大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

名古屋高等裁判所 昭和38年(ネ)849号 判決

控訴人(被告)

代表者・法務大臣

高橋等

指定代理人

水野祐一

外一名

被控訴人(原告)

合資会社大田屋商店

代表者

太田芳郎

代理人

石谷茂

主文

原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の陳述ならびに立証関係≪省略≫

理由

一、被控訴人が訴外竹内門治に対する売掛代金等債権金三八七、〇七九円の執行を保全するため、右竹内の訴外半田市に対して有する新居公民館新築工事の請負代金債権金三、三六〇、〇〇〇円のうち三八七、〇七九円について名古屋地方裁判所半田支部に債権仮差押決定の申請をし、昭和三七年三月一五日その旨の債権仮差押決定がなされ、右決定が翌一六日第三債務者たる半田市に送達されたこと、控訴人(国の機関たる愛知労働基準局徴収職員)は同年四月九日付で右仮差押債権を含め、当時弁済期が到来した右請負代金債権中の金四五四、七〇〇円全額につき竹内門治が滞納した労働者災害補償保険料(以下、労災保険料という)の徴収のため、国税徴収法に基く滞納処分による差押をしたうえ同月二〇日右滞納処分による差押債権の全額を第三債務者たる半田市から取り立てたこと、当時竹内門治の労災保険料の滞納が六一、七〇〇円であつたこと、当時控訴人は前記仮差押の執行裁判所に国税徴収法第五五条による滞納処分の通知をしなかつたこと、控訴人は右滞納処分により取り立てた四五四、七〇〇のうち六一、七〇〇円を竹内門治の滞納労災保険料の徴収に充当し、残金のうち二九八、二八八円を訴外竹内忠治ほか一六名に交付し、さらに残金九四、七一二円を竹内門治の地方税滞納金への充当として訴外愛知県知多地方事務所に交付したことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして<証拠>によれば、本件仮差押の本案訴訟たる被控訴人より竹内門治に対する名古屋地方裁判所半田支部昭和三七年(ワ)第一五号売掛代金等請求事件において、同年六月一一日竹内門治に対し右売掛代金等債権金三八七、〇七九円およびこれに対する遅延損害金の支払を命ずる旨の被控訴人の勝訴の判決があり、右判決が同月二七日確定したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二、≪省略≫

三、≪省略≫

四、さらに、被控訴人は、控訴人が前記労災保険料および差押手続費用を超過して本件差押債権の全額を取り立てたことは違法であつて、仮差押権者たる被控訴人の権利を侵害したものである。と主張するからこの点について検討する。

国税徴収法第一四〇条によれば、滞納者の財産について仮差押がされていても当該財産について滞納処分として差押後の処分は何らの影響を受けることなくこれを続行することができる旨規定されており、滞納処分手続において滞納者の滞納税額にかかわらずこれに超過する債権全額の差押をなしうることは前記説示のとおりである。しかし、滞納処分の執行において滞納金およびその手続費用を超えて差押債権の全額につき金銭を取り立てることについては問題がある。

国税徴収法第六七条第一項によれば、徴収職員は差し押えた債権の取立をすることができる旨規定しているので徴収職員が滞納額を超えて債権全額の差押をしたときでも、その差押えた債権について取立権を取得しその全額を取り立てることができると解すべき余地があるようににも考えられないではないがこの見解には容易に賛成しがたい。もちろん、差押の対象となつた債権がいわゆる不可分債権であるような場合は全額取立によらざるをえないが、その債権が金銭の給付を内容とする可分債権である場合、第三債務者が任意に滞納金および手続費用に相当する金銭の取立に応じたときは、滞納税徴収の目的は達せられ租税債権は消滅するのであるから、取立時において滞納金に優先する債権について当該徴収職員に対し、交付要求されておるとか或は第三債務者が任意支払に応じないとか特段の事情が存在する場合は格別、かかる事情の存在しない場合には差押債権全額を取り立てるべき具体的必要性を欠き、その超過部分の差押を解除すべきであるにかかわらず、あえてこの超過部分を滞納処分として取り立てることは違法であると解すべきであり、このことは国税徴収法第六七条第三項、および同法第七九条第一項第一号の趣旨に徴しても明らかである。

これを本件についてみるに、前示争いのない事実によれば、控訴人が本件差押債権につき昭和三七年四月二〇日第三債務者たる半田市より差押債権の全額に相当する金銭を受領して取立を終了した当時においては、控訴人の有する滞納労災保険料に優先する債権の交付要求その他配当要求が徴収職員に対しなされておらず、半田市の弁済能力および任意支払の態度よりして本件滞納金六一、七〇〇円と同額の金銭を取り立てることが可能であり、本件滞納処分はすべてその目的を達しうる状態にあつた(また取立後の経緯よりみても右六一、七〇〇円の取立による滞納金への充当により本件滞納処分は現実にその目的を達成し終了した)のであるから、控訴人としては差押債権金四五四、七〇〇円中、滞納金六一、七〇〇円を取り立てれば必要にして十分であり、右金員以上の額を取り立てるに必要な特段の事情がなかつたのであるから、その超過部分の差押を解除すべきであるのにこれをなさず、あえて徴収すべき金員の七倍余に相当する金員である差押債権全額につき全額金銭を取り立てたのであるから、右滞納額を超える部分の取立は違法であるといわねばならない。

五、従つて控訴人は、右違法取立により被控訴人が本件仮差押をした債権金三八七、〇〇〇円中、右滞納金六一、七〇〇円を控訴した三二五、三七九円の債権につき仮差押の効力を消滅させ、よつて被控訴人は仮差押による権利の侵害をうけたものであるから、滞納金を超える右違法取立は公権力の行使にあたる国の機関たる愛知労働基準局の徴収職員が、徴収手続に関する法の誤解またはその手続の不知にもとづく職務執行上の過失によつて、被控訴人の本件仮差押による権利を侵害したものというべきであり、国たる控訴人は被控訴人の権利に対する右違法侵害によつて生じた損害を賠償すべき義務を負わねばならないことになる。

六、そこで、その損害の有無について判断する。債権の仮差押による権利は、将来の強制執行を予想しこれを保全するためにあらかじめ、債務者の債権を仮に差し押えて債務者がその債権を処分したり第三債務者がその履行をしたりするのを禁止しておくことによつて得られる権利であつて、その権利の侵害滅失による損害は、最終的には、仮差押が強制執行に移行しその執行における配当が行われた場合、仮差押による被担保債権中の弁済をうけうべき金員につき、弁済をうけえなくなつたことによる損害であつて、その強制執行が終了してみないと確定しないけれども、この理はその強制執行終了以前の権利侵害において、困難ではあるにしても、弁済をうけうべき金員の喪失による損害額を計算することを排斥するものではないと解すべきである。しかし、<証拠>を合せ考えると、控訴人が本件取立をした昭和三七年四月二〇日当時、本件仮差押のなされた訴外竹内門治の半田市に対して有する新居公民館新築工事の請負代金債権については、被控訴人のほかに訴外合資会社大嶽電気商会が債権額一九八、五〇〇円の仮差押をしていたこと、被控訴人は当時竹内門治に対し売掛代金債権および約束手形金債権合計三八七、〇七九円を有していたこと、竹内門治は当時弁済期の到来した前示控訴人差押の請負代金債権金四五四、七〇〇円のほか訴外未収債権約二〇万円および時価約一、〇〇〇万円の土地建物を所有していたが、他方、訴外竹内忠治外一六名に対し支払うべきいわゆる先取特権を有する給料債務金二九八、二八八円(債務名義存在)および愛知県に対し地方税滞納金九四、七一二円を負担し、また右土地建物には被担保債権約一、〇〇〇万円の根抵当権が設定されている等負債約二、〇〇〇万円近く存在したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実によつて、本件仮差押債権につき控訴人の違法取立がなく被控訴人において強制執行をしたものと仮定した場合において、被控訴人が右仮差押債権の被担保債権金三八七、〇七九円について弁済をうけうべき金額を考えるに、竹内門治は控訴人の取立時において地方税滞納金九四、七一二円および竹内忠治外一六名に対する弁済期の到来した給料債務金二九八、二八八円を負担していたから、被控訴人の前示債権に優先するこれらの債権について右強制執行は配当要求その他の方法により被控訴人の最終的な執行満足を妨げられることが予見されるところ、もしこれらの優先債権が配当要求その他の方法によつて右強制執行に介入したならば、これらの優先債権の額は被控訴人の本件仮差押によつて保全された債権額よりも多額であるから、たとえ右強制執行をしたとしても、その効果を奏せず被控訴人の被担保債権の回収は得られないことに帰する。そして以上のほかに、被控訴人の有する被担保債権が本件仮差押債権につき強制執行をした場合において弁済をうけうべき具体的確実性ないし確定可能性およびその数額の存在については、被控訴人の立証だけではこれを認めがたく、そのほかにこれを認めるに足る証拠はない。そうだとすれば、本件仮差押による権利の違法侵害にもとづく被控訴人の損害は、結局、証明がないことに帰するものというべきである。

七、以上の理由により、被控訴人が本件仮差押による権利につき控訴人の違法侵害により損害をうけたことを前提とする本訴請求は、その余の点(遅延損害金)について判断するまでもなく失当であるから、棄却をまぬがれない。

よつて、右の趣旨と異なる原判決は一部失当に帰するから、これを取消し被控訴人の請求を棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長裁判官坂本収二 裁判官渡辺門偉男 村上博巳)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com