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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)9208号 判決

原告(反訴被告)

株式会社写研

右代表者代表取締役

石井裕子

右訴訟代理人弁護士

花岡巖

新保克芳

木崎孝

被告(反訴原告)

株式会社モリサワ

右代表者代表取締役

森沢嘉昭

被告(反訴原告)

モリサワ文研株式会社

右代表者代表取締役

森澤公雄

右両名訴訟代理人弁護士

小林秀正

渡邉幸博

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求及び被告(反訴原告)らの反訴請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、本訴、反訴を通じこれを二分し、その一を原告(反訴被告)の、その余を被告(反訴原告)らの各負担とする。

事実

第一  請求の趣旨

一  本訴

1  被告株式会社モリサワ(反訴原告。以下、単に「被告モリサワ」という)は、別紙目録(一)及び(二)記載の各書体を記録したフロッピーディスクその他の記録媒体の製造、販売及び右各書体を搭載した写真植字機用文字盤の販売をしてはならない。

2  被告モリサワ文研株式会社(反訴原告。以下、単に「被告モリサワ文研」という)は、前項記載の写真植字機用文字盤を製造、販売してはならない。

3  被告モリサワは、その占有する第1項記載の各書体の原字並びに同項記載のフロッピーディスク及び写真植字機用文字盤を廃棄せよ。

4  被告モリサワ文研は、その占有する第1項記載の各書体の原字及び写真植字機用文字盤を廃棄せよ。

5  原告(反訴被告。以下、単に「原告」という)に対し、

(一) 被告らは連帯して金一六八〇万円、

(二) 被告モリサワは金七八〇〇万円

及び右各金員に対する平成五年三月二六日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

6  仮執行の宣言

二  反訴

1  原告は、別紙「反訴被告書体目録(ゴナM)」記載の書体を搭載した写真植字機用文字盤の製造、販売及び右書体を記録したフロッピーディスクその他の記憶媒体の製造、販売、賃貸をしてはならない。

2  原告は、その占有する前項記載の書体の原字並びに同項記載の写真植字機用文字盤及びフロッピーディスクを廃棄せよ。

3  原告は被告らそれぞれに対し、金一億一三〇七万円及びこれに対する平成五年一〇月二日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  仮執行の宣言

第二  当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  当事者の地位

原告及び被告らは、いずれも写真植字機及びそれに使用する書体等の制作・販売等を業とする会社である。

2  書体の著作物性

(一) 点画の組合せによって個々の文字を他の文字と観念的に区別するもの(観念的な記号そのものであって、具体的な形を有しないもの)を字体というのに対し、書体は、その字体を具体的に印刷などに使用できるように、統一的なコンセプトに基づいて創作された文字や記号の一組のデザインをいう。

(二) 書体は、骨格、骨格を装飾するためのエレメント、装飾された骨格を組み合わせた空間(ふところ)の処理、縦線と横線の線幅の比率あるいは線の太さ(ウエイト)、これらの総合のバランス、更に各文字を組み合わせたときの文字間の大小と位置、字画の多少によるウエイトの調整等の様々な要素からなるものであり、統一された書体であるためには、対象となるすべての文字について、それらが一定のコンセプトに従ってデザインされていなければならない。

書体の制作においてはこのコンセプトの表現が最も重要かつ困難な問題であり、具体的に書体を制作するためには、一字ずつ多大の時間と費用をかけて、デザインしていく必要がある。

こうした創作活動の末に創り出される新たな書体は、まさに知的、文化的精神活動の所産に外ならず、制作者の思想又は感情を創作的に表現したものであって、美術の著作物(著作権法二条一項一号、一〇条一項四号)に該当する。

(三)(1) 書体は実用に供されるものではあるが、実用に供されるものでもコンピュータ・プログラムのようにすでに著作物とされているものもあり、実用性が高いという理由でその著作物性を否定する理由はない。

すなわち、美術工芸品を保護することを明らかにした現行著作権法は、その制定の際の著作権制度審議会の答申1及び答申2のうち、答申2によるものであるところ、右答申2が、「図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有するものであるときは、美術の著作物として取り扱われるものとする。」としていることからすると、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とするという理由で著作物としての保護を与えられないとは考えられていないのであるから、書体が実用に供されるから美術の著作物に該当しないなどという考えは誤りである。このように工業所有権による保護の対象とならないもので美術の分野に属するものであれば、実用に供されあるいは産業上の利用を目的とするものであっても、著作物として保護するというのが現行著作権法の立法関係者の考えである。「書」が美術の分野に含まれることは右審議会でも当然のこととされているから、書体が美術の分野に属することは明らかである。しかし、書体は意匠法等の工業所有権法によっては保護されない(甲四八)から、現行の著作権法の立法経過に照らせば、書体が著作物として保護されるのは当然のことなのである。

なお、書体に著作権による保護を与えても、字体の使用は自由であるから、何ら文字の独占になるわけではなく、他の人が表現の自由を奪われるということはない。ただ、新たに創作された当該書体を使用できないというだけのことである。その書体は、その創作者がいなければこの世に存在しなかったものであり、たとえ創作者等にその独占排他的な複製権を与えても、第三者は何も奪われないのである。字体は情報伝達機能のエッセンスであり、万人共通の財産であるが、書体はそうではないのである。

(2) 美術(応用美術を含む)が著作権法又は意匠法で保護されなければならないことは、我が国が加盟する文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(以下「ベルヌ条約」という)によって規定されているところである。すなわち、同条約は、保護を受ける著作物を「『文学的及び美術的著作物』には、…素描、絵画、建築、彫刻、版画及び石版画の著作物、…応用美術の著作物、…のような文芸、学術及び美術の範囲に属するすべての製作物を含む。」(二条(1)項)と定義し、「前記の著作物は、すべての同盟国において保護を受ける。この保護は、著作者及びその承継人のために与えられる。」(同条(6)項)とその基本原則を定めている。現行の著作権法が制定される際の国会審議において、担当の政府委員は、著作権法の保護対象が原則的にベルヌ条約で定める著作物と内容的には同様であること、同条約は応用美術を著作物として保護するが、その応用美術の著作物として保護するものの範囲等、すなわち意匠法等との関係についての立法的規律は各加盟国に委ねられていること、各国の例として応用美術は著作権法又は意匠法のいずれかで保護されていることを示し、応用美術について美術工芸品を保護の対象にすることを明らかにするにとどめた理由として、染色図案等専ら工業用の意匠及びひな型として使用することを目的とするものについては意匠法による保護との関係が問題になると説明した。このように、ベルヌ条約で保護の対象とされている応用美術のうち、我が国において意匠法による保護の与えられないものについて、著作権法により保護されないということは全く考えられていないから、書体が美術の著作物として保護されるのは当然である。

仮に、書体が応用美術であって、著作権法にいう美術の著作物として保護されないとしても、少なくとも著作権法五条、ベルヌ条約二条(1)項、(6)項及び(7)項に基づき同条約により保護されることになる。すなわち、ベルヌ条約は、前記基本原則(二条(1)項、(6)項)のもとに、応用美術については、「応用美術の著作物及び意匠に関する法令の適用範囲並びにそれらの著作物及び意匠の保護の条件は、第七条(4)の規定に従うことを条件として、同盟国の法令の定めるところによる。」(二条(7)項)と定め、国内法の整備により意匠法による保護をすることでもよいこととしている。そして、その国内法の整備は同条約三六条(2)項により批准前になされていなければならないところ、我が国は、昭和四九年にベルヌ条約のブラッセル改正条約(更に昭和五〇年にパリ改正条約)を留保なしに批准したものの、これに伴う特別の立法は行っていないから、仮に著作権法(昭和四六年一月一日施行)が純粋美術及び美術工芸品に限り保護しているとしても、それ以外の美術(応用美術を含む)が意匠法により保護されないのであれば、昭和四九年に批准したベルヌ条約により保護されるのである。その保護の内容として、同条約は、複製権(九条)、追及権(一四条の三)、差押権(一六条)を定めているが、その他の保護のための具体的な方法は国内法に委ねられていると解されているところ、差止請求、損害賠償請求が可能であることはもちろんというべきである。

3  原告書体の特徴

(一) 別紙目録(三)記載の書体を含む一組の書体(商品名「ゴナU」。以下「ゴナU」という)は、原告の委託によりタイプフェイス・デザイナーの訴外中村征宏(以下「中村」という)により、次のようなデザインコンセプトに基づき昭和五〇年に創作された書体である。

(1) いわゆるゴシック体(線の太さが一様な肉太の書体)ではあるが、漢字、平仮名ともに、従来のゴシック体にはない斬新でグラフィカルな感覚のデザインとする。

(2) 文字本来の機能である美しさ、読み易さをもち、奇をてらわない素直な書体とする。

(3) 印字されたものの字間のバランスと行としての美しさを保つためには、本来詰め組が必要とされるが、その作業を短縮するべく、ベタ組(字並びを規制するために便宜上その文字が占有すると仮想される領域を仮想ボディと呼ぶが、隣り合った文字の仮想ボディの間を詰めないこと)で印字しても同様の効果が出るような書体とする。

(4) 縦組、横組にかかわらず、右(1)ないし(3)の特徴をもつ書体とする。

(5) エレメント(縦線、横線、たすき、はね、点等の文字を構成する要素)が互いに重なり合わないようにデザインされた最大のウエイト(線の太さ)の見出し用超特太書体とする。

(二) 右(一)のようなデザインコンセプトを実現するため、ゴナUは、従来のゴシック系の書体と次の点で大きく異なった特徴を有する書体となっている。

〔漢字、仮名に共通の特徴〕

(1) 文字のふところ(文字の中で線に囲まれた部分。ふところの広い書体は、一般に大きく見えるので、見やすい)は、従来のゴシック体にはないほど広くとられている。

(2) エレメントは、互いに重なり合わない範囲で極力太く、あるいは大きくなっている。

(3) 仮想ボディをいっぱいに使用し、可能な限り最大に字面(文字の外寸)をとってデザインされている。仮想ボディに対する字面の寸法比率は、従来のゴジック体の代表例である原告の石井太ゴジンク体が平均約九〇%であるのに対し、ゴナUは平均約九五%となっている。更に、右寸法比率の各文字間でのばらつきが従来のゴシック体より少なく、各文字の大きさはほぼ均等になっている。

(4) 一つの文字の中での縦線同士、横線同士の長さは、文字として識別できる範囲でほぼ揃えられている。また、従来の書体では縦長や横長であった文字も、ほぼ正方形になっている。そして、文字を文章として組んだとき、縦組、横組ともに、並び線(縦組の場合並んだ文字の左右に、横組の場合並んだ文字の上下に仮想される線)の凹凸が少なく、視覚的に美しく見えるデザインとなっている。

〔漢字に特有の特徴〕

(5) 「たすき」のようなエレメントの角度は立てられており、「たすき」の先の「はね」の角度は鋭角にデザインされている。

(6) 「かぎ」の角部は切り取られ、横線や斜線が長くデザインされている。

(7) 筆押さえ等の飾りはすべて取られており、文字のエレメントが大きく見えるにようなっている。

〔平仮名に特有の特徴〕

(8) 従来のゴシック体の平仮名は、明朝体平仮名の影響がみられ、筆書体的なエレメントとなっているのに対し、ゴナUの平仮名は、直線で処理できるところはできるだけ直線とし、曲線を使用する場合も、図形的な大きな円弧の曲線を使い、シンプルなデザインとなっている。

(9) 従来のゴシック体にはみられない全く新しいデザインの文字がある。

書体の特徴は、個々の文字の骨格やエレメントの形状、大きさ等の特徴の組合せ、その相互作用により表れてくるものであり、右の(1)ないし(9)のような特徴がすべて備わっているところにゴナUの書体としての特徴、創作性があるのである。右(1)ないし(9)の中には新規なデザイン処理とはいえないものも含まれているが、だからといってゴナUの特徴、創作性が否定されるものではない。

(三) 別紙目録(四)記載の書体を含む一組の書体(商品名「ゴナM」。以下「ゴナM」という)は、ゴナUのいわゆるファミリー書体として、ゴナUのコンセプトに従いながら、文字サイズが一二Q(三ミリメートル角。一Qは0.25ミリメートル)程度の本文用に適したウエイトの書体として昭和五八年に創作されたものである(ウエイトを細くするといっても、ただ機械的に線の太さを何分の一かにしたのではバランスが悪くなるため、書体としてのデザインの統一性を保つためにやはり一字ずつ時間と費用をかけてデザインをする必要があるから、ファミリー書体は、基本書体をベースにしてはいるものの、新たな創作活動の末に創り出されるものであり、基本書体とは別個のいわば二次的著作物である)。

したがって、ゴナMの特徴は、原則としてゴナUの特徴と同様であるが、ウエイトについては、標準線幅が仮想ボディ寸法の約5.3%と小さくなっている。

4  原告によるゴナU、ゴナMの著作権の取得と商品化

(一) 原告は、中村にゴナUの創作を委託した際、中村との間で、同人が創作したゴナUに関する権利の譲渡を受ける旨の契約を締結した。したがって、ゴナUに関する権利は、創作完成と同時に中村が取得し、直ちに原告に移転した。

原告は、ゴナUを、昭和五〇年に写真植字機用文字盤(アナログフォント)に、昭和六一年にフロッピーディスク(デジタルフォント)にそれぞれ記録、収容して商品化し、現在に至っている。

(二) ゴナMは、ゴナUのウエイトを変更して原告が創作したファミリー書体であるが、原告は、前記委託の際、中村との間で、ゴナUのウエイト又は形状を変更する権利は原告が同人から譲り受ける旨の契約を締結したから、ゴナMに関する権利は、創作完成と同時に原告が取得したものである。

原告は、ゴナMを、昭和五八年に写真植字機用文字盤に、昭和六一年にフロッピーディスクにそれぞれ記録、収容して商品化し、現在に至っている。

(三) ゴナU及びゴナM(以下、総称するときは単に「ゴナ」という)は、その美しいデザインが好評を博し、雑誌、カタログ、広告、ポスター等の商業印刷物はもとより、テレビの字幕スーパー、看板、サインディスプレイ等に至るまで広範囲にわたって、種々のゴシック書体の中から特に選ばれて利用されている。

5  被告らによる著作権の侵害

(一) 被告モリサワは、平成元年から、「新ゴシック体U」という商品名の別紙目録(一)記載の書体を含む一組の書体(以下「新ゴシック体U」という)又は「新ゴシック体L」という商品名の別紙目録(二)記載の書体を含む一組の書体(以下「新ゴシック体L」という)を記録したフロッピーディスクを製造、販売している(以下、新ゴシック体U及び新ゴシック体Lを総称するときは単に「新ゴシック体」という)。

また、被告モリサワ文研は、新ゴシック体U又は新ゴシック体Lを搭載した写真植字機用文字盤を製造し、被告モリサワとともにこれを販売している(右フロッピーディスク及び写真植字機用文字盤を合わせて、以下「被告ら商品」という)。

(二) 新ゴシック体UはゴナUを、新ゴシック体LはゴナMを、それぞれ複製したものである。

(1) このことは、別紙目録(一)記載の新ゴシック体U二四六文字(国立国語研究所の調査による、新聞における使用頻度順に並べた漢字二〇〇字と平仮名四六字)と別紙目録(三)記載のゴナUの各対応文字、別紙目録(二)記載の新ゴシック体L二四六字と別紙目録(四)記載のゴナMの各対応文字をそれぞれ対比してみると明らかである。このように酷似した書体が独自に創作されることはありえない。

(2) 書体の制作方法には、大きく分けて以下の四種があるところ、ゴナUは、既存書体とは全く別個に制作されたもので、①に該当し、ゴナMは、ゴナUのバリエーションとして制作されたもので、②に該当するのに対し、新ゴシック体は、ゴナを真似て制作されたものであって、少なくとも③に該当するものである。

① 全く新しいコンセプトに基づき一から制作する。

② 一から制作するが、既存書体のバリエーションとして太さ等を変えて制作する。

③ 既存書体を真似たり、あるいはその一部に手を加えて既存書体とほぼ同じ書体を制作する。

④ 既存書体をそのままデッドコピーする。

(3) 何をもって書体の複製というかについては種々の考え方があるが、書体としての基本的な特徴を変えずに微細な変更をすることは極めて容易であるから、細かく見て個々の字に違う点があるか否かではなく、全体として判断することになるのである。被告らは、ゴナと新ゴシック体との個々の文字における細かな差異を取り上げるが、それはゴナに対する新ゴシック体の変更部分に外ならず、書体としてみるとき、新ゴシック体はゴナの複製といわざるをえないのである。

被告らは、「全体として判断する」とは、書体が複製であるか否かの判断の基準でも方法でもなく、いわば判断の結果を示すものにすぎないと主張するが、国際タイポグラフィ協会のジョン・ドレェファス会長が「タイプフェイスは、言葉にして植字された場合の全体としての効果によって判断されなければならない。…専門家が、該当する二種の書体の組み合わせに同一のタイプフェイスが使われているかどうかを決定するのが非常に困難な場合には、その二つのタイプフェイスのうちの一は、他の一の模倣であると考えられる…」と述べているとおり(甲三四)、細かな差を問題とせずに「全体として判断する」ことが、書体が他の書体の模倣であるか否かを判断するについての最も普遍的な比較方法である。我が国の著名な書体デザイナーである桑山弥三郎も、書体の類似度は、文章に組んだ際の「全体の印象の異同」に五〇%の重みを置いて判定すべきであるとしている(甲三五の3)。

被告らはまた、ゴナと新ゴシック体とは、文字の骨格あるいはエレメントの形状において相違すると主張するが、被告らが乙第一三号証において指摘する点は、文字の骨格あるいはエレメントの形状の差といえるようなものではない。

(三) 被告らの右著作権侵害は故意によるものである。

6  不法行為

仮に、著作権法ないしベルヌ条約に基づく本訴請求が理由がないとしても、書体デザイナーの中村の独創によって創作されたゴナは法的に保護されるべきものであり、ゴナと区別し難いほど類似し、これを土台にしたとしか考えられない新ゴシック体を製造、販売する被告らの行為は、原告がゴナについて有する法的利益を故意に侵害するものとして民法七〇九条の不法行為を構成するものである。

そして、被告らの右製造、販売行為は、精神的創造物の侵害という点で人格的利益を侵害するものに外ならないから、その製造、販売の差止請求も認められるべきであり、また、原告の被った損害の額については、著作権法一一四条一項に準じて、被告が得た利益の額をもって損害額と推定すべきである。

7  損害

(一) 被告ら商品の現在までの販売数は、左記の数を下回ることはない。

(1) 新ゴシック体Uを搭載した手動式写真植字機用文字盤 三〇〇個

(2) 新ゴシック体Lを搭載した手動式写真植字機用文字盤 三〇〇個

(3) 新ゴシック体Uを記録したフロッピーディスク 一五〇個

(4) 新ゴシック体Lを記録したフロッピーディスク 一五〇個

(二) 右手動式写真植字機用文字盤の平均単価は一四万円を、右フロッピーディスクの平均単価は一三〇万円をそれぞれ下回ることはなく、その利益率はいずれも二〇パーセントを下回ることはない。したがって、手動式写真植字機用文字盤の製造、販売により被告らが共同不法行為者として得た利益は、一六八〇万円を下回ることはない。また、フロッピーディスクの製造、販売により被告モリサワが得た利益は七八〇〇万円を下回ることはない。

8  結論

よって、原告は、主位的に著作権法一一二条、予備的に民法七〇九条に基づき、被告モリサワに対し、別紙目録(一)及び(二)記載の各書体を記録したフロッピーディスクその他の記録媒体の製造、販売及び右各書体を搭載した写真植字機用文字盤の販売の差止め並びにその占有する右各書体の原字及び右フロッピーディスク、写真植字機用文字盤の廃棄を、被告モリサワ文研に対し、右写真植字機用文字盤の製造、販売の差止め並びにその占有する各書体の原字及び写真植字機用文字盤の廃棄を求めるとともに、被告らに対し、共同不法行為に基づく損害賠償として、連帯して一六八〇万円、被告モリサワに対し、不法行為に基づく損害賠償として、七八〇〇万円及び右各金員に対する訴状送達の日の翌日である平成五年三月二六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本訴請求の原因に対する被告らの認否

1  請求原因1(当事者の地位)の事実は認める。

2  請求原因2(書体の著作物性)(一)の主張は、書体及び字体の一般論として認める。

同(二)の主張は、書体についての一般論として概ね認める。

同(三)の(1)の主張は創作にかかる書体についての一般論として認める。

同(四)の主張は概ね認める。

3  請求原因3(原告書体の特徴)(一)及び(二)の事実は知らない。

但し、後記反訴請求の原因記載のとおり、ゴナMは被告らの共同著作物である別紙「反訴原告ら書体目録(ツデイL)」記載の書体(以下「ツデイL」という)の無断複製物であるから、創作物ではなく、したがって、原告がゴナMについて著作権を取得することもない。

同(三)の事実中、ゴナMのウエイトについて、標準線幅が仮想ボディ寸法の約5.3%であることは知らない。その余の事実は否認する。

4  請求原因4(原告によるゴナU、ゴナMの著作権の取得と商品化)(一)の事実は知らない。

同(二)の事実中、ゴナMがゴナUのウエイトを変更して原告が創作したファミリー書体であることは否認する。原告がゴナMを昭和五八年に写真植字機用文字盤に、昭和六一年にフロッピーディスクにそれぞれ記録、収容して商品化し、現在に至っていることは認める。その余の事実は知らない。

同(三)の事実は知らない。

5  請求原因5(被告らによる著作権の侵害)(一)の事実は認める。但し、被告モリサワ文研が新ゴシック体U又は新ゴシック体Lを搭載した写真植字機用文字盤の製造を開始した時期は平成二年であり、また、その販売に当たっては、被告モリサワが全商品を被告モリサワ文研より買い受け、これを一般に販売する形式をとっている。

同(二)(1)の事実中、別紙目録(一)記載の新ゴシック体U二四六文字のうち漢字二〇〇字が国立国語研究所の調査による新聞における使用頻度順に並べたものであることは、出典が同研究所昭和五一年二月発行の「国立国語研究所報告56現代新聞の漢字」であるならばこれを認め、その余の事実は否認する。(2)及び(3)の主張は争う。

新ゴシック体は、いずれも被告らが独自に創作した書体であり、ゴナの複製物ではない。被告らが新ゴシック体を創作した経緯及びそのデザインコンセプトは、後記三被告らの主張記載のとおりである。

原告は、書体が複製であるか否かの判断の方法について、書体としての基本的な特徴を変えずに微細な変更をすることは極めて容易であるから、細かく見て個々の字に違う点があるか否かではなく、「全体として判断する」と主張し、個々の文字の比較は必要でないとするかのようであるが、書体が個々の文字の集合体であること、書体のデザインコンセプトは個々の文字の字形に表現されることに鑑みるならば、複製か否かを判断する上で、個々の文字の比較対照は必要不可欠であって、「全体として判断する」とは、およそ書体が複製であるか否かの判断の基準でも方法でもなく、いわば判断の結果を示すものにすぎない。一般に、書体の同一性、類似性の判断は、書体のデザインコンセプトの外、書体デザインの基本に属する事項である文字の骨格、エレメントの形状の比較によるものとされているところ、ゴナと新ゴシック体とは、右のような文字の骨格あるいはエレメントの形状において相違し、この点をもって原告主張のように「細かな差異」ということはできないから、別個の書体であることは明らかである(乙一一ないし一三)。

原告のいう「書体としての基本的な特徴」は、本件のゴナについていえば前記本訴請求の原因3(二)において原告書体の特徴として記載された事項であると思料されるが、そのうち〔漢字、仮名に共通の特徴〕として掲げられた(1)ないし(4)の内容は、はなはだ抽象的であり、これらをもって判断基準とすることは不適当であり、〔漢字に特有の特徴〕として掲げられた(5)ないし(7)、〔平仮名に特有の特徴〕として掲げられた(8)、(9)の内容も、必ずしも一義的に明白であるとはいい難いのみならず、ゴナの特徴とはいうことができない内容のものが掲げられているから、これらを判断基準とすることはできない。そして、原告は、甲第二七号証を援用して、新ゴシック体Lの漢字はゴナMの特徴を備えていてこれと極めて類似していると反論するが、同号証にゴナMの特徴として記載されている点は、以下のとおり、ゴナの特徴とはいえないものであるか、普遍化したデザイン処理であってゴナ特有のものとはいえないものである。

(1) 「仮想ボディをいっぱいに使用し」ているとの点については、一〇〇%使用しているのではない(本訴請求の原因3(二)(3)では約九五%としている)。文字の仮想ボディに占める比率は、昭和三〇年代には概ね九〇%程度であったが、時代が下るにつれて拡大してきているから、字面が大きいということは時代的傾向としてありふれたものであって、ゴナに特有のものとはいえない。

(2) 「とめ」と「はらい」のデザインを共通にして左右対称にしているとの点は、ゴナの特徴ではない。ゴナには、左を「はらい」とし、右を「とめ」としてデザインされた文字が多数存在しており(示、斎、省、赤、跡、途、蛮、変、歩、涼、劣、恋、湾、称、鯨、嚇、源、述、選、内、肉、病、丙、柄)、左右とも「はらい」のデザインのものと左「はらい」・右「とめ」のデザインのものが混在している。一方、新ゴシック体は、左右とも「はらい」でデザイン上統一されており、ゴナとは基本的特徴が異なる。

(3) 「かぎ」部を直角に切り取っているとの点は、ゴナの特徴ではない。ゴナの「かぎ」部は必ずしも直角に切り取るデザインとはなっていない(暇、又、久、搬、友、努、怒、飲、欧、歌、款、歓、次、撮、皮、彼、披、疲、被、欺、欠、鼓、諮、吹、炊、軟、波、破、抜、反、夜、返、野、欲)。

しかも、書体の特徴という場合、当該デザインが各文字に共通しているだけでなく、各文字を際立たせる程度に顕著なものでなければならないところ、「かぎ」部の直角処理はウエイトの太いUクラスの文字においては比較的認識しやすいが、M、Lクラスの文字ではよほど注意しなければ見逃してしまう程度であるから、「かぎ」部の直角処理はこの意味でもゴナMの特徴ということはできない。

なお、「かぎ」部を直角に処理した書体の例としては、昭和三七年に発表された「タイポス」書体が挙げられる。

(4) 「飾りはすべて取られており、文字のエレメントが大きく見えるようになっている」との点については、飾りの有無と文字のエレメントが大きく見えるかどうかとは関連性がない。「八」(はちがしら)の筆押さえを省くデザインは、ゴナが最初ではなく、既に「じゅん一〇一」などが発表されており、目新しいデザインではなかった。

(5) 平仮名の一部を直線でデザインすることは、前記タイポスのデザイン上の特徴であり、ゴナ制作当時既に特に目新しいものではなくなっていた。平仮名のデザインの基本はカーブラインの処理にあり、この点において新ゴシック体とゴナとでは全く異なる(乙一三)。また、「き」「さ」の文字は、ゴシック体としては新しいデザインであるとするが、教科書体をはじめゴシック体以外の書体においてはありふれたデザインであり、ゴシック体においても、ゴナが最初ではなく、昭和三六年に草刈順也らによって制作された「新聞見出用活字」(乙二二)などの例がある。

このように、原告の主張する判断基準の曖昧さとその具体的適用の恣意性は明白である。被告らは、書体に著作権法上の保護が付与されるべきであると考えるものであるが、原告の主張するような不明確な基準の恣意的な適用によって他の創作書体が不当に排斥されることになれば、書体の自由な創作活動を阻害し、書体の発展を妨げることになることは明らかである。

同(三)の事実は否認する。

6  請求原因6(不法行為)の主張は争う。

7  請求原因7(損害)(一)の事実は認める。

同(二)の事実中、被告らの手動式写真植字機用文字盤の平均単価が一四万円を下回らないものであることは認め、その余の事実は否認する。

三  被告らの主張

1  新ゴシック体の創作に至る経緯

(一) 被告モリサワは、大正一三年七月に現会長森澤信夫の個人事業として創業され、昭和二三年一二月に法人組織化され設立されたものである。

被告モリサワは、昭和二〇年代後半から書体の開発に着手し、昭和三〇年二月被告モリサワの創作に係る「中ゴシック体BB1」を発表した。昭和三五年には被告モリサワの文字盤製作部門を独立させて被告モリサワ文研が設立され、以後、被告らが共同して書体の創作をすることとなり、昭和三八年以降の「見出しゴシックMB」シリーズ、昭和四五年以降の「じゅん」シリーズ、昭和五四年以降の「ツデイ」ファミリー、平成元年の新ゴシック体等を発表し、今日に至っている。

(二) 書体メーカーが新たに書体を創作する場合、当該書体メーカーが過去に創作した書体を基礎としてこれを発展させ、あるいは何らかの形で参考とするのが通常であり、新ゴシック体もそのようにして創作された書体である。すなわち、新ゴシック体は、昭和四七年発表の「太ゴシック体直B一〇一」に起源を有し、昭和五四年以降に順次発表されたツデイファミリー書体を更に発展させた書体と位置付けることができる(なお、後記四1において原告の指摘する被告ら制作の「アローG」は、「太ゴシック体直B一〇一」及びツデイと同一線上にある書体ではない)。その詳細は、以下のとおりである。

(1) 被告らは、昭和四七年、「太ゴシック体直B一〇一」を発表した。同書体は、文字の始筆、終筆を意識的に直線的に処理した書体という点で当時画期的なものであったが、当初その用途を看板、ポスター用の書体としていたので文字数が少なかった。「太ゴシック体直B一〇一」創作の経緯等の詳細は、後記五被告らの反訴請求の原因1(一)記載のとおりである。

(2) そこで、被告らは、右「太ゴシック体直B一〇一」の文字数を増やすとともに、ウエイト展開して、数種類のファミリー書体を創作することとした。その際、定立されたコンセプトは、概ね次のとおりである。

① 画線については直線処理を主体とすることにより、スピード感あふれるシャープな書体とする。

② セリフを全部取ることによりモダンなイメージの書体とする。

③ ふところを広くとった仮名と組み合わせることにより、漢字と仮名のバランスをとり、またべタ組でも美しい詰め組のイメージが得られる書体とする。

(3) 被告らは、昭和五四年、従前の「太ゴシック体直B一〇一」に右のデザインコンセプトをもって創作した文字を加えて「ツデイM」(Mはミディアムの意)を完成させると同時に、「ツデイM」をウエイト展開した「ツデイB」(Bはボールドの意)を完成させて発表した。また、被告らは昭和五六年に「ツデイL」(Lはライトの意)を、昭和五九年に「ツデイR」(Rはレギュラーの意)を完成させ、順次発売した。ツデイL(別紙「反訴原告ら書体目録(ツデイL)」記載の書体)の創作に至る経緯、デザインコンセプト及び形態的特徴の詳細は、後記五被告らの反訴請求の原因1ないし3記載のとおりである。

(4) ツデイは、見出し、本文双方に利用できる書体として創作されたものであるが、実際に発売してみると、見出し用書体としては若干の弱さを指摘されるようになった。

そこで、被告らは、昭和六一年二月、ツデイの思想を承継しつつも見出し用書体としても十分に対応しうる新書体の創作に着手し、その名称も「新ゴシック体」として、ツデイ同様数種類のファミリー書体をほぼ同時に発表することを目指した。

(5) 被告らは、新書体開発の社内体制として、タイプディレクター小塚昌彦(以下「小塚」という)を中心として、被告モリサワ東京支店制作課のスタッフ、本社タイプスタジオ及び開発室のスタッフ、被告モリサワ文研のタイプデザイナー数名で構成される新ゴシック書体開発プロジェクトチームを設けた。このように、プロジェクトチームを設け、書体のデザインの決定、原字の創作を数名のデザイテーが担当する体制は、小塚の提案により、被告らが新ゴシック体開発に当たって初めて採用したシステムである。書体開発をこのようなプロダクションシステムにより行うことは、従来のように一人のデザイナーによって書体の創作が行われるのに比べ、開発に要する期間を大幅に短縮することができ、その結果として個々の文字のデザインの統一性が確保されるとともに、早期の販売が可能になるという利点がある。その反面、複数のデザイナーのコンセプトを統一するために、デザイナー間での十分な打合せと作業全体を統括するタイプディレクターが必要となる。

そこで、小塚と被告モリサワ文研のタイプデザイナーらは、右社内体制の整備等と並行して、デザインコンセプト、文字の形態等についての基本構想の打合せを繰り返し行い、後記2(一)記載のデザインコンセプト及び同(二)記載の形態的特徴を決定した。なお、被告らは、新書体のファミリー展開を想定して、フォント・プロダクション・システム(イカルス方式によるコンピュータ処理)によって文字データを作成することとし、正確な直線構成、カウンター(空間)のバランスを綿密に取り、調整を行いつつ、細・中・太の三つの基本書体を制作し、その後、右基本書体のデータ処理によって、七ないし八書体にコンピュータによって展開することとした(このことによって本文用からディスプレイ見出し用まで統一のとれたファミリー書体の制作が可能となる。これに対し、ゴナUは、そもそもファミリー化を予定せずに制作された書体であって、原告はゴナUとゴナMがファミリー書体であると主張するものの、その制作方法は新ゴシック体ファミリーの場合とは全く異なる)。

(6) 右の基本構想に基づき、小塚を中心とする被告モリサワ東京支店制作課のスタッフは、ツデイのデザイン分析を行うとともに、新書体の主に各エレメントの基本パターンの特徴づけを行い、偏・旁・冠・脚など字形の基本的なパターンの分類とグルーピングによるデザイン方式を研究・提案し、被告モリサワ文研のタイプデザイナーのスタッフ六名は、右提案を受けて、主に新書体の各文字の骨格、空間のバランス、重心の高さ、ふところの広さ、ストロークの深さ等、偏と旁の比率や画線の太さ、はらいの先の方向感及びカットの角度を検討の対象として、サンプル文字約二〇字を試作した。その後、次のとおり三回にわたって「新ゴシック体書体開発プロジェクト会議」が開催された。

① 第一回(昭和六一年八月二〇日、二一日開催)

小塚から、ツデイをベースにした新ゴシック書体の制作につき、使用目的、デザインコンセプト、デザイン要素等の詳細な説明がなされた後、試作したサンプル文字をもとに新書体のファミリー展開、イカルス方式に関連する原字制作方法と開発体制等が検討されるとともに、今後の制作スケジュールの作成、デザインマニュアルの作成、開発要員の作業分担、文字データ化方式等全般的な内容に及ぶ討議が行われた。また、原字は、一書体六七〇〇字制作することが決定され、漢字の原字は、被告モリサワ文研のデザイナースタッフがツデイの原字をベースに新書体のデザインコンセプトに従ってデッサンし、小塚がすべてチェックし、小塚に修正を指示された文字については右スタッフが書き直しを行うものとされた。

② 第二回(昭和六一年九月二五日開催)

文字のデジタイジングの手段が議論された外、被告モリサワ本社のタイプスタジオのスタッフから、ファミリー展開のテスト結果について中間報告等がされた。

③ 第三回(昭和六一年一〇月一四日開催)

新ゴシック書体の基本書体をL、M、Uの三書体とすること、仮想ボディを六〇mm×六〇mmとすることが決定された。また、小塚から原字パターン制作のデザイン要素について細部にわたり説明があり、制作の省力化と作業効率を考慮して、原字は鉛筆書きデッサンのアウトラインフォントとし、原字の墨入れを行わないことが決定された。

(7) 昭和六一年一〇月、被告モリサワ文研のデザイナースタッフは、新ゴシック体Lの定型文字(部首、エレメントの定型別に整理された当該新書体の特徴を端的に表している原字で、他の原字をデザインするに当たって見本となる原字)五〇〇字のデッサンを開始し、書き上がったデッサンは前記作業手順に従って小塚に送付されてチェックを受け、修正の必要なものについては同人の修正指示により書き直しをされ、同年一二月に漢字の定型文字のデッサンが完了した。

この定型文字を見本に、被告モリサワ文研のタイプデザイナー六名は、新ゴシック体Lの原字デッサンを開始し、原字デッサンが二〇〇ないし三〇〇字できる都度、小塚を中心とする被告モリサワ東京支店制作課の四名のスタッフによるチェックを受け、必要があればその修正指示により書き直しをし、再度小塚らのチェックを受けた。合格した原字については、被告モリサワ文研においてデジタイズ用原図(一二〇×一二〇サイズのコピー)を三名で作成し、被告モリサワ本社開発室のデジタイズスタッフ六名が文字の輪郭線を形成する必要な点の位置をデジタイザーを使って入力してフロッピーディスクのファイルに保存し、次いで被告らのスタッフ一七、八名がこの文字データを編集機のCRT画面に文字表示して修正作業を行い、更に再修正作業を行って文字データを完成した。

仮名文字については、タイプディレクターである小塚自身が「見出しゴシック体MB三一」の骨格及び筆運びを参考にして、デッサンのすべてを行い原字を制作する作業を進めた。

(8) 以上のような工程を経て、被告らは、平成元年に新ゴシック体L、新ゴシック体M、新ゴシック体Uを各六七〇〇文字制作し、その後、右三書体をもとに、コンピュータによるデータ補間処理によってそれぞれの文字データについて一文字ずつデザインの修正をデータ上で行い、EL・R・DB・B・Hの五書体を完成させた。そして、被告らは、同年六月に新ゴシック体Lを発売し、以後、同年九月に新ゴシック体H、一〇月に新ゴシック体B、一一月に新ゴシック体M、一二月新ゴシック体U、平成二年一月に新ゴシック体R、三月に新ゴシック体DB、七月に新ゴシック体ELを順次発売した。

このように、新ゴシック体ファミリー書体計画は、当初からコンピュータによる中間書体の制作を組み込んだプロジェクトであり、デザインも、一字一字の、一点一画の細部にわたってすべてファミリー展開を想定したトータルな独自の創作である。

2  新ゴシック体のデザインコンセプト及び形態的特徴

(一) 新ゴシック体のデザインコンセプトは、次のとおりである。

(1) ツデイ書体の思想を継承しつつも、現代の社会の時流に沿うよう、直線を主体とすることにより斬新な感覚を備えたモダンサンセリフとする。

(2) 同一書体、同一ファミリーの書体で見出し、本文を組むというユーザー側のニーズを受けて、数種の太さのファミリー書体を並行して創作し、同時に発表できるよう、ウエイトの違いを念頭においた総合的なデザインとする。

(3) 個々の文字のカウンターのバランスに配慮しつつも、文字のふところはツデイ書体より広がりを大きくとり、組版した際に縦組、横組ともに天地左右のラインが揃う構成とする。

(二) 新ゴシック体の形態的特徴は、次のとおりである。

(1) 漢字・仮名共通の特徴

① 新ゴシック体の各ファミリー書体のウエイトは、原則としてツデイに準じてウエイト展開したものとなっている。縦画は横画よりやや太く、その太さの比率は一〇対九の割合でほぼ統一されている。

② とりわけ漢字に顕著な特徴として、文字の重心をツデイを含む従来のゴシック体の重心よりも若干高めにして統一してある。これによって、他の形態的特徴と相まって読み手に軽快な印象を与える効果を生じ、デザインコンセプトとして掲げた斬新な感覚を表現することができる。

③ 文字のふところはツデイより広くとっている。

このことは、被告らが昭和四六年に発表した「じゅんゴシック体」で既に実践しているところでもある。文字のふところを広くとることにより、組版上で字間のスペースが狭く感じられる効果を生じる。その結果として、主として組みラインの揃うバランスのよい組版効果をもたらすことができ、また詰め組のイメージも生じる。

④ 新ゴシック体は、被告らが右「じゅんゴシック体」で成功を収めた右の成果を更に進めた書体ということができる。すなわち、文字のふところの広さに加えて、字面を仮想ボディいっぱいに構成した。このことにより、詰め組のイメージがより強化されることとなった。

仮想ボディに対する字面の大きさの比率は新ゴシック体ファミルーの各書体によって異なるが、九一%から九五%までの範囲内である。

⑤ 水平、垂直の画線は直線で作られ、画線の両端は直角にカットされている。末端のラッパ型のアクセントは付かないサンセリフ型である。カーブ線も、その末端は原則としてストロークの筆勢方向に対し視覚的に直角にカットされている。但し、太めのファミリー書体においては、画線の間隔の狭い部分が生じるためカット角度の処理について工夫がなされている。

(2) 仮名の特徴

① 仮名文字の骨格及び筆運びは、被告らが昭和三六年に発表した「見出しゴシック体MB三一」を参考としている。その上で、水平、垂直方向に近いストロークは、ほとんど水平、垂直の直線又は緩やかなカーブとして、組版した際に縦組、横組とも組みラインが揃うようデザインされている。

② 組版した際に漢字のふところの広さを更に生かすため、豊かなカーブで仮想ボディいっぱいに広がりを持つデザインとなっている。

③ 右①②の特徴を有しつつも、図案文字的なデザインに陥ることのないような工夫がされている。すなわち、仮名文字本来の形が持つ美しさを失わないよう、とりわけ平仮名においては、その字源に当たる漢字の草書体の構成を尊重して、一文字の中では筆使いのストロークの連続性を感じさせている。

④ 片仮名は、四角い文字、例えば「コ」「ヨ」「ロ」などの下部すなわち脚の部分がつかず、モダンサンセリフの特徴が強調されている。このことはまた、片仮名が主として西欧風固有名詞、地名、人名に用いられることから、漢字の同系文字である「当」「口」などと区別することにもなっている。

四  被告らの主張に対する原告の認否・反論

1  被告らの主張1(新ゴシック体の創作に至る経緯)(一)の事実中、被告モリサワと被告モリサワ文研が共同して書体の創作をしていることは知らない。その余の事実は認める。但し、「じゅん」シリーズはタイプフェイスデザイナーの三宅康文が創作したものであり、また、新ゴシック体はゴナを複製したものである。

同(二)の冒頭の事実については、書体メーカーが新たに書体を創作する場合、現存する書体を参考にしたり、発展させたりすることもあることは認めるが、ゴナUは全く新しく創作した書体である。そして、新ゴシック体は、ゴナを複製したものである。

同(二)の(1)の事実中、被告らが昭和四七年に「太ゴシック体直B一〇一」を発表したことは認めるが、その余の事実は知らない。(2)の事実は知らない。(3)の事実中、被告らがその主張の各時期に主張のとおりの商品名の各書体を発表したことは認めるが、被告らが右各書体を完成させた(創作した)ことは知らない。(4)ないし(7)の事実は知らない。(8)の事実中、被告らがその主張の各時期に主張のとおりの商品名の各書体を発売したことは認めるが、その余は知らない。

被告らは、新ゴシック体の漢字はツデイファミリー書体を更に発展させた書体である旨主張する。しかし、原告のゴナMと被告のツデイL及び新ゴシック体Lを並べて見ると、新ゴシック体Lの漢字は、ツデイLとは基本的に相違している一方、ゴナMの特徴を備えていてこれと極めて類似している(甲二七)。新ゴシック体の開発当時は、ゴナが市場で最も高く評価されていたから、被告ら主張のようにツデイが「見出し用書体としては若干の弱さを指摘されるようになった」というのは、当然ゴナという比較対象物があってなされた評価に外ならず、被告らが新ゴシック体の制作に当たりゴナを参考にしなかったとは考えられない。また、被告らは、ゴナに対する対抗策と評価されていたアローGという、ツデイより新しい書体を有していたのであるから、新ゴシック体の制作に当たりアローGとの関係でどのような特徴を出すかについて検討しないということは考えられないのに、このような検討がされた形跡はない。新ゴシック体とツデイのコンセプトは、被告らの主張によれば結局新ゴシック体がツデイよりふところを広くするという点以外には差がないから、ツデイを土台に新ゴシック体を制作したのであれば、ツデイのその他の特徴(例えば「不」にみられるように左右対称になっていないこと、「野」にみられるように「かぎ」の角部が斜めに切り取られていること、「公」にみられるように筆押さえ等の飾りが残っていること)はそのまま残るはずであるにもかかわらず、新ゴシック体はこれらの特徴を有しておらず、ゴナと酷似する結果になっている。このことは、新ゴシック体がゴナを見ながらそれを土台に制作されたことを何より示唆するものである。

また、被告らは、新ゴシック体の仮名文字については、ツデイではなく、被告らが昭和三六年に発表した「見出しゴシック体MB三一」の骨格及び筆運びを参考にした旨主張する。確かに、ツデイLの仮名と新ゴシック体Lの仮名とは全く異なる(甲二七)から、被告らが新ゴシック体の仮名の起源をツデイLに求められなかったのは当然であるが、それでは新ゴシック体Lの骨格及び筆運びが被告らのいうように「見出しゴシック体MB三一」を参考にしているかというと、両者は全く異なり(甲二六)、新ゴシック体の仮名文字の骨格及び筆運びが「見出しゴシック体MB三一」の流れを汲むとは到底いえない。これに対し、新ゴシック体LとゴナMとは極めて類似しており、ゴナMと全く異なる書体である「見出しゴシック体MB三一」を参考にしながら、このようにゴナMと区別し難い書体ができるとは考えられない。

したがって、新ゴシック体の制作の経緯についての被告らの主張は、漢字についても仮名についても到底真実とは考えられない。被告らが前記のような奇異ともいえる説明をしてでもゴナより前から存在する書体に新ゴシック体の起源があると主張せざるをえなかったことは、被告らがゴナとそっくりの書体を制作しようとしたことを端的に物語っている。被告らは、好評を博したゴナUに対抗する必要を感じてアローGあるいはツデイを発表し、それでも足りず、新ゴシック体の制作に至ったが、新ゴシック体は、アローG、ツデイとは別系統の書体であり、ゴナUの真似以外の何物でもない。

2  被告らの主張2(新ゴシック体のデザインコンセプト及び形態的特徴)の事実はいずれも知らない。

但し、新ゴシック体の仮名の特徴について、仮名文字の骨格及び筆運びは被告らが昭和三六年に発表した「見出しゴシック体MB三一」を参考にしているとの主張が真実でないことは、前記1記載のとおりである。

また、被告らは、とりわけ平仮名においては、その字源に当たる漢字の草書体の構成を尊重して一文字の中では筆使いのストロークの連続性を感じさせていると主張するが、新ゴシック体の例えば「き」「さ」「け」「に」「は」「ほ」などの文字では、「見出しゴシック体MB三一」でみられた筆使いのストロークの連続性がなくなっている。

五  被告らの反訴請求の原因

1  被告らの書体(ツデイL」の創作に至る経緯

(一) 被告らは、訴外株式会社乃村工芸社の依頼により、看板、ポスターに使用するに適した書体を共同で創作し、昭和四七年「太ゴシック体直B一〇一」の商品名をもって販売した。

看板やポスターの文字について、従来のゴシック体で一般の印刷物に印字される文字を拡大して用いると、見栄えの悪いものしかできないが、その原因は、従来のゴシック体では文字の画線の端がラッパ形に処理されており、拡大した時にこれが目立って、現代的な看板やポスターの画面に違和感を与えるところにあった。そこで、被告らが従来のゴシック体の概念を払拭して、文字の画線を直線的に処理することとして創作したのが「太ゴシック体直B一〇一」である。

「太ゴシック体直B一〇一」は、創作の動機が右のように看板、ポスター用の書体の制作ということにあったために文字数が少なかったものの、その画線とりわけ文字の始筆、終筆を意識的に直線的に処理したデザインは、当時画期的であり、モダンなイメージを持つものであった。

(二) そこで、被告らは、後記2(一)ないし(三)のような統一的なデザインコンセプトのもとで「太ゴシック体直B一〇一」の文字数を増やすことにより一般の印刷物にも対応できるようにし、かつ、ウエイト展開をして、見出し用から本文用まで四種類のファミリー書体を創作することとした。

(三) 被告らは、昭和五四年、右ファミリー書体のうちの一書体を完成させ、その商品名を今の時代を綴るにふさわしく「ツデイM」と命名して発表した。

以後、被告らは、昭和五四年に「ツデイB」を、昭和五六年に「ツデイL」を、昭和五九年に「ツデイR」を順次完成させて発表した。

2  ツデイLのデザインコンセプト

ツデイLを含むツデイファミリー書体は、次のデザインコンセプトに基づき、被告らが創作した書体である。

(一) 「太ゴシック体直B一〇一」のデザインを継承する。すなわち、画線については縦線・横線とも直線処理を主体とし、また、セリフを全部取る(モダンサンセリフとする)。このことにより、シャープでスピード感あふれる現代的イメージの書体とする。

(二) 「太ゴシック体直B一〇一」の文字数を増やして主として見出し用の書体であるツデイMを制作する。

その一方で、ツデイMのウエイトを変化させてファミリー展開し、主として本文用の書体であるツデイL、ツデイRを制作する。したがって、これらについては、本文組をすることを念頭におき、縦組、横組いずれの場合もラインが揃うように配慮された書体とする。

(三) 従来のゴシック体よりも漢字及び仮名のふところを広くして、漢字と仮名の大きさがほぼ同率となるようにする。このことにより漢字と仮名が混じった文字組(見出し、本文とも)のバランスをとり、ベタ組でも美しい詰め組のイメージが得られる書体とする。

3  ツデイLの形態的特徴

(一) 漢字、仮名に共通の特徴

(1) 画線は直線主体で、入筆・終筆のカットは直線でシャープな線質となっている。

(2) 文字の重心が字枠(仮想ボディ)の中心に置かれていながらも、字枠内における文字の位置取り(天地左右のスペース)を調整することにより、組版した際に縦組、横組ともラインが揃うようになっている。

(3) バランスのとれた書体でありながら、文字の字枠に占める割合は極力大きく、ふところは広く、直線は長く、カーブストローク(曲線、右はらい、左はらいなど)は長く、曲率も大きい。

(二) 漢字に特有の特徴

(1) 線と線の間が広くとられているため、一二級サイズ(三ミリメートル角の大きさ)程度の小さな文字で本文組した場合でも読み易い。

(2) 前記(一)(3)の特徴を有しつつも、伝統的に存在する各文字相互間の相対的な大小関係も保っている。

(三) 仮名に特有の特徴

(1) 本文組をした場合、仮名文字の占める比率が高くなるので、縦組、横組いずれにおいてもラインが揃うよう、仮名文字相互間の相対的な大小は極めて僅かなものとなっている。

(2) カーブストロークは大きな真円の一部を利用することを基本とし、そのふくらみの流れは垂直あるいは水平方向にゆるやかな図形的ストロークを描いている。

4  ツデイLの商品化

被告らは、ツデイLを、昭和五六年に写真植字機用文字盤に、昭和六一年にフロッピーディスクにそれぞれ搭載、記録して販売し、今日に至っている。

5  原告による著作権の侵害

(一) 原告は、昭和五八年にゴナM(別紙「反訴被告書体目録(ゴナM)」記載の書体)を写真植字機用文字盤に搭載して販売を始め、また、昭和六一年にゴナMをフロッピーディスクに記録してユーザーに対する賃貸を始め、今日に至っている。

(二) 別紙「反訴被告書体目録(ゴナM)」記載の書体と「反訴原告ら書体目録(ツデイL)」記載の書体との各文字の対比からも明らかなとおり、ゴナMはツデイLに酷似している。

したがって、原告は、故意をもって被告らに無断でツデイLを複製し、これにゴナMの商品名を付して販売等をし、被告らがツデイLについて有する著作権を侵害したものである。

原告は、ゴナMはゴナUのファミリー書体であると強調してツデイLの複製物であることを否定するが、ゴナMは、ゴナUと同じ商品名が付されているものの、その制作者、制作時期が異なるだけでなく、ツデイLに対抗しようとして制作したその制作動機、そして何よりもその字形に照らして、ゴナUのファミリー書体とすることはできない。

6  損害

被告らは、原告の右著作権侵害行為により、次のとおり、少なくとも合計二億二六一四万円の損害を被った。

(一) 原告が現在までに販売したゴナMの搭載された手動式写真植字機用文字盤の個数は、九〇〇個を下回ることはない。その平均単価は三二万三〇〇〇円を、利益率は二〇%をそれぞれ下回ることはない。

したがって、原告が右文字盤の製造、販売により得た利益は五八一四万円を下回ることはない。

(二) 原告が賃貸しているゴナMが記録されているフロッピーディスクの個数は、現在二〇〇〇個を下回ることはない。その賃貸料は、ゴナM一書体当たり一か月一万円を、利益率は二〇%をそれぞれ下回ることはない。そして、原告は、昭和六一年から反訴提起時(平成五年九月二八日)までの七年間に直線的に賃貸個数を増加させて右二〇〇〇個に至ったものである。

したがって、原告が右フロッピーディスクの製造、賃貸により得た利益は一億六八〇〇円を下回ることはない。

(三) 原告の得た利益の合計額は、右(一)及び(二)の合計額二億二六一四万円を下回らないから、著作権法一一四条により、被告らは右と同額(各被告につき一億一三〇七万円)の損害を被ったものと推定される。

7  結論

よって、被告らは原告に対し、著作権法一一二条に基づき、別紙「反訴被告書体目録(ゴナM)」記載の書体を搭載した写真植字機用文字盤の製造、販売及び右書体を記載したフロッピーディスクその他の記憶媒体の製造、販売、賃貸の差止め並びにその占有する右書体の原字及び右写真植字機用文字盤、フロッピーディスクの廃棄を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償として、それぞれ一億一三〇七万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成五年一〇月二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六  反訴請求の原因に対する原告の認否

1  請求原因1(被告らの書体「ツデイL」の創作に至る経緯)(一)の事実中、被告らが昭和四七年に「太ゴシック体直B一〇一」という商品名の書体を販売したことは認めるが、その余の事実は知らない。

同(二)の事実は知らない。

同(三)の事実中、被告らがその主張の各時期に主張のとおりの商品名の各書体を発表したことは認めるが、被告らが右各書体を完成させた(創作した)ことは知らない。

2  請求原因2(ツデイLのデザインコンセプト)及び3(ツデイLの形態的特徴)の各事実は知らない。

3  請求原因4(ツデイLの商品化)の事実中、フロッピーディスクの販売開始時期は知らない。その余の事実は認める。

4  請求原因5(原告による著作権の侵害)(一)の事実は認める。但し、賃貸については、フロッピーディスク自体を賃貸しているのではなく、ユーザーのフロッピーディスクにインストール(書込み)する形で行っており、また、一書体のみではなく、二〇ないし三〇書体を一括して賃貸している。

同(二)の主張は争う。

原告は、市場で好評を博したゴナUのファミリー化の要望に応えてファミリー化を行いゴナMを制作したものであって、ツデイをわざわざ真似る必要は存しない。もし原告が複製せざるをえないほどにツデイが優れていて市場で評価されていたのなら、被告らがわざわざツデイに代わる新ゴシック体を開発する必要はなかったはずである。

5  請求原因6(損害)の事実中、原告が現在までに販売したゴナMの搭載された手動式写真植字機用文字盤の個数が九〇〇個を下回ることがないことは認めるが、その余の事実は否認する。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  本訴について

一  請求原因1(当事者の地位)について

請求原因1(当事者の地位)の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(書体の著作物性)、3(原告書体の特徴)、4(原告によるゴナU、ゴナMの著作権の取得と商品化)及び5(被告らによる著作権の侵害)について

1  証人中村征宏の証言及び弁論の全趣旨によれば、ゴナUは原告の委託によりタイプフェイス・デザイナーの中村が制作した書体であり、右委託の際、原告は、中村との間で同人が制作したゴナUに関する権利の譲渡を受ける旨の契約を締結したこと、ゴナMは原告が制作した書体であることが認められ、被告モリサワが平成元年から新ゴシック体U又は新ゴシック体Lを記録したフロッピーディスクを製造、販売しており、被告モリサワ文研が新ゴシック体U又は新ゴシック体Lを搭載した写真植字機用文字盤を製造、販売し、被告モリサワがこれを販売していること(請求原因5(一)の事実)は当事者間に争いがないところ、原告は、ゴナは美術の著作物に該当し、著作権の保護を受ける旨主張し、被告らも、一般論としては創作性のある書体が著作権法によって保護を受けるものであることについて争わないが(むしろ、反訴においては、被告らの制作した書体が著作物であると主張している)、いわゆる書体が美術の著作物として著作権の保護を受けるか否かは著作権法二条一項一号、二項、一〇条一項四号の解釈適用の問題であるから、このような事項については、裁判所は当事者の主張に拘束されずに判断できることはいうまでもないところである。

2 美術の著作物は、絵画、版画、彫刻等(著作権法一〇条一項四号)、形状や色彩によって思想又は感情を創作的に表現した著作物であって、見る者の視覚に訴え、その美的感興を呼び起こし、審美感を満足させるものである。

書体は、それ自体が美的鑑賞の対象となるいわゆる「書」の範疇に入るものは格別、本件で問題とされるゴナ等のようなタイプフェイスに関する限り、個々の漢字、仮名、アルファベット等の字体を実際に印刷などに使用できるように、統一的なコンセプトに基づいて制作された文字や記号の一組のデザインであって、大量に印刷、頒布される新聞、雑誌、書籍等の見出し及び本文の印刷に使用される実用的な印刷用書体であり、その性質上、万人にとって読解可能で読み易いといった文字が本来有する情報伝達機能が何よりも重視されるものであるから、その形態も、右情報伝達機能を十全に発揮させるために、字体としての制約を受けることはもちろん、従来の規格化された書体の形態に相当部分依拠せざるをえず、その枠内で制作されるものであるということができる。したがって、ゴナのような書体であってなお美術の著作物として著作権の保護を受けるものがあるとすれば、それは、文字が本来有する情報伝達機能を失うほどのものであることまでは必要でないが、その本来の情報伝達機能を発揮するような形態で使用されたときの見易さ、見た目の美しさとは別に、当該書体それ自体として美的鑑賞の対象となり、これを見る平均的一般人の美的感興を呼び起こし、その審美感を満足させる程度の美的創作性を持ったものでなければならないというべきである。

なお、原告は、書体に著作権による保護を与えても、字体の使用は自由であるから、何ら文字の独占になるわけではなく、他の人が表現の自由を奪われるということはない旨主張する。しかし、右のような要件を満たさない書体までが一般的に著作物として保護されることになれば、言語の著作物を印刷により出版することが一般的である今日、出版された言語の著作物を複写によって利用する場合、当該言語の著作物の著作権者の許諾だけではなく、印刷に使用された書体の著作権者の許諾をも受ける必要があり、また、出版された言語の著作物自体は著作権による保護の対象とならないもの(著作権法一三条)であるときでも、使用された書体の著作権者の許諾を受ける必要があることになり、著作権の存続期間が長期にわたることもあって、言語の著作物の利用に対する重大な支障になることは明らかであり、著作物等の「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図」るという著作権法の目的(一条)に反することにもなるといわなければならない(玉井克哉「文字の形と著作権」ジュリスト九四五号七六頁、田村善之「著作権法講義ノート3」発明九二巻六号七三頁参照)。

3 そこで、かかる観点から検討するに、原告は、ゴナUは前記本訴請求の原因3(原告書体の特徴)(一)の(1)ないし(5)記載のコンセプトに基づき創作され、同(二)の(1)ないし(9)記載の各特徴を有する書体であり、ゴナMはゴナUのファミリー書体としてゴナUのコンセプトに従いながら、ウエイトを変更して創作された書体であり、原則としてゴナUと同様の特徴を有するものである旨主張する。しかしながら、原告の右主張によっても、ゴナは、従来から印刷用の書体として用いられていた種々のゴシック体を基礎とし、それを発展させたものであって、「従来のゴシック体にはない斬新でグラフィカルな感覚のデザインとする」とはいうものの、「文字本来の機能である美しさ、読み易さをもち、奇をてらわない素直な書体とする」というコンセプトの下に制作されたというのであるから、従来からあるゴシック体のデザインからそれほど大きく外れるものではなく、別紙目録(三)(ゴナU)及び同(四)(ゴナM)記載の各書体のデザインに徴しても、その本来の情報伝達機能を発揮するような形態で使用されたときの見易さ、見た目の美しさとは別に、当該書体それ自体として美的鑑賞の対象となり、これを見る平均的一般人の美的感興を呼び起こし、その審美感を満足させる程度の美的創作性を持ったものというには未だ至っていないという外ない。したがって、ゴナは、現行著作権法上美術の著作物として著作権の保護を受けるものということはできない。

4 原告は、現行の著作権法が制定される際の国会審議において担当の政府委員は、著作権法の保護対象が原則的にベルヌ条約で定める著作物と内容的には同様であること、同条約は応用美術を著作物として保護するが、その応用美術の著作物として保護するものの範囲等、すなわち意匠法等との関係についての立法的規律は各加盟国に委ねられていること、各国の例として応用美術は著作権法又は意匠法のいずれかで保護されていることを示し、応用美術について美術工芸品を保護の対象にすることを明らかにするにとどめた理由として、染色図案等専ら工業用の意匠及びひな型として使用することを目的とするものについては意匠法による保護との関係が問題になると説明したのであり、このようにベルヌ条約で保護の対象とされている応用美術のうち、我が国において意匠法による保護の与えられないものについて著作権法により保護されないということは全く考えられていないから、書体が美術の著作物として保護されるのは当然である旨主張する。

しかし、ベルヌ条約は、保護を受ける「文学的及び美術的著作物」として応用美術の著作物を掲げるが(二条(1)項)、「応用美術の著作物及び意匠に関する法令の適用範囲並びにそれらの著作物及び意匠の保護の条件は、第七条(4)の規定に従うことを条件として、同盟国の法令の定めるところによる。」二条(7)項)と規定しており、応用美術の著作物に関する法令の適用範囲及び応用美術を著作物として保護する条件については基本的に締約国の国内法の定めるところに委ねているのであり、応用美術のうち意匠法による保護の与えられないものはすべて著作権法により保護されるものとするとの趣旨であるとは解されない。そして、本件のようなタイプフェイスとしての書体が美術の著作物といえないことは前示のとおりである(著作権法二条二項にいう「美術工芸品」にも該当しないことが明らかである)。

更に原告は、仮に書体が応用美術であって著作権法にいう美術の著作物として保護されないとしても、少なくとも著作権法五条、ベルヌ条約二条(1)項、(6)項及び(7)項に基づき同条約により保護されることになる旨主張する。しかし、前示のとおり、ベルヌ条約は、応用美術の著作物に関する法令の適用範囲及び応用美術を著作物として保護する条件については基本的に締約国の国内法の定めるところに委ねているのであって、応用美術のうち意匠法による保護の与えられないものはすべて著作物として保護されると解すべき根拠はない。

5  したがって、ゴナが著作権法所定の美術の著作物に当たることを前提に、その著作権侵害を理由に、被告らに対し、別紙目録(一)及び(二)記載の各書体を記録したフロッピーディスク等の製造、販売の差止め及び廃棄並びに損害賠償を求める原告の主位的請求は理由がないというべきである。

三  請求原因6(不法行為)について

しかしながら、ゴナのように著作権法による保護を受けられない書体であっても、それが真に創作的な書体であって、過去の書体と比べて特有の特徴を備えたものである場合に、他人が、不正な競争をする意図をもって、その特徴ある部分を一組の書体のほぼ全体にわたってそっくり模倣して書体を制作、販売したときは、書体の市場における公正な競争秩序を破壊することは明らかであり、民法七〇九条の不法行為に基づき、これによって被った損害の賠償を請求することができる余地があるというべきである。

なお、原告は、被告らの新ゴシック体の製造、販売行為は精神的創造物の侵害という点で人格的利益を侵害するものに外ならないから、その製造、販売の差止請求も認められるべきである旨主張する。しかし、前記のような場合に認められる余地のある不法行為については、これを人格的利益の侵害とすることはできず、営業上の利益の侵害とする外はない。したがって、明文の規定がないのに、民法七〇九条の不法行為に基づく差止請求権を認めることはできないから、被告らに対し民法七〇九条に基づき別紙目録(一)及び(二)記載の各書体を記録したフロッピーディスク等の製造、販売の差止め及び廃棄を求める原告の予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

以下、かかる観点から被告らの新ゴシック体の制作、販売につき不法行為が成立するか否かを検討することとする。

1  原告主張のゴナの特徴について、証拠及び弁論の全趣旨によれば、次のようにいうことができる。

(一) ゴナUは、昭和五〇年に中村によって主として新聞、雑誌の見出し用に制作された超極太のゴシック体書体であり、現在、新聞広告、雑誌等にかなり広く使用されている。ゴナMは、昭和五八年に原告によって制作、発売された書体である(甲二七、証人中村征宏、弁論の全趣旨)。

(二) 原告がゴナUのデザインコンセプトであるとする本訴請求原因3(原告書体の特徴)(一)の(1)ないし(5)の点のうち、(1)にいう「従来のゴシック体にはない斬新でグラフィカルな感覚のデザイン」とは、従来の原告の写植ゴシック体(例えば石井特太ゴシック)には毛筆で書かれたような感覚が残されていたが、ゴナUにおいては、基本的な形態を四角形、円、楕円という基本的な図形にできる限りあてはめるものとし、直線は均等で完全な直線に、曲線は全くのフリーハンドで書くのではなく、円や楕円などにできる限り近い線にするという趣旨であるが(証人中村征宏)、同時に、(2)「文字本来の機能である美しさ、読み易さをもち、奇をてらわない素直な書体とする」とされているところからすると、ゴナUは、基本的に従来のゴシック体の形態を踏襲するものであって、それから大きく逸脱しない書体を目指したものであり、あくまでもその枠内において「グラフィカルな感覚のデザインとする」ことを追求した書体であるということができる。現に、昭和五二年一一月一七日発行の「写研」四三号(乙三二)に掲載された中村執筆の「新書体を語る。」という小文に、「ゴナUはスーボよりやや細い程度の角ゴシック体ですが、スーボのようなファンタジータイプの書体ではなく、いわゆる普通の角ゴシック体の超特太文字ということになります。…ゴナUは、アイデアの面白さを持つという書体ではなく、標準的な角ゴシック体を特に太くして、線質を以前のものよりシャープな直線を用いた書体です。」との記載があり、中村自身がゴナUは標準的な角ゴシック体の流れの中にある書体であるとの考えを示している。

(三) 中村は、右のようなデザインコンセプトを採用した結果として、ゴナUは、従来のゴシック系の書体と大きく異なる本訴請求原因3(原告書体の特徴)(二)の(1)ないし(9)の特徴、及び(10)横線、縦線の線質がセリフのない均等でほぼ完全な直線であり、(11)はらいを切った先端部分が直線的であるという特徴を有するとしている(証人中村征宏)。

(1) 漢字、仮名に共通の特徴(1)の、文字のふところは従来のゴシック体にはないほど広くとられているとの点及び同(3)の、仮想ボディをいっぱいに使用し、可能な限り最大に字面をとってデザインされているとの点については、昭和四八年一一月一日発行の被告モリサワの広報誌である「写植45」(乙二九)に、同被告が開発した書体である「じゅんNo.4」の紹介として、「《じゅんNo.4》は見出し用の書体です。…従来の見出丸ゴシックよりも、ふところを広く、字枠いっぱいに設計してありますので、字面を大きく見せ、読み易く詰め打ちも殆んど不要です。」との記載、昭和四九年八月二〇日発行の「写植48号」(乙六)に「じゅんNo.3、No.4」の特徴として「ふところを広くとり読みやすくする。」「字枠をいっぱいに生かす。のびのある文字にする。」との記載があり、また、昭和四七年八月三一日発行の佐藤敬之輔著「日本のタイポグラフィ 活字・写植の技術と理論」(乙二〇)に「活字の表面積に対して、漢字もかなもその字面が大きくなった。」との記載がある。これらの記載にも表れているように、昭和二〇年代から三〇年代、四〇年代、五〇年代と時代が下るにつれて文字のふところは広くとられ、字面は仮想ボディいっぱいにとられる傾向にあり、これによって字詰め作業の短縮、見た目の美しさを追求するようになった(証人中村征宏、同小塚昌彦)。

したがって、ゴナが文字のふところを広くとり、かつ、仮想ボディをいっぱいに使用し、可能な限り最大に字面をとってデザインされているとしても、かかる点は、ゴナの制作前から、時代の推移に伴って次第に強調されてきている書体制作上の一般的傾向といえるのであり、ゴナもこのような一般的傾向の延長線上にあるというべきであるから、この点をもってゴナに特有の特徴であるということはできない。原告は、甲第三七号証添付の資料7―1・2において「石井中ゴシック体」「中ゴシックBBB」との比較においてゴナM、新ゴシック体Lの文字のふところの広さを、「新聞特太ゴシック体」「石井特太ゴシック体」との比較においてゴナU、新ゴシック体Uのふところの広さを強調し、同資料9―1・2において「石井中ゴシック体」「中ゴシックBBB」との比較においてゴナM、新ゴシック体Lの字面の大きさを、「新聞特太ゴシック体」「石井特太ゴシック体」との比較においてゴナU、新ゴシック体Uの字面の大きさを強調しているが、弁論の全趣旨によれば、原告が比較の対象にしているこれらの書体は、いずれもゴナよりもかなり以前に(「石井中ゴシック体」は昭和二九年、「中ゴシックBBB」は昭和三七年)制作されたものと認められ、前記のとおり、時代が下るにつれて文字のふところは広くとられ、字面は仮想ボディいっぱいにとられる傾向にあり、現にそのような特徴を有する書体である「じゅんNo.3、No.4」等の書体がその後に制作されているのであるから、右「石井中ゴシック体」等の書体は、右特徴に関する比較の対象とすることは適当でないというべきである。

(2) 漢字に特有の特徴(6)の、「かぎ」の角部は切り取られているとの点は、昭和三七年に発表されたタイポスの漢字にもみられる特徴である(乙二一)。

したがって、この点をもってゴナに特有の特徴ということはできない。しかも、ゴナMにおいては、線がゴナUに比べて細いため、この特徴は目立ちにくいものである。

(3) 平仮名に特有の特徴(8)の、直線で処理できるところはできるだけ直線とし、曲線を使用する場合も、図形的な大きな円弧の曲線を使い、シンプルなデザインとなっているとの点について、ゴナの平仮名とりわけ「き」「け」「せ」「そ」「ち」「は」「ほ」「ま」「も」の横線(甲三七・資料10―1)は直線的に処理されているところ(但し、ゴナUでは必ずしも明確でないが、原告がゴナUのウエイトを変更して原告が創作したファミリー書体であって原則として同様の特徴を有するとするゴナMでは、「け」「せ」「そ」「ち」「は」「ほ」の横線は水平な直線であるが、「き」「ま」「も」の横線はわずかに右上がりに湾曲している)、タイポス(甲三八・七五頁)のそれらの横線は、両先端部にわずかのふくらみが付けられている点を別とすれば、ほぼ水平ともいえる、ごくわずかに右上がりの直線である。

したがって、この点をもってゴナに特有の特徴ということはできない。

(4) 平仮名に特有の特徴(9)の、従来のゴシック体にみられない全く新しいデザインの文字があるとの点について、原告が甲第三七号証・資料11―1・2においてゴナの平仮名で新しいデザイン処理を施したとして挙げる次の①ないし⑤の文字の特徴は、それのみで捉える限り、それぞれ各項掲記のアないしウの各書体にも表れているのであって、これらが「従来のゴシック体にはみられない全く新しいデザイン」の文字といえないことは明らかである。

① 「あ」の第二画の終端及び第三画の始端が突き出ていないという特徴

ア タイポス(甲三八)

イ 昭和三八年佐藤敬之輔制作の「太丸ゴシック体」、「メカニカル・角ゴシック体」「太角ゴシック体」(乙三〇)

ウ 昭和四七年スタヂオG2制作の「チャイルド」(乙三一)

② 「き」「さ」の斜めの縦線とその下のカーブの線が連続していないという特徴

ア 昭和四六年から昭和四八年にかけて制作された奥泉元晟の「ハード・タイプⅠ・Ⅱ」、桑山弥三郎の「えほん」、「コンパス15R」、水井正の「ボキット」、大町尚友・増渕信之の「マジック73」(乙二五)

イ 昭和三六年草刈順外六名制作の「新聞見出用活字」(乙二六)

ウ 前記「チャイルド」(乙三一)

③ 「な」の第三画の横線を第一画の横線の水平延長線上に置き、第四画の縦線の始端を第三画の横線の始端とつなげているという特徴

ア 前記「太丸ゴシック体」、「メカニカル・角ゴシック体」「太角ゴシック体」(乙三〇)

イ タイポス(甲三八。但し、第三画の横線は第一画の横線と平行ではあるが、水平延長線上にはない)

④ 「ね」「れ」の第一画の縦線の左上の横線が、直線であって縦線の右側に突き出ておらず、かつ、縦線の左下から右上にはね上げられる線とつながっていないという特徴

ア タイポス(甲三八)

イ 前記「太丸ゴシック体」、「メカニカル・角ゴシック体」「太角ゴシック体」(乙三〇)

⑤ 「ふ」の第一画の中央上の線が上方にわずかに湾曲した曲線であり、第二画とつながっているという特徴

ア タイポス(甲三八。但し、第一画はわずかに右上がりの直線である)

イ 前記「太角ゴシック体」(乙三〇。但し、第一画はわずかに右下がりの直線である)

(5) 前記(10)及び(11)の点は、いずれも「ユニバース」という欧文書体(乙二七)の特徴を参考にし、これを漢字、仮名といった和文に応用したものである(証人中村征宏)。昭和六一年六月一日発行のクリエーター情報誌「B・U・N」掲載の中村のインタビュー記事(乙二八)には、「ゴナの発想」という小見出しの下に、「まず発想として、とにかく太い書体をと思ったんです。以前から、石井書体にも特太ゴシック体はあったんですけど、筆法を元にしていますから、線にカーブがあるんですよね。まあ、それでまっすぐでもいいんじゃないかと。まっすぐだと、英字のユニバースに近くなると考えたんです。線自体をシンプルにする。不自然に曲げない。あるスピードに乗ったリズム、流れを大事にした書体ですね。」との記載がある。

また、「ユニバース」と同様、直線的な印象を与える欧文書体には「ヘルベチカ」(乙三七)がある。

したがって、右(10)及び(11)の点をもって従来のゴシック体には全くなかった特徴として強調するのは相当ではないというべきである。

2  新ゴシック体の制作、発売の経緯について、証拠(乙三三、三四、三五、三六の1・2、四三の1〜3、四五、証人小塚昌彦)及び弁論の全趣旨によれば、次の(一)ないし(四)の事実が認められる。

(一) 被告らは、昭和四七年に看板、ポスター用の書体として、文字の始筆、終筆を意識的に直線的に処理した書体「太ゴシック体直B一〇一」を発表した後、昭和五四年、次の(1)及び(2)のようなデザインコンセプトのもとで「太ゴシック体直B一〇一」の文字数を増やすことにより主として見出し用の書体であるツデイMを完成させて発表し、以後、これをウエイト展開したファミリー書体として、同年ツデイBを、昭和五六年ツデイLを、昭和五九年ツデイRを順次完成させて発売した。

(1) 画線については直線処理を主体とし、また、セリフを全部取ることにより、シャープでスピード感あふれる現代的なイメージの書体とする。

(2) ふところを広くとった仮名と組み合わせることにより、漢字と仮名のバランスをとり、ベタ組でも美しい詰め組のイメージが得られる書体とする。

(二) 更に被告らは、ツデイは見出し用書体としては若干の弱さが感じられるとして、昭和六一年二月、これを発展させた新書体を開発することを決定し、「新ゴシック体」との名称を付して、数種類のファミリー書体をほぼ同時に発表することとした。

被告らは、新書体開発の社内体制として、タイプディレクターである小塚を中心とし、被告モリサワ東京支店制作課のスタッフ、本社タイプスタジオ及び開発室のスタッフ、被告モリサワ文研の森輝(以下「森」という)を中心とするタイプデザイナー数名で構成される新ゴシック書体開発プロジェクトチームを設けた。右のように新書体開発のためのプロジェクトチームを設けたのは、一人のタイプデザイナーが制作する場合と比べて、新書体の開発に要する期間を短縮し、その結果として個々の文字のデザインの統一性を確保し、早期に販売することを可能にするためであった。

なお、小塚は、昭和二二年から昭和五九年までの間毎日新聞社に在職した後、昭和六〇年から被告モリサワの顧問タイプディレクターの地位にあった者であるが(平成四年退職)、これまで多種類の毎日新聞書体等を制作しており、また伊藤勝一ら四名によるタイポスの制作に際しアドバイザーとして協力したことがあり、現在日本タイポグラフィ協会及び国際タイポグラフィ協会の会員である。

(三) まず、小塚及び被告モリサワ文研の森は、打合せを繰り返して、新ゴシック体のデザインコンセプト、形態的特徴等についての基本構想を決定するとともに、新書体のファミリー展開を想定して、フォント・プロダクション・システム(イカルス方式によるコンピュータ処理)によって文字データを作成することとし、細・中・太の三つの基本書体を制作し、その後右基本書体のデータ処理によって、七ないし八書体にコンピュータによって展開することとした。

右の基本構想に基づき、被告モリサワ文研の森を中心とするタイプデザイナー六名は、小塚と協議しながら、新書体の各文字の骨格、空間のバランス、重心の高さ、ふところの広さ、ストロークの深さ等、偏と労の比率や画線の太さ、はらいの先の方向感及びカットの角度を検討の対象として、サンプル文字約二〇字を試作した。その後、昭和六一年八月二〇日・二一日、同年九月二五日、一〇月一四日の三回にわたって「新ゴシック書体開発プロジェクト会議」が開催され、プロジェクトチームのメンバー全員に対する新書体のデザインコンセプト等についての説明、制作スケジュールの決定、デザインマニュアルの作成、基本書体L・M・Uにつき各三〇字のテスト原字の制作等がなされた。同年一〇月、被告モリサワ文研のタイプデザイナーが新ゴシック体Lの定型文字(乙四三の3)五〇〇字のデッサンを開始し、小塚のチェックを受けて、必要なものは修正を加えて同年一二月デッサンを完了し、直ちにこれを見本として原字デッサンを開始し、小塚を中心とする被告モリサワ東京支店制作課のスタッフによるチェックを受けた。合格した原字については、被告モリサワ文研においてデジタイズ用原図を作成した上、被告モリサワにおいて文字の輪郭線を形成する必要な点の位置をデジタイザーを使ってフロッピーディスクのファイルに保存し、この文字データを編集機のCRT画面に文字表示して修正作業を行い、更に再修正作業を行って文字データを完成した。

なお、仮名文字については、小塚自身がデッサンのすべてを行い原字を制作した。

(四) こうして、被告らは、平成元年に新ゴシック体L、新ゴシック体M、新ゴシック体Uを各六七〇〇文字制作し、その後、右三書体をもとに、コンピュータによるデータ補間処理によってそれぞれの文字データについて一文字ずつデザインの修正をデータ上で行い、EL・R・DB・B・Hの五書体を完成させた。そして、被告らは、同年六月に新ゴシック体Lを発売し、以後、同年九月に新ゴシック体H、一〇月に新ゴシック体B、一一月に新ゴシック体M、一二月に新ゴシック体U、平成二年一月に新ゴシック体R、三月に新ゴシック体DB、七月に新ゴシック体ELを順次発売した。以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

新ゴシック体の制作、発売の経緯は右認定のとおりであり、そのいずれかの段階で小塚及び森を中心とする被告らのスタッフがゴナを手元においてこれを模倣したとの事実を直接認定できるだけの証拠はない。

3(一)  例えば次の各文字の書体に関し、甲第二七号証(原告従業員作成の報告書)を参照しつつ、ゴナU、ゴナM、新ゴシック体U、新ゴシック体L、ツデイLを比較すると、次のとおり認められる。

(1) 「日」「自」「凡」「昔」「百」「景」の各文字について、その仮想ボディに対する字面の面積比は、ゴナ及び新ゴシック体はほぼ同程度に大きく、ツデイLが一番小さい。また、各文字毎の右面積比のバラツキは、ゴナ及び新ゴシック体は小さく、ツデイLは比較的大きい。

(2) 「不」「否」「宗」「県」「火」「炎」の各文字について、ゴナ及び新ゴシック体は、それぞれ左右とも「はらい」のデザインとするなどにより左右対称になっているのに対し、ツデイLは、左「はらい」・右「とめ」のデザインとするなどにより左右対称になっていない。

(3) 「野」「色」「多」「各」「経」「格」の各文字について、ゴナ及び新ゴシック体はその「かぎ」の角部が直角に切り取られているのに対し、ツデイLは、「かぎ」の角部が斜めに切り取られている。

(4) 「公」「分」「粉」「雰」「穴」「沿」の各文字について、ゴナ及び新ゴシック体は、「八)(はちがしら)の筆押さえがないのに対し、ツデイLは、筆押さえが残っている。

(5) 「あ」「け」「せ」「ち」の各文字について、ゴナ及び新ゴシック体は横線が水平な直線であるのに対し、ツデイLは横線が緩やかに右上がりに湾曲した曲線(「あ」「け」「ち」)あるいは右上がりの直線(「せ」)である。

(6) 「き」「さ」の各文字について、ゴナ及び新ゴシック体は斜めの縦線とその下のカーブの線が連続していないのに対し、ツデイLはこれらが連続している。

(二)  このように、新ゴシック体は、右(一)の(1)ないし(6)の点において、ゴナと共通する反面、被告らがその思想を継承したと主張するツデイLと異なっているのであり、その結果、新ゴシック体は、その全体の印象においてゴナとかなり似ていることは否定できず、ゴナとの差異は、ツデイLとの差異よりも小さいということができる。したがって、被告らが、新ゴシック体を制作する際、専らツデイのみを参考にし、ゴナを全く参考にしなかったとの証人小塚昌彦の証言は必ずしも信用できないというべきである。

(三)  しかしながら、まず、右(一)の(1)の点については、前記のとおり、昭和二〇年代から三〇年代、四〇年代、五〇年代と時代が下るにつれて字面は仮想ボディいっぱいにとられる傾向にあり、ゴナもこのような時代の推移に伴って次第に強調されてきている書体制作上の一般的傾向の延長線上にあるというべきであって、この点をもってゴナに特有の特徴であるということはできない。

(2)の点については、同所掲記の六文字に関しては、ゴナは左右とも「はらい」のデザインとするなどにより、左右対称になっているといえるが、「示」「斎」「省」「赤」「跡」「途」「蛮」「変」「歩」「涼」「劣」「恋」「湾」「称」「鯨」「嚇」「源」「述」「選」「内」「肉」「病」「丙」「柄」という多数の文字に関しては、「ツデイL」と同様、左「はらい」・右「とめ」のデザインとすることにより左右対称になっていないことが認められるから、この点がゴナの一貫した特徴とはいえないことが明らかである。逆に新ゴシック体は、左右とも「はらい」のデザインとすることにより左右対称性を貫いていることが認められる。

(3)の点については、前記1(三)(2)認定のとおり、「かぎ」の角部が直角に切り取られているとの点は、昭和三七年に発表されたタイポスの漢字にもみられる特徴であり、ゴナに特有の特徴とはいい難い上、「暇」「又」「久」「搬」「友」「努」(但し、ゴナM)「怒」「飲」「欧」「歌」「款」「歓」「次」「撮」「皮」「彼」「披」「疲」「被」「欺」「欠」「鼓」「諮」「吹」「炊」「軟」「波」「破」「抜」「反」「夜」「返」「野」「欲」という多数の文字に関しては、「かぎ」の角部が直角に切り取られていないことが認められるから、この点もゴナの一貫した特徴とはいえないことが明らかである。

(4)の点については、昭和三四年一〇月二〇日発行の社団法人日本新聞協会発行「新聞活字字体統一に関する資料」(乙二二)によれば、同協会工務委員会において当用漢字の字体の標準を示す当用漢字字体表(昭和二四年四月二八日内閣訓令第一号、同告示第一号)の活字体を統一することについて研究を行い、「八」及び「八」を構成要素とする文字(公、分、松等)に関しては、当用漢字字体表では横棒のカザリ(筆押さえの飾り)がないが、「横棒を短かくしてカザリをのこすものとした。ただしカザリの全然ない『八』の字体も使用して差支えない」との結論に達したこと、昭和四八年四月三〇日発行の佐藤敬之輔著「漢字上 文字のデザイン 第5巻」(乙二三)によれば、昭和三〇年に制作された「新聞見出し用ゴシック体 7倍(新) 小塚昌彦・広瀬行信・加賀谷薫設計(毎日新聞社)」の「八」には筆押さえの飾りがあるものの、昭和四四年に制作された「新聞見出し用ゴシック体 7倍(新) 小塚昌彦・加賀谷薫(毎日新聞社)」の「八」には筆押さえの飾りがないことが認められ、「八」に筆押さえの飾りがないことがゴナに特有の特徴であるということはできない。

(5)の点については、このように横線が水平な直線であるという特徴は、前記1(三)(3)認定のとおり、両先端部にわずかのふくらみが付けられていてごくわずかに右上がりである点は別として、ほぼ水平ともいえる直線であるタイポス(甲三八・七五頁)の特徴と共通するものである。

(6)の点については、この「き」「さ」の斜めの縦線とその下のカーブの線が連続していないという特徴は、前記1(三)(4)②認定のとおり、昭和四六年から昭和四八年にかけて制作された奥泉元晟の「ハード・タイプⅠ・Ⅱ」、桑山弥三郎の「えほん」、「コンパス15R」、水井正の「ボキット」、大町尚友・増渕信之の「マジック73」(乙二五)、昭和三六年草刈順外六名制作の「新聞見出用活字」(乙二六)、昭和四七年スタヂオG2制作の「チャイルド」(乙三一)の書体にも表れているところである。

(四)  一方、乙第四四号証(被告ら作成の新ゴシック体とゴナの部首系統別比較表)を参照しつつ、新ゴシック体とゴナの部首を比較すると、次のとおり認められる。

(1) 「道」「通」「還」「途」「返」等の「しんにゅう」について、ゴナは、右はらいがごくわずか右上がりに湾曲した曲線であり、左打込み部の下端と段差がついていないのに対し、新ゴシック体は、右はらいが水平であり、左打込み部の下端よりわずかに位置が高くなっていて段差がついている(段差がついていないと、錯視により右下がりに見える)。

(2) 「径」「徒」「待」「徳」「街」等の「ぎょうにんべん」について、ゴナは、上はらいの角度が下はらいの角度よりやや寝ているのに対し、新ゴシック体は、二本のはらいの並びがほぼ平行である。また、新ゴシック体Uは、二本のはらいの上端の角度がゴナUと比べて水平に近く、新ゴシック体Lは、上はらいの始端がゴナMと比べて左寄りにある。

(3) 「狼」「狩」「猶」「猫」「獲」等の「けものへん」について、ゴナは、縦の線の下半分が直線に近いのに対し、新ゴシック体は、縦の線が自然なカーブになっている。

(4) 「極」「橋」「機」「械」「相」等の「きへん」について、ゴナMは、第二画、第三画、第四画の各線が集中する中央部分において各線が重なり合わないように斜めに細くなっているのに対し、新ゴシック体Lは、右のはらいの始端の位置が下げられている。

(5) 「活」「済」「沢」「治」「法」等の「さんずい」について、新ゴシック体は、第三画のはらい上げの角度がゴナより寝ており、この傾向は新ゴシック体UとゴナUとではより顕著である。

(6) 「恋」「忘」「忌」「忠」「患」等における「心」の字について、新ゴシック体は、中の点がゴナと比べて寝ていて中心位置にあり、下部の鍵形の縦線はゴナと比べて始端位置が低くて短い。

(7) 「皮」「破」「被」「波」「披」等における「皮」の字及び「虚」「虐」「虎」「虞」「虜」等における「とらがしら」について、ゴナは右端が直角の縦線になっているのに対し、新ゴシック体は右端が左下へはらいの形になっている。また、「皮」等における「又」の字について、ゴナは、右はらいが横線とくっついているのに対し、新ゴシック体は、右はらいが横線と離れている。

(8) 「分」「公」「兌」「盆」「貧」等における「八」について、新ゴシック体は、ゴナと比べて左はらいの始端と右はらいの始端との間隔が広い。

(9) 「儲」「奢」「曙」「偖」「屠」等における「者」の旧字「者」の点「、」の位置について、ゴナは外側にはみ出しているのに対し、新ゴシック体は内側に納まっている。

(10) 「去」「弁」「参」「允」「畚」等における「ム」について、新ゴシック体は、ゴナと比べて左はらいが左寄りであるため、右の点「、」の始端との間隔が広い。

(11) 「今」「念」「稔」「矜」「吟」等における「今」の「フ」について、ゴナは左はらいの先端が左方へ長く延びているのに対し、新ゴシック体は左はらいの先端が左右の中心に近いところで止まっている。

(12) 「然」「黒」「煎」「熱」「照」等における「れんが」について、ゴナは第一点ないし第四点の下端がほぼ水平であるのに対し、新ゴシック体は中の第二点及び第三点の下端が少し上がっている。

(五)  また、乙第一九号証(被告ら作成の「ゴナMと新ゴシック体Lのデザインの特徴比較」「ゴナUと新ゴシック体Uのデザインの特徴比較」)及び乙第三八号証(小塚昌彦作成の「新ゴシック体ひらがなデザインの考え方」)を参照しつつ、新ゴシック体とゴナの平仮名を比較すると、次のとおり認められる。

(1) 「う」「え」について、ゴナは第一画の点「、」が下向きにやや湾曲しているのに対し、新ゴシック体は上向きに湾曲している。

(2) 「お」について、新ゴシック体は、ゴナと比べて第三画の点「、」が角度が立っていて長い。

(3) 「た」「に」について、新ゴシック体は、ゴナと比べて第四画(た)又は第三画(に)の始端が第三画又は第二画の終端に向けて大きく右方にカーブしている。

(4) 「ふ」について、ゴナは、中央上の線が上向きにわずかに湾曲しているが全体としてほぼ水平であるのに対し、新ゴシック体は、中央上の線が上向きにわずかに湾曲しながら右下がりになっている。

(5) 「む」について、ゴナは、縦画から続くループ部の終端の右払い上げが比較的小さく、垂直に近く、先端が右下がりの直線でカットされているのに対し、新ゴシック体は、縦画から続くループ部の終端の右払い上げが大きく、左方に傾いており、先端が左下がりの直線でカットされている。

(6) 「も」について、新ゴシック体は、ゴナと比べて縦線の終端のはらい上げが大きく、下側横線の位置を越えるところまで延びている。

(7) 「や」について、ゴナは点「、」が下に突き出ていないのに対し、新ゴシック体は点「、」が下に突き出ている。

(8) 「ゆ」について、ゴナは、ループ部の終端が比較的短く、左斜め上を向いているのに対し、新ゴシック体は、ループ部の終端が比較的長く、ほとんど上方を向いている。

(9) 「り」について、ゴナは左縦線の始端と右側縦画の頂点の位置がほぼ同じであるのに対し、新ゴシック体は左縦線の始端より右側縦画の頂点の位置が下がっている。

(10) 「れ」について、ゴナは「つくり」の終端をはね上げているのに対し、新ゴシック体は終端を下方に払っている。

(六)  右(四)認定の新ゴシック体にみられる部首の特徴は、当該部首を構成要素とする新ゴシック体の漢字においてほぼ統一的にみられるのであり、しかも、これらの部首が「しんにゅう」「ぎょうにんべん」「きへん」「さんずい」というような漢字の基本的な部首であることに鑑みると、右各部首を構成要素とする漢字は新ゴシック体のかなりの割合を占めるものと推認することができる。そして、ゴナ及び新ゴシック体がともにゴシック体の範疇に属する書体である以上、その形態もある程度似たようなものにならざるをえないことをも考慮すると、右(四)認定の新ゴシック体とゴナとの各部首の形態上の相違は、決して些細な相違とはいえないというべきである。字数の少ない平仮名においても、新ゴシック体とゴナとは、右(五)認定のように細部の差異とはいえない差異が少なからず存在するということができる。

4 以上によれば、新ゴシック体は、形態がゴナとかなり似ている文字が少なからず存在し、被告らが新ゴシック体の制作に当たりゴナを参考にしたことが窺われるものの、新ゴシック体の制作に当たり小塚及び森を中心とするスタッフがゴナを手元においてこれを模倣したとの事実を直接認定できるだけの証拠はなく、ゴナは、そのデザインコンセプト自体からして基本的に従来のゴシック体の形態を踏襲するものであって、それから大きく逸脱しない書体を目指したものであり、あくまでその枠内において「グラフィカルな感覚のデザインとする」ことを追求した書体であるということができ、したがって、ゴナと同じ範疇に属するゴシック体の書体を制作した場合、ある程度ゴナと似た書体になることは避けられないというべきところ、原告がそのデザインコンセプトを採用した結果として従来のゴシック系の書体と大きく異なる特徴であると主張する各点も、文字のふところを広くとり、かつ仮想ボディをいっぱいに使用し可能な限り最大に字面をとってテザインされているとの点がゴナの制作前から時代の推移に伴って次第に強調されてきている書体制作上の一般的傾向の延長上にあり、その主要な点がタイポス等のゴナ制作前に制作、発表されたゴシック体の範疇に属する各種書体にみられるものであるなど、ゴナに特有の特徴ということはできず、また、新ゴシック体をゴナと対比しても、新ゴシック体がゴナと共通していて、かつ(新ゴシック体が思想を継承したと被告らの主張する)ツデイLとは異なると認められる点は、ゴナに特有の特徴とはいえないか、ゴナの一貫した特徴であるということ自体ができないのであり、反面、新ゴシック体とゴナの漢字の各部首には些細とはいえない形態上の相違があり、字数の少ない平仮名においても細部の差異とはいえない差異が少なからず存在するのであるから、ゴナが過去の書体と比べて特有の特徴を備えたものであるとは必ずしも言い難い上、被告らがゴナの特徴ある部分を一組の書体のほぼ全体にわたってそっくり模倣して新ゴシック体を制作、販売したとまでいうことはできず、したがって、冒頭の説示に照らし、被告らによる新ゴシック体の制作、販売につき不法行為が成立するということはできない。

以上に反する原告の主張は採用することができない。

5  そうすると、被告らに対し不法行為に基づき損害賠償を求める原告の予備的請求も理由がないといわなければならない。

第二  反訴について

一  被告らの原告に対する反訴請求は、被告らの制作した書体であるツデイLが被告らの共同著作物であることを前提に、原告の制作した書体であるゴナMはツデイLを無断で複製したものであると主張して、著作権法一一二条に基づきゴナMを搭載した写真植字機用文字盤の製造、販売等の差止め、廃棄を求めるとともに、不法行為に基づく損害賠償を求めるものであるところ、本訴請求に対する判断(前記第一の二)において説示したところ及び別紙「反訴原告ら書体目録(ツデイL)」記載の書体のデザインに照らせば、ツデイLは著作物として保護されるものでないことが明らかであるから、被告らの反訴請求は前提を欠き、理由がないといわなければならない。

二  右のとおり、ツデイLは著作権法による保護を受けられないものであるが、念のため、前記第一の三冒頭に説示したところに従い、ゴナMの制作、販売につき被告らに対する不法行為が成立するか否かを検討するに、被告らが昭和五六年に制作、発売したツデイLのデザインコンセプトとして主張するところ(前記事実欄第二の五2の(一)ないし(三))及びツデイLの形態的特徴として主張するところ(同3の(一)ないし(三))によっても、ツデイLが昭和三七年に発表されたタイポスや昭和五〇年に発売されたゴナU等の従来のゴシック書体との関係でどの程度特有の特徴を有するのか明らかではなく、その形態(別紙「反訴原告ら書体目録(ツデイL)」からして、基本的に従来のゴシック体の形態を踏襲したものという外なく、ゴナM(別紙「反訴被告書体目録(ゴナM)」)をツデイL(別紙「反訴原告ら書体目録(ツデイL)」)と対比しても、前記第一の三3(一)の(1)ないし(6)認定の相違点があり、その他かなり顕著な相違がみられるのであって、原告がツデイLの特徴ある部分を一組の書体のほぼ全体にわたってそっくり模倣してゴナMを制作、販売したとは到底いえないから、原告によるゴナMの制作、販売につき被告らに対する不法行為が成立するものでないことは明らかである。

第三  結論

よって、原告の被告らに対する本訴(主位的・予備的)請求及び被告らの原告に対する反訴請求をいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官水野武 裁判官田中俊次 裁判官小出啓子)

別紙〈省略〉

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