大判例

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名古屋高等裁判所 昭和49年(ネ)527号 判決

控訴人 伊藤静男

右訴訟代理人弁護士 稲垣清

右同 福島啓氏

右同 吉田允

被控訴人 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人 松崎康夫

〈ほか二名〉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審での新たな訴(本判決事実欄記載の請求の趣旨中一の2および二の2を除く爾余の訴)をいずれも却下する。

控訴費用(当審での新訴の分を含む。)は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。本件を名古屋地方裁判所に差戻す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との趣旨の判決を求め、被控訴指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人は当審において請求の趣旨を追加補正した結果、終局的に請求の趣旨として

「一、1、被控訴人は控訴人に対し、軍備を保有してはならない義務のあることを確認する。

2、被控訴人は控訴人のために、自衛隊等(軍備)を増強してはならず、縮少廃止しなければならない。

3、被控訴人は控訴人のために、日本国内に、核兵器(核探知レーダーを含む)、核爆弾を保有したり、その施設を設置してはならない。

4、被控訴人は控訴人のために日本国内に、核兵器(核探知レーダーを含む)、核爆弾の持込み、その施設の設置を許してはならない。

5、愛知県小牧市所在の航空自衛隊小牧基地並びに愛知県春日井市高藏寺町所在高藏寺弾薬庫はこれを撤去せよ。

6、被控訴人は控訴人に対し本件請求の趣旨追加補正書の送達の日の翌日である昭和四九年一二月二四日以降右撤去の日に至る迄一日金三千円の割合による金員を支払え。

二、1、被控訴人は控訴人に対し、控訴人の支払う税金を軍備に使用してはならない義務のあることを確認する。

2、被控訴人は控訴人のために軍事費年間一兆九百三十億円の支出を増額してはならず、削減・廃止しなければならない。」

との趣旨の判決を求めた。

控訴代理人が本件において主張するところは、本判決末尾添付の別紙に記載する外は、原判決別紙(訴状関係部分写)記載のとおりであるから右記載を引用する。

理由

控訴人は原審においては、本判決事実欄記載の請求の趣旨一の2、二の2掲記の判決のみを求めたが、民事訴訟法第二〇二条により訴却下され、これを不服として控訴した当審において、訴の追加的変更をなして本判決事実欄記載のような判決を求めているものである。

ところで、訴却下判決に対する控訴審において、訴の変更は原則として許されぬとの考え方もあるようであるが、当裁判所はそのような考え方は訴の変更制度の基礎になっている訴訟経済の原則に反するものであり、右のような場合も、他の控訴事件の場合と同様に、請求の基礎の同一性と訴訟遅延のおそれのないことの二要件の存否を、個別的具体的に審査して変更の許否を決すれば足りるものであり、原判決が訴訟判決であったという一事でその判断が左右されるものではないと考える。

そこで、控訴人の新訴と旧訴との間の請求の基礎の同一性につき考えるに、控訴人が当審で追加した新訴請求は、旧訴給付請求の前提となるような債務確認請求(請求の趣旨一の1、二の1)、あるいは旧訴請求をより具体化、分化させたものに過ぎぬと思われるので、いずれも請求の基礎を同じくするものというべきであるし、又、後記のとおり、右新訴各請求も旧訴請求も、ともに、格別の証拠調を要せずして判断し得るものと考えるので、右訴の変更を許すことにより訴訟遅延を招くものとはなし難い。よって控訴人の当審における訴の変更は許容すべきものである。

すすんで請求につき考えるに、控訴人が本件において申立てている請求の趣旨は、本判決事実欄に記載のとおりであり、右の申立を支えるところの請求原因の法律構成の要領は、「被控訴人国が、日本国防衛のためとしてなしつつある装備は、憲法第九条が禁止する軍備に該当し、これが保有増強(特に第四次防衛力整備計画の立案決定実施)及びこれがための国費の支出は、明白に違憲違法であるうえに、いずれも戦争を誘発するものであって、控訴人の生命身体を侵害する危険がある。又、被控訴人国が憲法に違反して軍備を保有することは、法治国民としての控訴人の良心を傷つけること甚しいものである。右は控訴人に対する不法行為(戦争公害)であるから、民法、国家賠償法にもとづき、請求の趣旨記載のような違法行為の差止を請求する。又、控訴人の納付する税金が上記のように明白に違憲的な軍備のため支出せられることは、納税者たる控訴人の主権を侵害し、その財産権を侵害するものである。よって控訴人は納税者として右違憲支出を差止める権利がある。又、本訴請求は憲法第一二条により控訴人に課せられた基本的人権保持の義務にもとづくものである。」というにある。

そこで考えるに、控訴人の原審における各請求(請求の趣旨一の2および二の2)は、その当否の判断に入る迄もなく控訴人、被控訴人間の具体的現実的な利害の対立を前提として裁判による解決の待たれている、いわゆる争訟性、事件性をそなえたものとはうけとり難い。そのことは本件訴状の記載に最もよくあらわれている。すなわち、右訴状の請求原因の冒頭「第一、本訴提起の意味」の項で、控訴人は目下の日本が、憲法第九条の理想に逆行して、戦争公害を招きつつあるのを慨歎し、「本訴は多数の心ある健康な良心を持った日本人を代表して提起するものである。」とうたっている。そうして、右の基本理念は、訴状の記載全体を貫いて居り、控訴人が本件訴の結論として求めている「請求の趣旨」も原判決記載のとおり抽象的なものにとどまっている。上記によると控訴人は本件を戦争公害(民事訴訟)事件として維持するため最小限必要な法律構成はとっているけれども、私人としての控訴人と国との間に、利害の対立紛争が現存し、それの司法的解決のため本訴を提起したものではなく、求めるところは国民の一人として日本国政府に防衛政策の転換を迫る点にあることを看取するに難くない。そうだとすると、このような法律上の争訟性、事件性を欠いた右本訴請求が、請求適格を欠き補正し難いことは客観的に明白であるから、口頭弁論を経ずして右訴を却下した原判決は正当というべきである。

控訴人は当審において、本判決事実欄記載のとおり、請求の趣旨を追加し、主張をも追加整備して居り、これによると、控訴人の申立ならびに主張ともに、より具体化現実化し、それによると控訴人と被控訴人との間に具体的現実的な紛争関係が存在し、その司法的解決のために本件訴訟を必要とするもののように一見、解せられぬでもない。

しかしながら、当初、訴状の段階では抽象的な請求の趣旨のみを掲げ、控訴審に至ってはじめてより具体的現実的な請求の趣旨を附加して来た訴訟の経過に徴すると、元々控訴人の本訴提起の背景に、現実的な紛争が存してその司法的解決のために本訴を提起した訳ではなく、上述したように国民の一人として、日本国政府に防衛政策の転換を迫る趣旨で本訴を提起したところ、一審判決で事件性の欠缺を指摘せられたため、当審においてはより具体的現実的ともみえる請求を附加したに過ぎず、本件訴訟の基盤となっている生活関係、本訴請求の各性質は、訴の変更の前後を通じて変化がないものと認めるのが相当である。そうだとすると訴の変更後の請求のうち、一見、より具体的現実的とみえるかのごとき請求(特に請求の趣旨一の5、6等)も、変更前の請求と同様、争訟性、事件性を欠くものとして、いずれも却下を免れぬものといわざるを得ない。

よって民事訴訟法第三八四条第八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 夏目仲次 菅本宣太郎)

〈以下省略〉

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