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大阪地方裁判所 昭和41年(行ウ)38号 判決

原告 吉田精一

被告 浪速税務署長

訴訟代理人 井野口有市 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告が昭和四〇年五月三一日付を以てなした原告の昭和三九年分総所得額を一六一万四、五六〇円とする更正の内総所得額五三万円を超える部分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は昭和四〇年三月一三日被告に対し原告の昭和三九年分所得税につきその総所得額は金五三万円であると申告したところ、被告は同年五月三一日付をもつて右総所得額を金一六一万四、五六〇円とする旨の更正をなした。

そこで、原告は同年六月三〇日被告に対し異議の申立をなしたところ、被告は同年八月三一日右申立棄却決定をしたので、原告は同年九月二七日大阪国税局長に対し審査請求をしたところ、昭和四一年二月一一日その棄却決定がなされ、右決定謄本は同月一三日原告に送達された。

2  しかしながら、被告の右更正はつぎに述べる事由により違法として取消さるべきである。

(手続上の違法理由)

(一) 本件訴訟においては、本件更正が更正時における如何なる資料にもとづきなされたか、その資料によれば更正にかかる課税標準ないしは税額が認定できるか否かが訴訟の対象である。

ところが、被告提出にかかる本件訴訟の証拠資料はすべて原告が本件更正に対して異議申立をなした後に調査収集したものである。(換言すれば、本件更正は、よるべき資料なくしてなされたものである。)

よつて、本件更正は、すでにこの点において取消を免かれない。

(二) 本件更正は原告の納税申告権を侵害する事前調査に基づくもので違法である。 現行税法は、憲法上保障されている納税者保護の実現を図るため、納税者が自主的に計算して所轄税務署に申告した所得額を基準としてその税額を定める自主申告納税制度を採つている。したがつて、国と納税者との租税に関する法律関係は納税者の申告によつてはじめて形成される。それゆえ、原告においても昭和三九年分所得税につき申告以前には何らの具体的義務を負つていないにもかかわらず、被告は原告の申告以前に後記(三)に述べるとおり調査を行なつた。すなわち、事前調査は納税申告の自主性を侵害するもので違法であるというべく、かかる事前調査にもとづく更正も違法で取消さるべきものである。

(三) 仮りに事前調査が許されるとしても、それは適法妥当な方法によるものでなければならないところ、本件事前調査はつぎに述べるとおり違法不当なものであつた。

(1)  昭和四〇年二月上旬浪速税務署から呼出しがあり、それに応じて原告が同署に出頭したところ、同署所得税課野瀬清文係官(以下野瀬係官という。)は原告に対し「今年八〇万円位申告して下さい。」と税務権力の恣意により原告の申告すべき額を強要した。

(2)  その後、原告は売上伝票その他原始記録を右税務署に持参して提出した。

(3)  しかるに、野瀬係官は同年同月中旬事前の通知もなさずに元町店に来訪し、午前一〇時三〇分ごろから一時間ほど調査を行なつた。右調査は、事業主たる原告が不在であつたにもかかわらず、店員に税務署員と告げ、見せてくれと言いながら勝手に店内へあがり込み、片隅にあつた丸椅子を無断で使用し、留守番の女店員に日々の売上げ、同人の給料、勤統年数等をしつこく質問するという状況であつた。

(4)  同年三月上旬右税務署から原告に対し二度目の呼出があり出頭したところ、失に原告が提出していた資料(売上伝票等)を返還してくれた。

(5)  しかし、その際野瀬係官は「私の指示に従わない場合(八〇万位で申告しない場合)どうでも勝手にせよ。」と言つた。

(6)  そこで、原告は、同年同月一三日自主的に確定申告書を提出した。

以上原告の確定申告書提出以前になした被告係官の右調査は違法、かつ、きわめて不当なものである。

(四) 本件更正は原告の申告額を否認すべき蓋然性も調査の必要性もないのに行なわれた調査にもとづくもので、また原告本人の説明を十分徴することなく行なつたもので違法である。

すなわち、本件租税法律関係は、前記のとおり申告によつて形成されるもので申告によつて形成される具体的法律関係は被告において尊重しなければならぬものである。申告を尊重するということは、調査をなすにつき申告額を否認すべき蓋然性が高いことが要求されること、申告額を否認するに当つても申告者本人の説明を十分徴することが要求されることを意味する。

ところが、本件更正処分をなすにあたつては、右の要求(要件)を充足していないから違法である。

(五) 本件更正には理由の附記がなされていない。

本件更正通知書には全く理由が附記されていないのみならず。

原告の異議申立に対する決定ならびに審査請求に対する裁決によつても本件更正の理由は明らかでない。

ところで、右異議申立に対する決定や審査請求に対する裁決に理由を附記すべきこと(行政不服審査法第四一条第一項、国税通則法第七五条)は当然であるところ、更正に理由の附記を要するか否かについては、青色申告書に係る年分の所得金額等についての更正には一定の要件の下に理由を附記すべきことを義務づけている(所得税法第一五五条第二項)が、白色申告書に係る年分の所得金額等の更正に理由の附記をすべきかどうかについては明文がない。

しかしながら、行政決定に理由の附記を要求するのは、第一に、決定機関の判断を慎重ならしめるとともに、決定がその機関の恣意に流れることのないようにし、その公正を保障するにあり、第二に行政機関としてのその結論に到達した理由を相手方たる国民に知らせるにある。而して、日常数多く行われる行政決定は、仮にそれが違法になされても、それについて行政不服審査、司法審査が行われるのはそのうちのごく一部分である。そうすると、行政決定自体において公正手続(事実の認定、法の適用、理由の明示)が行われる必要があり、その違背があればそれだけで行政決定を取消し得るものとして司法審査を容易にすると共に、他方行政段階自体において自足的に公正な決定がなされるようにする必要がある。それゆえ、原決定では理由が明らかでなく、行政不服審査、司法審査段階ではじめて理由が明らかにされるということは許されない。そうだとすると、所得税法第一五五条第二項が青色申告書に係る年分の所得金額等についての更正に理由の附記を要求したのは当然のことである(右規定を特に設けた法意は、青色申告制度が正しい帳簿慣行の確定を基礎とする合理的な申告納税制度を実現するため納税者に厳格な帳簿書類の整備、記録及び決算を義務づけているために、更正の理由の附記の程度として特に帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにすべきことを要求したにすぎなく、白色申告についての更正の理由附記の必要性を排除するものではない。)。したがつて、右の法理は当然白色申告書に係る年分の所得金額等についての更正にもあてはまるというべきであるから、同法条同項は理由附記の程度が異なるとしても、白色申告書に係る年分の所得金額等についての更正にも理由の附記を要することを示していると解すべきである。而して、右のように解することによつて、白色申告と青色申告とを統一的均衡的に把握することができ、また、白色申告者が不服申立をなすべきか否かについて判断する機会の提供若しくは攻撃防禦の機会の提供がなされ、処分庁、納税者間の武器の対等が保障されることになる。

(実体上の違法理由)

原告の昭和三九年分所得税の総所得額は申告額のとおり金五三万円であるから、本件更正のうち右金額をこえる部分は被告の過大認定であつて違法である。

3  よつて、被告のなした本件更正のうち総所得額金五三万円をこえる部分の取消しを求める。

二  原告の請求原因に対する被告の認否

原告の請求原因第1項の事実は認めるが、同第2項は争う

三  被告の主張

(手続上の違法性)

1 原告の手続上の違法理由に関する主張(一)ないし(四)は左記(一)ないし(四)のとおり理由がない。

(一) およそ課税処分取消訴訟における審理の対象は、青色申告書に記載された課税標準等を更正する場合の帳簿調査およびその場合の更正理由の附記など税法上積極的に一定の手続を踏むべき旨の規制が設けられている場合のほかはもつぱら課税庁が認定した課税標準等が実際の課税標準等をこえているかどうかにあり、それ以外に課税処分を違法ならしめる法律要件は存在しない。

(二) いわゆる事前調査は適法である。

(1)  現行所得税法の根幹をなす申告納税制度は、納税者が自ら進んで納付すべき所得税の課税標準および税額を帳簿書類等の会計記録に基づき、所得税法の規定に従つて計算し、自己の納税義務の具体的内容を確認したうえで、その結果に基づいてこれらを政府に申告することにより、その申告にかかる納税義務の実現を企図するものである。その趣旨は、元来種々事情の異なる納税者について適正公平な課税が行なわれるためには、その内容を最も正確に知り得る立場にある納税者本人による課税標準等の申告が第一義的に要請されるべきであるという合理的な考え方に加えて、さらに納税義務の履行を国民自ら進んで遂行すべき義務と観念させ、国家が当面する行政上の諸課題を自主的民主的に分担させることによつて、その申告をできるだけ正しいものとし、同時に、その申告行為自体に納税義務確定の効果を付与することが、現代国家における課税方式として相応しいものとの考え方に基づくものとされている。すなわち、申告納税制度は、青色申告制度にその例を見るように、納税者の善意と誠実とを前提とし、かつ、納税者自身が信頼しうる会計帳簿をもち、租税法規に従つて適正な課税標準を計算し、申告することが可能であることを前提とするものであつて、原告のように会計帳簿の作成もない、いわば所得税法の予定する水準に適しない白色申告の納税者については、適正な確定申告書の提出は必ずしも期待できず、また青色申告者のような法定の帳簿書類の作成保存義務も存しないところから、確定申告以前においても調査を行ない、その結果による確定申告の際の納税相談制度を通じ、当該確定申告が所得税法の規定に適合するように指導、相談が行われてはじめて実質的に申告納税制度は補完され維持されている。それゆえ、申告納税制度は、納税者保護の実現を図るための制度であるとの前提に立つ原告の主張は皮相的なものと言わざるを得ない(ちなみに、申告納税制度は米国を除いては英、独等の西欧諸国においてさえ、未だ採用されていない。)。

(2)  国税通則法は、同法第一六条第一項第一号後段において申告納税方式による場合の更正処分につき「当該税額が税務署長の調査したところと異なる場合に限り、税務署長の処分により確定する……」旨定め、確定申告がなされた場合その申告税額の適否につき調査がなされることを前提としながら、その調査をなす時期については申告の事前、事後の区別を設けていないのみならず、旧所得税法(昭和四〇年三月三一日法律三三号による改正以前のもの以下旧所得税法という)第二四条第一項、第二五条第三項も、右国税通則法の規定と同様の規定を設けているが、税務の調査にあたつての手続および基準ならびに調査の時期・範囲・方法等についての制限ないし限界について、同法施行規則第六三条の検査章の携帯義務の規定を除いて、何ら依拠すべき規定を設けていないことと、税務調査の対象である課税要件事実が多種多様の企業あるいは生活環境内に年間を通じて連続して発生する無数の法律的あるいは事実的行為ないし現象であり、また、その認識方法が極めて専門技術的性質を有し、かつ申告納税者の現在の水準からみて税務調査を行政庁における不十分な限られた人員と時間の下に大量的回帰的に行なう必要があることにかんがみると、税務調査の時期は当該行政庁の合目的的裁量に委ねられた事項であるというべきである。

(3)  そこで、事前調査の合理性について検討するに、事前調査により納税者が蒙る不利益は、時間的損失および労力の損失がその主たるものである(事前調査をうけると課税所得を発見されやすいから課税上不利益になるということはもともと不当に納税義務を免れようとする意図であるゆえ考慮する必要がない)。しかし、右の損失は、事後調査の場合においても同様であり、むしろ事後調査の場合の方がより時間がかかるから、事前調査の場合にのみ、特に時間的損失等の不利益を重じなければならない合理的理由は存しない。他方、事前調査による利益は、第一に適正な納税義務の履行が担保される、第二に申告納税の指導育成が行われ、納税の民主化が促進される。第三に事後調査のみで所得調査を行なうよりずつと能率的に適切な所得の調査が行なえる。第四に副次的効果として被調査者が自主申告に習熟する結果、被調査者の申告のための時間および労力が節減されるということにある。右の利害得失を比較衝量すると、事前調査が合理的であることは明らかである。ちなみに、本件における調査により原告が蒙つたと解される不利益は、被告係官が元町店を調査したため仕上り品保管明細表および伝票を把握されたということに帰するが、このようなことはもともと不利益とは言えない。仮に、そのことが不利益にあたるとしても、同様な事態は事後調査の場合にも起りうるから、事前調査固有の不利益とはいえず、事前調査を否定する理由にはならない。むしろ、原告は右のような資料を任意に提示しないものと解され、右資料は事後調査によつてはとうてい把握され得なかつたであろう資料であり、しかもこの資料は課税要件事実認定のための重要な資料であることからしても、本件の場合は、事前調査の重要性およびその実効性を例証するものといえる。

(4)  なお、原告は確定申告以前には納税者は何らの具体的義務を負わないことを理由に事前調査が違法である旨主張するが、国と納税者との納税債権関係および租税手続関係を含む租税法律関係は、旧所得税法第六六条開廃業等の申告、第六五条納税地、第二六条の三青色申告制度、第六〇条給与支払者の申告、第二一条以下の予定納税および予定申告制度、第三七条以下の源泉徴収制度、第六一条支払調書等に例を見るように、所得源泉を有するに至つたときより時の経過に伴つて予定納税、源泉徴収、確定申告と段階的かつ複合的に発展し、それぞれの段階において、租税債権の正確な確定と実現に協力すべき種々の手続的義務を伴うきわめて複雑な構造を有するものであるから、原告の右主張は原告が予定納税義務者である点からして当を得ないものである。

(三) 本件事前調査の方法は正当である。

被告係官がなした調査はつぎのとおりである。すなわち、

(1)  野瀬係官は、昭和四〇年二月四日調査を省略していた原告の昭和三六年分ないし昭和三八年分および昭和三九年分所得税に関する調査のため、原告宅を訪れたところ、原告が急用があると言つたので、調査を中止し、同月六日浪速税務署まで、営業に関する帳簿、原始記録を持参のうえ、出頭するよう依頼したところ、原告はこれを承諾した。

(2)  ところが、二月六日にいたり、原告は病気という理由で出頭せず、同月一三日出頭したが、当然保存していると思われた月別集金帳、請求書等の原始記録は全部破棄したと主張し、A・H伝票(後述する売上金計算の基礎となるもの)の一部および伝票より集計したという計算表一枚を呈示したに止まつた。

(3)  そこで、野瀬係官は、二月一八日原告の経営する元町店を訪問し、責任者の承諾を得て、預り品と伝票の照合調査を行ない、さらに本店を訪問したところ、原告が不在であつたので、調査を中止して帰署し、同月二三日原告の資産の取得状況を調査するため原告の取引先を調査した。

(4)  右のように、原告の従業員に対し任意に質問し、書類を検査することは何ら不当ではなく、また、原告主張のごとく野瀬係官が原告に対し確定申告額を強要したことはない。以上のとおりであるから、原告に対する被告の本件事前調査には何ら違法は存しない。

(四) 原告の本件更正決定が何らの資料に基づかないものである旨の主張に対して、

被告は、前記三の1の(三)に記載のとおり、被告係官の調査に対する原告の消極的な態度にもかかわらず、原告の来署を求め原告の申立てを充分検討し、あるいは、原告店舗取引失等を調査して得た資料に基づいて本件更正をなした。

2 原告の手続上の違法理由(五)(本件更正には理由附記がなされていない旨)の主張も理由がない。

青色申告書を提出することを認められている個人に該当しないいわゆる白色申告者である原告に対する更正通知書に記載すべき事項は、国税通則法第二八条第二項に規定する事項に限られ、それ以外に更正理由を附記する必要のないことは、法文上、あるいは、課税処分の大量回帰的、専門技術的性質からみて明らかであり、前記法律に規定する事項について十分の記載を有する本件更正通知書による更正に何ら違法は存しない。

(実体上の適法性)

原告の昭和三九年分の総所得額はつぎのとおり金一八三万七、四六六円であり、その範囲内でなした被告の本件更正に何ら違法はない。

1 原告は、大阪市浪速区新川二丁目六八三番地に本店を、同市同区元町二丁目七八番地に元町店を、同市南区高津町六番丁八番地に高津店を置き、旭洋舎という屋号を用いてクリーニング業を営む者である。

なお、原告は、高津店は一般通常の取次店システムであつて、原告の支店ではなく、原告とは別の経営主体に属する旨主張する(後述)が、同店が元町店と同様原告の支店であること(高津店を主宰する者が原告であり、同店の収支の総てが原告に帰属すること)はつぎに述べる事実から容易に推認できる。

(一) 原告は高津店の店舗を昭和三八年九月訴外田中セイ子から賃料一カ月一万四、〇〇〇円にて借り受け、これに若千の改装を施こし、その頃からクリーニング業の用に供していたこと。

(二) 原告が高津店の経営者のごとく主張する訴外国井善久子は、高津店開設のため原告がなした新聞広告に応募し、採用された者であり、月額一万三、〇〇〇円の給与を支給され、高津店の受付として原告の事業に従事していたこと。

(三) 高津店の店舗には原告の屋号である旭洋舎の看板が掲げられており、また、同店に設置の電話加入権(大阪六三一局八七一七番)も原告のものであること。

(四) 高津店で使用する伝票は原告が発注し、訴外国井はこの伝票を使用していたこと、そして使用済の伝票と収入金は本店の原告のもとにすべてとどけられ、原告がこれを管理していたこと。

(五) 高津店の必要経費たる店舗の賃料、訴外国井の給料、電気水道料金等はすべて原告が負担していたこと。

(六) 本店および元町店で使用しているヨシザワ式伝票には、旭洋社の表示の下に本店元町店とならんで高津店の所在、電話番号が刷り込まれていること、また、本店、元町店、高津店で使用している仕上り品包装用の包装紙にも右同様の印刷がなされていること。

2 推計により原告の所得金額を算定した理由

原告は、昭和三九年分所得算定の基礎となる前記事業の帳簿書類を備えつけず、かつ、原始記録の保存も売上伝票、領収書の一部だけであり(他は破棄していた)。しかも、右売上伝票には日付の記載がないなどの不備があつたので、これらのみによつては、とうてい原告の所得の実額を計算することができなかつたからである。

また、原告は前記本店、元町店のほか高津店においてもクリーニング業を営んでいたにもかかわらず、右高津店の所得を申告しないで右所得を除外していたのでやむなく推計課税をなした。

3 原告の昭和三九年分所得

(一) 売上金 合計金五〇九万二、八二三円

原告の経営する本店、元町店、高津店の各売上金算出の根拠は次表のとおりである。

表〈省略〉

以下右表の内の係争部分について詳述する。

(1)  H記号四、〇二二~五、〇〇〇番までの伝票使用について

原告は被告に対し、H三、〇〇一~四、〇二一番までを昭和三九年中に使用した分として提供した。

ところで、このH記号の伝票については、訴外キング商事株式会社にその受註等に関する記録がなく、その納入日、納入枚数等を正確に確認できなかつたが、原告がヨシザワ式伝票を使用し始めた時期が昭和三八年頃であること、および、右訴外会社から原告に対し昭和三八年中に原告の発注により納入された伝票は昭和三八年八月一〇日納入のT記号の五、〇〇一番から八、〇〇〇番まで、X記号の五、〇〇一番から七、〇〇〇番までの合計五、〇〇〇枚と同年一二月二六日納入のA記号の一番から八、〇〇〇番まで、K記号の一番から七、〇〇〇番まで、F記号の五、〇〇〇番から一〇、〇〇〇番までの合計二〇、〇〇〇枚総計二五、〇〇〇枚であるという伝票の発註状況ならびにT、X記号の伝票は昭和三八年中に全部使用され、またK、F伝票は昭和三九年中に後記認定のとおり使用されたとそれぞれ推測されるその使用状況等から判断して、昭和三七年中にはこのH記号の伝票は一番から五、〇〇〇番までが原告に印刷納入されていたと推測されること)、H記号伝票四、〇二二~五、〇〇〇番が昭和四〇年以降において使用されていないことおよび不使用により破棄されたものでないこと等の事情からすると、H記号四、〇二二~五、〇〇〇番は昭和三九年中に使用されたと推定される。

(2)  F記号八、一三七~八、二〇〇番までの伝票使用について

F記号について原告が被告に提示した伝票の最終番号は八、一三六番で保存してあつた仕上り品の棚卸表に記載されたF伝票の最後の番号は八、二〇〇番であつた。そして、F記号伝票の昭和四〇年の使用開始は八、二〇一番からであり、かつ、不使用により廃棄等した伝票はないのであるから、同伝票の八、二〇〇番までは昭和三九年中に使用されたという外ない。

(3)  K記号一~七、〇〇番までの伝票使用について

昭和三八年一二月二六日訴外キング商事株式会社から原告にK記号一番から七、〇〇〇番(七、〇〇〇枚)の伝票が納入されたこと、同伝票は昭和四〇年以降には使用されていないこと、原告が同伝票を焼却等したことがないと言つていること、同伝票と同時に発注納入されたA記号伝票一~八、〇〇〇番は原告の申立によると昭和三九年中に使用し尽されたものであること、被告係官が元町店において調査の際把握した課税期間終了直後である昭和四〇年一月四日現在の同店における仕上り品の保管明細表によると、K記号のものが四七枚あり、その伝票番号は六五番から六、九六五番までのものが点在していたこと、右保管明細表は洗濯ずみの仕上り品で受取人に配達されていない保管中のものを整理するため、原告が逐一棚卸をなし、その結果を表にまとめたものであること、原告は右保管明細表を審査庁の担当官が調査した際には残存しないと申立てて提示しなかつたことを綜合すると、K記号伝票七、〇〇〇枚は昭和三九年中の売上げに使用されたと推認される。

(4)  P記号一~四、四〇〇番までの伝票使用について

原告は被告に対し、高津店の開店は昭和三九年九月頃と申立て、使用伝票としてP記号三、一〇一~四、四〇〇番を提示した。しかし、高津店は昭和三八年一〇頃開店されたから昭和三九年は年間を通じて営業されていたものである。したがつて、原告提示にかかるP伝票(昭和三九年九月頃ないし一二月末日までの分一、二九〇枚)をもとに高津店における年間伝票枚数を推計(右提示枚数の三ないし四倍)すると、三、九〇〇枚ないし五、二〇〇枚となる。右推定使用枚数、昭和三九年分の使用が三、一〇一番から開始された事由が明確でないこと、昭和三八年九月頃から一二月末日までに一番から三、一〇〇まで使用し尽されたとするとその使用枚数が多すぎること、P伝票は一番から四、四〇〇番(以降は不明)まで印刷され同店に納入されていたことを綜合すると、昭和三九年中にP記号伝票ないし四、四〇〇番までが高津店において使用されたと推定される。

(5)  伝福一枚当りの平均売上金額

イ 本店分および元町店分について

両店における使用伝票枚数は二一、七〇〇枚であるからこれらを集計記録した帳簿でもないかぎり、時間的制約のある被告の調査にあつてはその全部を集計計算することが到底できないうえ、K記号伝票は提示されなかつた。それゆえ、被告は原告の申立てならびにその提示した伝票をもとにその一枚当りの平均売上金額を算出した(なお、原告の申立てによる売上金額も原告がその伝票のすべてを集計したものではなく一部の月だけ計算したものであり、他はそれをもととする推定によつている。右の原告が集計計算したと称する月分の伝票のうち、四月分のA・H記号伝票八八二枚(A伝票二、〇六六番から二、九一七番、H記号伝票三、一九八番から三、二二七番)について原処分担当者が試算したところ、原告の申立てでは一四九万九、三七〇円であるが、検算の結果では一六万一、五三五円となり、原告の申立てが過少であることが判明した。しかし、原告の提示した伝票の全部については到底検算を実施することができないので、やむなく原告の申立てを正当なものとした)。

(i) 本店分 原告の提示したA・H記号の使用伝票は合計九、〇二一枚であり、その総売上金額は一六三万一、一〇五円であるから、A・H記号伝票一枚当りの平均売上金額は一八〇円八〇銭(乙第一一号証参照)となる。

(ii) 元町店分 原告の提示したF記号の伝票は四、七〇〇枚であり、その総売上金額は九七万二、七一五円(F記号八、一三七番から八、二〇〇番までの伝票分は原告の申立て売上金額九五万三、八七〇円に含まれていなかつたので、右伝票分一万八、八四五円を実際に集計加算した)であるから、F伝票一枚当りの平均売上金額は二〇六円九六銭(乙第一一号証参照)となる、K記号伝票は元町店で使用されたものであるから、その一枚当りの平均売上金額はF記号伝票一枚当りの平均売上金額同様二〇六円九六銭であると推定される。

ロ 高津店分について

原告が提示したP記号伝票は三、一〇一番から四、四〇〇番までの一、二九〇枚(欠番があつたので一三〇〇枚とならなかつた)であつたが、これを全部集計する時間的余裕が被告になかつたので、右のうち四〇〇枚を任意抽出して集計(別紙(一)記載のとおり)を行なつたうえ、その一枚当りの平均売上金額を計算すると、金一九六円二〇銭(乙第五号証参照)となつた。

(二) 必要経費 合計金三二五万九、七〇七円

(1)  一般経費

原告と同種の事業を大阪市内で営む者の事業実績によれば、売上金額に対する一般経費の比率(必要経費から雇人費、地代、家賃等の特別経費を控除した一般経費の総売上金額に対する割合)は三一・六パーセントである。これを原告に適用すると、原告の一般経費は金一六一万七〇七円となる。その算式は、

総売上金額5,097,173円×(31.6/100)= 1,610,707円である。

ちなみに、原告主張の必要経費額金二〇五万四、九七五円から雇人費金一二二万五、〇〇〇円と家賃金七万二、〇〇〇円を控除した一般経費額金七五万七、九七五円の原告主張の総売上金額二五八万四、九七五円に対する割合は二九・三六パーセントである。

(2)  雇人費 合計金一四〇万九、〇〇〇円

イ 武田四一外五名分 金一二二万五、〇〇〇円(原告の申立額のとおり)

ロ 中西正勝分 金一万円

ハ 国井喜久子分 金一七万四、〇〇〇円

右国井に対する分の内訳は高津店従業員である同人に対する給与(金一六万八、〇〇〇円)ならびに賞与金(二回分計金六、〇〇〇円)である。

(3)  家賃 合計金 二四万円

イ 元町店 七万二、〇〇〇円

ロ 高津店 一六万八、〇〇〇円(同店店舗を訴外田中セイ子から一カ月金一万四、〇〇〇円にて賃借りしていた)

(三) 原告の総所得金額

右(一)、(二)に従つて収支を差引計算すれば、原告の昭和三九年分の総所得は金一八三万七、四六六円となる。

4 右推計方法の合理性

被告は、原告店舗備付の御預り証の控(いわゆる売上伝票であつて受注の際必らず複写で作成し、一枚は顧客に交付され、受注品の保管証または出来上り受注品の引換証として使用され、また、収入金についての原始記録となるもの)の使用枚数を保存されていた売上伝票、伝票の発注作成状況、保管にかかる受注品の売上伝票による棚卸状況、前後する年分の売上伝票の使用状況等により前記のとおり算定し(ちなみに(イ)本店、元町店における昭和三八年および昭和四〇年における原告の売上伝票使用枚数は別紙(二)記載のとおりであるから、右両年分に比して昭和三九年分の前記算定の使用枚数が過大であるとはいえない。(ロ)原告店の従事員数、備付機械設備であるワツシヤーの稼動能力、仕上り品の包装紙の使用量から推計した原告の売上金額は前記使用伝票による推計売上金額を上回つていた。(ハ)高津店の一日当りの売上金額〔同店従業員の申立てによると、四月から六月までは四、〇〇〇円位、その他の月は二、〇〇〇円ないし金三、〇〇〇円〕をもとに年間売上金額を計算すると金九〇万円余となり、前記同店使用伝票による推計売上金額を上回つていた)、当該売上伝票の使用枚数に、前記認定の各店舗ごとの売上伝票一枚当りの平均収入単価を乗じて原告の収入金額を算定したうえ、該収入金額から原告主張金額を上回る一般経費額(前記一般経費率により算出した一般経費が雇人費や家賃等のごとく事業主体ごとに差異のある特別経費を加えて算出される総経費率による経費の算出方法よりも合理的であることは言うまでもない)および雇人費、家賃の特別経費の金額を控除して総所得金額を推計したが、この方法は実額による所得計算に準ずる合理的なものである。

四  被告の主張(実体上の適法性)に対する原告の認否および反論

1  被告主張(実体上の適法性)の1項のうち、被告主張のように原告が本店、元町店を設けて旭洋舎という屋号でクリーニング業を営んでいたことは認めるが、高津店に関する被告の主張は査認する。高津店は通常の取次店システム(収入金に対する歩合の比率は事業主と取次店の人とが話し合いで定め、事業主は取次店の人より収入金から歩合金を控除した金額を受領し、したがつて、取次店の人はその取次店で必要な諸経費(家賃、地代、雇人費-取次店の本人も含む、その他)を負担する。なお、右歩合比率は通常事業主七に対し取次店の人三であるが、原告の開店当初で得意先が定まらず収入金が低かつたので昭和三九年度のそれは五対五であつた。ちなみに高津店が開設されたのは昭和三九年八月頃である。)であつて、原告の支店というものではなく、原告とは別個の経営主体に属するものであつた。

2  同2項のうち、原告が帳簿書類を備え付けていなかつたこと、原告の売上伝票に日付の記載がなかつたことは認めるが、その余は否認する。ちなみに、原告の使用伝票は収入の原始記録であり、支出の原始記録は諸領収書である。そして、右のように原告の使用伝票に日付の記載がなかつたため、原告は使用伝票の月毎綴りに各使用伝票を折り込んでいた。

3. 同3.項について

(一) 売上合計金は否認する。原告の申立て額のとおり売上は金二五八万四、九七五円である。(高津店は前記のように取次店であつたので、収入金額から歩合額を控除した金額が本店へ納入され、右収入は本店分に加算されている)。

(1)  使用伝票および使用枚数について

イ A記号一~八、〇〇〇番(八、〇〇〇枚)の使用は認める。

ロ H記号三、〇〇一~四、〇二一番まで(一、〇二一枚)の使用は認めるが、同記号四、〇二二~五、〇〇〇番まで(九七九枚)の使用は否認する(同記号は一番から五、〇〇〇番まで印刷されていたが、四、〇二二番以降は未使用につき破棄した)。

ハ ちなみに、右A・H記号各伝票の使用状況は別紙(三)記載のとおりである。

ニ F記号三、五〇一~八、一三六番まで(四六三六枚)の使用は認めるが、同記号八、一三七~八、二〇〇番までの使用は否認する(但し、同記号伝票が一番から一〇、〇〇〇番まで印刷されていたことは認める)。

ホ K記号一~七、〇〇〇番まで(七、〇〇〇枚)の印刷については不知、その使用については否認する。被告主張の保管明細書に記載のK記号は昭和三八年度以前に原告がゴム印等を使用して便宜押印していたものであつて、訴外キング商事で印刷したものではない。なお、原告が右保管明細表を作成した理由は土地区画整理のため本店の建物の店舗部分をとりこわすことになつたため、元町店の過年度分の整理をしたもので被告係官が把握したというK伝票もすべて昭和三八年度以前に使用済のものである。

ヘ P記号一~四、四〇〇番まで(四、四〇〇枚)の印刷については不知、その使用については否認する。

(2)  伝票一枚当りの平均売上金額についてはいずれも否認する。

(二) 必要経費額は否認する。必要経費は原告の申立て額のとおり金二〇五万四、九七五円である(その詳細は別紙(四)記載のとおりである)。なお、被告主張の一般経費率については否認する。(原告の場合、二九・三六パーセントである)経費率は経営の規模により多少の差が生じるが、経営規模の大は大なりに、小は小なりに経費は見合うのが当然で、被告は、すでに論理的にも実際上でも破産した「標準率」をもとにして経費率を割り出したものと考えられ、不当である。

(三) 総所得金額は否認する。原告の申立て額のとおり金五三万円である。

4  推計方法の不合理性

被告の推計方法は、売上金額ならびに必要費のいずれの算出においても高度の合理性を持ち得ず、かつ、原告においてその合理性を充分検討しうるものではないから、その推計の不合理性は明白である。ちなみに、被告は印刷され納入された伝票はすべて使用されたと推定しているが、取引の実態からすると伝票の終了番号は中途半端な数字で終り、次年度の伝票使用開始は新たに勘定易な数字から始めるのが通常であるから、その端数の伝票は使用の容されずに破棄されたとみるのが妥当であり、また、大阪納税協会発行の税務資料(西洋洗たく業につき基準にしている経費率)に従つて被告主張の一般経費額の内訳を算出したものと原告が現実に要した必要経費の内訳(支出についての原始記録の内ガス料金および元町店の水道、電灯料金に関する分を除く全部を証拠として提出)とを対照すると別紙(五)記載のとおりになるが、これによると被告の推計が事実を無視した架空の根拠に基づくことが明白である。

第三証拠〈省略〉

理由

一、原告の請求原因1の事実は当時者間において争いがない。

二、そこで、被告の本件更正の適否につき判断する。

(手続上の適否について)

1  原告主張の手続上の違法事由(一)についての判断

被告は、課税処分取消訴訟における審理の対象は、青色申告書に記載された課税標準等を更正する場合の帳簿の調査およびその場合の更正理由の附記(旧所得税法第四五条)等税法上積極的に一定の手続を踏むべき旨の規制が設けられている場合のほかは、もつぱら、課税庁が認定した課税標準等が実際の課税標準等をこえているかどうかにあり、それ以外に課税処分を違法ならしめる法律要件は存在しないと主張する。

当裁判所も、この点については被告と同じ見解を採るもので、而して国税通則法第二四条は右の手続上の規制を定めた積極的な規定の一と考える。そして同条は更正をなす場合の手続について「税務署長は、納税申告書の提出があつた場合において、その納税申告書に記載された課税標準等又は税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたとき、その他当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額を更正する。」と規定し、税務署長が更正をなすにあたつては、当該更正が青色申告書に係るものであると白色申告書に係るものであるとに拘らず、調査がなされることをその手続上の要件としており従つて、全然調査することなく更正がなされたときには、違法として取消事由にあたると解されるが、本件更正は、後記のとおり適法な調査がなされ、これによりなされたものと認められる。

原告は、本件訴訟の対象は本件更正にかかる課税標準ないしは税額が更正時における資料で認定できるか否かである旨主張する。

国税通則法第二四条は「………その他の当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申請書に係る課税標準等又は税額等を更正する」と規定するから、右規定は、調査資料によつて更正にかかる課税標準又は税額が認められないときは当該更正は不適法であるとする見解の成文上の一の根拠となる観を呈するが、右規定の趣旨は課税庁が全然調査をしないで恣意的に課税することを禁ずることにあるものと解すべく(全然調査をしないでなした更正は取消事由があると解すべきことを前記のとおり)、右親定を以て右の見解の成文上の根拠とはなし難い。

以上、いわゆる税金訴訟の対象は、原則として、課税庁が認定した課税標準又は税額が実際のそれを超え、納税者の権利を侵害しているか否かにあり、而してその主張、立証における攻撃防禦の方法は、民事訴訟法第一三九条等の制限をうけることがある外は、原則として、口頭弁論終結時まで適宜調査収集提出できるものと解するのが相当である。

以上により、原告の手続上の違法事由(一)の主張は理由がない。

2  原告主張の手続上の違法事由(二)についての判断

本件は事業所得にかかる所得税に関するもので、暦年の終了の時、すなわち、昭和三九年一二月三一日の経過と同時に法律の規定により客観的、抽象的に租税債権債務は成立し、そして、第一次的には原告の確定申告によつてその税額が具体的に確定され、租税債権債務が具体化したのであつて、確定申告により原告と国との本件租税債権債務が形成されたとする原告の主張は採用できない。

ところで、本件所得税についての調査は、抽象的客観的にその租税債務の成立後確定申告前になされたものであることは後記のとおりである。

原告は、確定申告前になされた調査は、原告の自主的申告権を侵害し、違法である旨主張するが、調査の時期については法律は何ら規定せず、調査を納税者の申告前になすか、申告後になすかは課税庁の合目的的な裁量にまかされておるものというべく、従つて申告前の被告の調査であるというだけでは、原告の申告の自主性を害したことにならぬのであつて、この点についての原告の主張は理由がない。

3  原告主張の手続上の違法事由(三)についての判断

課税庁の調査の方法、範囲について、法律には何ら具体的な規定はないが、その調査が合法的なものでなければならぬことは当然で、法律に規定のない限り強制的に調査をすることは許されない。しかし、課税庁は納税義務者その他関係者の任意の承諾があるときは、法規の根拠を有することなく納税義務者その他の関係者の店舗、工場、倉庫等の現場に臨み、帳簿書類を閲覧するなどして納税者の取引の状態、財産の状況、物件の移動状況等の調査を行なうことができることは言うまでもない。

そこで、進んで被告がいかたる調査をなしたかについて検討するに、〈証拠省略〉と弁論の全趣旨を総合すると、野瀬係官が昭和四〇年二月上旬税務調査のため原告方を訪問したが、事前通知をなしていたかつたため、原告が急用がある旨申立てて調査を拒否したので、同係官は原告に営業に関する帳簿、原始記録を持参のうえ浪速税務署へ出頭するように求めたこと、そして、同月一〇日ごろ原告が同署に出頭し同係官と昭和三九年分の所得税について面談したうえ、売上金算定の基礎となる使用伝票(A・H記号の各伝票)および右伝票を集計したと称する計算表一枚を提出したこと、しかし、同係官は右資料では不十分であると考え同月中旬原告が経営する元町店を訪問し、原告が不在であつたので同店の従業員(同店には一名のみ勤務していた)に税務署員である旨身分を告げ、同従業員の承諾をえたうえ、同店の日々の売上金、同従業員の給料、勤務年数等の質問をしたり、同店の預り品、伝票の照合調査等をなしたことを認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。被告は、昭和四三年二月二三日野瀬係官が原告の資産、取引状況を原告の取引先につき調査した旨、および原告の申立てた包装費を基準に推計計算を行ない原告の所得を検討した旨主張するが、右主張事実は本件全証拠によるも、いずれも認めることができない。なお、原告は野瀬係官が原告に対し確定申告額を八〇万円とするよう強要した旨主張し、原告本人は右主張事実に符合する供述をなしているけれども、右原告の供述はにわかに措信できないし、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

以上、本件において、被告のなした調査は、全く任意調査であると認められるから何ら違法な点はなく、この点に関する原告の主張は失当である。尚原告は、事前通知もなさずに被告係官が元町店を訪問して原告の不在中に臨場調査をなしたのは違法不当である旨主張するが、前記認定のとおり野瀬係官は元町店の臨場調査に際し同店の従業員に税務署員である旨その身分を告げたうえ、任意に質問調査をなしたのであるから、事前通知をなさずに調査に赴き、原告の不在中に調査がなされたとしても、その調査が違法不当なものということはできない。したがつて、この点に関する原告の主張も失当である。

4  原告主張の違法事由(四)についての判断

この点についての原告の主張は独自の見解で採用し難く、而して被告が本件においてなした調査は前記のとおり違法である。

よつて、原告のこの点の主張は理由がない。

5  原告主張の違法事由(五)についての判断

原告は、本件更正通知書には理由附記がなされていないから違法である旨主張するが、国税通則法第二八条第一、二項、旧所得税法第四四条第一、二項によれば、更正は、国税通則法第二八条第二項もしくは旧所得税法第四四条第二項に掲記の事項を記載した更正通知書を税務署長が送達して行なうことになつており、更正の理由を通知すべきものとは規定していないのみならず、所得税法第四五条第二項が「政府は、青色申告書について更正をなした場合においては、国税通則法第二八条第二項の更正通知書には前条第二項の規定により附記する事項に代えて、更正の理由を附記しなければならない」と規定していることにかんがみると、白色申告に対する更正には理由の記載を欠いても違法ということを得ないものと解する。したがつて、この点に関する原告の主張は失当である。ちなみに、本件においては、〈証拠省略〉によれば、前判示の国税通則法第二八条第二項所定の事項が本件更正通知書に記載されていることが認められるから、被告のなした本件更正通知書は適式である。なお、原告は一般に行政決定には理由の附記が要求されるゆえ、白色申告に対する更正にも理由の附記を要するというべきである旨主張するが、それが望ましいことという意味においては首肯できるけれども、前記法条の解釈としては採用できない。

(実体上の適否について)

原告は、本件更正のうち、総所得額金五三万円をこえる部分は被告の過大認定であつて違法である旨主張するので、この点について判断する。

1  原告経営の店舗数

原告が大阪市浪速区新川二丁目六八三番地に本店を、同市同区元町二丁目七八番地に元町店を置き、旭洋舎という屋号を用いてクリーニング業を営む者であることは当事者間において争いがない。

而して、〈証拠省略〉を総合すると、原告は昭和三八年九月ごろ訴外田中セイ子から大阪市南区高津町六番丁八番地所在の建物を賃料一カ月一万四、〇〇〇円にて借受け、店舗に改装したうえ、同年九月末ごろクリーニング、旭洋舎高津店という看板をかかげて、本件にいわゆる高津店を開設し、そのころ訴外国井喜久子を同店受付従業員として雇入れ、月額一万三、〇〇〇円の給与を支給し、同店の必要経費たる家賃、電気代、水道代等はすべて原告が負担し、その後昭和四二年一二月末まで引き続き右店舗においてもクリーニング業を営んでいたことを認めることができる。

〈証拠省略〉のうち右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  推計課税の適法性について

旧所得税法第四五条第三項は、「第一項に規定する場合(青色申告の場合の更正又は決定の特則)を除く外、政府は、財産の価額若しくは債務の金額の増減、収入若しくは支出の状況又は事業の規模により所得の金額又は損失の額を推計して更正又は決定をなすことができる。」と規定するのみで、いかなる状況にあればかかる方法によることができるかについては税法上何ら具体的な規定がない。しかし、税法が納税申告制度を採用し、実額課税をその本則としていることは言うまでもないから、所得の実額把握が可能な場合、すなわち、正確な内容の会計帳簿の存在するとき、あるいは、納税者の税務調査への全国的協力がなされたときは、実額を調査計算すべきであり、他方、所得の実額把握が著しく困難若しくは不可能である場合、すなわち、会計帳簿の備付けがないか、あつても不備であつたり、その記載内容が不正確なとき、あるいは、納税者の税務調査への全面的協力が得られないときは、推計課税の方法を採ることが許されるというべきである。本件についてこれをみるに、原告が前判示のクリーニング業を営むに際し、会計帳簿を備付けていなかつたこと、および収入の原始記録たる売上伝票に日付の記載がなかつたことは当事者間において争いがなく、必要経費の内、本店および元町店のガス料金、元町店の水道、電灯料金および高津店の経費についてはその実額調査ができる資料がないことは原告の自認するところである。したがつて、本件の場合会計帳簿の備付けがなく、かつ、収支の原始記録があつても不備な場合に該当するというべく、結局、原告の所得の実額を把握することは不可能であると認められる。そうすると、被告において推計により原告の所得を認定することは適法であるというべきである(所得税法一五六条)

3  そこで、原告の昭和三九年分総所得額につき、被告のなした推計について検討することとする。

(一) 売上金について

(1)  原告が本店においてA記号伝票一~八、〇〇〇番まで(八、〇〇〇枚)、H記号伝票三、〇〇一~四、〇二一番まで(一、〇二一枚)を使用し、元町店においてF記号伝票三、五〇一~八、一三六番まで(四、六三六枚)を使用し、その総売上額が金二五八万四、九七五円であつたことは当事者間に争いがない。而して〈証拠省略〉を綜合すると、右売上金二五八万四、九七五円の内本店における売上は一、六三一、一〇五円、元町店における売上は九五三、八七〇円であることが認められる。

(2)  その余の伝票使用および売上金の有無について

イ H記号伝票四、〇二二~五、〇〇〇番までの使用の有無

H記号伝票が一~五、〇〇〇番まで印刷され、原告に納入されていたことは当時者間に争いがないが、原告が昭和三九年中に被告主張のとおりH記号伝票四、〇二二~五、〇〇〇番を使用し売上金を得たと認めるに足りる証拠はない。(被告は、右伝票が昭和四〇年以降において使用されていないし〔原告はこれを破棄したとして昭和四〇年以降使用していないことを認めている。〕又それが破棄されたものでないと認められる〔古川素也は被告の右主張に符合する証言をなしている〕から、右伝票は昭和三九年中に使用されたと推定されるべきであると主張するけれども、被告主張の右事由が認められるとしても、右事由のみから被告主張の右推定をなすことの合理性は乏しい。)

ロ F記号伝票八、一三七~八、二〇〇番までの使用の有無

F記号伝票が一~一〇、〇〇〇番まで印刷され原告に納入されていたことは当事者間において争いがないが、原告が昭和三九年中に被告主張のとおりF記号伝票八、一三七~八、二〇〇番までを使用し、売上金を得たと認めるに足りる証拠はない。(被告は、その主張事由により、右伝票は昭和三九年中に使用されたと推定されると主張するが、同年中の仕上り品の棚卸表に記載されたF伝票の最後の番号が八、二〇〇番であつたと認めるに足りる証拠はなく、もつとも原告本人尋問の結果によれば、原告が昭和四〇年度はF記号伝票の八、二〇一番から使用しはじめたことが認められるが、右事実のみから、被告主張の推定をなすことの合理性は乏しい。)

ハ K記号伝票一~七、〇〇〇地までの使用の有無

〈証拠省略〉によると、原告は昭和三八年一二月二六日K記号伝票一番から七、〇〇〇番までを購入したことが認められる。

ところで、元町店の仕上り品保管明細表にK記号伝票が記録されていたことは当事者間に争がなく、〈証拠省略〉によると、右明細表に記録されていたK記号伝票の番号は六、九六五番までのものが散在していたこと、昭和四〇年中には右記号伝票は使用されてなかつたことが認められ、右事実に弁論の全趣旨(原告の主張によると、昭和三九年中における本店使用伝票数は九、〇二一枚であるに比し、元町店使用伝票数は四、六三六枚に止まること、本店においてA記号伝票の如く、注文購入したもの全部〈証拠省略〉によるとA記号伝票一番から八、〇〇〇番までを昭和三八年一二月二六日購入)を昭和三九年中に使用し、右A記号伝票で不足する分につきH記号伝票の一部を使用したと認められる例もあること等)を綜合すると、原告は昭和三九年中にK記号伝票を全部使用し売上金を得たことが推認される。右各認定に反する〈証拠省略〉は信用しない。

ところで、元町店における昭和三九年中のF記号番号三、五〇一番から八、一三六番までの売上伝票四、六三六枚に対する売上は九五三、八七〇円、右伝票一枚当りの売上は二〇五円七五銭の割合であること前記認定のとおりであるから、同店における同年中の前記K記号の売上伝票一枚当りの売上も同額で、従つて右K記号伝票七、〇〇〇枚の売上金は合計一、四四〇、二五〇円と推認される。

ニ P記号伝票一~四、四〇〇番までの使用の有無

〈証拠省略〉によると、高津店においては、昭和三九年中は売上伝票の記号としてはP記号を用いていたこと、同年一〇月から同年末までの使用伝票の記号番号として提示されたものはP記号の三、一〇一番から四、四〇〇番(ただし、四、一九一番から四、二〇〇番までは欠番)であつたこと、同店における売上は四月から六月の三箇月は一日平均四、〇〇〇円、その他の月は二、〇〇〇円ないし三、〇〇〇円であつたことが認められ、右事実によると高津店においては昭和三九年中売上伝票はP記号の一番から四、四〇〇番まで使用され、その売上金額は合計八六三、二八〇円(右金額の算出方法は被告主張のとおりで〈証拠省略〉によると、右方式は合理的と考えられる。尚高津店の月平均営業日を二五日〔休日を除く〕とし、四月から六月までの三箇月は一日平均四、〇〇〇円、その他の月は平均二、五〇〇円として年間売上金額を算出すると、八六二、五〇〇円となる。)と推認される。

前顕〈証拠省略〉の内右認定に反する部分は採用しない。

(3)  以上、原告の昭和三九年における売上金額は合計四、八八八、五〇五円であると推計される。

(二) 必要経費について

被告は、原告と同種の事業を大阪市内で営む者の一般経費の売上金額に対する比率は三一三・六%であると主張し、右比率によつて原告の本件一般経費を算出しているのであるが、同業者の一般経費率が三一・六%であると認め得る証拠はない。

ところで、納税者がその所得について過少申告する場合においては、収入を過少に、もしくは、経費、損金を過大に申告し、又は収入を過少に、そして、これに見合うように(真実の収入額および必要経費あるいは損金額を基礎にして算出される正当な一般経費率もしくは、これに近い比率を過少申告の収入額に乗じて)経費を過少に申告し、従つて、その申告にもとづき算出される一般経費率は大となる傾向にあるのが一般であると解されるところ、原告はクリーニング営業において経費率は規模により多少の差は生じるが、大は大なりに、小は小なりに見合うのが当然であると主張し、かつ、その主張するところによると原告の本件年分の一般経費率は二九・三六%であるから、右一般経費率二九・三六%は前記認定の如く売上額が申告額より増加してもその比率は変りはないものと認めることは不合理ではない。(原告は一般経費の実額は七五七、九七五円であると主張するが、原告本人の供述および弁論の全趣旨によると、本店および元町店のガス料金、元町店の水道、電灯料金については原告主張の額を認めるに足りる証拠はなく、本件認定の高津店の売上に対応する一般経費についてはその主張立証はないのであるから、原告主張の一般経費実額は、たかだか原告申告の売上額に見合う一般経費額であるに止まり、真実の一般経費額とは認め難い)。

そうすると、原告の本件昭和三九年分の事業の一般経費率は二九・三六%と認めるのが相当で、これによると、一般経費は一、四三五、二六五円(売上額四、八八八、五〇五円の二九・三六%)これに被告主張の特別経費(雇人費、地代家賃)一、六四九、〇〇〇円(被告主張の雇人費中、中西および国井に対する分ならびに家賃金中高津店に関する分については、〈証拠省略〉および弁論の全趣旨によりこれを認める。その余の部分については当事者間に争がない)を加えると必要経費は三、〇八四、二六五円となることは計数上明らかである。

(三) 以上、前記(一)に認定の売上金額四、八八八、五〇五円から(二)に認定の必要経費三、〇八四、二六五円を差し引いた一、八〇四、二四〇円が、原告の本件年分の総所得金額と認められる。

三  そうすると、被告のなした本件更正について、取消原因となるべき手続上の瑕疵はなく、又、更正にかかる総所得額は前記認定額の範囲内で過大とは言えない。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから、失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 井上三郎 矢代利則 大谷種臣)

別紙(一)

P記号調査時確認分  (同左集計)

三一〇一~三二〇〇……一八、五三〇

~三三〇〇

~三四〇〇……一七、二八〇(白スーツ染一)

~三五〇〇

~三六〇〇

~三七〇〇

~三八〇〇

~三九〇〇

~四〇〇〇……二〇、〇七〇

~四〇九〇

~四一九〇(~四二〇〇欠番)

四二〇一~四三〇〇

~四四〇〇……二二、六〇〇

七八四八〇÷四〇〇打

一二九〇打×一九六・二〇=二五三〇九八

別紙(三)

H伝票

一月  三、〇〇〇-三、〇二四  二月  三、〇二五-三、〇四五

三月  三、〇四六-三、一九七  四月  三、一九八-三、二二七

五月  三、二二八-三、二六〇  六月  三、二六一-三、二八四

七月  三、二八五-三、三〇六  八月  三、三〇七-三、三三六

九月  三、三三七-三、三五三  十月  三、三五四-三、四八七

十一月 三、四八八-三、五〇三  十二月 三、五〇四-四、〇二一

A伝票

一月      一-  六四九  二月    六五〇-一、三〇九

三月  一、三一〇-二、〇六五  四月  二、〇六六-二、九一七

五月  二、九一八-三、七六三  六月  三、七六四-四、五五二

七月  四、五五三-五、二五八  八月  五、二五九-五、八八〇

九月  五、八八一-六、五一五  十月  六、五一六-七、一九四

十一月 七、一九五-七、八一〇  十二月 七、八一一-八、〇〇〇

別紙(四)

○光熱費    一八一、四〇九

内訳 電熱(関西電力)    一〇二、〇〇六

〃  瓦斯(大阪瓦斯)     六七、四〇三

〃  元町取次店水道料・電灯料 一二、〇〇〇

○荷造包装費   四七、四〇〇

内訳 包装紙及袋        四七、四〇〇

○消耗品費   一九三、四五〇

内訳 材料(ウエダ)      四六、〇六〇

〃  〃 (中山)       四八、五九〇

〃  〃 (宇野)        九、〇〇〇

〃  燃料重油(垣内)     七四、〇五〇

〃  〃 ガソリン       一五、七五〇

○通信費     七一、五八五

内訳 電話料          七一、五八五

○水道料     四一、八一三

○修繕費     九八、三〇〇

内訳 自転車修理費等(浦上他) 九八、三〇〇

○組合費     一〇、七〇〇

内訳 環境衛生同業組合費    一〇、七〇〇

○外註費     二五、五八〇

内訳 ドライ代(東洋ドライ)  二五、五八〇

○諸雑費     八七、七三八

内訳 但し、諸税公課を始めとする小口支払

○雇人費  一、二二五、〇〇〇

内訳 但し高津店をのぞく

○地代家賃    七二、〇〇〇

内訳 元町取次店家賃      七二、〇〇〇

経費合計 二、〇五四、九七五

別紙(二)、(五)〈省略〉

「大判例」は20世紀で日本国憲法下の裁判例のうち,公刊物に掲載されたものをまとめたインターネット判例集です。原則として公刊されたものをそのまま載せています。

憲法により判決は公開とされており,法曹および法律研究者に利用されているものです。その公共性と平等主義の観点から,送信防止措置または改変には一切応じませんのでご了承ください。

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