から二社となり、右の二社の実績面に大きな開きができたのであるから、むしろ固定部分の割合を大きくし平等割を重視しないと出荷者からの委託物品を公平に扱うことができない。従って、合併の際市長は、本市場の唯一の配分基準である別紙(三)の協定に従って再配分をするか、あるいは右の基準が不適当であれば、市長は他の基準を設定し、これに従って再配分をすべきであった。

しかるに、市長は右の合併時に訴外名果と合併後の卸売場配分について密約をし、右の合併前に市長も関与して成立した別紙(三)の配分基準を無視し、しかもこれに代わる合理的な配分基準を定立することなく、合併後の訴外名果に対して、右の合併前に訴外名果と訴外大一に対して配分していた分を合せてそのまま配分することにし、名果の利益だけを図るような恣意的な使用指定を続けたのは、裁量権を逸脱した違法な行為である。

(2) また、仮に合併による訴外名果と原告との実績の開きの増大を前提とし、実績割に重きを置いて実績割一〇〇パーセントにより配分することを市長の裁量権の範囲内としても、昭和五五年ないし同五七年の使用指定については、別紙(六)の表各②欄のとおり原告の卸売実績に比べて過少な卸売場面積の使用指定がなされている。

更に、原告に対する指定面積から現実に駐車場となっていて卸売場として利用できない部分(訴外名果については一五〇六・九四平方メートル、原告については九四五・四六平方メートル)を控除して指定面積の割合を計算すると、別紙(六)の表各①欄のとおり更に原告の卸売実績に比べて過少な売場面積の使用指定がなされている(なお、一パーセントは、指定面積一六二平方メートル(約五〇坪)に当たるから、右の不公平は看過できない)。

従って、実積割に重きを置いて実績割一〇〇パーセントにより配分することを裁量権の範囲内としても、現実に卸売業者の実績を忠実に反映した指定配分を行っていないから、市長の裁量権の行使には違法がある。

また、卸売金額は市場内での現品取引に関するものに限定されているが、市長は昭和五四年の届出につき、原告に対して右法令に規定されているのを無視して、卸売金額に兼業業務である場外取引の金額(輸入果実等)を含めるように指示した。それは兼業業務の比率が原告に比べて訴外名果の方が大きく、これを卸売金額から除外すれば、訴外名果と原告との実績の差は小さくなり、卸売場の配分の不公平が益々増大するからである。

従って、実績割に重きを置いて実績割一〇〇パーセントにより配分することを裁量権の範囲内としても、市長の実績の評価の仕方は相当でなく、不相当な評価方法に基づく不公平な配分が行われているから、市長の裁量権の行使には違法がある。

(二) 指定位置についての不公平

枇杷島市場においては甲種、乙種の二種類の卸売場があるが、各卸売場間に商業活動の利便性に格段の差があり、かつ、利便性の高い甲種の売場の方が使用料が安い(甲種、一平方メートルにつき一ヵ月金一一〇円《昭和五七年七月からは金一九〇円》、乙種一平方メートルにつき一ヵ月金六〇円《昭和五七年七月からは金一〇〇円》)。従って卸売業者はそれぞれの卸売場において公平な取扱を受けなければ、売上げと使用料について、二重の不利益を受けることになる。

しかし、市長は、別紙図面(一)ないし(三)のとおり原告に対して、甲種三〇六八・〇三平方メートル、乙種一九四九・二八平方メートル配分し、訴外名果に対して、甲種五三〇八・四二平方メートル、乙種五八七八・四九平方メートル配分した。このため、原告は、商業活動の上で利便性が低く使用料の高い乙種の卸売場を多く配分されたことになり、そのため、原告は一平方メートルにつき一ヵ月九一円(昭和五七年七月からは金一五五円)訴外名果は一平方メートルにつき一ヵ月金八四円(昭和五七年七月からは金一四三円)という使用料単価について不公平な差別を受けた。

5  損害の発生

(一) 卸売市場法三五条、三八条によれば、卸売業者は許可を受けた市場内で、出荷者の計算において行う卸売の方法によること以外は営業活動ができず、委託者からの定率による委託手数料以外には、収益をあげることができない。

従って、販売委託される物品量の多少は卸売金額の多少につながり、卸売金額の多少は原告の収益となる委託手数料の多少につながるのであり、そして、委託物品の量の多少は指定される卸売場面積とその位置によって決まるから、指定面積とその位置のいかんによって、原告の収益に影響することになる。

(二) 従って、前記の不公平な卸売場面積の使用指定の結果、原告は別紙(四)の計算書のとおり昭和五五年度から同五七年度にかけて、合計二億八四七六万六八一円の得べかりし利益を失った。

また、前記の不公平な卸売場位置の指定の結果、原告は不当に高い使用料を徴収され、昭和五五年度四二万一四五四円、同五六年度四二万一四五四円、同五七年度六四万七二三三円、合計一四九万一四一円の損害を被った。

6  結論

よって、原告は、被告に対して国家賠償法一条に基づき、市長の右違法行為により被った損害金総計二億八六二五万八二二円の内金一億円及びこれに対する不法行為後であり、かつ本訴状送達の翌日である昭和五九年三月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(原告の地位)は認める。

2  同2(卸売市場法の趣旨目的と市場施設の使用指定)は争う。

(一) 卸売市場法の目的は同法一条にあるとおり卸売市場の整備を促進し適正かつ健全な運営を確保し、生鮮食料品等の取引の適正化とその生産流通の円滑化を図り、国民生活を安定させることにある。

(二) そして、卸売市場法三五条は、中央卸売市場の公益性からくる当然の規定であり、同法三六条は委託者を保護し公正な取引を維持して、生産者の保護と生鮮食料品の継続的安定的供給を確保することにある。これらの規定は卸売業者に対して重大な公益的任務を課したものではなく、中央卸売市場における生鮮食料品等の取引の適正を図るための極めて基本的かつ当然の規定である。

3  請求原因3(枇杷島市場における市場施設の配分基準)について

(一) 同(一)は認める。

(二) 同(二)は認める。

(三) 同(三)のうち、別紙(一)、(三)の協定が成立したことは認める。但し、別紙(一)の協定が成立したのは、原告主張の合併に関して業者間に紛争が生じたからではなく、新しく卸売場が増設されたためである。

別紙(二)の協定は、卸売業者間の話合いが成立しなかったため、市場長が一任されて、卸売業者と協議の上決定したものであり、配分要素についての変更もその内容となっている。

(四) 同(四)のうち、別紙(三)の協定の有効期限が昭和三五年九月の第二公休日までとされていたこと、別紙(五)の協定が成立したことは認めるが、その余は否認する。

別紙(五)の協定は平等割二五パーセント、実績割七五パーセントとする配分が改めて卸売業者間において成立したものであり、別紙(三)の協定がその有効期限経過後も枇杷島市場の卸売場配分の基準になったことはなく、別紙(三)の協定は一時的なものにすぎない。また、市長が昭和四一年に別紙(三)の協定に従って使用指定をしたこともない。

4  請求原因4(市長の使用指定における違法性)について

(一) 同(一)(指定面積についての不公平)

(1) 同(1)のうち、昭和四四年九月二四日、訴外大一と訴外名果とが合併したことは認め、その余は否認する。

「せり台」や「通路」をどのように配置するかは、卸売場をいかにして効率的機能的に運営するかにつき、卸売業者の卸売場の形状、施設配置、物流の動静などの観点から考慮すべき問題であり、開場以来度々増設の行われてきた枇杷島市場においては、平等割と固定部分とが同一の意義を有するとはいえない。

また、実績の格差が大きいほど平等割の比率を大きくしなければならない、というのは論理が逆であり、かえって実態を無視し、不公平な結果となる。

別紙(三)の協定は昭和三四年九月一六日から同三五年九月の第二公休日までの一時的なものであり、かつ三業者間の協定にすぎない。そして、別紙(三)の配分要素による配分方式が卸売業者三者間で実施される場合と二者間で実施される場合とでは、結果的に全く異なるものとなるが、昭和四四年九月の合併以後の二業者間で新たに合意され機能しているものは昭和四八年七月二一日の協定のみである(以下「昭和四八年協定」という)。

(2) 同(2)は争う。

昭和四八年協定後においても年々の実績の変化はあったが、市長は当該協定や取扱実績比率に大きな変化がないこと、北部市場への移転という大事業を控えていたことなどの諸事情を総合的に判断して、卸売場指定及び配分比率を敢えて変える必要性はないと考え、裁量の範囲において適正かつ具体的な使用指定をしてきた。

また、取扱実績比率については何時の取扱量をこれに反映させるかについて、各市場の経緯、実情によって異なり、農林水産省においても統一的な基準見解がなく、各都市、市場の実情に応じた裁量に委ねられている。

原告と訴外名果は、市長から卸売場として使用指定を受けた場所を顧客である売買参加者の便宜のために、早朝時の一時的な車置場として使用させていることはあるが、市長は右部分を「駐車場」として使用指定しているものではない。

輸入果実の取扱については昭和五五年八月までは市長は農林省や卸売業者と協議を重ねており、適切かつ統一的な処理ができるようになったのは、同年九月からである。仮に原告の一方的な兼業業務額を除いた取扱実績を認めた場合、これによって昭和五五年の前後で取扱実績比率の数字上の違いが生ずるとしても、枇杷島市場内における業務取引の実態に変化が生ずるわけではなく、原告の主張はこの点においても失当である。

(二) 同(二)(指定位置についての不公平)

卸売場が甲種、乙種と区分され、その間に使用料の差があること、卸売場の原告に対する甲種、乙種の使用指定面積、訴外名果に対する甲種の使用指定面積が主張のとおりであることはいずれも認め、その余は否認する。訴外名果に対する乙種の使用指定面積は四八七一・〇八平方メートルである。

右甲種、乙種の区別は市場施設の建設年次、建築構造の差によるもので使用料の差もこれに従って決めたものにすぎず、卸売業務上の利便性によるものでない。

中央卸売市場の卸売場の取引形態は見本取引が中心であり、見本を見て競り落した売買参加者等が品物を引取っていくのであるから、位置によって生ずる有利不利の差は大きくないから裁量権の行使に違法をもたらすものではない。

5  請求原因5(損害の発生)について

(一) 同(一)のうち、卸売金額の多少によって委託手数料が上下することは認め、その余は否認する。原告は卸売業務以外の業務(いわゆる兼業業務)や買付け集荷したものの販売によって実績をあげている。

(二) 同(二)は争う。

三  被告の主張

1  市長の市場施設の使用指定の性質

(一) 市長が卸売業者に対して行う中央卸売市場の市場施設の使用指定に関する客観的な配分基準については卸売市場法、名古屋市中央卸売市場業務条例及び同条例施行細則には何ら規定されていないこと、使用指定の性質が卸売業者に対して権利または利益を付与する行為であることからすると、市長の自由裁量に委ねられていると解される。

(二) このように、旧中央卸売市場法及び現行の卸売市場法において、市場施設の使用指定が市場開設者に委ねられているのは、各々の中央卸売市場の開設の経緯、市場の規模、形状その他諸般の事情が異なっているため、法令によって統一的な配分基準を設けるよりも、これを踏まえて各開設者の自由裁量に委ねたほうが、市場の円滑な運営が行われ、生鮮食料品等の安定供給という法の目的に適うものであるとの配慮によるものである。

(三) ところで、被告以外の大都市の中央卸売場で複数の青果物卸売業者が存在する場合において、各開設者が行っている市場施設の使用指定は各々の事情が異なるため、区々であり客観的、統一的な基準は存しない。

しかし、これらの大都市における開設者の使用指定の方法はほぼ実績割一〇〇パーセントから平等割一〇〇パーセントまでの範囲にわたっているので、この範囲内あるいはこれに類似する使用指定であれば、社会通念上妥当な裁量ということができる。

(四) 枇杷島市場における市場施設の配分については、実績割に重きをおくことが妥当かつ合理的である。

枇杷島市場においては、年々の著しい取扱高の増加に伴って市場施設が絶対的に狭隘になっており、しかも右市場の卸売業者である原告と訴外名果との間の実績面に相当の開きがあるから、平等割のような極めて政策的で裁量的な色彩の濃い点に重きを置くことは、むしろ市場施設の機能的かつ効率的な活用を阻害することになるからである。

2  枇杷島市場開場から閉場までの業者間の協定と市長の使用指定

枇杷島市場における市場施設の使用指定は、名古屋中央卸売市場業務条例施行細則五三条に基づき行われており、何ら手続的瑕疵はない。

(一) 昭和三〇年二月一日、枇杷島市場開場当初は、入場した四社の実績が未だ不明であったため、市長は卸売場、同事務所とも平等割一〇〇パーセントで配分したが、昭和三一年一一月一日、市場施設の増設に伴い、卸売業者の意見聴取の上卸売場については実績割八〇パーセント、平等割二〇パーセントにより配分し、同事務所については従来の配分のまま固定化した。

なお、昭和三一年一二月六日、訴外株式会社名果が訴外名古屋中央青果株式会社に吸収合併された際に、市長は合併後の新会社訴外名果に対して、旧二社分の市場施設の使用を認めた。

(二) 昭和三二年一二月三日、卸売業者売場の増設に伴って、当時の経済局長が実績割六〇パーセント、平等割二〇パーセント、保証金割二〇パーセントによる配分方針を示したが、卸売業者からの異論があって、昭和三三年四月一九日の近藤経済教育委員長の斡旋により別紙(一)の協定が成立したので市長はこの協定を尊重して使用指定した。

ところが、その後に更に新しく卸売場が増設されたのを機に、卸売業者間で話合いが行われたが、合意が成立しなかったため、市場長が一任されて卸売業者と協議し、昭和三三年九月二日別紙(二)の協定記載の他、実績割七五パーセント、平等割二五パーセントによる計算数値と、実績割三分の二、平等割三分の一による計算数値とを合計折半したものにより配分することとした。

従って、昭和三三年九月二日の右協定の実施により別紙(一)の協定は失効した。

(三) 昭和三四年九月一二日、別紙(三)の協定が卸売業者間において合意された時にも、また、昭和三五年一〇月一七日、別紙(五)の協定が卸売業者間において合意された時にも、市長は裁量の範囲内で同協定を尊重して使用指定を行った。

なお、別紙(三)の協定は昭和三五年九月の第二公休日が有効期限とされていて、慣例化した配分基準とはならない。

(四) 昭和四一年ころ、卸売場の配分を巡って再び卸売業者間で紛糾し、度重なる業者間の話合いにかかわらず合意が成立せず、別紙(五)の協定の継続も合意されなかったから、同協定は右の紛糾時をもって失効した。

従って、右以降は従前ほぼ毎年行われていた卸売場の位置の交代、別紙(五)の協定の基準による配分変更は二度と実施されなくなり、そして、市長は右紛糾時から昭和四四年九月の訴外名果と同大一との合併時までは卸売業者間の取扱実績にも格別変化がなかったため、その裁量により紛糾が起こる前の配分割合を重視して、毎年ほぼ固定化した使用指定を行った。

(五) 市場の取扱高と自動車の発達により、枇杷島市場は狭隘化し昭和四三年ころ新市場への移転構想が検討され始めたが、これと同じころ卸売業者三者間においても、過当競争を合理化することが課題となり、関係者の協議の結果、卸売業者の整備統合、少数複数型への移行という農林省の方針に沿って昭和四四年九月二四日、訴外名果と訴外大一とが合併した。

そして、右合併後の配分方法について原告と訴外名果との合意が成立しなかったため、市長は、昭和四一年の紛糾時以降配分面積を固定化してきた経緯、合併前の三社の取扱実績などを考慮して、合併した旧二社分の市場施設をそのまま合併後の訴外名果に使用させた。

従って、合併後の新会社が合併前の旧二社分の配分を受けるのは当然であり、しかも合併により原告に対する配分は何ら減少していないから、不公平な使用指定ではない。

(六) 昭和四八年度の使用指定申請にあたり原告から再配分の強い要請があり、またそのころ原告が農林省に対して直接不満を訴えたため、再び協議が行われたが、卸売業者間の合意は成立しなかった。

しかし、かかる対立関係がいつまでも存在することは好ましくないため、市場長の指導の下に、原告と名果との卸売場の境界線を移動することによって昭和四四年の合併以来の諸々の紛争を一切解決し、かつ以後枇杷島市場閉場日までは卸売場を固定化して同様の紛争が起きないようにする、という趣旨の合意が成立し、昭和四八年七月二一日、卸売業者間において昭和四八年協定が成立した。

右協定の成立後昭和五八年三月二九日に枇杷島市場が閉場されるまで、市長は同協定を尊重して毎年の使用指定を行ってきた。

(七) 以上のとおり、市長は市長施設の使用指定につき自由裁量とする立場に立ちつつ、卸売業者間の話合いにより合意に達すれば、それが著しく不合理でないかぎり尊重し、取扱実績等の客観的情勢に格別大きな変化のないかぎり、基本的には固定化するのが妥当であるとの立場に立って使用指定しているから、裁量権の行使にあたって違法はない。

四  被告の主張に対する原告の反論

1  被告の主張1(被告の市場施設の使用指定の性質)についてはいずれも争う。

2  被告の主張2(枇杷島市場開場から閉場までの業者間の協定と市長の使用指定)については争う。

(一) 別紙(三)の協定は当然継続的に効力を有することを前提にしており、有効期限を設けた趣旨はその後により公平な配分基準が合意されたときはいつでもこれを変更できるようにしたものにすぎない。このことは別紙(五)の協定からも明らかである。

(二) 昭和四八年協定は以下のとおり内容的にも形式的にも無効である。

(1) まず、右の協定は農林省が市長に対して公平な使用指定するよう勧告したため、やむをえず訴外名果を説得し、これに調印させた後、原告に対して、農林省の勧告に基づき作成したものであるから、押印しないと今後一切使用指定しない旨の圧力を加えて、かつ原告と訴外名果との卸売場の境界線を訴外名果側に移動させることにより、あたかも原告の使用部分を大幅に増加させるかのように虚偽の事実を申し向けて、調印させたものである。

(2) 市長は右協定書の調印について原告及び訴外名果の抵抗に遭い、昭和四八年四月には市場施設の使用指定ができず、そして、同年七月二一日にようやく調印を得ることができたが、右協定が市長の強制によって成立したものであることを隠ぺいするために、昭和四八年八月一日に日付を遡らせて、同年四月一日付の市長「本山政雄」名義の使用指定書を作成し、更に「本山政雄」が右日付当時まだ市長でなかったことに気づき、同所に紙を貼り、当時の市長名「杉戸清」と記載したもので、偽造文書である。

(三) 又、昭和四八年協定は「枇杷島市場閉鎖日まで」を有効期限とし、市長は右協定を尊重して市場施設の使用指定をなしてきたが、このように指定の配分基準を長期間固定化することは卸売市場法、業務条例六二条の趣旨に反するから、昭和四八年以後市長が右協定を従ってなした使用指定は違法である。

第三証拠関係《省略》

理由

一  当事者の地位

請求原因1(原告の地位)の事実は当事者間に争いがない。

また、被告は卸売市場法八条に基づき、農林水産大臣の認可を受けて中央卸売市場を開設することができる地方公共団体であり、被告代表者市長は名古屋中央卸売市場業務条例(以下単に「業務条例」という)六二条により、卸売業者等が使用する市場施設の位置、面積、使用期間その他の使用条件を指定する権限を有する者であることは右規定上明らかである。

二  卸売市場法の趣旨目的と市場施設の使用指定について

1(一)  まず、卸売市場法の目的は、卸売市場の整備を促進し、その適正かつ健全な運営を確保することにより、生鮮食料品等の取引の適正化とその生産及び流通の円滑化を図り、もって国民生活の安定に資することにある(同法一条)。

ところで、中央卸売市場の市場施設の使用指定に関する客観的な配分基準については、卸売市場法、業務条例及び同条例施行細則等には何ら規定されていず、そして、業務条例六二条によると卸売業者は、市長から市場施設の使用指定を受けて入場している者であるから右使用指定は卸売業者に対して権利または利益を付与する行為である。

そうすると、卸売業者らが使用する市場施設の位置、面積、使用期間等の事項の指定については、専ら市長の自由裁量に委ねられていると解される。

更に、実質的に考えてみても、各々の中央卸売市場の開設の経緯、市場の規模、形状その他の諸般の事情が異なっていることは十分予想できることであり、これを踏まえて右指定については各開設者の自由裁量に委ねたほうが、市場の具体的妥当かつ円滑な運営が行われ、生鮮食料品等の安定供給という法の目的に適うものである。

(二)  これに対して原告は卸売市場法三五条、三六条を根拠に卸売業者の公益的任務が存在することとこれに対応して市長が卸売業者を差別的に取扱うことを禁止していることを主張している。もとより規定の有無にかかわらず合理的理由がないのに不当に市長が卸売業者を差別的に取扱うことは許容されるべきことではないが、右各法条はいずれも卸売業者と生産者たる委託者との関係を規定したものであり、同法三五条の趣旨はその間の公正な取引を保護し、同法三六条の趣旨は生産者の保護と生鮮食料品の継続かつ安定的供給を確保するためのものであるから、市長の使用指定とは関係がなく、市長の右使用指定についての裁量の範囲を制限するものではない。

2  なお、被告以外の大都市の中央卸売市場で複数の青果物卸売業者が存在する場合において、各開設者がどのように市場施設の使用指定を行っているかをみると、《証拠省略》によると、被告以外の大都市の中央卸売市場において複数の青果物卸売業者が存在する場合は、各卸売業者の一定期間における販売量(金額)の実績に按分比例して各業者に配分すべき面積を決定する方法(以下「実績割」という)と入場業者の数で全面積を除して全ての業者に平等の面積を配分する方法(以下「平等割」という)があるが、実績割のみにより市場施設の使用指定を行っているところ、平等割のみでこれを行っているところもあるし、又これらの要素を七五対二五、七〇対三〇、五〇対五〇などと加味して配分しているところもあって、区々であり、更に、いくつかの市場においては一旦指定配分がなされた以後は毎年売場を交替するのではなく、これを固定化している傾向があることが認められる。

従って、右認定の事実からすると、大都市における中央卸売市場の市場施設の配分について実績割、平等割の配分要素をどのような割合で考慮するかは各都市、各市場の実情に応じて区々であり、統一的な配分基準は存しないというべきである。

三  枇杷島市場における市場施設の配分基準と使用指定の経緯について

1  《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(一)  昭和三〇年二月一日枇杷島市場開場当初、これに入場していた卸売業者は訴外株式会社名果、訴外名古屋中央青果株式会社、原告、訴外大一の四社であり、四社は市長から卸売場について平等割の方法で使用指定を受けていた。

(二)  昭和三一年一一月から同三五年ころまでは業者間において右卸売場の配分を巡って紛争が生じたこともあり、卸売業者間の話合いの結果合意に達すれば、市長はこれを尊重して使用指定を行っていた。

すなわち、市長は昭和三一年一一月から同三二年一二月までは金額割四〇パーセント、数量割四〇パーセント、平等割二〇パーセント(即ち実績割八〇パーセント、平等割二〇パーセント)により配分し、昭和三一年一二月、訴外株式会社名果が訴外名古屋中央青果株式会社に吸収合併された際に、市長は合併後の新会社訴外名果に対して、旧二社分の市場施設を配分した。

そして、昭和三三年四月一九日に別紙(一)の協定、昭和三四年九月一二日に別紙(三)の協定、更に昭和三五年一〇月一七日に別紙(五)の協定がそれぞれ卸売業者間に成立したときにはいずれも市長は裁量の範囲内で各協定を尊重して使用指定を行った。

(三)  ところで、昭和三五年から同四一年ころまで、市長は、卸売業者売場の配分面積について、金額割七五パーセント、平等割二五パーセントで計算して、原告、訴外大一、訴外名果の三社において毎年卸売場の移動を行うように使用指定していたが、昭和四一年、右の卸売業者三社間において卸売場の配分を巡って紛糾し、業者間の協議の結果、従来の毎年の売場面積の増減は徒に三社間の過当競争を助長し、市場価格の安定を乱す原因ともなること、従来の毎年の卸売場位置の交代は、出荷者及び買受人のみならず卸売業者の損失をもたらすことから右の毎年の卸売場面積の再配分と卸売場位置の交代を廃止して、当時の現状のまま固定することになり、市長もこれを尊重して使用指定を行った。

(四)  その後、市場の取扱高の増加と自動車の発達により、枇杷島市場は狭隘化し、卸売業者らは売買参加者らの便宜のため市長から卸売場として使用指定を受けた場所の一部を別紙図面(一)のとおり、市場内が混雑する早朝の一時期に駐車場として使用させるような事態となっていたので、昭和四三年ころ新市場への移転構想が検討され始めた。他方、市長も卸売業者三者に対して、過当競争を避け合併等の方法により合理化するよう要望したが、これは当時卸売市場の在り方について、生産者保護の見地から少数複数の卸売業者が市場に入場するのが妥当とする農林省の方針に沿ったものであった。

(五)  そこで、訴外大一の側において、始めに原告に対して訴外名果と原告とが合併することを提案したが、原告はこれを断り、訴外名果と訴外大一との合併を希望したため、結局、昭和四四年九月訴外名果と訴外大一とが合併した。

そして、右合併後市長は枇杷島市場の施設の使用指定について新会社訴外名果に対して従来合併前の二社に配分していた部分を合せてそのまま配分したが、これは合併により枇杷島市場を利用する卸売業者が業績に相当の差のある二社となったため、実績割に重きをおいたもので、固定部分(実績にかかわらず必要となる設備)たる競り台や通路も実績割によって指定配分された面積の中で十分配置が可能であると判断したためである。

(六)  これに対して、原告は、市長宛てに市場施設の右指定配分について異議の申立てをするなど、市場施設の再配分を行うことを再三要求した。

そこで、こうした紛争を終息させるために、市場長から昭和四六年四月に市場施設を再配分する構想が提案され、訴外名果と原告との間で合意に達したが、原告が卸売場の位置を変えることを嫌い、これを履行しなかったため、右構想は実現しなかった。

(七)  その後、更に話合いが続けられたが、昭和四八年三月に移転先の新市場用地の確保ができ新市場への移転計画が現実化したため、枇杷島市場における前記の紛争を解決する必要性に迫られ、又、昭和四八年の市場施設に対する使用指定がなされるに先立って、原告はこうした不満を直接農林省に陳情という形で訴えたことから、これ以上紛争を継続させることはできない状況になった。

そこで、市場長の指導の下に、訴外名果と原告との間で訴外名果が譲歩し、原告と名果との卸売場の境界線を移動することによって、原告の卸売場として使用指定されている面積を約三三一平方メートル増やし、これをもって、昭和四四年の合併以来の諸々の紛争を一切解決し、かつ以後枇杷島市場閉場日までは卸売場を固定化して同様の紛争が起きないようにするとの合意が成立し、昭和四八年七月二一日、卸売業者間において右の協定が調印された。

そうして、右協定の成立後昭和五八年三月二九日に新市場(北部市場)への移転が実現し枇杷島市場が閉場されるまで、売場面積の配分割合を変更しなければならない程の取扱実績の変化はなかったので、市長は同協定を尊重して毎年の使用指定を行ってきた。

(八)  なお、右の昭和四八年協定によって移動させた原告と訴外名果との間の卸売場の境界線は、別紙図面(一)ないし(三)記載のとおりであるが、その他、訴外名果は一階部分のトラベータ跡地(荷を二階に掲げるための機械を昭和四六年に撤去した跡地)を事実上卸売場として使用していたので、市長は昭和四八年の協定の際にこれも卸売場として訴外名果に対して使用指定した。

また、別紙図面(一)の一階部分の通路部分は昭和四八年以前から卸売場として使用指定されていたが、同図面の天窓跡地(採光用の窓を取除いた跡地)は、従来から卸売業者らの共用部分として昭和四八年以前も以後も市長は卸売場として使用指定していない。

右のトラベータ跡地は事実上卸売場として訴外名果が使用しているが、このように本来市長によって卸売場として使用指定されていないが、枇杷島市場が狭隘のために業者らが事実上卸売場として使用していた部分は、原告については約一二〇平方メートル、訴外名果については約六〇平方メートルとなっている。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

2  以上認定の事実に基づいてみると、原告は別紙(三)の協定が枇杷島市場の唯一の有効な市場施設の配分基準である旨主張しているが、同協定には「本協定の有効期限は昭和三五年九月の第二公休日の前日迄とする」と明記されており、その文言自体からその後の継続を前提としていないし、その後昭和四一年に卸売業者三者間において紛糾が生じた以後は従来行われていた卸売場の移動を止めるなど業者間の協定の内容及びこれを尊重して市長の使用指定の内容にも本質的な変遷がみられ、遅くともこの時をもって別紙(一)、(三)、(五)の協定の内容は業者間においても効力を失なっていたと認められる。

又他に市長の裁量の範囲を制限するような配分基準の存在を認めることはできない。

そして、以上認定の事実関係からすると、市長は市場施設の使用指定について、卸売業者の実績に重きをおきつつ、卸売業者間の合意をも尊重してその自由裁量により使用指定をしてきたものと認められるのである。

四  市長の使用指定における違法性の有無について

原告は昭和五五年度から昭和五七年度までの市場施設の使用指定が違法であることを前提として国家賠償法一条に基づき本件請求をしているが、その違法の理由とするところは大凡枇杷島市場の市場施設配分については別紙(三)の協定が慣例化した基準となっていたのに、昭和四四年訴外名果の合併時に市長と訴外名果との密約により右別紙(三)の協定に反した使用指定をし、更に昭和四八年以降は無効な昭和四八年協定に基づいて使用指定を継続したため、実績割による市場施設の指定面積及び指定位置について不公平な取扱いがなされ、裁量権が濫用されたという趣旨に解せられるから、以下順次検討する。

1(一)  先ず別紙(三)の協定が昭和四一年にその効力を失ない、以後市場施設の慣例化された配分基準となっていたと認められないことは前記のとおりであり、次に、昭和四四年に訴外名果の合併時の市場施設の配分方法について市長と訴外名果との間に原告主張のような密約があったことを認めるに足りる証拠はなく、又実質的にみても、合併の促進が農林省の方針であり、公益に資するというのであれば、そのために合併前の二社に割当てていた分を合せてそのまま新会社に使用指定することは当然のことであり、そして結果的にも右使用指定の内容が不公平を招いているということも認められない。

(二)  次に昭和四八年協定についてみると、原告は、昭和四八年の協定が市長の強制、虚言に基づき成立したものである旨主張しているが、これを認めるに足りる証拠はないし、更に原告は右昭和四八年の協定を尊重した同年の市場施設の使用指定書は偽造文書であると主張しているが、これを認めるに足りる証拠もない。

なお、原告は右昭和四八年の使用指定書は偽造文書と主張し、《証拠省略》には、指令番号が同一でなく、市長名の部分には「本山政雄」と記載されている上に紙を貼って「杉戸清」と記載されていることが認められるが、昭和四八年の業者間の協定が前記認定の同年七月二一日に成立した事実に照らすと、協定の成立が遅れたため同年の使用指定が年度開始の時期にできなかったことによるものと推認され、偽造ということはできず、原告の主張は失当である。

更に、昭和四八年協定が「枇杷島市場閉場日まで」を、その有効期限とし、市場施設の配分基準を長期間固定化しているのは卸売市場法、業務条例六二条に反するから、市長が右協定に従ってなした以後の市場施設の使用指定は違法である旨主張するが、右協定が成立した前記認定の経過からすれば、以後「枇杷島市場閉場日まで」右協定を尊重して使用指定したことを不当ということはできないし、以下で検討するように、以後の使用指定が裁量権を濫用したものということもできない。

なお、昭和四八年協定を尊重して市長がなした使用指定は前記認定のとおり従来よりも売場の境界線を移動させ、原告の売場面積を約三三一平方メートル増加させたもので、原告に有利な内容となっているのであり、原告を不利益に取扱った不公平な使用指定とはいえないし、又証人長谷川正英及び原告代表者は、昭和四八年の協定以後訴外名果は卸売業者のもともと共同利用に供されていたトラベータ跡地や通路部分と天窓跡地(別紙図面(一)参照)を独占的に使用しており、市長はこれを黙認しているから右の協定に従った昭和四八年以降の使用指定はかえって原告を不利益に取扱っている旨各供述しているが、前記認定のとおり、トラベータ跡地は昭和四八年以前から訴外名果が事実上卸売場として使用していたものを市長が同年の指定の際に売場として使用指定したものであるし、通路部分はもともと卸売場として使用指定されされていたところであるから、右各供述は事実に反するし、又前記認定のとおり天窓跡地はもともと共用部分として売場外とされているところを事実上利用しているにすぎず、しかも、他に卸売場として使用指定されていないが、卸売業者らが卸売場として事実上使用している場所が、原告については約一二〇平方メートル、訴外名果については約六〇平方メートルあり、卸売業者の自由な利用に任せているにすぎないものと考えられ、市長がこの点で何らの措置をとらなかったとしても、原告を不公平に取扱っているということはできない。

(三)  次に、原告は市長の使用指定した面積のうちに現実には駐車場となっていて卸売場として使用していない部分が含まれている旨主張し、証人長谷川正英及び原告代表者は、市長の使用指定した卸売場については別紙図面(一)記載のとおり駐車場となっていて、卸売場として事実上利用不可能な部分が含まれている旨右主張に沿う供述をしているが、前記認定のとおり、右駐車場とされている部分はもともと市長が卸売場として指定した場所であるが、原告ら卸売業者が早朝の一時期任意に取引先の売買参加者らにこれを駐車場として便宜使用させているにすぎず、市長の使用指定とは無関係であり、この点について市長の裁量の濫用は認められない。

2  卸売実績から見た市長の使用指定について

(一)  原告は、実績割に重きを置いて配分したとしても、市長の昭和五五年度から同五七年度までの指定については原告の卸売実績に比べて過少な売場面積の使用指定がなされている旨主張しているので、この点について検討する。

(1) 《証拠省略》によれば、昭和四七年度以降の枇杷島市場の卸売業者の卸売場面積の全体は一六二〇四・二二平方メートルであること、昭和五五年度から同五七年度までの原告と訴外名果との取扱実績の比率は、昭和五五年度については、原告三四・三パーセント、訴外名果六五・七パーセント、昭和五六年度については、原告三七・三パーセント、訴外名果六二・七パーセント、昭和五六年度については、原告三六・七パーセント、訴外名果六三・三パーセントと変動していること、昭和五五年度から同五七年度までの原告と訴外名果に対する卸売場配分比率は原告三三・〇パーセント、訴外名果六七・〇パーセントであることが認められる。

右認定事実からすると、右取扱実績比率と卸売場配分比率とを比較すると、両者の差異は最大で昭和五五年度の原告の取扱実績比率が三七・三パーセントに対して、卸売場配分比率が三三・〇パーセントである。

原告は一パーセントは指定面積一六二平方メートルに当たるから看過できないほどに大きいと主張しているが、そもそも実績に完全に一致する使用指定は技術的に不可能であろうし、また各年度についてその前年の実績だけに照らして配分面積を決めるのか、あるいは複数の年度にわたる実績の平均によってこれを決するのか等実績の評価の仕方は幾通りも考えられ、これを当年度の実績に完全に一致させる方法はかえって相当ではないというべきであり、前記認定のように昭和四八年以降は枇杷島市場閉場の日まで市場施設の配分を固定化する合意が卸売業者間において成立しており、以後市長はこれを尊重して使用指定を行ってきたことに照らすと、右の程度の差異の存在をもって市長の裁量権の行使に違法があったとはとうていいうことはできない。

なお、《証拠省略》によると、昭和四九年から昭和五四年度までは原告の枇杷島市場における取扱実績の比率はいずれも三三パーセント未満であるのに、卸売場配分比率は三三パーセントであることが認められるから、原告主張の論法からすれば、これら年度においては、却って原告は不当に有利な卸売場面積の配分を受けていたことになる。

又使用指定を受けている卸売場のうち駐車場として使用している部分を控除した面積と取扱実績と比較する方法は前記認定のとおり右駐車場としての使用は卸売業者が売買参加者のために便宜一時的に駐車場として使用しているにすぎず、市長の使用指定と無関係であり、意味を有しないから、検討するまでもない。

(二)  次に、原告は、昭和五五年度までの卸売業者の実績の評価について兼業業務を別扱いにせずに、これを含めて訴外名果の実績を評価したため、正しい実績の評価に基づかない違法な使用指定がなされたと主張しているので、この点について検討する。

卸売市場法三九条、業務条例四二条によると、中央卸売市場における卸売業者が右の市場外で取引をする場合には、これを市長宛てに届出て農林大臣の許可を受けることを要し、これを兼業業務と称しているところ、《証拠省略》によると、原告は昭和五四年度の実績について、枇杷島市場の市場長に報告するにあたって、神戸港における輸入果実の取引などを兼業業務と判断し、この取扱高を原告の実績から除外して届出るとともに、これを兼業業務として農林大臣の許可を得るように、市長宛てにその旨を届出たが、しかしながら、当時市長としては、枇杷島市場内に入場していた訴外名果や更に被告が開設していたもう一つの中央卸売場市である本場に入場していた卸売業者とも統一的に取扱う必要もあって、同年度の実績について原告に対して兼業業務として原告が除外して届出ていなかった分については、届け漏れを指摘して特に原告に対してこれを除外するような指示はしなかったこと、そして、昭和五五年九月一日から市長は原告及び訴外名果に対して、兼業業務の届出をさせ、これによって実績を評価するようになったが、このため、訴外名果との事業報告書に記載された取扱高は、昭和五五年度の五八、六三七、六五〇、七八九円から同五六年度の五二、四六二、八五四、四六三円へと減少したことが認められこれに反する証人長谷川正英及び原告代表者の各供述部分は採用できない。

そこで、卸売業者の実績の評価の方法について、右の市場外の取引の実績を含めるか否かによって多少の差異は生ずるにしても、その実績の評価の仕方は市長の市場開設者としての自由な裁量の範囲内というべきであるし、現に昭和五四年当時において、訴外名果のみならず、原告においても市場外の取引を行なっており、市長はこれを統一的に取扱っていた以上、ことさら原告の不利となるように実績を評価していたものとは認められないから、市長の裁量権の行使にあたって違法な点はないというべきである。

従って、原告の卸売実績の面に照らしてみても市長の指定には裁量権の行使に違法はない。

3  指定場所及び位置から見た市長の使用指定について

原告は、市長より使用指定を受けた卸売場が訴外名果に比較して利便性の低く使用料の高い場所が多くて、原告は不公平な取扱いを受けていたと主張するので、この点について検討する。

卸売場が甲種、乙種と区分され、その間に使用料の差があること、右卸売場の原告に対する甲種、乙種の使用指定面積、訴外名果に対する甲種の使用指定面積が原告主張のとおりであることはいずれも当事者間に争いがなく、そして、右事実及び《証拠省略》によると、右卸売業者売場の訴外名果に対する乙種の使用指定面績は四八七一・〇八平方メートルであることが認められる。

しかし、卸売場が甲種、乙種に区分されている理由、原告及び訴外名果が使用指定されている甲種、乙種の卸売場の位置関係、右卸売場の営業上の利便の差が生ずる理由等について具体的にこれを認めるに足りる証拠はない。なお、この点について、原告代表者尋問の結果中には一階部分と二階部分とでは利便性に大きな差があり、市長はことさら原告に対し利便性が低く、使用料の高い二階部分を多く配分した旨の供述部分があるが、右に述べたような事実関係が確認できないから、右供述のみでは市長の使用指定の当否を判断する資料とすることはできない。

又仮りに、使用指定された卸売場に利便及び使用料の差があり、その点で多少の不合理があったとしても、弁論の全趣旨によると、右のような事情は昭和四八年以前から存在していたのであり、そして、昭和四八年協定もこれを前提として成立しているのであるから、右協定を尊重してなされた市長の使用指定が裁量権の行使に違法があったということはできない。

五  結論

以上のとおりであって、枇杷島市場の市場施設の使用指定の権限行使について市長がその裁量権を濫用し或いは逸脱して違法な行為に及んだ事実は認めることができず、右市長の違法な職務行為の存在を前提とする原告の国家賠償法一条に基づく本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないこととなる。

よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 林輝 裁判官 松村恒 小木曽良忠)

〈以下省略〉

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