大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

大阪地方裁判所 平成5年(ワ)3672号 判決

原告

松岡利憲

被告

柳田行紀

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対して、金八九四万七九七三円及び内金八一四万七九七三円に対する平成五年四月二五日から支払済みに至まで年五分の割合による金員支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は三分し、その二は原告、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは各自原告に対して、金二七四二万〇四五九円及び内金二六一二万〇四五九円に対する平成五年四月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合の金員を支払え。

第二事案の概要

自動二輪車と普通乗用車の衝突事故において、自動二輪車の運転者が負傷したとして、普通乗用車の運転者に対して民法七〇九条に基づき、保有者に対して自賠法三条に基づき損害賠償を請求した事案である。

一  当事者に争いがない事実

1  原告と被告らとの間で、次の交通事故が発生した(本件事故)。

(一) 日時 平成四年九月六日午前〇時五分ころ

(二) 場所 大阪府八尾市沼四丁目三六番地路上(国道一七〇号線)

(三) 加害車両 普通乗用自動車(神戸七七つ一八三六)

(四) 加害車両運転者 被告行紀

(五) 被害車両 自動二輪車(一なにわ五六四三)

(六) 被害車両運転者 原告

(七) 事故態様 被告行紀は、加害車両を運転して走行中、転回禁止の前記場所において、分離帯の切れ目を転回しようとして、後続の被害車両の進路妨害し、加害車両と被害車両が接触した。

2  被告守は、加害車両の保有者である。

3  原告は、本件事故によつて脾臓破裂の傷害を負い、また、脾臓摘出手術の合併症として内臓癒着症(イレウス)を併発した。

4  既払い

原告は、本件事故に関する損害の填補として、被告から二六六万六三三〇円、自賠責保険から八一九万円即ち、合計一〇八五万六三三〇円の支払を受けた。

二  争点

1  脾臓破裂の後遺障害を負つた原告の逸失利益の有無、程度

(一) 原告主張

原告は脾臓を喪失し、イレウスも併発したところ、その障害は、自賠責保険法二条施行令別表後遺障害等級八級一一号に該当するものであつて、それに対応する喪失率は四五パーセントであり、その喪失は、就労可能年齢まで継続するところ、原告は、本件事故当時大学一年生であり、卒業時は二二歳であつたから、二二歳の平均賃金二一万二二〇〇円を基礎として、その逸失利益を計算すると、左のとおりとなる。

21万2200円×12×0.45×(23.832-1.861)=2517万6129円

なお、一般的に脾臓の機能は、リンパ球の生産、老朽化した赤血球の破壊、生体に入つた異物の防御、貯血であるといわれているところ、脾臓を喪失すると、右の機能が減少することになり、長期的にみれば免疫グロブリンの低下が見られ、敗血症も発生すると指摘されているものであつて、脾臓の全適術は安易に行うべきでないとされているものであり、裁判例においても、労働能力の喪失を認めるものもある。

そして、その喪失率については、その判断は難しいものの、特に反証がないかぎり、前記等級に対応する四五パーセントと認めるのが相当である。

(二) 被告主張

前記等級に関する喪失率は、必ずしも現実的損害と一致しないことから、具体的適用にあたつては被害者の後遺障害の程度や部位、職業、性別、年齢その他の事情を参酌し、ごく控え目にその喪失率を適用すべきであるとするのが一般であるところ、特に、脾臓摘出に対する評価は、脾臓が専ら胎児期、嬰児初期において造血作用を営むもので、それ以降に全摘されても、その有する本来の諸機能が短時日の間に肝臓、リンパ節、骨髄などにより代償されることから、人体に特段の影響がないことが認められており、現に原告自身においても、経過は良好で、イレウスについても軽快しており、ゴルフ、スキー、テニスを継続しているほど回復し、調子がよく、平成五年八月には一か月ほどドイツに行つているものであるから、原告の労働能力が一部でも喪失したとは到底認められない。

2  その他の損害

3  過失相殺

(一) 被告主張

原告が加害車両の動きをよく見ずに追越しを図つたことも、本件事故の発生原因となつているものであるから、少なくとも一割の過失相殺を認めるべきである。

(二) 原告の主張

争う。

第三争点に対する判断

一  脾臓破裂の後遺障害を負つた原告の過失利益の有無、程度

1  原告の治療経過及び症状固定までの状況

甲二、甲六の一四、二五ないし三五、乙一の四、乙二ないし四、原告本人尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

原告(昭和四七年四月一八日生)は、本件事故当時二〇歳の健康な男子であつて、大阪外語大学の二回生であつた。原告は、本件事故により、脾臓破裂の傷害を負い、平成四年九月六日、医真会八尾病院に入院し、脾臓摘出の手術を受けたところ、経過が順調であつたため、同月二八日に退院した。ところが、原告は、下痢や腹痛の症状が出て、同年一〇月五日、九日及び一二日、同病院に通院したところ、術後イレウスと診断され、同日同病院に入院した。原告は、入院中、イレウス管を挿入され、経過観察され、当初は、再手術の必要性も検討されたものの、その後の経過は順調で、同年一一月二五日、同病院を退院した。

原告は、その後、通学しながら自宅で療養していたが、イレウスの経過観察と再発防止の投薬のため、症状固定の平成五年三月二二日までに七回通院し、その後も医師の指示により、月に一、二程度通院を続けた。

2  症状固定後の原告の状況

甲二、原告本人尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

原告は、症状固定後、運動したり長時間勉強したりすると、以前より疲労感が強くなつており、胃がはつたり、腹痛がすることもある。医師からは、食事の制限はされていないものの、原告は、一度にたくさん食べないようにしたり、ゆつくり噛んで食べるようにしたりして注意している。また、医師は、脾臓を摘出したことについて、ボクシングや空手などの腹部に衝撃を受けるスポーツをしないようにすること、水泳などで腹部を冷やさないようにすることを注意しているので、原告はその指示に従つている。原告は、事故前はよく行つていたスキーはあまり行つておらず、大学での体育の授業も比較的運動量の少ないゴルフを選択しているが、それについては特に支障はない。また、平成五年の夏休みには、ドイツに一か月留学し、平成六年の夏休みにも、同様の予定がある。

3  脾臓喪失についての医学的見解

甲七、八、弁論の全趣旨によると、脾臓の機能は、主に胎児期における赤血球等の生産であるが、成人しても、老朽化した赤血球の破壊、免疫作用等の機能があること、成人して脾臓を喪失しても肝臓その他の臓器が代替する側面はあるものの、一過性の血小板の増加等の血液の変化があり、長期的にみると、敗血症を引き起こした例も報告されていること、一般的にも、全身の倦怠し易い状態を生じるものであることが認められる。

4  当裁判所の判断 八三九万二〇四三円

前記認定の諸事情に照らすと、原告については、現在の現実的な稼働能力はともかく、将来的に考えると、職業選択、選択後の職業における勤務においてある程度の影響のでることが推認されるものの、右事情からすると、労働能力喪失率は、原告の卒業予定時である二二歳から六七歳までの四五年間を通じて平均一五パーセントとするのを相当と認める。そして、原告は、本件事故がなければ、卒業予定時である二二歳から少なくとも原告主張の月額二一万二二〇〇円の収入を得ることができたと認められ、新ホフマン係数を用い、中間利息を控除すると、左の計算のとおりとなる。

21万2200円×12×0.15×(23.832-1.861)=839万2043円

二  その他の損害

1  治療費 二一五万六三三〇円(原告主張同額)

当事者に争いがない。

2  入院ベツト代 否定(原告主張二一万円)

入院中の特別室使用料は、医師の指示があつた場合または症状が重篤であつたり、空室がなかつた場合等の特別の事情がある限り認められるところ、その旨の立証がないので、認めることはできない。

3  入院雑費 八万一六〇〇円(原告主張同額)

原告は、前記のとおり合計六八日間入院したところ、その雑費としては、少なくとも、原告主張の一日当たり一二〇〇円とするのが相当であるから、右のとおりとなる。

4  入通院慰藉料 一二〇万円(原告主張同額)

前記認定の入通院の経過からすると、原告主張の額をもつて相当と認める。

5  休業損害 一五万円(原告主張同額)

甲三、四、原告本人尋問の結果によると、原告は遅くとも平成四年九月四日からは、二件で家庭教師として(一件については月額一万四〇〇〇円、もう一件については月額二万八〇〇〇円)稼働し、一件で塾講師として(月額三万三〇〇〇円)として稼働し、一月当たり七万五〇〇〇円の収入を受ける蓋然性があつたと認められるところ、前記認定のとおり、本件事故によつて約二か月入院したと認められるから、少なくとも、原告主張の二か月分の家庭教師代分の休業損害は認めるべきであり、その金額は右のとおりとなる。

6  付添看護費 否定(原告主張三〇万六〇〇〇円)

原告本人尋問の結果によると、入院期間中原告の母が付き添つたと窺われるが、家族付添費を認めるためには、医師等の証明が必要であるところ、その立証がないので、家庭の情愛の現れとして付き添つた可能性が高いので、付添看護費としては認めることはできない。

7  交通費 二万四三三〇円(原告主張一九万六七三〇円)

原告が交通費に関する証拠として提出する証拠のうち甲九の一、二記載の部分は、通院月日欄の記載から原告の母が入院付添のために用いたものであると窺われるところ、本件では付添の必要性は認められないので、この部分は、本件事故との相当因果関係のある損害とは認められない。

甲九の三記載の部分は、平成四年一〇月五日分九二三〇円、九日分九五四〇円及び一二日分五五六〇円であつて、これらは原告の通院日のものであり、症状からして通常の交通機関を用いることの難しい時期のものであり、それぞれの額の差についてもありうる幅の範囲内であるから(なお、一二日分は、他の二日分の約半分であるが、この日は入院した日であるから、診察後入院したので、片道分となつたと推認される。)、これらの合計二万四三三〇円は、本件事故による損害と認めることができる。

8  後遺障害慰藉料 七〇〇万円(原告主張七五〇万円)

前記認定の後遺障害の程度からすると、右金額をもつて相当と認める。

9  損害総額 一九〇〇万四三〇三円(後遺障害逸失利益も含む。)

三  過失相殺

1  本件事故の態様

前記認定の事実に、甲六の二四、乙一の一ないし三、原告本人尋問の結果によると以下の事実を認めることができる。

本件事故現場は、片側二車線の直線道路であつて、アスフアルトによつて舗装されており、路面は平坦であつて、本件事故当時路面は乾燥していた(本件道路、なお、概況は別紙図面のとおり。)。本件道路は、市街地にあり、交通は頻繁であつて、最高速度は五〇キロメートルに規制されており、転回禁止とされていた。本件事故当時は夜間であつたが、付近は、照明によつて明るく、被害車両からも加害車両からも相手車両の見通しはよい状況であつた。

被告は、加害車両を運転して、ヘツドライトを下向きに点灯し、時速約六〇キロメートルで本件道路北行き追越し車線を北に直進していたところ、高速道路に入ろうと考え、南向きに転回するため、別紙図面〈1〉付近で減速し、少し左にハンドルを切り、同〈2〉付近ないしそのやや左よりで右方向指示をして、そこから右にハンドルをきつて転回しようとしたところ、同〈3〉付近にいたつて、加害車両の右横を、同〈ア〉付近の被害車両の前部と衝突させた。

原告は、被害車両を運転して、ヘツドライトを下向きに点灯し、時速約五〇キロメートルで本件道路北行き追越し車線を北に直進していたところ、先行していた加害車両が左に向いたのを見て、少し減速したが、加害車両は左に進路を変更するものと考え、その右横を追い越そうとして、同一車線内で、右に少し進路を変えて、直進進行したところ、加害車両が右に転回するのを認めたが、ハンドルブレーキ等で避ける暇もなく、前記の態様で、被害車両と加害車両が衝突した。

2  当裁判所の判断

前記認定の事実からすると、原告は、加害車両が左に向いたことから左に進路変更するものと軽信し、その動静を十分確認しないまま、その右側を追い越そうとしたので、ある程度落ち度はあつたことも窺われるものの、本件事故が、二輪車直進中、四輪車転回中の事故であること、転回車である加害車両が合図を出したのは転回を開始した時点であつて、他車が認識して適切な対応をとることができ、かつ、道路交通法上要求されている合図はなされていないこと、本件道路は転回禁止場所であること、転回の際、被告が後方ないし右後方の安全を確かめたと認めるに足りる証拠はないこと等から認定できる被告の過失の程度の高さに比べると、原告に落ち度があつたとしても、それは、過失相殺しなければ公平に反するほどのものとはいえない。

四  既払い

前記認定の損害合計額一九〇〇万四三〇三円から、前記認定の既払い金一〇八五万六三三〇円を差し引くと、八一四万七九七三円となる。

五  弁護士費用 八〇万円

本件事故の経過、認容額に照らすと、本件事故に基づく弁護士費用は、右金額をもつて相当と認める。

六  結論

よつて、原告の請求のうち、八九四万七九七三円及び内金八一四万七九七三円に対する不法行為後であることが明らかな平成五年四月二五日から支払済みにいたるまで年五分の割合の遅延利息の支払を求める範囲で理由がある。

(裁判官 水野有子)

(別紙)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com