大判例

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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)279号 判決

原告 森井真一

右代理人 野村清美

被告 伊藤竜一

右代理人 吉田秋広

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件につきさきに当裁判所が為したる強制執行停止決定はこれを取消す。

前項に限り仮に執行できる。

理由

被告が大阪法務局所属公証人古山茂夫作成第九四、四二二号金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基き、昭和二八年一月二〇日原告所有の有体動産に対し強制執行を為したことは当事者間に争なく、成立に争のない甲第一号証の二によると、右公正証書には昭和二六年七月二六日原告は被告より金八一五、〇〇〇円を借り受け、既に右金品の授受を完了した旨記載あることが認められる。原告は被告との間に右公正証書記載の如き金銭消費貸借契約成立の事実なく、訴外真光硝子株式会社に融資の斡旋をした被告が債権者に了解を求めるために使用するからとて、原告に委任状の交付を求めたので原告はこれを交付したところ、被告はこれを冒用し訴外千沢武一と共に本件公正証書を作成したものであつて、かかる公正証書は無効であると主張するけれども、原告本人尋問の結果及び証人千沢武一の証言中右主張にそう部分はいずれも証人西川政五郎の証言及び被告本人尋問の結果に照らし措信し難く、他に右原告主張事実を認むるに足る証拠はない。反つて成立に争のない甲第一号証の二、官署作成部分の成立につき争なく爾余の部分は当裁判所が真正に成立したものと認める同第三号証及び証人西川政五郎の証言、被告本人尋問の結果並びに証人千沢武一の証言の一部(後記措信しない部分を除く)を綜合すると、原告は訴外株式会社森井硝子製造所次いで訴外森井昌工株式会社の代表者として夫々これが経営の衝に当つたが、業績不振のため更に訴外真光硝子株式会社を創立した。そして実弟田中重雄を表面上その代表者としたが、実権は原告自身これを握り経営に当つたが又々失敗し、昭和二六年四月初めから真光硝子株式会社は休業するの止むなきに至つた。これがためかねて同会社のため自己居住地界隈の知人多数より融資を受け、これを同社に貸与していた被告は、債権回収不能のためその立場に窮し原告に折渉したが埓があかなかつたところ、訴外西川政五郎の斡旋があつた結果、同年同月中旬原告は個人としてその弁済責任をとることとなり、当時右訴外会社が被告に負うていた金八五一、〇〇〇円の借受金債務を引受け、且つ新たにこれを目的として被告との間に消費貸借契約を結び、利息は年一割、元金は爾後毎月末金七〇、〇〇〇円宛(最終回は金八一、〇〇〇円)をもつて分割弁済を為すことを約し、この旨の公正証書を作成することを承諾した。そして原告は被告に対し右公正証書作成についての代理人選任を委任する趣旨で白紙委任状及び印鑑証明書を交付したところ、原告はその後三箇月を経過するも一向右分割金の支払をしないので、被告は同年七月二六日さきに原告より交付を受けた右委任状に基き訴外千沢武一を原告代理人に選任し、同訴外人と共に公証人古山茂夫に委嘱して前記約旨に則り本件公正証書を作成したことを認めることができる。右認定に反する原告本人尋問の結果及び証人千沢武一の証言の一部は措信できないし、他にこれを覆すに足る証拠はない。而して当事者間に現実に金銭の授受は行われなくても授受すべき金銭債務をもつて消費貸借の目的としたときは、これにより該消費貸借(所謂準消費貸借)は成立したものとみなされるのであるから、本件においては現実には金銭の授受はあつたわけではないが、猶当事者間には有効に消費貸借が成立したものということができる。

尤も叙上認定の如く当事者間には準消費貸借が成立したのであるから本件公正証書の記載は現実に金員の授受があつた如くなつているわけであるが、かかる事例は日常取引の便宜上屡々見るところであつて、借主においては実際公正証書記載の金額の授受があつたと同一の経済的利益を保有しているのであり、必ずしもこれをもつて公正証書は事実に符合しない無効のものであるとは認めることができない。又本件公正証書は原告が被告に交付した白紙委任状に基き被告が原告の代理人を選任して作成せられたものであり、且つ原告は右代理せしむべき事項を諒解してその代理人の選任を相手方なる被告に委任したのであることはさきに認定したところであつて、かかる委任はあえて双方代理の禁止規定の精神に反することなく、従つてこれを有効と解するを相当とする。

そしてみれば本件公正証書は事実に符合しないとはいえないし、又冒用せられた委任状をもつて作成せられたものでもない以上、本件公正証書及びこれに表徴せられた消費貸借契約はいずれも有効というべく、従つて右公正証書の無効を前提としその執行力の排除を求める原告の請求は失当として棄却せらるべきである。

よつて民事訴訟法第八九条、第九五条、第五四八条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 畑健次)

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