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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)5450号 判決

原告

吉川和延

被告

佐藤清孝

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自五〇〇〇万円及びこれに対する平成七年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、被告株式会社明輝(以下「被告会社」という。)が所有し、被告佐藤清孝(以下「被告佐藤」という。)が運転する自動車に歩行中衝突され負傷した原告が、被告らとの間でいつたん示談契約を締結したものの、その後右示談契約当時予想できなかつた後遺障害が発症し、これにより一億四四三六万五九二四円の損害を受けたとして、被告会社に対しては自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、被告佐藤に対しては民法七〇九条に基き、右損害のうち五〇〇〇万円について賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

以下の事実のうち、1ないし3、5は当事者間に争いがない。4は乙第三号証の一、二及び弁論の全趣旨により認めることができる。6は甲第七号証、第一〇号証の一ないし五、第一一号証の一ないし三五、第一三号証及び弁論の全趣旨により認めることができる。

1  被告佐藤は、昭和六〇年一〇月一八日午前〇時四〇分ころ、普通乗用自動車(名古屋四六め九一三九、以下「被告車両」という。)を運転して、大阪府高槻市北柳川町二番一号先道路を進行するに当たり、無免許で飲酒のうえ前方の注視を欠いた過失により、折から同所を歩行していた原告に被告車両を衝突させた。

2  本件事故当時、被告会社は、被告車両を所有し自己のために運行の用に供していた。

3  原告は、本件事故により、両下腿骨骨折、右前腕骨骨折、肋骨骨折、第一一胸椎骨折、脊髄損傷、両下肢麻痺の傷害を負い、平成元年三月三一日、両下肢痙性麻痺運動障害、歩行立位障害、両下肢知覚障害、直腸膀胱障害の後遺障害を残して症状が固定した。

4  原告は、3の後遺障害について、自動車保険料率算定会調査事務所により、自賠法施行令二条別表障害別等級表(以下「障害別等級表」という。)七級四号、一一級七号(併合六級)に該当するとの認定を受けた。

5  原告は、平成元年一一月四日、被告会社が自動車保険を締結していた東京海上火災保険株式会社を通じて、被告らとの間で、「被告らは、原告に対し、既払金三四五五万〇七一一円のほかに、四一〇〇万円を支払う。」との示談契約(以下「本件示談契約」という。)を締結した。

6  原告は、本件事故当時、地方公務員として高槻市に勤務しており、本件事故後の昭和六二年七月一三日には就労を開始したが、平成三年一〇月ころから入通院を繰り返すようになつてその都度休職を余儀なくされ、平成七年三月三一日、地方公務員法二八条一項二号の規定に該当するとして、高槻市長から免職処分を言い渡された。

二  争点

1  本件示談契約の拘束力

(原告の主張)

本件示談契約は、原告が本件事故当時勤務していた高槻市に定年年齢である六〇歳まで勤務できることが前提条件として締結されたものであるところ、原告は、本件示談後、カウザルギー様疼痛、右足関節脱臼骨折の三回併発、インポテンツの後遺障害が新たに発症し、免職処分により高槻市への勤務が不能となつたから、これにより本件示談契約も当然に効力を失つたものというべきである。

仮にそうでないとしても、右後遺障害は本件示談契約締結当時予想ができなかつたものであり、その後右後遺障害により、原告が本訴において請求しているほか、賃金の昇給分、治療費、装具等予想しえなかつた損害が新たに生じており、本件示談契約は無効である。

(被告らの主張)

原告の主張する新たな後遺障害は、糖尿病、慢性肝炎等の内蔵疾患によつて出現した可能性があり、本件事故との間に因果関係があるか疑問であり、少なくとも、本件事故との間に一〇〇パーセントの因果関係があるか疑問である。また、本件示談契約は、金額の面でも、本件事故から満四年を経過して締結されたものであることからも、全損害を正確に把握しがたい状況のもとにおいて早急に少額の賠償金をもつて満足する旨のものであつたとはいえず、原告はもはや本件事故に基づく損害の賠償を求めることはできない。

2  原告の損害

第三当裁判所の判断

一  争点1(本件示談契約の効力)について

1  前記第二の一の事実、甲三号証の一、三、第四、第五号証、第一二、第一三号証、乙第一、第二号証、第三号証の二ないし四、第六号証、第一八ないし第二一号証及び証人富永通裕の証言並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、本件事故により、両下腿骨骨折、右前腕骨骨折、肋骨骨折、第一一、第一二胸椎、第一腰椎圧迫骨折による脊髄損傷、両下肢麻痺等の傷害を負い、意識喪失、心停止の状態で救急車により友絋会病院に搬送され、蘇生のうえ生命をとりとめ、昭和六〇年一一月二二日に右前腕骨骨折に対する観血的手術を、同年一二月一三日に開胸術による第一〇、第一一、第一二胸椎間の前方固定術を受け、更に両下腿骨解放性骨折に対する観血的手術を受けた後、以後治療及びリハビリを続けた。

原告は、昭和二八年一〇月四日生まれで、本件事故当時地方公務員として高槻市に勤務しており、本件事故により長期間の休職を余儀なくされたが、昭和六二年七月一三日復職し、その後、比較的勤務の楽な部署として同市の市民文化部に配属され、筋力の維持を図り、リハビリを続ける傍ら、松葉杖で歩行し、勤務を続けていた。

(二) 原告は、平成元年三月三一日、両下肢痙性麻痺運動障害、歩行立位障害、両下肢知覚障害、直腸膀胱障害の後遺障害を残して症状固定の診断を受け、自動車保険料率算定会調査事務所により、右の後遺障害は自賠法施行令二条別表障害別等級表七級四号、一一級七号(併合六級)に該当すると認定され、これを前提に平成元年一一月四日、本件示談契約を締結した。なお、本件示談契約には、原告が被告らから本件示談契約によつて定められた賠償金を受領した後は、原告はその余の請求を放棄する旨の約定が含まれていた。

(三) 原告は、平成三年一〇月ころから両下肢のカウザルギー様疼痛と痙攣発作が頻回に起こるようになり、両下肢のカウザルギー様疼痛と痙攣発作が頻回して起こり、ペインクリニツクでの治療を中心として入退院を繰り返したが効果がなく、麻痺症状が増悪するとともに、膀胱直腸障害も増悪して失禁もひどくなり、また、麻痺状態によりしばしば右足関節を脱臼骨折した。そして、平成七年三月ころには、日常動作では、摘んだり、握つたりする動作は、左手ではできるが右手ではうまくできず、さじで食事をすることはできるが、タオルを絞ること、ひもを結ぶこと、顔に手のひらをつけること、ズボンの前ボタンのところに手をやること、尻のところに手をやること、上衣を脱着すること等は一人ではうまくできず、また、ズボンの脱着、靴下を覆く、座る、片足で立つなどの動作は一人ではまつたくできず、家庭内では起立保持は可能だが、移動ははつて動く程度しかできず、立ち上がることはほとんど不可能で、階段の昇降は不可能となり、日常生活にはかなりの程度に介助が必要で、就労が不能な状態となつた。

(四) 原告は、平成七年三月三一日、大阪医科大学附属病院リハビリテーシヨンセンターで症状固定の診断を受けた。その際、原告は、両下肢が痙性麻痺の状態で、筋緊張が著名で随意運動は不能であり、痙攣発作とカウザルギー様疼痛が不定期に発生し、苦痛が強く、膀胱直腸障害が著名で、失禁状態が続いており、両下肢開放骨折に対する手術後の変形治癒と、右足関節の反復する脱臼骨折後の変形治癒、右大腿骨頸部骨折に対する手術後の拘縮が合併し、両下肢の機能は廃絶しており、脊柱は胸腰椎を中心として強直状態であり、前後屈を著名に制限しているという状況であつた。

原告は、右診断に基づき、同日付で高槻市長から免職処分を言い渡された。

(五) 原告は、度重なる右足関節の脱臼骨折により、平成八年二月には、右足関節部において内反、内旋位変形を呈し、腑側歩行が不可能となり、単純レントゲン像にて右足関節は内・外果後果とも変形癒合し、距骨は後内側に転移して内反する状態となつて、最低軸の矯正が必要となり、足関節の固定が検討され、同年三月二二日、大阪医科大学附属病院整形外科で右足関節の固定術を受け、その結果、原告の右足関節は骨折のおそれがなくなつたものの、完全に動かなくなり、関節としての機能は失われる結果となつた。

2  乙第一二ないし第一四号証、第一六号証、第一八号証によれば、原告は、平成三年一一月には大阪医科大学で肝機能障害、慢性膵炎の診断を受け、平成四年七月には医療法人愛仁会理学診療科病院で糖尿病、慢性肝炎、慢性膵炎の診断を受けたことが認められる。しかし、証人富永通裕の証言によれば、原告の神経症状については、糖尿病による増悪症状とは考えられず、ことに、カウザルギー様疼痛が糖尿病によつて起こることはまずないといつてよく、また、下半身の麻痺やカウザルギー様疼痛の原因としても飲酒量による影響はほとんどないことが認められるから、原告の前記症状の増悪及び本件示談契約締結後に生じた後遺障害は本件事故によるものと認めるのが相当である。

そして、原告には、本件示談契約締結当時から脊柱の奇形があり、右は障害別等級表一一級七号に該当するものであるが、神経系統の機能の障害は、本件示談契約締結後の症状の増悪により終身労務に復することができない程度にまで及んでいるものと認められ、障害別等級表三級三号に該当するというべきである。また、右足関節については、本件示談契約締結後の手術により固定されたためその用を廃したものとして、障害別等級表八級七号に該当するものと認められる。そうすると、右各後遺障害は、併合して障害別等級表一級に該当する後遺障害であると認められる。

3  ところで、原告は、本件示談契約の無効を主張するが、本件示談契約が本件事故から満四年を経過して原告の症状が固定した後、原告の後遺障害が障害別等級表併合六級であることを前提として締結されたものであることからすれば、本件示談契約締結以降に原告に新たな後遺障害が発症したとしても、本件示談契約にはなんら意思表示の瑕疵は存在しないというべきであるから、そのことをもつて本件示談契約が無効になるということはできない。

しかし、証人富永通裕の証言によれば、平成元年三月三一日の症状固定時には、医学的にみても将来原告にカウザルギー様疼痛が発症することや、右足関節の脱臼骨折を多発することを予想するのは困難であつたことが認められる。しかも、原告の両下肢の麻痺、膀胱直腸障害等の脊髄症状についても、本件示談契約締結当時において、将来これが増悪することはある程度予想しえたとしても、他に新たに発症した後遺障害と相俟つて原告の労働能力の一〇〇パーセントを喪失させるに至ることまで予想することはやはり困難であつたと認められる。そうすると、本件示談契約によつて原告が放棄したのは、平成元年三月三一日当時既に原告に発症していた後遺障害に基づいて発生した損害の範囲内にとどまるものであり、本件示談契約締結後発症し、本件示談契約締結時に予想しえなかつた後遺障害によつて生じた損害については、本件示談契約によつても損害賠償請求権は放棄されておらず、原告は、被告に対し、改めて右損害についての賠償を求めることができるものと解するのが相当である。

二  争点2(原告の損害)について

右一を前提とすると、本件示談契約締結後に原告に生じたと認められる損害は次のとおりとなる。

1  逸失利益 四〇七五万〇七九五円(請求一億二〇二〇万七六三五円)

原告は、前記後遺障害によつて遅くとも平成七年三月三一日の症状固定時には労働能力の一〇〇パーセントを喪失する結果となつていたものと認められるところ、原告は、本件示談契約締結当時既に労働能力の六七パーセントを喪失していたものと認められるから、前記後遺障害が新たに発症したことによつて労働能力の三三パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。そして、甲第九号証及び弁論の全趣旨によれば、原告が休業することなく勤務すれば、平成七年には七五三万九三六五円の収入があつたものと認められるところ、原告は、前記後遺障害が新たに発症しなければ六七歳までは就労することが可能であつたと認められるから、右収入を基礎に、前記症状固定時の四一歳から六七歳に至るまでの二六年間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、原告の逸失利益は四〇七五万〇七九五円となる(円未満切捨て、以下同じ。)。

計算式 7,539,365×(1-0.67)×16.379=40,750,795

2  介護費用 三〇一一万二五〇〇円(請求六九七〇万九〇〇〇円)

前記のとおり現在原告は日常生活において妻の介助を受けているところ、原告の後遺障害の程度等に照らし右を金銭に換算すれば、一日当たり四〇〇〇円とするのが相当である。そして、厚生省大臣官房統計情報部編・平成六年簡易生命表によれば、四一歳男子の平均余命は三七・一九年であるから、原告は少なくとも症状固定時より三七年間は生存しその間右介護が必要であると認められ、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、右の現価は三〇一一万二五〇〇円となる。

計算式 4,000×365×20.625=30,112,500

3  慰藉料 一〇〇〇万円(請求三〇〇〇万円)

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告が、本件示談成立後に発症した後遺障害によつて受けた精神的苦痛を慰謝するためには、一〇〇〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

三  結論

以上によれば、原告の損害は八〇八六万三二九五円となるから、被告ら各自に対し五〇〇〇万円及びこれに対する不法行為より後の日である平成七年四月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本件請求はすべて理由があることとなる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 濱口浩)

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