大判例

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名古屋高等裁判所 昭和62年(ウ)305号 判決

債権者兼第三債務者 株式会社 大隈鐵工所

右代表者代表取締役 大隈武雄

右訴訟代理人弁護士 佐治良三

同 加藤保三

同 後藤武夫

債務者 酒井光三

右訴訟代理人弁護士 水野幹男

同 小島高志

同 竹内浩史

同 高木輝雄

同 鈴木泉

主文

債権者と債務者間の当庁昭和六二年(ウ)第二七六号債権仮差押申請事件について、当裁判所が昭和六二年一〇月二日金三〇万円の保証を立てさせてなした仮差押決定は、仮に差押える債権を毎月の仮払い金請求権のうち金五万四五七五円とする限度で認可し、その余の部分を取り消す。

債権者の右取消部分に関する仮差押の申請を却下する。

訴訟費用はこれを四分し、その一を債務者の負担とし、その余を債権者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  債権者

名古屋高等裁判所昭和六二年(ウ)第二七六号債権仮差押申請事件の仮差押決定を認可する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

二  債務者

名古屋高等裁判所昭和六二年(ウ)第二七六号債権仮差押申請事件の仮差押決定を取消す。

債権者の本件仮差押申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

第二当事者の主張

一  申請の理由

(一)  請求債権

債権者は債務者に対し、次のような損害賠償請求権を有している。

(1) 債務者は昭和四八年一月六日午後八時から翌七日午前七時まで債権者の第四工場三七〇ラインにおいて、プレナーを使って、LA型旋盤のギアボックスの切削加工作業に従事していたのであるが、同月七日午前六時二〇分頃、切削速度毎分四〇メートル、返り速度毎分九〇メートル、切り込み量約五ミリ、送り量〇・四ミリで、同ギアボックス一〇個の端面を、自動送りにして、切削加工中、居眠りをしたため、バイトでプレナーのテーブル上面に深さ約三ミリ、幅約二〇ないし二五ミリ、長さ約五メートルの巨大な切り込みキズをつけるとともに、右加工物に対しても、角を落とすような形で幅八ミリ、深さ三ミリの切り込みすぎによる工作不良を発生させた。

(2) 債権者が債務者の右居眠り事故により蒙った損害の賠償を求める訴を提起したところ、名古屋地方裁判所は同庁昭和四八年(ワ)第五二五号損害賠償請求事件として審理のうえ、同六二年七月二七日、その損害賠償請求権中、金九三万四〇〇〇円の存在を認定して、債務者に、右損害額及びこれに対する昭和四八年三月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを命ずる判決をしている。

(二)  仮差押債権

(1) 債権者は工作機械、繊維機械等の製造販売を業とする会社であり、債務者は昭和三一年三月中学校を卒業と同時に債権者に養成工として入社し、昭和三五年三月右養成工としての教育期間四年を終了し、以後、主にプレナー作業に従事してきたものであるが、昭和四八年二月五日債権者より勤務成績不良等を理由に業務上都合解雇され、更に、昭和五一年三月一六日には、債権者の業績不振から予備的に整理解雇されている。

(2) 債務者は右解雇の効力を争って名古屋地方裁判所に提訴し、同裁判所の数次に亘る仮処分の判決もしくは決定に基づき、債権者に対し、毎月二五日限り合計金二二万二二〇〇円の賃金仮払いの請求債権を有している。

(三)  仮差押の必要

債務者には不動産その他のみるべき資産はなく、債権者として捕捉している債務者の資産は、前項の債権者に対する仮払請求権のみである。従って、債権者において右仮払請求権を仮差押えせず、仮払いを続けた場合は、前記損害賠償請求訴訟の勝訴が確定しても、その実効を収め得ないおそれが極めて強い。

二  異議の理由

(一)  本件仮差押債権は、賃金債権であるところ、労働基準法二四条一項が、賃金債権については、使用者が労働者に対して有する反対債権(損害賠償債権も含む)をもって相殺をすることも許さないとの趣旨を含む規定であるとすることは、判例上確立した解釈である。本件仮差押は、結局、債権者に対し、その請求債権に満つるまで賃金仮払を全面的に停止することを認めたもので、この結果は、債務者にとってみれば、使用者の反対債権をもってする相殺を許容したのと同一であるから、本件仮差押決定は同法二四条に違反する。

(二)  本件仮差押債権の発生根拠となっている各賃金仮払仮処分の判決もしくは決定は、被保全権利たる賃金債権額を認定したうえで、その賃金額のうち債務者の生活を維持するために最少限必要な金額部分についてのみ、緊急保全の必要性を認め仮払を命じたものであるから、このような仮払仮処分に基づく賃金債権に関しては、その性質上全面的に差押が禁止されるものと解すべきである(換言すれば、賃金仮払仮処分の判決・決定自体の中で民執法一五三条の差押禁止債権の範囲変更の判断が経由されているのである。)。

(三)  民執法一五二条一項二号、一七八条五項によれば、賃金債権については、原則としてその四分の三の部分の差押・仮差押を禁止している。のみならず本件の場合、以下の事情に鑑みれば、その全額につき仮差押を禁止する必要がある。即ち債務者は妻、高校三年の長女、中学三年の長男の四人家族で、生活費は勿論、教育費の著しい出費増が避けられない時期を迎えているところ、仮処分に基づく仮払賃金を唯一の生活の糧としていて右以外に収入の途がなく、かかる状況のもとで仮払賃金債権を仮差押されれば、債務者はもとよりその家族までも回復し難い損害を蒙ることになる。

(四)  本件仮差押決定は、実質的には賃金仮払仮処分判決・決定の執行停止を認めたのと異らず、許されない。

三  異議の理由に対する債権者の反論

異議申立理由(一)を争う。本件仮差押債権は地位保全仮処分等に基づく仮払金請求権であって賃金債権ではない。

同(二)を争う。

同(三)のうち家族構成は認めるが、その余は不知ないし否認する。債務者は解雇以後債権者に対し労務を提供しておらず、充分な余暇がある。従って、働くための外的条件が満される以上、アルバイト等に就労し自己及び家族の生活維持に努めることが可能である。

同(四)を争う。

第三疎明関係《省略》

理由

一  申請の理由中(一)、(二)の事実については、《証拠省略》により、同(三)の事実については、同じく《証拠省略》により疎明される。

債権者は、仮に差押えるべき債権は仮払金であって賃金ではないと主張するが、《証拠省略》によれば、債務者は、仮処分によって債権者(会社)の従業員たる地位を仮に定められ、賃金に相当する仮払金の支払を受けているものであることが窺われ、また、《証拠省略》によるも、債務者は現在においてはアルバイトなどはしておらず、専ら仮処分によって支給される仮払金のみによって生計を維持していることが窺われるから、本件の仮に差押えるべき債権は賃金と同一に取扱うのが相当である。

二  債務者は、本件債権仮差押申請は、労働基準法二四条一項に違反し許されない旨主張する。確かに同条項が「労働者の賃金債権に対しては、使用者は労働者に対して有する反対債権(債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権を含む)をもって相殺することを許されない」との趣旨をも含むものと解すべきことは、債務者主張のとおりである。しかし、同条項は、労働者に対し反対債権をもつ使用者が、債権者として労働者の有する賃金債権(債務者の自己に対する債権ではあるが)を差押(仮差押)することまで禁じたものとは解し難く、債務者の右主張は採用できない。けだし、一般に労働者に債権を有する債権者が、債務者たる労働者の賃金債権を差押(仮差押)することは(民執法一五二条、一七八条の制約はあるにしても)差支えないのであるから、均しく債権者でありながら、偶々使用者である故のみをもってこれを許さないとするいわれはないというべきであるからである。

三  次に、債務者は、本件仮差押債権の内容たる仮払金額は、債務者の賃金額のうち、その生活を維持するため最少限必要な金額についてのみ緊急保全の必要を認めて仮払を命じたものであるから、右仮払賃金債権については全部差押が禁止さるべきである旨主張する。しかしながら、《証拠省略》によると、名古屋地方裁判所の数次に亘る仮処分判決・決定に基づく現在の仮払賃金二二万二二〇〇円は、債務者の基準内賃金月額相当額(金二二万三五〇〇円)の内の一部で、かつ、右基準内賃金月額の四分の三を超える額であることが疎明されるところ、民執法一五二条によれば、賃金債権はその支払期に受ける給付の四分の一が差押可能とされ、また、同法一五三条によれば右差押後債務者の申立により事情を考慮して差押範囲の変更が可能とされている(同法一七八条により仮差押にも準用される)のであるが、仮処分に基づく仮払賃金の場合に限って、右法条の適用がなく、当然全面的に差押(仮差押)をなしえない、とすることは相当でなく、仮払賃金が賃金債権(全額)の四分の三を超える限りにおいて、その部分を差押(仮差押)しうるというべきである。けだし、仮に、仮払い賃料が本案によって確定すれば、以後は債務者の事情が仮処分当時と何ら異らなくても、前記一五二条による差押(仮差押)を免れず、その範囲の変更は同一五三条によることになるのであるから、特に仮処分の場合を別異に扱うべきではないと思われるし、また、仮払仮処分裁判所の判断に際し、これとは審理の対象を異にする仮差押裁判所としての、民執法一五三条による差押の範囲変更の判断が、予めなされているとも解しえないと思われるからである。更に、本件全疎明によっても本件仮差押決定の全部を取消すべき事情を認めるに足るものはない。よって、この点の債務者の主張も採用できない。

四  本件仮差押決定によって、仮払仮処分の裁判の執行(後記のとおりその一部である)がなしえないことになったとしても、それは債権者がその債権に基づく権利を行使した結果に過ぎないものであるから、これを違法とすることはできない。

五  そうすると、債権者の本件仮差押申請は、債務者の仮払賃金債権金二二万二二〇〇円のうち基準内賃金月額金二二万三五〇〇円の四分の三に相当する金一六万七六二五円を超える金五万四五七五円の仮差押を求める限度において理由があるというべく、その余は失当として却下を免れないものといわねばならない。

よって、本件仮差押決定は、仮に差押えるべき債権の範囲を各月の仮払い金請求権のうち金五万四五七五円とする限度で認可し、その余については取消すこととし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 黒木美朝 裁判官 西岡宜兄 谷口伸夫)

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