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名古屋高等裁判所 昭和61年(行ケ)1号 判決

原告 墨総一郎 外五一名

被告 愛知県選挙管理委員会

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

昭和六一年七月六日に行われた衆議院議員選挙の愛知県第一区ないし第六区(原告らそれぞれの選挙区)における選挙を無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  本案前

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

(二)  本案

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  原告らは、別紙選挙区名簿記載のとおり、それぞれ昭和六一年七月六日に行われた第三八回衆議院議員選挙(以下「本件選挙」という)の愛知県第一区ないし第六区における選挙人である。

(二)  本件選挙は、その選挙の日において参議院議員の通常選挙の投票も行われるという、いわゆる同日選挙である。

かかる選挙においては、政党間における政策論争が選挙運動の中心的なものとならざるを得ず、かくては参議院が衆議院とは異なつた立場から国政を運営監視していくという参議院の独自性、憲法が定めた二院制の趣旨が全く没却される結果を招くことになる。

(三)  わが憲法は、民主的性格と参議院の補正的性格を併せ持つ二院制(跛行的二院制)を採用し、民意をもれなく代表させようとしている。そして、その具現化として公職選挙法(以下「公選法」という)は、衆参両院についてそれぞれ異なつた選挙形態を定めている。このような二院制の趣旨からすれば、選挙の機会(投票の機会)に際し、各国民が、その選ぶ人物が本当に衆議院にふさわしい人物であるか、また参議院にふさわしい人物であるかを十分考慮できる機会を与える必要があり、それに基づき選挙権が行使されるような場面の設定がなされなければならない。従つて、選挙権の内容としては、右のようにそれぞれの院に適した人物を選択できるような状況的保障のある選挙の機会が保証をされることも含まれているというべきである。

(四)  以上のように、憲法及びそれを具体化した公選法において、衆議院議員及び参議院議員にふさわしい人物は、それぞれ異なるものであることを予定していることからすれば、選挙権の内容として、各国民が、各議院にふさわしい人物を選べる状況の設定を用意するよう立法及び行政が配慮するように要求することも憲法の保障するところと解すべきである。それ故、憲法尊重擁護義務のある国務大臣(当然内閣総理大臣も国務大臣である・憲法九九条)は、参議院が独自性を発揮できるように国政を運営する責務を負つているのであり、二院制の趣旨を否定する衆参同日選挙は避けなければならない。同日選挙となれば、選挙活動は別個に選挙が行われる時に比較して二倍の激しさで行われることになり、政党間の政策論争、その軋轢は、より顕著なものとならざるを得ない。これでは各国民が衆議院議員としてふさわしい人物は誰であるのか、参議院議員としてふさわしい人物は誰であるのか、その判断をすることは、非常に難しいものとなつてくる。いきおい国民にとつては、身近な衆議院議員の選出に注意を注ぐ結果となり、参議院議員にはどのような人物がふさわしいかについて注意を注がないことになろう。またその逆の場合も存在するといわなければならない。また、現代の情報化社会において、選挙権の行使はなによりも外部からの過度の情報注入によつて行われる。衆参同日選挙においては、選挙民との密着度がより強い衆議院議員選挙の運動が参議院議員のそれに何倍にも増して行われ、後者は前者の影に隠れ、存在感を失つてしまう。該状況においては、選挙人も、大衆の中の一員として情報、あるいは衆議院選挙の圧倒的な波の中に埋没することになり、結局、現実の選挙行動は各議院の適任者を選択すべき情報の選択もできないままになされてしまう。このような事態は、二院制を前提とした適任者選択の機会の確保を要求する選挙権を侵害するものであり、従つて、同日選挙を目的とした本件解散は、前述したような選挙権の内容を侵害する結果を招くものとして違憲である。

(五)  更に、わが国は議院内閣制を採用するのであるから、その内閣が衆議院不在中に採る緊急措置には、残余の国民代表機関による可能な限りの関与を保護するべきであり、この趣旨から設けられたのが参議院緊急集会制度にほかならない。従つて、その国民代表機関が、より国民代表性を具備するべく配慮すること、すなわち、少なくとも緊急集会開催の蓋然性がある場合に、緊急集会における国民代表が半数も欠けている事態はこれをあらかじめ回避することは、衆議院解散権に対して働く期日選択上の重要な制約と解すべきである。内閣は、緊急集会開催の蓋然性を発生させる当該衆議院解散を、それによつて生じる衆議院の空白期間を参議院が半数の議員数によつてしか構成されていない期間と重ならないよう設定することができたのであり、そのいわば「より民主的な他の選びうる総選挙期日」を選択しなかつたことは、内閣の解散権行使における重大な瑕疵である。なるほど「参議院の緊急集会は定員の三分の一の議員が出席すれば開ける」から「半数改選になつても可能」との論理は、算術的には成り立つ。しかし、半数を欠いた緊急集会では、「三分の一以上」という議事開催成立要件のいわば分母が最初から半減しているのであるから、実際には成立要件として「三分の二以上」を課すことになり、通常以上に開催必要な緊急集会の成立をかえつて困難にして了うという背理をきたすことになる。以上の点から、緊急集会制度の理念・趣旨・原理に照らせば、わが憲法は衆議院の空白期間に参議院議員の半数が欠けることを全く予定しておらず、従つて、そのような事態を惹起せしめた本件解散は違憲である。

(六)  本来衆議院の解散は憲法六九条、あるいはそれに準じて新たに国民の意思を問いなおす必要が生じた場合にのみ許されると解すべきである。衆議院優位の議院内閣制は、国民(選挙民)→国会(特に衆議院)→内閣という一元的な信任関係を前提としており、六九条に定める解散制度は、その信任関係がいわば破綻した場合に、そのいずれに国民の信任があるかを問い、信任関係をいわば復元する性質のものであるとすれば、国政運営上国民にあらためて信を問うべき事態に至つた場合に限つて、内閣は解散権を行使しうると解することができるであろう。その結果内閣の解散権が認められるのは、右立論の趣旨から、(1)内閣と衆議院との意思が衝突した場合、(2)内閣の政治的基本性格が改変した場合、(3)前総選挙で国民に信を問うていない新たな重大政策を行う場合、(4)選挙法の根本的改正があつた場合、などに解散目的が限られることになる。今回の衆議院の解散(以下「本件解散」という)は、そのような必要性が存在しないにも拘らず、恣意に基づいてなされたもので、違憲無効なものである。

(七)  衆議院解散権は内閣に与えられた権能であるから、これをいやしくも濫用してはならないことは当然であつて、衆議院を解散すべき客観的な理由もないのに、いわば党利党略に基づいてこれを行使することは、憲法の容認しないところである。仮に、参議院選挙に近接した時期に衆議院の解散を必要とすべき事由が生じたとしても、内閣としては二院制の趣旨を実効あらしめ、選挙民が適任者を選択しうるような機会を確保できるように、同日選挙を回避し且つ選挙期間が重複しないような措置をとることが、憲法上内閣に求められているのである。

(八)  ところで、解散権の行使についての合法違法の判断については、最高裁判所は、統治行為論を採用し、右合法違法の判断を回避してきた。その統治行為論の根拠としては、司法的統制よりも民主的統制により解決を計るべきであり、まさに選挙を通じて国民が国会ひいては内閣をコントロールすべしというものである。右統治行為論は選挙が国民の民意を正当に反映されることを前提としているものであり、選挙が民意を正当に反映しない場合にはそのよるべき理論的根拠を失うことになる。本件における同日選挙を目的とした衆議院の解散は、選挙による民意の正当な反映を崩壊させ、まさに民主的統制を困難ならしめるものである。

また、本件選挙に至る解散権の行使は、前述した選挙権の重要な内容である適任者選択の機会の確保の保障を侵害する本件衆参同日選挙を目的としてなされたものであり、他に解散権の行使がされるべき事情が存在しないにも拘らずなされたものとして、その憲法違反の程度は著しいというべきである。

このように違憲の程度の高い国家行為であつて、重要な人権である選挙権の内容の侵害を来すような国家行為については、統治行為の法理の適用が排除されるべきである。従つて、被告が解散行為を単に統治行為というだけでは、その司法判断不適合を論証したことにはならず、より具体的な論拠を示す必要がある。

更にまた、統治行為として司法判断が及ばない国家行為の存在を認める場合、その根拠として主張されるのは、内在的制約説ないし自制説と呼ばれるものであるが、いずれにしてもこれらは民主制を維持する道具であるから、これを同日選挙による選挙権の侵害が問題となつている本件のような場合に適用し、民主制の基盤を破るような行為を増加させるべく適用するのは背理というべきである。従つて、本件に統治行為論を適用することはできない。

(九)  以上の次第で、内閣総理大臣による本件解散権の行使は、憲法一五条一項三項、四二条、四七条等に違反し、右解散に基づく本件同日衆議院選挙は無効というべきである。

(一〇)  現行公選法においては、衆参同日選挙を禁止する規定は存在しない。しかしながら前記のとおり同日選挙は、国民の参政権(選挙権)を著しく侵害する。従つて、本来ならば公選法上同日選挙の禁止が明文をもつて規定されることが二院制を定めた憲法の当然の要請であるところ、そのような禁止規定が存在しない現行公選法は、その限りにおいて、憲法一五条一項三項、四二条、四七条等に違反する。仮に、現在の公選法そのものが違憲でないとしても、同日選挙を禁止している憲法の趣旨からすれば、公選法の明文禁止規定がなくても、同日選挙を回避すべく公選法を運用すべきであり、同運用を誤り同日選挙を施行するように同公選法を運用したことが憲法一五条一項三項、四二条、四七条等に違反するものなのである。

(一一)  結論

よつて、原告らは、公選法二〇四条に基づき請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  被告の主張

(一)  本案前の申立について

原告らは、昭和六一年七月六日に行われた第三八回衆議院議員総選挙がその選挙の日において参議院議員の通常選挙の投票も行うという、いわゆる同日選挙であつたことをとらえて、右選挙は憲法の採用する二院制の趣旨を否定するものであるとし、かかる同日選挙をもたらした内閣総理大臣の衆議院の解散行為は違憲であるから、これに基づく本件総選挙も違法であると主張し、その無効確認を求めているが、本件訴えは、以下の各理由から却下されるべきものである。

1 公選法二〇四条、二〇五条の規定に基づく訴訟について公選法の予定する衆議院議員の選挙の効力に関する訴訟は、同法二〇四条、二〇五条による場合のみであつて、現行法制の下においては、同条に規定する以外の訴訟の提起は許されないところである。

ところで、公選法が、訴訟の結果、当選人がいなくなつた場合の再選挙に関する規定(同法一〇九条、三四条)や行政事件訴訟法(以下「行訴法」という)三一条(いわゆる事情判決)の準用を排斥している規定(公選法二一九条)を設けている点などにかんがみれば、本来、同法二〇四条、二〇五条の予想している選挙訴訟は、当該選挙を管理執行する選挙管理委員会が法規に適合しない行為をした場合にその是正のために当該選挙の効力を失わせ、改めて再選挙を義務づけるところにその本旨があるというべきである。

すなわち、右選挙訴訟で争い得る「選挙の規定に違反すること」(同法二〇五条)というのは、当該選挙区の選挙管理委員会が選挙法規を正当に適用することにより、その違法を是正し、適法な再選挙を行い得るもの(当該選挙管理委員会の権限に属する事項の規定違反)に限られる。

しかるに、衆議院の解散及びこれに基づく本件同日選挙が違憲無効であるというがごときは、本来同委員会において自らこれを是正し、適法な再選挙を実施し得るようなものではなく、結局、右理由により選挙の効力を争おうとする本件訴えは、公選法二〇四条、二〇五条の予想するところではなく、現行法における民衆訴訟の本質に反するものであるから、不適法として却下されるべきである。仮に、あえて公選法、行訴法の文理解釈に反してまで、右訴訟により救済すべきものがあるとしても、それは主張される違憲性が極めて顕著かつ重大なときに限られるべきである。しかるに、原告らが違憲と主張するところは、到底顕著かつ重大な選挙権侵害とは認められないから、右の例外的救済の場合にも当らないといわねばならない。

2 衆議院の解散、同日選挙の実施に関する司法審査の可否

衆議院の解散及びこれに基づく衆参両議院議員の同日選挙の実施決定は高度の政治問題に属し、あるいは内閣の自由裁量に属する行為と解すべきであるから、本件訴えは司法審査になじまない事項を目的とする不適法なものとして却下さるべきものである。

(二)  本案について

1 請求原因に対する認否

請求原因(二)のうち、本件選挙が、その選挙の施行の日において同時に参議院の通常選挙の投票も行うといういわゆる同日選挙であつたことは認める。

その余は争う。

同(三)のうち、わが憲法が、いわゆる跛行的二院制を採用していること、公選法が、衆参両議院についてそれぞれ異なつた選挙形態を定めていることは認める。

その余は争う。

同(四)のうち、衆議院及び参議院の各独自性、異質性について憲法上、これをうかがわせる規定が存在すること及び国務大臣に憲法尊重擁護義務があることは認める。

その余は争う。

同(六)、(七)のうち、衆議院の解散が憲法六九条の場合のほか、それに準じて新たに国民の意思を問い直す必要が生じた場合に許されることは認める(ただし、かかる場合にのみ許されるとの点は争う。)。

その余は争う。

同(八)、(九)は争う。

同(一〇)のうち、現行公選法上、衆参同日選挙を禁止する規定が存しないことは認める。

その余は争う。

2 被告の主張

(イ) 衆議院の実質的解散権は、内閣にあると解されており、憲法七条三号により内閣の助言と承認に基づいて、天皇が行うものとされている(本件衆議院の解散も憲法七条によるものであることについて、昭和六一年六月二日官報号外特第一一号掲載の詔書参照)。

そして衆議院の解散が、憲法六九条に規定する場合に限られず、憲法七条によつても行い得ることは、多くの実例の示すところであり、既に異論のないところであつて、この場合に衆議院を解散するか否か、またいつ解散するかについては憲法上並びにその他の法令上、なんらの制限も存しない。

従つて、事実上ないし政治上の制約はともかくとして法的には衆議院の解散にはなんらの制限も存しないのであるから、本来政治的当否の問題は生じ得ても、違憲、違法の問題は生じ得ないところであつて、本件衆議院の解散権行使が違憲である(憲法のいかなる条項に違反するとするのか明らかでない。)との原告らの主張は失当である。

(ロ) 憲法四七条は、「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める。」と規定しており、選挙制度に関する事項は、同四四条但書にいう「人種、信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入」によつて差別しない限りにおいて、国会において自由にこれを決し得るものと解され、同日選挙を禁止することが、憲法上の要請であると解すべき根拠は、どこにも見いだし得ないから、公選法が、同日選挙を禁止する規定を置いていないからといつて、同法が違憲無効になるものでないことは明らかである。

(ハ) 原告らは、各議院にふさわしい人物を選択し得る状況的保障が選挙権の内容をなすものであると主張しているが、右は独自の見解であり、失当である。

一般に選挙権の内容として論じられているのは、選挙権の平等(憲法四四条など)、選挙権行使の機会の保障(同一五条一項、三項)、投票の秘密(同一五条四項)などであり、選挙権の内容として、各議院にふさわしい人物を選択し得る状況的保障が与えられなければならないとする憲法上の根拠は見い出し得ず、結局、原告らの主張は、全く独自の見解である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  本案前の申立について

(一)  被告は本件選挙無効の訴えは、公選法二〇四条、二〇五条の本来予想するところでないから、同条の訴訟形式をかりて本訴を提起することは許されない旨主張する。しかし、公選法二〇四条、二〇五条の選挙訴訟は、現行法上選挙人が選挙の適否を争うことのできる唯一の訴訟であり、これを措いては他に訴訟上公選法の違憲を主張してその是正を求める機会はないものであるところ、およそ国民の基本的な権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是正、救済の途が開かるべきであるという憲法上の要請に照らして考えるならば、右公選法の規定が、その定める訴訟において、当該選挙を管理執行する選挙管理委員会が法規に適合しない行為をしたとしてその是正のために当該選挙の効力を失わせ再選挙を求める訴え以外のものは、許さない趣旨であるとすることは決して当を得た解釈といえないというべきである(最高裁判所昭和四九年(行ツ)第七五号、同五一年四月一四日大法廷判決、民集三〇巻三号二二三頁参照)。被告は、右二〇四条、二〇五条の選挙訴訟によりうる場合があるとしても、それは違憲性が極めて顕著、重大なときのみであるべきだというが、そもそも右選挙訴訟により争いうるかどうかは、むしろ違憲性の顕著、重大に先立つ判断事項というべきのみならず、前判示のような、およそ国民の基本的な権利を侵害する国権行為に対しては、できる限りその是正、救済の途が開かれるべきであるとする趣旨に照らせば、そのような国民の基本的権利の侵害の救済を求めるものである以上、それ程に狭く厳密に解さなければならないものではないというべきである。加うるに、原告らの主張するところは、仮に、そのとおりであつて再選挙を行うとした場合にも、そういう違憲のために、再選挙自体も亦違憲とならざるをえないというようなものではないことも考えると、被告のこの点の主張は理由がないというべきである。

(二)  また、被告は、衆議院の解散及び同日選挙の決定は、高度の政治問題(統治行為)に属し、或いは内閣の自由裁量に属する行為であるから、本件訴えは司法審査になじまない事項を目的とする不適法なものとして却下さるべきである旨主張する。しかし、本件訴えは、解散ないし選挙期日の決定それ自体の無効を訴求するものでなく、本件選挙の無効を求めるもので、解散、同日選の違憲はその違法理由たるに過ぎないから、少なくとも右被告の主張を理由に、本件訴えを不適法として却下すべきものではないといわねばならない。

(三)  以上の次第で、被告の本案前の抗弁は認められない。

二  本案について

(一)  原告らが別紙選挙区名簿記載のとおり、それぞれ本件選挙の愛知県第一区ないし第六区における選挙人であることは、被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべきであり、また、その選挙の日において、参議院議員の通常選挙の投票も行われるという、いわゆる同日選挙であつたことは当事者間に争いがない。

(二)  原告らは、種々の理由を挙げて、本件選挙を招来した昭和六一年六月二日の衆議院の解散(本件解散)につき、内閣総理大臣によるその解散権の行使は、憲法に違反し、従つて右解散に基づく本件選挙は無効である旨主張する。

しかし、衆議院の解散が、極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為であることは多言を要しないところであつて、かかる行為について、その法律上の有効無効を審査することは、司法裁判所の権限の外にあるものと解すべきである。すなわち、わが憲法の三権分立の制度の下においても、司法権の行使についておのずからある限度の制約は免れないのであつて、あらゆる国家行為が無制限に司法審査の対象となるものと即断すべきではなく、直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為(統治行為、政治問題)の如きは、たとえそれが法律上の争訟となり、これに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であつても、かかる国家行為は裁判所の審査権の外にあり、その判断は主権者たる国民に対して政治責任を負う政府、国会等の判断に任され、最終的には国民の政治判断に委ねられているものと解するのが相当である(最高裁判所昭和三〇年(オ)第九六号、同三五年六月八日大法廷判決、民集一四巻七号一二〇六頁参照)。

右に対し、原告らは、同日選目的の解散は、民意の正当な反映を崩壊させるものであるから、いわゆる統治行為論は妥当しない旨主張する。しかし、衆参両院の同日選挙によつて、選挙活動や政党間の政策論争が輻輳、激化し、或いは情報が多量化するであろうことは、見易いところとしても、そのため選挙民が身近かな衆議院議員の選出に注意を注ぐ結果となり、参議院議員にどのような人物がふさわしいかについて注意を注がないことになつたり(その逆も存在しうるという)、情報過多、殊に衆院選に関する情報過剰の波の中に選挙民が埋没し、参院選は存在感を失つて了つて、選挙民は適任者選択の困難に陥る、との原告ら主張のような情況の発生、招来を認めるに足る具体的、客観的かつ明白な根拠は見出し難い。却つて、同日選であるが故に、一層各院の特性の対比のもとにおける選択が容易かつ鮮明になしうるということも考えられなくはなく、そもそも原告らの論調からすると、民意の反映が問題であるのはむしろ参院選であつて、衆院選における民意の反映、適任者選択にはさほど問題がないといえなくもない。のみならず、仮に、選挙活動、政策論争の激化、情報の過剰が問題とするなら、衆議院の解散(もしくは衆議院議員の任期満了)と参議院議員の任期終了の時期が常に全く異なるものであるとの保障がない以上、右両者が接着して生じた場合、たとえ同日選となることを回避したとしても、選挙期日までの重複する或る程度の期間、両院の選挙につき右の問題が生ずることを避けえない場合がありうる訳であるから、強ちそれが同日選により生ずる問題であるとはたやすくなし難いものといわねばならない。従つて、同日選が民意を反映させないものである点において憲法の趣旨に反したものであるから、これを目的とした解散は違憲であるとの前提のもとにする原告らの統治行為論排斥の主張は、その前提を欠き採用できない。

また、原告らは、違憲の程度の高い、かつ重要な人権である選挙権の内容の侵害を来すような国家行為については、統治行為の理論を適用するべきでない旨主張する。しかし、衆議院の解散が極めて政治性の高い国家統治の基本に関する行為であることから、これをいつ、いかなる場合になすかは内閣の政治的判断に委ねられているのであり、その法律的な効力の如何は司法審査の対象の外にあるものと解すべきことは、前説示のとおりであつて、要するに、これらの行為の評価は、最終的には主権者たる国民の判断の下におかるべきものである。そのうち違憲の程度の高いもののみを司法判断の対象たらしめるとするのは、結局そのすべてを司法審査の下に置くことに他ならないこととなる訳であつて、この点の原告らの主張も採用できない。

(三)  次に、原告らは、同日選は憲法の趣旨に反するものであるから、その禁止規定を欠く現行公選法は違憲の法律である、或いは、同日選を回避するように同法を運用しなかつたことが憲法違反であるから、右公選法のもとに行われた本件選挙は無効である旨主張し、これに対し被告は、総選挙をいかなる時期に施行すべきかの決定は、高度の政治判断に属し、かかる事項は司法審査の対象になじまない旨主張する。

確かに、総選挙の期日の決定は、高度の政治判断事項である解散行為と密接に関連し、これに随伴するものであるとともに、当該時期における国政の運営、政治日程などとの不可分の配慮を欠きえない政治的判断事項といわねばならないが、さりとて、衆議院の解散権の行使のように、直接国家政治の基本に関する極めて高度な政治性ある行為とまではなし難いと解されるのであつて、これをもつて司法審査の対象外のものとしなければならないものではないというべきである。また、裁量権はその踰越・濫用の問題において司法権の対象になりうるものというべく、内閣の自由裁量権に属するからといつて、それだけで司法審査の対象となしえないものということはできない。

そこで同日選についての原告らの前記主張につき考えるに、選挙期日の決定については憲法四七条に「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」と規定されており、選挙に関する平等、守秘、自由等の基本理念(同法一五条一、三、四項、四四条但書参照)を侵すこととなるものでない限り、これを立法府において自由に定めうると解されること、同日選が民意を反映せず憲法の趣旨に反したものであるといい難いことは前認定のとおりであることに鑑みると、結局公選法に同日選禁止規定を設けるか否かは立法政策の問題に帰するものであるというべく、従つて、同規定を欠く現行公選法が違憲である、或いは、同日選を回避しない公選法の運用が違憲である、となし難いことは明らかであるといわねばならない。

三  そうすると、解散或いは選挙期日の決定が違憲であることを理由に本件選挙の効力がないとする原告らの本訴請求は、理由がないことに帰するからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 黒木美朝 西岡宜兄 喜多村治雄)

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