大判例

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名古屋高等裁判所 昭和31年(ナ)2号 判決

原告 大前佐栄 外一名

被告 岐阜県選挙管理委員会

主文

昭和三十一年二月十八日執行の岐阜県益田郡金山町議会議員東選挙区の一般選挙の効力に関し被告の為した同年六月十七日附訴願裁決を取消す。

右東選挙区の一般選挙を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め其の請求の原因として原告は岐阜県益田郡金山町議会議員の選挙有権者であるが同町において昭和三十一年二月十八日執行した町議会議員東選挙区一般選挙は後に述べる如き違法があつたので昭和三十一年三月三日金山町選挙管理委員会に対し異議の申立を為したところ同委員会は同年三月六日違法がないといつて之を棄却した。それで原告は昭和三十一年三月十六日岐阜県選挙管理委員会に対し選挙の効力に関する異議の訴願を提起したところ同委員会は同年六月十七日棄却の裁決を為し其の裁決書は同年六月二十一日原告等に送達された。

然し右選挙は左の通り選挙の規定に違反し選挙の結果に異動を及ぼすものである。

(イ)  投票当日候補者加藤周一は午前八時頃から同九時十分頃迄投票所内に頑張つて投票に来た選挙人に対し頭礼をしたり目礼をしたりして自己に投票を依頼する態度に出ていた。それで選挙人が投票管理者に注意して場外に出したが同人は更に同日午後一時頃今度は六方焼と称する菓子を幾袋か携えて投票場内に入り投票管理者立会人、選挙人に食べさせたが、投票管理人は之を制止しなかつた。

(ロ)  投票当日候補者加藤周一及其の運動員訴外大前三樹雄外四名の者は投票所に赴くには必ず通らなければならない投票所から約百五十米突離れた道路で焚火を為し加藤周一に投票方を依頼していた。

(ハ)  投票当日候補者加藤周一は前記(イ)の通り投票場内に在つて投票に来た選挙人田口幸十郎に対し本人の意思に反し代理投票を依頼した。

(ニ)  投票当日候補者加藤周一の妻の甥大前鋭一は金山町新田部落から選挙人約七十五名を三、四回に亘りオート三輪車に乗せて投票場に無料で送り届けた。

以上の通り右選挙は違法であり選挙の結果に異動を及ぼすものであるから請求の趣旨通りの判決を求めると述べた。(立証省略)

被告指定代理人は原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の如き経過でその主張のような裁決を為し、その主張の日にその裁決書を原告等に送達したことは認める。候補者加藤周一は投票当日の午前中ある時間投票場内に暫時滞留したこと及同日の午後も再び投票所に赴いたことは認めるがそれには正当理由があつた、其の他原告等が違法ありとして主張する事実を否認すると述べた。

(立証省略)

理由

第一、事実関係

原告等は岐阜県益田郡金山町議会議員の選挙有権者であること、同町において昭和三十一年二月十八日同町会議員東選挙区の一般選挙が執行されたこと、原告等は右選挙の執行上に違法ありとして昭和三十一年三月三日金山町選挙管理委員会に対し選挙の効力に関する異議の申立を為したところ同委員会は同年三月六日之を棄却したこと、原告等は之を不服として同年三月十六日岐阜県選挙管理委員会に対し訴願を提起したところ同委員会は同年六月十七日棄却の裁決を為し其の裁決書は同年六月二十一日原告等に送達されたことは当事者間争がない。

そして成立に争なき乙第一号証ノ一乃至七、検証の結果、証人田口寛、田中正男の証言によれば、

(一)  金山町議会議員の東選挙区の一般選挙における立候補者、各得票数、当選決定者は次の通りであつたこと、

立候補者氏名 有効得票数  当落

加藤福太郎  二三九、一二 当選

大前道三   二三八    〃

大前敏男   二一〇、六三 〃

野村二郎   二〇一    〃

名和武夫   一九〇    〃

加藤周一   一八六、八八 〃

金山千賀良  一七九    〃

勝田幸介   一七二    〃

田口照雄   一五九、五三 落選

大前佐栄   一五二    〃

田口薫    一四三、四七 〃

河尻内匠   一二五、三七 〃

粥川魯一   五三     〃

(二)  右東選挙区の投票所は六ケ所であつて其の一つは金山町卯野原第二中学校に設けられたのであるが開票区は単一であつて金山町東支所に設けられた開票所において開票されたこと、

(三)  金山町卯野原第二中学校に設けられた投票所は間口五間、奥行四間の教室一室を投票場と為し略中央に投票箱を置き、室内東側に投票記載所を設け西側に投票管理者、投票立会人席を設け尚右一室選挙人の入口に近く同室内にストーブを設け薬罐、茶碗等を置いていたこと、

(四)  右卯野原地区を地盤とする立候補者は加藤周一と大前佐栄とであつて右卯野原投票所における投票数は三百二十三票(但内三票は不在投票)であつたこと。

を夫々認め得る。

原告等は右卯野原投票所における投票は候補者加藤周一が右投票場内に滞留のままで執行された違法があると主張するので案ずるに証人大前玄一郎、長瀬辰夫、田口利栄、河尻照夫、田口広栄、河尻繁之丞、田口みさ田口静枝、加藤善一、田口幸十郎、田口義夫、田口鍬美、河尻勝夫の証言を綜合すれば候補者加藤周一は(1)当日午前八時頃から午前九時頃迄の約一時間前後ストーブの傍に滞留し入場して来る選挙人に適宜会釈などをしていたこと、(2)同日午後十二時半頃選挙事務従事者に茶菓子を持参して来たのを機会に再び右投票場内ストーブの傍に約三十分前後滞留していたことを認め得る。

即ち証人長瀬辰夫の同人は当日投票の為め午前八時頃投票場に到着したが場内に加藤周一がいた旨の証言、証人加藤善一の同人は投票の為め午前七時四十分頃投票場に到着したが投票場外側の廊下で加藤周一の姿を目撃した旨の証言、証人河尻勝夫の同人は投票の為め同日午前七時か七時半頃家を出て約三十分位かかつて投票場に到着したが投票場の設けてある校舎の玄関口で加藤周一の姿を目撃した旨の証言、証人田口利栄の同人は投票の為め同日午前九時十五分頃に投票場に到着したが加藤周一が投票場内ストーブにあたつていた旨の証言により前記(1)の如く加藤周一の午前中投票場内滞留時間は略一時間前後と認められるのであり又証人田口広栄の同人は投票の為め午前十一時半頃から午後十二時半頃迄の間に投票場に到着したが加藤周一が菓子を持つて来て投票管理者に渡した後ストーブにあたつていた旨の証言、証人河尻繁之丞の同人は午後一時か一時半頃投票の為め投票場に到着したが場内ストーブに加藤周一があたつていた旨の証言によれば前記(2)の如く加藤周一の同日午後の投票場内滞留時間は少くみても大凡三十分前後と認められる。

被告援用の証人の証言乙第四号各証第七号各証第七号各証の供述の殆どが加藤周一は午前九時頃に投票の為め投票場に到着し投票を終るやせいぜい茶を一服した数分間ストーブの傍で暖をとつただけで直に退場したというのであるが右趣旨の証言は前記証拠と対比する外左の理由によりにわかに措信し難い。

即ち証人黒田博の証言によれば同人は前記投票場における投票管理者として場内に居たのであるが同日午前九時頃河尻照夫から「大前玄一郎が呼んでいる」と言われて投票場外廊下に出たところ大前玄一郎は黒田博に対し「場内に候補者加藤周一がいるがあれでよいのか、此の目で見て行くぞ」と注意したこと、及証人田口利栄の証言によれば同人は加藤周一と共に投票場内ストーブの傍にいたところ黒田博が加藤周一に話して場外に出てもらい又黒田は田口利栄にも「あなたにも退場していただかなければならない」と注意し田口利栄も退場したことを認め得る、されば若し加藤周一が投票に来たときに茶を一服する数分の間だけストーブで暖を取つただけで直に退場したのであれば其の間に他の選挙人に会釈する等のことがあつても之は誰が見ても常人の当然することであるから之を咎めだてする者があらうとは考えられないのに投票管理者をわざわざ場外に呼出して「あれでよいのか」と抗議する者があつたことは周一の場内滞留時間が茶一服の間という誰にでもあり得べきものとは異つていて其の時間が長すぎるという状況のあつたことを示すもので到底加藤周一の滞留時間は茶一服の数分間に過ぎなかつたとの証言や乙号証における供述は措信し難い。

又加藤周一の午後の場内滞留についても被告の援用の証人黒田博、中村泰二、田口正男、兼山松定等は加藤周一は投票場内にはいつて来て菓子を投票管理者に届けてすぐに退場した趣旨の証言を為すも之も亦左の理由によりてにわかに措信し難い、即ち証人田口富茂の証言によれば同人は投票管理者黒田博から選挙事務従事者の茶菓子を投票場に届けるよう注文されていたところ当日の午後十二時過頃に同人方表道路を投票所の方へ向つて通りかかつた加藤周一を見付け右注文にかゝる菓子を右周一に渡して之を投票場に持参するよう依頼しそれから三十分位過ぎてから田口富茂は自ら投票する為めに同日の午後一時頃投票場に到着し其の時投票場外廊下で田口幸十郎が坐つているのを見たと証言し、証人田口幸十郎は老齢であつて家人に附添われて同日午後十二時半頃投票に行つたが場外で暫く休み場内に入つて投票したが苦しくて吐いたので場外廊下で又暫らく休んだのであるが其の廊下で加藤周一の姿を見たと証言している。されば加藤周一は田口富茂よりは少くとも三十分位前に菓子を届ける為めに投票場に到着している筈であるのに後に田口富茂が投票場に到着した時分即ち田口幸十郎が前記の如く場外廊下に坐つていた時分にも尚加藤周一の姿が右廊下に現われたということから見て加藤周一が菓子を投票管理者に手渡すや直に退場したという如く僅かの間しか投票場内に居なかつたとの証言はにわかに首肯しかねるのである、更に前記証人河尻繁之丞の加藤周一は同日午後投票場内のストーブにあたつていたという証言に対して証人田口好三は同人は同日午前十時頃投票場に到着したが其の時投票場外校庭で河尻繁之丞の姿を見かけたし同日午後一時頃河尻繁之丞は大沼屋で遊んでいたのであつて河尻繁之丞は同日午後一時頃投票場に居た筈はないとの趣旨の証言をするが右は証人田口武雄、田口鍬美、三島とよの証言と対比して措信し難く又以上の認定に反する乙号各証の供述も上記説示の理由から措信し難い。

第二、法律関係

公職選挙法第五十八条、第五十九条、第六十条は選挙人、投票の事務に従事する者、投票を監視する職権を有する者並当該警察官及警察吏員でなければ投票場に入ることができず、投票管理者は投票所の秩序を保持する責務があり、秩序をみだす者を制止し之に従わないときは投票場外に退出せしめる権限を有することを規定している。

右は選挙人の投票を其の自由な意思で行使させ以て公正な選挙の結果を得ることを目的とするものであるから議員候補者と雖も投票の為めにのみ投票場に入場することができるのであつて其の投票に必要な時間以上に亘つて投票場内に滞留することは法の許さないものであり投票管理者は投票に必要な時間以上に亘つて場内に滞留する候補者があるときは直に之を退出させるべき責務を負うものと謂わなければならない、されば前記加藤周一が投票日の午前中約一時間位投票場に滞留し又午後約半時間位投票場内に滞留したことは前者は同人の投票の為めに要する時間を遥かに超えるものであり後者は菓子を届ける目的であつたにせよそれに必要な時間を著しく超過するものでありしかも何れも其の滞留につき何等正当な理由はないのであるから斯様な状態のままで執行された本件選挙は選挙の規定に反し違法に執行されたものと謂わなければならない。

そこで右違法が選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたかどうかについて案ずるに前記の如く本件投票場は間口五間、奥行四間の一教室を使用したものであつて其の広さから言えば場内に在る候補者加藤周一は容易に入場し来る選挙人の目に触れるものであつて投票場内に候補者が居て選挙人と顔を会わせこれと会釈を交換するが如きことは選挙人の誰に投票すべきかの意思に影響を与える虞あるものと認めるのが相当であつて其の虞は全然なしと謂い或はあつても殆ど無に近いとは謂い切れない。蓋し前記法条が候補者と雖も投票の為めにする外投票場に在ることを禁止しているのは右の虞あることを警戒したのに外ならない、況んや前記第一の(四)の如く卯野原投票区を地盤とする立候補者は大前佐栄と加藤周一の二人であつたのであるから其の一方が投票場内に滞留し他方は滞留していないという差異は両候補者が此の地盤の得票を争う上において選挙人の意思に与える影響の虞を十分警戒すべきであつたと謂うべきである。

そして証人黒田博、田口正男、中島清八の証言によれば当日の投票状況は午前中に殆ど八十パーセントの選挙人が投票を為し午前七時(投票開始時刻)から午前十時頃迄の投票率は全体の五十パーセント乃至六十パーセントで午前七時から午前八時半頃迄が最も投票が多く就中午前八時頃から午前八時半頃迄は選挙人は受付で列を為した程であつて午前七時から午前九時迄の投票率は全投票数の四十パーセントを占めたことが認められる、されば加藤周一の午後における投票場内滞留をしばらく措き午前中における投票場内滞留の違法の点だけ見ても其の午前八時頃から午前九時頃迄の滞留により卯野原投票区の前記第一ノ(四)投票数三百二十三票の四十パーセントに当る百二十票余の投票の大部分が右違法な選挙の執行状態の下に行われたものと謂わなければならない、他方前記第一の(二)の如く開票は他の投票区のものを併せて一ケ所で開票せられ其の結果が前記第一ノ(一)の如き各候補者の得票数であつて加藤周一は一八六、八八の得票で当選し勝田幸介は百七十二票の得票で最低位の当選者となり其の次の田口照雄は百五十九、五三の得票で落選し大前佐栄も一五二票の得票で落選したのであるから前記百二十票の大部分が前記の如き違法状態で投票されたものを右加藤周一の得票数一八六、八八票から控除して見れば到底加藤周一の当選は見込はないのであつて又右百二十票の大部分が落選者等に帰属する数の如何により他の当選者等の当落にも影響なしとはなし得ないのであつて結局右違法は本件選挙の結果に異動を生ずる虞あるものである。

されば原告等の本訴請求は既に右の点で理由があり他の争点に関する判断を待つ迄もなく之を認容すべきである。

仍て民事訴訟法第八十九条に従い主文の如く判決する。

(裁判官 山田市平 県宏 小沢三朗)

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