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大阪地方裁判所 平成2年(ワ)3517号 判決

主文

一  被告近畿鳩連盟は、原告土橋征昭に対し、金一〇万円及びこれに対する平成元年一二月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告増田和雄の請求、原告土橋征昭の被告大田誠彦に対する請求及び原告土橋征昭の被告近畿鳩連盟に対するその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用中、原告増田和雄と被告らとの間に生じたものは原告増田和雄の負担とし、原告土橋征昭と被告大田誠彦との間に生じたものは原告土橋征昭の負担とし、原告土橋征昭と被告近畿鳩連盟との間に生じたものは、これを一〇分し、その九を原告土橋征昭の、その余を被告近畿鳩連盟の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

一  被告らは、原告増田和雄に対し、各自金五〇〇万円及びこれに対する平成元年一二月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、原告土橋征昭に対し、各自金九八〇万円及びこれに対する平成元年一二月三〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  事案の要旨

本件は、レース鳩の販売者である原告増田がベルギーから輸入し、同じく販売者である原告土橋に譲渡した世界的名鳩と称される鳩について、被告らが愛鳩家団体の会議の席上や愛鳩家向け雑誌誌上で偽鳩であると指摘したことが名誉毀損に該当するとして、原告らから被告に対し、不法行為による損害賠償としてそれぞれ五〇〇万円の支払を求め、右真贋問題に関連して原告土橋が被告連盟の主催する鳩レースへの参加を中止させられたことに関し、不当処分であるとして、原告土橋から被告らに対し、不法行為による損害賠償として四八〇万円の支払を求めた事案である。

二  基礎事実(証拠を摘示している事実以外は、当事者間に争いがない。以下、年号の表記は西暦を用い、一九八九年を八九年のように略記する)

1  鳩界の状況

(一) 我が国には、愛玩用として伝書鳩を飼育し、これを鳩レース(遠隔地の一定地点から自分の鳩舎へ帰巣するまでのスピードを争うもの)に参加させることなどを趣味とする愛鳩家が約二万五〇〇〇人おり、これらの者の中には、自ら作出、飼育した鳩や他から購入した鳩の販売を業とする者もいる。

(二) これら愛鳩家は親睦的団体を結成しその会員となつていることが多く、最大のものは社団法人日本鳩レース協会であり、全国各地域にその傘下の組織が階層的に存在し、近畿地方においては、傘下の組織として近畿ブロック連盟、ニュー近畿地区競翔連盟(九〇年一二月までは被告近畿鳩連盟がこの地位にあつた)、各競翔連合会が順次存在している。

(三) 右各連盟や連合会は、適宜鳩レースを開催しており、愛鳩家が各種団体に加盟する重要な目的はこれらの鳩レースに自己の所有鳩を出場させることにある。日本における鳩レースでは、賞金をかけることはないが、参加する者にとつては、自己の所有鳩がそこで優秀な成績を修めることによつて、当該鳩の名声のみならず、飼育者としての名声を得ることができ、飼育鳩舎の評価も高くなり、レース鳩の販売者の場合は、当該鳩やその子孫が比較的高価に販売できるなどの利点もあるとされている。

(四) 鳩界では、愛鳩家向けの雑誌がいくつか発行され、レース鳩に関する種々の記事、論文や販売広告などが掲載されているが、その中に株式会社愛鳩の友社発行の月刊誌「愛鳩の友」(以下「愛鳩の友」という)と株式会社チャンピオン社の発行する月刊誌「月刊チャンピオン・ダイジェスト」(以下「チャンピオン・ダイジェスト」という)がある。

(五) なお、世界的にみると、レース鳩の作出、飼育や鳩レースなどについてはヨーロッパが先進地帯とされており、同地における鳩レースで優秀な成績を修めた鳩は国際的にも名鳩として認知され、我が国の愛鳩家としては、これらを国内に導入することが一つの名誉とされている。このヨーロッパにおいても愛鳩家の親睦的団体が結成されているが、ベルギー王立鳩協会はその一つである。

2  当事者

(一) 原告増田和雄(以下「原告増田」という)は、「日本レース鳩流通センター」の名称で全国七店舗を擁し、レース鳩の輸入及び飼育をしており、我が国最大のレース鳩販売者である。

(二) 原告土橋征昭(以下「原告土橋」という)は、「ヤサカレース鳩センター」の名称でレース鳩を飼育し、鳩レースに自己の飼育したレース鳩を参加させるとともに、愛鳩家に対してレース鳩の販売をするレース鳩の飼育者、販売者である。原告土橋は、八八年までは豊中競翔連合会、八八年からは新設の北大阪競翔連合会(以下「北大阪連合会」という)の会員であり、八九年ころから被告連盟の会員であつた。

(三) 被告近畿鳩連盟(九〇年一二月までの名称は、近畿地区競翔連盟。以下「被告連盟」という)は、日本鳩界の発祥地である近畿地区の歴史と伝統を継承し、レース鳩の形質の改良と普及を図り、レース鳩を通じて愛鳩家相互の親睦を促進し、併せて国際親善に寄与することを目的として結成された権利能力なき社団である(なお、被告連盟は、九〇年一二月まで社団法人日本鳩レース協会の近畿地区における下部組織であり、右協会に所属する近畿地区所在の各競翔連合会をその正会員とし、正会員の団体に所属しているレース鳩愛好家及びレース鳩に興味を持つ者を会員としていたが、現在は右協会の下部組織としての地位を失つている)。

(四) 被告大田誠彦(以下「被告大田」という)は、レース鳩の飼育者、輸入者、販売者であり、被告連盟の連盟長である。なお、本件当時は、日本鳩レース協会の副会長でもあつた。

3  名鳩チコ

(一) 伝書鳩のチコ号(「CHICO」BERG74-340022B♂)は、ベルギー在住の有名な愛鳩家である亡レオポール・ボスチン(以下「レ・ボスチン」という)が、七四年に作出したレース鳩であり、七六年トゥール・ナショナル・レース二八一八羽中総合二位、同年アルジェントン・ナショナル・レース一七三三羽中総合優勝、七七年ブリーフ・ナショナル・レース五五七一羽中総合優勝など鳩レースにおいて驚異的な翔歴を持つ世界的名鳩である。

(二) 被告大田は、七六年と七八年の二度、ベルギーを訪問した折にレ・ボスチン鳩舎においてチコを手に取つて見る機会があり、「ピジョンダイジェスト」誌(七八年一〇月号)に「レオポルド・ボスタイン鳩舎に驚異の名鳩誕生」と題するヨーロッパ鳩界訪問記を掲載し、その中でチコのレース歴とともに血統や体型を紹介し、また、レ・ボスチンにとつてチコが最愛の鳩であり、試しにチコを譲つてくれるように持ち掛けたが即座に拒絶され、一〇〇万ベルギーフラン(邦貨約六六〇万円)でも手放せないといわれたことなどを記述している。

4  「チコ」の日本への導入

(一) チコは、ボスチン鳩舎において種鳩として飼育されていたが、八二年、鳩レースを引退したレ・ボスチンは、チコが直仔作出能力を失つたものとして、同じくベルギー在住の愛鳩家であるロベルト・ビナス(以下「ビナス」という)にチコを譲渡した。

(二) 原告増田は、八六年一一月、ビナスからチコの直仔を含む数百羽の鳩を購入するに際し、既に年齢的にレース参加もできず、直仔作出能力を失つているとして商業的には価値のないものと考えられていた「チコ」をも譲り受けることとなり、これらを日本に輸入したうえ、原告土橋に譲り渡し、以後「チコ」は原告土橋の所有するところとなつた。(原告増田がビナスから「チコ」として譲り受けた鳩とレ・ボスチン作出に係るチコとの同一性について争いがあるので、以下、必要に応じ、前者を「土橋チコ」、後者を「ボスチンチコ」と表示する)

(三) 被告大田は、古くからベルギー等の名鳩を日本に導入しており、名鳩の鑑別について日本でも第一人者と目されていたところ、八六年九月ころ、原告増田からチコの導入を聞いた際、ビナスは鳩の真贋を偽るなど悪い風評があると忠告した。

その後、「チコ」を譲り受けた原告土橋が同年一二月、愛鳩家の亡吉田幸人(以下「吉田」という)と共に、土橋チコを持参して被告大田を訪問した際、被告大田は、ルーペを使つて観察したうえで、土橋チコの脚環のはまつた方の脚(右脚)の表皮にめくれた跡があること、左右の脚の太さが違うこと等を指摘し、脚環のはめ換えがされた疑いがある旨暗示し、原告土橋に対し、土橋チコをベルギーに送り、土橋チコの真贋(ボスチンチコとの同一性)について、レ・ボスチンの孫で共同飼育者であつたポール・ボスチン(以下「ポ・ボスチン」という)やボスチン鳩舎の飼育係(ハンドラー)としてボスチンチコを飼育していたヘンリー・ファンダム(ピーター・ファンダムともいう。以下「ファンダム」という)の確認を受けるようにと勧めた。

(四) しかし、原告土橋は、真贋につき強く疑問を感じなかつたこともあり、特段の手段を講じることもなく、「チャンピオン・ダイジェスト」(八七年七月号)の表紙に土橋チコの写真(以下「土橋チコ写真〈1〉」という)を掲載し、同誌及び「愛鳩の友」(八九年一月号)誌上に八三年以降(ビナス所有時)に作出したとされる「チコ」の直仔等の販売広告を掲載した。ちなみに、八五年に作出したとされるウィットペンチコ(B85-3408756BP♂)は一〇〇万円であり、チコの孫鳩は一〇万円ないし六万円とされている。

5  土橋チコを巡る論争

(一) デニス発言/角田確認書

原告土橋は、八八年一月二四日に東京で開催されたアジアピジョンショーに土橋チコを出展していたところ、ボスチン鳩舎にしばしば出入りしてチコについて知識のあるベルギーの愛鳩家エミール・デニス(以下「デニス」という)は、展示されている土橋チコを見て、被告大田や原告土橋が所属していた北大阪競翔連合会の角田善信(以下「角田」という)にチコではない旨述べた(以下「デニス発言」という)。なお、角田は、八九年六月一三日付で、デニスが右ショウで土橋チコを見て、「この鳩はチコ号ではないと自分が保証する」と言つていた旨の確認書(以下「角田確認書」という)を作成している。

(二) 増田論文〈1〉「チコは日本で健在だ」/デニスの手紙/ファンコペノールの手紙

原告増田は、「愛鳩の友」(八九年一月号)に「チコは日本で健在だ」と題する記事(以下「増田論文〈1〉」という)を寄稿し、ビナスから原告土橋の手に渡つた「チコ」について、最近になつて日本でいろいろな風評がささやかれており、噂の核心は、チコはもうこの世にいないのではないかということであると前置きして、前所有者ビナスに意見を求めたところ、ビナスがデニスに問い合わせ、デニスは自分が「震源地」にされていたことを悲しみ、右ショーでチコが生きているのを見た旨の英文の手紙(以下「デニスの手紙」という)をビナスに送つてきたとして、その手紙の写真を掲載し、また、ビナスの鳩舎で何度もチコを見たことがあるベルギー王立鳩協会事務局長アンドレ・ファンコペノール(以下「ファンコペノール」という)の原告増田宛の仏文の手紙(以下「ファンコペノールの手紙」という)も掲載し、ファンコペノールが八六年にもチコを見ていると述べていることを論拠に、土橋チコが真正であり、日本において健在であると論じた。

(三) ファンダム宣言(土橋チコ写真〈2〉)

八九年一月、被告大田及び被告連盟の副連盟長である任秀夫(以下「任」という)は、被告連盟の競翔委員長の宮本祥男に依頼し、ファンダムに土橋チコの写真判定を仰ぐこととし、宮本は、ベルギー在住の松尾和隆を介して、ファンダムに増田論文〈1〉中に掲載された土橋チコの写真(八七年四月五日撮影。以下「土橋チコ写真〈2〉」という。なお、右写真は、後に「愛鳩の友」(九〇年三月号)の表紙にも掲載されている)を見せたところ、ファンダムは、その写真に八九年二月二日付で「本物でない」旨の記載をし、自らのサインをした(以下これを「ファンダム宣言」という)。被告大田及び任は、これを松尾及び宮本を通じて入手した。

(四) 被告連盟委員長会議における被告大田の発言(本件委員長会議発言)

被告大田は、任とともに、八九年二月八日に開催された被告連盟の委員長会議(連盟長、副連盟長、委員長、事務局長をもつて構成)において、出席した被告連盟の各委員長に対し、「土橋チコの脚には傷があるので、脚環の差し換えの疑いがある」「チコの二、三歳時の写真と原告土橋所有時である一四歳時の写真とを比較すると羽模様が異なつているので同一の鳩ではない」旨述べ、ファンダム宣言の記載された土橋チコ写真〈2〉を各委員長に示し、土橋チコの真贋に疑問がある旨の発言をした(以下右発言を「本件委員長会議発言」という)。

(五) 獣医師荒蒔知二の診断(荒蒔診断書)

任は、原告土橋の承諾を得て、八九年三月五日、獣医師荒蒔知二と副連盟長村井輝市とともに、土橋の鳩舎を訪れた。荒蒔は、土橋チコの脚を診察し、脚環のある右脚首及びその上部と第三趾中部に過去に何らかの力によつて表皮の鱗が剥離された跡が認められ、左脚と比較すると右脚の脚首が太くなつているのが顕著に認められる旨の診断書(以下「荒蒔診断書」という)を作成した。

(六) 被告連盟理事会における被告大田の発言(本件理事会発言)/問題鳩調査委員会の設置

被告大田は、八九年三月二三日、被告連盟の理事会(連盟長、副連盟長、委員長、理事、事務局長をもつて構成)において、出席した被告連盟の各理事に対し、「元ボスチン鳩舎の飼育係に土橋チコの写真を送付したところ、ボスチンチコとは違うとの回答を得た」「原告土橋が所有するボスチンチコの直仔とされる鳩の脚環ナンバーの中に、ボスチン鳩舎の作出リストにないものがある」「他鳩舎で販売されたビナス作のボスチンチコの直仔とされる鳩三羽の脚環が、ボスチン鳩舎以外の鳩舎作の脚環であつた」等の理由を挙げて、土橋チコが真正ではない旨の発言をした(以下右発言を「本件理事会発言」という)。

そして、被告連盟は、右理事会において、土橋チコの真贋等を解明するために問題鳩調査委員会を設置し、任がその委員長になつた。

(七) 吉田論文「チコは日本で健在だに物申す」

吉田は、「チャンピオン・ダイジェスト」に「チコは日本で健在だに物申す」と題する記事を寄稿して同誌八九年四月号に掲載させ、「チコ問題」は、チコの生死の問題ではなく、脚環の填まつた脚の不自然な傷への疑問であると前置きして、デニスの手紙について、フラマン語とフランス語を国語とするベルギー人同士の手紙が英語で書かれていることは不自然であり日本人向けに作成された疑いがあること、ファンコペノールの手紙の翻訳文では原告増田にとつて不都合と思われる部分、すなわち「ドイツの獣医より医学的な治療を受けたあと以外は、実際その鳩はもう生殖能力はありませんでした」が省略されていることなどを指摘し、改めて八六年一二月に被告大田に土橋チコを見せたときに、ルーペで子細に観察した結果、脚環の填まつていない脚はきれいであつたが、脚環の填まつた脚は、甲から脛にかけての表皮が削り取られたような薄皮の張つたケロイド状になつており、さらに三本の指を裏に曲げてみると、骨の白い色がはつきりと透けて見えたことを指摘して、土橋チコの真贋に関する疑惑はいまだ晴れていないと論じた(以下「吉田論文」という)。

(八) ベルギー紙での報道

ジュール・ギャレーの発行する新聞ド・ベルギッシュ・ダイベンスポルツは、八九年四月一八日号で「チコ、ボスチン&日本」と題して、八二年に授精ができなくなつたチコは、ビナスに譲られ、獣医師の治療の結果再び授精できるようになり、ビナス鳩舎で二〇羽の仔鳩が作出され、八六年に日本に運ばれ、増田から土橋に贈与され、土橋鳩舎で何羽かの仔鳩を作出したこと、この話をベルギー滞在中の松尾が耳にし、八二年にチコは死亡しており、脚環のはめ替えが行われたもので、八二年以降の仔鳩は偽造だと主張していること、名誉が傷つけられた土橋は、八九年三月一七日に大阪府立大学の獣医病院でチコの診察を受け、診察した教授は、チコの脚に何らかの「変わつた事」も起こつたはずがないことを明らかにし、チコとその仔鳩の血液の検査をし、「誤魔化し」が不可能だという証明書を書いたこと、松尾は、これを信用せず、復讐のため、ファンダムにチコでない写真を見せ、「チコではない」と書いてサインさせ、何らかの方法でそのサインを本当の写真に写して日本に送つたなどと報じた。

(九) 獣医師大西堂文らの検査経過説明

大阪府立大学農学部付属家畜病院の獣医師大西堂文らは、八九年五月六日、任の照会に対し、「八九年三月に原告土橋らが一羽の鳩を持つて病院を訪れ、脚環を作為的に入れ替えたものか否かの鑑定を求められて見分したこと、脚環のついて脚は、対側の脚と比べ脚鱗がはげ、やや細く感じられたが、外傷の痕はなく、機能も正常であり、そのままの状態で脚環の入れ替えをするのは到底無理と考えられること、脚環を入れ替えたとすれば何らかの傷跡または機能障害が残るのではないかと思われること、このような問題は、獣医師が扱う性質のものではないので鑑定書は書けないこと、採血の事実はなく、他の検査事実もないこと」を回答した。

(一〇) チャンピオン社論説「複雑怪奇な様相を呈したチコ問題の全容に迫る」

チャンピオン社は、「チャンピオン・ダイジェスト」八九年七月号に、同社の吉原社長がベルギーで調査した結果を踏まえ、「複雑怪奇な様相を呈したチコ問題の全容に迫る」と題する記事を掲載した。右記事において、同社は、同誌にそれまで約二年間にわたり本物と確信して土橋チコとそのファミリーを紹介してきた立場に立つても、土橋チコに向けられた疑問には黙過できないものがあるとして、その経過を報告し、その中で、ファンダム宣言については、買収されて書いたとか、松尾が全く違う鳩の写真にサインをさせ、それを何らかの方法で土橋チコの写真に転写したといつた噂もあるとしつつ、直接ファンダムに質問した結果、「(1)買収云々は事実無根である。(2)チコの直仔は、七六年四羽、七七年一〇羽、七九年五羽、八〇年六羽、八一年三羽の合計二八羽だけであるとしてその脚環番号のリスト(以下「ファンダム・リスト」という)を示し、その脚環番号の鳩が全てであり、それ以外にはいない。(3)日本にいるチコは偽物と断言する。(4)その根拠は、ボスチンの下でロフト・マネージャーをしていたころからチコをよく知つており、チコは翼の特に二引きの間に特徴があり、それが日本にいる鳩と異なる」との回答を得たことを紹介し、任の指摘する土橋チコの疑問点は、(1)脚の傷、(2)羽根の二引きの線、(3)顔の特に目の位置であるとした。そして、脚環のはめ替えについては、それ自体は絶対不可能と断言することはできず、任は実験で可能なことを示しているが、全ての成鳩に可能かどうかは疑問があり、羽根の二引き線の違いについては、二歳半で撮影された写真と一四歳ころの写真の比較であるうえ、見る者により評価は異なるし、年齢に応じて羽色が変わるという意見もあり、これだけで土橋チコを疑わしいと決めつけるのは無理であると論じ、目の位置については、同誌としては判断を下す材料が無いとして結論は示さなかつた。さらに、任の指摘によれば、ここ二年間で紹介されたビナスのもとから来たチコの直仔といわれる鳩二五羽のうち、三羽(B85-3074878、B85-3074804、B86-3041337)の脚環は、ポーラン鳩舎の脚環番号であり、一羽(B83-3200168)にはボスチン鳩舎が購入した他の鳩の脚環がはめられていること等の疑問があり、その疑問に答える術がなく、原告土橋からは、言葉の問題もあり調査が進まないとの返事しか得られていないと報告し、土橋チコの真贋及びその直仔を巡る種々の問題点を指摘した(以下「チャンピオン社論説」という。)。

(一一) 増田論文〈2〉「ファンダム氏にもの申す」/明神意見

原告増田は、「愛鳩の友」に「ファンダム氏にもの申す」と題する論文(以下「増田論文〈2〉」という)を寄稿して同誌八九年九月号に掲載させ、土橋チコの真贋を疑わせる一つの原因となつたファンダム・リストについて、ベルギーのピジョン・ジャーナル紙「コロンボフィル・ベルジ」(七八年九月一九日)に掲載された七八年生まれのチコの直仔二羽のオークションリストを示して、その不正確性を指摘し、その信憑性を排斥するとともに、ピジョン・スポーツをたしなみ、鳩の観察能力を人並みにもつている人ならファンダム・リストの疑問を見抜けたはずだとし、「近畿連盟の問題鳩調査委員長という肩書きを任氏がもつている以上、氏は近畿の愛鳩家から全判断をゆだねられているはずです」として、任の調査の問題性を指摘し、最終結論を示すよう求めた。

また、同誌同号には、同誌の編集責任長である明神庄吾の「杜撰な資料は信用できない」と題する意見発表(以下「明神意見」という)が掲載され、その中で同人は「ファンダム氏も、近畿連盟問題鳩調査委員長も、チャンピオンダイジェスト誌もまちがつていると断言するには資料はまだ十二分ではない。しかし、同じ鎖で三者がつながれ、疑惑の淵に立たされようとしていることは事実である。だから忠告したい。厳密な裏付調査もせずに、稀代の銘鳩チコとその関係者を攻撃するのはもう止めたまえ」と述べた。

(一二) ポ・ボスチン及びファンダムの宣言文

ポ・ボスチン及びファンダムは、八九年八月二四日、土橋チコ写真〈1〉を見て偽物であると述べ、その写真の上に「これはチコではない」と記載してサインし、併せて任宛てに「私共は、八七年七月号チャンピオン・ダイジェストの写真は私共のチコでないとの確認を致しました。一番最初(この写真を見ての)この鳩は、我々が育てたチコではないとのはつきりした印象を受けました。その後の入念な吟味によつて、この鳩が我々のチコとは似ても似つかない鳩であることの確信を得ました。写真の鳩は、その羽根の様子、顔、体格のいずれをとつても、私共が良く知つているチコのものとは全く異なります」等と記載した宣言文(以下「ポ・ボスチン及びファンダムの宣言文」という)を書いた。

(一三) 被告連盟発表「ベナス・チコは、やはりクロだ!」(本件論文)

被告連盟は、問題鳩調査委員会の名義で、「チャンピオン・ダイジェスト」に、チコ問題に関する右委員会の最終的見解として、「ベナス・チコは、やはりクロだ!」と題する論文(以下「本件論文」という)を寄稿して同誌八九年一一月号に掲載させた。そして、右委員会の調査・問い合わせ等の結果、払拭することのできなかつた疑問点として、次の事項を指摘し、関係する写真等の資料(八九年八月二四日に土橋チコ写真〈1〉に署名しているポ・ボスチンとファンダムの写真、角田確認書、羽の二引き線の比較写真、荒蒔獣医師の診断書、土橋チコの脚部の写真、頭部の比較写真、ポ・ボスチン及びファンダムの宣言文等)を発表した。

(1) 原告土橋は、なぜチコをベルギーに送り返して確認を受けようとしないのか。

(2) ファンコペノールの手紙の翻訳文に意図的な誤訳が見られる。

(3) デニスの手紙がなぜ英文で書かれたか。

(4) 前記「ド・ベルギッシェ・ダイベンスポルツ」(八九年四月一八日号)に大阪府立大学大西堂文教授が血液鑑定の結果、チコはシロだと証明書を書いたと報道されたが、大西教授は証明書を書いたことを否定している。

(5) ベルギーで撮影されたチコと土橋チコとでは、羽根の二引きの線、頭部の形が異なる。

(6) ファンダムもポ・ボスチンも土橋チコの写真を見て、ボスチンチコではないと断言している。

そして、右委員会は、チコを最も良く知つており、チコの真贋を見極める能力と資格のある人物はポ・ボスチンとファンダムであるとして、その両者の判定、すなわち土橋チコはクロであるとの判定を全面的に支持すると表明した。

また、被告大田は、右論文の中で、ポ・ボスチン及びファンダムの前記判定が最も信憑性がある旨述べて、土橋チコが偽鳩である旨の右委員会の判断を肯定した。

三  争点

1  被告らによる原告らに対する名誉及び信用毀損の成否

(一) 原告らの主張

(1) 土橋チコの真贋

原告土橋においてボスチンチコの所有権証を所持していること、土橋チコには、レ・ボスチンが登録した脚環が装着されており、脚環は、個体識別のため、生後五~七日のころにしか装着できないサイズで作成され、成長してからは、何らの外形的傷跡を残すことなく入れ替えることは不可能であること、九〇年八月二七日に土橋チコをベルギーに持参してポ・ボスチンに見せて正真正銘のチコであることの確認を得ていることから、土橋チコが真正なチコであることは明らかである。

(2) 被告らによる名誉及び信用毀損行為

被告大田は、世界的名鳩の鑑定に関しては第一人者であり、少なくとも二度ボスチン鳩舎でチコを手に取つて見ているのであるから、土橋チコが真正なものであることを認識していたことは明らかである。しかるに、名鳩を輸入することにかけては我が国において右に出る者がいないと目されていた被告大田は、かつて自ら欲したにもかかわらず入手できなかつたチコを同業者である原告増田が輸入し、原告土橋に譲渡したことを知るや、自らのレース鳩輸入者としての地位を危ぶみ、原告らのレース鳩飼育者、輸入者、販売者としての名誉と信用を失墜させ、もつて自己の輸入鳩の販売を容易ならしめようとの目的で、真正なチコであることを認識しながら、これが偽物であるとする資料を捏造し、偽鳩であるとの噂を流したうえ、八九年二月八日開催の被告連盟委員長会議及び同年三月二三日開催の被告連盟理事会において、チコが偽物である旨発言し、さらに被告らは、「チャンピオン・ダイジェスト」の同年一一月号に同趣旨の本件論文を掲載させた。

(3) 原告らの損害

レース鳩の飼育者、輸入者、販売者として、偽鳩を所有しているとされることは、鳩の真贋について十分な知識を有しないことを示すとともに、その偽鳩の子の経歴を偽る結果となり、ひいては偽鳩を輸入販売する業者であるとのレッテルをはられることになり、その名誉、信用を著しく失墜させるものであるから、被告らは、原告らの名誉、信用の毀損について、不法行為による損害賠償の責任を負うべきであり、その損害額は、それぞれ五〇〇万円が相当である。

(二) 被告らの主張

(1) 土橋チコに対する疑惑の根拠は、本件論文で詳細に指摘したとおりであり、そこに指摘した問題点の解明はなされていない。原告らは、土橋チコをベルギーに持参してポ・ボスチンの確認を得たと主張するが、レース鳩の真贋確認の最も確実な方法である帰舎確認を行つておらず、前記問題点を払拭しうるものではない。

(2) 被告大田は、委員長会議及び理事会の席上でチコの真贋問題に言及はしているが、原告増田及び原告土橋に対する直接的な誹謗中傷をしていない。

本件論文においては、各種資料により詳細に認定の過程を説明したうえで土橋チコは偽物であると結論づけているものであり、原告らに対する直接的な誹謗中傷をしている部分はどこにもない。また、当時、土橋チコの真贋については、土橋チコは真正であるとする原告ら及びこれを支持する者と、偽物の疑いがあるとする被告大田及びこれを支持する者との間で、鳩界雑誌上での論争が繰り広げられていたのであり、本件論文はこの論争の一環に過ぎない。

よつて、被告らが、原告らの名誉、信用を毀損したということはできない。

(3) 仮に、被告らの行為が原告らの名誉、信用を毀損したとしても、チコは世界的に著名な鳩であり、その直仔は高価格で売買されるから、チコの真贋は日本及び世界の愛鳩家にとつて重大な関心事であり、したがつて、チコの真贋は公共の利害に関する事実であるうえ、被告連盟は、その目的として、レース鳩の形質の改良と普及、鳩界の発展向上、国際親善等を掲げているところ、愛鳩家の間に偽鳩の取引がなされ、日本国内において偽鳩が流通することは、これら目的の障害になるから、右障害を防止し、これを除去することは被告らの責務であり、被告らは、右責務を果たすため、専ら公益を図る目的でチコの真贋を調査し、その結果を発表したものである。しかも、チコが偽物であることは真実であり、あるいは、本件論文で指摘しているように、偽物であると判断しても不合理と言えない資料や状況が存在したから、右判断には相当の理由があつた。

なお、被告大田が、土橋チコが偽物であるとする根拠となる資料を捏造した事実はない。

2  レース参加中止処分の違法性の有無

(一) 原告らの主張

(1) レース参加中止処分

被告らは、平成元年三月二三日開催の被告連盟理事会の決定により、右チコの真贋問題に関連し、原告土橋に対し、その所有するすべての鳩について、被告連盟が開催する鳩レースへの参加中止処分を課した。

(2) 処分の違法性

しかし、右処分は、次の理由により違法である。

〈1〉 会則違反

そもそも被告連盟会則には会員にレース参加中止処分を課しうるとする規定はなかつた。

〈2〉 適正手続違反

鳩レースの開催を主たる目的とする被告連盟にあつては、その会員にとりレースへの参加は最も中心的な活動であるから、会員のレース参加を中止することは、除名に準ずる処分である。

そして、被告連盟会則の規定は、除名の手続として、理事会開催日の一〇日前までに書面をもつて通知し、かつ、理事会において弁明する機会を与えることを要件としている。

したがつて、レース参加中止処分にあたつても、右規定に準じ、事前の通知及び理事会における弁明の機会の付与が要件とされるべきであつた。

しかるに、右処分にあたつては、事前の通知も理事会における弁明の機会の付与もなかつた。

〈3〉 必要性の欠如

本件処分が、原告土橋がチコの子孫を雑誌広告に載せ、一般愛鳩家に販売していることをとらえて、愛鳩家に偽鳩の被害が及ぶおそれがあることを理由になされたものであれば、そのような被害の防止のためには、チコの子孫の広告を禁止することで足りる。

原告土橋は約八〇〇羽の鳩を飼育しており、その中には販売用の鳩も多く含まれていたが、これらの鳩は一定規模以上の鳩レースに参加して実績をあげない限り、相当の価格で販売することはできないから、前記レース参加中止処分による経済的損失や精神的苦痛は大きい。

(3) 損害

被告らは、右違法なレース参加中止処分から生じた原告土橋の経済的損失あるいは精神的苦痛について、不法行為による損害賠償の責任を負うべきであるところ、原告土橋のレース鳩は、高価なものになれば一羽二〇万円を下らず、一羽当たりの単価が一万円低下しただけでも八〇〇万円の損害になるから、少なくとも右処分により、原告土橋は、四八〇万円(レースへの参加を予定していた鳩の飼育に係わる一年分の飼料代金一八〇万円及び人件費三〇〇万円相当額)の経済的不利益あるいは精神的苦痛を蒙つたものである。

(二) 被告らの主張

被告連盟は、チコについて、かねてからその真贋に関する疑惑が取り沙汰されていたため、調査に乗り出し、原告土橋に協力を求めたところ、原告土橋は、一旦承諾しながら、後にこれを翻して拒否した。

ところで、被告連盟は、レース鳩及び鳩レースの研究を行い、もつて知識の向上とレース鳩の形質の改良と普及をはかり、鳩界の発展向上と国際親善に寄与することを目的とする。

レース鳩は、その血統が重視されるものであり、鳩レースにおいて優秀な成績を修めた鳩及びその子孫は、愛鳩家の間で高価格で売買がなされている。したがつて、被告連盟が、その会員が偽鳩ないしその直仔をつかまされることによつて被害を受けることのないよう監視することは、前記目的遂行の一環であり、被告連盟は当然その権限を有しまた責務を負つている。

そして、被告連盟は団体である以上、前記目的遂行のために、団体員に対して、指導、監督をし、これを統制する権限があることは条理上当然である。

よつて、被告連盟は、原告土橋に対し、統制権行使の一環として不利益処分を課したものである。

なお、被告連盟は、原告土橋に対し、弁明の機会を与えた。

第三  争点に対する判断

一  名誉、信用の毀損について

1  名誉、信用の毀損

(一) 民法上の名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的名誉を指すものであつて、名誉毀損とは、人に対するそれらの社会的評価を違法に低下させることをいうが、社会的問題に対して自由に意見を表明したり、批判、論評を行うことは、表現の自由として尊重されなければならないから、正当な論評等である限り、それによつて相手方の社会的評価が低下することがあつても、これを違法とすることは相当でないものというべきである。そして、正当な論評等とは、その目的が論評等に名を借りて相手方の社会的評価を低下させることを意図するものではなく、その内容においても人身攻撃に及ぶなど論評等としての域を逸脱したものでなく、かつ、その前提としている事実が主要な点において真実であるか、真実であることが証明されなくても、その行為者においてその事実を真実と信ずることについて相当の理由がある場合をいうものと解するのが相当である。

(二) 原告らは、被告大田において、土橋チコが真正なチコであることを認識しながら、自己の地位や営業上の利益を得る目的で、資料を捏造し、偽鳩であるとの噂を流し、被告連盟で偽鳩発言(本件委員長会議発言及び本件理事会発言)をしたうえ、さらに被告らにおいて、本件論文を発表し、原告らの名誉及び信用を毀損したと主張するので、以下、順次検討する。

2  被告大田発言及び本件論文発表の経過並びにその論拠

(一) 本件委員長会議発言

(1) 前記「土橋チコを巡る論争」の経過をみれば、被告大田は、名鳩の鑑別については日本でも第一人者と目されており、「チコ」が日本に導入されてすぐ、原告土橋から「チコ」を見せられ、これを子細に観察した結果、脚環のはまつた脚に異常があると判断し、原告土橋に対し、ポ・ボスチンやファンダムの確認を得る必要があると勧めたが、原告土橋において、そのような措置をとることなく、土橋チコを鳩界雑誌に掲載し、その子孫の販売広告をするなどしていたところ、デニス発言があり、土橋チコについてとかくの風評が立つたため、「チコ」の導入者である原告増田において、反論の論文(増田論文〈1〉)を雑誌に掲載したことから、「チコ問題」が鳩界関係者の間で論争の種となり、被告大田らにおいて、チコの飼育者であるファンダムに写真判定を依頼した結果、「本物でない」旨の回答(ファンダム宣言)を受け、被告大田は、自己の観察の結果及びファンダム宣言を根拠に、委員長会議において、土橋チコの真贋に疑問があると表明したものであることが認められる。

(2) 被告大田の右発言の根拠の一つである脚環は、鳩の識別をするために、脚環番号を管理している機関から番号の刻印された脚環を購入し、生後六ないし八日目までの幼鳩に装着するもので、継ぎ目はなく、通常、成鳩になつてからこれをはめ替えることはできないものであるが、はめ替えが全く不可能とまではいえず、鳩の状態如何でははめ替えができる場合もないではないことが認められ、被告大田は、自らルーペを使用して子細に観察して、脚に異常があると判断し、脚環のはめ替えを疑つたものであり、脚の異常に関する判断は、後に行われたものではあるが、獣医師荒蒔の診断とも合致している。もとより、傷痕の存在自体、観察者によつて異なる見解がありうるであろうし、傷痕があつたからといつて、それだけで脚環のはめ替えが行われたと断定することができるものでもないが、名鳩の鑑別眼のある被告大田がその経験に照らして疑問を持ち、ファンダム宣言と相まつて、前記発言に及んだものであつて、根拠のないことではない。

(二) 本件理事会発言

(1) 被告大田は、右のような経過があつて、任や獣医師荒蒔らが土橋チコを見て、荒蒔が土橋チコの脚について、被告大田と同様の診断を下した後、被告連盟理事会で、再び土橋チコの疑惑について発言し、その際、ファンダム宣言と併せて、原告土橋が所有するボスチンチコの直仔に関する疑問にも言及した。

(2) 被告大田が言及した疑惑のあるボスチンチコの直仔は、その後の経過からみれば、次の四羽であると推定される。

〈1〉 脚環番号83-3200168(ゴールデン・チコ)

〈2〉 脚環番号85-3074804(ゲシェルプト・チコ)

〈3〉 脚環番号85-3074878(ゲシェルプト・チコ)

〈4〉 脚環番号86-3041337(プリンセス・チコ)

そして、右四羽は、いずれもチコの直仔であるとされ、〈1〉〈3〉〈4〉についてはビナスの血統書が作成されている。

にもかかわらず、〈1〉の脚環番号は、ボスチン鳩舎が購入した脚環番号でボスチン鳩舎の作出台帳に父B78-3412772と母B76-3361667の仔として記載されており、後にノイエ鳩舎に売却された記録がある。

また、〈2〉〈3〉〈4〉の脚環番号は、いずれもポーリン鳩舎の脚環番号でポーリンの血統書があり、

〈2〉の父は79-3483200、母は83-3301788

〈3〉の父は79-3483200、母は83-3301788

〈4〉の父は80-3465513、母は79-3212494

とされている。

同一の鳩について複数の血統書が作成されている以上、いずれかが虚偽であることは明らかであるが、このような疑惑について、チャンピオン社論説で具体的にその論拠(ポーリンの署名のある血統書、ボスチン鳩舎の作出台帳)を示して議論が展開されているのに、原告らは、未だにこれについて具体的な意見を示しておらず、ベルギーにおいて裁判問題に発展する様相を示しているのであつて、被告大田の疑惑表明には十分な根拠があるものというべきである。

(三) 本件論文

(1) 被告連盟は、本件理事会で土橋チコの真贋等を解明するために問題鳩調査委員会を設置し、以後、任委員長を中心として調査に乗り出した。他方、「チコ問題」は日本の鳩界で多くの関心を呼んだだけでなく、ベルギーでもとりざたされるようになり、前記のとおり、吉田論文の発表、ベルギー紙での報道、チャンピオン社論説、増田論文〈2〉、明神意見が鳩界誌に掲載されるなど、チコを巡る真贋論争が展開された。そして、チャンピオン社の論説は、直接ベルギーに赴き、ファンダムに疑問点を質したうえで、ファンダムが土橋チコを偽物であると断言したことを報じており、任委員長は、ベルギー紙で報じられた大阪府立大学教授の証明書について、同大学農学部付属家畜病院の大西獣医師らに照会して、報道されたとおりの事実ではないことを確認し、ポ・ボスチン及びファンダムに対し、再度土橋チコの写真について意見を求め、両名の土橋チコはボスチンチコではない旨の宣言文も入手した。このような状況のもとに、被告連盟は、増田論文〈2〉や明神意見を受けて、これまでの調査結果を公表することが妥当と判断して、被告連盟問題鳩調査委員会の最終見解として、調査資料も添えて、本件論文を発表したものであり、その内容は、原告ら及び被告らを含む鳩界関係者の間で、従来から真贋論争が繰り広げられていた問題について、自らの調査結果と他の論文等で指摘された疑問点を整理して、問題鳩調査委員会としての見解を表明したものである。

(2) そして、右論文は、調査委員会の調査でも払拭できなかつた疑問として、六つの疑問を指摘している。

第一点の原告土橋が「チコ」をベルギーに送り返して確認を受けていないことは、本件論文発表時点では事実である。

第二点のファンコペノールの手紙の翻訳文の問題点は、吉田論文の指摘した問題であるが、原告増田が故意に一部を翻訳しなかつたものか否かは明らかでないし、増田論文〈1〉は、チコが現存するか否かについて論じたものであるから、チコの授精能力に関するファンコペノールの手紙の一部について訳文を掲載しなかつたからといつて特に非難すべき事柄とも考えられない。しかし、その後の議論がチコ直仔に対する疑惑に発展しており、その関係では重大な部分の翻訳がなされていないことになり、それに疑問を呈する意見があつてもやむを得ないことというべきである。

第三点のデニスの手紙が英文で書かれている問題も吉田論文が指摘している点であるが、デニスが日本での論争に対する意見を表明することから、あえて国語(フラマン語とフランス語)でない英文で記載したことも考えられ、特に異とするほどのことではないが、疑問点とする意見もありうるところである。なお、デニスの手紙によれば、デニス発言自体をデニスは否定しているが、極めて簡単な内容で、アジアピジョンショウでの経緯について説明もなく、被告大田本人の供述と角田確認書に照らして、右ショウでのデニス発言を虚偽であると断定する資料としては十分ではない。また、角田は、九〇年一〇月一一日付で角田確認書は被告大田に強制的に要求され、嫌がらせ等があるので仕方無く被告大田の意向に従つた内容の文章となつた旨の確認書を作成しているが、後の確認書も、デニス発言を全面的に否定する内容ではない。

第四点のベルギー紙での報道は、大西獣医師の検査経過説明により、虚偽であることが明らかとなつている。

第五点の写真で判定された羽の二引きの線及び頭部の形の相違は、別紙「チコ写真一覧」を比較対象すれば、これのみで断定できるとまではいえないものの、相当の疑問を提起するものであると解される。すなわち、鳩の羽は、毎年生え変わるが、その模様は、加齢によつてもほとんど変わらないとの見解があり、別紙「チコ写真一覧」を見ても、八七年四月に撮影した写真(土橋チコ写真〈2〉)と九一年六月に実施した検証で撮影した土橋チコの写真を比較すれば、その羽模様にほとんど差異がないことが認められ、右見解を裏付けるものである。もつとも二、三歳ころと一四歳ころの比較と、一四歳ころと一八歳ころの比較を同列に論じられるか、問題がないではないし、体型の変化等も考慮しなければならないかもしれない。そのような問題点があるにしても、任の提起した疑問が全く根拠を失うものとはいえない。また、頭部の比較(嘴の先端と眼の中心までの距離)は、骨相的比較によるもので、重要な指摘というべきである(もつとも、任は、真横を向いた鳩よりも斜めを向いた鳩の方が右の距離が短くなるはずであるのに、ほぼ真横を向いたボスチンチコとやや斜めを向いた土橋チコとを比較すれば、その関係が逆になつていると主張しているが、頭部が球形であることからすれば、嘴の先端と眼の中心とを結んだ線と直角方向から撮影した場合が両者の距離は最も長くなるのであり、その位置から頭をどちらに振つてもその距離は縮まるはずであり、任の主張は不正確である)。そして、別紙「チコ写真一覧」を比較検討すれば、ボスチンチコと土橋チコの眼の位置に疑問を感じることは、見解の相違はあるとしても、あながち否定できるものではない。

第六点のポ・ボスチン及びファンダムの宣言文が存在することは事実であり、これを虚偽のものとする証拠はない。

3  土橋チコの真贋

(一) 原告らは、土橋チコは真正なチコであると主張し、その根拠として、第一点として、原告土橋がチコの所有権証を所持していること、第二点として、ボスチンが登録した脚環が装着されていること、第三点として、土橋チコをポ・ボスチンが真正なチコであると確認していることを挙げている。

右第一点は、原告らからベルギー愛鳩家連盟発行のボスチンチコの脚環番号の所有権証が本件第一五回口頭弁論期日に提出されたことから、現在原告土橋がこれを所持している事実は認めることができるが、その入手経路や入手時期も明らかでなく、なぜチコ論争の中でその存在を明らかにしなかつたのか疑問があるだけでなく、ボスチンチコの所有権証の存在だけで土橋チコがボスチンチコと同一であることを直接証明するに足りるものではないことも明らかである。

第二点については、一般的には原告らの主張するとおりであるが、例外的な場合がないとはいえないことは、先に判断したとおりであり、土橋チコの脚の傷痕についての観察・診断の結果からみれば、脚環のはめ替えの疑問が解消しているわけではないから、土橋チコにボスチンが登録した脚環が装着されているだけで、これをボスチンチコと断定することはできない。

第三点について、原告らは、九〇年八月二七日、ベルギーに土橋チコを持参し、ポ・ボスチンに見せ、その真贋について意見を求めたところ、ポ・ボスチンは正真正銘のチコに間違いない旨確認し、原告増田や日本鳩レース協会長ら宛てにその旨を記載した書面を送付し、これを最後に日本における「チコ事件」が解決することを切望することを表明したことが認められる。

そして、被告らもチコを最も良く知つており、チコの真贋を見極める能力と資格のある人物はポ・ボスチンとファンダムであると主張していることからすれば、ポ・ボスチンの右の確認でチコ問題は収束すべきであるとも考えられる。

(二) しかしながら、鳩の確認は、飼い主による確認とともに帰巣本能による帰舎確認が重要とされ、鳩レースでは必要に応じて帰舎確認を行うこととされているところ、原告らは、これだけの疑問を提起されている中で、わざわざベルギーにまで赴きながら、土橋チコの帰舎確認を行つていないだけでなく、ファンダム宣言に始まり、ポ・ボスチンやファンダムの宣言文がチコ疑惑の中心問題であるにもかかわらず、これらの真偽について確認を行つた形跡もない。しかもポ・ボスチンは、本訴提起後の九〇年二月三日に被告大田や宮本らがベルギーに赴き、ポ・ボスチンとファンダムに改めて土橋チコ写真〈1〉〈2〉とポ・ボスチン及びファンダムの宣言文を見せたのに対し、被告大田らの眼前でこれらに再度署名をして、以前に行つた宣言や署名を再確認し、さらに共同記者会見でも、土橋チコの写真は別物であると述べ、原告らが会見した後の九〇年九月二八日には、被告連盟の代理人であるデ・ロック弁護士に宛てた書簡の中で、日本の雑誌の中にチコの名前を持つた別の鳩の写真が掲載されていることを確認すると記載するとともに、生きているチコを九〇年八月二七日に手に取つて見たとも述べているのであつて、ポ・ボスチンのこのような一貫しない言動をどのように理解すべきか、不明というほかはない。そして、その他の疑問点(脚の傷痕、羽模様、頭部の形状等)も何ら解明されていないから、ポ・ボスチンの確認にもかかわらず、土橋チコの真贋問題が解明されたと判断することはできない。

4  名誉、信用の低下

原告らは、土橋チコが偽鳩であるかのようにいわれることは、レース鳩の飼育者、輸入者、販売者として、鳩の真贋について十分な知識を有しないことを示すとともに、その偽鳩の仔の経歴を偽る結果となり、ひいては偽鳩を販売する業者というレッテルをはられることになるから、その名誉、信用を失墜させることになると主張する。

しかし、以上のような「チコ問題」に関する論争の経過の中で、被告大田の本件委員長会議発言や本件理事会発言並びに本件論文をみると、いずれも相応の論拠に基づいて、右論争に対するそれぞれの見解を発表したものであつて、その発言や論文の内容において、原告らが土橋チコを偽鳩と知つて日本に導入したとか、偽鳩であることを知りながらその子孫の販売をしているとかと主張して原告らを直接的に誹謗中傷したものではなく、これに対し、原告らを含む反対の論者が、被告らの見解と異なる意見を公表していることは、前記「土橋チコを巡る論争」の項で示したとおりである。

このような真贋論争に巻き込まれること自体で鳩の販売業者として、その信用を云々する者がないではないとしても、お互いに根拠を示して論争している以上、基本的にはその根拠の合理性や論述内容によつて、世人の評価を受けることになるのであつて、一方の意見によつて、直ちに相手方の社会的評価が低下するとはいいがたい。

したがつて、被告大田の前記発言や本件論文は、原告らの名誉や信用を直接的に低下させるものではないから、この点において、名誉毀損の主張は採用できない。

5  違法性

なお、付言するに、土橋チコの真贋問題が公共の利害に関することについては当事者間に争いがなく、被告大田や被告連盟は、偽鳩が出回ることによりレース鳩の形質の改良という被告連盟の目的に抵触する事態が生じ、ひいては被告連盟の会員等愛鳩家が不利益を被る事態を避ける公益的目的で調査をしてきたものと認められる。このことは、任が問題鳩調査委員長に就任する以前に、日本鳩レース協会に対し、調査により大きな疑惑のある種鳩が存在していることが判明したこと、日本鳩界が他国から軽んじられないため、また日本鳩レース協会員が不利益及び被害にあわないようにするための調査であること、調査を進めていけば、国際トラブルが発生する可能性もあること等を伝え、その指導を仰ぎ、これに対し、被告大田が副会長を努めていた日本鳩レース協会は、協会として鳩の真贋問題は取り上げないとしながら、常識の範囲内で行動するように口頭で指導していることからも十分窺うことができる。

そして、被告らは、本件委員長会議発言、本件理事会発言及び本件論文掲載時点のそれぞれにおいて前記のような相当の根拠のある資料に基づいて、土橋チコの真贋に対する合理的な疑問を提起しているのであり、被告大田及び被告連盟の判断は、その指摘している資料に照らして相当の理由があつたものと認められる。

したがつて、被告らの右行為は違法性を欠くものというべきである。

原告らは、被告らにおいて、土橋チコが真正なチコであることを認識しながら、自己の利益を得る目的で、資料を捏造する等して、偽鳩と主張したものであると主張するが、土橋チコが真正なチコであるか否かは現在でもなお解明されたとはいいがたいことは先に示したとおりであり、被告らが自己の利益のためにそのような発言等をしたとか、チコ問題に関する資料を捏造したとかの事実についても、何らこれを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、被告らに、意見表明や論評に仮託して、原告らの名誉や信用を毀損しようとする意図があつたと認めることはできない。

二  本件レース参加中止処分について

1  事実経過

(一) 被告連盟は、八九年二月八日に開催された委員長会議において、原告土橋に対し、チコ疑惑が解明されるまでの間、被告連盟の主催する鳩レースへの参加の自粛とレースの管理運営を行う事務所(持寄り場所)の変更を勧告する旨の決定をし、右勧告はそのころ原告土橋の所属する北大阪連合会の田中正昭会長を通じて原告土橋に通告された。

なお、委員長会議が右のような勧告をした理由は、被告大田の脚環はめ替えの疑問や任の羽模様の疑問に対し、原告増田が問題のすり替えをしたうえ、翻訳に疑問のある作為的な記事を掲載し(増田論文〈1〉)、原告土橋も、被告連盟の連盟長や副連盟長のアドバイスに対し、直接反論したり相談することもなく、偽鳩の疑惑が深まるばかりの状況にあるのに、「チコ」一族の広告を出しているのは愛鳩家に被害を与える恐れがあり、被告連盟傘下の会員としては非常に問題であるというものである。

(二) 被告大田は、右勧告に対して異議があれば話を聞く旨を田中を通じて原告土橋に連絡し、八九年二月一六日、土橋チコの真贋及び原告土橋の鳩レース参加の問題等を解決するため、被告大田、任、横山賢作(副連盟長)、田中及び原告土橋が会談(以下「五者会談」という)した際、原告土橋を偽鳩取引による潜在的な被害者であると位置づけたうえで、原告土橋に対し、「〈1〉土橋チコの真贋の解明につき任を窓口として被告連盟に任せる、〈2〉その結果、土橋チコが本物であれば被告連盟の保証付きとなり、万一偽鳩であつたら被告連盟として(ベルギーの偽物販売業者に対して)徹底的に戦う、〈3〉原告土橋が全面的に協力するのであれば、前記委員長会議の原告土橋に対する鳩レース自粛勧告は撤回する」との提案がなされた。

(三) 原告土橋は、右の提案を受け入れる姿勢を示していたが、翌日、任から「土橋チコに関する調査の全てを被告連盟に依頼し、調査費用の実費は原告土橋が負担する」旨の「調査依頼書」と題する書面を提示され、署名を求められると、費用負担を拒否し、任の個人的な調査への協力はするが、被告連盟の調査への協力はできないとし、荒蒔獣医師らを同行した任を自己の鳩舎に招いて土橋チコを見せた他は、土橋チコの真正を証明する資料を提出するなどの協力はしなかつた。なお、北大阪連合会は、事務所の移転を承諾し、角田方にこれを移転した。

(四) 被告連盟は、八九年三月二三日開催の理事会において、問題鳩調査委員会を設置するとともに、原告土橋が「チコ疑惑」の解明について誠意のある対応をせず、また約束事を守らない等信頼感が持てず、鳩レースは会員相互の信頼と協力で成り立つており、現在の原告土橋の対応では一緒に鳩レースをすることができないとの理由で、「チコ疑惑」が解明するまで被告連盟主催の鳩レースへの参加を中止してもらい、原告土橋のイヤリング登録金は返却する旨の決定(以下「本件レース参加中止処分」又は「本件処分」という)をし、そのころ右決定は、田中を通じて原告土橋に通告された。

(五) 原告土橋は、右通告を受けて、八九年三月二八日、被告連盟に対し、レース参加中止の決定には納得できないので、理事会において弁明する機会を与えるよう求めたが、被告連盟は、何らの応答もせず、同年四月一日に開催されたレジョナルレースへの原告土橋の参加登録を取消し、同月一五日付(同月一七日到達)内容証明郵便をもつて、原告ら代理人弁護士から被告連盟に対し、理事会決議の根拠及び適用された会則規定を明らかにするよう求めたが、被告連盟はこれにも応答しなかつた。

(六) このため、原告土橋は、八九年四月一日から開催された被告連盟主催の前記鳩レースに参加することができなかつたが、その後、北大阪連合会は被告連盟から離脱したため、被告連盟主催の鳩レースに参加する地位を失つた。

2  本件レース参加中止処分の違法性

(一) 本件処分の内容

鳩レースへの参加は、被告連盟に会員として加盟することの主要目的の一つであり、会員にとつて重要な問題であることは、被告大田本人も認めるところ、以上のような事実経過からすれば、前記理事会決議は、原告土橋に対し、被告連盟主催の鳩レースに参加させない不利益処分と解するのが相当である。この点につき、被告大田は、自粛勧告に過ぎないと供述するが、そうであれば、勧告に応じるか否かは原告土橋の意思にかかることになるところ、原告土橋は、弁明の機会を要求し、勧告に不満を表明しているのであるから、これを無視して、一方的に参加登録を取り消すような措置はできないはずであり、被告大田の供述は採用できない。

(二) 会則違反

原告らは、被告連盟会則には会員にレース参加中止処分を課しうるとの規定がないから、本件処分は会則違反であると主張する。

しかし、被告連盟は、任意団体であるが、団体として組織を維持し、会員相互の利害を調整する権限を有するから、その目的を遂行するために必要な限度で、かつ、その目的に照らして相当な範囲で会員に対し不利益処分を課す等の統制権を行使することができると解するのが相当であり、会則に具体的に処分内容が規定されていないからといつて、一切の統制的処分が許されないとすることはできない。

(三) 適正手続違反

被告連盟は、会員を除名する場合は、理事会の議決を要し、その場合には、その理事会の開催日の一〇日前までにその会員に対してその旨を書面をもつて通知し、かつ理事会において弁明する機会を与えるものと定めている(会則一二条)。被告連盟の会員にとつて、鳩レースへの参加は、加盟の主要目的であるから、その機会を奪う処分は、除名に匹敵する処分ともいえ、右規定に準ずる手続によるべきものと考えられるところ、被告連盟は、事前の通知もせず、当日理事会で弁明の機会も与えず、事後の弁明要求にも応じていないのであつて、手続的に重大な違背があるというべきである。もつとも、本件委員長会議でレース参加自粛勧告がなされ、五者会談で原告土橋の意見を聞き、調査に協力すれば自粛勧告を撤回することも表明されていたのであるから、全くの抜き打ち的処分とまではいえず、これのみで本件処分を違法と断定するのは相当ではない。

(四) 必要性の欠如

被告連盟は、レース鳩の形質の改良と普及を図ることもその目的の一つとして定めており、レース鳩は血統が重要視されていることから、日本に導入された世界的名鳩が偽鳩であるとすれば、その子孫にも偽られた血統が付いてまわる虞れがあり、右の目的に反する結果を招来することは明らかである。被告連盟の会員がそのような疑惑が解明されないまま、「チコ」の子孫と称する鳩を高額で販売し続けることになれば、会員を含む愛鳩家に被害が及ぶ恐れがあるだけでなく、被告連盟自体の信用の失墜にもつながるのであるから、疑惑に合理的な根拠がある限り、そのような鳩を導入し、あるいは所有する会員に対し、疑惑の解明に努めるように要請し、被告連盟が行う調査に協力を求めることができると解するのが相当である。

しかし、被告連盟の会則には真贋問題等の調査に関する規定はなく、したがつて、会員に対する調査協力義務も明示的には定められていないのであるから、疑惑の解明や調査協力は、会員自身が疑惑に関与している等の特段の事情のない限り、会員に任意の協力を求めるものというべきである。そして、被告連盟は、原告土橋を真贋問題の被害者であると位置づけており、原告土橋自身が「チコ疑惑」に直接的な関与をしていることを窺わせる事情もないのであるから、原告土橋において、自ら進んで自己の費用で疑惑を解明する義務があるとまではいえない。原告土橋は、五者会談においては、被告連盟の調査に協力する姿勢を示していたのであつて、後に費用の負担を要求したことから、任の個人的な調査以外は協力しないと言明するに至つたものであり、原告土橋の被害者的立場からすれば、調査費用の負担を拒否したことを責めるのは相当でない。なお、原告土橋は、土橋チコの所有権証や血統書の提出等容易にできる証明方法も提出しないなど(もつとも当時所持していなかつた可能性もあるが)、協力的でないところが見られるが、任及び副連盟長の村井とともに獣医師に土橋チコを見せる程度の協力はしており、実物を見分させることは真贋調査にとつて重大な意味を持つから、その協力を過少評価すべきではない。

しかるに、被告連盟は、原告土橋に対し、真贋問題の調査に協力的でないことを理由に、信頼関係が保てないとして、被告連盟の主催する鳩レースへの参加を中止する処分をしたものであるが、調査不協力に対する処分が必要であるとしても、チコの直仔の広告の自粛を要請するとか、チコの直仔と称する鳩のレース参加禁止とかの処置をすれば足りるのであつて、原告土橋が所有する多数の鳩の全てに対し、レース参加を中止させる必要性はないというべきである。被告連盟の処分理由をみれば、真贋問題について、原告土橋を被害者と位置付けながら、その実は原告土橋にも責任があるかのようにとらえ、懲罰的にレース参加を禁止したものであることが窺われる。

よつて、本件レース参加中止処分は、その必要性の限度を越えるものであり、統制権の行使として、その裁量の範囲を逸脱するものと認められ、かつ、処分手続においても前記のような重大な問題があることに鑑みれば、本件処分は無効とするのが相当である。

2  損害

原告土橋は、被告連盟の主催する鳩レースに参加し実績を修めたレース鳩を販売することによる収益を逸失利益として賠償請求するところ、多数のレース鳩を飼育し、鳩レースに参加し、レース鳩の販売をしている原告土橋にとつて、レースで好成績を上げれば、営業上の効果も大きいことは推測に難くないが、被告連盟は親睦的団体であり、レース参加による右のような経済的利益の獲得は本来的な目的とは言えず、参加者が間接的、反射的に事実上享受しうるものに過ぎず、当然に賠償請求の対象となるということはできない。したがつて、逸失利益の賠償の請求は理由がないといわざるをえない。

しかし、原告土橋は愛鳩家として鳩レースに参加することをも目的として被告連盟に加盟しているのであり、レース参加中止処分は、原告土橋の被告連盟会員としての中心的目的を失わせることにもなり、レース参加を目指して鳩を飼育し、訓練してきたことが無駄になるものであつて、前記反射的利益を獲得することの期待を奪われたことともあいまつて、精神的苦痛が生じたことは認めるに難くない。

被告連盟は、違法な本件処分により、原告土橋に与えたこのような精神的苦痛に対し、その損害を賠償する義務がある。

そして、その額は、原告土橋が調査に協力的でなかつたことや、後に北大阪連合会が被告連盟を離脱したことにより、結局本件処分により参加できなかつたレースは八九年四月のレースのみであること等諸般の事情を考慮して、一〇万円と評価するのが相当である。

3  被告大田に対する請求

原告土橋は、被告大田に対しても本件レース参加中止処分による損害の賠償を求めているが、右処分を課したのは被告連盟の理事会であり、団体がその機関決定として違法な処分をした場合、その責は原則としてその団体自体にあり、その代表者が団体の意思決定に対し、虚偽の事実を告げる等して団体意思の形成を誤らせた等の特段の事情がない限り、代表者個人の責任を追及することはできないものと解される。しかるところ、原告土橋は、被告大田に対する帰責事由について何らの主張もしていないし、右のような特段の事情があつたことも窺えない。したがつて、本件処分を原因とする被告大田に対する請求は理由がない。

三  以上の事実によれば、本訴請求は、原告土橋の被告連盟に対する損害賠償のうち一〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな平成元年一二月三〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも理由がないからこれを棄却する。

(裁判長裁判官 井垣敏生 裁判官 新堀亮一 裁判官 清水俊彦)

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