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名古屋高等裁判所 平成8年(う)113号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

検察官の控訴趣意は、名古屋高等検察庁検察官新井克美提出にかかる津地方検察庁検察官松本正則名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人吉峯啓晴外三名連名の答弁書に、弁護人の控訴趣意は、弁護人吉峯啓晴外三名連名の控訴趣意書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用し、各論旨につき、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討する。

一  A子に対する殺人の事実(原判示第二の二)に関する弁護人の事実誤認の論旨について

所論は、要するに、原判決が、被告人は、三重県鈴鹿市内の農道(以下、単に農道という)において、拉致して強姦する目的で、歩行中のA子に対し、その背後から自動車(四輪駆動ステーションワゴン)を追突させ、同女に傷害を負わせたが、苦悶する同女の姿を目の当たりにして、強姦することを断念するとともに、このまま同女を放置して逃走すれば、衝突の前に一度同女とすれ違っていることから、同女が被告人の自動車の特徴を記憶していて、自分が捕まることになるのではないかと考えると怖くなり、犯行を隠蔽し、逮捕を免れるためには同女を殺害してしまうしかないと決意し、同所において、自動車を後退させ、路上に転倒している同女の背部を左後輪及び左前輪で轢過し、よって、そのころ、同所において、同女を胸部圧迫による臓器損傷により死亡させて殺害したとの事実を認定しているが、被告人は、拉致して強姦する目的で被害者に自動車を追突させたものの、その後、同所において、自動車を後退させて同女を轢過するなどということはしておらず、当初の目的どおり強姦するつもりで、ぐったりして倒れている同女を自動車に乗せ、同県亀山市内の河川敷(以下、石水渓という)まで赴き、同所で同女の様子を確認すると、同女は既に死亡していたというのが真実であって、被告人は、殺人につき無罪であるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決が、その事実認定の補足説明の項において、捜査段階及び公判段階における被告人の供述経過を子細に検討するなどした上で、農道での後退轢過による殺害を認める被告人の自白は、その信用性を肯定することができる旨説示しているところは、当裁判所としても、正当なものとして、これを是認することができ、原判決に事実の誤認はない。以下、所論にかんがみ、説明を付加する。

所論は、被告人の自白調書につき、捜査官に供述を押し付けられて作成されるに至ったものであり、信用性がないと主張する。

しかしながら、関係証拠によって認められるところの以下の事情に照らすと、所論のいうような捜査官による供述の押し付けがあったとは、考えられない。すなわち、三重県鈴鹿市内に住む当時中学校三年生のA子は、平成四年八月二五日の朝、犬を連れて散歩に出掛けたまま家に戻らず、行方不明となった。約二年後の平成六年八月一一日、三重県阿山郡伊賀町内の竹谷池において、釣り人が死体の一部(頭部及び胴体部分)を発見し、その後の捜査により、右の死体はA子のものである疑いが濃厚となった。同年九月一日、テレビで死体発見のニュースを見たBは、三重県上野警察署に出頭し、「平成四年八月、当時鈴鹿市内でオートバイのレーシングチームのメカニックとして働いていた被告人から、犬の死体であるといわれ、黒色ビニール袋、金網等で梱包された包みを竹谷池に投棄するのを手伝ったことがある」旨を届け出た。そこで、同日、被告人に対し、死体遺棄の容疑で逮捕状が発付され、翌二日早朝、被告人は、新潟県燕市内の自宅にいたところを、三重県警の警察官により、新潟県燕警察署まで任意同行を求められ、同日午前七時、同警察署において通常逮捕され、さらに、同日中に三重県上野警察署に身柄を移された。ところで、本件については、右の経過からもうかがわれるところであるが、死体遺棄の犯行については格別として、想定されるところの殺人等の犯行については、目撃者がまったく存在せず、また、被告人が自白した後も含め、追突現場の鈴鹿市内の農道や被害者を運んだ先である石水渓からも犯行の痕跡を示すものは何ら発見収集されず、客観的証拠としては、肋骨に多数の骨折のある死ろう化した死体があるのみといっても過言ではなかった。しかるに、被告人は、逮捕された当日こそ、農道での過失による追突(交通事故)及び石水渓での故意の轢過による殺害を供述していたが(乙七六号証・記録二二冊四八八八丁。なお、控訴趣意書に九月三日付け供述調書とあるのは、九月二日付け供述調書の誤記と認める)、翌々日の九月四日には、右の供述を変更し、農道での拉致強姦目的の故意による追突及び同じ農道での故意による後退轢過による殺害を自白している(乙四号証・記録一九冊三六一五丁)。右の自白のうち、拉致強姦目的の故意による追突の点については、同一の調書に類似の態様による別件二件が言及されていることに照らすと、右の別件が既に捜査官に発覚していて、本件についても同様ではないのかと追及されて供述するに至ったと解する余地は十分にある。しかし、轢過による殺害の場所の点については、石水渓であるとする逮捕当日の供述は、これと矛盾する客観的証拠の特にないことは前記のとおりである上、拉致強姦目的で故意に追突したとの新供述と結び付けても決して不自然ではないのである。これを要するに、既に石水渓における轢過による殺害を供述している被告人に対し、捜査官において、農道での後退轢過による殺害を想定し、これを被告人に押し付ける手掛り及び契機は何ら存在しなかったのであって、そうすると、右の自白調書が捜査官による供述の押し付けによって作成されたものであるとはとうてい考えられないのである。

その他、<1>被告人は、右九月四日付けの供述調書(乙四号証)において、死亡した被害者を屍姦したとの衝撃的で自己に不利益な事実をも供述しているところ、この事実については、被告人は、原審公判においてもこれを認めていること、<2>右乙四号証の自白は、追突現場や死体切断現場などを回った後に、しかも弁護人との接見の後に、嘘を言っていては被害者が浮かばれないので本当のことを申し上げますと言ってなされたものであり、しかも、逮捕から二日後という早期になされたものであること、その後の自白調書は、基本的な事実関係につき供述内容に変遷がなく、具体的で、迫真性も認められること、<3>強姦目的につき、平成六年九月六日付けの司法警察員に対する供述調書(乙五号証・記録一九冊三六二八丁)では、農道で殺害を決意した後も強姦する気持ちはまだあったと供述していたのが、同月一〇日付けの検察官に対する弁解録取書(乙八二号証・記録二二冊四九一四丁)では、殺害を決意した時点で強姦目的を放棄した旨の供述になっており、また、殺意についても、各供述調書を通じてみると、慎重な言い回しをしていることがうかがわれるのであって、これらの供述経緯ないし供述内容に徴すると、「警察官から、検察官の前では警察で述べたことと同様の供述をするように強要された。殺意の有無は大した問題ではないと考えていた」などという被告人の原審公判供述は、信用できないこと、<4>死体の胴体部分には、左右直角方向に、被告人の自動車のタイヤの通過幅とほぼ合致する幅の肋骨骨折が認められるのみであるが、被告人の原審公判供述によれば、「農道で追突直後にハンドルを右に切った際に(すなわち、前進時に)、左後輪で被害者を轢過した感触があった。さらに、石水渓で、死体を損壊した後、黒色ビニール袋で包んだ胴体部分を轢過した」というのであり、このような轢過態様であれば、実際よりもっと広範囲に骨折が生ずるのが自然であること、これに対し、被告人の自白によれば、同一場所(農道)で、真っ直ぐ、自動車を前進及び後退させて轢過したというのであり(なお、自白では、後退時に左後輪及び左前輪で轢過したことについてははっきりしているが、衝突直後の前進時にも轢過したかについては、必ずしも明確ではなく、乙四号証及び乙五号証では、「車に巻き込まれていくような格好で倒れた」との、乙八号証では、「前の方につんのめるような姿で倒れて行き、すぐに車の前の方がおおいかぶさるような状態で私の視界から消えた」との、さらに、乙二〇号証及び乙二四号証では、「左前輪については、何かに乗り上げたかどうかの手応えは分からなかったが、左後輪については、土のうに乗り上げたような感じがした」との各記載になっている)、その轢過態様は、実際の骨折の状況とよく符合するものといえること、などの諸点をもよく考え併せると、九月四日以降における捜査官に対する被告人の自白の信用性は高く、右自白を含む関係証拠によれば、原判示の殺人の事実を優に認定できる。

事実誤認の論旨は、理由がない。

二  検察官及び弁護人の各量刑不当の論旨について

検察官は、死刑の求刑に対し、被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は、本件各犯行の動機、態様、とりわけ殺害行為及び強姦致傷等の行為の冷酷残忍性、凶悪非道性、結果の重大性とこれらを貫く被告人の変質的性的行動傾向、遺族・被害者の熾烈な被害感情、社会に与えた影響、被告人の反省悔悟の程度、その他諸般の情状に照らすと、著しく軽きに失して不当であると主張する。一方、弁護人は、被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は、重過ぎると主張する。

そこで、所論にかんがみ検討する。

本件は、被告人が、平成二年七月から平成五年一二月までの約三年半の間に、強姦などの性的目的をもって、一三歳から一六歳までの少女六名を次々と襲ったほか、平成二年七月から平成六年八月までの四年余の間に性的興味から一五回にわたり、少女の衣料品などを強取ないし窃取したというものである。今少し詳しくみると、<1>平成二年七月一〇日夕刻、千葉県流山市内において、徒歩で下校途中の少女(当時一四歳)に対し、拉致して強姦する目的で、その背後から自動車を接触させて同女を路上に転倒させた上、同女を自動車のトランク内に押し込め、茨城県結城郡内の農道上まで連れて行き、同所で強姦しようとして殴打等の暴行を加えたが、同女が隙をみて逃走したために、姦淫の目的を遂げず、その際、右暴行により、加療約二か月間を要する傷害を負わせ(わいせつ目的略取・強姦致傷)、

<2>平成四年八月二五日朝、三重県鈴鹿市内において、犬を連れて散歩していたA子(当時一四歳)に対し、拉致して強姦する目的で、その背後から自動車を接触させて同女を路上に転倒させ、頭部打撲等の傷害を負わせたが、思いの外強く当て過ぎて大きな怪我を負わせてしまったことに気が動転して強姦することを断念し、右犯行の発覚を免れるために同女を自動車で後退轢過して殺害し、同県亀山市内の石水渓において、同女の死体を鋸で七つに切断し、さらに、これを池に投棄して遺棄し(強姦致傷・殺人・死体損壊遺棄)、

<3>平成五年五月二五日白昼、新潟県西蒲原郡内において、自転車で下校途中の少女(当時一六歳)に対し、拉致して強姦する目的で、同女に道を尋ねて同女がメモ用紙に道順を記入している隙に、その頭部等をプラスチックハンマーで殴打し、加療約二週間を要する傷害を負わせたが、同女が逃走したため、拉致の目的を遂げず(わいせつ目的略取未遂・傷害)、

<4>同年六月二一日夕刻、新潟市内において、自転車で下校途中の少女(当時一五歳)に対し、拉致して強姦する目的で、後方から自転車に自動車を追突させ、同女を自転車もろとも路上に転倒させ、加療約一週間を要する傷害を負わせたが、同女が逃走したため、拉致の目的を遂げず(わいせつ目的略取未遂・傷害)、

<5>同年七月二八日深夜(午前三時ころ)、新潟県西蒲原郡所在のC方の離れに故なく侵入し、同所で就寝中の長女D子(当時一六歳)に対し、失神させて外に連れ出し強姦する目的で、その右目内眼角付近をケガキ針と称する全長約一九センチメートルの金属製工具で突き刺し、脳内に達する刺創を負わせ、同女が無意識下に全身を捩るのを馬乗りになって押さえ付けるうち、その場で強姦しようと思い立ち、着衣を剥ぎ取ったが、自己の性器が十分に勃起しなかったため、その目的を遂げず、右暴行により、入院加療約七か月間を要し、右眼失明等の後遺症を残す脳幹部損傷等の傷害を負わせ(住居侵入・強姦致傷)、

<6>同年一二月一日夕刻、福島県耶麻郡内において、徒歩で下校途中の少女(当時一三歳)に対し、拉致して強姦する目的で、その背後から自動車を接触させて同女を路上に転倒させた上、同女を自動車の後部荷台に乗せて発進し、もって、わいせつ目的で同女を略取するとともに、右接触により加療約一五日間を要する傷害を負わせ、そのまま新潟県東蒲原郡の山林内路上まで走行し、同所に停車中の車内で強姦しようとして同女に暴行を加えたが、同女が未成熟であったため、姦淫の目的を遂げなかった(わいせつ目的略取・傷害・強姦未遂)

というものであり、以上のほかに、右<1>、<3>、<4>の各被害者が遺留した学生手帳等を窃取し(窃盗三件)、<5>の犯行の二か月弱前及び一か月弱後に被害者方から被害者の学生服等を窃取し(窃盗二件)、<6>の被害者から着用のセーラー服等を強取し(強盗一件)、さらには、新潟県内において、クリーニング店、学校、商店、民家などから、女子中高校生の制服等を窃取し(窃盗九件)ている(なお、犯行が各地に及んでいるのは、被告人が、住居を、千葉県流山市、三重県鈴鹿市、新潟県燕市と順次変えたことが、その主たる原因と考えられる)。

1(犯行に至る経緯ないし動機) 本件の各犯行は、強窃盗を含め、いずれも抑制の効かない被告人の女子中高校生に対する異常な性的欲望の発露としてなされたものであり、被告人の性的犯罪への危険な傾向性がうかがえるが、被告人がこのように女子中高校生に対して異常な性的欲望を抱き、本件各犯行を累行していった経緯についてみると、次のとおりである。すなわち、被告人は、中学校時代に、性的興味から、女性の下着を盗んだり、女子同級生の部屋に夜間侵入したりしたことがあったが、高校時代は特段の性的非行に及ぶこともなく推移した。昭和五九年三月に高校を卒業し、約三か月間の専門学校在籍、さらには、うどん店でのアルバイトを経て、同年一〇月から、オートバイの整備の仕事に就くようになり、この年、アルバイト仲間の女性と初めて性交渉を持ち、以後数人の女性と関係を持っている。その後、昭和六二年一二月ころから約半年間、交通事故の賠償金の支払いのため、愛知県岡崎市で溶接工として働いたが、仕事に対する不満のはけ口として、本屋の前にとめてあった自転車の前篭からスポーツバッグを盗んだ際、中に入っていた女子中学生の制服の匂いを嗅いで中学校当時の記憶が鮮烈によみがえり、以後、制服に対して特別の関心を持つようになり、深夜民家に忍び込んで制服や下着を盗むようになった。そして、昭和六三年七月、流山市の実家に戻って再びオートバイのメカニックとして働くようになってからも、女子中高校生の制服を自分で身につけたり、交際している成人女性に着用させて性交渉を持つなどして、快感に浸っていたが、やがて、このようなことでは飽き足らなくなり、本物の女子中高校生と性行為をしたいと思うようになり、雑誌で知った強姦手段をヒントにして、平成元年一一月ころ、当時交際していて後に婚姻することになった女性(本件発覚後離婚。以下「妻」という)と二人で、自動車に乗って一人歩きの女子中学生を物色し、故意に車を追突させた上、「家まで送っていく」などと騙して車に乗せ、妻に運転させている間、車内で女子中学生の制服を脱がせて体に触るなどしたことがあった。そして、このことに味をしめ、以後は、単独で、前記<1>ないし<6>の各犯行へと発展していったものである。

この間、被告人は、平成二年四月には、妻と婚姻し、同女との間に、平成三年六月及び平成五年一二月にそれぞれ男児をもうけているが、同女は、被告人と婚姻する前の交際中、被告人に対し、別の男性に強姦されたことなど過去の一切を打ち明けたところ、被告人が態度を変えるどころか、優しく応じてくれたことから、被告人の望むことであれば何でもして上げたいという気持ちになり、そのような気持ちから、前記の平成元年一一月ころの事件にも加担しており、婚姻するに際しては、被告人に対し、「持っているセーラー服を全部捨てて欲しい」と一応頼んだものの、被告人から「やめられない」と言われると、それ以上強く言うことをせず、さらに、婚姻後も、被告人が深夜外出して朝方セーラー服入りの紙袋を下げて戻ってきたのを見たり、被告人の部屋から、中学生と思われる女性が地面の上に倒れているところを写した写真を発見したりして、被告人の行動に不審を抱くことが少なからずあったが、真相を尋ねることが恐ろしいなどの気持ちから、被告人を問い詰めるようなことはせず、被告人から求められるまま、セーラー服のみならず、下着まで被告人の用意したものを身につけ、強姦を擬した形での性関係にも応じていた。そして、被告人が盗むなどして手に入れたセーラー服等の量は次第に増え、ついには、押入れに収まらないほどにもなり、また、平成六年三月に新潟で新居を構えてからは、被告人は、二階の一室を独占してセーラー服や女性用下着を秘蔵し、妻に対しても性交渉のときにしか立ち入らせない有り様であった。

このようにして、妻との婚姻生活や二児の出生は、被告人にとって性犯罪を抑止するものとしては働かず、被告人は、オートバイのレーシングチームのメカニックという仕事柄、時間が比較的自由であることをも利用し、欲情の赴くまま犯行を重ねていったのであるが、特に、<2>のA子事件では、拉致して強姦する目的の犯行が原因となって、同女を殺害するという重大な結果を惹起したのに、その後も、欲望を抑えることができずに、<3>ないし<6>の同種の犯行を重ねていること、また、<5>のD子事件では、失神させて強姦するためケガキ針を脳内に達するまで刺し、同女に重傷を負わせるという犯行目的に相応しない異常な手段で犯行に及んでいるが、そのことを認識しながら、同女の学生証写真に写っていた衣類を手に入れたいばかりに、<5>の犯行の二五日後再びその犯行場所であった同女の部屋へ盗みに入っていることなどの事情に照らすと、被告人に罪障感があるか疑わしく、自己の性的欲望を満足させることのみに急で、被害者の痛みを自らの心に感ずることも顧慮することもできない、その人間としての情に乏しい冷酷非情な人格がうかがわれるのである。

以上の次第で、各犯行に至る経緯ないし動機には、何らしんしゃくすべき点はない。そればかりでなく、そこには、被告人の異常な性的欲求とこれに基づく行動傾向ないし犯罪傾向が看取されるのである。

2(犯行の態様) 次に、各犯行の態様についてみるに、<1>、<2>、<4>及び<6>の事件は、歩行中の、又は自転車に乗っていた被害者らに対し、その背後から身体又は自転車に自動車を追突させたというものであり、また、<3>の事件は、道を聞く振りをし、隙をみてプラスチックハンマーで被害者の頭部を何回も殴打したというものであり、さらに、<5>の事件は、夜間被害者の部屋に侵入し、就寝している被害者の右目内眼角部をケガキ針で脳に達するほど強く突き刺したというものであるところ、いずれも、なんら落ち度のない被害者らに対し、一つ間違えば命にかかわるような暴行を加えたもので、極めて悪質かつ危険な犯行である。

なかんずく、<2>のA子事件では、追突行為により怪我を負わせた後、短絡的に被害者の殺害を決意し、転倒してうめいている被害者の胴体中央部を、重量一九四〇キログラムもある四輪駆動ステーションワゴンの左前輪及び左後輪で後退轢過する行為に及んでいる。そして、同女を車両後部に載せて石水渓に赴き、同所で死体を見ているうちに劣情を催して屍姦に及び、さらに、死体を鋸で七つに切断し、ビニール袋等に入念に梱包してため池に投棄し、その後も、浮上した同女の死体を、犬の死体と偽って、勤務先の同僚に手伝わせるなどして何回も投棄し直し、その際には、ガスを抜くためということで、金鋸で同女の死体を突き刺したりもしているのであって、誠に冷酷非情で残忍な犯行というほかない。

また、<5>のD子事件は、最も安全であるはずの自宅で深夜就寝中の同女を襲い、ケガキ針で右目内眼角部を突き刺したもので、極めて危険かつ凶悪な犯行である。しかも、瀕死の重傷を負った同女にわいせつ行為をし、更に姦淫しようとまでしているのである。

こうした犯行態様には、欲望充足のためには、目的と手段、結果の相応性や他者への配慮など眼中になく、短絡的に手段を選択して犯罪を敢行する被告人の危険な性格がうかがわれる。

3(犯行の結果) 次いで、本件各犯行の結果をみるに、一人の少女の尊い生命が奪われ、一人の少女は重い後遺症に苦しみ、残り四人の少女も、容易には拭いさることのできない恐怖を味わされ、うち二人については、さらに重大な辱めも受けている。

殺害されたA子は、当時中学校三年生であり、幼いころからの夢である甲野音楽学校への入学を目指して毎日精進していたのであるが、夏休みの朝、犬を連れて散歩しているところを、思いも寄らず被告人の獣欲の餌食となって非業の死を遂げ、死体を七つに切断されて、二年間も水中に投棄されていたのであって、その無念さは筆舌に尽くし難く、誠に哀れというほかない。同女の両親は、同女が突然姿を消してから二年もの間、その無事を祈りつつ、必死になって行方を探し回った挙げ句、無惨な姿に変わり果てた娘と再会したのであって、その心痛は察するに余りあり、被告人に対する被害感情は峻烈である。

また、D子は、被告人の凶行により、脳幹部及び小脳に損傷を受け、右眼失明のほか、知能指数及び発語速度の低下、左半身麻痺による歩行障害、頭痛、膀胱炎などの深刻な後遺症に苦しみ、現在も身体障害者更生指導所に入所してリハビリを続けているものの、改善は期待できず、今後の生活設計をまったく立てられない状況にある。同女は、原審の公判廷において、その心情につき、死ぬより辛いと述べ、当審においても、不自由な体を押して出廷し、重ねて、被告人を自分と同じような体にして欲しいがそれは無理なので、極刑に処して欲しい旨を述べている。

さらに、<1>の事件の被害者は、全裸にされた上、性器を弄ばれて、同所などに傷害を負わされ、<6>の事件の被害者は、肛門に浣腸液を注入され、着衣を剥ぎ取られて山中に置き去りにされている。

本件各犯行は、世間一般に対しても大きな衝撃を与え、怒りを巻き起こし、ひいては被告人の親兄弟、妻子に大きな悲しみと苦痛をも与え、日蔭で生きることを余儀なくさせている。

4 以上に述べた本件各犯行の罪質、自己中心的な動機、冷酷残忍な態様、重大な結果、各犯行にうかがわれる被告人の冷酷な性格、性的犯罪への傾向性、遺族及び被害者の被害感情の峻烈さ、各犯行が社会に与えた衝撃などにかんがみると、被告人の刑事責任は極めて重大である。

そうすると、A子事件の殺害行為は計画的なものではなかったこと、D子事件においては、同女の死亡の結果を回避するために、犯行後、二度にわたって家人に電話をかけ、同女の容体の危険であることを通報していること、A子の殺害の点については、公判において否認に転じているものの、本件各犯行について反省の情を示していること、平成五年一二月一日に敢行した前記<6>の事件の後は、平成六年九月二日に逮捕されるまで、窃盗は格別、少女を襲うことはしておらず、このことに照らすとまったく矯正可能性がないとはいえないこと、これまで前科がないこと、被告人の父親において、A子の遺族とD子に対し、それぞれ一〇〇万円及び二〇〇万円を支払っていることなど、証拠によって認められる被告人のためにしんしゃくすべき事情を最大限に考慮しても、本件が有期懲役刑をもって処断するのを相当とするような事案であるとはとうていいえない。

5 問題は、被告人を、無期懲役にとどまらず、死刑に処すべきか否かである。

遺族及び被害者の峻烈な処罰感情のほか、本件各犯行の動機の自己中心性、態様の冷酷残忍性、結果の重大性、これらに対比しての被告人のためにしんしゃくすべき事情の僅少さなどを考慮すると、被告人に対しては、極刑をもってその罪の償いをさせるべきである、との検察官の主張にも相当の根拠があることは否定できない。

しかしながら、なんといっても死刑は峻厳な究極の刑罰であり、「犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合」(最高裁昭和五六年(あ)第一五〇五号同五八年七月八日第二小法廷判決・刑集三七巻六号六〇九頁)にはじめてその選択が許されるものである。

そこで、この観点から更に検討するに、本件各犯行は、いずれも被告人がその性的欲求を満たすために行ったものであり、各犯行の実現に当たっては、欲望を満たすに急なあまり、被害者に与えるであろう身体的及び精神的な苦痛をほとんど顧慮しなかったことも事実であり、このような共感性のなさは驚くべきことであり、危険なことでもあるが、かといって、被告人は、犯行実現ないし犯行発覚防止のためにあらかじめ被害者の生命を奪うことまでも予期し、そのことを何ら意に介しないで、周到な計画の下、冷徹に平然として犯行を重ねたものではない。A子事件では、被告人は、実際に殺害行為を行っているが、殺害行為は当初から計画したものではなく、思いの外強く当て過ぎて大きな怪我を負わせてしまったことに気が動転し、強姦することも断念し、犯行を隠蔽し、逮捕を免れるために、とっさに決意して殺害に及んだものである。また、D子事件については、部屋に侵入する際にケガキ針という危険な凶器をあらかじめ携行しての計画的犯行ではあるが、被告人なりに、刺突の部位につき、首を刺すときは生命に危険があること、眼球を突き刺すときは失明させてしまうことなどを考え、目頭か目尻に刺して痛みにより失神させようと企てたもので、実際に突き刺すに先立っても何度も逡巡し、突き刺した後も、一旦外に出て再び侵入した際、ベッドから半分くらいはみ出した同女の頭の下の床に大量の血が溜まっていたことに気がつくや、驚き、早く家人に知らせないと出血多量で死んでしまうとの思いから、直ちに外に出、電話番号を調べて公衆電話から同女の家に電話をし、「D子が危ない」とささやき、外から同女の部屋の様子をうかがったが、その後も部屋にあかりがつかないとみるや、もう一度電話して、今度は、「D子が危ない。死んでしまう」と述べ、漸く同女の部屋にあかりがつくのを確認してから自宅に戻っているのである。そこには、被告人の他者の死に対する人間としての怖れを見い出すことができるのであり、被告人の心に人間らしい感情が存在していることが認められるのである。さらに、犯行全般に感じられる被告人の共感性の乏しさは、小学生の時に血液型のことから両親との親子関係を疑い、両親に対し心を閉ざしたことにその一因があることが推察され、被告人には孤独さが垣間見られるところ、被告人は、平成六年九月二日の逮捕以来今日に至るまで二年有余の間身柄を拘束されて審理を受け、被害者や遺族の供述を耳にし、自己の犯した犯罪の重さを肌身に感じ、被害者や遺族の怒りと悲しみや自らの親兄弟の苦しみを、遅まきながら感得し、反省の情を一段と深めていることがうかがわれる。これらのことに前記の被告人のためにしんしゃくすべき諸情状をも併せ考慮するときは、本件各犯行の冷酷残忍性等をいう検察官の主張には相当の理由があり、被害者とその遺族の心情にも深い同情を禁じ得ないが、死刑選択についての最高裁判決の基準にかんがみると、被告人に対して死刑をもって臨むについてはいまだ僅かながら隔たりがあるというべきである。

6 結局、原判決が被告人を無期懲役刑で処断したことをもって、刑が軽過ぎて不当であるとも、重過ぎて不当であるともいえないのであって、量刑不当をいう検察官及び弁護人の各論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用については、同法一八一条一項ただし書により、被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笹本忠男 裁判官 志田 洋 裁判官 川口政明)

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