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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)1242号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 加藤澄蔵

同 土居章平

被告 大阪府

右代表者知事 左藤義詮

右訴訟代理人弁護士 萩原潤三

主文

一、原告の各請求は、いずれもこれを棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告

(主位的請求)被告は原告に対して金二七四万四四〇〇円およびこれに対する昭和三七年三月九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決ならびに仮執行の宣言。

(予備的請求)被告は原告に対して金二七四万四四〇〇円およびこれに対する昭和三八年三月三一日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決ならびに仮執行宣言。

二、被告、いずれも主文同旨の判決。

≪以下事実省略≫

理由

第一、(争いのない事実)

訴外亡乙山一郎が、昭和三年三月小学校教諭となり、昭和二二年一二月から大阪府○○○郡○○町立○○小学校教諭をしていたところ、昭和三七年三月八日死亡したこと、右乙山の死亡当時被告大阪府においては退職手当に関する条例が制定されておらず、右手当の支給については前記暫定措置法≪国家公務員等退職手当暫定措置法―編者注≫によるとされていたことは当事者間に争いがない。

第二、(原告と右乙山との関係について)

原告が右乙山の死亡当時暫定措置法第一条一項所定の配偶者に該当するか否かにつき争があるので、まづ、この点を判断する。

≪証拠省略≫を総合すれば、つぎの事実が認定できる。

原告は、昭和二二年八月三一日大阪府○○○郡○○村立小学校助教諭を命じられ同校において教鞭をとるようになった。同年一一月から同校に転任してきた右乙山は教育者としての熱意、経験に富み、新任教員である原告は日ごろ何かと指導をうけるようになり、やがて先輩乙山に対する尊敬の念は男女間の愛情へと進展し、そのうち両人の間に情交関係が生じるに至った。乙山は若かりし頃恋にやぶれ、そのためかその時まで未婚であり、原告はもとより未婚であったので両人とも真剣に結婚の意志を固めてはいたが、原告と乙山とは約二〇才年令に隔たりがあり、かつ、乙山は、自主独立の気風が強く、反面他との交際が少なく、時には協調性に欠け偏狭な変り者とうけとられがちであり、また、乙山の生家はもと○○○郡○○きっての資産家といわれていたのが父の代から没落し、乙山はかつての自宅をも他に売払い、わずかにその土蔵を買主から借り受けて実母とともに右土蔵において寝起きしていたなどの事情があって、原告の父が両人の結婚に頑なに反対したため、にわかに実現の運びには及んでいなかった。そのうち両人の関係が同校内外で取沙汰されるようになり、昭和二七年ごろ同校長および地方事務所学務課長から風紀問題であるからとして両人とも他校に転任するようすすめられたが、当時乙山は同校教頭の地位にあって、父兄の信望厚く、父兄らが乙山の転任に反対したため、結局乙山は降格され平教諭として同校に残り、原告だけ同年四月一六日付で○○町立小学校に転任となった。その後も結婚を前提とする両人の交情はひそやかにつづいたが、乙山の母が死亡した後である昭和三三年一二月三一日に至り、乙山の懇望によって原告はそれまで同居していた○○○市内の父母の許を放れ、前記乙山の借受けている土蔵で同人と寝起きを共にするようになり両名とも同所からそれぞれ前記勤務校へ通勤していた。同居後も、両人とも教職にあるためみづから同居の事実を公表することを憚り、つとめて控え目な生活態度を堅持し原告の住民登録、勤務校における届出住所なども従前のままとし、原告においては、右住所を基礎として通勤手当をうけていたこともあって、両名らの勤務先では右同棲の事実は察知されていたが、家主をはじめ近隣の人たちは原告と乙山が常時起居をともにしている事実を覚知する状態にはなかった。原告は、教職のかたわら炊事、洗濯など乙山の身辺の世話をし、乙山の収入とみずからの収入を合せ管理して家計にあたっていた。原告が乙山と同居するようになって後は、原告の父の勘気もゆるみ、黙認の形となっていたが、乙山としては、その一徹な性格から、せめて一軒の家を構えられるようになってから、晴れて挙式ないし婚姻届をする心づもりでおり、両人はそのための蓄財を心がけていた。乙山は、昭和三六年ごろから身体の不調を訴えるようになり、停年も近いため昭和三七年四月には退職して学習塾を開きたいと洩らしていたが、職務熱心のため勤務を休むこともないまますごすうち、ついに昭和三七年三月わずか一週間の病休の後原告の献心的な看護も空しく胃癌のため死亡するに至った。亡乙山の葬儀は前記土蔵が手狭のため乙山の姉の子である近隣の丙川二郎宅で右丙川を喪主として行なわれたが、右葬儀費用一切は前記家を構えるため乙山と原告が共同で貯めていた亡乙山名義預金で賄われた。右葬儀に際して原告の勤務校では正式の婚姻関係でないからとして公式の弔慰はなされなかったが、教職員のほとんどが、個人として香奠などを供えている。以上の諸事実を認定することができる。被告が原告と亡乙山間の内縁関係を否定する事情として挙示する諸事実のうち右認定に反する事実を肯認して他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、乙山と原告との間柄は、ともに教職にある身として晴れて挙式ないし婚姻届をするまではとできるだけ公表をさけ世間の目を憚かっていた点はいなめないとしても単なる愛人関係ないし私通関係と同視すべきものではなく少くとも昭和三三年一二月三一日以降は社会観念上婚姻の意思を有した夫婦共同生活の実質を備えていたと解することができるから事実上の婚姻関係にあったものと認めるのが相当である。慣行的な挙式のないことは、もとより右認定の妨げとなるものではなく、原告の住民登録その他の届出上の住所が乙山と同棲後も従前どおりであることや、日常近隣の人たちに対してつつましやかな生活態度をとったことは前記事情からして、右判断を左右するものではなく、他に右判断を覆えすに足りるような事実は見当らない。

だとすれば、原告は、乙山の死亡当時同人と暫定措置法一一条一号にいう「事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」に該当し、被告に対して同人の死亡による退職手当請求権を有するものというべきである。

ところが、本件にあっては、後記のとおり消滅時効の問題があるので、この点についてつぎに判断する。

第三、(消滅時効)

本件において依拠するものとされている暫定措置法上の本来の退職手当請求権が、一般職の国家公務員については国家公務員法附則一六条により労働基準法の適用が排除されているため国に対する金銭債権として会計法三〇条により五年間これを行わないときは時効により消滅するとの見解が有力である。

右の見解に立つとしても問題は一般職たる地方公務員である乙山の死亡による退職手当支給にあたって被告において地方公務員法附則第六項、大阪府公立学校職員就業規則(昭和25・12・15大阪府教委規則第九号)第二七条「職員が退職又は死亡したときは、特に定める場合を除く外、国家公務員の例により退職手当を支給する」旨の規定により暫定措置法に依拠するとした趣旨がどこにあるかにかかっている。

元来、労働関係が存在するかぎり、その最低基準を定めた労働基準法はいわば一般法、基本法として、その対象が公務員であると否とを問わず、適用あるものとするのが原則であり(同法一一二条)、前記国家公務員法附則一六条は右原則に対する特殊、例外的措置として限定的に解するのが相当である。この原則、例外の関係を前提として右暫定措置法準拠の趣旨をみると、この点については、退職手当の種類、基準、受給権者の範囲などについて条例による具体的規定を設けない間は暫定措置法の定めているところに従うというにとどまるものと解するのが相当であり、これを超えて、地方公務員について国家公務員法を全面的に適用し、その意味で労働基準法の適用をも排除する趣旨であると考える根拠に乏しい。これに反する原告の主張は、その理由がなく、とうてい採用できない。

また、退職手当は、通常の場合、労働の対償の一部後払いとしての性質を有しており、労働基準法一一条の賃金ないしはこれと同視すべきものと解され、本件にあっても、このように解することを妨げるべき事情は見当らない。

かつ、労働基準法のうち賃金の消滅時効を規定した一一五条についてのみ、特殊の適用がなされるべきであるとする理由はない。

だとすれば、右乙山の死亡による退職手当請求権は、地方公務員法五八条二項により労働基準法一一五条の適用をうける結果、同人死亡日時より二年後の昭和三九年三月八日の経過とともに、被告において何らの援用をするまでもなく、時効により消滅に帰したものといわなければならない。

よって、原告の主位的請求である退職手当請求は、その他の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

第四、(不法行為)

原告は、予備的に不法行為による損害賠償を請求し、その請求原因として主張するところは、要するに、原告の被告に対する本件退職金受給申請につき、被告の機関である府教育委員会が、原告主張のようなかしがあるか、あるいは職務違背にあたる措置をとりつづけて来たことが、原告において適正期間内に本訴を提起する機会を失わせる素因を作り出した結果右請求権の時効消滅を招来させたというにあるので、以下この点につき検討する。

1  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は前記乙山の死亡後の昭和三七年四月頃大阪府○○郡地方事務所学務課の教示に基き、同学務課を通じて、亡乙山の勤務先○○小学校を管轄する同郡○○町教育委員会教育長丁村三郎名義の内申書により、大阪府教育委員会教育長鎌田庄蔵に対し、本件退職手当の交付申請をしたところ約九ヶ月を経過した昭和三八年一月九日前記府教育長は前記町教育長に対し、原告が暫定措置法一一条一号にいう「届出をしないが、職員の死亡当時事実上婚姻関係と同様の事情にあった者」として積極的に解するには根拠が稀薄であり、請求者として認定することは困難である旨の理由を付して、右内申を却下した。右却下決定は当時直接原告宛に通知されなかったが、原告は同年三月下旬頃前記○○○郡地方事務所を通じて右却下処分のあったことを知った。原告はその後府委員会に対し、亡乙山との生前の関係を具申して再詮考方を陳情し、次いで、同年一一月一〇日にいたり、前記町教育長は府教育長宛に文書をもって原告および乙山の勤務校における先輩同僚の教諭ならびに亡乙山の生前住居地の近隣者から提出された陳情書をそえて事情を具申し再考方を懇請したが、府委員会側のこれに対する回答がなかったので、昭和四〇年一月七日原告は府知事に対し府委員会のした前記却下処分につき審査請求をなすとともに同年三月二六日当裁判所に本訴提起の手続をとった。右審査請求は、同年六月二八日審査申立期間を経過していることを理由に却下された。

2  以上、原告が府委員会に対し本件退職金手当の受給申請をした経緯およびその後の経過にてらすと、原告が、一応府委員会の善処方に期待して権利の実現をはかることにつとめ、府委員会の申請却下処分の後も、地元関係機関の協力のもとに府委員会に対する再考方の陳情を重ね、さらに行政不服審査による行政救済の方法によったこと自体は、諒とせられるところである。しかしながら本来本件退職手当請求権については、右行政救済の可否とはかかわりなくもとより司法上の権利行使の途が開かれているのであるから、原告が訴訟上の本件退職手当請求権の保全の挙に出でず、法定の時効期間を徒過させた以上、右時効完成による不利益は特段の事情がないかぎり原告において甘受すべきが当然の筋合いというべきである。原告の本件退職手当申請に対し、府委員会側がとった一連の措置や応待につき、かりに、原告主張のようなかしないし職務違背があり、これらが素因となってこれを不服とする原告のその後の再三の陳情ないしは行政上の救済手続を誘発し、ひいては、訴訟上の権利保全を空しくする結果を招くにいたったとしても、それは、原告が訴訟上の権利救済によらず別途行政上の措置による権利実現を自ら選択して府委員会の任意の履行による善処方を期待したために、それが一つの動機ないし縁由となって訴訟上の救済手続を採ることを控えることになった結果にほかならず府委員会側において、原告の訴訟上の権利行使を偽計などによってことさら阻害したことにつき主張立証のない本件(府委員会として行政不服審査の段階で、訴訟上の権利保全の点まで教示する義務があるものとは解せられない。)では、単に府委員会側の措置に原告主張のようなかしないし職務違背の点があったとしても、このことと本件退職手当請求権の時効消滅の結果との間には法律上直接の因果関係を肯認するによしないものといわねばならない。

してみれば、被告の不法行為を理由とする原告の予備的請求も、また、その他の点の判断をまつまでもなく失当というべきである。

第五、(むすび)

以上判断したところによれば、原告の本訴各請求はいずれもその理由がないことに帰するから、これらをすべて棄却し、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 斎藤平伍 裁判官 土山幸三郎 木村奉明)

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