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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)2436号 判決

原告 杉江愛一

右訴訟代理人弁護士 浪江源治

被告 プリンス自動車販売株式会社

右代表者代表取締役 猪飼昌一

右訴訟代理人弁護士 高田喜雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件につき昭和三五年六月九日に当裁判所がした強制執行停止決定を取り消す。

前項に限り仮りに執行できる。

事実

一、申立て

(原告)

被告より原告に対する大阪法務局所属公証人村松健三九作成第六一四七号条件付自動車月賦販売契約公正証書の執行力ある正本にもとづく強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文一、二項と同旨。

二、請求の原因

(一)  原告の申立て一項記載の公正証書には次のような事項が記載されている。

(イ)  被告は訴外関行敏にプリンス一九六〇年式ARTH2型車台番号OAR2一二六九二号の自動車一台(本件自動車)を代金七六八、八五五円で売り渡す。(本件売買)

(ロ)  代金のうち六八、〇〇〇円は即時支払いずみで、残金は昭和三五年三月末日限り三五、八五五円、同年四月から翌年一〇月まで毎月末日限り各三五、〇〇〇円あての分割払いとする。

(ハ)  右代金の完済まで本件自動車の所有権を被告に留保する。

(ニ)  分割金の支払いを一回でも怠ると期限の利益を失い、日歩一〇銭の損害金を支払うこと。

(ホ)  この場合、被告は催告なしに本件売買を解除して、未払代金全額の支払いを請求することができる。関は解除後直ちに本件自動車を被告に返還すること(一六条一項)。

(ヘ)  (ホ)により本件売買が解除されたときは、被告は本件自動車の占有を回収して自由に使用し、処分できる。関はこれに異議を述べず、占有回収に協力すること。

右によって被告が本件自動車を回収したときは、被告の中古車課の専門的な検査査定に従って時価を決定し、この金額が未払代金、遅延損害金、回収費用の合計に満たないときは、関は不足額を支払わねばならない(一七条)。

(ト)  原告は被告に対して、関の売買契約上の一切の債務と契約解除による損害賠償義務につき、連帯保証をする。

(チ)  関と原告は、この売買契約による金銭債務不履行の場合直ちに強制執行を受けても異議がないことを認諾する。

(リ)  その他

(二)  被告は、関が頭金六八、〇〇〇円と第一回分割金三五、八五五円を支払ったのみで、残額の支払いを遅滞したとして、昭和三五年四月二七日右(ホ)の条項により本件売買を解除し、本件自動車を回収したうえ、同年六月三日原告に対して二一五、〇〇〇円の損害賠償債権ありとしてその財産の差押えをした。

(三)  しかし、右(ホ)(ヘ)の条項は次の理由により無効である。

債務不履行により売買契約が解除されると、買主の目的物返還義務、売主の代金返還義務、他に損害あるときはその賠償義務が生じる。従って、(ホ)の条項の残代金支払義務、(ホ)の条項の残代金、遅延損害金、自動車回収費と回収自動車評価額の差額支払義務は、右の損害賠償額を予定する特約にほかならないといえる。ところが、本件公正証書一八条には、契約解除の場合被告は違約損害金として既払代金を収得し、関はその返還請求ができない旨の規定があり、これによって新品自動車が中古品となったことによる損害あるいは使用料相当の損害は補てんせられたものとみるべく、他に損害賠償請求はできない筋合いである。それゆえ、このほかに前記のような支払い義務を定めることは、損害の二重転嫁であるうえ、買主はあくまで代金支払いの義務があり、売主は目的物を引き渡さなくてよいという等価的商品交換の原則に反する不公正、不条理な結果となり、このような義務を負わせる契約は公序良俗に反して無効である。

(四)  なお、本件自動車を被告が引きとったときの評価額も適正妥当なものではない。

(五)  そこで、被告が(ホ)(ヘ)(ト)(チ)等の条項により原告に二一五、〇〇〇円の執行債権ありとする本件公正証書の執行力の排除を右金額の限度で求める。

三、答弁

(一)  請求原因一の事実は認める。

(二)  被告が分割金不履行を理由に(ホ)の条項により本件売買を解除し、本件自動車を回収したうえ、原告主張の日にその財産を差し押えたことは認める。

昭和三五年三月末日の第一回分割金は、関の懇請により最終回の翌月の昭和三六年一一月末日まで期限の猶予を与えたが、同人は昭和三五年四月二七日に至り、他の債権者の追求をおそれて、被告に本件自動車の保管を委ねた。その後同人は同月末日の分割金の支払いもできなかったので、被告は翌五月五、六日頃本件売買を解除した。従って、関は頭金六八、〇〇〇円を支払ったのみで、分割金(計七〇〇、八五五円)は一回も支払っていない。

(三)  (ホ)(ヘ)の損害額予定の特約は公序良俗に反しない。

本件公正証書一八条に原告主張のような既払代金収得の定めのあることは認める。自動車は高価なものであるのに、不使用のまま日時を経過しただけでも著しく価額の低減する商品であって、既払代金を収得しただけでは到底損害をてん補できるものではない。月賦販売は買主においてわずかの頭金で車輌を使用できる反面、売主は買主が月賦金を支払わないとき莫大な損害を生ずるおそれがある。未払代金、遅延損害金、車輌回収費は、当然てん補を受けるべき実損害に属し、その賠償を受けることは自動車月賦販売を行う上で必要かつ当然のことがらであり、大阪日産自動車株式会社、大阪トヨタ自動車株式会社、マツダ販売株式会社、その他著名な同業者も、本件売買とほぼ同様の損害賠償予定約款を定めている。原告が主張するように損害の二重転嫁でもなければ、不公正、不条理な結果をもたらすものでもない。なお、(ホ)に「未払代金全額の支払いを請求できる」とあるのは、「未払代金額に相当する損害金の支払いを請求できる」という趣旨である。

(四)  本件自動車引き取り当時被告の中古車課で検査査定した時価は四五〇、〇〇〇円であり、これは客観的にも妥当な価額である。

従って、原告は関の連帯保証人として、代金残額相当の損害金だけで、代金七六八、八五五円から、頭金六八、〇〇〇円と右評価額四五〇、〇〇〇円を控除した二五〇、八五五円を本件公正証書にもとづいて支払う義務がある。

五、証拠≪省略≫

理由

(一)  原告主張のような事項の記載のある本件公正証書が存在することは当事者間に争いがない。

(二)  原告は(ホ)(ヘ)の条項が公序良俗に反し無効であると主張する。

本件売買については、その月賦販売条項を規制する特別法規がないから、契約当事者間には原則として契約自由の原則が妥当することは言うまでもない。

当事者間に争いのない(ホ)と(ヘ)の条項に、成立に争いのない甲一号証(公正証書謄本)および弁論の全趣旨を総合すると、(ホ)と(ヘ)の条項は、本件公正証書一六条一号前段と一七条に定められたもので、買主関が分割金支払いを遅滞した場合には、期限の利益を失い(六条所定の(ニ)の条項によっても期限の利益を失う)、被告は催告なしに本件売買を解除し、解除による損害賠償として、一八条により既払代金を収得してその返還義務を免れるほかに、未払代金全額と同額の損害金を関に請求することができること、ならびに本件自動車の占有が被告に回収されたときは、被告の中古車課の専門的な検査査定に従って時価を評価し、右未払代金相当損害金と(ニ)の条項による日歩一〇銭の損害金、自動車回収費用の合計額からこの評価額を控除した残額を関に請求し得ることを定めたものと解せられる。

原告は、契約解除による損害賠償は、一八条の既払代金収得の限度に限られるべきであると主張するが、被告主張のとおり、自動車が中古車となっただけで、あるいは年式が古くなったということだけで著しく価格が低下する商品であって、既払代金の収得のみによっては、分割金の大部分が支払いずみとなっているような特段の事情でもない限り、この価額の減少による損害すらてん補しえないであろうことは≪証拠省略≫からも明白なところである。

ところで、民法五四五条三項は、解除権の行使は損害賠償の請求を妨げないものとしているが、その趣旨とするところは、履行遅滞による解除の場合についていえば、本来の給付の請求をあきらめて解除をした債権者に、契約が履行されたのと同様の償いを得ることができるようにする点にあるから、同法条によっても、本来売主は代金相当額から目的物の返還によって得る利益を控除した額を解除による損害として賠償請求できるものと解せられる。これを本件の場合についてみると、(ホ)と(ヘ)の条項は、既払代金の収得のほかに、残代金相当損害金、自動車回収費用の請求を認めるかたわら、これらの金額および(ニ)の条項による損害金から自動車の評価額を差し引くこととしているのであるから、自動車の評価が不公正な方法でなされるのでない限り、右条項は、民法五四五条三項の趣旨とするところにのっとって定められたものといっても差し支えなく、これをもって公序良俗に反する不公正、不合理な条項とすることはできない。このことは、もし所有権留保の約定がなければ、売主は契約を解除することなく、先取特権にもとづいて、費用は買主の負担のもとに、目的自動車を競売し、残代金と利息につき優先弁済を受けることができるのと対比して、(ホ)と(ヘ)の条項が実質において同様の経済効果をもたらすにすぎないことからみても明らかであろう。

(三)  そこで、(ヘ)に定められた自動車の評価方法が不公正でないかどうかを判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、(ヘ)の条項に被告の中古車課の専門的な検査査定に従って時価を決定する旨定められているけれども、具体的には、被告会社において、業界の慣行によって形成されている中古車の相場、大阪自動車販売店連盟小型四輪貨物車部会において三箇月ごとに協議して公にされる小型四輪中古貨物車査定基準表(乙一〇号証は昭和三五年九月二八日に改正し、公にされたもの)等を勘案して作成した中古車査定価格基準表にもとづいて、中古車課の係員が査定を行っていたこと、被告の右基準表は、契約解除のときの回収自動車の評価のためだけでなく、新車販売のために下取りする中古車の評価のときにも用いられているもので(もっともこのときは評価額にサービス額が上積みされることもある)、評価に際し中古車課に残代金の額等は一切通知されないこと、本件自動車も本件契約解除当時にこの方法で時価を四五万円と査定されたこと等の事実が認められる。これらの事実によると、評価が被告によって行われているとはいえ、個々の場合に被告に不当に利益となるよう恣意的に行われているのではなくして、業界で形成される時価等を勘案して中古車の価格査定が必要な場合に共通して用いるため予め作成された基準表にもとづいて行われているのであって、取引上一応合理的な方法によっているものと認めることができる。このような評価方法がとられることを前提として定められた(ヘ)の条項は公序良俗に反するといえない。

(四)  以上のとおりであるから、(ホ)と(ヘ)の条項を公序良俗に反し無効であるとする原告の主張は理由がない。そして本件売買の分割金のうち少くとも第二回目以降の六六五、〇〇〇円がまだ支払われていないことは当事者間に争いがなく、本件自動車の契約解除時の時価が四五〇、〇〇〇円と合理的な方法で査定されたことは前認定のとおりであり(従って、さきに(ニ)で触れた既払代金が自動車の価額減少を補いうるような特段の事情は存在しなかった。)、その差額の二一五、〇〇〇円につき、(ホ)(ヘ)(ト)(チ)等の条項による本件公正証書の執行力の排除を求める原告の本訴請求は理由のない失当なものである。

そこで、民訴八九条、五六〇条、五四八条を適用ないし準用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 平田浩)

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