大判例

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名古屋高等裁判所 昭和49年(う)165号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中一八〇日を右本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、名古屋地方検察庁岡崎支部検察官橋本友明作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであり、これに対する答弁の趣意は、弁護人西村諒一作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。

控訴趣意第一、事実誤認の論旨について、

所論は、要するに、原判決は、公訴事実とほぼ同旨の事実(但し、殺意の点は、未必的殺意とする)を認定しながら、被告人の本件犯行をもつて、自己の身体を防衛するために出た行為であり、その程度を超えたものであると認定しているが、被告人の本件所為については、正当防衛ないし過剰防衛の観念をいれる余地がないから、被告人の本件犯行を過剰防衛と認定した原判決には、事実の誤認があり、その誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

所論にかんがみ、原審において取り調べた各証拠を、当審における事実取調べの結果を参酌したうえ、仔細に検討し、考えてみるに、原判決挙示の各証拠によると、次のような事実が認められる。すなわち、被告人は、昭和四八年七月九日午後七時四五分ごろ、友人の鈴木芳郎が運転する乗用車に同乗して、愛知県西尾市寺津町五ノ割一の五付近路上に差し掛かつた際、同所で花火に興じていた遠山保命、金沢博司、佐藤宏之らのうちの一人を、被告人らの友人と見誤つて声を掛けたことから、右遠山ら三名に因縁をつけられたあげく、酒肴の馳走を強要されて、同県幡豆郡吉良町の飲食店で飲食させたうえ、右鈴木運転の乗用車で遠山ら三名をその住居に送り届けることになつたこと、遠山らは、酔いにまかせて、車内で鈴木にからんだり、いやがらせをしたりしたが、ともかく、同日午後一〇時過ぎごろ、同人らの居宅近くに至り、当時同人らが厄介になつていた西尾市寺津町観音東一八番地宮地虎雄方付近で遠山らを下車させ、同人らとともに右宮地方門前に赴いたところ、同人方家人と連絡がとれないうちに、遠山ら三名は、突如、鈴木の後方から組みついて、こもごも、手拳で同人の顔面及び腹部を殴打したり、足で蹴つたりするなど、執拗な暴行を加えるに至つたこと、これを目撃していた被告人は、それまでの遠山らの粗暴な言動からみて、右鈴木が遠山らに殺されると思い込み、猟銃を持ち出して、同人らに対抗することを思いつき、同所から約一三〇メートル離れた自宅へ急いでかけ戻り、実弟賢二所有の四連発散弾銃に狩猟用銃弾四発を装填したうえ、予備弾一発をもワイシヤツの胸ポケツトに入れ、かつ、右銃の安全装置をはずして、前記宮地方前付近路上に引き返したこと、ところが、右鈴木は、被告人が自宅へかけ戻つた直後、独力で遠山らの手から逃れて、近隣の斉藤清市方へ逃げ込み、被告人が引き返したとき、鈴木が殴打されていた場所には、同人も遠山ら三名の姿も見当らなかつたこと、そこで、被告人は、付近を捜していたところ、遠山らの居宅から人声がしたので、銃を右脇にかかえ、右手指を引き金にかけて、その玄関前に赴き、「芳郎を出せ、芳郎出てこい」と叫んで、鈴木を助け出そうとしたこと、そして、玄関先へ出て来た遠山の妻実子を、左手で払い倒し、なおも家の中に向かつて、同様叫んでいたが、前記佐藤が一瞬姿を見せ、「そんな奴はいない」といつたので、四〇メートル余り離れた宮本新一方前路上まで引き返したこと、そのとき、再び右遠山実子に出会い、同女から鈴木の所在を聞き出そうとして、同女の左腕を掴んで、「ちよつとこい」と引張つたりしたところ、同女が悲鳴をあげたため、これを聞きつけた遠山保命が「このやろう、殺してやる」などといつて、被告人の方へかけ寄つて来たので、被告人は、右同女の腕を離し、反対方向へ逃げようとしたが、約五、六メートルで追いつかれそうに感じたため、前記銃を腰付近に構えて、振り向きざま、約五メートルに接近した右遠山保命に向けて発砲したこと、その結果、右銃弾を遠山の左股部付近に命中させ、同人の体内に、約三七〇粒の散弾が入り、同人は、加療約四カ月を要する腹部銃創及び左股部盲管銃創を負うに至つたこと、以上のような事実が認められる。

そこで、被告人の右所為につき、正当防衛ないし過剰防衛が成立するかについて、判断するに、被告人が銃を発射する直前に、遠山保命から「殺してやる」といわれ、追いかけられたことが、その局面に限ると、遠山の被告人に対する「急迫不正の侵害」の如く見えるけれども、本件被告人の行為を、被告人が銃を持ち出してから発砲するまで、全体的に考察し、当時の客観的状況を併せ考えると、それが権利防衛のためにしたものであるとは、到底認められない。先に認定したとおり、被告人が遠山らに対し猟銃発射をもつて対抗しようと決意したのは、宮地虎雄方付近路上で鈴木芳郎が遠山ら三名に一方的に暴行されているのを目撃したときであり、この時から既に、被告人において遠山らに対する攻撃の意図があつたことは、被告人の「相手が殺す気なら、俺の方でも殺してやろう、といつた考えを起こして、銃を取りに戻つたのですから、相手を撃ち殺してやろう、と言つた考えは、家に銃を取りに来て、銃に弾をつめる時に思つたのではなく、銃を取りに戻る前から此のような事を思つていたのです。ですから、弟賢二の銃を思い出して取りに戻つたのです。」(被告人の司法警察員に対する昭和四八年七月一七日付供述調書九項)といつた供述記載や、「弟の妻のまさえさんに無理にロツカーを開けさせて、私が銃一丁と散弾五発を持ち出したわけであります。このとき、私は相当頭に来ており、何が何でも銃を持ち出して、射つてやろうと思い、持ち出したわけです」(被告人の司法警察員に対する同年七月一一日付供述調書一六項)との供述記載から、明らかに認められるところであつて、被告人は、遠山らから酒肴の強要を受けたり、帰りの車でいやがらせなどをされたうえに、友人の鈴木芳郎が一方的に乱暴をされたため、ひどく憤激するとともに、鈴木を助け出そうとして、遠山らに対し、対抗的攻撃の意思を生じたことを充分肯認することができ、その後、被告人が先に認定したように遠山から追跡された時点において、同人の攻撃に対する防禦を目的として、急に反撃意図が生じたものとは認められない。また、前記宮地虎雄方付近は、人家の密集したところであり、時刻も、さほど遅くはなかつたのであるから、被告人が遠山らの鈴木に対する行動を見て、大声で騒ぐなり、あるいは、近隣の家に飛び込んで救助を求めるとか、警察に急報するなど、他にとりうる手段、方法があつたことが認められ、とりわけ、帰宅の際は、警察へ連絡することも容易であつたのに、これらの措置に出ることなく、銃を自宅から持ち出すに至り、しかも、銃を携行して、前記宮地虎雄方付近へ来たときは、事態は平静になつていたにも拘らず、遠山の妻の腕を掴んで引張るなどの暴行を加えたあげく、その叫び声を聞いてかけつけ、素手で立ち向かつて来た遠山保命に対し、右銃を発射するに及んでいること、これら事情に照らすと、本件では、被告人が猟銃を持ち出して発射することを正当化すべき程の理由は、もともと存しなかつたといわねばならない。なお、原判決は、被告人が本件犯行前、被害者方などで佐藤宏之、遠山実子らと顔を合わせたにも拘らず、発砲していないことを理由に、被告人の発砲は報復のためとは認め難いと説示しているが、右佐藤に発砲しなかつたのは、被告人がその検察官に対する昭和四八年七月一八日付供述調書中において、「佐藤が姿を見せたとき、もし相手がかかつて来るならば、発射するつもりでいたのですが、相手が何もする様子がなかつたので、佐藤を撃たなかつたのです」と述べている如く、撃つきつかけがなかつたからであり、また、遠山実子からは、何の迷惑も蒙つていないし、女性であることと相まつて、同女に発砲しなかつたのは、当然のことといえるので、この点を理由に、被告人の報復ないし攻撃目的を否定してしまうことはできない。加えるに、被告人が殺傷力の極めて強力な四連発散弾銃を、これに散弾四発を装填したうえ、予備散弾をも所持し、かつ、安全装置をはずして携行したことを併せ考えると、被告人の対抗的攻撃意図は明らかであり、被告人の本件所為は、遠山保命の急迫不正の侵害に対する自己の権利防衛のためにしたものではなく、むしろ、遠山らに対する対抗闘争行為の一環としてなされてたものであり、その措置も、己むことを得ざるに出たものとは到底認められない。結局、被告人の本件所為には、正当防衛の観念をいれる余地はないといわねばならない。そして、被告人の行為が正当防衛行為に該らないとする以上、防衛の程度を超えたかどうかを問題とする過剰防衛行為が成立し得ないことは、いうまでもないところである。

以上の次第で、原判決が、被告人の本件発砲をもつて、自己の身体を遠山保命の攻撃から防衛するために出たもので、防衛の程度を超えたものと認定したのは、重大な事実の誤認をしたものであつて、原判決の右事実の誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は、その余の控訴趣意(量刑不当の論旨)について判断するまでもなく、破棄を免れない。論旨は、理由がある。

よつて、本件控訴は、その理由があることになるので、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条に則り、原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に判決をすることとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、本籍地の中学校を卒業後、工員、運転助手、運送業などをし、昭和四八年三月ごろより、家業の木箱製造業の手伝いをしていたものであるが、同年七月九日午後七時四五分ごろ、友人の鈴木芳郎とともに、愛知県西尾市寺津町五ノ割一の五付近を乗用車で走行中、偶々同所で花火に興じていた遠山保命(当時三四年)、金沢博司、佐藤宏之らのうちの一名を、友人と人ちがいして、声を掛けたことから、右遠山、金沢、佐藤の三名から、「人ちがいをしてすみませんで、すむと思うか」、「海に放り込んでやろうか」などと因縁をつけられ、そのあげく、酒肴を強要され、同県幡豆郡吉良町の飲食店「仁吉」で、遠山らに酒肴を馳走した後、同日午後一〇時過ぎごろ、右鈴木の運転する乗用車で、遠山らを西尾市寺津町観音東一八番地宮地虎雄方付近まで送り届けたが、右宮地方付近に至るや、遠山らが一せいに右鈴木にとびかかつてきて、無抵抗の鈴木に対し、その顔面、腹部等を殴る、蹴るの暴行を執拗に加えたため、このまま放置しておけば、右鈴木の生命は危いと思い、同人を助け出そうとして、同所より約一三〇メートル離れた同市巨海町佐円一〇番地の自宅にかけ戻り、実弟筒井賢二所有の散弾銃(当庁昭和四九年押第五二号の一)に実包四発を装填して、安全装置をはずしたうえ、予備実包一発をワイシヤツの胸ポケツトに入れ、右銃を抱えて、再び前記宮地方前付近にかけ戻つたところ、鈴木をはじめ遠山らの姿が見当らなかつたため、鈴木は既に何処かへ拉致されているものと考え、同所付近を探索中、同所より約三〇メートル離れた同市寺津町観音東一番地付近路上において、前記遠山の妻実子を認めたので、鈴木の所在を聞き出そうとして、同女の腕を引張つたところ、同女が叫び声をあげ、これを聞いた遠山がかけつけて来て、「このやろう、殺してやる」などといつて、追いかけて来たので、「近寄るな」などと叫びながら、西方へ約一一、二メートル逃げたが、同所二番地付近路上で、遠山に追いつかれそうに感じ、右遠山が死亡するに至るかも知れないことを認識しながら、敢えて、右散弾銃を腰付近に構えて、振り向きざま、約五・二メートルに接近した右遠山に向けて、一発発砲し、散弾を同人の左股部付近に命中させたが、同人に対し、加療約四カ月を要する腹部銃創及び左股部盲管銃創の傷害を負わせたにとどまり、同人を殺害するに至らなかつたものである。

(証拠の標目)(省略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人の本件所為は正当防衛行為であると主張するが、被告人の所為をもつて正当防衛行為となしえないことは、検察官の控訴趣意について、先に説示したとおりであり、また、弁護人は、被告人は本件犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張するけれども、原判決が説示するように、被告人が犯行当時是非善悪を弁識し、それに従つて行動する能力に著しい障害のある状態にはなかつたことが認められるので、右弁護人の主張は、いずれも採用することができない。

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為は、刑法第二〇三条、第一九九条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択し、右は、未遂であるから、同法第四三条本文、第六八条第三号により、法律上の減軽をなした刑期の範囲内で処断すべきところ、被害者らの言動が被告人の本件犯行の発端となつたものであること、その他、被告人の性格、経歴、犯行後の状況等、諸般の情状を斟酌して、被告人を懲役二年に処し、同法第二一条により、原審における未決勾留日数中一八〇日を右本刑に算入し、当審及び原審における訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して、これを被告人に負担させないこととする。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

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