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名古屋高等裁判所 昭和59年(う)160号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人二村豈則が作成した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官横山鐵兵が作成した答弁書、同補充書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意中原判決には理由にくいちがいがある旨の主張について

所論は要するに、被告人は原判示の各日時場所において原判示のA及び原判示のD子にそれぞれ暴行を加えたけれども、そして、右各暴行がAを被保険者とする原判決記載の生命保険契約の保険金の取得のために行われたものとは認められないとした原判決の判断は正当であるけれども、原判決が認定したような、被告人のAとD子との両名に対する右各暴行は右両名を殺害しようとの意図、すなわち「無理心中を装うなどして」右「両名を殺害する意図」の下に行われたものであるという事実、なかんずく、原判決で認定されているような、右両名に対する殺意は遅くとも被告人が昭和五七年四月七日(すなわち右各暴行の前々日)被告人の肩書住居を出発した時点において抱いていたものでこの目的を果たすために被告人が原判示のロープ三本と原判示の棒一本等を準備して原判示のA方居宅を訪れたものであるという事実は、原判決が右認定の根拠として挙示している関係各証拠をもってしては、これを認定することができない(したがって、原判示のような殺意はそれがいかなる動機・目的に基づくものであるのかという点を解明することができず、またこの点は原判決においてもこれを解明していない。)から、原判決には理由にくいちがいがあるという。

そこで、原判決を検討してみる。

一  まず原判決は、(本件犯行に至る経緯)、(罪となるべき事実)、(争点についての判断)及び(量刑の事情)の各項目で、以下の事実関係を認定しているが、この事実は原判決挙示の関係各証拠によって優にこれを肯認することができる。

1  被告人は昭和四一年ころから大分県に居住し楽器店の営業員をし、昭和四二年ころ右楽器店でA(昭和一九年四月生)と知り合い、昭和四五年ころ同人が右楽器店の金を使い込んだのを被告人が処置し(原判決は「被告人がとりなした」と認定しているが、Aから右使込みの件で相談を受けた被告人がAに二〇万円位を貸し、これで同人が右楽器店に弁償した。)、その後Aと親密に交際し、同人からの申込みにより昭和五一年ころから昭和五四年ころまでの間に同人に数回に分けて合計一二〇〇万円位の金員を貸与した。

2  被告人はその間昭和五二年ころ、Aに対する前記貸金の担保として同人を被保険者とする生命保険二口(保険金額合計は二七〇〇万円であるが、災害死亡のときは合計五四〇〇万円)の保険証書を同人から受領した上、この各保険の保険金受取人をいずれも被告人とする手続を完了し、じ来右各保険の保険料(年間合計二八六、五五〇円)は被告人がこれを継続して支払い続けた(そのうち、一口については昭和五八年二月分までを昭和五七年三月一八日に、他の一口については昭和五七年五月分までを昭和五六年六月三〇日に、それぞれ支払ったのが最後である。)。

3  しかるにAはその後被告人に以上の借用金の返済をしないまま行方をくらましたので、被告人は八方手を尽くしてAの所在を探していたけれども、その間昭和五五年に、被告人は、Aの妻で岡山県倉敷市在住のB子の居宅を訪問し同女に以上の貸付金の返済を要求したが拒否され(その際同女は被告人にAとは離婚するつもりでいる旨話したが、それだけで、この離婚に関する折衝を被告人に依頼したことはなく、また、右返済拒否の後、被告人と同女とが接触したことは全くない。)、更にAの実父で宮崎県内在住のCの居宅を訪れてAの所在を尋ねたが要領を得なかった。

4  その後昭和五七年二月ころ被告人はAが原判示のFビル五〇二号室に居住していることを探り出し、同人がD子(昭和二五年五月生)と同棲していた右五〇二号室を同年三月八日訪問したが、被告人は右訪問のため同月七日大分県の肩書住居を出発する際妻に対し大阪に行くと称し、更に、同月八日右Fビルに到着した際同ビル一階の喫茶店の経営者G子に対し自分はトヨタの者である旨身分を詐称してAの所在を尋ねていた。

5  こうして同人方居宅を訪れた被告人はその後同人方居宅に滞在し同人に前記貸付金の返済を求めたが同人の手許不如意のためその返済を受けられないまま同月一一日右居宅を辞去し肩書住居に帰り、更に同月二四日再びA方居宅を訪問したが、被告人は右訪問のため同月二三日肩書住居を出発する際にも妻に対し広島に赴くと称していた。こうして同月二四日A方居宅を訪れた被告人はその後同人方居宅に滞在し同人に前記貸付金の返済を求めたけれども、同人の手許不如意のため、D子の所持品を入質などしてできた二〇万円位の金員を一部弁済として受領し得たにすぎないまま同月三一日右居宅を辞去して肩書住居に帰った。

6  同月二四日からの滞在中、被告人は、Aとの結婚を希求しているD子に、同女から同女の実母にあてた遺書と手紙との下書き(被告人が作成したもの)を示し、「これを書けばA夫人が同人と正式に離婚してくれるし、また、その際この夫婦間の子供の養育料も払わなくてすむ。」と申し向けて、この下書きの趣旨にそって遺書と手紙とを同女に作成させた上、これらの書類を同女から受領したが、その内容は以下のとおりである。

(一)  遺書 Aは他に女をつくり、D子に金を要求し、これを拒否したD子に、トルコで働けなどと要求するので、D子も悩んだ末、死を選ぶことにしたが先立つ不幸を許してもらいたい。

(二)  手紙 D子はいっそのことAと別れようとも考えたが、別れられない。D子にも意地がある。今の女にAをわたすことは絶対にしない。

7  右6の遺書と手紙との作成は、Aやその妻が全く知らない間に被告人の独断でD子に作成させたもので、この作成の際被告人はD子に対し、右遺書と手紙との件はAにも告げないように口止めしていたもので、この遺書と手紙とは被告人が同月三一日肩書住居に持ち帰った。

8  その後被告人は同年四月七日A方居宅に赴くべく肩書住居を出発したが、そのときにも妻に対し広島に赴くと称していた。なお、その際被告人は長さ約三八センチメートルの木の棒一本とロープ三本と前記の遺書及び手紙等とをバックに入れて携行し、これらの各物品をA方居宅に持ち込んだ。

9  こうして被告人はA方居宅に滞在していたが、同月九日午後五時過ぎ同居宅で、外出中の同人の帰りを待っていたD子に対し、Aとの間で同人夫婦の正式離婚の件を相談するが、それにはD子がいない方がいいから一時間位外出していてもらいたいと申し向け、同女を外出させたが、その際外に出ようとした同女と右居宅入口ですれ違ったAが右居宅内に入り、その後間もなく、右居宅内で被告人がAの頭部を高い位置から木製の棒(棒状鈍体)で強打し(その打撃の程度は脳震盪を起こさせうる程度のもので、この打撃の結果、同人の前頭部と後頭部とに挫創が生じ、右前頭蓋骨窩に骨亀裂が生じた。)、更に同人の頸部に前記8のロープのうち一本を少なくとも三重に巻きつけ、この頸動脈に三・五キログラム以上の力が加わるような強さでしめ上げ、そのため同人が二分間位けいれんし(両手足を激しくばたつかせ)たが、そのまま少なくとも約三分間この絞頸を続け、その結果そのころ右居室内で同人は絞頸による窒息のため死亡した。

10  右絞頸後被告人はAの身体を布団で巻き、この布団の上からロープで縛って右居室の押入れの中に入れ、更に居室の畳についた血をタオルで拭い、その血痕を隠すため、この畳の上にこたつの敷布団を置き、自分の手の指に付着した血を水で洗い流している最中、同日午後六時半ころD子が右居室内に入ってきてAの所在を尋ねたのに対し、同人は外出していると答え、その後間もなく同女が前記押入れをあけたところ、被告人は同女の背後から両手で同女の肩を押えつけ、同女の頸部を両手で絞めたり、同女の頸部にロープを巻いて絞めようとしたりし、抵抗する同女が右居室から逃げ出そうとするのに対し、同女の頭髪をつかんで引き戻し、同女の顔面を手拳で殴打し、再びロープで同女の頸部を絞めたけれども、同女が被告人の手の指にかみついたりして抵抗し続け、右居室外に逃がれ出るや、被告人は「今のは冗談、冗談」といって同女をなだめようとしたが、同女がそのままFビルの階段を下りて逃げようとしたので、これを追いかけながら同女に暴行を加えた。しかし同女は抵抗しながら逃げ続け、同ビル二階に達したので、被告人はついに追跡を断念し、A方居室に引き返し、そこで包丁で割腹自殺しようとした。

二  ところで原判決は、被告人の以上の各暴行は、被告人が昭和五七年四月七日長さ約三八センチメートルの木製の棒一本とロープ三本と前記の遺書及び手紙とを持って肩書住居を出発したときから抱いていた、AとD子とに対する殺害の意図に基づく行動であるとし、すなわち、「その具体的内容は必ずしも明らかではなく、したがって(以上の各暴行、とりわけD子に対する暴行)が被告人のもくろみどおりに実行されたものであるとは直ちに断じ得ないとはいうものの、遅くとも同年四月七日、自宅を出発する時点においては、無理心中を装うなどしてA及びD子の両名を殺害する意図を有しており、その目的を果たすために、ロープ三本、棒一本等を準備してA宅を訪れたものと推認できる」としながら、前記の生命「保険金の取得こそが本件殺害の動機ではないのかと疑う余地は十分に存するところではあるが、なお推論の域を出ず(この「推論の域を出ず」との文言は、いささか措辞不分明のきらいがあるが、推定による認定をするには不十分という趣旨と解する以外にはあるまい。)」とし、更に続けて、「本件をもって、保険金取得を唯一、重大な目的として(この点も趣旨不分明のきらいがあるが、保険金取得の意図の下にという趣旨であると解する以外にはない。)遂行された犯行であるとはいま直ちには断定(認定の意であろう。)することはできない」とし、この殺害は「被告人とAとの間の金銭的もめごとが犯行の一因となっていることは否定し難いと考えられる」か、如上の殺害の「意図がいかなる動機から生じたものか、また、……(殺害の)実行行為がいかなる程度まで右意図のもとで予定された行動であったかについて、いまだ断定できない」としている。

三  しかしながら、原判決挙示の証拠のすべてを精査検討してみても、被告人が遅くとも、A方居宅に赴くため昭和五七年四月七日ロープ三本と棒一本と遺書及び手紙とを携行して肩家居宅を出発した時点においてAとD子とを殺害しようという意図を抱いていたということは、この意図の前述の生命保険金を取得しようという目的のためのものであるという点が認定され得ないとする限りにおいては、これを認めることはできない、換言すれば、右の時点において右保険金取得以外の目的で、あるいは全く無目的に、かかる殺意を抱いていたということは、「なお推論の域を出」ないばかりか単なる臆測といっても過言ではないといわざるを得ない。すなわち、原判決挙示の各証拠によると、右の時点までは、右保険金の取得ということを除いては、被告人においてAとD子との殺害を決意するような事情は全くなく、むしろ右両名と被告人との仲は前記借用金の返済をめぐる交渉の場においてさえも、相互に悪感情の生ずる余地は全くないほど友好的な雰囲気に包まれていたことが認められ、一方、AとD子とに対する暴行ないし死体隠匿において使用されたロープ三本や棒一本はその他の物とともに肩書居宅出発の時点で被告人が用意して携行していたものであったにせよ、右のロープや棒等の準備とAに対する貸付金の返済遅滞とこの返済をしないまま同人が行方をくらましてしまった時期のあったこととの三個の事情が、そしてこれのみが、被告人の右時点における殺意の存在を臆測させうる根拠として原判決挙示の各証拠からうかがいうるもののすべてであり、他に右時点における殺意の存在をうかがわせるに足る資料は――くどいけれども、保険金取得のためという要素を除く限り――全く見当たらず、これだけで右時点における原判示のような殺意の存在を認定することはできない。

四  結局のところ、原判決挙示の各証拠によると、保険金取得という目的のものでないとする以上、被告人のAやD子に対する殺意は(この殺意が認められうるとしても)、早くとも昭和五七年四月九日午後五時過ぎにA方居室で初めて生じたものであって、それはAの言動及び同人殺害後のD子の行動に誘発されて初めて発生したものとしなければ(本件では、これにそう一応の証拠、すなわち被告人の捜査官や原裁判所に対する各供述がある。)、原判決挙示の各証拠との関係上つじつまが合わないといわざるを得ない。更に付言すると、そもそも殺害実行の前々日に既に確定的殺意が形成されてしまっている場合には、その殺意形成について一定の動機がなければならないのが通常であって、AやD子に対する殺意がかような早い時点で確定的に形成されていたというような原判決の認定は、例えば拳銃の準備などという特別の事情が見当たらない以上は、通例は、その動機が確定的に認定された段階で、はじめて可能であるところ、後者についての認定がなされないまま(A殺害直前における同人の行動についての被告人の前記各供述の信用性を否定し)、前者を肯認している原判決は、事実認定の過程で経験則に反しているといいうるであろう。

五  そうすると、究極のところ、原判決にはAとD子とに対する確定的殺意の成立時点及びその動機目的について理由の不備ないしくいちがいがあるといわざるを得ないから、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

六  なお、右の諸点について検察官は、起訴状及び冒頭陳述にあっては、Aに対する殺害の動機・目的及び殺意成立時期について一言も言及しておらず、ただ「殺意をもって、いきなり」同人に暴行を加えたと述べているだけであり、D子に対するそれらについてはAの殺害を「D子から発見されるや、同女を殺害して自己の犯跡を隠ぺいしようと決意し」たと、あるいは、A殺害後「このままでは被害者Aの死体が発見されるものと考え、被害者F子(D子のこと)を殺害しようと決意し」たと述べているところ、論告において突如として「被告人は被害者Aから債権取立て不能と知って、被害者D子が被害者Aと結婚できないことに悲観して、被害者Aを殺害し、首吊り自殺を図ったものと偽装し、被害者両名を殺害した上、……保険金を騙取しようとした」とか「被告人は保険金殺人の目的で、被害者D子が、被害者Aと結婚できないことに悲観して無理心中を図ったように偽装して、被害者両名の殺害を決意した後、被害者D子の一番の弱味である結婚をえさにして、遺書や手紙を書かせた上、木棒ロープなどを準備し」たと述べ、被告人は遅くともA殺害の十日以上前の時点で保険金殺人という目的でAとD子とを殺害しようと決意していた旨主張するに至ったのであるが、その後原裁判所は弁護人の最終弁論と被告人の最終陳述をきいただけで結審し判決をしたことが記録上明らかであり、かかる原裁判所の態度は被告人の防禦権についての配慮を欠くものといわざるを得ず、保険金取得の目的の有無を含め以上指摘の諸点について再び一審において審理をつくすのが本筋であるといわなければならない。

七  よって控訴趣意中その余の点についての判断をするまでもなく、刑訴法三九七条一項、三七八条四号により原判決を破棄し、同法四〇〇条本文により事件を原裁判所である名古屋地方裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山本卓 裁判官 杉山修 鈴木之夫)

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