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和歌山地方裁判所 昭和27年(行)2号 判決

原告 紀州水産株式会社

被告 和歌山労働者災害補償保険審査会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、和歌山労働基準局保険審査官が原告の審査の請求を却下した決定に対し原告がなした審査の請求につき被告が昭和二十六年十二月十二日なした却下の決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、原告会社は昭和二十五年八月十日設立され、その前身である紀州水産協同組合と政府間に成立した労働者災害補償保険契約を承継してその保険加入者となつたが、原告会社の使用せる労働者殿村徳蔵及び木戸輝の両名が昭和二十五年九月三日のジエン台風のため遭難し同月五日業務上死亡したので、その保険給付受給者が遺族補償費の保険給付を請求したところ、御坊労働基準監督署長は、右事故は原告会社が故意又は重大な過失によつて保険料の納付を怠つていた期間中に発生したものであるとして、右保険給付を五割に制限する決定をした。そこで、原告会社はこれを不当として和歌山労働基準局保険審査官に対し審査の請求をしたが、同審査官は原処分を適法なりとして原告の右請求を却下したので、原告は右却下の決定を不服として更に被告に対し審査の請求をしたところ、被告もまた昭和二十六年十二月十二日右決定と同様な理由で原告の請求を却下し、該決定は同月二十四日原告会社に送達せられた。しかしながら、原告会社が保険料を納付したのは右労働者両名が死亡した昭和二十五年九月五日の前日、すなわち同月四日であり、従つて本件事故はその滞納中に発生したものとはいい得ないから労働者災害補償保険法第十八条を適用して保険給付を制限した原処分庁の決定は違法であり、仮に右第十八条を適用すべき場合なりとするも五割の給付制限は他の同種事案に比較して均衡を失し不当であるから、被告が原処分が適法なりとの理由で原告のなした審査の請求を容れなかつたのは、明らかに原処分の違法を看過した違法処分である。よつてその取消を求めるため本訴請求に及んだと述べ、和歌山労働基準局長から被告主張の日にその主張の期間を限つてその主張通りの昭和二十五年度概算保険料の額、その他の事項の報告及びこれが納付の催告並びに同二十四年度確定保険料の額、その他の事項の報告及びこれが追徴金の納付方の催告をされたが右報告及び納付を怠つたため、被告主張の日にその主張のように右概算保険料額並びに確定保険料追徴金額を認定決定し被告主張の各日にその主張通りの各期間を限つてその納入方の督促があつたが、原告会社又は紀州水産協同組合がいずれもその所定期間を徒過したことは認めるが昭和二十五年九月二日附の督促状は同月三日に到達したので直ちに送金手続を了したと述べた。

(立証省略)

被告は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告会社が昭和二十五年八月十日その前身である紀州水産協同組合から労働者災害補償保険の保険加入者の地位を承継したこと、原告主張通りの労働者両名がジエン台風のため遭難し業務上死亡したこと、御坊労働基準監督署長が労働者災害補償保険法第十八条により遺族補償費の保険給付を五割制限したこと、原告会社がその主張するような手続を経由した上で被告に審査の請求をしたが、被告が原告主張の日にその主張するような決定をし、その主張の日に該決定が原告に到達したこと及び原告がその主張の日に保険料金額を納付したことは認めるが、右原告会社使用の労働者両名が死亡したのは昭和二十五年九月三日であつて右保険料を完納した日の前日であるから、御坊労働基準監督署長が保険給付につき労働者災害補償保険法第十八条を適用したのは適法であり、また、同条に基く保険給付の制限範囲の決定は政府の自由裁量事項に属するところ、和歌山労働基準局長は紀州水産協同組合に対し、昭和二十五年三月三十一日附文書をもつて、同法第二十八条による昭和二十五年度の概算保険料の額及び該保険料算定の基礎となるべき事項等並びに同法第三十条による昭和二十四年度の確定保険料の額及び該保険料算定の基礎となるべき事項等の報告をし、右昭和二十五年度概算保険料及び昭和二十四年度確定保険料追徴金を同年四月三十日までに納付すべきことを通知したが、右組合は右期間内に右の総てを履行しないので、同年六月六日同法第二十八条第四項、第三十条第三項により昭和二十五年度の概算保険料額を金一万二千百三十九円、昭和二十四年度確定保険料追徴金を金六千六百五十五円と各認定決定し、これに督促手数料を加えて合計二万六百九十四円を一週間内に納付すべく督促をし、更に原告会社に対し同年八月十五日右認定決定の保険料を同月二十五日までに納付すべきことを督促したが原告会社は右期間も徒過したので、重ねて同年九月二日附文書で右滞納保険料の納付方を督促をした。以上のように再三保険料の納付方を督促したにも拘らず原告会社は故意にその納付を怠つていたものであるが、同月三日偶々右保険事故が発生するや翌四日急遽保険料を納付したものであるから、保険給付を五割制限したことは当然であり、且つ他の同一又は類似の事案に徴しても原処分は何等裁量権の範囲を逸脱していないから、被告のなした本件却下の決定は適法であると述べた。

(立証省略)

理由

原告会社が、昭和二十五年八月十日その前身である紀州水産協同組合から労働者災害補償保険の保険加入者の地位を承継したこと、原告が主張するような労働者が業務上死亡したので、その遺族が遺族補償費の保険給付を請求したところ、御坊労働基準監督署長が労働者災害補償保険法第十八条により右保険給付を五割制限したこと原告会社は右給付制限を不当として和歌山労働基準局保険審査官に審査の請求をなしたところ、原処分は適法であるとの理由で右請求を却下されたので、更に被告に対して審査の請求をなしたが、原告主張の日に右同様な理由で却下され、該決定が原告主張の日原告会社に送達せられたことは当事者間に争いがない。

原告は、原告会社が使用していた労働者両名がジエン台風のため遭難したのは昭和二十五年九月三日であるが、死亡したのは同月五日であり、原告会社が右保険料を納付したのは同月四日であるから、保険料怠納中に本件保険事故が発生したものとして労働者災害補償保険法第十八条を適用して保険給付の制限をしたのは違法であると主張し、右労働者両名が昭和二十五年九月三日のジエン台風のため遭難したこと及び原告会社が保険料を納付したのが同月四日であることは当事者間に争いがない。ところで同法第十八条所定の保険事故とは労働者の業務上の事由による負傷、疾病、癈疾又は死亡自体を指すものと解すべきところ、真正に成立したことについて争いがない乙第一、二号証の各一、二同第三号証によると右労働者両名が死亡したのはジエン台風のため遭難した昭和二十五年九月三日であることが認められ、従つて右保険料納付の前日に死亡したことが明らかであるから、原告の本主張を容れることはできない。

原告は御坊労働基準監督署長が右労働者両名に関する保険給付を五割も制限したのは同種の事案と比較し当時の情状よりみて均衡を欠く失当なものであると主張するに対し、被告は労働者災害補償保険法第十八条により保険料怠納中に発生した事故に対する保険給付の額を制限する政府の裁量的行為は自由裁量に属するから右五割の制限は何等裁量権の範囲を逸脱したものとはいい得ず、また失当でもないと主張する。本法は労働者の保険であると同時にその保険給付は労働基準法による使用者の災害補償義務をも免責するので、本条は使用者が自らの故意又は重過失に基く行為によつて不当に利益を得ることを防止しようとする意図の下に設けられたものであるが、本条の発動は使用者の行為を原因として本法の企図する労働者の保護をそれだけ排除するものであり、また、本条によつて給付制限を受けた保険給付の受給者は労働基準法によつて使用者から直接補償を受け得られるとはいうものの、保険料を怠納するが如き使用者に迅速なる直接補償を期待することは困難な場合もあり、更に使用者に補償能力のない場合を考慮に入れるときは本条の適用によつて直接不利益を蒙るものは使用者というよりは寧ろ労働者といわねばならず、他方政府の対使用者の関係としては同法第三十一条第四項により国税滞納処分の例によつて滞納保険料を直接使用者から徴収し得る方途を別に与えられており、且つ同法第一条が本法は労働者の業務上の災害に対して迅速且つ公平なる保護をなすことを目的とする旨を規定した趣旨をも考え合せるときは右第十八条所定の裁量的行為は当然条理上の制約に従うことを要請されているものと解する。しからば、本件五割の給付制限は適当か否かというに、和歌山労働基準局長が、紀州水産協同組合に対し昭和二十五年三月三十一日附文書で昭和二十五年度の概算保険料の額及び昭和二十四年度の確定保険料の額その他必要事項の各報告並びに右概算保険料及び昭和二十四年度確定保険料追徴金を同年四月三十日までに納付すべきことを催告したが、右組合は右期間内に右報告及び納付をしないので、同年六月六日右概算保険料を金一万二千百三十九円、確定保険料追徴金を金六千六百五十五円と各認定決定した上で、これが納付方を期限附で督促し、更に同年八月十五日に同月二十五日を限つて納付すべきことを原告会社に督促したが、右期間を経過してもなお納付を怠つたことは当事者間に争いがなく、証人柳谷真次の証言によると、原告会社の営んでいるトロール船による漁獲はその最盛期である十月乃至十二月を除いては低調であり、特に六月乃至八月は禁漁期に当るので原告会社は財政上の事由から故意に保険料を怠納していたことが認められ、而も右事実に前示保険事故が発生した日の翌日滞納保険料を納付した事実を合せ考えると、右納入は保険事故発生後原告会社自体の災害補償義務を免脱する意図の下に急遽納入されたものと推認することも難くなく、他方証人貝尻良雄の証言によると、和歌山県下においては一般的に給付制限の公平を図るため各労働基準監督署長はすべて労働基準局長に対し具体的場合にその給付制限の範囲を禀議することになつているが、本件給付制限も右手続を履践して後に決定したこと。及び他の類似事案と比較するとき情状において必ずしも均衡を失していないことを首肯し得るので、御坊労働基準監督署長のなした本件五割の給付制限はあながち不当とはいい得ず、従つて原告の本主張もまた容れることができない。

しからば原処分を適法なりとして原告の審査の請求を却下した被告の決定は適法であり、原告の本訴請求は理由がないから失当としてこれを棄却するものとする。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 万歳規矩楼 宇都宮綱久 小畑実)

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