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大阪地方裁判所 昭和30年(ワ)4614号 判決

紀陽銀行

協和銀行

理由

(一)  被告新東宝株式会社関西支社の総務課長兼経理課長であつた山下嘉一が、被告広告商事に金融を得させるため、本件各手形を偽造し、これを被告広告商事に交付したことはすでに認定したところであり、また、証拠によれば、次の事実が認められる。すなわち、原告浪華商事株式会社は、鉄材ブローカーである西川徹郎から、同人が他から取得していた第一の手形をもつて代金を支払うから鉄材を売り渡してくれとの中込を受け、念のため、その取引銀行である株式会社大和銀行を通じて被告新東宝関西支社に対し右手形振出の真偽につき照会したが、照会の結果では間違いのない手形であるということであり、不審に思われるところはなく、また、右西川から、右手形が被告新東宝関西支社の振り出した真正な手形である旨の同支社長名義で作成された確認証(山下嘉一の作成したものと思われる。)の提出があつたので、これによつて、第一の手形が真実被告新東宝関西支社の振り出した手形であると信じ、同被告を信用して、右西川に対し、右手形の満期前に、鉄材を代金五〇〇、一一八円で売り渡し、その代金として右手形を西川から受け取つたこと、原告太田木材株式会社は昭和三〇年六月下旬頃、末広木材株式会社から第二の手形の割引を依頼され、念のため、被告新東宝関西支社に対し電話で右手形の真偽を照会したところ、山下から間違いのない手形である旨の回答を受け、さらに取引銀行である株式会社紀陽銀行を通じて右手形の支払場所である株式会社協和銀行中之島支店へ問い合わせ、確実に支払われる旨の返答を受け、これによつて、右手形が真実被告新東宝関西支社の振り出した手形であると信じ、同被告を信用して、昭和三〇年七月一日右手形金額から取立手数料、割引料(日歩金四銭四厘の割)を控除して割引金四七三、八五〇円を末広木材に交付し、末広木材から右手形を取得したこと、本件各手形の償還義務者たる被告広告商事株式会社は、すでに昭和三〇年七月一八日頃から一般の支払を停止し、同年七月三〇日解散して清算手続中であり、各債権者に対する債務は金六〇、〇〇〇〇、〇〇〇円をこえ、うち約五〇、〇〇〇、〇〇〇円については、債権の回収(被告新東宝に対する未払金債権約金九、八〇〇、〇〇〇円の回収を含む。)によつて弁済資金を調達し、各債権額の三割ないし四割を支払つて、各債権者との間で示談解決したが、未解決の債務につき完済資力のないこと、第二の手形の償還義務者たる末広木材もその支払能力がなく、また原告浪華商事の鉄材売買の相手方たる前記西川徹郎はすでに行方不明であつて同人から代金支払を受け得る見込のないこと、以上の事実が認められる。

そして、本件各手形が、それぞれの支払期日に被告新東宝から、それらが偽造手形であることを理由にその支払を拒絶されたことは当事者間に争いがない。

右事実によると、原告浪華商事は、山下の、第一の手形の偽造、これに関する真偽の照会に対する虚偽の回答等の不法行為の結果、前記西川に売り渡した鉄材の時価(第一の手形の額面金額の範囲内において)に相当する損害を被つたものというべきであるところ、右鉄材が代金五〇〇、一一八円で売買されたことは前認定のとおりであり、特段の事情の認められない本件にあつては右代金額は時価相当金額であると認めるべきであるから、結局同原告は、右代金額相当の時価金五〇〇、一一八円のうち本件手形金額五〇〇、〇〇〇円に相当する損害を被つたものというべきである。また、原告太田木材は、山下の、前記第二の手形の偽造、これに関する真偽の照会に対する虚偽の回答等の不法行為の結果、前記末広木材に交付した割引金四七三、八五〇円に相当する損害を被つたものというべきである。なお、証拠によれば、原告太田木材は、本件第二の手形を取得した後さらにこれを株式会社紀陽銀行に割引のため譲渡し、同銀行から日歩金二銭六厘の割の割引料を手形金額から控除した割引金を受領していたが、昭和三〇年九月一三日、右手形不渡の通知を受け、ただちに金五〇〇、〇〇〇円で同銀行から右手形を買い戻した事実が認められ、同原告は前認定の損害のほかさらに右銀行に対し右割引料日歩金二銭六厘の割合による金員の支出をしたことになるが、右金員の支出は、同原告が株式会社紀陽銀行から受領した割引金使用の対価であつて、これを同原告の被つた損害といえないことはいうまでもない。そしてほかに同原告が金四七三、八五〇円をこえる損害を被つたことを認めるにたる証拠はない。

(二)  そこで次に、山下嘉一の前記不法行為が被告新東宝の事業の執行につき行なわれたものといえるかどうか判断する。証拠よれば、被告新東宝は、映画の製作、配給等を主たる目的とし、北海道、東京、名古屋、大阪、九州の五カ所に支社をおき、関西支社は右のうち大阪におかれた支社であるが、各支社は支店としての登記はなく、また各支社長は支配人でもなく、取締役でもなかつたこと、関西支社は、支社長井本彊を支社業務の長とし、近畿、中国、四国地方一円の各映画館に対する映画プリントの貸与、賃料の徴収、宣伝、広告等の業務を行ない、支社長の下に従業員約五八名が勤務していたことが認められる。そして、昭和二九年四月から昭和三〇年七月一九日までの間、山下嘉一は、被告新東宝関西支社の総務課長として、一般庶務事務のほか、関西支社印、同支社長印等の印章保管の職務を担当し、また経理課長として、手形、小切手、現金等をもつてする映画料金の受入、その本社への送金、俸給、広告代、宣伝費の支払、現金の出納の記帳等一般経理事務のほか、支社長井本彊が同支社の取引銀行である株式会社協和銀行ほか二行へ当座取引約定書を差し入れて支社長印を届け出、右印章を使用して関西支社長名義で小切手を振り出す権限を有していたことに伴ない、小切手の券面記載等の事務、さらに支社長不在中、右保管の印章を自ら使用して、支社長からあらかじめ承認を受けた範囲の小口払の小切手を振り出す等の職務を担当していたことは、いずれも当事者間に争いがないから、小切手振出に関する事務が山下の担当職務の範囲内にあつたことは明らかである。ところで、証拠によれば次の事実が認められる。すなわち、被告新東宝の関西支社における人件費、宣伝広告費、その他一切の経費の支払は、本社から月々送金されてくる一定の枠の予算の範囲内で支社長がこれを行なつていたのであるが、支社長には手形を振り出す権限が与えられておらず(小切手振出の権限のあることは前に述べたとおり)、手形振出の必要の生じた場合には、支社長から本社経理部に対し手形発行の依頼書を提出し、本社経理部長において振出の必要を認めれば、これに基き本社の代表取締役がこれを振り出して、支社へ送付し、支社から受取人にこれを交付することになつていたこと、ところが実際は、井本彊が関西支社長に在任していた昭和二九年四月から昭和三〇年七月頃までの間被告新東宝は資金難におちいつていて、関西支社に対する前記の送金はその予算どおりには行なわれず、しかも、映画会社として最小限度の新聞広告を欠かすことはできなかつたため、支社長井本は、右の手形発行の依頼手続をとらないで、毎月、枚数にして約四枚、金額にして合計金二、〇〇〇、〇〇〇円前後の約束手形を自己の独断で振り出し、新聞広告代金支払にあてていたが(被告広告商事に対して振り出したことはない)、それらの手形の決済は、映画料金収入や翌月の本社からの送金等を充当してやりくりし、すべて帳簿に記載することなく、簿外で処理されていたこと、右手形の振出は、山下がその手形用紙に手形要件を記載し、関西支社印及び支社長印を押捺すれば完成する程度に作成した上、支社長井本が右各印章を押捺する方法によつて行なわれ、右手形についての真偽の問い合わせがあつた場合は、山下がその回答を行なつていたこと、そして本社においては右手形振出の事実は全く知らなかつたこと、かような事実が認められこれに反する証拠はない。これを要するに支社長井本に手形振出の権限なく、従つて山下は、手形の券面記載や真偽の照会に対する回答等手形振出に関する職務権限を有しなかつたが、実際上はこれらの事務を行ない、しかも、右事務を行なうにつき被告新東宝の本社においてこれを黙認していたという事情も認められないから、結局、山下は与えられた職務権限の範囲を逸脱して手形振出の事務を行なつていたものといわなければならない。

ところで、被用者の当該行為が民法第七一五条にいう「事業の執行につき」なされたといえるためには、まず当該行為が外形上使用者の事業の範囲内に属していなければならないことはいうまでもないが、被用者がその委任された職務の執行を誤つた場合とか、またそれを濫用した場合とかのように、形式上職務行為そのものの実現にあたる場合に限らず、直接には被用者の職務そのものではないが、その職務の性質上、通常行なう危険のある行為をした場合をも包含すると解すべきであつて、必ずしも被用者に当該行為をすべき職務が現存していることを要しない。手形振出及びその真偽の照会に対する回答等の行為が外形上被告新東宝の事業の範囲に属することはいうまでもなく、また、山下は、事実上支社長の命を受けて手形振出及びその真偽の回答の事務を行なつていたが、当該行為をすべき職務権限を有せず、従つて手形振出行為は山下の職務そのものではないが、総務課長兼経理課長としての山下の前記職務権限、すなわち印章の保管、小切手振出事務等の職務からみれば、本件各手形振出行為は、その職務の性質上通常これを行なう危険のある行為であるというべきであり、使用者たる被告新東宝が山下に右の職務権限を与えた以上、山下が右権限の範囲を逸脱して行なつた本件各手形振出行為及びこれと密接不可分の関係にたつその確認行為は、事業の執行につき行われたものというをさまたげない。被告新東宝は使用者として、これによつて原告等に生じた前記損害を賠償しなければならない。

(三)  次に、被告新東宝は、山下嘉一の選任及びその事業の監督につき相当の注意をしたし、また、相当の注意をしても損害の発生はさけられなかつた旨抗弁するので判断する。証拠によれば、被告新東宝の本社経理部の関西支社に対する経理上の監督は、毎月末、山下が関西支社における銀行預金明細表を作成してこれに取引銀行から提出を受けた当座預金残高証明書を添付した上、支社の銀行預金補助帳の残高と右証明書の残高とを対照した当座預金残高引合表を作成し、その残高の一致なしいときはその理由の説明を記載し、これらの諸表を一括して収支計算書を作成して支社長井本の検印を受け、これを毎月本社経理部へ送付させ、また毎日、本社から主として集金、送金等の事項や営業関係の事項等につき電話で連絡する等の方法で行なわれていたこと、このほかに、本社経理部長が年一回各支社へ出張して会計監査を行なうことになつていて、関西支社に対しては昭和三〇年二月までに一、二回行われたことが認められるが、これらの事実だけでは、後記認定の事実からみて、被告新東宝が山下に対する監督を怠らなかつたものとは認められない。すなわち、証拠によれば、前記の毎月末における収支計算書には毎月末における預金等の残高が記載されているだけであり、本社経理部においては右計算書に基きその残高を調査するだけで、毎日の金銭の出納につき全く調査せず、また、前記の本社経理部長により行なわれる会計監査のほかは、関西支社内部では監査を行なつておらず、かつ、本社では山下を信用していたため、支社長井本に対し山下の監督につき注意したこともなかつたこと、山下は、本件各手形の振出と同様の方法で、すでに、昭和二九年四月以前から引き続き被告広告商事に対し、金額総計一億円に達する多数の約束手形を偽造して振り出し、昭和三〇年七月一八日被告広告商事及び山下からの申出によつて始めて右振出の事実が発覚するまでの間、その取引銀行である株式会社協和銀行中之島支店において多数の手形が決済されており、右発覚時において、未決済の手形は合計一二五通、その金額合計六一、八〇〇、〇〇〇円であつたが、被告新東宝においては右の事実を全く知らなかつたこと、右のような多数の手形の振出及びその決済の事実が発見できなかつたのは、これらがすべて帳簿に記載されておらず、各手形の満期日に被告広告商事が現金を持参し、これによつて決済されていて、すべての簿外で処理されていたことによるものであること、がいずれも認められる。これらの事実からみれば、被告新東宝が山下の事業の監督につき相当の注意をしたものとはいえないし、また、相当の注意をすればこれらの手形偽造を防ぎえたはずである。従つて被告新東宝のこの点に関する抗弁は理由がない。

(四)  最後に過失相殺の点につき判断する。原告等が本件各手形を取得するにあたり、それが支社長名義で振り出されていることにつき格別の注意を払い、被告新東宝の本社に対し支社長の権限につき調査する等の労をとつたことを認めるにたる証拠はないが、前記認定のとおり、原告等は関西支社に対しその真偽の問い合わせ等の調査をしたのであるから、その結果これを真正なものと信じて取得した以上、原告等に過失があるとはいえない。

(五)  そうすると原告等の被告新東宝に対する本訴損害賠償請求のうち、原告浪華商事において、前記損害金五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する右損害の発生した日(前記のとおり同原告が西川に鉄材を売り渡した日であつてそれは第一の手形の満期日たる昭和三〇年九月三〇日以前である。)の後である昭和三〇年一二月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、また、原告太田木材において、前記損害金四七三、八五〇円及びこれに対する右損害の発生した日(前記のとおり昭和三〇年七月一日である。)の後である昭和三〇年一二月一日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分、は正当であるからこれを認容し、それをこえる部分はいずれも失当として棄却すべきものである。

(注) 第一の手形は「株式会社新東宝関西支社長井本彊」振出名義、振出日、昭和三〇年七月七日、金額、五〇〇、〇〇〇円、満期、同年九月三〇日、支払地、振出地ともに大阪市、支払場所、紀陽銀行中之島支店、受取人、広告商事株式会社とする約束手形、第二の手形は、振出日、昭和三〇年七月一日、満期、同年九月一二日、その他の手形要件は第一の手形と同じ約束手形である。

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