大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)667号 判決

原告

碓氷芳子

被告

森繁樹

主文

一  被告は、原告に対し、金三五〇万一七七二円及びこれに対する昭和五九年三月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年三月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五九年三月一〇日午前九時三〇分ころ、名古屋市北区辻本通一丁目一一番地先交差点(以下「本件交差点」という。)において、南進中の原告運転の軽四貨物自動車(以下「原告車」という。)と東進中の被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)が出合頭に衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

被告は、本件事故当時被告車を自己のために運行の用に供していたものであるが、信号機による交通整理の行われていない本件交差点に進入するに際し、交差点左方の見通しが悪いのであるから、徐行又は一時停止して左方の交通の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失がある。よつて、被告は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条及び民法七〇九条に基づき損害賠償責任を負う。

3  傷害及び治療経過

原告は、本件事故により、全身挫傷、脳振とう、脳血栓症の傷害を負い、昭和五九年三月一〇日から同年六月一八日まで及び同年六月二五日から同年一〇月三一日まで合計二三〇日間、名古屋市北区の上飯田第一病院に入院して治療を受け、右同日症状が固定し、左半身麻痺、左下肢硬直感の後遺障害が残つた。

4  損害

(一) 治療費 五六万四八九五円

(二) 付添看護費 九二万円

原告の夫が付添看護をした費用として、一日あたり四〇〇〇円、入院二三〇日分

(三) 入院雑費 二三万円

一日あたり一〇〇〇円、入院二三〇日分

(四) 休業損害 一四七万四四五〇円

原告は、本件事故当時五五歳の女性であつたので、昭和五九年度賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計・満五五歳の女子労働者の平均賃金二三四万六〇〇〇円の年収を基礎に入院二三〇日分を算定すると、次のとおり一四七万四四五〇円となる。

2,346,300÷366×230=1,474,450

(五) 逸失利益 二一六二万一一五四円

原告は、本件事故により、左半身麻痺等の後遺障害が残り、全く労働することができない。なお、自賠責保険において後遺障害別等級表五級二号の認定を受けているが、現実には労務に服することは全く不可能である。

前記二三四万六三〇〇円を基礎に就労可能な一二年間の逸失利益を算定すると、次のとおり二一六二万一一五四円となる。

2,346,300×9.215=21,621,154

(六) 将来の付添費 三四三八万三七四九円

原告は、右の後遺障害のため、第三者の介護がなければ日常生活すら送れない状態であるので、家政婦費用を一日あたり六七一〇円(交通費、食費は別)とみて、症状固定後の平均余命である二六年間の付添費(ただし、週に六日間)を算定すると、次のとおり三四三八万三七四九円となる。

6,710×365×6÷7=2,099,271

2,099,271×16.3789=34,383,749

(七) 慰謝料 一三七九万円

入院分二〇〇万円、後遺障害分一一七九万円

(八) 店舗の権利、在庫商品等の損害 八〇万円

原告ら夫婦は、本件事故による入院治療及び付添看護のため、原告らの菓子店の経営を続行することができず、権利金三〇万円、入店料一〇万円、在庫商品一二〇万円、以上合計一六〇万円を失つたが、その二分の一の八〇万円が原告の損害となる。

(九) 車両損害 一〇万円

原告車は、本件事故により全損となつた。

(一〇) 損害のてん補 一二九九万円

原告は、自賠責保険から右金額の支払を受けた。

(一一) 合計

(一)ないし(九)の合計額から(一〇)の金額を控除すると、残額は六〇八九万四二四八円となる。

5  よつて、原告は、被告に対し、右の内金一〇〇〇万円及びこれに対する事故発生の翌日である昭和五九年三月一一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の被告の過失は争う。

3  同3のうち、原告が本件事故により全身挫傷、脳振とうの傷害を負つたことは認める。本件事故と脳血栓症との相当因果関係は否認する。その余の事実は不知。

4  同4のうち、(一)ないし(四)、(八)及び(九)は不知。

(五)のうち、原告が自賠責保険において後遺障害別等級表五級二号の認定を受けたことは認めるが、その余は不知。

(六)は否認する。原告の後遺障害は、左半身の各関節の機能障害であつて、右半身の各関節に異常がなく、歩行等も可能であるから、将来の付添費を相当因果関係ある損害とはいい難い。

(七)は否認し、(一〇)は認める。

三  抗弁

1  過失相殺

原告車は狭路を直進中であつたのに対し、被告車は広路を直進中であつた。そして、原告車の進行道路には、本件交差点手前に一時停止の標識があるのに、原告は、一時停止を怠り、かつ、右方の安全確認を怠つて本件交差点に進入するという重大な過失があつた。よつて、原告に生じた損害について大幅な過失相殺をすべきである。

2  原告の持病の寄与

原告の後遺障害は、脳振とうに続発した(翌日発生)脳血栓症による左半身の麻痺であり、脳血栓症は、通常の交通事故により発生するものではなく、従来から原告に存した糖尿病と高血圧の持病のために発生したものである。したがつて、原告の損害の算定にあたつては、持病の寄与を考慮して、割合的に認定すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の主張は争う。

原告車の走行していた道路の幅員は六・三メートル、被告車の走行していた道路の幅員は七・九メートルであり、両者間にそれほどの差はなく、これを狭路、広路というのは正しくない。

また、原告は、本件交差点手前の停止線で一時停止しており、右方の見通しが悪いのに十分安全確認をしなかつたという過失があるにすぎない。

したがつて、原告の過失割合は二割以下である。

2  抗弁2の主張は争う。

原告は、本件事故により頭部に打撲を受けており、また、脳血栓による左半身麻痺は事故の翌日の午前一一時ころに急に発生したもので、極めて時間的に近接しており、本件事故との相当因果関係があることは明らかである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(事故発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  同2(責任原因)について判断するに、原本の存在並びに成立に争いのない甲第一号証ないし第四号証、第八号証ないし第一六号証によれば、被告は、本件事故当時被告車を自己のために運行の用に供していたこと、被告は、交通整理の行われていない左方の見通しのきかない本件交差点に進入するに際し、徐行又は一旦停止して左方の安全を確認すべき注意義務を怠り、時速二〇キロメートルで左方の安全を確認しないで進行した過失があること、したがつて、被告は、自賠法三条及び民法七〇九条に基づき損害賠償責任を負うことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三1  同3(傷害及び治療経過)のうち、原告が本件事故により全身挫傷、脳振とうの傷害を負つたことは当事者間に争いがない。

2  前掲甲第四号証、原本の存在並びに成立に争いのない甲第一七号証、乙第一号証ないし第三号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故により、当初全身挫傷、脳振とうの傷害を負い、一時的に意識消失があり、直ちに救急車で上飯田第一病院に運ばれたが、当時は軽度の意識混だくがあつたこと、原告は、そのまま同病院に入院し、安静加療をすることになつたが、翌一一日午前一一時ころ、動作時に急激な左半身麻痺が出現し、昏睡状態となつたこと、翌一二日のCT検査では、脳硬塞所見が見られたが、それは脳振とうに続発した脳血栓症によるものと判明したこと、その後自賠責保険においても、同病院の後遺障害診断書に基づき、脳血栓症による左半身麻痺等を本件事故による後遺障害と認定していることがそれぞれ認められる。

右によれば、本件事故と右脳血栓症による左半身麻痺等との間には相当因果関係があるものと推認することができ、他にこれを覆すに足りる証拠はない(なお、原告の持病の寄与の有無については後に判断する。)。

3  右各証拠によれば、原告は、右各傷害を負い、昭和五九年三月一〇日から同年六月一八日まで及び同年六月二五日から同年一〇月三一日まで同病院に入院して治療を受けたこと、右同日症状が固定し、左半身麻痺、左下肢硬直感の後遺障害が残つたことが認められ、これに反する証拠はない。

四  同4(損害)について判断する

1  治療費

成立に争いのない甲第一八号証の一ないし三によれば、原告は、本件事故による前記傷害の治療費として、五六万四八九五円を要したことが認められ、これに反する証拠はない。

2  付添看護費

証人碓氷疋広(以下、「証人碓氷」という。)の証言、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第二一号証及び同尋問の結果によれば、原告の夫である碓氷疋広は、原告が上飯田第一病院に入院していた二三〇日間付添看護をしたことが認められるところ、前記傷害の内容、程度に照らすと付添看護の必要があり、これを近親者付添費としてみると一日四〇〇〇円が相当と認められるから、損害額は二三〇日分合計九二万円となる。

3  入院雑費

原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、前記入院期間中、一日あたり一〇〇〇円、二三〇日分合計二三万円の雑費を要したものと認めることができる。

4  休業損害

前掲甲第一七号証、第二一号証、証人碓氷の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時五五歳の女性で、名古屋市西区の桜木市場内で、夫と共同で「さかえ屋」の屋号で菓子店を営んでいたが、毎日夕方から深夜までは同市中村区のアダルトシヨツプに勤務して月一五万円程度の給料を得ていたことが認められるので、菓子店からの収入を合わせ考えると、少なくとも原告主張の五五歳女子の平均賃金二三四万四六〇〇円の年収を得ていたこと、また、少なくとも入院中の二三〇日間休業を余儀なくされ、原告主張の一四七万四四五〇円の損害を被つたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

5  逸失利益

原告の後遺障害について、自賠責保険において後遺障害別等級五級二号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)の認定がなされていることは当事者間に争いがない。

原告は、右後遺障害のため全く労働することができない旨主張し、証人碓氷の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、炊事、掃除、洗濯などの家事はほとんどできず、原告の夫が原告に代つてやつていること、入浴や用便の際に原告の夫の手助けを要することが認められるけれども、右のとおり五級二号の認定がなされている(全く労働できないとは認定されていない。)こと、前掲乙第三号証によれば、原告は、リハビリテーシヨンの結果、左半身の麻痺はあるものの、杖をついて歩行ができるようになつたことが認められることそして右半身の機能障害を認めるに足りる証拠はないことにかんがみると、原告が一〇〇パーセント労働が不可能とまでは認め難く、右の状況に照らして判断すると、労働能力喪失率は九〇パーセントと認めるのが相当である。

そして、原告は、症状固定時五五歳であり(前掲甲第一七号証により認める。)、前認定の年収二三四万六三〇〇円を基礎とし、新ホフマン方式により中間利息を控除して、就労可能な一二年間の逸失利益の現価を算定すると、次のとおり一九四五万九〇三九円となる。

2,346,300×0.9×9.215=19,459,039

6  将来の付添費

原告は、右の後遺障害のため、第三者の介護がなければ日常生活を送れない状態である旨主張し、成立に争いのない甲第二二号証及び証人碓氷の証言中にはそれに沿う部分がないではないが、前記後遺障害等級、杖をついて歩行が可能であること及び右半身については機能障害が認められないこと等に照らすと、日常生活上の不便さは大きいものとはいえ、身体全体からみると一定範囲のものともいえるし、前記逸失利益額及び後に認容する後遺障害慰謝料額を考慮すると、特に将来の付添費を本件事故と相当因果関係ある損害とまで認めることはできない。

もつとも、原告が前記後遺障害のため、入浴や用便の際に原告の夫の手助けを要することは前認定のとおりであり、この点は原告の精神的苦痛を増大させる事情として、慰謝料の算定において斟酌することとする。

7  慰謝料

前認定の本件事故態様、被告の過失、原告の傷害及び治療経過、後遺障害の内容、程度、前項記載の事情等を考慮すると、原告が本件事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、入院期間につき二〇〇万円、後遺障害につき一二〇〇万円、合計一四〇〇万円と認めるのが相当である。

8  店舗の権利、在庫商品等の損害

証人碓氷の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告ら夫婦は、本件事故による入院治療及び付添看護のため、前記菓子店「さかえ屋」の経営をやめざるを得なかつたことが認められるが、原告主張の権利金及び入店料については、本件事故がなければ原告らに返還されるべき性質のものか否か証拠上明らかでなく、その喪失をもつて損害といえるか否か疑問がある。

また、在庫商品についても、同証言によれば、市場の会長に売却を依頼したことが認められるが、仕入金額がいくらでその売却額との差額がいくらであつたかを認めうる的確な証拠はない。

したがつて、原告主張の右各損害を認めるに足りる証拠はないといわざるをえない。

9  車両損害

原告は、原告車は本件事故により全損になつた旨主張するが、前掲甲第四号証及び第九号証によれば、原告車は右側面を凹損(小破)したにすぎないこと、実況見分調書添付写真によつても全損とはとうていいえない状態であることが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

なお、原告車の右修理に要する費用についても立証がない。

10  合計

以上の1ないし5及び7を合計すると、三六六四万八三八四円となる。

五  そこで、抗弁について判断する。

1  過失相殺

前掲甲第三号証、第八号証ないし第一〇号証、第一二号証ないし第一四号証、証人碓氷の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告車の走行していた道路の幅員は六・三メートル、被告車の走行していた道路の幅員は七・九メートルであること、原告は、本件交差点手前で一時停止標識による交通規制に従い一時停止した後、徐行しながら交差点に進入したが、見通しのきかない右方道路の安全を十分確認しないまま漫然と進行した過失により本件事故を発生させたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、被告主張のように原告車、被告車の走行道路を狭路、広路とみて過失割合に影響させることは妥当でないし、原告が一時停止をしなかつたとの被告の主張も採用することはできない。

そして、本件交差点には原告車側に一時停止の交通規制があること、原告は、一時停止後徐行しながら交差点に進入したこと及び原告の右過失の態様、被告は減速しないで交差点に進入したこと及び被告の前認定の過失の態様その他諸般の事情を斟酌して、原告の損害につき五五パーセントの過失相殺をするのが相当である。

2  原告の持病の寄与

被告は、原告には従来から糖尿病と高血圧の持病があつたため脳血栓症が発生した旨主張し、前掲乙第一号証ないし第三号証によれば、原告には右持病があつたことが認められる。

しかしながら、前認定のように、原告は、事故当初から意識消失又は意識混だくがあり、原告の脳血栓症は、本件事故の翌日午前一一時ころ本件事故による脳振とうに続発して急激に生じたものであるところ、右乙第一号証ないし第三号証(上飯田第一病院医師による診断書三通)によつても、原告の脳血栓症の治療とは別に、これと並行して従来からあつた糖尿病及び高血圧の治療も行つているとの記載が認められるにすぎず、右各書証は、糖尿病及び高血圧が脳血栓症発生の原因になつたこと、あるいは発生に寄与したことをうかがわせる証拠とはならないし、他に被告主張の事実を認めるに足りる証拠もないから、被告の右主張は理由がない。

六  賠償額の認定

1  前記損害額合計三六六四万八三八四円から五五パーセントの過失相殺をすると、残額は一六四九万一七七二円となる。

2  原告が自賠責保険から一二九九万円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを前項の金額から控除すると、残額は三五〇万一七七二円となる。

七  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、右三五〇万一七七二円及びこれに対する事故発生の翌日である昭和五九年三月一一日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 芝田俊文)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com