大判例

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大阪地方裁判所 昭和46年(わ)809号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は「被告人は自動車運転の業務に従事しているものであるところ、昭和四五年六月六日午後五時五〇分ころ普通貨物自動車を運転し南から北に向かい時速約七五キロメートルで進行し八尾市服部川三二〇番地先の交通整理の行われている交差点手前にさしかかつたが、このような場合自動車運転者としては対面信号の表示を確認してこれに従うべきは勿論、同所はゆるやかな上り勾配の道路であり前記交差点はその頂上付近であつたから交差点に進入する他車の動静に注意するため適宜減速して進行し事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、対面信号が黄色を表示しているのを気付かず漫然前記同一速度のまま進行した過失により、前記交差点を北から西に右折しようとしている高田維久子(当時二一才)運転の普通貨物自動車を約二四、三メートルに接近してはじめて発見し、急制動したが間に合わず、同車右前部に自車右前部を衝突させ、その衝撃により同人に頭蓋骨々折等の傷害を負わせ、これにより同日午後六時四八分、八尾市大字楽音寺二六三番地貴島病院本院において同人を死亡するに致らしめ、同車に同乗していた高田アサエ(当時五一才)に加療約一ケ月間を要する全身打撲症等の傷害を負わせたものである」というのである。

よつて検討するに、〈証拠〉を綜合すると、本件交差点は幅員一三、五メートルの南北道路と幅員七、六メートル(東側道路)および同七、四メートル(西側道路)の東西道路とが交差する十字型交差点であり、信号機により交通整理が行なわれており、交差点を頂点として南北道路はそれぞれ一〇〇分の三の下り勾配となつていること、起訴状記載の日時、本件交差点に南から北に向かい進入した被告人運転の普通貨物自動車右前部と本件交差点を北から西に右折しようとした高田維久子運転の普通貨物自動車右前部とが交差点内において衝突し、その結果右高田維久子が脳内出血等により起訴状記載の日時、場所において死亡し、同女運転の助手席に同乗していた高田アサエが加療約一ケ月間を要する全身打撲症等の傷害を負つたことおよび本件事故現場付近の制限速度は時速五〇キロメートルであることがそれぞれ認められる。

ところで、本件訴因によると、被告人の過失とされているところは、(一)当時被告人の進行した対面信号は黄色を表示していたのに、これに気付かず交差点に進入した。(二)被告人の進行した道路は上り勾配となつており、本件交差点はその頂上付近であつたから、交差点に進入する他車の動静に注意するため適宜減速して進行すべきであるのに、漫然時速約七五キロメートルで進行した、との二点である。

(一)  そこで、まず信号の点について検討を加える。

高田アサエの司法警察員に対する昭和四五年七月九日付供述調書(四葉の分、以下第一回供述調書という)によると、その要旨は「本件交差点を右折するため維久子は時速を約二〇キロに落し中央に寄つて行つた。私は南の方を向いていたが、南行信号は青色であり、相手の車は認められなかつた。ところが維久子は相手車を認めたのか、車を停車させた。何故とまつたのかと思つたとたん物凄いショックを受けた。」というのであり、高田マサエの司法警察員に対する昭和四五年七月九日付供述調書(二葉の分、以下第二回供述調書という)ならびに検察官に対する供述調書によると、その要旨は「本件交差点を北から西に向かつて右折しようとして交差点に入るころは、南行の信号は青色で、交差点に入つてすぐ青の点滅をはじめた。そのころは、人が歩くよりおそい位の速度であつた。それから南行の信号が黄色にかわつて南の方の道路を見たが、その時は相手車は見えなかつた。それから交差点の南西角の大きな植木を見ていたら、私の車が停り、なぜ停つたのかなと思つた瞬間ものすごいショックを感じ気を失つてしまつた。青点滅から黄色にかわるのを見て衝突のショックを感じるまでの時間であるが、南行の信号が青点滅から黄にかわつたのを見て、南の方の道路を見てそれから交差点の南西角の植木を見たのをおぼえているから、何秒かはあつたと思う。もう赤にかわる寸前位にぶつつかつたのではないかと思う。交差点に入つたころ対向車は全然走つていなかつた」というのである。

これに対し被告人は、捜査段階および当公判廷を通じ一貫して青信号により本件交差点に進入した旨供述しているところである。

右高田アサエの司法警察員に対する第二回供述調書ならびに検察官に対する供述調書により、被害車両が交差点にさしかかり、衝突を起こすまでの所要時間を考えてみるに、高田維久子が交差点に入るころは青信号であり、交差点進入後すぐ青点滅になつたというのであるから、その間一秒ないし二秒を経過しているものと認められ、青点滅信号の点滅時間は三秒、黄色信号の点灯時間は五秒(前記実況見分調書参照)であり、赤色にかわる寸前位に衝突したというのであるから、黄色信号は衝突時までに三秒ないし四秒位点灯していたものと認められる。これによると、被害車両が交差点にさしかかつてから本件衝突に至るまでの所要時間は少くとも七秒ないし九秒ということになる。

ところで、被告人の車両の時速を七〇キロメートルないし七五キロメートルとして、七〇キロメートルの秒速は一九、四メートル、七五キロメートルの秒速は二〇、八メートルであるから、被害車両が本件交差点にさしかかつたころ、被告人車両は本件衝突地点の南方約一三六メートルないし一八七メートルの地点を交差点に向かい進行していたことになる(因に本件交差点南側停止線から衝突地点までの距離は約一三メートルである。もつとも被告人は、衝突地点より約二〇、八メートル手前で急ブレーキをかけており、これにより速度が半減されるとして、一三六メートルないし一八七メートルから一〇メートルを差し引いても、なお被告人の車両は衝突地点の南方約一二六メートルないし一七七メートルのところを南進していたことになる)。

前記実況見分調書、昭和四六年九月二三日付実況見分調書、弁護人提出の写真によると、被害者高田維久子が北から南に向かい本件交差点にさしかかり西に右折しようとした場合、南北道路は一直線であり、本件交差点付近は勾配の頂上となつており、しかも自動車の高さを考慮すれば、被害車両の運転席から被告人の進行してきた南方道路に対する見透しは、九月二三日付実況見分調書添付の図面記載の(B)点すなわち、本件交差点南側停止線上から南へ約一六五メートルの付近までは十分可能であることが認められる。そして、若し被害者高田維久子の対面信号が高田アサエの司法警察員に対する第二回供述調書ならびに検察官に対する供述調書に各記載のとおりであつたとすれば、高田維久子としては、前方に対する注視を怠らないかぎり、交差点南側停止線から南方約一一三メートルないし一六四メートルの地点を北進中の被告人車両を発見できたはずであり、被告人車両の時速が七〇キロメートルないし七五メートルであつたとの点を考慮にいれても、自車と被告人車両との距離からみて十分右折できたものと認められるのである(前記六月一二日付実況見分調書によれば、被害者高田は本件交差点を右小廻りの状態で右折していたのであるから、なおさら右折可能であつたといわなければならない)。

ところが、被害車両は後記認定のとおり、本件交差点を右折することができず、右折中に衝突事故が起きたのであるから、この点から考え高田アサエの司法警察員(第二回)ならびに検察官に対する供述調書中、対面信号が青点滅から黄色にかわつたという供述記載部分は、そのまま信用することができず、この点に関しては、高田田アサエの司法警察員に対する第一回供述調書や被告人の供述を信用するのが相当である。従つて被告人には、黄信号を見落した過失はないといわなければならず、被告人車両が交差点に進入する際の対面信号は青色であつたと認める。

(二)  次に漫然時速約七五キロメートルで進行したとの点について検討する。

本件訴因によると、被告人が被害車両の動静注視を怠つたとの点が過失として掲げられているのかどうか明らかでないが、右過失も訴因になつているものとして考えるに、前掲六月一二日付実況見分調書、被告人の司法警察員ならびに検察官に対する供述調書によると、被告人は交差点の手前で、右前方約二四メートルの地点を若干車首を右にしながら進行中の被害車両を発見したが(右実況見分調書添付図面によれば、被告人が被害車両を発見した際の被害車両の位置は、対向車線の第二車線上であり、車首が若干交差点北側停止線上にかかつていた状況であり、同車が同地点で停止しておれば本件事故は起きなかつたものである)、同車がそのまま右折を続けるので危険を感じ急制動の措置を講ずるととも若干ハンドルを左に切つたが間に合わず、交差点中心の北西寄りの被告人車両の進行車線上で衝突したことが認められるところ、被告人の検察官に対する昭和四六年二月一九日付供述調書ならびに被告人の当公判廷における供述によれば、被害車両は当時右折の合図をしていなかつたというのであるが、これに反する証拠はないのであるから、被告人の右供述を採用せざるを得ず、もし被害車両が予め右折の合図をしておれば、右折車である被害車両をいま少し早く発見できた旨の被告人の当公判廷の供述も首肯し得るところである。そして、被告人が最初に若干車首を右にした被害車両を発見する以前においては、被害車両はおそらく直進の状態にあつたと思われるから、右折の合図をしていなかつた被害車両の動静を注視せよと要求するのは無理である。

ところで、被告人車両の速度についてであるが、本件各証拠を綜合してみるに、被告人が被害車両を発見して急制動の措置を講ずる前の時速は七〇キロメートルないし七五キロメートル位であつたと認めるのが相当である。

前掲実況見分調書二通ならびに弁護人提出の写真によると、被告人車両ならびに被害車両の進行した南北道路は一直線道路であり、南から本件交差点への見透しは極めて良いこと、殊に九月二三日付実況見分調書添付図面によれば、南から北に向かつて本件交差点にさしかかる車両は、交差点の手前約六九メートル(図面C点)の地点から交差点内の車両の動静がよく把握できる状況にあるが、右実況見分調書添付の写真や弁護人提出の写真第一号を綜合すると、前記図面のC点とB点との中間付近すなわち交差点の南方約一一七メートルの地点からも交差点への見透しが可能であることが認められる。これに対し本件交差点を北から西に向かい右折する被害車両からの南方に対する見透し状況は、先に(一)説で明したとおり、被告人車両すなわち南から本件交差点を見透す場合より更に良好であること、更に六月一二日付実況見分調書によれば、本件交差点の南北に設置されている信号機の表示周期は、青二八秒、青点滅三秒、黄五秒、赤三五秒であり、本件当時被告人車両の前に先行車はなく、被告人が対面青信号で本件交差点に近づき前方約二四メートルの地点に右折しようとしている被害車両を発見するまで、他に右折車を認めていない状況の下において、青信号で交差点を直進しようとする被告人としては、自車の直前で敢えて道路交通法三七条一項に定められた直進車優先の原則を無視して右折する車両のあることまでを予想し減速すべき注意義務はないといわなければならない。若し、被告人が交差点手前で信号が青色から青点滅にかわるのを認めた場合、被告人車両の時速を七五キロメートルとして青点滅の三秒間に約六二メートル進行することになるから、交差点手前六二メートル以内を進行しておれば青点滅の間に本件交差点に進入することが可能であり、その距離が六二メートルを越えているときは、前記速度の制動距離から考え黄点滅開始始時には交差点直前で停止することができるのである。

本件では、被害者高田維久子が死亡しているため、被害車両がどの地点で右折を開始し、また被告人車両を発見したのか知り得ないのであるから、被告人の供述や指示説明によるほかないのであるが、これによると、前記のとおり被害車両は、南行車線の第二車線上を車首が若干交差点北側停止線にかかる状態で交差点に進入したのであるが、この際右折車両の運転者である高田維久子としては、前方約二四メートル先の対向車線の第二車線上を交差点に向け直進中の被告人両車を十分発見できたものと認められるから、被害車両において直進車を先に通過させるため、その地点で一時停止するか、それとも対向車線上に自車を進入させないかぎり本件事故は発生しなかつたことが明らかである。また仮りに、被告人が制限速度の時速五〇キロメートル程度で進行していたとしても、前記のとおり被告人が被害車両を発見し急制動措置を講じた際の被告人車と被害車両との距離は約二四メートルであり、衝突までに被害車両は約三、八メートル進行しているのであるから(六月一二日付実況見分調書参照)、本件衝突事故が起きなかつたとは断定できない状況にある。

以上のとおり、本件事故については、被告人に過失はなく、被害者高田維久子の直進車優先を無視した右折運転にあるものと認められるから、本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰し、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をすべきものである。(荒石利雄)

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