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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)6295号 判決

原告

巴山泰夫こと李泰夫

被告

辻本勝

ほか二名

主文

一  被告らは原告に対し、連帯して金七二四万五九一〇円及びこれに対する平成四年三月二五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、連帯して金三〇〇〇万円及びこれに対する平成四年三月二五日(事故日)から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、乗客としてタクシーに乗つていたところ、右タクシーと普通乗用自動車が衝突事故を起こし、負傷を負つた原告が、タクシーの運転者に対し民法七〇九条に基づき、タクシー会社に対しては民法七一五条、自動車損害賠償保障法三条に基づき、普通乗用自動車の運転者に対しては民法七〇九条に基づいて損害の賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  事故の発生

(一) 日時 平成四年三月二五日午前一時四〇分頃

(二) 場所 大阪府豊中市二葉町三丁目一番先交差点

(三) 関係車両 被告辻本勝(以下「被告辻本」という)運転のタクシー(なにわ五五い四八九〇号、以下「辻本車」という)

被告山邉誠司(以下「被告山邉」という)運転の普通乗用自動車(なにわ五六ね五五九八号、以下「山邉車」という)

(四) 事故態様 交差点において、辻本車と山邉車が衝突し、辻本車の乗客たる原告が負傷した(以下「本件事故」という)。

2  被告らの責任原因

(一) 被告小豆島タクシー株式会社(以下「被告会社」という)は、被告車の保有者であり、自動車損害賠償保障法三条の運行供用者に当たる。また、被告辻本は被告会社の業務として辻本車を運転していた。

(二) 被告辻本及び被告山邉は本件事故発生について過失があるから民法七〇九条の責任を負う。

二  争点

1  原告の後遺障害の有無、程度

(原告の主張の要旨)

原告は右下肢の機能障害(跛行)並びに、右下肢の痺れ感、右肩甲部痛、発語障害、健忘症、頭重感を残し、平成五年一一月二日症状固定したもので、前者が自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という)一二級七号に、後者が一四級一〇号に該当する。

(被告らの主張の要旨)

自動車保険料率算定会の認定どおり、原告には後遺障害は存しない。

2  損害額全般

(原告の主張額)

(一) 治療費 九一万五八八五円

内訳

(1) 林病院 五八万五二二五円

(2) 富永記念病院 一五万八九七〇円

(3) 木戸整骨院 一七万一六九〇円

(二) 休業損害 一八二六万六二九九円

原告の年収は一四四〇万円であるところ、本件事故により、平成五年六月末日までの四六三日間の休業を余儀なくされた。

計算式 年収一四四〇万円÷三六五日×四六三日=一八二六万六二九九円

(三) 逸失利益 三二一四万三一〇四円

原告は、平成五年一一月、症状固定したが、その際、自動車損害賠償保障法施行令二条後遺障害別等級表(以下単に「等級表」という)一二級七号、一四級一〇号に該当する後遺障害を残し、その労働能力の一四パーセントを喪失した。

計算式 年収一四四〇万円×〇・一四×一五・九四四=三二一四万三一〇四円

(三) 入通院慰謝料 二五〇万円

(四) 後遺障害慰謝料 二五〇万円

よつて、原告は(一)ないし(四)の合計五六三二万五二八八円及び(五)相当弁護士費用二〇〇万円の総計五八三二万五二八八円の内金請求として三〇〇〇万円及びこれに対する本件事故日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める。

4  損害の填補

(被告山邉の主張)

被告山邉の損害保険会社たる訴外大東京火災保険株式会社(以下「訴外保険会社」という)は、本件事故に関し治療費九一万五八八五円を含み二三一万八六九五円の損害の填補をなしている。

(被告辻本、被告会社の主張)

同被告らは付添看護費として六万七五四〇円、通院交通費として一六万〇七三〇円、雑費として五万円、総計二七万八二七〇円を支払済みである。

(原告の主張の要旨)

治療費は訴外保険会社から支払済みであることは認めるが、その余の訴外保険会社の支払については原告の請求原因に主張していない損害の填補にかかるものであるうえ、もしこれによる損害填補を認めるとなると原告の側ではこれに対抗するため、支払に対応する各損害項目の損害の立証を要することとなるが、訴外保険会社が資料の散逸を理由に損害項目と支払の対応関係を特定していないことを考えると右立証は不可能であり、もし損害の填補を認めると原告にとつて極めて酷な結果となる。

被告辻本、被告会社の損害填補の主張も同様に不当である。

第三争点に対する判断

一  認定事実

証拠(甲一〇、一二の1ないし19、一四、一六、一七の1、2、一八の1、2、一九ないし二二、原告本人)によれば次の各事実が認められる。

1  傷害内容、入通院状況

原告(昭和二六年三月一三日生、当時四一歳)は、本件事故によつて、頭部外傷Ⅲ型、外傷性脳内出血、右臼蓋縁骨折、第一ないし第四腰椎横突起骨折、胸部・腰背部・左下腿部打撲、外傷性頸部症候群の傷害を負い、

(一) 本件事故当日である平成四年三月二五日から同年四月七日まで林病院に入院し、

(二) 右同日富永記念病院に転院し、同年五月二日まで同病院に入院し、

(三) 同年五月二日退院後、平成五年一一月二日まで同病院に通院した。

2  症状の推移、就労状況

原告は、転院時において、記憶障害が残存しているが、CTスキヤン、MRI上では特変は認められず、時間の経過した脳内出血の跡が認められるにとどまつた。対光反射は正常、複視はなく、感覚障害に左右差は認められず、神経学的異常所見はなかつた。

退院後、平成四年五月の実通院日数は三日であり、原告はめまいと右半身の痺れ感を訴えている。六月には右下肢の脱力感が認められたが、頭痛・めまいはなかつた。七月にも右下肢の脱力感、痺れ感が残存し、八月においても、頭痛・めまいはなかつたが、車の運転でアクセルを踏む際、スキー靴を覆いているような感覚となるとの訴えがある。九月には、頭痛・めまいはなく、異常知覚も軽快傾向にあつた。一〇月には右半身の反射が亢進していたが、一一月には正常となつた。原告は、一二月以後も週一回程度の通院を継続し、下肢のしびれ感、記億障害の残存の他、ろれつが回らないとの訴えがある。

原告は、パチンコ店を経営する株式会社の取締役であり、右会社の実質的な経営者であるが、平成四年六月ころから徐々に出勤しだしたものの、当初、実質的な仕事にはならず、同じくパチンコ店を経営している弟の援助を受けていた。原告は、同年秋ころから本格的に仕事を始めたが平成五年五月になるまで弟の援助を受けることがあつた。

3  症状固定

原告は、平成五年一一月二日に症状固定の診断を受けたが、その際の後遺障害診断書(甲一六)によれば、レントゲン上、頭頂部に外傷によると思われる血腫あり、右半身に軽度の反射の亢進がみとめられ、頸椎横にレントゲン画像上、確認可能な突起骨折が認められる。本人の自覚症状としては、右下肢の痺れ感、右肩甲部痛、発語障害、健忘症、頭重感が指摘されている。

4  原告の愁訴

現在でも物忘れがある、ろれつが回らないことがあり、右足の痺れ感の他、歩行が不安定で、疲れると足を引きづることがある。

5  自動車保険料率算定会の判断

自動車保険料率算定会は、原告には等級表に該当するような後遺障害は存しないとの判断を示している。

二  争点1(原告の後遺障害の有無・程度)についての判断

右認定のように、原告には神経学的に明白な異常所見は認められない。しかし、原告の記憶障害、下肢の痺れ感等の愁訴は本件事故後ほぼ一貫して継続しているもので、治癒痕とはいえ頭頂部に外傷によると思われる血腫及びレントゲン画像上視認可能な突起骨折が存し、右下肢に軽度の腱反射の亢進が認められた等、原告の愁訴についての一応の裏付けがあると言える。このことからすると、原告の後遺障害は等級表一四級一〇号に該当するものと認められる。

三  争点2(損害額全般)についての判断

1  治療費、入院雑費 七四万四一九五円

(主張九一万五八八五円)

内訳

(1) 林病院 五八万五二二五円

(甲一一の1、2)

(2) 富永記念病院 一五万八九七〇円

(甲一三の1ないし19)

(3) 木戸整骨院 〇円

証拠(原告本人)によれば、木戸整骨院への通院は、医師の指示に基づくものでないので、右治療費は本件事故と相当因果関係がある損害とは認められない。

2  休業損害 四三一万七六〇〇円

(主張一八二六万六二九九円)

証拠(甲二二、二三の1、2、二四の1ないし3、二五の1ないし3、原告本人)によれば、原告は、パチンコ店曽根会館を経営する株式会社大進会館(以下「訴外会社」という)の専務取締役であり、代表取締役である母親に代り、訴外会社を経営者していたこと、訴外会社から基本給一〇〇万円、役員手当として二〇万円の合計一二〇万円の月収を得ていたこと、母親はほとんど経営や営業に関わつていないが、基本給、役員手当各一〇〇万円を得ていたこと、右各支給金額は原告が決定していたこと、原告は実質的仕事ができないということで、自ら指示して平成四年六月から平成五年六月まで月収一二〇万円の支給を停止していたこと、現在、原告は前記月収を受取つていること、曽根会館の売上及び利益は事故の前後を通じて大きな変化がないことが認められる。

そこで、検討するに、右認定事実、特に、母親はほとんど営業に関わつていないが、基本給一〇〇万円を得ていたこと、原告の基本給も原告自身が決定していたことからすると、原告の全収入が原告の労働の対価であることには疑問があり、そのかなりの部分は実質的な利益配当分であると推認できる。そこで、原告の休業損害は平成四年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計、男子労働者四〇歳から四四歳までの平均年収六四七万六四〇〇円(月額五三万九七〇〇円)を基礎とし、症状固定日までの労働能力に応じて休業損害を算定するのが相当である。前記一認定の原告の負傷内容、症状の推移、就労状況からすると原告は、事故から三月間は就労不能であり、その後三月は平均してその労働能力の八〇パーセントを失い、その後一三月は平均してその労働能力の二〇パーセントを失つていたと認められる。

これにより、原告の休業損害を算定すると前記金額が求められる。

計算式

(一) 五三万九七〇〇円×三月=一六一万九一〇〇円

(二) 五三万九七〇〇円×〇・八×三月=一二九万五二八〇円

(三) 五三万九七〇〇円×〇・二×一三月=一四〇万三二二〇円

(四) (一)+(二)+(三)=四三一万七六〇〇円

なお、右算定は月単位でなすため、端数の日数が生じるが、この点は各労働能力喪失割合におり込み済みである。

3  逸失利益 〇円

(主張三二一四万三一〇四円)

前記認定の後遺障害の内容、程度と、原告の職種、事故前後の訴外会社の収益状況、原告本人の収入の推移に照らすと、右後遺障害のゆえに原告に収入の減少が生じることは想定しにくいことであり、また格別の努力を払わなければ収入の減少を招くというものでもないから、原告の後遺障害による損害は専ら慰謝料の問題と考えられる。

4  入通院慰謝料 一六〇万円

(主張二五〇万円)

原告の傷害の部位・内容・程度、入通院期間・状況に鑑み、右金額をもつて慰謝するのが相当である。

5  後遺障害慰謝料 八〇万円

(主張二五〇万円)

原告の後遺障害の内容、程度からみて、右金額をもつて慰謝するのが相当である。

四  争点3(損害の填補)について

1  第三の三の合計は七四六万一七九五円であり、これから原告の自認にかかる治療費に関する損害填補額九一万五八八五円を差し引くと六五四万五九一〇円となる。

2  前記のように、被告山邉は「訴外保険会社は、本件事故に関し治療費九一万五八八五円の他、一四〇万二八一〇円の支払をなし、損害の填補をなしている。」と主張しており、証拠(丙一の1ないし4)によれば、右金額が訴外保険会社から原告に支払われていることが認められる。しかし、被告山邉は、訴外保険会社における資料の散逸等を理由に損害項目と支払の対応関係を特定することなく、原告本人尋問終了後、丙二号証として領収書類の綴りを提出するにとどまつている。そして、右各領収書によれば、支払額のかなりの部分が入院雑費、看護費、通院交通費等の損害に対応して支給されていることが認められる。

そこで検討するに、第一に、被告山邉の主張は原告が入院雑費、看護費、通院交通費を請求していないにも拘わらず、請求原因に掲げられていない損害の填補を主張するものとして失当と考えられる。第二に、実際的に考えても、被告山邉主張にかかる損害填補を認めるとなると、原告の側ではこれに対抗するため、支払に対応する各損害項目の損害の主張、立証を要することとなる。しかし、被告山邉は損害項目と支払の対応関係を特定していないうえに、交通事故の被害者は多くの場合、交通費、雑費等に関する領収書をその控えをとることなく損害保険会社に送付するのが実情であること、それに伴つて右各損害についての被害者の記憶も薄れていくことを考えると、右主張・立証は相当困難であると言わざるを得ない。しかも、その困難さは訴外保険会社における資料の散逸という原告の関与しないことに起因することが大きいことを考えると、損害の填補を認めることは原告にとつて極めて酷な結果となるとともに、徒に訴訟の遅延を招くことになる。したがつて、少なくとも本件においては被告山邉のなすような損害填補の主張は理由がないといわなければならない。

被告辻本、被告会社の損害填補の主張も請求原因に掲げていない損害にかかるものであるから同様の理由により認められない。

3  1の金額、事案の難易、請求額その他諸般の事情を考慮して、原告が訴訟代理人に支払うべき弁護士費用のうち本件事故と相当因果関係があるとして被告らが負担すべき金額は七〇万円と認められる。

4  結論

1、3の合計は七二四万五九一〇円である。

よつて、原告の被告らに対する請求は、右金額及びこれに対する本件事故日である平成四年三月二五日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由がある。

(裁判官 樋口英明)

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