大判例

20世紀の現憲法下の判例を掲載しています

大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)4024号 判決

原告 日本交通株式会社 外一名

被告 太陽タクシー株式会社 外一名

主文

被告太陽タクシー株式会社及び被告中島一夫は各自、原告日本交通株式会社に対し金七九五、八一一・五円、原告松尾善之に対し金五〇、〇〇〇円及び右金員に対する被告太陽タクシー株式会社は昭和二九年八月一四日より被告中島一夫は昭和三〇年八月二五日より右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告松尾のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告松尾の、その余を被告等の連帯負担とする。

本判決は、第二項を除き各被告に対し原告会社において金二〇〇、〇〇〇円宛、原告松尾において金一五、〇〇〇円宛の担保を供するときは、その被告に対して仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

(原告らと被告会社との関係)

一、争いのない事実

原告の主張事実のうち、第一項の事実及び原告主張の時に、その主張の如き場所において、被告会社所有の普通乗用自動車大五―一八、九三七号と原告会社所有の普通乗用自動車大三―二二一二六号とが衝突した事実は当事者に争いがない。

二、過失の有無

被告らは、右衝突事故の発生は、被告中島の過失に基くものではないと抗争するので、先ずこの点について判断する。

右の事実並びに成立に争いのない甲第三号証、同第七号証、同第八号証の一、二、同第九乃至一一号証、及び証人有馬治郎の証言、原告松尾本人尋問の結果を綜合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、昭和二九年六月二七日午前零時過ぎ頃被告中島は、被告会社所有の小型乗用自動車(大五―一八、九三七号)の助手席に同会社所属の修理工有馬治郎を、客席に乗客一名を夫々乗車せしめて之を運転し、阪神国道西行車道を時速四十粁位の速度で進行していたところ、同日午前零時一五分頃、大阪市西淀川区姫之里町二丁目五〇番地先路上に差蒐つた際、先行する普通乗用自動車を追越そうとして、被告中島は、漸時右自動車の速度を増し、時速四五粁位の速度でハンドルを右側へ切つて西行電車軌道内に乗入れた事実、同所附近の夜間制限速度は、大阪府公安委員会によつて最高時速三五粁と定められ、しかも、同所附近の路面は、当時湿潤状態にあつて、車輪がスリツプする危険が多分にあつた事実、右自動車は、西行軌道内に乗入れると同時に、路面の湿潤によつて後車輪が軽くスリツプしたため、被告中島は危険を感じて先行車の追越を断念し、再び車体を西行車道上へ戻そうとしてハンドルを左側へ切つた事実、その際、前車輪左側タイヤがスリツプして軌道上に乗り切らず、ためにハンドルを右側に取られてその侭車体を東行車道にまで乗入れたため、東行車道を東進中の原告松尾善之運転の原告会社所有の前記自動車に衝突する事故の発生をみるに至つた事実がこれであり、右認定事実を覆すに足る証拠はない。思うに、湿潤状態にあつて車輪がスリツプする危険の多分にある道路上を、先行車に追従して疾走する自動車の運転手たる者は、該自動車の車輪が何時路面でスリツプするかも知れないのであるから、速度を制限最高速度の範囲内に抑えて先行車の追越を避け、以て事故の発生を未然に防止すべき注意義務を負つているといわねばならないが、前認定の如く、被告中島は、右注意義務を怠つてその先行車を追越そうとし、大阪府公安委員会によつて定められた前記場所における夜間制限最高速度を超過する高スピードで西行電車軌道内に乗入れたため、本件事故を惹起するに至つたのである。してみれば、本件事故は、被告中島の過失によつて生じたものであることは明かであるといわねばならない。

三、「事業ノ執行ニ付キ」の成否

次に、被告会社は、原告主張の如き損害は、被告中島が被告会社事業の執行につき加えたものとはいえないから、被告会社が右損害の賠償の責に任ずべきいわれはない。と争うので、この点について検討することとする。

成立に争いのない甲第八号証の一、同甲第一〇号証、証人塚本利一、同石岡稔の各証言によつて真正に成立したものと認められる乙第二、三号証、当裁判所が真正に成立したものと認める乙第四号証、証人有馬治郎の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第五号証、並びに、証人塚本利一、同有馬治郎の各証言を綜合すると、昭和二九年六月二六日午后一一時過ぎ頃被告中島は、被告会社所有の小型乗用自動車(大五―一八九三七号)を運転中、メーターの故障に気付いて、これを修理するため福島区下福島一丁目四番地所在の被告会社車庫へ引返し、右自動車を入庫してその修理方を同会社所属の修理工有馬治郎に依頼した事実、その際、被告中島は、その日の業務を打切るべく同会社の就業規則に従つて当日の運転日報を事務所へ提出した事実、その後約三〇分を経て右メーターの修理が完了したので、試運転のため右有馬に於て運転をし、被告中島が助手席に同乗して無断で自動車を出庫せしめた事実、被告会社の就業規則においては、出庫の際は必ず営業係に届出るべきものと規定されてはいるが、修理完了した自動車を試運転するに際しては、従来、事実上何らの許可なくして出庫するのが通例であつた事実、試運転のため出庫した有馬並びに被告中島は、本田町一丁目附近で夙川までの乗客一名を乗せ、料金五五〇円との約束で、メーターを倒すことなく同所に向つて出発した事実、途中、阪神国道淀川大橋西詰附近で被告中島が右有馬に代つて運転を始め、その後程なくして本件事故の発生をみるに至つた事実を夫々認めることができ、右認定事実に反する証拠は措信することができない。而して、成立に争いのない乙第一号証によれば、被告中島自らが本件事故によつて蒙つた負傷については、右認定の如き事実の存在を理由として、西野田労働基準監督署長により労働基準法七五条所定の業務上の負傷には該当しない旨の認定がなされた事実が認められるのである。

しかしながら、民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」なる概念が、労働基準法七五条にいわゆる「業務上」なる概念と相異るものであることは、右各規定の依つて以て立つ立法の趣旨が相異つていることに鑑みれば、むしろ当然の事というべきものであつて、労基法七五条所定の「業務上」に当らないからといつて必ずしも民法七一五条所定の「事業ノ執行ニ付キ」に当らないとは言い得ず、これに当るか否かは、専ら民法七一五条独自の立場から判断されねばならないのである。すなわち労基法上の災害補償が、使用者対被用者の内部関係において、労働力に対する使用者の支配関係に基因して生じた労働力の損傷を使用者に補償せしめ、以て右支配関係より生ずべき危険を使用者に負担せしめんとするものであり、その意味で、労基法七五条にいわゆる「業務上」とは、被用者が使用者の指揮命令の下におかれている状態を指称し、被用者が使用者の指揮命令に基いた行動をした場合を含まないのに対して、民法七一五条の使用者責任は、企業対第三者の関係において、他人を使用して企業の利益を受け、若くは危険を包蔵する企業を営んで利益を受ける企業者に対して、公平上、企業それ自体を理由として被用者の行為につき報償責任もしくは危険責任を負わしめんとするものであり、その意味で、該条項にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは、使用者・被用者間の内部的な指揮命令関係の如何に関係なく、その使用者の行為が客観的に使用者の企業の範囲内にあると認められることを指称し、この場合には被用者の行為が使用者の指揮命令に背いていても事業の執行に付いての行為と認める妨げとなるものではない。

そこで、今これを本件についてみると、前記認定の如き事実が認められる以上、本件の衝突事故は、被告中島と被告会社の使用者対被用者の内部的な関係では被告中島が被告会社の指揮命令関係を離脱した状態の下において発生したものと一応認められるかも知れないが、被告会社対原告等の関係では、被告会社がタクシーによる乗客の運送を目的とする会社であり、本件事故当時、被告中島が同会社の被用者たる運転手であつたことについて当事者間に争いがなく、しかも本件事故が、前記認定の如く被告中島において被告会社所有の乗用自動車に乗客一名をのせて運転中に生じたものである限り、同被告の行為は、客観的には、正に被告会社の企業の範囲内にあつたものと認められるのであり、それ故に又、原告主張の如き損害は、被告中島が被告会社の事業の執行につき原告等に加えたものであると言わざるを得ないのである。

四、選任監督についての過失の有無

更に、被告会社は、その被用者たる被告中島の選任監督につき過失がなかつた旨抗弁するが、かゝる事実を認めるに足る何らの証拠も存しないから、右の抗弁は採用の限りではない。

五、損害額

そこで、本件事故によつて原告らの蒙つた損害の額について判断することとする。

(一)  先ず、原告会社の蒙つた損害の額を検討するのに、証人松田仟の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第六号証及び同証人の証言によれば、本件事故によつて大破された原告会社所有の普通乗用自動車大三―二二一二六号一九五三年型プリムス(以下、本件自動車と称す)の修理のため必要とせられた経費は、本件事故発生当時においては、三一八、六五〇円であつた事実を認めることができる。証人青海隆盛の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一二号証の一乃至四には、本件自動車の修理を完成した訴外西六自動車整備株式会社より原告会社に対して、右修理の費用として合計金五一五、四二九円を請求した旨の記載があるが、本件自動車の修理については真に右金額相当の費用を要したか否かは、前記各証拠並びに証人青海隆盛の証言に照しても、にわかにこれを決し難く、従つて、結局右甲第一二号証の一乃至四は、前記認定を左右するに足るものということはできない。

更に、証人石村繁の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一三号証、当裁判所が真正に成立したものと認められる甲第一四号証の一乃至六及び右証人の証言によれば、原告会社が、昭和二九年一月より同年六月までの六ヶ月(計一八二日)間に、本件自動車によつて得た総収入は一、八八六、二四〇円であつた事実、その間右自動車を運転した乗務員に支給した給料、該自動車の修理費及び燃料費の総額は夫々三〇七、一四五円、一四、四〇九・五一円、二八九、九九三円であつた事実、昭和二九年四月以降の該自動車に対する車輛償却費は、月額七一、三二一・四四円であつた事実を夫々認めることができる。してみると、右期間中に原告会社が取得した収入は、一日平均一〇、九一三・四円であり、支出した乗務員に対する給料、修理費及び燃料費は、夫々一日平均一、六八七・六一円、七九・一七円、一、五九三、三七円であるといわねばならないが、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第一四号の一〇、証人石村巖、同青海隆盛並びに同松田仟の各証言を綜合すると、前記衝突事故のため本件自動車が昭和二九年六月二七日より同年一〇月三日までの九九日間就業不能の状態に陥つたこと、右自動車の蒙つた破損の状態は、通常の場合約一ヶ月で復帰され得る程度のものであつたこと、しかして、原告会社が右自動車の修理に着手したのは、本件事故発生後約二ヶ月を経過した後のことであつたが、右期間の経過は、被告会社よりの依頼に基くものであつたことを夫々認めることができるのである。しからば、本件事故の発生によつて原告会社が喪失した取得すべかりし収益(通常生ずべきもの及び予見し得た特別損害は、前記一日平均収入に九九を乗じたものより、乗務員給料、修理費、燃料費の各一日平均額に九九を乗じたものと、昭和二九年七月より同年九月までの三ヶ月間に積立てることを免れた車輛償却費との和を控除した額、すなわち、五三三、八〇八円と認めるのが相当であるといわねばならない。

(二)  次に、原告松尾の蒙つた損害の額について按ずるに、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第六号証の四によれば、原告松尾は、本件事故によつて治療約一週間を要する左膝部打撲症、右頭部裂創を蒙つた事実を認めることができ、かつ、原告松尾本人尋問の結果によれば、原告松尾は、右受傷のため本件事故発生後約一〇日間欠勤した外、その後も下車勤務を命ぜられ、又は、公休廻り運転手として他の運転手の公休日にのみ乗務を許されることとなつたものであり、しかもこれによつて相当額の収入の減少を生ずるに至つた旨供述しているのであるが、その収入減の額については、他に何らの見るべき証拠も存しないのである。してみれば、原告松尾が本件事故によつて受けた損害としては、慰藉料五〇、〇〇〇円のみを認めるのが相当である。その余の財産的損害は、これを認めるに由ないというの他はない。

以上の認定によれば、被告会社は、本件事故によつて原告らが蒙つた損害の賠償として、原告会社に対して金八五二、四五八円とこれに対する本件事故発生の翌日たる昭和二九年六月二八日以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を、又、原告松尾に対しては金五〇、〇〇〇円とこれに対する前記事故発生翌日以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。

(原告等と被告中島との関係)

一、原告主張の請求原因のうち、第一項の事実及び原告主張の時に、その主張の如き場所において、被告会社所有の普通乗用自動車大五―一八、九三七号と本件自動車とが衝突した事実は当事者に争いがない。

二、而して、甲第一乃至第五号証、同第七乃至第一一号証は、その方式及び趣旨によつて公員たる検察官及び警察官が職務上作成したものと認められるから、真正な公文書と推定され、その余の甲号各証については、前記の通りその成立の真正を認めることができる。しからば、被告中島との関係においても、前記被告会社との関係において認定されたと同一の事実が認められるべきものといわねばならない。

(結論)

そうだとすれば、原告会社の本訴請求は全部これを認容すべく、原告松尾の本訴請求は金五〇、〇〇〇円とこれに対する被告会社に対しては昭和二九年八月一四日以降、被告中島に対しては昭和三〇年八月二五日以降、各完済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分についてのみ認容し、その余の部分はこれを棄却すべきものである。よつて訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 長瀬清澄)

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

©daihanrei.com