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大阪地方裁判所 昭和31年(行)63号 判決

原告

西村義久

被告

大阪府教育委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し、昭和二七年四月三〇日付をもつてなした大阪府泉北郡忠岡町立中学校教諭の職を願により免ずる旨の行政処分及び同年五月一日付をもつてなした同郡東陶器村立中学校講師に任命する旨の行政処分はそれぞれ無効であること並びに原告が大阪府中学校教諭であることを確認せよ。訴訟費用は被告の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として、

「原告は、昭和二四年三月三一日付をもつて、大阪府泉北郡忠岡町立中学校教諭に補せられ、爾来同校に在職してきたところ、突然、同二七年三月二四日以来、大阪府下公立中学校等の教員に対して任免権を有している大阪府教育委員会(以下単に府教委と略称する)より、同会の出先機関である同府泉北出張所を通じ、また同所の指示により前記忠岡町立中学校長訴外河内山英雄から、再三退職の勧告がなされ、結局原告は同年四月三〇日依願退職の形式にて右教職を退職せしめられ、同年五月二七日に同月一日付にて同郡東陶器村立中学校講師に任命された。しかしながら、右退職並びに講師任用替の各処分は原告にとつてその意思に反してなされた不利益な降任処分であり、後記(一)に記す如く右訴外河内山校長並びに前記出張所の重大なる強迫による圧迫行為のため、原告が全く意思の自由を失つている状態において止むなく作成して提出した退職願に基きなされたもので、不正手続を動機として為されたものとして該各行政行為の成立に瑕疵があるから当然無効である。また、右退職等の処分は、被告において、後記(二)のとおり取消すことを承諾しているのであるから、形式的には行政行為がなされた如くなつているが、被告においてその取消処分をなすのがおくれているのみで、実質的には無効なものである。

即ち、(一)、前記再三の退職勧告に対し、原告にはその意思のないことを申述していたものであるが、前記同年三月の退職勧告の翌月である同年四月分の俸給の支給を停止し、同校の原告の座席を剥奪し、出勤簿の認印を拒否し、出勤を拒絶する等の極端なる圧迫侮辱を加え、更に、原告が退職の勧告には応ぜぬ場合には懲戒免職にする。また訴訟等して右秘密を暴露した場合には公務員法違反の罪として懲役に処せられるぞと強迫された。そして、第三者の斡旋もあり、被告は原告の退職勧告を撤回し転任させる取扱に変更することを承諾しながら、一旦退職願を出さねば転任の取扱もしないと言い、前記の如き強迫をなし、原告は止むなく退職願を同校長を通じて被告に提出し、被告はこれに基いて同日付にて前記原告の退職処分をなし、その後一ケ月間も転任先の発令をせず、同年五月二九日にいたり同月一日付にて、大阪府泉北郡東陶器村立中学校講師に任命の発令をなした次第である。

(二) その後、原告は辞令どおりの勤務をなしつゝ右処分の是正に努力していたところ、同二九年七月二二日原告の面前で大阪府教職員組合幹部訴外伏見格之助より大阪府学務課長に電話して原告の退職取消処分をなしうることを確認して貰い、同年八月二八日右組合本部において、訴外池西隆、同東谷、同三好、同吉川、同佐々木他数氏の前で、府教委泉北出張所学務課長訴外森内桂三が右原告の退職処分等の取消方を承認したと聞かされた。しかるに、原告が依頼して右組合から再三交渉して貰つたが、右取消処分をなすことを承認しながら、これを実行しないよつて、請求の趣旨記載のとおりの判決を求めるため本訴に及んだ」

と述べ、

立証として、甲第一、二、四、ないし一四号証、第三号証の一、二を提出し、証人上田昭、同滝本豊繁、同河内山英雄、同森内桂三、同田代百蔵、同池西隆の各証言並びに原告本人尋問の結果を援用し、乙第五、六号証は知らない、爾余の乙号各証の成立は認める、と述べた。

被告代理人は、主文同旨の判決を求め。答弁として、

「(一) 原告が昭和二七年四月三〇日まで大阪府泉北郡忠岡町立中学校教諭に在勤していたこと、原告の願に基き同日付にて依願退職として原告が右教職を退職となつたこと、及び同年五月一日付にて原告が同郡東陶器村立中学校講師に任用せられたことは認めるが、その余の事実は以下に述べるとおりで、すべて否認する。

(二) 昭和二七年三月初頃前記忠岡町立中学訴外河内山校長は後記事由を明示して府教委泉北出張所森内学務課長に原告の退職を具申した。森内はその退職勧告事由を判定した後同校長に対し原告が退職して他に職を求めるよう話して欲しい旨申付け、同校長は原告にその旨を伝えるとともに、その事由に納得いかない場合には府教委泉北出張所に行つて聞いて貰いたい旨附言した。その後、原告と右出張所と数回に亘り話合い、特に勤務成績及び指導能力の貧困等により泉北郡内中学校は勿論隣接郡市においても受入れるところのないこと等退職勧告事由を話し、原告が他に適当な就職口を見付けるまで他に講師として任用することを条件に、当時の府退職臨時措置による一、八倍の退職金の支給及び二号俸増俸依願免職の取扱いをすることに当事者間に諒解が成立したものである。

(三) なお前記河内山校長が原告の退職事由として具申した事由は次のとおりである。

(1)  勤務について真面目さを欠き、健康的にもすぐれず勤務態度は極めて怠慢で積極的態度は見られず、遅刻早退等も平気で無届のまま上京したことや、授業中マフラーをしたまゝ教壇に立つたこともある。

(2)  人格的に教養が低く、一般的教養や教職的教養も低い。また担当教科たる習字図画も研究的態度は殆んど見られないし、非協力的で、責任感は極めて薄弱で、職員会議は勿論、学校行事にも協力しないし、宿直勤務等も常に他の若い者に頼んでいる。こんなわけで、前任校八坂町立中学校及び忠岡町立中学校でも一般父兄の信頼なく、退職してほしいとの声が高い。

(3)  指導力に欠け、教材の研究はなされておらず、教授技術は下手で生徒の信頼なく、生徒の名前も覚えていない。

(4)  事務能力に正確を欠き、非能率的で、学期末の成績作成に当つても指導要録の採点を基準項目にあわせていない。また、三月末の年度評価に生徒の評価点を提出しなかつたし、会計事務を担当させても、その公文書の意味内容もつかめず、かつ打合会に出席説明をききつつその処理に誤をおかし、年末調整の時も他の者に任せて帰宅した。

(5)  原告は当時五十三才で、新免中学校二級本俸十級特号一七、八〇〇円で泉北郡としては極めて高級な地位で、定員定額により予算的に極めて窮屈であり、また一般職員から退職希望の声も高い。

(6)  普通転勤は殆んど不可能である。原告の前任校八坂町立中学校でも同僚生徒父兄の信頼なく、泉北郡下で原告を転入さすところなく、止むなく定員外として忠岡町立中学校長に特に懇願して転任させたが、その後もその態度を改悛しないので、かゝる状態では同郡内及び隣接郡市において普通転勤として受入れてくれるところはない。

(四) ところで、原告は退職勧告とともに原告に圧迫を加えたと主張しているが、

(1)  四月分俸給を停止したことは認めるが、税金の関係もあり、異動期には慣習的に行われることで、特殊なことではない。校長より原告に話し、本人も諒解し、P・T・Aで立替えようかとの申告も原告本人が辞退したものである。

(2)  前記忠岡町立中学校における原告の座席の剥奪、出席簿の認印の拒否、出勤拒絶等の極端なる圧迫侮辱を加えたことはなく「異動交渉中で現在校には居辛いだろうから家に居たらどうか」と話し、本人もこれを了承しそれに従つたまでである。

(3)  勧告に応じない時には懲戒免にする等の強迫をしたことはなく、また退職勧告を撤回し原告を転任させる取扱に変更したこと、一旦退職願を出さねば転任として取扱わないといつたことや、昭和二七年四月三〇日に原告に無理に退職願を出させたりしたことはない。即ち、円満に講師任用の条件と二号俸増俸の上一、八倍の退職金支給の条件で依願免職の取扱いをすることを原告が諒解したので、原告の退職願に基いて同日付依願退職処分をなし、原告は何等の異議なくこれを受理した。そこで、講師としての受入先の交渉をなし、前記の如き理由で受入先が仲々みつからず、同年五月二十九日に同月一日付で大阪府泉北郡東陶器村立中学校講師の発令をなしたもので、この講師への任用替も原告において了承ずみである。

(4)  原告に退職の意思がなかつたことは否認する。即ち、原告は前記河内山校長の手許に退職願を提出し、これでいいかと聞いたので、同校長は、よろしいといつてこれを副申書と共に府教委泉北出張所学務課長に提出し、これに基いて発せられた退職の辞令も、講師任用の辞令も受取り、その間何等の紛争もなく、円満にすすみ、同年六月二六日の忠岡町立中学校の送別会にも出席し挨拶し、かつ銭別も貰つている。そして退職金も前期のとおり一四五、六六八円の支給をも受けている。

以上の次第であつて、原告の退職を発令したのは、原告には中学校教職員としての適格に欠ぐるところがあり、原告の学歴にも不審の点があり、よつて河内山校長の具申を相当と認めた上原告の身上をも考慮し、その完全な諒解の下に退職及び新規任用の発令をなしたのであつて、被告のなした各処分は適法であり、原告の本訴請求は失当である。」

と述べ、

立証として乙第一ないし九号証を提出し、証人河内山英雄、同田代百蔵、同森内桂三、同小島政保の各証言を援用し、甲第四ないし九号証の成立を認め、同第一一号証は官公署作成部分の成立を認め、その余の部分は知らない、爾余の甲号各証は知らない、と述べた。

理由

原告が昭和二七年四月三〇日まで大阪府泉北郡忠岡町立中学校教諭に在勤していたこと、原告の退職願に基き同日付にて依願退職として原告が右教職を免職になつたこと及び同年五月一日付にて原告が同郡東陶器村立中学校講師に任用せられたことは当事者間に争がない。

原告は右免職の無効原因たる事実として、右退職願による退職の意思表示は訴外河内山校長並びに前段記載の泉北出張所の重大なる圧迫行為により原告が全くその意思の自由を失つている状態において、止むなくなしたものであると主張するので、この点を判断する。

原告本人尋問の結果は原告の主張に沿うものもあるが、証人上田昭の「校長は無理に辞表を書かすような人ではない」旨の証言証人池西隆の「(原告は)任意退職したものとみて調査を打切つた」旨の証言並びに証人河内山英雄、同森内桂三、同田代百蔵の各証言に照し事の真相を伝えるものとは思われないし、なるほど前記証人河内山は、「昭和二七年四月分の原告の俸給の支払を停止したことがあります。学務課の方から原告異動についての指示があり、転勤の際は、俸給の仕訳書を作る為に慣習的に俸給の支払停止は行われているので、同様に扱つたものです。証人から原告に話した所、承諾を得、又、PTAで立替えようかとの申出がありましたが原告は辞退しています。この停止した四月分の俸給は追給として支払つています。」と証言し、前記証人上田は「後日原告から実は校長から辞表を出すように。辞表を出さねば他へ転勤させると強迫されたのだ。地位も今では講師に格下げになつたと聞いたことがあります。」「河内山氏の性格から考えても、原告に無理に辞表を書かすような人ではりません。」と証言し、また前記証人池西は「原告は忠岡町立中学校での退職が不満だというので、大阪府教職員組合の方へ調査方の依頼がありました。」と証言しているが、それだけでは原告の辞表提出が前記河内山校長や泉北出張所の強迫行為による辞表の提出とは認め難く、他に原告の主張事実を認めるに足る何等の証拠もないところ、かへつて、前記証人上田、同池西、同河内山、同森内及び同田代の各証言を綜合すると、前記校長及び出張所は原告に対し、原告の勤務成績及び指導能力の貧困等により泉北郡内中学校は勿論隣接郡市においても原告を受入れるところはない等退職勧告事由を話し原告が他に適当な就職口を見付けるまで他に講師として任用することを条件に、当時の府退職臨時措置による一、八倍の退職金の支給及び二号俸増俸し依願免の取扱いをすることに当事者間に諒解ができた事実を窺えるから、右事実が退職願ないし免職並びに任用替の各行為の効力に如何なる影響を及ぼすかについての判断をまつまでもなく、右事由による原告の請求は理由がない。

原告は更に被告は右免職並びに講師に任用替の各処分を取消すことを承諾していた旨主張するので、次にこの点を判断するに、原告本人尋問の結果は右主張に沿うものもあるが、証人池西の証言に照らし信用できないし、その他原告の全立証によるも被告が前記各処分を取消す承諾をしたことは認められないから、右事実が前記退職並びに講師任用替の各処分に如何なる影響を及ぼすかについての判断をするまでもなく右事由による原告の請求は理由がない。なお、原告の趣旨中に「原告が大阪府中学校教諭であることを確認せよ」との表示があるが、それは本件免職無効確認の結果当然発生する効果の表示で独立の裁判を求める趣旨とは認められないから前記無効確認の請求以外にその適否につき特に判断をしない。そうすると、原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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