大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

大阪地方裁判所 平成6年(ワ)4416号 判決

原告

千葉正幸

右訴訟代理人弁護士

井上啓

藤木敏之

被告

紀伊高原株式会社

右代表者代表取締役

新井勝

右訴訟代理人弁護士

久保田徹

主文

一  原告が被告に対し、雇傭契約上の権利を有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、金四二万円及び平成六年三月以降毎月二〇日限り、一か月金二一万円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の、その三を被告の、各負担とする。

五  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、雇傭契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、金四二万円及び平成六年三月以降毎月二〇日限り、一か月金二一万円の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成六年五月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  第2、3項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告は、ゴルフ場の運営等を業とする会社である。

(二)  原告は、昭和五二年九月、被告に入社したが、昭和五四年秋、プロテストに合格したのを機に、被告の正社員となり、被告が経営する紀伊高原カントリークラブ(以下単に「クラブ」という。)の所属プロとして勤務し、平成五年一二月当時、月額二一万円の給与の支給を受けていた(支払日は毎月二〇日)。

2  右のとおり、原告と被告との間には、期間の定めのない雇傭契約が締結されていたのであるが、被告は、平成二年一月一日、一方的に原告との間の雇傭契約を期間を一年間とする委託契約(以下「本件契約」という。)に変更した。本件契約は、その後も継続されたが、被告は、平成五年一一月二六日、原告に対し、本件契約の翌年度に向けての更新を拒絶する旨の意思表示をし、平成六年一月一日以降原告の雇傭契約上の地位を否認して、同月分以降の給与の支払いをしない。

3(一)  しかしながら、本件契約は、被告が何らの合理的理由を示さずに、一方的に締結させたものであるうえ、本件契約締結の前後をとおして、原告の勤務内容や給与等労働条件に変化がなかったこと、その後更新が行われていないこと、本件契約締結時、原告に対して退職金等何ら金員の支払いがなかったことを考えれば、原告と被告との間の契約関係は、本件契約が締結された後も、それまでと同様、期間の定めのない雇傭契約に基づくものであったというべきである。

(二)  そうすると、被告の前記更新拒絶の意思表示は、実質的には原告に対する解雇の意思表示にほかならなかったのであり、これが有効であるためには、合理的理由が必要である。しかし、右更新拒絶の真の理由は、被告の経理担当社員であったN(以下「N」という。)が横領した被告の金員が原告に渡ったという事実無根の疑惑にあったのであるから、右更新拒絶(解雇)には、合理的理由がないから、解雇権の濫用に該当し、無効であることは明らかである。

(三)  したがって、原告は、被告に対して雇傭契約上の権利を有しており、被告は、原告に対する給与の支払義務を免れない。

4  また、被告の代表取締役である上田治好(以下「上田」という。)及び取締役の野崎隆夫(以下「野崎」という。)は、前記横領事件の被害弁償の交渉の席上、Nが領得した金員が原告に流れていると決めつけた発言をし、さらに、被告の他の従業員やクラブの会員に対しても、Nが横領した金員を原告に貢いでいたので、原告との雇傭契約の更新を拒絶した旨の虚偽の風説を流布したため、人気稼業であるプロゴルファーとしての原告の名誉は、著しく侵害された。

原告は、上田及び野崎の右各行為によって、多大の精神的損害を被ったが、これを金銭に評価すると二〇〇〇万円を下らない。

5  よって、原告は、被告に対し、原告が雇傭契約上の権利を有することの確認、平成六年一月分及び同年二月分の未払給与の合計四二万円及び同年三月以降毎月二〇日限り一か月二一万円の割合による金員の支払い並びに損害金(慰謝料)の内金一〇〇〇万円及びこれに対する弁済期の後である同年六月二五日(訴状送達の日の翌日)から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実のうち、原告が昭和五二年九月に被告に入社したこと及び原告が平成五年一二月当時月額二一万円の給与(支払日は毎月二〇日)の支給を受けていたことは認め、その余は否認する。

2(一)  同2のうち、被告が原告との間で期間を一年間とする委託契約(本件契約)を締結したこと、被告が平成五年一一月二六日原告に対して本件契約の翌年度に向けての更新を拒絶する旨の意思表示をしたこと及び被告が平成六年一月以降原告の雇傭契約上の地位を否認して給与の支払いをしないことは認め、その余の主張は争う。

(二)  原告は、昭和五二年九月に臨時従業員として被告に入社し、昭和五四年秋にプロテストに合格し、同年一二月一日、見習準社員(キャディ管理部スタート係)となり、昭和五五年六月一日から正社員となった。原告と被告との右契約は、期間の定めのない雇傭契約であったが、プロゴルファーという原告の地位の特殊性から、出退社時間や勤務日数等の労働条件については、就業規則の規定や他の正社員の労働状況と大きな差違があり、他の従業員から不満が示されたこともあった。

そのようなことから、被告は、原告の勤務形態に合った契約形態に改めることを考え、支配人の菊田俊作(以下「菊田」という。)を通じて、原告に対し、プロ嘱託契約への変更を申し入れたところ、原告は、熟慮のうえ、これに応じ、平成元年一一月二七日、期間を平成二年一月一日から同年一二月末日までの一年間とするプロ嘱託契約(本件契約)が締結されるに至ったのである。

3(一)  同3(一)ないし(三)の各主張は争う。

(二)  本件契約は、期間を一年間とする契約であり、被告は、平成六年以降の更新に応じなかったにすぎない。

原告には、出勤日数などにつき本件契約違反があったし、プロゴルファーとしての実績を上げられず、被告への貢献もなかったうえ、自家用車のガソリン代を被告に支払わせながらその清算をしなかった。さらに、被告においても、原告に依頼すべき業務が減少していたのであり、このような事情に照らせば、被告が、本件契約の更新に応じなかったことに何ら責められるべき点はない。

4(一)  同4の事実は否認する。

(二)  被告においては、従業員であったNが平成四年二月から平成五年四月までの間に総額一〇九〇万円に及ぶ被告の金員を横領していたことが発覚し、Nは、同年九月三〇日、懲戒解雇された。

上田は、Nとの間で行われた被害弁償の交渉の席で、Nが横領した金員の使途を解明するため、Nに対し、社内の男と関係がないかどうかを質したことはあるが、原告の名前を出してはいない。上田がNに対してこのような質問を発することは、Nの雇主であり、かつ右横領事件の被害者である被告の代表者として当然なし得ることであり、また、上田には、原告の名誉を傷つける意図はなかったのであるから、不法行為が成立する余地はない。なお、当時原告とNの関係についての噂があったことなどから、上田も、Nが領得した金員が原告に流れていたのではないかとの疑念を抱いていたことは事実であり、右交渉の席で原告の名前を出したことがあったかもしれないが、仮に、そうであったとしても、前記諸事情に照らせば、上田の行為に違法はなく、不法行為に該当しないことは明らかである。

三  被告の反論

1  原告には、次のとおり、本件契約の違反行為があったうえ、本件契約の主要な目的であったプロゴルファーとしての貢献もなく、さらには、立替金の未清算、原告に依頼すべき業務の減少などの事情があったのであるから、被告が行った更新拒絶は正当であり、本件契約は、平成五年一二月三一日の経過をもって終了した。

(一)(1) 原告が本来出勤すべき日数は、年間二八〇日とされていたが、原告が実際に出勤した日数は、競技会に出場した分を合わせても、昭和六三年及び平成元年が各二四五日、平成二年が二二七日、平成三年が一七六日、平成四年が一七九日、平成五年が九〇日にすぎなかった(なお、社外レッスン日も出勤を要しないこととされているが、原告は、社外レッスンを行うにつき、被告に明示の承認を求めていないから、右出勤日の算定にあたっては、考慮していない。)。

(2) 原告は、次第にタイムカードの打刻を怠るようになった。

(二)(1) 本件契約の主要な目的は、原告が競技会等で活躍し、好成績を上げることで、被告(クラブ)の宣伝をし、その格を上げることにあったが、原告のプロゴルファーとしての実績に見るべきものはなく、名声を高め、格を上げるなど、被告に対する貢献もなかった。

(2) 原告が獲得したクラブの会員は昭和六〇年二月から平成二年五月までの間で二二名にすぎず、その点での貢献もなかった。

(三) 原告は、昭和六三年一月から平成元年一月までの間、自家用車のガソリン代合計四七万四〇〇三円を被告が立て替えたことを知りながら、清算しようとしなかった。

(四) 被告が原告に対して依頼すべき業務が少なくなっていた。

2  また、原告は、平成五年一二月三〇日、被告に健康保険証を返還するとともに、被告に申し出て雇用保険被保険者離職証明書の交付を受け、これを利用して失業保険金の給付を受けているのであるから、原告は、被告との雇傭契約関係を主張できる立場にはない。

3(一)  原告は、平成六年一月一七日、被告の親会社である和光証券株式会社の最上層幹部役員六名に宛てて、書面を送り付けた。この書面において、原告は、被告から一方的に嘱託社員にされ、さらに、平成五年一一月末に本件契約の更新を拒絶されたことの不当性を訴えるとともに、被告が、右更新拒絶はNが領得した被告の金員を原告に貢いでいたことが理由であるとの虚偽の風説を流布して原告の名誉を著しく傷つけたことや上田及び野崎の不正行為、上田及び野崎が被告の金員等を着服、横領したことなどを指摘した。

(二)  原告の右行為は、本件契約と何ら関係のない和光証券株式会社に対してなされたものであるうえ、原告に対する名誉毀損や上田及び野崎の金員着服という虚偽の事実を適示して、被告、上田及び野崎の名誉を毀損し、その信用を失墜させるものである。また、その方法も、陰険かつ不明朗、悪質であって、このような行為に及んだ原告の責任は極めて重大である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張は争う

2  原告は、プロゴルファーの立場で、被告と労働契約を締結したのであるが、このような契約においては、被告も主張するように、原告が競技会等で活躍し、有名になることがクラブの宣伝となり、その格を上げることになる。そのためには、競技会への参加が不可欠であり、また、冬季のシーズンオフの間も、合宿等の練習を行わなければならず、さらに、クラブは海抜六〇〇メートルの寒冷地にあるため、他のゴルフ場での練習を余儀なくされるのである。

このように、原告は、その地位の特殊性から、被告の他の従業員と異なり、毎日出勤することは不可能であり、被告もそのような事情を承知したうえで、原告との労働契約を締結したのであるから、原告については、出勤日数や出退社時間は問題とならないというべきである。

3  原告は、本件契約の更新拒絶に際し、被告からリストラによるものである旨の説明を受けたにすぎないが、右更新拒絶の真の理由は、Nが領得した被告の金員が原告に渡っているとの疑惑にほかならない。そして、このような疑惑が何ら根拠のないものであることは、前述したとおりである。

4  右に述べたように、本件契約の更新拒絶(解雇)は、解雇権の濫用であり、無効である。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

事実(ママ)

一  被告がゴルフ場の運営等を業とする会社であること、原告が昭和五二年九月に被告に入社したこと、原告が平成五年一二月当時月額二一万円の給与の支給を受けていた(支払日は毎月二〇日)こと、被告が原告との間で期間を一年間とする委託契約(本件契約)を締結し、本件契約はその後も継続されたこと、被告が平成五年一一月二六日原告に対して本件契約の翌年度に向けての更新を拒絶する旨の意思表示をしたこと及び被告が平成六年一月以降原告の雇傭契約上の地位を否認して給与の支払いをしないこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告は、本件契約が実質的には期間の定めのない雇用(ママ)契約であったことを前提として、被告との間の雇傭契約上の地位の確認及び給与の支払いを請求するので、その当否について判断する。

1  前記当事者間に争いのない事実、(証拠・人証略)、原告本人及び被告代表者の各尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、高校卒業後関東所在のゴルフクラブに勤務するなどしていたが、昭和五二年九月、縁故採用により、被告に臨時作業員として入社し、クラブで稼働していた。原告は、研修生の立場で、被告から練習場としてコースの提供を受けるなどの反面、作業員としてキャディやコース管理等の業務に従事していたが、昭和五四年一〇月、プロテストに合格した。

(二) 原告は、プロテスト合格後の昭和五四年一二月一日、被告の社員となったが、最初の六か月は見習準社員とされ、昭和五五年六月から正社員の資格を得た。原告は、クラブの所属プロとして、競技会や研修会の指導、従業員に対する教育、会員のハンディキャップ管理、レッスン等の業務に従事するとともに、クラブの費用負担で、年十数回程度の競技会への出場が認められていた。

(三) その後、原告は、収入の安定性の確保などを理由に、被告の当時の社長であった上田に対して、給与の増額を求めたところ、上田は、原告の身分が正社員であったことから、他の社員の給与体系との均衡を配慮し、クラブの会員権の勧誘に対する報酬の増額という方法を提案した。しかし、原告がこの申出を断ったため、上田は、特例として、昭和六〇年四月以降の原告の給与の月額を、従前の一五万八九八〇円から二〇万円に増額した。

また、原告は、昭和六二年一〇月に開催された和歌山オープンで二位に入賞したが、被告は、右入賞を考慮して、昭和六三年四月以降の原告の給与の月額を、従前の二〇万円から二一万円に増額した。しかし、原告は、その後の競技会において、多少の賞金を獲得することはあったものの、顕著な実績を上げることはできなかった。

なお、原告は、被告に勤務しながら、他のゴルフ練習場でのレッスンも行っており、これらのレッスンによる収入は、多額に及んでいた。

(四) ところで、前記のとおり、原告の身分は正社員とされており、正社員の労働条件については、就業規則で細かく規定されていた。しかしながら、原告は、プロゴルファーという特殊な立場にあり、競技会への参加の必要があったことなどから、出勤日数や出社時間、退社時間等就業規則所定の労働条件を遵守することは困難であり、その結果、原告の労働実態は、就業規則の規定や被告の他の正社員の労働状況とかけ離れたものになってしまっていた。そこで、被告は、支配人の菊田を介すなどして、原告に対し、契約形態の変更を申し入れていたが、平成元年一一月初めころ、菊田を通じて、原告に対し、契約書を交付し、本件契約の締結を申し入れた。このとき原告に渡された契約書は二通であったが、被告の記名、押印は済ませてあり、原告に求められたのは、右二通の契約書への署名、押印であった。原告は、二通の契約書を持ち帰り、そのうちの一通(〈証拠略〉、以下「本件契約書」という。)に署名、押印し、右交付から数日後の同月二七日、これを被告に提出した。なお、被告が右契約書を原告に交付した際にも、原告がこれを被告に提出した際にも、原告から、その内容に対する異議が述べられたり、質問がなされたりしたことはなかった。

本件契約書には、「嘱託契約書」との表題のもとに、「この契約の有効期間は平成二年一月一日から同年一二月三一日までとする。」(二条)と記載され、また、契約の終了事由として、「契約期間が満了したとき」(六条二号)が挙げられていた。そして、契約の更新については、被告が契約終了期間満了日の三〇日前までに原告に対して更新の通知をなし、原告が通知を受けた日から一〇日以内に反対の意思表示をしないときは、契約が更新されたものとする旨規定されていた(三条)。

(五) 本件契約は、期間が一年間と定められていたが、原告は、右期限が経過した後も、従前どおり被告で稼働していた。

(六) 被告は、平成五年一一月二七日、原告に対し、本件契約については、平成六年以降の更新をしない旨の意思表示をしたが、その際告げられた理由は、リストラによるものであるということであった。原告は、給与の支払いを受けなくてもよいから、その後も被告で稼働させてほしい旨を申し入れたが、被告は、この申出に応じなかった。

そして、原告は、同年一二月三〇日、被告に対し、健康保険証を返還するとともに、雇用保険被保険者離職証明書の交付を受け、失業保険金の給付を受けた。

2(一)  右認定の事実によれば、本件契約書には、本件契約が期間を一年間と定めたものであり、右期間の経過により当然に終了すること、そして、更新により、期間経過後も契約が継続することが明確に記載されており、これを読めば、本件契約の期間が一年間であり、右期間の経過により当然に終了するものであることを認識できるというべきである。そして、原告は、本件契約書の交付を受けて、これを持ち帰り、数日後に署名、押印して、被告に提出したのであるから、原告は、本件契約書の記載を了知し、その趣旨を了解したうえで、期間を一年間とした本件契約を締結したといわなければならない(なお、原告は、本件契約は、被告が突然その締結を求めてきたもので、事前の申入れはなかった旨を主張するが、本件契約が期間を一年間とすることは、原告が交付された本件契約書の記載から明らかであり、右判示のとおり、原告は、本件契約書の内容を了知し、これを了解し、本件契約を締結したというべきであるから、仮に、原告主張のように、事前の申入れがなかったとしても、結論が異なるものではない)。

(二)(1)  これに対して、原告は、本件契約締結の前後を通して原告の勤務状況に大きな変化はなく、また、本件契約が締結された際に原告のそれまでの勤務に対する退職金等の金員が支給されていないことを根拠に、本件契約が実質的には、期間の定めのない労働契約であった旨を主張する。

(2)  確かに、前記のとおり、本件契約の前後をとおして、原告の労働状況に大きな変化はなかった。

しかしながら、本件契約は、プロゴルファーでありながら被告の正社員とされており、就業規則所定の労働条件や他の正社員の労働状況と大きな差違があった原告につき、勤務実態に合致した契約形態とすることを目的として締結されたのであるから、その前後で、労働状況に変化がないことは、むしろ当然ともいえる。

(3)  また、本件契約の締結の際原告に退職金等の金員が支給された形跡はないが、このことについては、本件契約締結当時の被告の代表者(会長)であった上田は、原告に退職金が支払われたものと思っていたのであって、原告に対する退職金の支払義務の存在を認めていること(この事実は、〈人証略〉の証言によって認めることができる。)に鑑みれば、右退職金等の不支給は、被告における経理事務処理上の過誤であったと考えられる。

(4)  右判示のとおり、本件契約の前後をとおして原告の労働状況に大きな変化がなかったことや本件契約締結の際に退職金等の金員が支給されなかったことから、本件契約がそれ以前の契約と同様、期間の定めのない労働契約であったとすることはできない。

(二)(ママ)(1) 右に述べたように、本件契約は、一年間の期間を定めたものであるから、所定の終期である平成二年一二月三一日の経過によって終了すべきものである。

(2) ところで、被告が主張する本件契約の終期は平成五年一二月三一日であるから、本件契約は、それまでに三回の更新手続きを経てきたことになる。そして、本件契約の更新手続きについては、前記のとおり、被告が契約終了期間満了日の三〇日前までに原告に対して更新の通知をなし、原告が通知を受けた日から一〇日以内に反対の意思表示をしないときは、契約が更新されたものとする旨規定されていたのであるが、被告は、右三回の更新手続きが何時、どのような形態で行われたのかについて具体的な主張、立証をしない(右各更新にあたって、書面が作成された形跡もない。)し、原告は、本人尋問において、本件契約の更新は行われなかった旨を供述しているのである。

(3) これらの事情に照らせば、本件契約については、契約期間満了の際に更新が行われていたと断定することはできず、本件契約の当初の契約期間満了後の平成三年一月以降も原告が稼働していたことについて、被告がこれを知りながら異議を述べなかったとするほかはないから、本件契約は、民法六二九条一項により、期間の定めのない労働契約として継続していたことになる。

3  そうすると、本件契約が終了したとするためには、契約期間満了以外の終了原因が必要となるから、この点に関する被告の主張の当否に検討をすすめることとする(なお、被告は、以下の諸事情を更新拒絶の正当理由として主張しているが、これらの主張は、本件契約が期間の定めのないものとされた場合の解雇事由としての趣旨を含んでいるものと解する。)。

(一)(1) 被告は、原告の契約違反行為として、出勤日数が少なかったこと、社外レッスンを行うにつき被告の明示の承認を得なかったこと及び次第にタイムカードの打刻を怠るようになったことを指摘する。

(2) 確かに、本件契約書には社外レッスンについては被告の承認を得ることやタイムカードに打刻することが定められている(これらの事実は、前掲〈証拠略〉によって認めることができる。)が、(人証略)の証言によれば、被告も原告が社外レッスンをしていたことを承知していたこと及び被告が原告の社外レッスンにつき特段の咎め立てをしてはいなかったことが認められるのであって、これらの事情によれば、被告が原告の社外レッスンを問題視しておらず、黙認していたとも考えられるのである。

したがって、社外レッスンにつき被告の明示の承認を得なかったことや社外レッスンの日数を控除した出勤日数が僅少であることを理由に、原告を解雇することはできないというべきである。

(3) また、タイムカードの打刻についても、(証拠略)によれば、平成三年以降次第にタイムカードの打刻漏れが目立つようになり、ことに平成五年以降はほとんど打刻がなされていないことが認められるが、前記認定のとおり、原告については出退社時間がさほど重要ではなかったこと、被告がタイムカードの打刻をするよう原告に注意したことが認められる的確な証拠がないことや原告が本人尋問において原告のタイムカードが見当たらなくなった旨を述べていることなどの事情に鑑みれば、右タイムカードの打刻を怠ったとの一事をもって、原告の解雇を正当化することはできないといわなければならない。

(二)(1) 被告は、さらに、原告のプロゴルファーとしての実績に見るべきものはなく、原告の競技会での活躍を通しての被告に対する貢献がなかったこと、原告が獲得したクラブの会員が僅少であったことを主張する。

(2) しかしながら、本件契約書には、原告の業務が「〈1〉来場者のコース及び練習場のレッスン、〈2〉キャディマスターの業務を補佐する、〈3〉会社が特に指示した業務」とされている(この事実は、前掲〈証拠略〉によって認めることができる。)だけで、競技会での成績やクラブ会員の勧誘を原告の業務内容とする旨の明確な定めはない。また、原告に支給される給与は月額二一万円であって、プロゴルファーに対する給与としてはそれほど大きな金額ではなく、被告の右主張のような業務に対する報酬が含まれているとはいい切れないことなどの事情に照らせば、右主張の事実を原告の解雇理由とすることはできないというべきである。

(三) また、被告は、原告が自家用車のガソリン代合計四七万四〇〇三円を清算しなかった旨を主張するが、後記のとおり、右清算にかかる経理処理はNが行っていたものであり、原告がこれに関与していたことが認められる証拠はない。さらに、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件契約の更新拒絶にあたって被告から右未清算の事実を告げられた際、明細が分かれば清算に応じる旨を申し出ていたことが認められるところ、これらの事情に鑑みれば、右の未清算の事実をもって、原告を解雇することはできないというべきである。

(四) 被告は、さらに、原告に依頼すべき業務が少なくなった旨を主張する。

しかしながら、本件契約で定められた原告の業務は、前記のとおりであるところ、これらの業務について、原告に依頼すべき業務が少なくなったとの事実を認めるに足る的確な証拠はない。さらに、前記認定のとおり、被告が、原告の無給で稼働するとの申入れにも応じなかったことをも考え併せれば、右の事情を本件契約の解雇事由とすることはできない。

(五) また、被告は、原告が健康保険証を被告に返還したり、雇用保険被保険者離職証明書の交付や失業保険金の給付を受けたことから、本件契約の存続を主張し得る立場にない旨を主張する。

確かに、前記認定のとおり、原告は、健康保険証を被告に返還し、離職証明書の交付や失業保険金の給付を受けているのではあるが、これらは、いずれも、被告による本件契約の更新拒絶の通告を受けた後のことであるうえ、後記のとおり、原告は、被告の親会社である和光証券株式会社に対して、右更新拒絶の不当性を訴えるなどしていることに鑑みれば、原告が、被告による更新拒絶を受け入れたということはできないのであるから、右各事実があるからといって、原告が被告の従業員たる地位を主張することが許されなくなるものとはいえない。

(六) 被告は、さらに、原告が和光証券株式会社の幹部役員に宛てて、上田や野崎が被告の金員を着服、横領した旨などの虚偽の事実を記載した書面を送り付けたことを問題としているが、この行為がなされたのは本件契約の更新が拒絶された後のことであるから、右更新拒絶(解雇)の効力に影響を与えるものとすることはできない。

4(一)  以上判示のとおり、被告の主張する各事由は、いずれも原告に対する解雇の根拠たり得ないものである。さらにいえば、本件契約の更新拒絶の理由として原告に告げられたのは、前記のとおり、リストラであるというにすぎなかったこと、本件証拠上、本件契約の更新拒絶に際して、右被告主張の各事情がその理由として検討された形跡が認められないことに鑑みれば、被告の主張する右諸事情が真に本件契約の更新拒絶(解雇)の理由とされていたのかについても、疑問が残るといわなければならず、結局、本件契約の更新拒絶の実質が原告に対する解雇の意思表示であったと捉えるとしても、右解雇は、解雇権の濫用に該当し、無効というべきである。

(二)(1)  また、原告について、被告の就業規則の適用があるか否かは必ずしも明らかでない。仮に、原告にも被告の就業規則が適用されるとした場合、被告は、就業規則の三八条において、普通解雇の事由を規定しており、解雇事由は、右規定された事由に限定されるというべきところ、前記出勤日数が少なかったこと、社外レッスンを行うにつき被告の承認を得なかったこと、タイムカードの打刻を怠ったこと、原告のプロゴルファーとしての実績に見るべきものはなく、被告に対する貢献がなかったこと、原告が獲得したクラブの会員が僅少であったこと及び原告が自家用車のガソリン代を清算しなかったことの各事由については、同条二号(就業状況が著しく不良で、就業に適しないと認めたとき)あるいは同条七号(その他前各号に準ずる事由のあるとき)に該当するか否かが問題となるものと思われるが、前記諸事情を考慮すれば、これらの規定に該らないことは明らかというべきである。さらに、原告に依頼すべき業務が少なくなったとの事由については、同条六号(やむを得ない事業上の都合があるとき)の該当性が問題となるが、前記の事情に照らせば、これに該るともいえない。

(2)  したがって、原告が被告の就業規則の適用を受ける立場にあったとしても、被告が原告を解雇(形式上は本件契約の更新拒絶)することは許されないといわなければならない。

5  右に述べたとおり、本件契約は、当初の終期である平成二年一二月三一日を経過した後は、期間の定めのない労働契約として存続しており、被告の主張する諸事情は、本件契約の解雇事由たり得ないのであるから、被告の解雇(更新拒絶)は、無効というべきである。したがって、本件契約は、平成六年以降も存続しているといわなければならず、原告は、被告に対して、雇傭契約上の権利を有しているとともに、被告は、原告に対し、平成六年一月以降の給与の支払義務を免れないというべきである。

三  次に、原告の名誉毀損に基づく慰謝料請求の当否について検討する。

1  前記当事者間に争いのない事実、前掲各証拠、(証拠略)に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(一) Nは、被告の従業員であり、経理業務に従事していたが、平成四年二月七日から平成五年四月六日までの間、一六回にわたり、合計一〇九〇万円に及ぶ被告の金員を着服したことが発覚した。Nは、その事実を認めたが、領得した金員の使途については、言を左右にして、これを明らかにしようとしなかった。

(二) また、原告の自家用車への給油については、被告の契約先のガソリンスタンドを利用することが認められており、原告の給油分については、被告が立て替えた後、原告の給与から控除されていた。右控除の事務処理を担当していたのはNであったが、昭和六三年一月から平成元年一月までの間に、原告が給油したガソリン代四七万四〇〇三円が原告の給与から控除されなかったことがあった。

原告は、本件契約の更新拒絶の通告を受けたころ、被告から、この事実を指摘されたのに対して、明細が明らかにされれば、清算に応じる旨を述べたが、その明細を明確にする資料がなかったことなどから、清算はなされなかった。

(三) 被告は、右横領事件の真相を解明し、また、Nから被害の弁償を受けるため、何度か話合いの機会をもったが、その交渉の席で、出席者の上田がNに対し、領得金の使途に関して、社内の男とは関係がないかどうかを質したことがあったが、Nは、この質問に対して、関係ないと答えた。上田が、このような質問をしたのは、社内に原告とNとの関係についての噂があったこと及び前記のとおりNが担当していた原告のガソリン代の処理に問題があり、また、Nが領得した金員の使途を明らかにしなかったことから、右金員が原告に渡ったのではないかとの疑いを抱いたからであった。そして、右交渉には、野崎が同席していた。

Nは、平成五年九月三〇日、懲戒解雇に付されたが、そのことは、被告の従業員に告げられた。

(四) 被告の社内やクラブにおいては、原告とNとの間に男女関係があったとか、原告がNが領得した金員を取得したなどの噂が出ていた。

(五) 原告は、平成六年一月一七日、被告の親会社である和光証券株式会社に書面を送付したが、右書面には、被告が、本件契約の更新を拒絶した理由はNが横領した金員を原告に貢いでいたことであるとの虚偽の風説を流していると指摘したうえで、野崎及び上田が被告の金員を着服横領しているとし、適正な指導を求める旨が記載されていた。原告は、Nから電話で告げられたことによって、右野崎及び上田の横領の件を知った。

2(一)  原告は、上田及び野崎がNとの被害弁償の交渉の席で、Nが領得した被告の金員が原告に渡っている旨を断定し、原告の名誉を毀損した旨を主張する。

(二)  しかしながら、前記認定の事実によれば、上田は、Nが領得した被告の金員が原告に渡っているとの疑念を抱いてはいたものの、Nに対しては、原告の名前を示すことなく、社内の男とは関係がないかどうかを質したにすぎない。そして、右質問は、原告を特定して明示したわけではないから、このことによって、原告の名誉が損なわれたとすることはできない。さらに、被告は、Nの雇主であり、かつ、Nの横領事件の被害者の立場にあったことに鑑みれば、事件の全容の解明という点からも、あるいは、被害弁償という観点からも、右のような質問に及ぶことは、当然ともいえるのであって、上田が右の質問をした行為が違法であるともいえない。

また、被害弁償の交渉は、上田、野崎及びNなど限定された者の出席のもとで行われたと推測されるのであるから、仮に、上田が右交渉の席で原告の名前を示したとしても、原告の名誉が毀損されたと評することができないことに変わりはない。

3(一)  原告は、さらに、被告がNが領得した被告の金員が原告に渡っているとの虚偽の風説を被告の社内やクラブ内に流布させたとして、名誉毀損を主張する。

(二)  確かに、前記認定のとおり、右内容の噂が被告の社内やクラブ内で出ていたことが窺われないわけではないが、仮に、そのような事実があったとしても、右の噂を被告の関係者が流布させたことが認められる的確な証拠はない(〈人証略〉及び原告本人は、右噂を流したのは被告の幹部や役員である旨を供述するが、これらの供述は、単なる推測に基づくものにすぎない。)のであるから、このことについて、被告が不法行為責任を負担するいわれはないというべきである。

4  右判示のとおり、被告が虚偽の風説を流布し、原告の名誉を毀損したことに基づく原告の損害賠償(慰謝料)請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であり、棄却を免れない。

四  以上の次第で、原告の本件各請求については、被告との間の雇傭契約上の権利を有することの確認及び平成六年一月以降の給与の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求(名誉毀損を理由とする慰謝料請求)については、失当であるから棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 長久保尚善)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com