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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)1094号 判決

原告 国

訴訟代理人 二井矢敏明 外二名

被告 チトセ株式会社

主文

被告は原告に対し金三〇万五四〇〇円及びこれに対する昭和四四年三月一二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は仮りに執行することができる。

但し、被告が金一五万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告指定代理人は、「主文第一、二項と同旨」の判決並びに仮執行の宣言を求め、

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二当事者の主張並びに答弁

一  原告主張の請求原因

1  訴外植野嘉輝は、昭和四一年一〇月二一日現在において、別紙〈省略〉滞納税額表記載のとおり、すでに納期を経過した所得税計金三七六万四五三四円の国税を滞納していた。

2  訴外植野は、昭和二七年一一月一日被告会社に入社し、昭和四一年一一月一〇日退社したもので、したがつて、右植野は被告会社に対し、被告会社の就業規則に基く給与規定により金五一万二四〇〇円の退職金債権を有するに至つた。

3  原告は、右植野に対する第1項記載の滞納国税債権に基き、右植野が被告会社に対して有する前項の退職金債権のうち国税徴収法七六条四項所定の金額を控除した残額金三〇万五四〇〇円(ただし、当初金三一万九二〇〇円として差押処分をしたが、その後正確に差押禁止額を計算したところ、差押可能額は金三〇万五四〇〇円である)について、昭和四一年一〇月二一日差押処分をなし(右植野は同年同月二〇日被告会社に対し退職願を提出した)、右債権差押通知書は第三債務者である被告に同月二五日到達した。

4  よつて、被告に対し金三〇万五四〇〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四四年三月一二日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告の答弁並びに主張

1  答弁

(一) 原告主張の請求原因第1項記載の事実は不知。

(二) 同第2項記載のうち、訴外植野が昭和二七年一一月一日被告会社に入社し、昭和四一年一一月一〇日退職したこと、は認めるが、その余の事実は否認する。

(三) 同第3項記載の事実は認める。

2  主張

(一) 訴外植野の被告会社に対する退職金債権は存在しない。すなわち、

(1)  右植野は、被告会社の大阪支店長在任中の昭和四一年二月頃から同年四月頃にかけて、被告会社の製造にかかるスチール椅子を訴外内記金属株式会社に販売するに際し、被告会社から植野に対し、右訴外会社と直接取引するよう再三命じたにも拘らず、右植野はこれを無視し、あえて当時既に支払不能の徴候が見えていた訴外株式会社大阪家具に一旦販売し、更に同会社から右内記金属株式会社に販売させるという取引方法を強行し、その結果、間もなく右株式会社大阪家具が倒産するに至り、右販売にかかるスチール椅子代金一二二〇万円の回収を不能ならしめ、被告会社に対し右同額の損害を蒙らせたもので、被告会社は、右植野の業務命令違反並びに任務懈怠を理由として昭和四一年一一月一〇日同人を懲戒解雇し、就業規則の給与規定による退職金を支給しない旨決定し、同人にその旨通知した。

もつとも、右植野の退職は、形式上は依願退職の形をとつたが、これは、右植野が被告会社の代表者代表取締役である葛西康男と学友であること及び右植野の将来の就職等を考慮し、恩情的にかかる措置をとつたものであつて、右は懲戒解雇の実質になんら影響するものではたい(なお、この種の事案の判例として、最高裁昭和四五年六月四日判決があるが、右は、要するに職員が不法行為をして農業協同組合に多額の損害を与えたため、役員会においてその職員を懲戒免職にすべきである旨決議し、その辞令の交付を当日まで組合長の地位にあつた者に委任した場合で、その者が被免職者の将来を考慮し、右の決議に反して依願免職の辞令を交付したときは、その処分は「依願退職」処分として有効であるから、被免職者は、退職金請求権を有するとするものであつて、むしろ当然である。蓋し、右は実質も形式も依願退職だからである〔懲戒免職にする旨の役員会の決議は、内的な意思決定にすぎず、被免職者に告知されていない〕。したがつて、本件と事情を異にするものである。)

そして、右植野のような場合、退職金債権を有しないことは、一般企業の労使間における慣習法(ないし事実たる慣習)として厳然と存在する(とくに被告会社程度の中小企業における慣習として定着している)。このことは、退職金を未払賃金の一種と解するとしても異なるものではなく、そして退職金は日々の労働に対応する賃金とは異なり、全体としての勤務に対応するものである点において特殊性を有しているもので、最終段階での使用者による勤務自体の再評価が不可避であり、それにより金額の減縮あるいは全く支払われない場合が生ずるのは当然のことである。

(2)  仮に一般論として右のとおり主張することが認められないとしても、本件植野のように、永年の続勤の功を抹殺してしまう程の不信行為があつて懲戒解雇されたような場合は、退職金債権を有しないとする慣習法はその有効性を肯定すべきであり、したがつて、右植野は退職金債権を有しない。

(3)  仮に当該労働者の退職金請求権を喪失させるにつき、「没収」なる行為が必要であるとしても、被告は右植野に対して懲戒解雇の意思表示をするに際し、「退職金は支給しない」旨通告したのであるから、右の没収行為をなしたものというべきである。

(二) 仮に右の点が認められないとしても、訴外植野は、被告会社が同人に退職の発令をした昭和四一年一一月一〇日、被告会社に対し黙示に退職金請求権を放棄した(もつとも、既に第三者の差押の目的となつている債権の放棄は、これをもつてその第三者に対抗し得ないとするのが一般原則であるが、原告の本件差押は、未だ訴外植野の被告会社に対する退職金債権が発生していない時点になされたものであつて無効であるから、右植野の退職金請求権の放棄は原告に対する関係においてもその効力を有する)。

(三) 仮に右主張が認められないとしても、原告が本件差押債権について、その取立権を有するためには、あくまでその差押が有効であることを前提とするところ、原告の本件差押は右のとおり無効であるから、原告は訴外植野の被告会社に対する退職金債権の取立権を有しない。

(四) 仮に右主張がいずれも理由がなく、右植野の被告会社に対する退職金債権が発生したとしても、右債権は労働基準法二条にいう労働の対価としての賃金に該当する(最高裁昭和四三年五月二八日判決、判例時報五一九号八九頁)から、その消滅時効は同法一一五条により二年であり、昭和四三年一一月一〇日時効により消滅した。

三  被告の主張に対する原告の答弁並びに主張

1  答弁

被告主張の事実はすべて争う。

(一) 被告は、訴外植野の退職は形式上依願退職であるが、実際は懲戒解雇であり退職金債権は存在しない旨主張する。

(1)  もし、被告主張のように懲戒解雇であれば就業規則所定の懲戒解雇事由に該当し、かつ右懲戒解雇規定により解雇しなければならないが、被告会社は植野の退職に際して就業規則の懲戒解雇規定による解雇であることの明確な意識はなかつた。また、いわゆる即時解雇をする場合には、労働基準法二〇条一項但書、同条三項、同法一九条二項により所轄労働基準監督署長の解雇予告除外認定を受けなければならないが、被告会社がそのような手続を踏んでいないことは懲戒解雇するという明確な意識がたかつたことの証左である。

のみならず、本件の場合、訴外植野は退職願を提出した後においても、被告会社代表者から、部署をかわつて勤務してはどうか、と勧奨されている事実からみても、到底懲戒解雇であるとは言えない(なお、最高裁昭和四五年六月四日判決、判例タイムズ二五一号一七八頁)。

(2)  仮に訴外植野の退職が懲戒解雇によるものであるとしても、懲戒解雇を理由に退職金を全額没収することは許されない。退職金の法的性格については学説が分れているが、現在の通説は賃金後払説である。退職金が未払賃金であるとすれば、懲戒解雇であるか通常解雇であるかによつて差異を設ける合理的理由はないのみならず、懲戒解雇を理由に退職金を支給しないことは労働基準法二四条に違反する。またな使用者の蒙つた損害をてん補する意味で退職金を支給しないというのであれば、それは損害賠償の予定であり、同法一六条に違反する。

(3)  仮に懲戒解雇の場合に退職金没収の取扱いが許されるとしても、そのような取扱いは労働条件に関するものであるから、労働協約または就業規則によつて定められていることを要する。しかるに、被告会社においては、就業規則及びそれに基づく給与規定のいずれにも懲戒解雇の場合に退職金を没収する旨の規定は存在せず、また、そのような労働協約も存在しない。したがつて、訴外植野の退職に際して、被告会社が一方的に退職金を没収することは許されない。

(4)  以上のとおり、その点に関する被告の主張は失当であり、右植野に対して支払われるべき退職金の額は、被告の計算によれば金五一万二四〇〇円である。

(二) 被告は、訴外植野は被告会社に対し、被告会社が右植野に退職の発令をした昭和四一年一一月一〇日退職金請求権を黙示に放棄した旨主張するが、右の事実はない。

また、仮に放棄がなされたとしても、右放棄は本件差押がその効力を生じた昭和四一年一〇月二五日以後になされたものであるから、右放棄をもつて原告に対抗することはできない。

(三) 被告は、原告のした本件差押は未だ存在しない退職金債権に対してなされたものであるから無効である旨主張する。

しかし、本件差押は、将来退職の際生ずべき退職金債権に対してなされたものであるところ、条件付権利や将来生ずべき権利も現在既にその原因が確立し、権利を特定することができ、かつ、その発生の確実性が強度で、財産的価値の認められるものであれば、その差押を妨げないと解すべきであるから、原告のした本件差押は、訴外植野が被告会社に対して退職願を提出した後になされたものであり何ら無効ではない。

2  主張

被告は、仮に訴外植野が被告会社に対し退職金債権を有していたとしても、右昭和四三年一一月一〇日時効により消滅した、と主張するが、原告の本件差押処分庁である大阪国税局長の所属職員(特別整理部門)である大蔵事務官大喜多通男が、同年九月六日被告会社を訪問して、常務取締役渡辺文吉に面会し、右差押にかかる本件退職金債権の支払いを求めたところ、右渡辺常務は、その支払いを拒否したが、その際訴外植野の退職金額は金五一万二四〇〇円である旨確認書を提出した。

右のとおり、原告は昭和四三年九月六日被告会社に対し、右退職金の支払いを催告し、同日時効の中断を生じ、そして原告は同日から六ヶ月以内に本件訴えを提起したものである。

したがつて、被告のこの点の主張も亦理由がない。

四  原告の主張に対する被告の答弁

原告の時効中断の主張を否認する。

なお、原告は、昭和四一年一〇月二一日国税徴収法四七条及び六二条により右退職金債権につき差押をなし、その通知書は同月二五日被告会社に到達したが、右は原告のした差押であつて、債権者である訴外植野がしたものではないから、右差押は本件退職金債権についての時効の中断事由にはならない(大審院大正一〇年一月二六日判決、民録二七巻一〇九頁)。

第三証拠省略

理由

一  原告主張の請求原因事実は、第2項記載の事実中、訴外植野嘉輝が昭和二七年一一月一日被告会社に入社し、昭和四一年一一月一〇日退職したこと及び同第3項記載の事実について当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲一号証により右請求原因第1項記載の事実が認められ、また、成立に争いのない〈証拠省略〉を綜合すると右請求原因第2項記載の事実のうち、右植野の退職金の額は、依願退職として計算すると金五一万二四〇〇円となることが認められ、以上の点について、他に右認定に反する証拠はない。

二  そこで以下被告の主張について順次検討する。

1  まず、訴外植野嘉輝が退職金債権を取得したかどうかについて判断する。

(一)  成立に争いのない〈証拠省略〉を綜合すると、

(1)  訴外植野は、被告会社の大阪支社長をしていたが、従来訴外内記金属株式会社とスチール椅子の取引をするにあたり、株式会社大阪家具を通じてなしていたところ、昭和四一年初め頃、被告会社から右株式会社大阪家具と取引をしないよう指示を受けていながら、右大阪家具の代表者(社長)から個人的に頼まれ、被告会社の右指示に反して、昭和四一年二月頃から同年四月頃までの間右大阪家具に対しスチール椅子を販売し、その結果、右大阪家具の倒産により被告会社に金一二二〇万円のこげつき債権(取立不能債権)を生ぜしめたことを理由として、被告会社から退職願の提出を求められ、同年一〇月二〇日退職願を提出し、同年一一月一〇日被告会社がこれを承認し退職したものであり、そして、その際辞令の交付はなされず、また、退職金については、右植野は、被告会社に損害を蒙らせた以上、貰えないものと思つており、被告会社は、当然支給しなくてもよいという前提に立つていたので、支給するとか、しないとかの問題には触れられなかつたこと(訴外植野の退職の事実については当事者間に争いがない)、

(2)  被告会社の就業規則によると、懲戒解雇については、その第五四条で「従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する。但し事情により減免することがある。」とし、その事由として、「職務上の指示、命令に従わず職場の秩序を乱したり乱そうとしたとき」(七号)等、一号から一三号まで規定し、そして、「懲戒解雇は予告期間を設けないで解雇する。」(五一条五号)と定め、さらに、第五五条は、「会社は、前二条に該当した従業員に対しては、懲戒処分に附するほか、その蒙つた損害の全部又は一部を賠償させることがある。」とする。

一方、通常解雇については、第二〇条で、「従業員が次の各号の一に該当すると認められたときは解雇する。」とし、「会社の経営方針に背反する行為をしたもの」(五号)等、一号ないし一〇号の事由を定め、その場合は、原則として三〇日前に解雇予告するか、又は三〇日分の平均賃金を支給する(第二一条)ことが定められており、

また、退職については、第一七条で、「従業員が次の各号の一に該当する事由のある場合は、退職になり従業員としての身分を喪失する。」とし、「退職を願出て承認されたとき」(三号)等、一号から七号までその事由を定める。そして、第一九条で、「従業員が退職しようとするときは退職理由を附し、一四日以前に所属長を経由して退職願を会社に提出し承認を得なければならない。」(一項)、「退職を願出た従業員は、退職日まで従来の業務に従事しなければならない」(二項)と定められていること。

(3)  従前、被告会社においては、右の懲戒解雇は殆んどなされておらず、懲戒解雇に当る場合においても、例えばその非行が、刑事事件になつたり、新聞に掲載されたりあるいは業界一般に知れ渡つたような場合を除き(そのような場合は懲戒解雇処分をする。但し被告会社にそのような例はないが、同程度の企業の場合にある)、退職者の将来の就職等の妨げにならないよう「依願退職」にしてきたもので、本件の植野についても同様であること、以上の事実が認められる。〈証拠省略〉中、右認定に反する部分は前掲証拠に照らしにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  [右の事実からすると、訴外植野の退職は、被告会社の就業規則一九条による依願退職であると認めるのが相当である。

被告訴訟代理人は、植野に対し、「実質的には懲戒解雇であるが、形式上依願退職にする」と告知した旨主張するが、仮にそのとおりであるとしても、その意味するところは、「懲戒解雇にすべきであるけれども、将来の就職等を考慮し、依願退職にする。」という意味に解せられるのであつて、前記就業規則第五四条による懲戒解雇とは認められない。蓋し、右就業規則第五一条五号による即時解雇の形式はとられていないし、その旨の辞令の交付もなく、さらに訴外植野に対し昭和四一年一〇月二〇日退職願の提出を求め、同年一一月二〇日これを承認したことは、むしろ就業規則第一九条による依願退職であることを窺わせるに十分であるからである。

なお、証入弘津肇、同渡辺文吉(第二回)の各証言によると、従来、訴外植野のように、実質は懲戒解雇であるが形式上依願退職にした場合には、稀に帰郷旅費等の意味で金一封を与えることはあるが、それ以外退職金等一切支給しないのが普通である、と述べるが、仮に退職者がその請求をせず、したがつてまた使用者において支給しない例が多いとしても、それは処分権主義下における権利行使の自由及び退職者が退職金以上の損害を使用者に蒙らせている場合も多いことなどに由来するものと解せられ(なお被告会社においても、就業規則第五五条で使用者の損害賠償請求権を定めるが、前記証人渡辺文吉の証言によると、被告会社が現実に右請求権を行使した例はない)、これを目して被告の主張するように、慣習法とか事実たる慣習と評価することはできない。

また、被告は、「被告会社は訴外植野に対し懲戒解雇の意思表示をする際、退職金を交付しない旨通知した」と主張するが、これを認めるに足る証拠はなく(証人渡辺文吉の証言(第一回)中、右主張に副う部分はにわかに措信できない)、むしろ、前記認定のとおり、退職金については全く触れられなかつた、と認められる。

(三)  以上の次第で、被告の懲戒解雇を前提とする主張(事実欄第二の二、2の(一)、(1) ないし(3) )はいずれも理由がないというべきである。

2  次に、訴外植野が被告会社に対し、退職金債権を放棄したかどうかについて判断する。

被告は、「訴外植野は昭和四一年一一月一〇日被告会社に対し黙示に退職金債権を放棄した」旨主張するが、これを認めるに足る証拠はなく、却つて成立に争いのない〈証拠省略〉によると、「退職金は貰えないものと思つていた」、この「税金を納めるために、たとえ一部でも払つてくれたらと思つて最近社長に会いたい旨電話した……」等述べており、したがつて、放棄するという意見はなかつたことが認められる。

よつて被告のこの点の主張も理由がない。

3  そこで、原告のした本件差押が有効か否かについて判断する。

訴外植野が被告会社に対し昭和四一年一〇月二〇日退職願を提出し、翌二一日、原告が右植野の退職金債権を差押え、同年一一月一〇日被告会社において右退職願を承認し、同日退職したことは前記のとおりである。

そして、依願退職の場合、被告会社の就業規則によると、退職を願出て承認されたときに退職の効果を生ずることとされていることは前記のとおりであるから、原告が本件差押をした昭和四一年一〇月二一日現在においては、訴外植野の被告会社に対する退職金債権は未だ現実化していないといわなければならない。しかしながら、右の事実と、それを前提に、差押が可能がどうか、あるいは差押えた場合それが有効であるかどうか、ということとは、別個に判断されるべきもものである。

ところで、国税徴収法六二条によると、「債権の差押は、第三債務者に対する債権差押通知書の送達により行う(第一項)、徴収職員は、債権を差し押えるときは、債務者に対しその覆行を、滞納者に対し債権の取立その他の処分を禁じなければならない(第二項)、第一項の差押の効力は、債権差押通知書が第三債務者に送達された時に生ずる(第三項)」と定められており、そして右の規定からわかるように、債権の差押は、債務者(滞納者)が第三債務者から支払いを受ける以前、あるいは処分前であることが当然要求される。そうであれば、差押当時、当該差押対象債権について、その発生の原因が確立していてその債権発生の確実性が強度であり、その特定が可能であれば、そのような債権に対しても差し押えることは可能であり、したがつてまたその差押は有効であるというべきである。

そうすると、本件差押は、訴外植野が被告会社に対し退職願を提出した後になされたものであるから、退職金債権の発生原因は明白であり、その発生の確実性も強く、その特定も可能であるから、その効力を否定すべき理由はなく、有効であるというべきである。

したがつて、被告の、本件差押は無効であるとの主張、並びにそれを前提とする主張は、いずれも理由がないといわなければならない。

4  すすんで、本件差押債権が時効により消滅したかどうかについて判断する。

一般に、退職金債権は原則として労働基準法一一条にいう「賃金」に含まれると解すべきであり、したがつて、その消滅時効期間は二年であるから(同法一一五条)、訴外植野の被告会社に対する退職金債権もその例外ではなく、昭和四三年一一月一〇日その消滅時効期間が完成することとなる。

ところで、〈証拠省略〉を綜合すると、原告の徴収担当官(大阪国税局)大喜多通男は、昭和四三年九月六日被告会社を訪ね、常務取締役渡辺文吉に面会し、訴外植野の被告会社に対する退職金債権のうち差押分について支払いの催告をし、それが拒否されたので、右大喜多は、渡辺常務に対し、仮りに支払うとすれば退職金はいくらになるか、およびそれを支払わない理由を確認書と題する書面にして渡してほしい旨を述べ、右渡辺もこれを了承して右の書面を作成して大喜多に交付したこと、が認められる。〈証拠省略〉中右認定に反する部分は前掲証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

そして、原告が本件訴えを提起したのは昭和四四年三月四日であることは本件記録上明白であるから、右認定の催告から六ケ月以内になされたものであり、したがつて、訴外植野の被告会社に対する退職金債権について、その消滅時効は中断されたものといわなげればならない(民法一五三条)。

なお、被告は、原告の時効中断の主張に対する否定理由として、原告のした本件差押は訴外植野がしたものではない旨述べ大審院大正一〇年一月二六日判決(民録二七巻一〇八頁)を引用するが、原告の主張する時効中断事由は、右のとおり昭和四三年九月六日なした催告(民法一五三条)をいうのであり、したがつて、その当を得たいこと明らかである。

三  以上の次第で、被告の主張はいずれも理由がなく、被告に対し金三〇万五四〇〇円及びこれに対する昭和四四年三月一二日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の本訴請求は全部正当として認容すべきである。

よつて民訴法第八九条、第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 矢代利則)

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