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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)4806号 判決

原告 坂崎由五郎

被告 大和辰次郎 外二名

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、原告に対し、(一)被告大和辰次郎は別紙目録〈省略〉記載第一の家屋一戸を明渡し、且つ昭和三三年二月一四日より右家屋明渡済に至るまで一ケ月金五、五〇〇円の割合による金員を支払え、(二)被告加藤浅吉は同目録記載第二の家屋一戸を明渡し、且つ昭和三三年二月一四日より右家屋明渡済に至るまで一ケ月金七、〇〇〇円の割合による金員を支払え、(三)被告吉形竹雄は同目録記載第三の家屋一戸の内二階を明渡し、且つ昭和三三年二月一四日より右二階部分明渡済に至るまで一ケ月金四、〇〇〇円の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告等の負担とする、との判決及び仮執行の宣言を求め、

第一、第一次請求原因として、

一、原告は古くから大阪市港区市場通二丁目七番地上に木造瓦葺二階建五戸一棟(建坪五五坪五合六勺、二階坪三一坪七合五勺)(以下旧家屋と略称する)を所有し、その内の一戸を原告が使用し、その余を被告三名と訴外坂本一男に賃貸してきた。そして、昭和三二年九月被告等が右家屋から一時立退いた当時における一ケ月の家賃は、被告大和、同吉形が各金九五〇円、被告加藤が金一、一〇〇円であつた。

二、ところが、昭和三二年九月大阪市の土地区画整理の施行に伴い、旧家屋は別紙目録記載の場所へ移築することになつた(以下この移築した家屋を移転家屋を略称する)。原告は被告等に対し移転家屋完成と同時にこれを被告等に優先賃貸することを約し、被告三名は同年九月旧家屋から一時立退いた。

翌三三年二月初旬別紙目録記載の木造瓦葺二階建五戸一棟の移転家屋が完成し、原告がその内の西端より数えて二軒目の一戸に居住した。そして、被告等に対し移転家屋が旧家屋と構造、坪数、価格を全く異にするので、一ケ月の家賃として、被告大和に対しては金五、五〇〇円、被告加藤に対しては金七、〇〇〇円、被告吉形に対しては、同人が旧家屋一戸の階上のみの賃借人であつた関係から移転家屋一戸の階上のみを賃貸することになるので金四、〇〇〇円、及び被告三名に対し相当な敷金の差入を要求した。然るに、被告三名は原告の右申入に応ぜず、当然移転家屋に入居する権利があると称し、同三三年二月一四日一斉に、原告に無断で、移転家屋に入居し、被告大和は別紙目録記載第一の家屋一戸を、被告加藤は同目録記載第二の家屋一戸を、被告吉形は同目録記載第三の家屋一戸の内二階をそれぞれ占拠するに至つた。

三、その後、被告三名は原告の前記新家賃の申入を含む立退要求に答えるかのように、同三三年三月一九日大阪簡易裁判所へ賃貸借継続申入の調停を申立て、爾来調停委員の現場見分の外数回に亘つて期日を開き、原告も或る程度要求額を減額して円満な解決を念願していた矢先、被告等は同年九月一五日一斉にその申立を取下げてしまつた。

四、右のように、当事者間における旧家屋に対する賃貸借契約は被告三名が同三二年九月旧家屋から退去した時に終了し、移転家屋については賃貸借契約が成立していないのであるから、原告は被告三名に対しそれぞれ占拠にかかる移転家屋の明渡と、入居の日以降右家屋明渡済に至るまで前記家賃相当の損害金の支払を求める。

第二、第二次請求原因として、

仮に、右主張が理由なく、当事者間に賃貸借契約が存続しているものとしても、

旧家屋の総建坪数が八七坪三合一勺であつたのに対し、移転家屋のそれは一三七坪六勺と増大し、その費用も大阪市から補償された金一、〇三〇、〇〇〇円の外に原告が金一、五八八、〇〇〇円(以上合計金二、六一八、〇〇〇円)を支出し、移転家屋は旧家屋に比して遙かに大きく、使用に便利となつた。

そこで、原告は、第一の二において述べたように、被告大和に対し金五、五〇〇円、被告加藤に対し金七、〇〇〇円、被告吉形に対し金四、〇〇〇円の新家賃を申入れた。

然るに、被告等はいずれもその支払に応じないので、原告は、被告大和、被告加藤に対しては同三五年一二月一三日到達の書面をもつて、又被告吉形に対しては同月一五日到達の書面をもつて、いずれも同書面到達後一週間以内に延滞家賃を支払われ度き旨、及びその期間内に延滞家賃を支払わないときは賃貸借契約を解除する旨を通知した。

右催告に対し被告大和は一ケ月金二、八五〇円、被告加藤は一ケ月金三、三〇〇円、被告吉形は一ケ月金一、一四〇円の割合による金員の支払をしたが、その余の支払をしない。

結局、被告三名はいずれも右期間内に債務の履行をしないから、右期間満了と同時に当事者間の賃貸借契約はいずれも解除された。故に、原告は被告三名に対し、契約解除を理由として、被告等がそれぞれ占拠している前記家屋の明渡を求めると共に、右家屋明渡済に至るまでの家賃相当の損害金の支払を求める。

と陳述し、被告等主張の事実のうち、

被告等が昭和三六年一月分以降同三八年四月分まで被告等主張の金員を弁済供託していることは認める。

と述べ、被告等の抗弁を否認した。

被告等訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、

第一次請求原因に対し、

第一項中、旧家屋の二階坪数を除き、その余の事実は認める、二階坪は三一坪五合六勺である、

第二項中、前段は認める、

後段の内、移転家屋完成の日時及び移転家屋が旧家屋と異なる新築家屋であるとの点、被告吉形が旧家屋一戸の二階のみの賃借人であるとの点、原告が被告吉形に対して要求した新家賃額が金四、〇〇〇円であるとの点を除き、その余の事実は認める、

移転家屋完成の日時は昭和三二年一二月一五日である、当日原告が移転家屋一棟の西端より数えて二戸目に入居し、

又原告の娘婿訴外坂本一男が同家屋が旧家屋と同一物、若しくは、同一物視さるべきことは後に述べるとおりである。

被告吉形は、後に述べるように、旧家屋一棟の内中央の家屋一戸全部を賃借していたものである、そして、原告の同被告に対する新家賃要求額は一ケ月金五、五〇〇円である、

第三項中、原告が或る程度要求額を減額して円満解決を念願したとの点を除き、その余の事実は認める、

被告等が調停の申立を取下げたのは、原告が調停においても本訴において要求している家賃及び敷金を頑強に固持して譲歩しなかつたため、調停委員が被告等に対し、原告の要求に屈するか、申立を取下げるか、又は申立を却下するか、そのいずれかを選ぶ外なき旨を告知したので、止むなく被告等において申立を取下げたのである、

第四項は、否認する、

第二次請求原因に対し、

移転家屋の建坪、移築費、移転家屋の利用度の増大、及び被告吉形に対する要求家賃額、並びに契約解除理由を除き、その余の事実は認める、

猶ほ、被告等は原告主張の金員を支払つた外、引続き昭和三六年一月分以降同三八年四月分まで毎月、被告大和は金二、八五〇円、被告加藤は金三、三〇〇円、被告吉形は金二、八五〇円の割合で弁済供託している、

と答弁及び主張し、次いで、

一、被告等の家屋賃借の経緯と占有の範囲について、

(一)、旧家屋の賃借居住、

(イ)、被告大和関係 被告は昭和二三年二月以降原告から旧家屋一棟の内南端の家屋一戸(階下一四坪三合一勺、階上八坪九勺、外に物置八合二勺)を賃借してきた。賃借に当り、被告は原告の指示に従い、右家屋一戸の前借人と称する訴外土山某(当時他に転居していた)に対し居住権譲受けの代償として金三〇、〇〇〇円を支払つた(その半額が訴外人から原告へ交付されている。)

賃借当時右家屋は荒れるがまゝに放置され、荒廃その極に達していたので、被告が約金五〇、〇〇〇円を投じて壁を塗り、屋根瓦を葺替え、建具を新調して入居した。その後ジエーン台風により侵水、家屋の損傷甚だしく、その補修を原告に求めたが、同人がこれに応じて呉れないので、止むなく被告がこれを修理した。このように、原告は被告が同三二年九月他に移るまで一回も右家屋の修理に応じて呉れなかつた。

(ロ)、被告加藤関係 被告は昭和二一年三月以降原告から旧家屋一棟の内北端の家屋一戸(階下一六坪三合一勺、階上八坪九勺、外に物置三坪五合四勺)を権利金五、五〇〇円、敷金七五円を差入れ、賃料一ケ月金二二円五〇銭、毎月末日払の約定で賃借してきた。

賃借当時右家屋は空家として放置されていたため相当破損していたので、被告が約金一〇、〇〇〇円を投じてこれを修理のうえ入居した。その後ジエーン台風に因り半壊したが、原告が補修してくれないので、止むなく被告が約二五、〇〇〇円を投じてこれを修理した。又雨漏りが激しいので、その都度原告に対して修理を求めたが、原告は遂に被告が同三二年九月他に移るまで只の一回も修理に応じて呉れなかつた。

(ハ)、被告吉形関係 被告は昭和二〇年六月一〇日以降原告から旧家屋一棟の内中央の家屋一戸(階下一四坪三合一勺、階上八坪九勺、外に物置四合一勺)を敷金六三円を差入れ、賃料一ケ月金二一円、毎月末日取立払いの約定で賃借してきた。被告が右家屋の賃借方を申入れた当時、右家屋は訴外岡本三都男に賃貸されていたので、原、被告間における賃貸借契約は訴外岡本の承諾を得ることを条件として成立した。そうした関係から敷金預り証の名宛人は訴外人名とされているが、家賃とは同二〇年六月以来被告名義で授受されてきた。

被告は終戦直後より賃借家屋の階下の土間を工場として清凉飲料水の製造、販売を営んできたが、同二六年これを廃止し、同二八年に右の階下土間に子供部屋四室を造作した。この間、原告に対する家賃は右家屋一戸分の家賃を支払い、被告の為した業務及び業務の内容に伴う造作について原告から一言半句の苦情も出なかつた。その後ジエーン台風による侵水、家屋の損傷甚だしく、その補修を原告に求めたが、原告がこれに応じて呉れないので、止むなく被告がこれを修理した。原告は被告が同三二年九月他に移るまで一回も右家屋の修理に応じて呉れたことはなかつた。

(二)、旧家屋からの立退及び移転家屋への入居、

(イ)、旧家屋からの立退とその際における当事者間の約定、大阪市の都市計画に因り旧家屋は別紙目録記載の場所へ移転することになつた。原告は昭和三二年八月初旬に被告三名を原告方に招き、移転家屋への移住の時期、移転家屋の家賃等について協議した結果、当事者間に要旨次のような契約が成立した。即ち、

(1) 、原告は被告等に対し、旧家屋の移築完了と同時に、被告三名が従前の賃借家屋の位置に相当する移転家屋にそれぞれ随時移住することを承認する(旧家屋の移築は三ケ月以内に完了の予定)、

(2) 、移転家屋の家賃は世間の相場に従い、多くとも従前の家賃の三倍程度とすること、移転家屋が敷地の都合で旧家屋に比し多小広狭を生じても右と同様に取扱うこと、

(3) 、新に権利金若しくは敷金を徴収しないこと、

等であつた。そこで、被告等は将来の住居について一抹の不安も抱かずに、大阪市の都市計画に協力し、同市が無償で提供する仮設住宅へ、被告大和は同三二年九月二八日、被告加藤は同月二二日、被告吉形は同月二一日それぞれ移住した。そして、右の約定が成立していたので、移転家屋に対する家賃として、被告等は原告に対し、同年九月分を同年九月三〇日に、同年一〇月分を同年一〇月三一日に、同年一一月分を同年一二月一日にそれぞれ支払い、移転家屋へ入居可能となる日を一日千秋の思いで鶴首していた。

(ロ)、移転家屋への入居 かくするうち、昭和三二年一二月五日頃原告は被告等に対し、移転家屋がほゞ完成し、同月一五日頃には入居可能の旨通知してくると共に、入居条件を次のように要求し、これに応じなければ入居を拒否する勢を示してきた。即ち、その条件は、

(1) 、新家賃として、被告大和、同吉形に対し各金五、五〇〇円、被告加藤に対し金七、〇〇〇円を要求(被告大和、同吉形の従前の家賃は各金九五〇円、同加藤のそれは金一、一〇〇円である)、

(2) 、新規敷金として、被告大和、同吉形に対し各金五〇、〇〇〇円、同加藤に対し金六〇、〇〇〇円を要求、

すると言うのである。被告等は原告に対し、前記立退の際における約定と、被告等と同じような事情のもとに移転した他の賃借人等が従前の家賃の三倍程度の新築家屋を賃借している事実を示して、被告等に対する新家賃も世間並の家賃にして貰い度いと要請した。けれども、原告は頑としてこれに応ぜず、被告吉形に対しては三倍程度の家賃なら二階の部分に限り入居を認めると言い出す始末であつた。

被告等がこのように原告と新家賃について交渉中、他方、大阪市は被告等に対し、移転家屋が完成した以上、後続の公共事業に支障をきたすから、仮設住宅を明渡せと再三に亘り明渡を迫り、被告等が進退極まつている際、同三三年二月五日頃原告が被告吉形の入居すべき家屋一戸の階下を訴外内山潔に賃貸し、入居せしめたことを聞知した。被告等は大いに驚き協議のうえ、同三三年二月一四日各自が賃借している移転家屋にそれぞれ入居するに至つた次第である。

二、新、旧家屋の異同について、

移転家屋は旧家屋の形態を殆んど変更することなく、移築したものである。家屋を移築する場合は、旧家屋の素材中利用可能なものをそのまゝ使用し、一般に、同一間取の家屋を移築するについては、三程程度の新資材を補給すれば十分とされている。ところで、原告は大阪市から旧家屋の補償費として金一、〇三八、七六〇円、立退補償費として金三、三一〇円、営業補償費として金二〇、〇〇〇円の交付を受け、この償補費と旧家屋の素材をもつて移転家屋を完成した。従つて、家屋は同一物、少くとも、被告等との関係においては社会通念上同一家屋とみらるべきものである。

三、被告等の抗弁、

(一)、第一次請求原因(不法占拠)に対する抗弁、

(イ)、被告等の旧家屋に対する賃借権は、契約目的の同一性を維持しつゝ依然として移転家屋に対して存続している。

(1) 、移転家屋は、請求原因第一の二に照らして明らかなように、土地区画整理法にもとずいて旧家屋を移築したものであるから、同法の適用がある。同法第七七条第七項は「前項の規定により建築物等を移転し、又は除却する場合においては、その建築物等の所有者は、施行者の許可を得た場合を除き、その移転又は除却の開始から完了に至るまでの間は、その建築物等を使用することができない」と規定し、又第一一六条は一定の条件のもとに移転建築物の賃貸借料の増減の請求等を規定している。右法条を併せ考えると、法は移転前の家屋(旧家屋)と移転後の家屋(移転家屋)を同一家屋と認めるか、少くとも、同一家屋とみなし、建築物占有者は、その建築物の移転開始から完了までの間は、その建築物を使用することができないが、移転完了と同時に当然その建築物を使用できる旨を規定しているものと解される。従つて、被告等の移転家屋入居は土地区画整理法の許容するところであつて、不法占拠でない。

(2) 、仮に、右の抗弁が認められないとしても、移転家屋は先に述べたように、旧家屋の素材と補償金により移築されたものであるから、社会通念上両家屋は同一家屋である。従つて、旧家屋に対する被告等の賃借権は当然移転家屋に対して存続し、移転完了までの間一時右家屋から立退いても占有を失つたことにならないから、被告等の移転家屋入居は不法占拠でない。

(ロ)、仮に、右の抗弁がいずれも認められないとしても、先に述べたように、昭和三二年八月初旬当事者間において移転家屋につき新賃貸借契約が成立している。仮に、新契約成立の日が右日時でないとしても、被告等が原告に対し移転家屋の家賃を支払つた日、即ち、同年九月末日、同年一〇月末日、同年一二月一日のいずれかに右新契約が成立している。

而して、移転家屋完成後は原告が被告等のそれぞれ入居すべき家屋を代理占有している関係にあるから、被告等の移転家屋入居は不法占拠でない。

(二)、第二次請求原因(家賃不払を理由とする契約解除)に対する抗弁、

(イ)、移転家屋は土地区画整理法にもとずく旧家屋の移築であるから、同法第一一六条の適用を受け、地代家賃の統制を受けるところ、右法条の適用のないことを前提とする原告の家賃増額及びその増額家賃不払を理由とする賃貸借契約解除は無効である。

同法第一一六条第一項は「土地区画整理事業の施行に因り建築物が移転された結果、その建築物の利用が増し、又は妨げられるに至つたため、従前の賃貸借料が不相当となつた場合においては、当事者は、契約の条件にかかわらず、将来に向つて賃、貸借料の増減を請求する」ことができると規定しているところ、本件の場合には特に増額を認むべき事情がない。

(ロ)、仮に、何等かの事情で原告主張の増額を認むべきものとしても、本件の場合における被告等の家賃不払は、違法と言い得ない相当な理由、若しくは、止むを得ない事由があるから、家賃延滞を理由として契約を解除することはできない(参考、下級六、三、五八七、判時一七六、二四)。

(三)、権利濫用の抗弁、

原告は旧家屋の移築に当り大阪市から十分な補償費を受けてその移築を完成するや、同市の都市計画事業に協力した被告等に対し、被告等と同じような事情のもとに移築家屋に入居した他の賃借人の場合に比して著しく不相当な新規家賃及び敷金を要求し、それに応じなければ、大阪市が被告等のために移住先として予定した移転家屋への入居を認めないと言うがごとき内容の本訴請求は、住宅事情の払底している今日被告等の窮迫に乗じて為された請求であつて、権利の濫用である。

と主張し、抗弁した。

立証〈省略〉

理由

原告がその所有にかかる大阪市港区市場通二丁目七番地上所在の木造瓦葺二階建五戸一棟(以下旧家屋と略称する)の内の一部を予てから被告等に対して賃貸してきたところ、昭和三二年九月大阪市の施行する土地区画整理に伴い、旧家屋を別紙目録記載の場所へ移転することになつたので、被告三名が同年九月旧家屋から、同家屋の移転が完了するまでの間、一時立退いたこと、そして、旧家屋が大阪市指定の場所(別紙目録記載の場所)に移転完了したので(以下この家屋を移転家屋と略称する)、被告三名が同三三年二月一四日原告の承諾を得ないで一斉に移転家屋へ入居し、爾来被告大和が別紙目録記載第一の家屋一戸を、同加藤が同目録記載第二の家屋一戸を、同吉形が同目録記載第三の家屋一戸の二階をそれぞれ占拠使用して今日に至つていること、及び被告等が旧家屋から立退いた当時における一ケ月の家賃が、被告大和、同吉形については各金九五〇円、被告加藤については金一、一〇〇円であつたことは当事者間に争いがない。そこで、先ず被告等に移転家屋を占拠、使用する権原があるかどうかについて検討してみることにする。

一、移転家屋占拠使用の権原の有無(原告の第一次請求について)、

(一)、土地区画整理法の適用、

旧家屋が大阪市の施行する土地区画整理事業にもとずいて別紙目録記載の場所へ移転したことは当事者間に争いがないから、被告の言うように、本件の家屋移転については土地区画整理法の適用がある。そこで、同法中家屋移転に関する規定を検討してみるに、

(イ)、家屋移転の必要と移転実行者 同法によると(七七、九八I、一〇〇I等参照)、家屋の移転は、土地区画整理事業の施行を容易ならしめるため必要な場合、即ち、整理事業施行者(本件においては大阪市)が仮換地等を指定した場合、従前の宅地等について使用収益を停止させた場合、又は公共施設の変更若しくは廃止に関する工事を施行する場合において、従前の宅地又は公共用施設の用に供する土地に存する建築物等の移転を必要とする場合に、施行者が建築物等の所有者及び占有者に対して法定の通知をなしたうえで(七七II、IV、VI)発する行政命令にもとずいて行われ、その移転を現実に実行する者は、施行者自身、又は施行者が命じた者、若しくは施行者が委任した者であることが明らかにされている。従つて、移転命令に因り家屋が移転される場合は、施行者と家屋の所有者及び占有者との間に権利行使制限等の法律関係が発生することがあつても(七七VII )、家屋の所有者とその占有者間における従前の法律関係に何等の影響も及ぼすものではない。

(ロ)、旧家屋と移転家屋の同一性 旧家屋と移転家屋が同一であるかどうかは、一般に、移転家屋に使用されている主要資材、建坪、構造(間取り)等が旧家屋のそれと略ぼ同一であるかどうかを標準として定められ、それが同一家屋と認められる場合は、旧家屋に存した権利関係はそのまゝ移転家屋へ移行して存続し、それが同一家屋と認められない場合は、旧家屋解体のときに、旧家屋に存した権利関係は消滅すると説かれているようである。

けれども、土地区画整理法においては、土地区画整理事業の施行を容易ならしめる目的のもとに、移転を命ぜられた家屋、即ち移転家屋は常に旧家屋と同一家屋、言い換えると、旧家屋に存した権利関係は常にそのまゝ移転家屋に移行して存続する、と言う見解に立脚しているものと理解される。即ち、図法によると、

(1) 、建築物等の移転と除却について規定を設けているが(七七I)、旧家屋に替え施行者指定の地上に、新家屋の新築を認めた規定がないから、移転命令に因る移転家屋は常に旧家屋の移転を意味し、両者は常に同一性を有するものと解される。

(2) 、「家屋を移転する場合は、その家屋の所有者及び占有者は、施行者の許可を得た場合を除き、その移転の開始から完了に至るまでの間は、その家屋を使用することができない」との規定は(七七VII )、旧家屋と移転家屋が同一家屋があるとの前提のもとに、旧家屋に存する私人間の権利関係はそのまゝ移転家屋に移行し存続するとの見解を示し、たゞ、その家屋の「移転の開始から完了に至るまでの間は」施行者に対する関係において、家屋の所有者も、その占有者も、家屋使用の一時的制限を受ける旨を定めたものと解される。

(3) 、「建築物が移転された結果、その建築物の利用が増し、従前の賃貸借料が不相当となつた場合においては、将来に向つて賃貸借料の増額を請求することができる」との規定も(一一六I)、移転家屋が旧家屋と同一家屋であるとの前提のもとに、移転家屋の賃料は原則として旧家屋のそれと同一であるとの見解を示し、たゞ、移転家屋が旧家屋に比して利用が増した場合は、その割合に応じて賃料増額の請求ができる旨を定めたものと解される。

これを要するに、土地区画整理法所定の移転命令に因り家屋が移転された場合は、移転家屋が物質的に観て旧家屋と同一性を有するかどうかを検討するまでもなく、常に旧家屋の移転と解され(従つて、移転家屋が旧家屋に比し狭隘となつた場合でも同様であつて、若し、そのようなことがあれば、賃借人は家賃減額の請求、又は賃貸借契約解除、若しくは損失補償の請求ができる、一一六II以下)、そして、賃借人(占有者)が旧家屋から立退くのは、施行者に対する関係において立退くのであつて、賃貸人(家屋所有者)に対して明渡すのではなく、その立退も移転完了までの一時的なものに過ぎないから(移転完了までの間は施行者がその家屋を管理することになるが)、その家屋に対する間接占有(直接占有者は施行者)を失うものではなく、そして、亦賃借人(占有者)が家屋の使用を禁じられる期間は、移転の開始から完了までの期間であるから、移転が完了すれば、当然に(賃貸人の承認を要しないで)移転家屋の使用が許されるものと理解される。

(二)、そこで、右法条に則つて、本件の場合を検討してみることにする。

成立に争いのない甲第一号証と証人藤原武二の証言を綜合すると、旧家屋の所有者である原告が大阪市の委任にもとずいて、同市から移転損失補償費金一、〇三八、七六〇円の交付を受けて旧家屋を大阪市指定の場所(別紙目録記載の場所)へ移転したことが認められ、右認定に反する証拠がない。

右のように、原告が大阪市から委任を受けたのは、旧家屋の移転であつて、大阪市指定の地上に新家屋を新築することでないから、当然委任の趣旨に従つてこれを為すべきであるが、それは兎角として、原告が仮に、旧家屋と異なる資材を用い、建坪を増加し、構造(間取り)を異にする家屋を完成したとしても(物質的には新家屋と認められる場合)、それは、旧家屋を増改築して移転したに止まり移転家屋と旧家屋との同一性を失わしめるものではなく、たゞそのような場合は、移転家屋の利用度が旧家屋のそれに比して増加するであろうから、その増加の割合に応じて、原告が被告等に対し家賃増額の請求ができるに過ぎない。而して、被告等は家屋の移転が完了すれば、原告の承認の有無にかかわらず、当然に移転家屋へ入居する権原のあること先に述べたとおりであるから、被告等が旧家屋を使用しているとすれば、それは賃借権にもとずく使用であつて、不法占拠とは言えない。

そこで、被告等の旧家屋及び移転家屋使用の状況を対比して看るのに、被告大和(二回共)、同加藤、同吉形及び原告各本人尋問の結果を綜合すると、旧家屋は略ぼ南向き五戸一棟の長家で、その東端から被告加藤、訴外坂本、被告吉形、原告、被告大和の順で各一戸を使用していたところ、移転家屋も略ぼ南向き五戸一棟の長屋で、その東端から被告加藤、訴外坂本、被告吉形(但し二階だけ使用)、原告、被告大和の順で使用していることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がないから、被告等の移転家屋使用は適正であつて、不法占拠ではない。

猶ほ、被告吉形の賃借している家屋が旧家屋一棟の中央の家屋一戸全部(階下と二階)なのか、それともその一戸の内二階だけなのかが争われているが、証人吉形あきえの証言と被告吉形本人尋問の結果を綜合すると、それは中央の家屋一戸(階上と二階)を賃借していたものと認められる。原告本人尋問の結果中には、原告の主張に副うごとく二階だけしか賃貸していない旨の供述があるが、同時に同尋問の結果に徴すると、中央の家屋一戸の総建坪は被告大和が賃借している西端の家屋一戸の総建坪と同じであるところ、原告は従前から被告大和に対する家賃と同額の家賃(一ケ月金九五〇円の割合)を被告吉形から徴収してきたことが窺われるから、賃貸部分は二階だけと言う右の供述はたやすく信用するわけにはいかない。外に前記認定を覆えすに足る証拠がない。

以上のような次第であるから、原告の被告等に対する第一次請求はこれを棄却する。

二、増額家賃不払を事由とする契約解除の成否(原告の第二次請求について)、

(一)、家賃増額請求の可否、

土地区画整理法所定の移転命令にもとずいて移転した本件移転家屋について同法の適用あることは先に述べたとおりである。

同法第一一六条第一項によると、建築物が移転された結果、(イ)その建築物の利用が増したため、(ロ)従前の賃貸借料が不相当となつた場合においては、(ハ)当事者は契約の条件にかかわらず、将来に向つて賃貸借料の増額を請求することができる、旨が定められている。

従つて、移転家屋の場合は、家屋移転の結果借家法第七条所定の事情が生じても、それを事由に家賃の増額を請求することができないのであつて、移転家屋の利用度が旧家屋の利用度に比して増大したことが増額請求の要件とされ、その要件を充足しないと、旧家屋に対する家賃、即ち一ケ月につき、被告大和、同吉形は各金九五〇円、被告加藤は金一、一〇〇円の家賃がそのまゝ移転家屋の家賃として継続するものと解される。但し右法条の適用されるのは、家屋が移転された当座に限られるから、移転家屋について適宜の期間(相当と認められる期間)従前の家賃で賃貸借が継続すれば、その后は右法条の適用はなく、賃貸人も借家法にもとずいて家賃増額の請求ができるものと理解される。

猶ほ、原告が被告等に対し移転家屋の家賃としてその増額を請求したことし当事者間に争いのないところ、原告の全立証に徴しても、その増額請求がいかなる事由にもとずいて為されたものか明らかにされていないため、被告は、法第一一六条第一項の事由にもとずくことを明らかにしていない本件増額請求はその効力を生ずるに由なき旨を抗弁している。けれども、被告大和(二回共)、同加藤、同吉形各本人尋問の結果を綜合すると、その請求が移転家屋完成后(同三二年一二月中旬頃)から被告等が入居するに至つた同三三年二月一四日までの間に為されていることが認められるので、特に借家法第七条所定の事由にもとずいて増額請求する趣旨が明らかにされていない限り請求の時期から推して、それは法第一一六条第一項所定の事由にもとずいて増額請求した趣旨と推認するのが相当であろうと思われる。

そこで、原告の被告等に対する増額請求の可否について考察してみるに、

(イ)、被告大和(二回共)本人尋問の結果に徴すると、被告等使用の移転家屋がいずれも旧家屋に比して、奥行、間口が共に約半間迄延長され、従前土間であつた部分に三丈と六丈の畳敷部屋が新に設けられ、二階も従前の四丈半二間から六丈二間に変つていることが認められ、右認定に反する証拠がないから、移転家屋は旧家屋に比し、かなり利用の度合が高まつたものと看ることができる。

(ロ)、このように、利用の度合が増大したものであるから、被告等の従前の家賃をもつてしては不相当で、利用の度合が増加した割合に応じて適正な家賃に増額するのが相当と認められる。

(ハ)、右の増額請求は、例えば当事者間に家賃を増額しない旨の特約のある場合は勿論、仮令一定期間増額しない旨の特約のある場合でも(借家法七但参照)、その特約に拘束されることなく、増額を請求できるものと解される。そして、増額さるべき額について、予め当事者間で協議が調つていれば、その特約によるべきこと通常の家賃増額の場合と同じである。

そこで、特約の有無について看るのに、被告大和(二回共)、同加藤、同吉形各本人尋問の結果を綜合すると、旧家屋移転直前の昭和三二年八月上旬原告方において原告が被告等に対し、移転家屋の一ケ月の家賃をいずれも従前の三倍にする旨の意思を表示し、被告等がこれを諒承したことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠がないから、移転家屋に対する一ケ月の家賃は、被告大和、同吉形について各金二、八五〇円、被告加藤について金三、三〇〇円と予約されたものと看るのが相当である。

このように、増額さるべき額が予約されている以上、敢えて増額の基準及びそれにもとずく計算関係を検討する要をみないのであるが、参考までに、当裁判所の見解を示すと、本件の場合における適正家賃は、利用の増加した割合を金銭的に評価し、それに従前の家賃を加算して算出すべきものと思われるが、利用増加の割合を金銭的に評価することは容易でないうえに、鑑定する人によつてその見方も相違するであろうから、原告が交付金以外に支出した費用を投下資本とみて、それに現時の経済(金融)事情に鑑みて相当と認められる利率(利廻)年一割二分(月一分の割合)を乗じて得た積を年間利潤(年間家賃額)とし、それを基礎として増額すべき家賃を算出するのが相当ではないかと考える。各鑑定の結果に照らすと、概ね、適宜に評価した家屋の時価に一定の利率を乗じて算出した額と、地代相当額、税金、保険料等とを合算したものを適正家賃と鑑定しているが、借家法第七条の適正家賃を算出する場合ならばともかくも、地代の多寡、税金の昂騰、立地条件等を増額の基準と為すべきでない本件の場合には、右鑑定の結果はいずれも本件に適切でない(立地条件について一言付け加えると、原告本人尋問の結果中には、移転家屋附近には三〇メートル幅の道路が完成し、近く地下鉄も敷設される予定であるから、旧家屋に比して利用価値が比較にならぬ程高まつている旨の供述があるが、仮令そのような事実があるとしても、それは、原告の出捐その他特段の努力によつてそうなつたのではなく、市政実施の結果そうなつたのであるから、その利益は当事者双方が折半して享受すべきで、借家法による増額請求の場合でもこの事情は斟酌すべき限りでなく、まして本件の場合にはこれをもつて増額請求の要素に数えることはできない)。そこで、右の方法により増額すべき家賃を考察してみることにする。

成立に争いのない甲第一、第一〇の一、二号証と原告本人尋問の結果に徴して真正に成立したものと認められる甲第九号証を綜合してみると、旧家屋の総建坪が八七坪三合一勺であるのに対し移転家屋のそれは一三七坪六勺と増大していること(従つて増築は四九坪七合五勺)、及び原告が大阪市から交付された移転損失補償費金一、〇三八、七六〇円の外に、金一、五七九、二四〇円を投じて移転家屋を完成していることが認められる。被告大和が写した旨供述する(同被告第二回尋問の結果)乙第九号証は果して正写されたものかどうか疑わしいのでたやすく信用するわけにはいかない。そうすると、結局、原告が金一、五七九、二四〇円を投下して四九坪七合五勺を増築したものと看ることができるから(正確には土間を畳敷にしたことによつて生じた利用度の増減等も考慮されなければならないが、それは暫くおくとして)、その坪当り投下資本は金三一、七四三円(銭位未満切捨、以下同じ)、従つて、坪当り一ケ月の利潤即ち増額さるべき坪当り一ケ月の家賃は金三一七円と算定される。故に、被告等が家屋移転により増額さるべき家賃は、使用中の移転家屋の建坪より旧家屋当時使用していた建坪を控除して得た残建坪に金三一七円を乗じて得た積と言うことができる。ところで、被告等が現に使用している移転家屋の建坪が別紙目録記載のとおりであることは当事者間に争いがないが、原告の全立証に徴しても、被告等が旧家屋当時使用していた各建坪を的確に知ることができない。尤も、この点について被告等は、旧家屋一棟のうち、被告大和が南端の一戸、その建坪階下一四坪三合一勺、階上八坪九勺、外に物置八合二勺、被告加藤が北端の一戸、その建坪階下一六坪三合一勺、階上八坪九勺、外に物置三坪五合四勺、被告吉形が中央の一戸、その建坪階下一四坪三合一勺、階上八坪九勺、外に物置四合一勺をそれぞれ使用していた、と主張し、前掲乙第九号証中には右主張に副う記載があるが、その記載がにわかに信用しがたいこと先に述べたとおりであつて、外に被告等の全立証に徴しても、右主張を認めるに足る証拠がないから、被告等の右主張も亦採用できない。このように、被告等の旧家屋使用の坪数が明確でないから、増額さるべき家賃の具体的算定はできない。

(二)、賃貸借契約解除の成否、

原告主張の増額家賃支払催告(約定になした過大催告であるが、その適否は兎もかくとして)に応じて、その催告期間中に、被告大和、同加藤が前記約定増額家賃を、又被告吉形が一ケ月金一、一四〇円の割合による家賃を支払つたことは当事者間に争いがないから、被告大和、同加藤に対する賃貸借契約解除の意思表示がその効力を生ずに由なきことは言うを俟たない。被告吉形は約定の増額家賃を支払つていないが、それは、既に認定した事実に照らして明らかなように、右の増額家賃は移転家屋一棟の中央の家屋一戸全部に対するそれであるのに、原告の所為により、旧家屋の使用坪数よりかなり少ない(同人が従前使用していた坪数は、原告本人の供述しているとおりとしても、約一六坪である)二階一〇坪五合一勺しか使用できないため同被告が、約定増額家賃及び同被告と最も類似した条件を備えている被告大和の使用坪数を基準として、前記金一、一四〇円の家賃を算出したものと推算されるので、同被告にも亦家賃不払の事実が認められない。従つて、原告の被告吉形に対する契約解除の意思表示も効力を生ずるに由ない。

以上のような次第であるから、原告の被告等に対する第二次請求もこれを棄却する。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 牧野進)

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