大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

名古屋地方裁判所 昭和62年(行ウ)9号 判決

原告 島定子

被告 名古屋北労働基準監督署長

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

被告が原告に対し昭和四一年八月二六日付(名古屋北基署発四〇一号)の書面をもつて、「貴殿の負傷症状について調査の結果、昭和四一年七月三一日をもつて症状固定と決定しましたので以後の休業補償給付等の支給は出来ません。」との通知処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  答弁

(本案前の答弁)

主文と同旨

(本案に対する答弁)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は株式会社東海理化電機製作所に雇用され組立の仕事に従事していたものであるが、昭和四〇年八月二五日頃同社工場において稼働中、同社従業員が運搬していた製品入りの木箱が原告の背中に当たり、そのため原告は背部挫傷の傷害を受けた(以下「本件事故」という)。右業務上の疾病(以下「本件疾病」という)により、原告は同日以降、被告から労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という)に基づき療養補償給付及び休業補償給付の支給を受けていた。

2  ところが、被告は右病状が固定したとして、請求の趣旨記載のとおりの書面をもつて原告にその旨通知し(以下「本件通知」という)、原告は同月三一日右通知書を受け取つた。

3  原告は本件通知を被告の行政処分と考えたため、以後労災補償給付等の支給は打ち切られたものと考え、右通知処分を不服として愛知労働者災害補償保険審査官(以下「労災補償保険審査官」という)に対し審査請求したが一年経ても回答が来ないので、昭和四二年七月二八日不作為の違法確認の訴えを提起した。一方、同審査官は昭和四三年二月八日右審査請求を棄却し、その旨原告に通知し、その頃原告はこれを受け取つた。

4  そこで原告は、更に労働保険審査会に対し再審査請求をしたところ、同審査会は昭和四四年六月三〇日付をもつて原処分を取り消す旨の裁決をし、原告はその頃これを受け取つた。

5  しかしながら、本件通知処分は本件疾病の症状が固定したことを前提としてなされなければならないものであることは言うまでもないところ、被告はそのような前提がないのに、違法にも本件通知をなしたものであり、そのため原告はその後種々の不都合を被つている。従つて、本件通知は違法な処分として取り消されるべきである。

二  本案前の主張

本件訴えは抗告訴訟の対象となる行政庁の処分に当たらない不適法な訴えであるから却下されるべきである。

即ち、原告が受け取つた昭和四一年八月二六日付の名古屋北労働基準監督署長の「症状固定時期について」の通知書は、業務上外の認定、治癒の認定等の労災保険法上の給付をするか否かの行政処分の前提となる事実についての認定事実を通知したものにすぎず、それのみでは行政処分となりえないものである。従つて、本件訴えは行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為」に該当しない訴えであつて、不適法であるから却下されるべきである。

三  請求原因に対する認否

請求原因1ないし4は認める。

同5は否認する。

四  被告の付加主張(本件訴えが不適法であることについて)

1  仮に原告主張の通知が、昭和四一年八月一日以降の労災保険法上の休業補償、療養補償の給付をしない旨の何等かの処分に当たると仮定しても、労災保険法は労災保険給付に関して、これらの給付を受けようとする者は、まず、所轄労働基準監督署長(以下「労基署長」という)に対して一定の事項を記載した請求書を提出して保険給付の請求をしなければならないとしている。そして右請求を受けて労基署長は保険給付の決定をし、これに対し不服のある者は労災補償保険審査官に対して審査請求をし、更にその決定に不服のある者は労働保険審査会に再審査請求をし、その裁決を経た後、労基署長の前記保険給付の決定に不服のある者が、初めて裁判所に対して右労基署長の決定の取消しの訴えを提起できるものとされているのである。

2  しかるに、原告がその請求原因3において主張しているところの休業補償給付の不支給決定に関しては、請求原因4に記載のとおり、既に労働保険審査会によつて取り消され是正されているから、これが取り消しを求める本件訴えは不適法である。

また、原告の請求が療養補償の給付に関するものとすれば、原告は未だその支給請求をしていないのであるから、その支給に関する決定はなく、これが不支給決定の取消しを求める本件訴えも不適法である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  原告が株式会社東海理化電機製作所に雇用され、同社工場において稼働中本件事故に遭い、本件疾病により昭和四〇年八月二五日頃以降、被告から労災保険法に基づき療養補償給付及び休業補償給付の支給を受けていたこと、被告が原告に対し本件通知を発し、原告が昭和四一年八月三一日本件通知書を受け取つたことは当事者間に争いがない。

二  被告は本件通知は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらない旨主張するので判断する。

1  本件通知が発せられた経緯並びに原告の労災保険法上の不服申立て等

原本の存在と成立に争いのない乙第一号証の一、第二号証、第三号証の二、第四、五、六号証、成立に争いのない乙第一号証の二、第七号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、原告が本件疾病に罹患して療養補償、休業補償給付を受けることになつてから一年を経過する頃に原告の症状を調査した結果、原告が当時診療を受けていた県立岐阜病院における診療内容や同病院医師の所見などに基づき、原告の本件疾病が同年七月三一日を以て治癒し症状が固定しているので、同年八月一日以降の療養補償給付、休業補償給付の支給を打ち切るべきものとの認識、判断を持つに至つたこと、そこで、被告は原告に対して前記のとおり本件通知を発したこと、もとより原告は右通知の内容には不満であつて、従前どおり同年九月六日受付の請求書を以て同年八月一日から同月二五日までの間の休業補償の請求をしたこと、これに対し被告は同年九月一六日付の労働者災害補償保険不支給決定通知書を以て本件通知書と同様の理由で支給できない旨の決定をし、同不支給決定書はその頃原告に到達したこと、原告は、右不支給決定と本件通知との法的性質の違いについて明確な認識を有していたか否かはともかく、本件疾病が治癒し症状固定しているとの被告の判断結果を不満として、被告に対して従前どおり労災補償をしてくれるよう折衝をしたこと、その過程で原告は愛知労働者災害補償保険審査官に対し審査請求したり、昭和四二年七月二八日には不作為の違法確認の訴えを当裁判所に提起したりしたこと、これに対し、同審査官は昭和四三年二月八日右審査請求を棄却したけれども、原告が更に労働保険審査会に対し再審査請求をしたところ、同審査会は昭和四四年六月三〇日付をもつて原処分を取り消す旨の裁決をしその結果、原告は前記請求にかかる昭和四一年八月一日から同月二五日までの休業補償給付の支給は受けられることになつたこと、しかしながら、原告は前記審査請求等の不服申立てをして以降は右裁決があつてから後も、被告に対し昭和四一年八月二六日以降の休業補償、療養補償その他労災保険法上の請求をしていないこと、以上の事実が認められる。

2  そこで、右のような経緯で発せられた本件通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるか否かについて検討する。

およそ抗告訴訟の対象となる行政処分というためには、それが公権力の行使としてなされたものであつて、かつ相手方の法律上の地位ないし権利関係に直接何らかの影響を及ぼすものでなければならないと解されるところ、本件通知は、前記認定の事実からも明らかなとおり、原告の休業補償、療養補償等労災保険給付の請求に対して、これを不支給とする旨の被告の意思決定でないことはもとより、原告が現に継続して受給している保険給付を途中で打ち切る旨の意思決定でもなく、むしろ、一般に労災保険給付に関して診療関係者、受給者等について調査、監督し、その適正な施行を図るべき立場にある被告が、右調査活動の過程において、将来本件疾病につき原告から各種労災保険給付の請求を受けた場合に、これを支給するか否かの行政処分をする上で前提となる症状固定、治癒等の事実認定に関して、本件通知書に記載のとおりの認識、判断をもつに至つた旨の結果を明らかにし、併せて保険診療関係者、受給者等の今後の対処方の便宜を図つたにすぎないものであることが認められる。従つて、本件通知は、それ自体によつては原告の法律上の地位ないし権利関係に何らの影響を及ぼすものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分ということはできない。

3  もつとも、法的専門知識に通じない原告が、本件通知書の体裁や記載内容等から、本件通知によつて、これまで受給していた休業補償、療養補償の保険給付の支給を同書面に記載の日以降打ち切る旨の行政処分があつたものと理解し、そのため、あるいは労災保険給付の請求に関して何らかの事実上の不利益を受けたことも考えられないことではないけれども原告は本件通知があつた後、前記認定のとおり被告に対し休業補償給付の請求手続きを取り、これに対し被告が不支給決定をし、原告は同処分を不服として労災保険法上の審査請求手続きを経た結果、右不支給処分は取り消され、原告の休業補償給付に関する当面の不満は解消されていることが認められるうえ、原告は、本訴において強調するところの、本件通知及び前記不支給処分を通じて示されている、本件疾病の症状が固定している旨の被告の事実認定そのものに関して不満があるにしても、労災保険法上はそのこと自体を争う方法は認められていないところである。従つて、仮に本件通知によつて原告に何らかの不利益があつたとしても、それは単に事実上ないし反射的不利益にすぎないというべく、これをもつて原告の法律上の地位ないし権利関係に直接影響を及ぼすものとは認められないところである。

三  以上のとおり、本件通知は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないから、その取消しを求める本件訴えは不適法な訴えとして却下を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本増 福田晧一 根本渉)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com